銀の星   作:ししゃも丸

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第30話

 

 

 

 魔法使いの力によってシンデレラは無事にお城へとたどり着きました。

 長く続く赤いカーペットの階段をドレスの裾を持ち上げながら上ってゆきます。

 舞踏会の会場に入るための大きな門をくぐると、そこはシンデレラの見たことがない世界が広がっていました。

 シンデレラが歩くと、他の人達は道をあけていきます。皆、シンデレラの美しさに見惚れているのです。

 それは王子も例外ではありませんでした。

 王子からダンスの申し出を受け、シンデレラもそれを受けます。

 それは、とても楽しい時間でした。人生の中で一番幸せな時間でもありました。

 しかし、幸せな時間は長く続きません。

 魔法使いが言った魔法が解ける時間が迫っているのです。

 約束の時間に気付いたシンデレラは王子の声など気にも留めず走りだしました。

 階段を下りると、途中ガラスの靴が脱げてしまいました。けれど、シンデレラは魔法が解けることを恐れ、靴が脱げたことなど気にせず階段を下りていき、乗って来た馬車に乗り込み城を去っていくのでした。

 

 

 

 

 

 二〇一五年 九月某日 

 

 346プロダクションオフィスビルの廊下を一人の大男が歩いている。アイドル部門チーフプロデューサーである彼だ。

 片手に束ねた書類を手に歩いている彼の表情は、どこか能面のような冷たい顔をしている。たまにすれ違う社員は道をあけ、彼が去った後に小声でひそひそと話す辺り、今日の彼はとても機嫌が悪いのだと周りの人間は思っているらしい。

 ただ、実際のところ今のプロデューサーは機嫌が悪いというよりも、緊張している。意外なことにそれが顔に出るのだ。

 

「……はぁ」

 

 憂鬱で仕方がない。

 かれこれここ数日同じ事ばかり考えている。原因はなんだと問われれば、先月にこの事を知ったからだ。この悩みはそう簡単には理解はできまい。

 自宅にいる時に貴音と美希に心配されたが、二人に相談できる悩みではない。そもそも年上である自分が年下である二人に頼るのもどうかと思う。

 理解できるのは今西部長だろうか。けれど、彼はきっと肩をぽんと叩くだけで終わってしまうことだろう。

 ほんと、憂鬱だ。

 気付けば目的地である部屋の前に来ている。左腕の時計を見て時間を確認する。予定されていた時間の少し前。

 年甲斐もなく逃げ出したいなどとは口が裂けても言えないが、本当に逃げ出したい。

 それでも、これは仕事だと自分に言い聞かせ扉をノックした。

 

『入れ』

「失礼します」

 

 部屋に入るとそこはプロデューサーのオフィスより広い部屋だった。広さは二、三倍ぐらいだろうか。

 それもそのはずだ。ここは、346プロダクション常務取締役、同社アイドル部門統括重役の部屋であるからだ。同時にそれは、彼の直属の上司であることを示している。

 プロデューサーはこの部屋の主である彼女の前まで歩いていき、彼が言う前にこの部屋の主である美城常務が口を開いた。

 

「予定していた時間の少し前か早いな。相変わらず余裕のある男だ、キミは」

「それは皮肉ですか、お嬢」

「お嬢は止めろ。周りに示しがつかない。なにより、私を怒らせたいのか?」

「では、なんとお呼びすれば?」

「普通に常務と呼べばいいだろう」

「わかりました、常務」

「それでいい。まあ、座れ。それと、私だけの時は敬語はいい。互いに知らぬ仲ではないだろう」

「それはありがいことで」

 

 プロデューサーは来客用のソファーに座り、彼女は反対側に座った。

 美城常務とは知らぬ仲ではない。といっても、友人というわけでもない。二人の関係を表すならば、ビジネスパートナーというのが近い。

 二人の出会いはプロデューサーが以前に346プロダクションで勤めていた時に知り合ったのがきかっけだ。

 彼女の方が年上であるが、プロデューサーの能力を評価しているためか、あまり言葉遣いなどは気にしてなどいなかった。むしろ、正式な場ではちゃんと敬語を使っているので、公私を分けていることを知ればそれは些細な事だった。

