嘘だろと思われるかもしれないが貴音が出た。
嬉しくて、泣いた(実装時爆死済み)
幕間劇「凛ちゃんも女の子」
二〇一五年 八月某日
「いやぁ、今日も練習キツイね」
「でも、最初に比べれば体力もついてきたし慣れてきましたね!」
「卯月もあんまり転ばなくなったもんね」
「凛ちゃんー、それは言わないでくださいぃーー」
346プロダクションの別館にあるトレーニングルーム近くにある休憩所で、ニュージェネレーションズの三人は自動販売機の前で一息ついていた。
先日のアイドルサマーフェスティバルから少し経ち、三人も自信がさらについたのかここ最近のレッスンに気合が入っていた。
そこに三人の姿が目に入ったのか、プロデューサーが声をかけながらやってきた。
「お疲れさん。休憩中か?」
「あ、プロデューサー。うん、そうだよ」
「そうか。奢ってやろうかと思ったが、もう飲んでるなら別にいいな」
彼は彼女達の手に持つ缶やペットボトルを見ながら意地悪そうに言った。
「チーフがもっと早くくればよかったのに!」
「残念だったな未央。ま、次回に期待することだ」
「プロデューサーさんも飲み物を買いに来たんですか?」
「たまにエナドリが飲みたくなるんだ。身体がなんというか、軽くなる。卯月も飲むか?」
「わ、私はスポドリでいいです……」
「美味いのに。若い子には人気がないのか? じゃあ、“渋谷”はどうだ?」
「……ない」
凛の声は小さくてプロデューサーには聞き取れなかった。卯月も未央も同様のようだ。ただ、三人は凛の雰囲気が一瞬にしてガラリと変わったことに気付いた。
「凛ちゃん、どうかしたんですか?」
「しぶりん、顔色悪いよ?」
「渋谷、体調が悪いなら帰ってもいいぞ。トレーナーと武内にはオレから伝えておくから」
「……いかない」
心配して声をかけたが、彼女の対応は先程とは変わらない。声が少し聞き取りやすくなったぐらいだろうか。
だが、俯いているのか表情が見えない。
「本当に大丈夫か? 無理せず帰ってもいいんだ――」
「納得いかないッ!!」
『!!!』
突然凛は大声で叫び三人を睨みつけた。いや、正確には一人。
「ねえ……プロデューサー。私、納得いかないんだけど」
「な、なにがだ?」
見よ、32歳にもなる男が声を震わせている。それ程までにいまの渋谷凜が纏うオーラに圧倒されているのだ。
少し首を傾げ、目に光がないかのような様子はまさにどこかで見たことのあるような既視感を覚えるほどだ。
「そ、そうだよ。一体何が不満? なのさ」
「り、凛ちゃん。落ち着いてください……。その、こわ――」
ギロリ。
びくっと彼女のにらみつける攻撃に卯月と未央は身体を震わせてしまう。黙っていろ、そう言わんばかりだ。
「なんでさ、私だけ『渋谷』なわけ? 二人は名前で呼んでいるのに、ていうか私以外みんな名前で呼んでるよね? なんで? ねえ、なんで?」
「え、そう……なのか? いや、意識してそう呼んでいるわけでは――」
「そうだよ! 私だけ苗字なの! アイドルの中で、私だけ!」
「それは気にする、ことなのか?」
「するの! 超―する!」
「そ、そうなのか。ただ、渋谷の方が呼びやすくてそう呼んでいただけなんだが」
「ふーん。そんなこと言うんだ。だったら、未央の方が呼びやすいんじゃん。本田の方がさ!」
「ちょっと、そこでなんであたし?! 関係ないよね?!」
「関係あるんだよ、本田」
「うわぁー、いきなりそれですか」
「でも、そっちの方が呼びやすいですよね」
「え、しまむーもしぶりんに惑わされちゃだめでしょ!
