太陽の日差しが降り注ぐライブ会場。
当初の予定していたスケジュール通りに進んでいる。CP担当プロデューサーである武内は、手に持つクリップボードに挟まれた書類に再び目を通す。
今の時間はCPのアイドル達の時間で、最後の全体曲を行っていた。
ステージの上では13人のアイドル達が本番に向けて最後の調整に勤しんでいる。武内の目から見ても、ダンスの完成度は高く見える。合宿の成果が表れているのがわかる。
彼女達の指導をしているトレーナー達も各々分担して仕事をしているし、舞台裏ではアイドル部門のチーフプロデューサーとしてエンジニア達とともに打ち合わせをしているのも見えた。
この空気はライブならではのものだ。
スタッフとしてライブの補佐してきた武内も、本番前の熱気と緊張感が癖になりつつあった。サマーフェスティバルのような比較的大規模なライブも数回経験してきたが、夏は一層特別なような印象を抱く。ドームではなく、このような野外でのライブというのが大きな要因なのかもしれないと武内は思う。
CP全員参加のライブがサマーフェスティバルというもの良い経験になるだろう。それに、ひと夏の思い出としても。
しかし、それはこれからだ。
ステージに目を向けると、ダンスは曲の最後の辺り……いや、丁度今終わった。全員がトレーナーの周りに集まり彼女からの評価を聞いている。「ありがとうございました!」と聞こえたところを見えると、これで彼女達の番は終わる。入れ替わるように次のアイドルがステージに上がる。
武内もCPの番が終わったので、邪魔にならないよう舞台裏へと戻る。少しして彼女達も舞台裏へと戻り彼の前に集まった。
「皆さん、お疲れ様です。これでCPに与えられたリハーサルは一旦終了となります。このあとは一応待機という形です。待合室で次の指示があるまで休憩ということでお願いします」
「わかりました。みんな、戻りましょ」
CPのリーダーである美波が先導して連れて行く。
(どうやら、問題はないようですね)
合宿中に先輩から新田さんの報告を受けた時は問題ないと聞かされた。リーダーに指名して少し顔色が悪いと思っていたが、先輩が彼女から相談を受けたらしく、問題は解決したらしい。
率直に告白すれば、自分が相談を受けるべきなのだが、タイミングが悪くそれは叶わなかった。ただ、彼みたく助言ができるかと言われると少し自信がないのも事実なので、深くは気にしない事にする。
ただ、その一件以来彼女はリーダーとして上手くチームを纏められているのだと実感できる。武内自身も彼女達に連絡をする際には直接会えない場合を除いては美波を経由して連絡するようにもなった。
遠慮なく相談もしてくれるようになったのは僥倖でしょうか。
自分の事や他のメンバーのことで気になることや悩みがあると、美波は武内に相談するようにもなったし、スケジュールなども彼女から先に尋ねることもある。
頭を悩ませることがあるとすれば、それは自分が上手く対応できているかということであったが、現状を見るに問題ないのだろうと武内は安堵していた。
ここが、分岐点になる。
このライブを乗り越えれば、きっと彼女達はアイドルとして新たな一歩を踏み出すのではないかと武内は考えている。
CPのアイドル達はその多くがスカウトだ。明確なアイドルのビジョンや目標を持ってやっている子は少ないだろう。
楽しい。
ドキドキ、ワクワクする。
大変で、辛いけど、ライブが終わったあとの高揚感が堪らない。
接してきたアイドル達は皆似たようなことを言っている。
アイドルになってから今日まで。彼女達の中で考えが変わり始めてくるころだと思う。そして、いつかは自分が目指す、なりたいアイドルというのが見えてくる。
『シンデレラプロジェクト』はそんな子を応援、後押しするのが目的の一つだ。
彼女達全員がアイドルとしてやりたいことを見つけてくれるのならば、彼女達のプロデューサーとして嬉しい限りである。
――あの子達も、ここに居た筈だ。
自分が道を間違えなければ、もっと上手くやれていたならばと、そう思わずにはいられない。
勝っているとか、劣っているなどと優劣をつける気はない。彼女達には、彼女達なりの魅力と、他のアイドル達に負けない力があった。
