四条貴音のことを1から10知っているかと問われれば、1から6ぐらいは知っていると答えるだろう。
彼女は俺がもっとも長く担当したアイドル。
同時に少し、らしくない想いを抱いている女性でもある。
だからすべてを知っているだろうと言われても、素直に首を縦に振れないのが正直なところだ。
担当した期間は1年とちょっとではあるが、もうかれこれ数年は半同棲状態で共に過ごしてきた仲であるからして、貴音の……まあ仲のよい仲間同士でも知らないことは知っている。
世間的にはお淑やかなイメージであるが実はその逆で、かなり強引な面があるし意外と活発である(家にいる時限定)。
同時に負けず嫌いなのも意外であった。
美希とよくゲームをするのをよく目にするのだが、はっきり言えば貴音がゲームをするイメージはない。実際にほとんどと言っていいほどゲームはやったことがなく、美希によく負けているのが多かった。その度、『あなた様、仇を取ってください』や『あなた様、美希がわたくしをいじめます』等々言ってはいた。何時の日か、『ぐぬぬ。もう一回、もう一回です!』と言うぐらいにはなっていた。まあゲームの内容ではなく、美希に負け続けるのが悔しかったのだろう。
ちなみに、貴音は正座をしてゲームをする派であった。
他にあげるならあれだ。意外と貴音は「大和撫子」を連想させることが多々ある。それは彼女のファンも例外ではないだろう。
口調や振る舞い、雰囲気といったところから大和撫子を印象付けさせる要因が大きい。が、実際のところ家ではそんなことはないのである。男の一歩後ろを歩くどころから常に隣に居座ってくるし、美希とどうでもいい口論など日常の一部なのだ。まあしかし、大和撫子みたいな女ではある。
さらに最近驚かされたことがある。
貴音に妹がいる。
驚いた。本当に驚いた。持っていたスマホを落すぐらいには、驚いた。
それを知ったのは、美希の一言だった。『貴音って兄妹とかいるの? ミキにはお姉ちゃんがいるけど』と尋ねると、『いますよ。妹ですけど』。
これには美希も驚いており開いた口が塞がらなかった。
つまり、何が言いたいのかと言うと。四条貴音のすべてを知っている人間はいない、ということである。
正直に言うならば、あいつの家族構成がどうなのかとか生まれた場所はどこだとかはどうでもいい。なにせ、一度マジメに探し出してやろうとコネ使って調べあげたのだ。
結果はご覧の有様なのはご愛嬌である。
それ以降は特に調べようとか聞き出す気も起きなかった。なにせ、プロフィール作成の時点で出身地を聞けば、『そうですね、京都でしょうか』と曖昧な返事が返ってくるぐらいなのだから、呆れてしまうのも無理はない。
結局何を言っても、
『ふふっ。内緒ですよ』
指を口に当てながら言う光景を何度見たことか。なので、いつしか貴音のことを聞くことを諦めたのである。
しかしだ。
過程はともかく、貴音が実家に帰るのは願ってもない好機。実家の住所すら知らないのも相まって、今まで知ることのできなかった四条貴音のほんの一部を知ることができる。
これを逃したら二度と来ないだろう。
なので、慎重に行動しなければならない。ばれないよう慎重に。
プロデューサーと美希は少し遅れて貴音の尾行を開始した。少し歩いていくとタクシーを捕まえてどこかへ向かう。二人もタイミングよく現れたタクシーを捕まえて、
「前のタクシーを追ってくれ」
「え?」
「いいから早く!」
「ゴーゴーゴー!」
まるで映画のワンシーンさながらの光景であった。状況が掴めないタクシーの運転手は言われるがままに前のタクシーを追う。
貴音を乗せたタクシーはそのまま最寄りの駅で停まり、二人のタクシーも少し手前で停車。プロデューサーは運転手に釣りはいらないと言って一万円札を渡して急かす美希の後に続いて貴音を追う。
駅に入ると真っ直ぐ改札へ向かう貴音はSuicaを使ってそのまま改札を通る。その姿を見てプロデューサーが驚いた。
「あの貴音がSuicaなんか使ってやがる!」
プロデューサーは驚いていたが隣の美希は至って落ち着いていた。彼女は呆れながら彼に言った。
「ハニーなに言ってるのー。貴音にSuica勧めたのハニーだよ?」
「え、そうだったか? 全然記憶にないんだが」
「そうだよ。駅で切符を買ってる貴音を見て『貴音、態々切符を買わなくてもSuicaのが楽だぞ。コンビニでも使えるから便利だぞ』って。しかも、たくさん使うだろうって態々五万円ぐらい入れて渡したの。まあミキも貰ったけど」
「そんなことがあったような、なかったような……。まあいい」
二人も続いて改札を通る。
電車を待つこと数分。貴音が乗り込んだ電車の行く先は、
「……千葉?」
「千葉なの?」
目的地は予想の斜め上をいっていた。
電車を降り、そこから歩いて少し経ったぐらいだろうか。貴音が辿りついたのは、なんでもない平凡な一般階級が立ち並ぶ住宅街であった。
「なんだ、実は庶民的なのか」
「いやいや。もしかしてカモフラージュなのかも」
似たような会話を繰り返し貴音の尾行を続ける二人。
ふとプロデューサーはある事に気づいた。
(そういえば、菜々が住んでるのもこの辺りだったな)
ウサミンこと安部菜々が住んでいるアパートが意外なことにここからそう遠くない。降りた駅も先程と同じで、曲がる角が違うだけで途中までの道のりは同じ。
これは偶然なのか?