 プロデューサーが346プロからの依頼を完了し去って以降は互いに連絡は取っていなかった。故に、彼女がアメリカに行っていたことなど知らぬことだった。

 

「さて。書類には目を通してきたが、アイドル部門はそれなりの成果を出しているようだ。ここ数年のアイドル業界のことを踏まえてみれば、僅か2年足らずでこの成績は確かなものであることがわかる」

 

 美城は持っていた書類をテーブルに置くと、組んでいた足を替えた。年齢を感じさせない綺麗な肌、すらっとしている脚。本当に30代なのかと疑うところだ。

 プロデューサーから見ても彼女は美人の部類に入ると断言できる。

 もう数年若ければアイドルとしていけなくもない。さすがに本人には言えないので心の中に留めておく。

 ただ、年の割には大胆なところがある。特に胸元。

 

「何か思ったか?」

「いえ、別に」

「そうか。で、肝心の要件だが……」

「今後のアイドル部門の方針、ですか?」

「そうだ」

 

 美城ははっきりと答えた。彼女は別の書類を彼に渡しながら説明した。

 現在のアイドル業界はまさに乱世ともいえる過酷な状況だ。多くのプロダクションにアイドル。今は質よりも量と言わんばかりに多くのアイドル達が活動している。その中でも、多くのアイドルが所属しているプロダクションが346プロだ。そんな状態だと言うのに、所属している多くのアイドルが活躍しているのは、ひとえにチーフプロデューサーであるキミの手腕があってこそだと彼女は称賛した。

 しかし、こんな状況だからこそアイドルとプロダクションのブランドイメージを全面に押し出すと。

 

「つまり、346プロならではのアイドルを確立するということで?」

「そうだ。我が346プロダクションは歴史ある総合芸能事務所だ。アイドルもそれに相応しいものでなければならない」

「なるほど。言いたいことはあるが、まずはそれをするためにどんなことをするかお聞きしたい」

「私が目的としているのは、現在活動及び企画しているプロジェクトを白紙に戻し、企画に適したアイドルを選抜し一つのプロジェクトにまとめ、大きな成果を得ることにある。……異論があるようだな」

 

 美城はプロデューサーの表情を読み取り率直に言った。彼も濁すことなく答えた。

 

「異論、になるのでしょうね。貴方の言いたいことも理解はできるし、言い分も筋が通っている。だが――」

「だが、すべてのプロジェクトの白紙には納得できない、だな?」

 

 プロデューサーは頷き、それに肯定した。

 

「しかし、キミは理解していない」

「何を?」

「プロジェクトを白紙に戻すには大きな理由がある。さらに言えば、そうしなければならないと言う根拠もだ」

「プロジェクト全体の事はおいて、それをお聞きしたい」

「私がそうしなければいけない理由は、キミだよ」

 

 美城はプロデューサーを指しながら言った。

 

「オレ……? なぜ?」

「率直に言おう。アイドル部門の大半はキミ主導のプロジェクトが多い。結果も出している、これはいい。文句はない。たが、問題があるのだよ。アイドル部門事体がキミの私物化となっている、と私は危惧しているのだ」

 

 プロデューサーは言い返さなかった。それに関しては言い返すことはできないからだ。言われて気付くというのも遅いが、概ねその通りだと納得してしまっていた。

 

「キミが私のような立場であるなら問題はない。そうであるなら、この方針も理解はできる。だが、所詮はチーフプロデューサーにしかすぎない。キミも気付いているだろうが、現にキミの事をよく思わない声も聞いている。どこへ行ってもそういう声はなくならないと言えばそれで終わるが、これでは良くないと私は考えた。だからこそ、再構築しなければならない」

