銀の星   作:ししゃも丸

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第33話

 

 

 魔法使いの言う通り、魔法は0時になると消えてしまいました。

 幸いだったのは家の近くで解けたことでしょうか。

 シンデレラは家に帰ります。その足取りは重いです。片足が裸足にも関わらず、シンデレラは歩きました。家に着くとそこにはあの魔法使いがまだおりました。

 

「おやおや。願いを叶えたのにどうしてそんなにも悲しい顔をしているのか。シンデレラよ、一体どうしたのだ」

 

 魔法使いがとても心配そうに聞きました。しかし、魔法使いはすべてを知っておりました。わかっていながらも魔法使いはシンデレラに聞きます。

 

「もう一度、お城に行きたいの。王子さまに会いたいのです。でも、わたしにはそんな資格ありません」

「ふむ。わたしはきみの願いを叶えた。舞踏会に行きたいという願いを。なのに、お前はわたしにさらなる願いを望むのか」

「そういう訳ではないのです。けれど、わたしには何もない。あるのはボロボロの服だけ。それ以外、わたしには何もないのです。わたしはもう、どうすればいいかわからない」

 シンデレラは涙を流しました。この先に待っているのはいつもと変わらぬ日々。そして、いつの日か死ぬのだ。そう思ってしまいます。

 

 すると、魔法使いは唸り声をあげました。

 

「ぬう。確かにわたしはお前が可哀そうだと思って声をかけた。だが、これでは些か後味が悪い。どれ、チャンスをやろう」

「それはいったい何なのですか?」

「それに答えることはできない。だが、ヒントはやろう。一つ、たった一つだけ魔法が解けてないのだよ。あとはシンデレラ。あなた次第だ」

「わたしはどうすればいいのですか」

「それはあなた次第、そう私は言いました。あとは自分で考え、自分で決めなさい」

 

 魔法使いは箒にまたがって宙に浮かび去って行きました。

 

 

 

 

 12月 クリスマスライブ前日

 

「以上が島村卯月の現状になります」

 

 と武内は重い声で告げた。

 これではまるで尋問だ。現在自分がおかれているこの状況はまさにそれが当てはまる。前の前で座る尋問官は美城常務。自分の横でソファーに座っているのが、例えに難い存在の先輩であった。

 ごくりと武内は唾を飲んだ。

 尋問官からのお言葉だ。

 

「……キミはどう思う?」

「はっきり言っていいので?」

「構わん」

「では、遠慮なく。島村卯月を切るという選択肢しかない」

「私も彼の意見に同意だ。彼女のせいでトライアド、いや、キミの部署にすら影響が出ている。これは、軽視できない問題だ。」

「待ってください!」

 

 武内はいつもに増して大声で反論した。

 

「彼女はいま、帰ってきました!」

 

 島村卯月は今日ここ、346プロダクションに戻ってきた。それまでは、かつて所属していた養成所に戻っていた。

 理由は基礎レッスンの見直し、とシンデレラプロジェクトのメンバーには伝えていた。武内自身も異変には気付いていた。

 島村さんはある日を境に変わった。先日のライブでそれが顕著に表れているように見えたが、実際はもう少し前だったと思う。渋谷さんがクローネにいき、本田さんが舞台への出演を決めてからなのではと推測している。

 その時はどちらかと言えば未央が荒れていたと武内は記憶していたが、彼女が舞台への練習で何かを見出してからそれはなくなった。彼は未央同様卯月にあった仕事を選らんだ。小日向美穂とのデュオでの仕事だ。

 彼女となら安心できると武内は思っていたが、実際はよくはなかった。そして、最終的に卯月の状態はあまりよくないと判断し、彼女自身が養成所に戻りたいと進言したのでそれを受け入れた。

 それが今日やっと戻ってきた。ただ、問題は解決していないことに武内は気付いていた。

 

「知っている。実際に島村卯月と話した」

「それは初耳だ」

 

 プロデューサーの言葉に武内は内心同意した。

 

「キミは彼女が帰ってきたといったが、遅すぎたな。島村卯月の時間はもうない」

「彼女の理由はあまりにも自分勝手だ。体調不良や一身上の都合ならまだしも、基礎を見直したいから養成所に戻ってレッスンをしたい……。正直、あまり関心しないな」

「許可を出したのは自分です。それに、彼女の精神的問題も考えて、ここと少し距離を置くべきだと判断しました」

「あの子の悩みは、いわゆる個性で悩んでいるのだろう。言い換えれば自分の長所、アピールポイント。他のアイドルと比べてしまい、自分を見失ってしまう。別にアイドルならば珍しくはない。問題はそのあとだ。一人で悩み、抱え込んでしまっていることだ」

「それは言い過ぎなのでは! 誰にでも、打ち明けられないものはあります」

「確かにその通りだ。だが、島村卯月は346プロダクションのアイドルだ。本人の希望も配慮するが、活動方針を決めるのは我々だ。アイドルが悩んでいるのならば手を貸す。しかし、それでも彼女は駄目だった。キミもそうしようとしたのだろう? 彼女の力になればと」

 

 無言で頷いた。

 

「キミの能力は評価している。これまでの成果を損なうのは惜しい。キミが言う『Power of Smile』などという幻想を捨て、島村卯月を切り捨てるといい。現実を見たまえ」

「方針は変えません」

「それは、なぜだ?」

「彼女が必要だからです」

 

 胸を張って武内は答えた。

 彼女こそ、『Power of Smile』に必要なのだ。常務、あなたはきっと理解してくれないかと思います。けれど、島村さんは欠かせない存在なのです。

 美城はデスクチェアから立ち上がり、再度武内に問うた。

 

「島村卯月にも聞いた。キミの輝きはどこにあると。彼女は答えられなかった。彼女の輝きはもう消えている。それでも、島村卯月は必要だと言うのだな?」

「消えてなどいません。彼女はまだ、島村卯月の輝きは死んでいません。あなたには見えないだけ」

 