それを駄目にしたのは自分だ。忘れることなどできない。
けれど、どうしても思ってしまう。
もし、共に歩めていたならば……。
あれ以来、あの子達から連絡などない。当然だ。きっと今頃は普通の女の子として青春を謳歌しているのだろう。ただ、元気に過ごしていればと武内は願っていた。
感傷に浸っている武内であったが、人の気配を感じ取り我に返る。
服装を見れば、ライブスタッフの一人であった。スタッフの男は息を荒くして声をかけきた。
「はあ、はあ……。た、武内P。チーフを見ていませんか?!」
「先程まではこちらに居たのを目にしましたが、何か問題が?」
「いえ、そういうわけではないんです。ただ、チーフにも確認をしてもらわないといけない所がありまして」
「そうですか。こちらに居ないとなると、外になるでしょうか。まずはステージの方を探してみては?」
「そうしてみます。あ、それと、誰かはわからないんですけど、貴方の事を探していましたよ。たぶん、音響とかそっちの奴だと思います」
「ありがとうございます。それでは」
「ええ」
男がステージに向かうのを見送ると武内も歩き出した。
ステージ前方の、どちらかと言えば観客席側にチーフプロデューサーである彼はいた。プロデューサーはただ空を見上げていた。
現在の空模様は、雲は所々あるが快晴。まさにライブ日和と言えよう。
ただ、それも現時点で行えばの話だった。
彼の下に観客席と舞台裏を行き来するスタッフ専用の出入り口からスタッフの男が走ってやって来た。ステージの上で彼を見つけてまた戻ってこちらからやってきたようだ。
「チーフ、見つけましたよ!」
「ん、なにか問題でも起きたか?」
「いえ。ただ、チーフに確認してもらうところがあったので、態々こうして探しに来たんです」
態々というところを強調しているところを見ると、内心かなり怒っているのだとプロデューサーは気付いた。ただ、直接足を運ばずとも、電話なりアナウンスで呼べばいいだろうにと思ったが、それは新しい燃料を投下するのと変わらないと気付き、口に出すことはしなかった。
「それ、なにを見てるんですか?」
男はプロデューサーが片手にスマートフォンを持って何かしていることに気づき尋ねた。
「ちょっとアメダスで天気を確認しているところだ。キミは、今日の天気予報を見て来たかね?」
「あ、はい。たしか、昼間は晴れでしたね。夕方から曇り時々雨とか。他のテレビ局だと雷雨とかも。ただ、この季節の天気は変わりやすいですから」
「その通りだな。今の所降水確率はそこまで高くないんだが……」
「なにか気になるんですか?」
男は、目の前のプロデューサーが一体何を思い悩んでいるのかがわからなかった。テレビ局の天気予報など、実際のところ頭の隅に入れておけばいいぐらいにしか男は思っていなかった。
ただ、今回のライブが野外となると天気が気になるのも頷けるが、天気予報と言っても絶対ではない。当てにならないときもあれば、ちゃんと当たることもある。
彼はどちらかと言えば、信じていない男であった。美人のお天気おねえさんは信じているが。
しかし、プロデューサーは自分とは違うらしいと男も気付いた。
「直感と、言えばいいのか。嫌な予感が、な」
「はあ……?」
346プロダクションとはそれなりに仕事をしてきた男は、未だにこのチーフという男に関してはよくわからないでいた。ただ、ライブを通してわかっているのは、とても仕事ができる男で、信頼も厚く、アイドル達から好かれていることであった。最後のはちょっと羨ましいと思っているほどに。
「茄子と芳乃にてるてる坊主でも作ってもらうよう連絡するか」
記憶が間違いなければ、このライブには参加していない名前だ。
ただ男からすれば、一体何を言っているんだとしか思えなかった。
ライブ開演数分前。
ステージへ上がる階段の手前に今回参加している346プロダクションのアイドル達に、今回初のフェス参加となるCP全員が集まっている。もちろん、チーフプロデューサーである彼もその場にいる。
彼女達はプロデューサーを起点にして円陣を組んでいた。
これは、アイドル部門の恒例行事になっていた。彼が何かを言った後に、いつも高垣楓が掛け声を担当している。