「……話は理解しました。それに異論はないし、納得もする。で、オレを解雇でもしますか?」

「話が飛躍しすぎだ。それに、キミを手放せば大きな損害となる。キミにはとあるアイドルユニットを担当してもらおうと考えている。表向きは周りのことも考えチーフプロデューサーの任を解く。キミには本来のプロデューサー業の仕事をしてもらう。それにプロジェクトを白紙に戻し、今回のキミへの対応にはある理由がある」

「それは?」

「先程も言ったが、このアイドル部門はキミの一人、とまでは言い過ぎではあるが、キミの貢献によるものが大きい。故に後進の教育が行き届いていないとも私は見ている。キミに頼り切っているところが多く、自身で計画を立てるほどの人材がいないように感じた」

 

 全員ではないだろうがと彼女は付け足した。

 彼女の言う通り、現在所属しているプロデューサーにそれが該当する人間は少ない。彼らに全く指導してないと問われれば、それは違う。それなりの指導はしてきたし、最低限の教育も施した。ただ、やっている事と言えば自分の仕事の引き継ぎみたいなものだ。

 アイドル部門に所属している一期生と二期生の大半はほとんどプロデューサーが面倒を見ていた。それを分散し部署ごとに担当を宛がったぐらいだ。自分のようにアイドルを見つけ、デビューさせるということをした人間はほとんどいない。

 そう考えると、かなり自分の思うがままにやってきたと改めて認識する。

 だが、すべてを肯定することはできなかった。

 

「とりあえず、常務の方針に関しては概ね同意します。ただ、一つだけ抗議したい」

「言ってみろ」

「もう一度言わせてもらいますが、現在活動しているいくつかのプロジェクトの白紙だけは止めていただきたい」

「散々強気な事を言ってきたが、私も全部を白紙にする気はない。プロジェクト以外にも、現在テレビ局と契約している企業などのCMやレギュラー番組等はいくつか残すつもりだ。相手側の意向もある。主観ではあるが、現在のアイドルは歌一つでは生きていけないと理解はしているが、納得をしたくはないな。昔と比べ、世間が求めているモノが違うと分かっていてもだ」

 

 これはプロデューサーも共感した。自分も彼女もアイドルの黄金時代というのも目撃、体験してきた世代だ。インターネットの普及、科学の進歩にケチをつけるつもりではないが、昔は人気アイドルのCDなど飛ぶように売れた時代だ。今とは違う。

 それに昔のアイドル、特にもっとも人気のあったアイドルにはカリスマというものがあった。時代が生み出した、望んだかのように絶大な人気を誇るアイドルがいたものだ。

 “日高舞”少し前であるなら彼女がそうだろうかとプロデューサーは忘れぬ名を思い浮かべた。

 

「で、キミが残したいプロジェクトというのは……そうだな。このシンデレラプロジェクトがそれか? だいぶ入れ込んでいると聞いている」

「そうです」

「今期からキミが立ちあげたプロジェクトだったな。十数名のアイドルを選抜し、一人のプロデューサーを任命し一年活動させる。結果が出れば、翌年のシンデレラガールズとして活動させる。このシンデレラガールズというのはなんだ?」

 

 シンデレラガールズのメンバーは高垣楓を始めとした数名のユニットで、346プロダクションの看板アイドルとしての役割を担っている。二年目の現在でもメンバーは変わっておらず、プロデューサーは一年ごとにメンバーを変えていくことを考えていた。時代は常に変わり続けている。

 だからこそ、年が変わるごとにシンデレラガールズのメンバーを一新し、その一年346プロダクションの看板を背負っていってほしいと思っていたからだ。

 

「ただ、貴方の言葉を借りるならば、346プロダクションアイドル部門に相応しいモノになるものだと言わせてもらう」

「ほう? キミらしかぬ乙女チックな台詞だ」

「そうですかね? それに、我がアイドル部門の理念は『誰でもアイドルになれる』だ。なら、問題はないでしょう」

「しかし、シンデレラというのはいつか魔法が消えるものではないのか?」

「それを消えさないためにオレが……いえ。プロデューサー(魔法使い)であり、プロダクション(お城)だと思っていますよ」

「……ふん。だが、この担当プロデューサー……武内と言ったか。問題があるようだが」

 