 互いに無言が続いた。

 武内と美城は睨み合っていた。しかし、両者に怒りや憎しみといった感情はない。しばらくして、美城は窓の外を見るために体を動かし、後ろで手を組んだ。

 

「いいだろう、そこまで言うのならば明日のニュージェネレーションズのクリスマスライブ、それが最後のチャンスだ。満足のいく答えを見せてもらう」

「常務もお越しなられるのですか?」

「そうだ。異論はないだろう」

「はい、ありがとうございます!」

「しかし、その前にだ」

 

 美城は振り返ってプロデューサーを見た。釣られて武内もプロデューサーの方に視線を向けた。

 

「島村卯月を採用したのはキミだったな。キミなりにケジメをつけたいと思っているのではないのか?」

「……ええ」

「なら、したまえ。彼が言うように、島村卯月の輝きが消えていないのであれば、キミも私同様納得するだろう」

 

 美城の視線がプロデューサーから武内へと移る。

 

「彼が納得するしないに関わらず、会場に来ない時点で切る。そして、ステージに立ちライブの結果を見て判断する。異論はないな」

「はい、異論はありません」

「よろしい。では、話はこれで終わりだ」

 

 すぐに動いたのはプロデューサーだった。無言でソファーから立ち上がるとそのまま美城のオフィスを出て行く。それに続くように失礼しますと言ってから竹内もオフィスを出て行った。

 

 

 

 

 部屋を出た時にはプロデューサーはかなり前を歩いていた。立ち止まる気のない彼の雰囲気を感じ取り、武内を大声で呼び止めた。

 

「先輩、待ってください先輩!」

「なんだ」

「教えてください! 本当に島村さんを辞めさせるつもりなのですか?」

「そうだ」

 

 先程美城常務と話していた時と同じ声だった。冷たく、優しさを感じられない。武内はおそらく彼から初めて感じとったであろう恐怖を間近で味わっていた。ただ怖いというわけではない。一体何を考えているのかわからないのだ。

 武内は何を聞いてもはぐらかされてしまうのではと思い、一つだけプロデューサーに尋ねた。

 

「先輩は、なぜそこまで冷徹でいられるのですか? 彼女は、島村さんは先輩が見つけたアイドルではありませんか」

「オレだからこそだ。それに、これでも私情を少し挟んでいるぐらいだ。お前の思っているように常務が来なければこんなことは起きなかっただろう。プロジェクトクローネがなければ彼女達の友情に亀裂が走ることはなかっただろう。しかし、芸能界なんてこんなものだろう?」

「それは……」

「はっきり言ってしまえば代えが利くんだよ、この業界はいくらでも。けどな、島村卯月をスカウトしたのには理由があるし、それがすぐに彼女を切らない理由でもある」

「理由、ですか?」

 

 いままでプロデューサーと共にオーディションを行ってきたが、彼がスカウトしたアイドルをどんな理由で採用したかは一度も聞いたことはなかった。

 なので、これが初めてプロデューサーがどんな理由でアイドルをスカウトしたのかを聞ける機会であり、彼の本音が聞ける瞬間でもあった。

 

「プロフィールや養成所の講師から聞いた時点で彼女のダンスやボイスはあまり褒められたものではなかった。平凡だったよ。それでも島村卯月には惹かれるものがあった。それはお前が抱いているものと変わりない。オレは面接した時、ある質問をした。その質問の答えを聞きにいく」

「どんな質問をされたのですか?」

「それは教えん。彼女はもう帰ったんだろ?」

「はい。明日のことは伝えてはあります」

「なら、学校へ直接迎えにいくことにする。どんな結果になっても受け入れる用意はしておけ」

 

 そう言うとプロデューサーは振り返り歩き出した。武内は彼の背中を見ながら少し遅れて先程美城にも放ったような力強い声をあげた。

 

「……島村さんは戻ってきます」

 

 足を止め振り返るプロデューサーはただ一言尋ねた。

 

「さっきもそうだが、なぜそう言い切れる」

「理由は変わりません。島村さんは絶対に戻ってきます。なにより、貴方を信じていますから」

「買いかぶりすぎだ。オレはお前が思っているような男じゃない」

 

 今度こそプロデューサーは振り返ることなく通路を歩いて行った。

 

 

 

 クリスマスライブ当日

 

 昨日事務所に行くべきじゃなかったかもしれない。

 凛ちゃんと未央ちゃんに言われたこともあるし、ただどうしたらいいかわからず、事務所に足を運んだだけかもしれない。

 いまとなっては自分でもわからない。卯月はただそんなことばかり考えていた。

 教壇では担任の先生が今年最後だからと色々と喋っているが頭に入ってはこなかった。今日は終業式だ。部活をやっているクラスメイトは違うだろうが、部活に入っていない自分はたぶん、今年中にクラスメイトと直接学校で会う機会はないだろう。

 外の空模様は曇り空。いまにも雪が降りそう。

 まるでいまの私みたいですね。

 明るく、元気でいるような晴れでもない。哀しい、泣きたいような雨というわけでもない。どっちつかず、中途半端。

 そんな自分とは違って、みんなは変わっていなかった。むしろ、申し訳ない気持ちになった。

 たくさん迷惑をかけていたのに、すごく心配してくれていた。控えめに言って自分は最低だと思ってしまう。

 誰かと比較して、勝手に自分で悩みこんで、それがどんどん積み重なって……こうなってしまった。

 自分がわからないよ。いままで、こうなるまでの私はどんな私だったのか思い出せないぐらいに。

 

「ではみなさん、身体に気を付けてくださいね」

 

 委員長の号令。

 これで終わり。クラスメイトは慌てながら荷造りを始める子もいれば、すでに教室の外へと駆け出していた。

 卯月もバッグを持ち、教室を出た。仲の良い友達に誘われたけど断った。すると「あ、ごめん。今日クリスマスライブだったよね」と言われた。

 ああ、そうだった。どうしよう。

 いまだに心の整理がつかない卯月。廊下を歩きながらふと昨日みくに言われたことを思い出した。

 