CPはこの円陣に参加するのは初であり、ようやくアイドル部門の仲間になったとも言えた。
「さてと。もう一度確認するが、体調が優れない奴はいまここで申し出るように……ま、いないか。お前らいつも元気だからな」
「はい! 私はいつも元気です!」
応えるように茜が手を上げながら大声で言った。これもいつもの流れである。
「元気があってよろしい」
「たまにはプロデューサー君のダメダメなところも、お姉さん見てみたいわね」
「ふふ……。まゆ、弱ったプロデューサーを看護したいです」
「大丈夫です! そうなったら私のサイキックヒーリングで――」
「あ、ユッコ。言い忘れたが、今日は絶対にサイキックパワーを使うなよ」
裕子がどこからか出したスプーンを取りあげながら、釘を刺す様にプロデューサーは言った。彼女が理由を尋ねるが、裕子以外のアイドル達は「あはは……」と乾いた声で言っている辺り察しがついている。
「別にいいじゃないですか! 減るもんじゃないし!」
「減るんだよ。いいか? 絶対にするなよ。お前らもよく見ておくように。頼んだぞ、特に藍子」
「……あの。毎度毎度、なんで私なんですかぁ」
震えた声で言う藍子を余所に、プロデューサーは続けた。
「最後に、今日はCPである彼女達が共にフェス参加することができた。ようやく共にライブを行えることを喜ぼう。先輩として、恥じない行動をするように。そして、お前達は先輩達を見て学べ。オレからは以上だ。今年の夏も、精一杯楽しもう!」
『はい!』
「それじゃあ、楓君。掛け声を」
「はい。それではみんな、円陣を組んでエンジンをかけていきましょう!」
『……お、おう……』
これも、見慣れた光景である。
初参加のCPの面々は初めてであるため、面を食らっている。プロデューサーが呆れた声で楓を呼ぶと、再び掛け声をかけた。
「では改めて。346プロサマーアイドルフェス、みんなで頑張りましょう!」
『お―――――!!!!』
ライブ開演から少し経ち。
現在はシンデレラガールズのアイドル達のソロ、ユニット曲を披露している最中である。CPの出番は彼女達の曲が一段落した後、ライブの中盤を担当する。プロデューサーは初参加となる彼女達の様子を見るために、舞台裏から待合室へと向かっていた。
時間的に彼女達の出番は近いはずなので、すでに準備に取り掛かっている頃のはずだ。
プロデューサーはCPの部屋の近くまで来ると、一人のメイクアシスタントの女性が向かってくる。彼女に準備はどうだと尋ねると、彼女は先程終わったと教えてくれた。
これで遠慮なく入れる。
扉の前に立ち、ノックをして入室。
「新人アイドル共―。準備はどうだ?」
「あ、プロデューサー。はい、いつでもいけます!」
始めに彼に気付いた美波が答えた。
プロデューサーの存在に気づくと、みんな彼の前に集まりだした。彼は彼女達をじっと観察するように見渡した。すると今度は背後を歩き出して一巡り。
メイク技術も齧ったことのある彼なりの最終チェックだ。
ふと気になったのか、蘭子の後ろに立った。
「蘭子、ちょっと動くなよ」
「な、何ゆえ……」
「背中の羽、もとい飾りの確認……」
昨今のアイドルの衣装というのは、着る人間に合わせたり、曲をイメージしてデザインされることが多い。現に蘭子の衣装は彼女がスケッチブックに描いたのが基で、それをプロデューサーがアレンジし、本職のデザイナーによって完成したのがこれである。
他のアイドル達もシンプルであったり、ところどころ彼女達を強調するようなアクセサリーも見受けられる。みくで例えるならば、猫の尻尾は特に顕著である。
「特に問題ないな。意外とライブ中にアクセサリーとか装飾物が外れたりすることがよくある。まあ、映像でみないとわからないんだが。それはそれでいい思い出になるし、トークのネタにもなる」
「ふ。我が衣は完全にして無敵」
「……でだ。もう少しで出番だが、調子はどうだ?」
「そ、その。わたしがちょっと取り乱しちゃったんですけど、美波さんやみんなが助けてくれました」
手を上げながら智恵理が答えた。表情から見るに、少し怯えているように見えた。叱られるとか、注意されると思ったのだろうか。