 資料を見ながらギロリと睨むようにプロデューサーを見た。

 やっぱりそこを突いてくるかと内心溜息をつきながら反論した。

 

「現に一度ユニットを解散させ、アイドルも辞めさせている。原因は担当である彼だと聞いている。その問題を抱えたプロデューサーに任せるのは如何なものかと思うが?」

「まず、その問題点ついては現在の所解消していると断言していいと思っています。それに、武内は所属しているプロデューサーの中では有能です。これは保証します。現に所属アイドル全員がデビューし、上半期の売り上げも新人アイドルながらもそれなりの成果が結果にも出ています」

 

 プロデューサーは用意していた書類を見せながら声に力を入れて説明した。可愛い後輩、そしてアイドル達のことを思えばの行動だった。本音を言えば、半年しか経っていないプロジェクト白紙にされてたまるかとかなり熱くなっていた。

 

「……私情が混じっているような気がするが、まあいい。なら、有能な証拠を実際に見せてもらおう。言葉だけではなく、行動と結果でだ」

 

 藪蛇だっただろうかと冷静になったプロデューサーは思った。結局のところ、武内とアイドル達自身の働きにかかっていることに気づく。

 当分、おそらく下半期に関しては勝手な行動はできない。できるとしたら助言ぐらいだろう。

 ただ武内にしろ、他のプロデューサー達もこれは良くも悪くも試練になるだろう。勝手な言い草ではあるが、自分は346プロにずっと所属している気はない。いずれは去るのだ。去った後の事を考えれば、彼女の案に賛成だ。彼だけではなく、所属しているプロデューサーやアイドルにとって必要なことだ。

 例え、それが受け入れられなくても。

 それから、アイドル部門の改革について二人は話しあった。翌日予定されている全体会議で発表することになった。その時の進行役をプロデューサーが担うことになり、彼は心底面倒くさがった。

 実質、現時点までは彼がアイドル部門の中心というべき人物だったのだ。この改革の話が出れば、非難の目が彼にいくのは目に見えていた。

 特にアイドルの対応が大変だ。間違いなく。

 そして、話は美城が計画している新アイドルユニットについての議題になった。

 

「ユニット名はまだ未定だ。ただ、現時点で新ユニットのアイドル候補はほぼ選抜した。これがそうだ」

 

 渡された書類、というよりもアイドルのプロフィールが数枚。ごく最近見覚えのある書類である。

 

「私がこのユニットのイメージである『お城のようなきらびやかさ』を求めたものになっている。キミの意見を参考までに聞きたい」

 

『新アイドルユニット(仮)』と一番上にある表紙の次には、速水奏、塩見周子、宮本フレデリカ、鷺沢文香、大槻唯、橘ありす、神谷奈緒、北条加蓮。その多くが新人アイドルで、数名がアイドルデビューしているぐらいだ。

 

「さすがはキミが選んだアイドルだと言わざるを得ない。わたしから見ても、彼女達には秘められた輝きがある」

「それは、どうも」

 

 選抜されているアイドルの大半が今年スカウトしたアイドルとは思ってはいなかった。

(なんか、イメージカラーが青いやつばっかだな)

 あえて口には出さないが。素直に思った。 

 ふとプロデューサーあることに気づき尋ねた。

 

「現状ではどのような形で活動を? 全員ユニットとして組ませるのか?」

「ソロを2、ユニットを2でいこうと考えている。ただ、その両方で二人ほど気になっているアイドルがいる。この二人が加われば、このプロジェクトの成功は確固たるものだと確信している」

 

 新たなに渡された資料には目を疑う人物がいた。渋谷凜、アナスタシアの二名。現在シンデレラプロジェクトで活動中のアイドル。

 プロデューサーは私情よりプロデューサーとしての考えを彼女が何か言う前に口に出した。今までとは違い、いつもの口調に戻りながら、

 