 

 あれは昨日、私が事務所から家に帰る時だった。みくちゃんが途中まで一緒に帰ろうって言って、私はそれを受け入れたのだ。

 事務所のゲートを出てからは本当に無言だった。なにを話したらいいのかわからなかったし、話す権利なんてあるのかと悩んでいたから。

 でも、何か話さなきゃって思ってたら、みくちゃんが先に口を開いた。

 

「“私”と卯月ちゃんってさ、ちょっと似てるんだよね。あ、私が勝手に思ってるんだけど」

 

 一人称が「みく」ではなく、「私」であることに内心驚いた。それにネコ耳もいまはつけていない。外にいるんだから当然と言えば当然だった。

 

「それって、何ですか?」

「私と卯月ちゃんは他のみんなと違って前からアイドル……候補生かな、この場合。みんなスカウトだけど、私たちはアイドルになるために頑張ってた」

「でも、みくちゃんは私と違って事務所にいたんですよね? 私は養成所だし、違いますよ」

「ううん、違わない。前の事務所って最悪だったから。養成所と同じような感じ。その時のプロデューサーは私にあれこれ言った割には何もしてくれなかった。自分でレッスンに行って、戻って報告して、それでおしまい」

「それ、初めて聞きました」

「知ってるのPちゃんと李衣菜ちゃんぐらいだもん。まあ、どん底だったわけ。諦めて帰ろうかと思った。でも、もうちょっと頑張ればって思って続けてた。けど、本当に諦めかけてた時にPちゃんが私を見つけてくれた。卯月ちゃんもそうでしょ?」

「はい、私もプロデューサーから声をかけてもらいました」

 

 いまと同じような天気、346プロジェクトのライブのアルバイトで出会った。嘘みたいだなと思った。たった一回会っただけで私の事を覚えてくれて、面接に呼んでくれた。おとぎ話のようだとそのことを話した友人に言われたことを卯月は思い出した。

 

「ね? 似てるでしょ、私たち」

「確かにそうですけど……。みくちゃんは、私に何を言いたいんですか?」

 

 思わず言ってしまった。酷いと内心すぐに思った。けど、目の前にいる彼女は嫌な顔などしていなかった。

 

「卯月ちゃんが悩んでる理由、私にもわかるから」

「……え?」

「前の事務所のプロデューサーはみくにこう言ったの。「ネコキャラなんて流行らない」って。それでもね、“みく”はネコキャラアイドルになるために頑張ったにゃ。そして、Pちゃんがみくを見つけくれた。いまならはっきり言えるにゃ。みくの夢は、みんなから好かれるキュートなネコちゃんアイドルって」

 

 声が出なかった。みくちゃんがとても眩しくて、本当に自分が知っているみくちゃんなのって、思ってしまったぐらいに。

 

「卯月ちゃんはいま、みくと同じように悩んでいると思う。苦しいし辛いにゃ。でも、これだけはやっぱり自分自身で答えを見つけなきゃだめにゃ。卯月ちゃんがアイドルになってやりたかった、なろうとしたことを」

「私が……したかったこと」

「うん。アイドルになるって夢はとっくに叶ったにゃ。じゃあ、次は?」

 

 ――あなたはアイドルになって何をしたいですか?

 ――これは宿題です。いつかその答えを聞かせてください。

 

 以前、誰かに同じことを言われた気がする。自然と卯月は声を出していた。

 

「私の、私の夢は……アイドルになることで、でもそれは叶って。私が、アイドルになってやりたいこと……やりたいことなんて……」

 

 答えが出ないことが怖い。身体が震えそうな感覚に卯月は陥る。

 ない。そんなもの、私には。

 そんな時、みくは優しく卯月の手を握った。

 

「卯月ちゃん。人は目標を忘れたり、見失ったりしちゃうこともあるにゃ。でも、また新しい目標を見つけることだってできるにゃ。夢だって同じだよ」

「みく、ちゃん……」

 

 そのままみくちゃんは家まで一緒にいてくれた。そして別れ際に、

 

「明日待ってるにゃ。みくだけじゃなくて、みんなが。じゃあ、また明日にゃ!」

 

 走り去っていく彼女の背中は、とても羨ましかった。

 

 

 

 

 校舎から出て、学校の門まで歩いていく。そこには警備員のおじさんがいて、いつも門から敷地の外に目を光らせている。

 彼は容赦がないことで有名で、仕事熱心なのはいいが、何回かここの女子生徒の親だったり兄弟が迎えに来たり、彼氏なのがいたりしたところを問答無用で職質なりしたというのは有名な話だ。

 卯月の学校は女子高だ。昨今、不審者やら盗撮などでニュースになる時代だ。警備員として彼はよく働いているのがここの生徒共通の認識である。

 そんなおじさんがたじろいでいる、或いは動くに動けない状態でいるのは卯月も初めての光景だった。

 視線を道路の脇に停めてある一台の黒のアルファード。見慣れた車だった。

 黒のスーツにコート。喫煙所ではないのに容赦なく煙草を吸っている男は、知っている人だった。

 

「……プロデューサー。どうして」

「お前を迎えにな。とっとと乗れ。あそこのおっさんがいまにも警察を呼びそうだ」

 

 それは自分の格好に問題があるのではと思ったが、口に出すことはせず、言われるがままに車へ卯月は乗った。

 

 

 学校を出て車を走らせてから車内の空気は最悪と言ってもよかった。

 車を運転し始めてからのプロデューサーは終始無言で、赤信号で車が停まっても卯月の方に向くことはなかった。

 そのこともあってか、卯月も何かを言える雰囲気でなかった。彼女はまるで、鬼先生と一緒になった感覚と同じようなものを味わっていた。他の生徒から恐れられ、人気など皆無な先生。そんな人と一緒になった時など最悪の一言だ。早く時間になって、と心の中で何度も願う。