「それはなによりだ。それにな、智恵理。経験の浅いお前達が不安がるのは当然だ。別に怒ったりはしないよ。でも、本番ではそんなモノは吹き飛ぶ。楽しんできなさい」
「は、はい!」
智恵理は何かに驚くような感じで身体を震わせた。
「別にビクつかなくてもいいだろう」
「しょうがないよー。プロデューサーこわいもん」
「こら、杏ちゃん。そういうこと言っちゃ、めっだよぉ」
「智恵理ちゃん、怖かったの?」
「え、そういう訳じゃ……」
「別に、Pちゃんって怖いかにゃ?」
「ロックというか、メタルって感じかな」
「えー。P君ってカッコイイって思うけどなー」
「うんうん。かっこいいよねー」
「Дa。プロデューサーは、これがいいんですよ」
「ん? アーニャちゃん……?」
「プロデューサーさんって、渋い感じがしますよね」
「渋いっていうか、惹き付つけられるというか」
「禁断の果実のような甘美なる誘惑」
「……ただ単に、みんな見慣れて来ているだけなのでは?」
冷静で的確なことを未央が言った。
この調子を見るに、普段のように振る舞っているように思えるとプロデューサー判断した。智恵理が言っていたように美波がフォローしていたのだろう。
彼女も上手くやっているようだ。
すると今度は武内がやってきた。彼女達の出番が迫っているので呼びに来たようだ。武内を先頭に彼女達は部屋を出て行く。一番最後に美波とプロデューサーが並びながら歩き、彼は美波を褒めるように言った。
「リーダーとしてやれているようだな」
「そんなことないですよ。プロデューサーが言った様に、普通にいつも通りの私をやっているだけです」
「ああ、その通りだ。で、どうだ。緊張しているか?」
「してないって言ったら嘘になりますけど、楽しみっていう感情の方が勝ってます。プロデューサーはどうですか?」
「お前達が無事にライブを終えることができたならば、それがオレにとって最高の報酬だよ」
「もっと素直に言ってもいいんですよ?」
「それじゃあ、ライブを楽しみにしている。こう言えばいいか」
「はい、よくできました」
「そりゃあどうも」
軽い会話を挟みながら彼らは舞台裏へと着いた。
そして、彼女達のライブが始まる。
『ありがとうございましたーー!!』
蘭子、アスタリスク、凸レーション、キャンディーアイランドと続いて現在はラブライカのライブが終わった。二人はステージから下りながら、アーニャが美波に尋ねた。
「美波、なんだか空が暗くなっているのに気付きましたか?」
「うん。少し前までは青空だったのにね。ちょっと、怪しいかも。まだ雨は降りそうな感じはしなかったけど」
同じ頃、プロデューサーとスタッフが同じ話をしていた。現在まだ雨は降っていないが、状況によってはどうするかを話し合っているようだ。
「どうしますか? 現状は問題ありませんけど……」
「見た感じすぐに降るような感じには見えなかったが、とりあえず現状維持だな。最新の天気予報は?」
「ちょっと待ってください。……えーと、降水確率は低いですね。降るとしても、ライブが終わったあとの時間帯だと思います」
「もしものことを考えて、ブルーシートや何か被せるものを用意しておこう。機材を濡らすわけにはいかないからな」
スタッフたちはそれに頷きそれぞれ動き出した。実際に雨が降った時の対応を他のスタッフたちに通達すべく動き出した。
そして時を同じくして。
藍子はライブ後半に向けて新しい衣装に着替えるべく部屋に戻っていた。いや、どちらかと言うとかいた汗を拭くためだ。
部屋に戻ると、何故か裕子が一人だけで、藍子もふと首を傾げた。
「あれ、ユッコちゃん。何をやって……」
気になって後ろから覗き込む。そこには、ライブ直前に取り上げられたスプーンを手にしていた。
「ゆ、ユッコちゃん?! 何をやってるの?! というか、そのスプーンどこから」
「チッチッチ。スプーンの予備はたくさんあるんですよ!」
「そうだよね。スプーンってマジックアイテムだもんね。って、駄目だよ! プロデューサーにサイキックパワーは使っちゃ駄目だって言われたでしょ!」
「ほら、ちょっと天気が怪しくなってきたので。ここは、サイキックアイドルとして何とかしようと……むむむっ。来てますよー、これは!」
「だ、だめ―――――!!」
どぉおおおん!!