「悪くない。むしろ、オレが考案していたものと一致する」

「ほう。それは驚くべきことだ」

「神谷と北条に関しては互いに友人ということもありユニットの線で考えていた。また、面接時に“凛”……渋谷のことを知っていたらしい。まあ、本人は知らないだろうと彼女達は言ってましたがね。なので、いつかは凛とユニットを組ませたいとは思っていましたよ。アーニャに関しては意外な人選ではあるが、イメージには合っている」

 

 奈緒と加蓮と面接した時、ユニット前提で活動させる場合もう一人欲しいと思っていた。二人が凛のことを知っていると聞いた途端に閃いたのを今でも覚えている。二人の写真の間に凛の写真を並べてみると、意外とこれが良い感じになったのだとプロデューサーは思い出した。

 

「キミの考えと一致しているのなら話は早いな。私も近々直接二人と話そうと思っている。その前に担当である彼に話をしなければならない」

「その点に関してはですが、おそらく反対はしないでしょう」

「なぜ、そう思う?」

「武内もプロデューサーだ。このプロジェクト……ユニットを見れば、彼も彼女達の新しい可能性を見出すと思えば納得はする。まあ、完全に賛成ではないだろうな。このあとの展開を考えれば、一番苦労するのは武内とそのユニットの関係だ。ギクシャクするのは容易に見える」

「だが、結局は当人の決断に委ねるつもりだ。あくまで私の希望であり、強制ではない。反対されたのなら別の人間を探す」

「遠回しに絶対に説得しろと言っているように聞こえますが?」

「時間は有限だ。その時、その日の選択と決断によって結果は変わる。キミも思っているのだろう? やるなら今だと。アイドルを例えるなら星だ。星は輝いてこそ私達は美しいと感じる。だが、その輝きはいつまでも続かない。アイドルも星も」

 

 なぜこうも自身の考えが丸わかりなのかプロデューサーは疑問でならなかった。

 いや、確かに彼女の言う通りなのは間違いない。プロデューサーとしての直感がいま動かすべきだと伝えている。だから彼は彼女の問いに肯定した。

 

「とりあえず、明日の会議のあとに武内にはオレが直接話す。そのあとで彼と共に二人に伝えようと思う」

「任せる。では、明日の会議についてだが――」

 

 それから一時間ほど雑談も少し交ぜながら残りの会議の内容や今後のことについて話を詰めた。プロデューサーはもうここにいる理由がないと判断して退出しようとした。

 だが、そこを美城が呼び止めた。

 

「ああ、そうだ。実はキミに二点言うことがあったのを忘れていた」

「なんです?」

「一つは、下半期においてキミの出張は認めん。アイドルを探すと言う名目で経費を落していたのは、流石に無視はできん。ただ、結果は出ているのがあまり認めたくはないが」

 

 ばれていた。あれほど綿密に裏工作をしていたのに。いや、総務部に口裏を合わせておいただけなのだが。どうやら裏切られたのだろうとプロデューサーは彼らを恨んだ。お門違いもいいとこではあるが。

 

「それで、もう一点は?」

「この際だからはっきり言おう。これは助言と思ってくれ。……ハッキリ言ってキミは独立すべきだ。誰かの下につくのはキミには合わない。今日までキミがやってきた事を見て、私はそう思ったよ。以上だ」

「……失礼します」

 

 扉をしめて自分のオフィスへと向かう。

 来た道を今度は戻る。今の表情は来たとき違って冷めている。無表情と言ってもいい。

 先程彼女に言われたことが脳裏にまだ残っている。

 余計なお世話だ。

 彼女とは主に仕事の分野では共感している部分もある。似通っているとも言っていいが、あのようなことを言われてしまえば、正直嫌になる。

 自分の好きなようにやりたければ独立してやれ。その通りだ。

 だが、いまはしない。将来やるかもしれないし、やらないかもしれない。

 いま言えるのは一つ。

 まだ、ここ(346プロ)を辞める気はないということだけだ。

 