 しかし、今回は知らない人間ではなく、知っている人なのが余計にたちが悪い。彼が怒っているところは、卯月は一度も目撃したことはない。機嫌が悪い時は何回か見たことがある。が、いまの彼は機嫌が悪いとかの雰囲気ではない。

 それから時間がどれくらい経ったのか、車はようやく目的地についた。車内から外の風景を見た卯月は、ここがどこか見覚えのある場所だと気付いた。その答えをプロデューサーが答えた。

 

「このアリーナ、覚えているか?」

「……はい。私が、346のライブでアルバイトしていたところ、ですよね?」

「そうだ」

 

 ここで会話は途切れた。車は再び動き出した。たぶん、関係者専用の出入り口に向かっているようだ。

 そこの駐車場に着くと、降りろと言われそのまま先を歩くプロデューサーのあとを卯月は歩き始めた。

 途中、警備員か或いはここの管理責任者だと思われる男性に会ったが、話を通してあるのか何も問題は起きなかった。そのまま薄暗い通路を歩いて数分。

 そこは、アイドルになってよく目にするようになった舞台裏だった。ライブならばアイドルやスタッフの人が大勢いるがいまは誰もいない。ステージに上がる階段を上がっていくと、ステージの中心だけライトが照らされていた。いや、マイクスタンドが一つあった。

 なんで、これだけ?

 卯月は気になったが、これが意味のあることなのか、それともただ置いてあるのかわからないでいた。

 プロデューサーはスタンドからマイクを手に取って卯月の方を見ずに話し始めた。

「お前と出会ったのは、今日みたいな寒い日だったな」

「はい。今日は……雪、降ってませんけど」

「そうだな。そういえば、話したことはなかったな。346のライブでアルバイトの募集を養成所にしていたのは意図的なんだ。いまはそうでもないが、あの頃はまだアイドルを探していたから、あの手この手を尽くしてアイドルをサーチしていた」

 

 それを聞いて卯月の中である疑問が解決した。だいぶ前、そうだ、なんで自分がオーディションに呼ばれたのだろうと思ったあの時だ。卯月はあの時の疑問がようやく解決し、なんでプロデューサーが自分のことを知っていたのかをようやく理解することできた。

 

「でも、それだけなんですか?」

「それだけとは?」

「アルバイトをするために履歴書や養成所の先生が私の評価をつけた資料を送りました。それだけだったら絶対に私はオーディションなんて呼ばれないって思ってました。じゃあどうしてって。あの日、この場所で私はプロデューサーに会いました。たった一度、その一度だけで私をオーディションに呼んでくれたんですか?」

「概ねその通りだ」

「じゃあ、どうして?」

「言葉にするなら……ティンときたから」

 

 言いながらようやくプロデューサーは卯月の方を見て話した。しかし、その答えは卯月が期待していたものより意外な答えだった。

 

「て、てぃん?」

「お前が言った様に、書類の時点でお前を採用するかと問われるならば、採用する気はなかった」

 

 ああ、やっぱり。結局こういうオチなのだ。

 目の前にいるプロデューサーでさえ、自分に対してそういう評価を下していたのだ。正直に言えば、お世辞とまではいかないがそれらしい理由を期待していた。

 卯月は、もっと自分が情けなくなった。

 

「しかし書類だけの、文字だけならいくらでも書ける。実際に目にして判断を下すのがオレのやり方だった。だから、ここで会えればと思っていた。まあ、お前は痛い思いをしたがな」

 

 

 自分の鼻を指で指しながらプロデューサーは言うと、卯月はああそうだとあの時のことを思い出した。

 

「確かに、痛かったです」

「そして、オレはお前と直接話して採用することにし、結果お前は採用となり346プロのアイドルとして活躍することになった。ただ、それも今日で終わるかもしれないが」

「……」

「もう、昔話はいいだろう。卯月、この場で答えを聞こう。アイドルを続けるか、それとも辞めるか」

 

 すぐに答えることはできなかった。卯月は俯いた。辞めたいかと言われたら辞めたくない。アイドルを続けたい。ライブをしたい。けれど、自信を持って言えない。

 答えの出せない卯月にプロデューサーは続けて言った。

 

「お前が何を悩んでいるのかは想像がついている。それが、お前にとってとても必要な悩みなのだということもわかっている。それでも、オレはお前にもう一度あの時と同じ質問をする。プロデューサーとしてではなく、一個人として聞こう。島村卯月、あなたはアイドルになって何をしたいですか?」

 

 私の夢は、アイドルになることだった。アイドルになってからは、毎日が新鮮で楽しくて仕方がなかった。

 だから、それでいいと思っていた。このままでいいって。

 でも、それでは駄目なんだと仲間を見て卯月は気付いてしまった。

 凛ちゃんも未央ちゃんも新しい目標を見つけた。私にはない。私は止まったままだ。みくちゃんのように自信を持って夢を言うこともできない。

 アイドルとして、私には何も残っていない。

 卯月はもう楽になりたかった。だから、それを言おうとした時、プロデューサーが先にある言葉を口ずさんだ。

 笑顔と。

 

「え?」

「笑顔や笑い方には種類がある。感情を表すものもあれば、相手を逆なでするようなものもある。簡単のようで難しい。でもだ。もし、本当に笑顔で誰かを元気に、幸せにできるようなことがあるならば、それはすごいことだと思っている」

「……笑顔なんて、誰でもできます」

 

 つい口を出してしまった。あの時と、凛ちゃん達に言ったように。

 

「そうだな。けど、人間にしかできないことだ。オレは、多くの人間を見てきた。たった30年と言うと、もっと上の人間からしたらまだ30年かもしれない。それでも、多くの人間を見てきた。だからこそ言える。人の笑顔で何かを感じたのは数えるぐらいしかない」