嘘でも京都と言うぐらいなのだから、もっと遠くの方かと思っていたのだ。もしくは国外も視野に入れていた。しかし現実は東京のすぐ傍。
ますます混乱してきたが、今は目の前を歩く貴音を尾行することしか手段がなかった。
住宅街に入ってから少し歩き始めてプロデューサーは妙な感覚に陥った。
おかしい。妙だ。
それがここの第一印象だった。都内や町中ではないとはいえ、ここまで人が出歩いていないものだろうか。いや、違う。貴音が向かう方向へ行けば行くほど人の通りが少なくっている。車は確かに通るし、住民も存在している。なのに貴音が向かう先には何もないかのように、まるでその場所に誰も寄り付かないような気さえする。
電柱を壁にして貴音を監視しているが、気になって視線をすぐ隣の民家へと移す。無人ではないようにまず感じる。が、人が住んでいるようにも思えない。曖昧な、矛盾した感想を抱いてしまう。
プロデューサーが貴音から目を離している最中、美希が彼の裾を引っ張りながら呼んだ。
「ハニー! ハニーってば!」
「引っ張るんじゃない。で、どうした?」
「貴音が消えちゃったの!」
「は?」
「だから、消えたんだってば!」
美希の様子からして嘘ではないように見えたが、人が簡単に消えてたまるかと思いながら視線を貴音が歩いていた先に向けた。
が、いない。
あるのは、変わらぬ住宅街の風景だ。
「ね、言ったでしょ!」
「おいおい。ちゃんと見張ってたんだろうな」
「見張ってたの! でも、いきなり消えたんだってば!」
「消えたって、どこで」
「えーとね」
美希が貴音が消えたと思われる場所へ向かう。目を離す前までの距離はざっと10メートルぐらいだったはずだ。途中曲がり角などはあるが、それだったらすぐに追えるし、彼女も消えたとは言わない。
先ほどいた場所から約15メートルぐらい離れたところで美希はその場所を指で教えた。
「ここの家の前で消えたの」
「……普通の家、だよな」
「うん……」
一階建てのいたって普通の一軒家。どこもおかしくはない。
美希が消えたと言うのだから、それは嘘ではない。この子が嘘をつく子ではないことは彼も知っている。
プロデューサーはあたりを見回した。しかし、怪しいところはどこにもない。ただし、妙な感覚は先ほどから消えていないし、この辺り一帯は本当に人の気配がないことを除けばだ。
あるとすれば、この家に問題があるということなのだろうが。
とりあえず、二人は家の敷地内に入った。するとすぐに美希が玄関を開けようとするが、
「開かないの」
「当たり前だろ」
「どうするの? ぶち破る?」
「物騒だな、お前。映画の見すぎだぞ」
「えー、じゃあハニーならどうするの?」
「こうするのだ」
ポケットからピッキングツールを取り出し、鍵穴に入れる。久しぶりにやるからうまくいくだろうか。なにせ、日本じゃすることなんて滅多にないからな。彼はハリウッド研修で一年ほど過ごしたあの頃を思い出しながら作業を開始した。
ここか? いや、こうだな。
ガチャリ。
一分もかからず玄関の鍵が開いた。
「どうぞ、レディーファーストだ」
「……」
美希は無言で中に入ると、振り向いて言った。
「どこで、そんなこと習ったの?」
「説明書で読んだ」
「あ、ふーん。まあいいの」
てくてくと歩いていく美希を追ってプロデューサーも家の中に入る。不思議なことにこの家には靴を脱ぐ場所がない。脱ぐかどうか躊躇ったが、美希は脱がずにどんどん歩いていくので彼も土足で家に上がった。
本当に奇妙な家だ、ここは。
家の中は一面の壁。廊下は一本道。どうなっているのだろうかと思いながら美希がまた何かを見つけた。
「見て、ハニー! この部屋電子ロックだよ」
「本当だな。やけに厳重だな、この家は」
ありきたりな9桁の電子ロック。画面の表示からして、4文字のパスワードのようだ。それに、扉はこの部屋だけだ。となると、この部屋には何かがあると考えるのが妥当ではある。
しかし、肝心のパスワードがわからない。
「4桁のパスワードか。ハニーのお得意の技でなにかできないの?」
「できなくはないが、機材がない」
「あ、できるんだ。でも、どうするの? ここで行き止まりだし……」
ぬぅと唸りながらプロデューサーはじっと電子ロックを凝視していた。パスワードはどれだろうかと考えているのではなく、彼にはなぜかこの電子ロックに見覚えがあるのだ。正確にはこの家そのものも含まれるのだが。
なんだったか。誰かがこれに打ち込んで、そのパスワードを見た記憶がある。
最初は……そう。7だ。
「7? ハニー、わかるの?」
「しっ。ちょっと黙ってろ」
「口チャックなの」
7の次は、3。そう、3だ!