この場で唯一中立……の立場になっている卯月は容赦ない言葉を浴びせる。
そんな中、未央は一人反撃に出る。卯月を巻き込む形で。
「だ、だったら島村だって呼びやすいってことになるのでは?!」
「いや、それはない」
「なんでさ!」
「ファッションセンターしまむらと誤解しちゃうでしょ? 例えば『しまむら(の服って)いいよね』みたいな」
「そんことないわっ!」
「ないよな……?」
「チーフもそこは自信を持って! しまむーだってそんなことないよね?!」
「……ソンナコトナイデスヨ。よく、間違われちゃいます」
「島村ぁ!!」
その後も未央は一人で凛に立ち向かい、味方なのか敵なのかよくわらかない立場になった卯月をスルーし続けた。
そんな中、プロデューサーはどうにかすべきだと考えた。なので、はっきりと凛に言った。
「でさ、渋谷はどうしてほしいわけなんだ?」
「だから、名前で呼んでって言ってるの!」
「別に渋谷でいいだろ」
「今までの話聞いてないの?!」
「……未央、どうすればいいんだ?」
「もう名前で呼べばすぐに解決なんだよなぁ」
「じゃないと凛ちゃん、蒼い力にもっと目覚めちゃいますよ」
「卯月は一体どうしたんだ……」
ちらりと凛の方を見るプロデューサー。そこには、そわそわしている彼女の姿がある。凛も凛で、ちらっ、ちらっと早く呼んでと言わんばかりの行動をしている。
小さなため息をつきながら、プロデューサーは渋々彼女の望み通り名前で呼んだ。
「凛。これでいいか?」
「ま、及第点ってところかな」
「……精進しますよっと!」
飲み終えたエナジードリンクを強引にゴミ箱に投げ捨てた。未央と卯月は「あ、これ怒ってるな」と察したが、当の元凶である凛はにやにやと笑顔を出さないように必死であった。
幕間劇 「貴音、実家に帰るってよ」
『ただいま。あー、今日も疲れたよ』
『あら、おかえりなさい』
玄関で旦那を迎える妻の姿は一見普通の光景に見える。けれど、腕を構えて待っているその姿は、まるで鬼のようだ。
さすがの旦那も気付いたのか、どうしたのかと尋ねている。
『どうしたのかって? あなたに話があるのよ』
『別に話なんて飯を食いながらでもできるだろ? 腹減ってしょうがないんだよ』
『あら、今日はご飯作ってないわよ』
『はあ?! なんでだよ?! いや、待て。そうか、わかったぞ。出前だな? そうだな、たまにはピザとかもいいな!』
『何を言っているの? そんなモノなんて頼まないわよ』
旦那は状況が読み込めていないらしい。経験のない自分でも、さすがにここまで見ればなんとなくわかる。
『……モモカちゃんって、可愛い子ねー。特に胸が大きいわね。あなたの大好物だったらかしら』
『も、ももか? 何を言ってるんだよ……』
『これ、何かしらねー』
それは名刺だった。『モモカ』という名前と、その下にはおそらく店名。裏返すとなにかの番号があった。たぶん、LINEの番号だ。なんとなく、リアルな感じがする。
『この間……遅く帰ってきた日のスーツに入ってたの。買い物ついでにお店まで行ったけど、あれって……キャバクラよね?』
『そ、それは会社の接待というか、お付き合いだよ! それぐらいわかるだろ?』
『それもそうよね。でも、定期的に通ってることだって知ってるのよ!』
『な、何を言ってるんだ。そんなことしてないって』
『あなたのLINE見たの。昨日も連絡取ってたわよね? それに、お小遣いもちょっと増やしてくれって最近頼んでもきたわよね?!』
『こ、後輩にせがまれて……』
『ここまで言われてまだ嘘を言うなんて、呆れてなにも言えないわ。私、今から実家に帰らさせてもらいます!』
『待って! 話し合おう! な?!』
ここまで見てみると、ドラマでよくある展開だ。茶うけにある煎餅を咥えながら美希はそんなことを思いながらドラマを見ていた。
実際にミキのパパとママの夫婦仲は良好だ。と思われるが、喧嘩をしているところは滅多に見ない。ただ、実際にキャバクラとかそっち系のお店がキッカケで家庭崩壊などはよく耳にする。バラエティ番組などに出演したときにも、ゲストの体験談とかを聞いたりした。いま思えばなんで未成年の自分に出演のオファーが来るのだろうかと疑問に思う。
ただ、人の体験談やこうしてドラマを見て思うのは……。
いま現在、後ろで似たような夫婦喧嘩が繰り広げられているということだ。
「あなた様! 一体これはどういうことなのですか?! タバコは一日三本までと、わたくしと約束されましたのをお忘れになられたのですか?!」
「忘れてねぇよ。ただ、やっぱり一日三本は足りないって話で……」
美希はほんの数分前のことを思い出した。
プロデューサーが帰宅し、玄関で貴音が彼を待っていて、彼のスーツの上着を貴音がハンガーにかけるのがいつもの光景である。ただ、上着の裏ポケットの妙なふくらみに貴音は気付いてしまったのだ。
毎日プロデューサーが帰宅するたびに煙草の箱の中身を確認することがこの家のルール。というより貴音のルールなのだが。今日も確認するために中身を見たらなんと、数が合わないのだ。
346プロダクションに移籍して貴音がいないことをいい事に、プロデューサーは隠れて煙草を約束の倍以上の本数吸っていた。だが、今日はうっかり事務所に置いておく用の煙草と普段の煙草の箱を間違えてしまったのだ。
それが貴音に見つかり口論になっているのが現在の状況である。
「……いつからですか」
「なにが?」