「プロデューサーは、何を感じたんですか?」

「言葉にはできないんだな、これが。でも、少なくとも、あの時のお前の笑顔はとても……素敵だったよ」

 

 差し出してきたのはスマートフォンだった。そこに映し出されているのは、私だった。

 笑っていた。

 笑顔だった。

 両手でピースを作っている。

 これは、本当に私なのだろうか。こんな素敵な笑みを私は浮かべていたのだろうか。いつから私は……笑わなくなったのだろうか。

 涙腺が緩む。写真がうまく見えない。

 

「お前は言ったな。笑顔だけは誰にも負けないと。それは、いまでも変わっていないか?」

 

 私の身体は無意識に動いていた。手は震えながら必死にピースの形を作ろうとし、我慢ができず目からあふれ出した涙を流しながら笑おうとしている。

 できるかな。

 笑っているかな。

 でも、こうだったよね。ううん、いつもしていたよね。

 

「え、えへへ……。わ、わらえて、まずか?」

「酷いな。今までで一番酷い。でも、それが答えなんだな?」

「わ゛だじ、ごべんなざい……。ぐず、まだ、ぷろでゅーざーのごだえに、こたえ、られません。でも、でも! ん、私、頑張ります! 頑張って、私の夢を見つけます! 時間がかかるかもしれませんけど、その時まで待っていてください!」

「長くは待てないかもしれないぞ?」

「それでも、待っていてください」

「……善処しよう。では、もう一度聞こう。島村卯月、あなたはアイドルを続けますか?」

 

 手に持っていたマイクを差し出しながら彼は言った。

 答えはまだ見つかっていない。けど、その問いかけの答えはもう出ている。きっとプロデューサーもすごく回りくどいやつだなって思ってるかもしれない。

 本当にごめんなさい、こんなに面倒な女の子で。

(迷惑をかけてごめんね、みんな)

 卯月は彼が差し出すマイクに――手を伸ばした。

 

 

 

 

 NGクリスマスライブ会場 特別席

 

 企業のスポンサーや特別な来賓客を招く際に使われる会場の特別室には三人の人間がいる。美城、今西にプロデューサーの三人だ。

 会場を見渡せる窓際は、さながらバンジージャンプのような感覚だ。窓際に立つ美城にプロデューサーが言った。

 

「帰ってきたぞ、島村卯月は」

 

 あそこにいるということは、卯月はアイドルを続ける選択肢を選んだ。

 そして、予定とは違うが現在ライブ中だ。たぶん、一番酷いライブかもしれんが、一番卯月にとって必要なライブであるとプロデューサーは思っている。

 美城は特に反応せずただステージに立つ卯月を見ていた。いや、観察かもしれない。

 なにせ、卯月の服装は学校の制服のままだ。

 原因は自分に非があることはプロデューサーも自覚はしている。が、時間に間に合っただけでも評価してほしいぐらいだ。

 

「いい笑顔じゃないか。彼が、彼女に拘る理由がわかるよ」

 

 今西が感想を述べたが、彼女はこれといって反応はしなかった。

 ただライブを眺めながら美城は言った。

 

「君は、私と同じ判断を下すと思っていた」

「貴方はオレにケジメをつけたいかと言った。そして、オレは彼女とケジメをつけた、それだけのことだ。それに、アイドルを続けると決心したのは彼女自身。ならば、オレはそれを受け入れるだけさ」

「存外、甘い男だな、君は」

「それはどうだろうな。結局、島村卯月の根本的な問題は解決してないのさ。ただ、その答えを見つけるために再び歩き出した。またそれから背を向けるなら、今度こそオレは彼女を切るよ」

「まあ、いい。しかし、一つ聞きたいな。島村卯月の問題とはなんだ? 自分のアイドルとしての在り方で悩んでいたのではないのか」

 

 視線をステージの上で踊る卯月からプロデューサーに移しながら美城は尋ねた。私も聞きたいねと言いたげに今西も彼に視線を向けた。

 プロデューサーは口角を上げて言った。

 

「秘密だ」

 

 意地悪そうに告げながら、プロデューサーは舞台裏に向かうため部屋を出ていく。彼が出ていくのを確認にすると、美城は再び卯月に視線を戻した。

 そんな美城に、今西が嬉しそうに言った。

 

「やれやれ。彼も意地悪だ」

「秘密と言っても、答えは変わっていません」

 

 秘密と言われて怒っているのか、はたまた自分がわからないことで苛立ちを覚えたのかは知らないが、今西にはいまの彼女が昔のように感じられた。ただ、そんなことを言えばもっと雰囲気は悪くだけだと思い、素直にうなづいた。

 

「ふふ、そうかもしれないね」

 

 

 

 

 しばらくして。王子がガラスの靴の持ち主シンデレラを見つけ、シンデレラは王子の妃になることができたのです。

 後日、シンデレラは魔法使いと出会った場所に訪れていました。

 魔法使いはシンデレラを待っていたかのように空からやってきて尋ねました。

 

「おお、シンデレラよ。見事、見つけたようだな」

「はい。ですが、なぜガラスの靴は消えてしまったのですか?」

「簡単な事だ。魔法が解けたのだ」

「しかし、それはあなたがしてくれたのでは?」

「シンデレラ、それはとても些細なことでしかないのだよ。私の魔法はもう必要ない。これからは自分の足で歩んでいかなければならない」

「あなたの言いたいことはわかりました。けれど、わからないのです。なぜ、あなたは私にこうまで手を差し伸べてくれるのですか?」

「手を差し伸べる? それは違うぞシンデレラ。私のこれは、趣味だ。困っている者に願いを尋ね、それを叶える。そして、その者の行く末を見るのが私の楽しみなのだ」

「例えそうだとしても、わたしはあなたに感謝しています、ありがとう」

「礼などいらん。では、さらばだ、シンデレラ。もう会うことはないだろう」

 