その瞬間、会場に雷が落ち、ブレーカーが落ちて電力がストップした。
さらに言えば、その数秒後。
「ゆうぅこぉおおおおおおおおおお!!!」
雷よりも恐ろしい男の声が響き渡った。
電力が復帰し、少し経って。
シンデレラガールズの待合室に大勢の人間が詰め寄っていた。とある二人を中心に。
「“裕子”、オレはあれ程サイキックパワーを使うなと言ったよなあ?」
「何を言っているんですか、プロデューサー。いくら私が優れたサイキッキカーといえど、雷を落とすなんて、そんな非常識なことできませんよー」
「(それはひょっとして、ギャグで言っているのか……?!)」
彼女の言葉に全員の思いが一つになった。
しかし、プロデューサーの今の状態はかなり危険。いつもは「ユッコ」と呼んでいるが、今は「裕子」である。
そして、反省の色が見えない裕子の態度が余計に拍車をかけた。
ガシッ。
プロデューサーの左手が裕子の頭を鷲掴みにした。
これは、左腕だ。利き腕はない。とでも言いたそうである。
「あれ、私宙に浮いてません?! まさか、新しいサイキックパワーに目覚め……」
「……」
ミシミシ。
裕子の頭を掴む手に力が入る。
「痛いです痛いです!! ごめんなさい、冗談です!!」
「このアホを縛り上げておけ!」
言いながら手を離してその場を去るプロデューサー。まだ、彼女のライブが残っているのでつまみ出せとは言えなかった。なければつまみ出していただろうが。
舞台裏まで戻った彼は、スタッフと話し込んでいる武内を見つけ声をかけた。現在の状況を確認するためだ。
どうやら、雨はすぐに止んだらしい。ただ、短時間ながらもかなりの大雨だったらしく、ステージは雨でびしょ濡れ。機材に関しては他のスタッフが急いでブルーシートなどをかけに行ったらしく問題はない。
大きな問題があるとすれば観客だった。今回は室内ではなく野外の会場。観客たちは雨が降ると一斉に屋根がある場所へと動いた。そのため、ステージから見える会場に観客ははいない。
いや、かなりの猛者、ライブ通と言うべきか。それともファンの鏡だろうか。雨を見越してカッパなど雨具を用意していた者はまだ会場に残ってライブの再開を待ち望んでいるようだ。
状況を確認したプロデューサーは指示を出した。
「よし。エンジニアは各自機材のチェック。空いているスタッフはステージに上がって雨水の除去だ! 水滴一つ残すんじゃないぞ! アイドルが滑って怪我をしてみろ。オレ達はいい笑いものだぞ!」
『はい!』
「ある程度終わりが見えたらアナウンスで呼びかけろ。ライブを再開するとな。それと、武内。予定ではニュージェネだったはずだな?」
「はい、その通りです」
「すぐに伝えて安心させてやれ」
「わかりました。失礼します」
武内を見送り、彼も自分が出来る事をしに動き始めた。
ニュージェネレーションズの三人は待合室ではなく、舞台裏で待機していた。ラブライカが終わり、さあ私達の番だと意気込んだ直後に雷が落ちて雨にも降られてしまった所為か、彼女達から先ほどまでの笑顔は消え、暗く落ち込んでいた。
「アタシ達、呪われてるんですかね……」
「呪われてないにしろ、タイミング悪すぎ」
「今回ばかりはお二人に同意です……」
笑顔が取り柄な卯月でさえ落ち込んでいた。それもその筈だった。
ニュージェネレーションズの初ライブは、はっきり言えばいいものでなかった。自分達に非があるのは確かで、そう言われてしまえば言い返せない。
だからこそ、今回はと意気込んでいた。
そんな三人の下にライブを再開させることを伝えに武内がやってきた。彼は三人に現在の状況を説明した。
だが、三人の表情は暗いままだ。再開すると言っても、ファンの人達は会場に数えるほどだ。そんな中でライブをすると言うのは、正直に言えばいいものではない。