 

 

 翌日の会議は予想通り荒れたものになった。現在活動しているプロジェクトや企画のほとんどが白紙。参加したアイドル部門の職員は言葉を失った。

 さらに美城がアイドル部門統括重役に就任し、同時にチーフプロデューサーである彼の実質の降格(表向きではあるが)と新プロジェクトの発足。そして、彼がその担当に就任するということ。

 これには、プロデューサーのことを疎ましく思っていた派閥の人間は笑みを隠せずにはいられなかった。彼は近いうちに美城側につくだろう。

 同時に武内を含めた一部のプロデューサー達が反対の声をあげた。ここまではプロデューサーと美城の予想通りの展開であった。

 彼女は「ならば代案を提出し、納得のいくものを用意しろ。行動で示し、結果を出せ」と一蹴した。

 そして、会議終了後。プロデューサーを慕う者達が一堂に集めって問い詰めてきた。

 

「チーフ、これは一体どういうことですか?!」

「なんで、いきなり出てきたおばさんの命令なんて聞かなきゃいけないんすか!」

「そもそもなんでチーフが降格するです?! おかいしいですよ!」

 

 そこには武内もいた。彼は何かを言うことはなかったが、ジッとプロデューサーを見た。

 

「まあ、落ち着け。あと、おばさんは聞かなかったことにしておく。せめて常務と呼べ。クビになりたくなかったらな。オレが言うべきことはほとんど常務が言った通りだ。文句があるなら代案を持って直接文句を言って来い」

「ですから、いくらなんでも急すぎますよ!」

「そうだな。だが、全部白紙とは言っていないし、一部の企画は存続する。ま、とにかくだ。納得ができないなら、納得させるために動け。オレは“しばらく”チーフじゃない。自分でやるんだな。……まあ、手伝いはできないが助言ぐらいならしてやる」

 

 最後は優しい声で彼は伝えた。

 

「それと、武内。あとでオレのオフィスへ来い。話がある」

「わかり、ました」

 

 武内の反応は少し鈍いものようい感じたが、彼は特に追求することもなくその場を去った。

 

 

 

 プロデューサーに呼ばれた武内は彼のオフィスを訪れていた。武内は今後のシンデレラプロジェクトの事についての話だと思っていたが、実際に半分は当たりであった。

 凛とアーニャを美城常務の新プロジェクトのメンバーに加えると言う話は、武内も驚きを隠せなかった。むしろ、最初は反対だった。話が急すぎるし、メンバーの間に亀裂が走り混乱を招くと。

 

「そう言うと思っていた。これを見ろ」と渡された書類を手に取ると小声で言われた。「今回は特別だ」

「……?」

 

 渡された書類は美城常務の新プロジェクトの資料だった。武内は食い入るように張り付いて資料を読んだ。

 悔しいと思いながらもずるいと武内は思ってしまった。

 担当するのが別の人間ならばここまで思わないだろうが、その担当する人間が先輩と知れば嫉妬してしまう。

 ここまでシンデレラプロジェクトのメンバーと築き上げたもの横から奪い取られてしまうような気がしたからだ。

 しかし、これを見てしまえば渋谷さんとアナスタシアさんに話さない訳にはいかない。

 二人の新しい可能性を見ることができるかもしれない。二人にとっても大きなきっかけとなるはずだ。

 いずれはシンデレラプロジェクトのメンバーもそれぞれ別に活動することになる。他のアイドル部門のアイドル達とユニットを組み仕事をする機会も増えることになる。それが早まったと思えば別におかしくはない。

 ただ、問題は彼女達だ。

 プロデューサーとしてではなく、一人の社会人として見た彼女達はどこかまだ部活感覚でアイドルをしているように見える。これは部活動ではないし、アイドルという職業なのだ。少し早いが、大人の社会に一歩先に同年代の子より踏み込んでいる。