 別れを告げ、今度こそ魔法使いは去っていくのでした。

 

 

 二〇一六年 2月某日 某アリーナ

 

 ここで、彼女達は生まれた。

 ここから、彼女達は始まった。

 シンデレラガールズ。

 高垣楓をリーダーとして活躍してきた346プロダクションのアイドルユニット。

 彼女達の舞台は一旦おしまい。

 でも、これは終わりじゃない。

 これは――始まりなのだ。

 1から2へ。

 世代が変わり、新しい舞台の幕が上がるのだ。

 

『皆さん、こんにちは! わたし達、シンデレラガールズです!』

 

 

 

 

 二〇一六年 3月某日

 

 

「先輩、チーフプロデューサーへの復帰おめでとうございます」

 

 いつものプロデューサーのオフィスで、武内は祝いの言葉を送った。

 去年の改革から少し経ち、チーフプロデューサーの地位を降格された彼であったが、正式に4月の年度始めから再び元の地位に戻ることになった。

 しかし、プロデューサーの反応はいまいちで、思い出したかのように答えた。

 

「ああ、それな。降格は表向きでな、役職はそのままだったんだよ」

「そうなんですか?!」

「そうじゃないとうるさいだろ? 一部の人間が、ほら」

 

 察しろと言わんばかりにそういう視線を送ってきた。武内もそれを理解したのか、頷くだけでそれ以上のことは言わなかった。なので、なぜ自分を呼んだのかを尋ねた。

 

「美城“専務”とも話し合ってな、シンデレラプロジェクトは継続することになった」

「それは、朗報です」

「この間のシンデレラの舞踏会で見事、お前は結果を出した。彼女も結果を出す人間を邪険にはしない人だ。正しく評価している」

「ありがとうございます」

「ついては、お前には引き続きプロジェクトの担当プロデューサーを任せたいと思っている」

「嬉しいことですが、当初は別のプロデューサーが担当するはずでは?」

「予定は予定だ。これについては専務からも了承を得ている。どうだ、やるか?」

「――はい!」

 

 武内に引き続き任せるのは美城専務の提案でもあった。互いの意見がぶつかりあっていた二人ではあったが、彼女は彼のことを高く評価していた。そのため、今後の346プロダクションのことも考え、彼には経験をもっと積ませるべきだと判断したらしい。

 将来、武内にどんなものを与えるかはプロデューサーには関係ないことではあったが、後輩の成長は嬉しいものだと思っていた。

 赤羽根や武内といった若い世代が育っていくのは嬉しいと感じていたからだ。

 

「しかし、いまの彼女達の担当は……」

「一応『二代目シンデレラガールズ』の扱いならオレの担当だろう。個々の仕事に関しては他のやつに回すつもりだ」

 

 二代目シンデレラガールズ。シンデレラプロジェクトを卒業した彼女達の新しいステージ。

 高垣楓を始めとした一代目は少し休みになり、四月から一年は二代目が大きく活動することに計画はなっている。

 これについては当初の計画通りで、美城専務も特に口を出すことはなかった。むしろ、好意的に見てくれたのは意外であった。

 

「そうですか。それは少し寂しくなります」

「そんなことは言ってられなくなるさ。これが次のプロジェクトメンバーの候補だ。まだデビューが浅く、していないアイドルがメインだ」

「新たにアイドルをスカウトするのではないのですか?」

 

 武内は不思議そうに尋ねると、プロデューサーは両手をあげた。

 

「これに関しては専務から釘を刺された。今年は新しく募ることはしないそうだ。今までがやりすぎだと言われた。意味がわからないんだがな」

「あ、あはは、そうですね、はい」

「まあとにかく、メンバーの選定はお前に任せる。一応最後の決定にはオレと専務も目を通すが、お前なら問題はあるまい」

 

 信用されていることは嬉しいが、期待もされていると思うと複雑な心境ではあった。それでも武内は思った。いままで通りに、時にはそれ以上にやっていけばいいのだ。彼女達のように一緒に成長していけばいいんだと。

 武内はプロデューサーから今後の予定や指示を受けたあと、少し雑談をしてから自身のオフィスへと戻っていた。

 

 

 武内が去った直後、プロデューサーが書類の作成をしている最中電話がなった。備え付けの固定電話ではない。彼の仕事用のスマートフォンからだった。

 画面を見れば非通知。

(誰だ?)

 おそらく、業界関連の人間だろうか。この番号を知っている人間から直接教えてもらったのだろう。それが真っ先に思いついた。

 悪戯や怪しい電話などこのオレにかけてみろ。どうなるか教えてやると口に出すほど。そんな愚か者はいないだろう。

 とにかく電話に出なければ話にならない。

 

「もしもし」

『……』

 

 反応がない。

 

「……もしもし?」

 

 悪戯か。そう思って電話を切ろうとした時。

 

『……急な連絡ごめんなさい。覚えて、いますか?』

 

 意外だった。

 声の主は、ここを去ったアイドルだったからだ。

 

 

 

 

 オフィスに戻った武内は、プロデューサーから受け取った新しいシンデレラプロジェクトのメンバーの資料に目を通していた。

 人数はざっと10人ほど。前に比べれば少し少ないと思うが、これでも十分な人数だと自覚はしている。

(人間、慣れるものです)

 意外なことに、この事に関しては別に苦ではなかった。一年、かつてのシンデレラプロジェクトの子達と過ごした日々で、自分も成長しているという実感がある。

 それにしても、あっという間の一年だった。

 あのアイドルと呼ぶにはまだ未熟だった彼女達が、いまでは事務所の看板アイドルになるほど飛躍した。自分の事のように嬉しい。

 突然、扉をノックしてちひろが入室したことで我に返った。

 

「あ、武内P、こちらにいらしたんですね」

「千川さん、どうかしたのですか?」

「ふふ、そうですね」

「?」

 