「いつから、約束を破ってこのような事をし始めたのですかと聞いているのです!」
「……それは」
「昨日ですか? それとも一週間前? いえいえ、きっと一か月……半年前?」
問い詰めながら言う貴音にプロデューサーは首を横に振って答えていた。日にちはどんどん遡っていくのにさすがの美希も呆れて始めていた。彼のこともあるが、一々怒鳴っている貴音にもだ。
もっと寛容になればいいのに。
そう思うのは自分があまりにも無関心だからだろうか。いや貴音を見れば、ああいうタイプの奥さんとは遅かれ早かれ離婚とかに発展するのが高いように思えてしまうから、自分はその逆の立場を取っているのかもしれない。
このあとの展開を想像すれば、きっとハニーはミキに助けを求めるに違いない。もう少し経てば……。
意識を二人の方に戻すとまだ答えあわせの最中であった。ただ、平静でいた美希も驚きの答えが返ってきた。
「ま、まさか……765プロで346プロに行っていた時……?!」
コクリ。プロデューサーは素直に頷いた。素直すぎて可愛く思えるぐらいだ。
美希としては、適当なところで嘘をつけばいいのにと思ったが、そこがハニーの可愛いところかと勝手に惚けていた。
「もしや、もしやと思っておりました。あの時からあなた様の体臭……いえ。タバコの匂いが少しきつくなったと感じておりました。わたくしは、そういった場所で吸われることで他の人の煙がついただけかと思っておりました……思っておりましたのに――!」
「一日に一箱は吸ってないぞ……です」
貴音の威圧によって言い直したプロデューサー。彼はそのまま何故かその場で正座をし始めた。
「わたくし、あなた様を信じておりました。ちゃんと約束を守る、真の男子と思っておりました。なのに……あなた様はわたくしのことを裏切っていたのですね。ああ、なんて可哀そうな女なのでしょう! 表では妻を愛している夫を演じ、陰では妻を裏切っている夫。なんて極悪非道な!」
「ちょっと待て。妄想が飛躍しすぎだろうが」
「そうなの! なんでいきなり妻とか言いだしてるの!」
「……わたくしはあなた様の身体と健康のためと思っておりましたのに。あなた様はそんなわたくしのお心遣いを無下にしていたのですね。それも一年以上も前から!」
さすが現役のトップアイドル。役を演じているかのような振る舞いである。
「ミキも酷いと思いませんか!」
「言い過ぎだよな、ミキ」
「あなた様に発言の権利は与えておりません!」
さてと。やっとミキの出番なの。ここでミキが有利な立場を作るのだ。
「うーとね。ミキは別にいいんじゃないかなーって思うなあ」
「な?!」
「ほら」
「ッ!」
「……お口チャック」
再び貴音の威圧に、今度こそプロデューサーは黙ることにしたらしく目も閉じた。そんな彼を余所に美希は続けた。
「貴音はちょっと厳しすぎると思うよ。普通の人が一日何本吸うか知らないけど、さすがに三本は少ないんじゃないかなってミキは思うの」
「それは……この人のためにと思って」
うんうんと無言で頷くプロデューサー。
「時には善意が仇となるってことなの。もうちょっと数を増やしてあげれば、こんなことにはならなかった。まあ、ミキもタバコの煙は好きじゃないよ? でも、好きな人だからって厳しくし過ぎるのはよくない。あ、ミキはできるだけハニーの要望に応えてあげるよー」
貴音を見つめながら甘い言葉で囁くように美希はプロデューサーに抱き着いた。
「貴音はもうちょっとハニーに優しくしてあげるべきなの。じゃないと嫌われちゃうの」
「……ました」
美希の言葉に負けたのか、貴音は全身の力が抜けたようにだらりと腕をおろしながら言った。
「ん? 聞こえないの」
「わかりましたと言ったのです」
「なにがなの?」
「そこまで言うのでしたら、わたくしは必要ない、そう仰るのですね!」
「いやいや、そこまで言ってないの。ただ、ミキは貴音がちょっと厳しいって……」
貴音は美希の言葉など聞く耳もたず、ただプロデューサーを見ながら、
「あなた様も、わたくしが邪魔だと。鬱陶しい女、そういうことなのですね」
「ちょ、待ていっ! そこまで言ってねぇだろうが!」
「そうですかそうですか。二人がそこまでいうのでしたら、わたくし――」
『……』
「実家に帰らせてもらいます!」
『……へ?』
突然の発言にプロデューサーと美希も開いた口が塞がらない。貴音はそんな二人など気にせず玄関へとずかずかと歩いて行く。
「ではお二人とも、ごきげんよう! ふん!」
貴音が出て行き、取り残された二人は互いに顔を見合わせ、
「貴音に実家なんかあるのか……」
「いや、普通はあるの。ただ……」
『本当にあるのか(なの)』
四条貴音というアイドルは謎につつまれたミステリアスなアイドルである。
それは何故か。言動もそうだが、プロフィールの出身地が「京都?」となっていることから察せられる。
プロデューサーも本人に何度聞いても教えてはくれなかったこと。それがいま、実家に帰ると言ったのだ。
これはつまり、
「美希、出かける準備だ」
「はっ、了解なの!」
貴音の出身地もとい、実家に挨拶するチャンス。プロデューサーはそれしか頭になく。美希も美希で面白そう、ただそれだけであった。
こうして貴音の家出という名の大追跡が行われるのであった。
つづく。
最後に関しては本編時空ではないです。
現在ちまちまと最新話をかいているのですが、シンデレラプロジェクトの面々以上に難儀してます。
個性が強すぎるってはっきりわかんだね!