 これは遊びではなく仕事なのだ。

 そういった自覚を持つきっかけにもなるだろう。

 だが、はいそうですか。では、お願いしますとは言えない。

 

「本当に急すぎて、お断りしますと言えれば気が楽です」

「そうだな。で?」

「この常務のプロジェクトにはいちプロデューサーとしては共感できます。ですが、シンデレラプロジェクト担当プロデューサーとして今すぐに返事はできません」

「……」

 

 武内には一瞬プロデューサーが目を大きく開いたように見えた。サングラスで瞳の奥ははっきりと見えないが、こめかみが動いたのでそうではないかと思ったからだ。

 

「私だけの一存で答えを出すのはフェアではありません。それに、私は……シンデレラプロジェクトを最後まで導きたいのです。私も代替案を提出しようと思います。常務の言われるがままは嫌ですから」

「そうか。なら、お前の考えるアイドルを輝かせる企画を楽しみに待つとしよう。だが、凛とアーニャには話を通しておけ。これだけはしてもらう」

「わかりました。近日中には、お二人には話をしておきます。それでは、失礼します」

 

 立ち上がり、一礼して武内はプロデューサーのオフィスを退出した。

 時間は有限だ。さっそく代替案を考えねば。

 武内は急ぎ足で自分のオフィスへ向かった。

 

 

 

 

 

 武内が去った直後。

 プロデューサーは自分で淹れたインスタントのコーヒーを一口飲みながら先程の武内の事を思い出した。

 

「意外だったな。結局……分かっているつもりだっただけか、オレも」

 

 予想通り武内も新プロジェクトには共感した。だが、予想外だったのはすぐに返事をしなかったことだ。

 別にその事に対して怒りを感じてはいない。むしろ、美城と企てた計画通り彼も自ら行動に出た。これは、よいことだ。

 今まで散々自分の命令に従ってきた者達が今後武内のように意見を言うようになるだろう。悪い事ではない。

 ただ、なんとも言えない感覚だ。

 今まで自分がしたいようにしてきたことが、突然の来訪者によってできなくなった。色々と考案していた企画も当分はできそうにはない。なにより、アイドルを探しにいけなくなってしまった。

 ――独立しろ。

 彼女の言葉が思い浮かぶ。

 

「探しているアイドルが見つかれば……そうするさ」

 

 一人しかいない部屋で、彼はボソッと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 





ちょっと長いあとがき。

多分、今回はなんか矛盾だらけなんじゃないかと思うので簡潔に補足。
「アイドル部門をお前が好き勝手にしてるのは許さん」、「お前の所為で後進が育たないから新しい改革をする」だろうか。
公式だとちょっとわからないんですけど、シンデレラプロジェクトも武内Pが発案したものではなくプロデューサーということになっている。
なので、MJに反論してなんとかすべてのプロジェクトの白紙だけは免れています。
まあ、深くはつっこまんとください。メンタル弱いんで。
アニメでは部屋も追いやれていますがここではなし。個人的には、アレはシンデレラという題材のための演出だとしても「そこまでやるか?」と当時思いました。ぶっちゃけ部屋なんて余ってるだろうと思ってました。

二期が短いと前回話したのはプロデューサーがクローネの担当として描くからです。一応他サイドの話はアニメ通りな感じと思ってください。
「言いたいことはわかるけど、私のスタイルじゃない」みたいな感じでここのアイドル達はいうでしょう。

当時も思っていましたが、デレマスというか346プロは組織? 企業という側面が強いので二期のMJのやり方って別にそこまで反対的な意見はなかったです。ていうかリアル的な印象が強かった。あとで調べたのですが、日本とアメリカの仕事というか職場のイメージ、雰囲気も違うのは知って面白いなと思いました。
まあ、細かい部分はMJのwikiなどで見ればアニメのことについてはわかるかなと。

最後にプロデューサーが「渋谷」ではなく「凛」と呼んでいるのはあとで幕間をやります。今まで意図的に「渋谷」呼びにしてたので。



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