 何か問題が起きたのだろうか。それにしては、彼女の表情は困った顔ではなく、むしろ良いことがあったと言わんばかりの顔だった。

 

「武内Pにお客さんですよ」

「そうなのですか? 特に今日は誰かと会う約束はなかったのですが」

「ええ、唐突にやってきましたからね」

 

 なぜこんなにも嬉しそうなのだろう。

 武内はつい気になって聞きたくなる気持ちをなんとか抑え、彼女に外の噴水でその人が待っていると言われたので向かうことにした。

 外に出ると、暖かい風が吹いた。今日はいい天気だ。

 まだ桜の花は咲いていないが、もう少しで満開。花見日和だろう。

 噴水のあるところまで歩いて行く。庭師の手入れが行き届いているのか、花壇が綺麗で歩くだけでも時間を潰せる。

 すると、噴水の傍に一人の少女が見えた。

(あれは……!)

 足が自然と早足になる。見間違いではない。忘れるわけがない。なんで、なぜ、そんなことばかり頭を過るがどうでもいい。

 いまは、いや、今度こそちゃんと話をしたい。それだけでいい。

 彼女も気付いた

 武内は少女の前に立つと、先に彼女が口を開いた。

 

「……お久しぶりです」

「はい、ほんとうに、お久しぶりです。元気、でしたか?」

「まあ、その、元気にやってました」

 

 会話が途切れる。

 まるで、別れた恋人あるいは離婚した夫婦のような感じだろうか。いや違う。二人の別れは最悪だった。互いに遺恨を残したまま今日まで過ごしてきた。

 しかし、それがどうだ。まさか、彼女の方から来るとは誰が想像できるだろう。

 武内自身、きっと怨まれていると思っていたぐらいだった。

 何とも言えない雰囲気だったが、それを破ったのはまた少女だった。

 

「実は、ライブには足を運んでいたんです」

 

 驚いた。いつからと尋ねると、彼女は去年からと答えた。

 少女は言った。シンデレラプロジェクトの面々がデビューした辺りからその存在を耳にし、自ずと情報を集めていたと。

 それは、後悔だった。もし、アイドルを続けていれば自分もあそこにいたのではないかと日々悩み始め、ついには直に彼女達を目にしたくてライブに足を運んでいた。

 そしてアイドルにもう一度なりたい、その想いがだんだんと大きくなり始めた時にシンデレラの舞踏会を見て決心がついた。

 

「いまさら、どの面を下げて戻ってきたと思われるかもしれないって思ってたんです。それでも、勇気を出して連絡をしました。チーフに」

 

 これも驚きだった。

 酷い言い方だが、きっと先輩は「いまさら何の用だ」と平気で言うと思ったからだ。辞めた理由が理由なだけに、きっとそうなるという確信があった。

 そのことを尋ねると、

 

「はい、言われました。でも、すぐに要件を言えって言われて、それで答えたんです」

「なにを、ですか?」

 

 彼女が何のために連絡をしたのか、その理由は薄々察していた。いや、ここにいる時点でわかっている。それでも、私は聞いた。

 

「アイドルに戻りたい。そう、答えました」

「それで、先輩はなんと」

「……生憎、新人を取る気はないって」

 

 ああ、やはりそうなってしまった。

 あの人ならそう答える、なぜだかそう思ってしまった。しかし、彼女の顔はそこまで落ち込んでいない。

 

「けど、とあるプロジェクトアイドルの選定がまだ決まっていない。その担当プロデューサーがお前を気に入れば、もしかするかもなって」

「それは……」

「あなたが、そのプロジェクトの担当プロデューサーだって聞いて、驚きました。失礼な言い方になるけど、嘘でしょって」

「そうですね。当時の自分がいまの私を見たら、きっと信じられないでしょうね。ですが、変わることができました。多くの人達に支えられて。貴方も、変わられたのではないのですか?」

「そうですね……。時間がかかり過ぎちゃったけど」

 

 少女は一度深呼吸をした。その顔つきは真面目で、先程とは違う。

 

「身勝手な理由で辞めたわたしがこんなことを言うのはおこがましいってわかってます。それでも、それでも! 本当のアイドルになりたいんです! だから……だから、もう一度、

 私をプロデュースしてください!」

 

 これは夢なのではないか。武内はふとそんなこと思った。

 彼女は身勝手な理由と言ったが、大元の原因は自分にあった。未熟で、人の気持ちなど考えない自分の不注意で、彼女達を傷つけたのだ。

 それが、彼女が帰ってきた。もう一度、アイドルになるために。

 全員ではなかった。それでも、嬉しくて、嬉しくてたまらない。

 やり直すのとは違う。

 本当の意味でスタート地点に戻って来たのだと思う。

 だから、私の答えは決まっている。

 零れ落ちそうな涙をこらえ、右手を差し出した。

 

「これからよろしくお願いします。一緒に、トップアイドルを目指しましょう」

「っ! はい! お願いします、プロデューサー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二〇一八年 1月 日高家

 

 娘の愛を産んでからの人生は怒涛の生活だった。

 成人すらしてなかった私が、一児の母になるのだからそれは大変なのはわかっていた。

 いや、つもりだった。

 自分が原因なのは理解していたし、その所為で周りの目、特に世間の目が辛かった。

 子育てなんて知ったかぶりな知識しかなかった私には、実家の母に頼らざるを得なかった。幸いだったのが、母さんも父さんも私達の結婚にはそれなりに容認してくれたことだった。

 まあ、でき婚だったんだけど。

 それが原因なのか、旦那のお義父さんとお義母さんは申し訳ないのか謝ってきた。別に気にしてはいなかったんだけど……。

 けど、一番大変だったのは旦那の方。

 なにせ、当時で一番の売れっ子で、アイドルの頂点だった私を引退させたのだから、相当やばかったに違いない。

 現に色々とやばかったと言っていた。

 幸いしたのが、私達が所属していた事務所の社長は仏のような人だったので、私達の件については「おめでとう」と嬉しそうに言っていた。当時の私は、それでいいのかと思っていたが。