『73・・』
そして次も3.
『733・』
最後は……。
『7337』
ピー。
「開いた」
「開いたの」
本当に合っていたことに当の本人であるプロデューサーも驚きながら部屋の中に入る。
これまた奇妙なモノが待ち構えていた。
まず目に入ったのがSFに出てきそうな装置だ。真ん中がたぶん人が立つ場所で、天井にはよくあるような機材がずらりと配備されている。そこから少し離れたところに制御装置らしきものがある。
「なんなの、ここ」
「わからん。たぶん、何かの装置。そう、これが映画なら転送装置だろうな」
「たしかに、しっくりくるの。でも、どこに繋がってるんだろう?」
「わからん。ただ、はっきりしているのは、これが貴音の実家に繋がっている可能性が高い、ということだな」
「なんだか、家出娘を追うはずが、どんどんスケールアップしてるの」
「はは。たしかにな」
「でも、どうやってこれ動かすの?」
たしかにその通りである。
とりあえず制御装置らしき機械の前に立つ。よくわからん文字列やら、グラフが表示されているモニターがあるがこれは無視。わかるといえば、このレバーとボタン。見た感じ電力は通っているから動くことは間違いないだろう。となると、これを作動させる手順だが……。
「映画なら最初にレバーを引くと、動くんだが……」
言いながらプロデューサーはレバーを手前に引いた。
ゴンと大きな音がしながら、エンジンが動きだすように稼働し始めた。
「うわー、天井の装置がバチバチ光りだしたの」
「で、次は……このボタンだよな、普通」
ポチ。
すぐさまプロデューサーは美希の隣に立つ。あちこちでバチバチと光が走る。
隣に立つ美希がぎゅっと手を握ってきた。彼も優しく握り返しながら美希を胸で抱きしめた。
きゃあと嬉しがっている美希に、一応念のためだと釘を刺す。
ギュイーン、ギュイーン、ギュイーン!
大きな音を響きかせ、次の瞬間。
静寂が訪れた。
「あれ? 止まったよ」
「おかしいな。やっぱ順番をまち――」
瞬間。
大きな閃光が二人を飲み込んだ。
人の温もりを感じる。
プロデューサーは美希を抱きしめながら自分たちが生きていることを改めて実感した。
目を開けると、そこは先ほどいた部屋と変わっていなかった。
失敗したのか?
周囲を何度も見回しても変わっている点はない。
そしてようやく腕の中にいた美希も目を開き、今の状況を認識した。
「ハニー、もしかして失敗したの?」
「わからん。部屋を出ればわかるだろう」
扉に向かおうと美希から離れようとすると、彼女は頑なに手を離さなかった。
「美希?」
「ごめん。もうちょっと手を繋いでもいい?」
少し悩み、彼は肯定した。
二人は一緒に部屋を出た時点でここは先ほどの家とは違うとわかった。ここは通路で、目の前にはガラスが張られている。
プロデューサーはすぐに周囲を警戒するために意識を集中しようとするが、それを美希が邪魔した。
「ハニー、見て見て! アレ!」
「アレって……嘘だろ」
プロデューサーはすぐに周囲を警戒していたために気づけなかった。
ガラス張りの向こう。
そこには誰もが知っていて、直接目にすることは限られているもの。
母なる大地、地球があった。
どうも数か月ぶりです。
どこかしらで生存報告を兼ねた更新をする予定ではあったのですが、まあ内容が短いのは察してください。
さて。
現在の心境報告ですが。
構想しているのは多分全7話で、いま3話の途中です(予定の半分いってるかいってないか)。
遅すぎぃ!と思われるかもしれませんが、一話当たりの文字数が過去最高だったり、最低二万文字ですね、いまのところ。それも相まってリアルの事情とかソシャゲのイベント(主にミリシタ)で時間を取られているのでかなり遅いです。一か月に一話完成すればいいかなって感じです。
とまあこんな感じですが、生きてます。
予告とかはいまのところ予定はないです。千文字もかけないし、小説で予告ってなんかイメージと違うので。
では、また次回でお会いしましょう。