武内はそんな三人の気持ちを察して言った。
「たしかに、貴方達の気持ちはわかります。ですが、ライブを再開するにあたって、貴方達が先陣を切ります。アナウンスをしたとはいえ、ライブに来ていたファンの皆様が戻っているとは限りません。それを行うのが貴方達の役目だと思っています」
武内は多くは語らなかった。三人は互いに顔を見合わせた。彼の言う意味を理解したのか、顔に笑顔が戻ってくるのがわかる。
「そうだね。こんな機会滅多にないし、やってやろうよ!」
「アタシ達のライブでファンの皆を振り向かせれば!」
「そう思うと、なんだかやる気が湧いてきます!」
いつもの彼女達に戻る。
これなら問題ないと武内は判断して、彼の表情も柔らかくなる。
間もなくして、ライブは再開。ニュージェネレーションズのライブが始まった。
会場にいるファンは少数。しかし、音楽が流れ、彼女達の声が響き渡ると、雨で避難していた人達が続々と集まってくる。
本当の意味で、ニュージェネレーションズのライブは最高のモノとして行うことができた。
そして、シンデレラプロジェクト最後の曲『GOIN!!』の番となった。
初めて彼女達だけ組む円陣。そこには担当プロデューサーである武内も同席していた。
「さて、みなさん。これがみなさんの最後のステージになります。多くは言いません。最後まで気を緩めずにいきましょう。そして、楽しく笑顔でライブを盛り上げてください。では、新田さん。掛け声をお願いします」
「え?! 私でいいんですか?!」
「はい。これは、リーダーの特権ですから」
美波がみんなの方へ振り返る。そこには誰もそれを拒む顔などせず、うんうんと頷いてくれている。
「わかりました。……こほん。それじゃ、みんな! シンデレラプロジェクト――! ファイト……!」
『お――――!!!』
ライブ会場。場所的には観客席の一番最後の列。この会場は野外ということもあり、椅子などがないので、ほぼずっと立ち続けての観賞になる。
しかし、そんなことなど気にせず多くのファン達はサイリウムを持ち、声をあげて応援している。
そこに、一人の少女がぽつんと立っている。ロングヘアに髪は茶髪でどこにでもいる女の子のように見える。
けれど、彼女は他のファンとは少し違っていた。
彼女の左右、後方にいる人間は不思議がっていた。ただ、立っているだけだ。
シンデレラプロジェクト。
その名は知っている。自分が去った後にできたものだということは、知っていた。
いや、薄々気付いていた。
確信したのはさっき。ライブが始まる前。
行く気はなかった。
けれど、もし、あの人がいたらと思った。
どんな顔をして会えばいいだろう、何を話せばいいんだろう。少女はそう思いながらステージに向かって歩いていた。大半の人間が雨宿りのために離れていたので、そこまで行くのは簡単だった。自分はもう部外者だ。裏から入ることなんてできない。
そして、最前列の柵まで辿り着いた。この時はまだ小雨だった。作業をしているスタッフはカッパを着ていたので、誰が誰なのかはわからない。そう、思ってた。
見つけた―――。
彼を見つけた。あの時から変わっていないと思うので間違いない。
ただ、少女はそれがわかるとその場を去り、来た道を戻り始めた。
正直、怖くなって逃げ出したのだ。このまま帰ろうと思ったが、結局まだいる。
自分と比べ、シンデレラプロジェクトの面々を見て少女は思った。可愛いし、歌も上手だし……それに、楽しそう。自分とは大違いだと。
気付けば彼女達のライブが終わっていた。
ファン達の声が響き渡る中、少女は涙を流していた。
ライブの全演目が終了し、会場は静まり返っていた。途中から晴れた空には、今は星が輝いている。