 こんなことが起きた事務所であったが、いまでもなんとかやっていけるらしい。旦那も私の事があってか、事務員の真似事をやっているとのことだ。

 なにが面白いって、アイドルとプロデューサーの恋愛は禁止というのが当時のルールだったのだが、私自身がそれを破って世間的に放送されたため、いまではアイドルとプロデューサーとの恋愛は暗黙の了解としてだが多からずあると言うのだから「なんだかなあ」と呟いてしまう。

 悩みながらも苦労して育てた愛がアイドルになるのは、血かなあと軽く流していた。逆に言えば、私の娘だから苦労するんだろうと他人事のように思っていた。

 母親としては、現在娘がアイドルとして活動していることは嬉しいし、人気もあるので安泰ではある。困るのが、娘を経由して私に取材なんてしてくる輩がいるのが鬱陶しかった。なので、取材は一度も受けたことはない。

 そして、現在。

 私は、退屈だった。

 朝起きれば家族のために朝食を作り、家の掃除洗濯をする。昼は一人でとるか、たまには近所のママさんたちと食べることもある。夕方には夕飯を作り、旦那と一緒にテレビを見て就寝。

 細かな差異はあれど、これが私の日常になっていた。

 刺激がない毎日。

 平凡な日常。

 だから、退屈で仕方がない。

(いや、だったか)

 いつからか、私は自分でも無意識にアイドル番組をチェックしていた。雑誌は溜まるだけで処理が面倒なので買ってない。

 特に新人アイドルを中心に見ていた。

 そして、私が奮い立てるようなアイドルを見つけたのが二回あった。

 一回目はもうだいぶ前。5年前くらいだろうか。私の歌を歌ったので特に印象に残っている。その子は、いまでも異名がつくほどに活躍している。

 私から見ても、中々だと思う。

 二回目はすごく最近。去年の12月のアイドル番組。

 それは、突如現れた。その衝撃は一回目と比較にならかった。鳥肌が立った。眠っていた私の本性が目覚めるほどに。

 しかし、しかしだ。

 私はこうしてソファーでくつろぎ、午後のロードショーを見ているだけだ。

 動かないのはきっかけがないから。いまさら、こんなおばさんがあの世界に戻ってどうしろというのだ。みっともないと思う。

(負ける気はしないけどね)

 アイドルを辞めて早十数年。後悔は意外とない。もうちょっとやっていたかったなあと思うこともあるが、まあ正解だったんだなと思っている。

 けれど、唯一やり残したことがある。あの舞台、アイドルアルティメットで競いたかったあの子。

(結局、会った事ないんだっけ)

 それが、あの時に残してきたもの。

 あの子、いまどうしているだろう。私と年は変わらないはずだから、結婚して子供とかいるのかしら。

 名前しか知らず、向こうはこっちのことをどう思っているかもわからない。私の我儘な願いではあるが、機会があれば会って話したい。

 電話が鳴る。

 はて、誰だろうか。

 タイミングがよかったのか、ちょうどテレビもCMに入った。

 受話器を取って電話に出る。

 

「もしもし」

『日高舞だな』

 

 声の主に聞き覚えがあった。ちょうどいま見ていた映画にも出てきたところだ。犯人が使い捨ての携帯を使って脅迫や身代金を要求するときによく聞く声。

 私は真っ先に娘の心配をした。

 

「ちょっと、愛に手を出したら承知しないわよ!」

 

 受話器に向かって大声で叫んだ。しかし、予想外の返事が返ってきた。

 

『アンタの娘に用はない』

「あら、そうなの。じゃあ、なによ」

『用があるのはアンタだよ、日高舞』

「私? 私に一体なんの用があるっていうのよ」

『祭りだよ』

「……?」

 

 声が変わっていても、ここだけはなんとなくわかる。

 こいつは、笑っている。

 

『あの祭りが再び開催されるぞ、真のトップアイドルを決めるあの祭典が』

「冗談にしては笑えないわね」

 

 別に不思議ではないと思っている自分がいる。

 いま世間のアイドルに対する熱気は以前のものよりすごい。それに、開催をするだけの理由があるのも薄々わかっている。

 気付けばちょうどその元凶が映っている。

『大型新人アイドルリン・ミンメイ、デビューシングル発売決定!』

 画面から目を離し、再び会話に戻る。

 

「冗談、じゃないようね」

『近々、アイドル協会が発表するだろう。そして、お前にも連絡がいくだろうな』

「……」

『最高の舞台で、お前と競うに値するアイドルが待っている。楽しみにしておくことだな』

 

 言うだけ言って一方的に切れた。

 意外なことに私はすぐに行動を起こしていた。自室に戻って外着に着替えながらスマートフォンのスピーカーで旦那に電話した。

 

「あなた? そう、私だけど。ちょっと社長と話があるんだけど。え? 何でって、それはそっちに着いてから詳しく話すけど。私、現役復帰するから。……うるさいわねぇ、とにかく! いまからそっちに行くから、お茶用意しておいて!」

 

 さて、しばらく主婦業はお休みね。

 あ、そうだ。

 

「帰りにカラオケ寄っていこっと」

 

 

 To be continued

 

 

 

 





というわけで、デレステ編完結。無理やりだけど、完結! 終わり!
そして、お知らせ。
次回から最終章です。構想全5話程度で最後にエピローグの予定で文字数もどれほどになるか不明。そして、更新については全部書き終えてから投稿させていただきます。
これは連載当初から予定していました。時間がどれほどかかるかはまだわかりません(まだ一文字も書いてない)。
生存報告を兼ねて幕間などで進行状況はお知らせしたいと思っております。それすらなかったら、死んだと思ってください。

それでは、また次回で。

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