ステージの上では着替えたCPの面々が腰を掛けてライブの事を話していた。そこに、大きな箱を持って武内とプロデューサーが現れた。
箱の中身は彼女達のファンから届いたファンレター。これもアイドル活動をしていく中では、一番嬉しいことの一つだと語る子もいなくはない。
自分に宛てられた手紙を見て喜ぶ中、凛はプロデューサーの隣に立った。
「ねえ、プロデューサー」
「どうした、渋谷」
「ちょっと、話したいことがあって。いい?」
「構わないぞ」
「私さ、正直に言うと……少し前までアイドルって自覚あんまりなかった。卯月と未央と一緒に仕事をしてきてた。それでも、まだ私の中でアイドルってなんだろうって思ってた」
「それがわかったのか?」
彼が尋ねると、凛の答えはまだはっきりしてなかった。だが、彼女宛てに届いた一通のファンレターを見せながら言った。
「この人、あの初めてのライブからファンになったんだって。ちょっと、複雑だと思った。二人も、私もアレは酷いって思ってる。歌もダンスも中途半端だった。それでも、ファンになったって書かれてて、少し嬉しい気持ちになったんだ。あんな酷い私でも、ちゃんと見ていてくれたんだなって」
「見てくれている人は、ちゃんと見てくれているもんだ。そういうファンの人が、この先ずっと応援してくれる。それは、とても良いことだと思ってるよ」
「私もそう思う。……今日来てくれていたかわからないけど、今日の私は今までで最高の私だったって思える。本当にちゃんとニュージェネレーションズとしてライブが出来たことが嬉しいんだ。でね、ちょっとだけわかったんだ」
「何を?」
彼は薄々気づいているのか、微笑みながら尋ねた。
「私の中のアイドルって言えばいいのかな。なんていうか、ビジョン? まだ上手く言えないけど、前にプロデューサーが言ってたように、一歩踏み出せたと思う」
プロデューサーは、まさかあの時の話をまだ覚えているとは思ってなかった。失礼だが、本当に思っていた。覚えているなら聞くべきことがある。
「……渋谷。いま、楽しいか?」
「最高」
その答えに彼は笑みで応え、もう一度空を見上げた。
二〇一五年 八月下旬
346プロのオフィスビル31階。プロデューサーは廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると今西部長だった。
何やら慌てているのがすぐにわかったが、なんでそこまで慌てているのかが彼にもわからない。何か問題でも起きたのだろうかと思いそのまま尋ねると、
「問題と言えば、問題なのかね」
「一体何がですか?」
「帰ってくるんだよ、彼女が」
「彼女? 浮気相手でもいるんですか?」
「それはどちらかと言うとキミだと思うが。その事に関しては、今はどうでもいいことだ。とにかく帰ってくるんだ、アメリカから」
「アメリカ? 誰か向こうに出張でもして……。そう言えば、こっちに来てから一度も見てない人間が一人いるような……」
「どうやら思い出したようだ。そうだよ、美城会長のご息女である彼女だよ」
「お、お嬢が帰ってくるんですか……!」
「キミぐらいだよ。彼女の事をそう呼ぶのは」
「いや、だってそれ以外になんと呼べば? あ、こうしてはいられない!」
「と、突然どうしたんだね?!」
突然プロデューサーは走り出し、今西は叫びながら尋ねるとその場に止まった。
「戻ってくる前に根回しとか色々と隠蔽をしなくては。それでは!」
ああ、あれかなと今西は色々と思い当たることがあったのか、苦笑しながら喫煙所へと向かった。
やっとデレマス一期分終了です。
で、次回から二期に入るわけですが一期分より短いかなと思っています。理由は次回に説明する予定。
気付けば一周年なんですよね。この作品。
一年が経つのが本当に早いです。
では、また次回でお会いしましょう。