二〇一二年 十二月上旬
(ようやく形になってきたな)
目の前で先生のリズムに合わせて踊る、四条貴音を見てプロデューサーは思った。
ボイスレッスンに関してはある程度問題なく、どちらかと言うとダンスレッスンを中心に予定を組んでいた。既に十二月に入ったが貴音の頑張りもあり、あと少しで番組収録が控えている中、なんとか及第点を出せるところまで来ていた。
歌う曲も最初から決めており、早い段階で練習ができたのも幸いしていた。
「はい、今日はここまで。四条さん、お疲れ様」
「はぁ、はぁ……。ありがとうございます」
「最初に比べればちゃんと上達しているから焦らず最後までやっていきましょ」
「はいっ」
「それじゃあ、着替えてきなさい。その間、プロデューサーさんと打ち合わせするから」
「ありがとうございました、先生」
先生と別れ、別の部屋にある更衣室へ向かう貴音。先生がこちらにやってきた。
「今日もありがとうございます」
「いえ、それが仕事ですから。それにしても、プロデューサーさんも面白いことしますねぇ」
「ん?」
「態々本人ではなくて、別人のダンス映像をみせるなんて。まぁ、選曲の時点で予想はついてましたけど……」
「それについては色々と、ね」
先生の年齢はプロデューサーと左程変わらない。丁度アイドルブームの全盛期を知っているため、この曲のことも知っていた。
「確かにアピール、話題性としては最高でしょうね。ただその分、難易度も上がります。始めてまだ一カ月も経っていないのに、四条さんはよくやっていますよ」
「それが狙いですからね。やることが全部初めてですから、貴音が本番でどれだけやれるかが鍵です」
「今思えば、初心者にやらせる内容じゃないですよ」
「自覚はしていますよ」
無茶、無謀と遠回しに言っているように聞こえたがプロデューサー本人は特に気にしていないようだ。
むしろこれぐらいしないといけない理由があった。プロデューサーは765プロとの契約が約一年か二年ということになっているが恐らく前者であると考えている。この限られた時間でプロデューサーは四条貴音をトップアイドルにすると言った。
それを貴音も合意した上で行っている。
「はぁ。何度も言いますけど、彼女はこの短期間で一通りの動きはできています。あとは、細かい所の調整だけです。もちろんオリジナルと比べなければ、ですけど」
それをさらに短期間でやってしまいそうなのが身内にいることを思い出したが、やめた。貴音に失礼だ。
「ですから、ちゃんと褒めてあげないと駄目ですよ」
「ええ、もちろん」
きぃと教室の扉が開く音が鳴った。着替えた貴音がこちらにやってきた。ジャージなどが入ったバックを持ちいつも見慣れた服装。貴音はプロデューサーの隣までくると歩みを止めた。
「プロデューサー用意が整いました」
「おう。それじゃ、先生。また明日お願いします」
「ありがとうございました」
「はい、また明日ね」
あいさつを済ませ教室を出ていく二人。外に停めてある765プロが所有するトヨタのアルファードがある。色は白で窓ガラスは将来を見据えスモークフィルムがちゃんとある。といっても貴音は無名。正式にはまだアイドルとしてデビューはしていないのだ。
プロデューサーは色々と根回しをしていた。結局は番組本番でアクションを起こしてからでないとなにも始まらない。
「さてと、事務所に帰るついでに衣装でも取りに行くか」
「衣装、ですか?」
「そ。本番で着る、お前専用の衣装だ」
貴音は以前、小鳥と律子の二人に寸法を測られた。プロデューサーにも写真を何枚か撮られた。このためだったのかとあの時の疑問が解けた。
「どういう衣装なのですか?」
貴音は自分が着る衣装なので気になって聞いた。そもそも衣装のこと自体、教えてもらってもいなかったのだ。
「はは、着てからのお楽しみさ」
プロデューサーに笑いながらはぐらかされてしまった。
帰り道の途中、依頼したスタイリストから衣装を受け取り事務所に帰ってきた二人。小鳥に手伝ってもらいながら貴音は現在試着している最中。一方プロデューサーは、んーと唸っていた。
(なんでああなった?)
依頼したスタイリストは、以前からアイドルをプロデュースしていた時に利用していたので知らない仲ではなかった。
腕は確かで、着る本人の寸法とスリーサイズに写真があればこちらの希望する衣装を作ることができるぐらいだ。
少し前、メールで完成予想図が送られてきた。特に不満もなくこれでいいと返信。
で、完成したから先程受け取りに伺えばまったく別のモノができていた。いい意味で。
なんでも、
『突如、別の衣装の案が閃いた。仕事を依頼された身としては最低だが、彼女に合う最高の衣装ができた』
そう言っていた。当初のモノとはまったく方向性が違ったが、良い仕上がりだったので文句を言う事はなかった。
そのスタイリストは自分の作った衣装に気に入ったモノがある名前をつける癖があった。
あの衣装にスタイリストは、
「はーい、皆お待たせ。貴音ちゃんのアイドル衣装のお披露目でーす」
「うぅ……あまりこういった服は慣れていないので少し恥ずかしいです」
黄色基調の配色とその大きく開いた胸元、短いスカート。
〈ビヨンドザノーブルス〉。そう名付けた。
「「「おぉー!」」」
今事務所には春香、千早、やよい、美希、響の五人がいた。美希は相変わらず寝ていたが、興味を示したのか起きて貴音の傍にやってくる。
「うっうー、貴音さんすごく可愛いです!」
「わー、貴音さんいいなぁ」
「似合ってるぞ、貴音!」
「……」
美希を除いて貴音の姿をみて感想を言う中、千早の視線は強調されている胸元と自分の平らな胸元を行ったり来たりしていた。
なんとも言えない顔をして、くっと内なる思いを漏らした。
「どうです、プロデューサーさん?!」
小鳥が聞いてきた。横にいる貴音は顔を少し赤くしていた。慣れてもらわないと困るんだがなと思いつつ。
「ああ、似合ってるよ」
「もう、プロデューサーさんったら。もっとこう、男して言うべきことがあるんじゃないんですか?」
小鳥が望んでいた答えじゃなかったらしい。
(男の俺が、まして三十にもなっているやつがそういった事を言えるわけないだろ……)
プロデューサーの顔は呆れていた。
「んーこの衣装、自分で言うのもなんだけど私や響にも似合うと美希は思うなぁ」
美希が割って入ってきた。
「自分もか?」
「スカートじゃなくてズボンみたいのだったら似合うと思うな」
確かに言われてみればとプロデューサーは思った。
自分の中で星井と響の衣装をイメージする。うん、似合うな。ユニットを組ませるならこの三人でもいいな。しかし、それが叶うことはないだろうと思って後に来るであろうプロデューサーに託すことにした。
「で、どうだ?どこか違和感とかあるか?」
「特にこれと言って……。ただ、その……」
「慣れろ」
恥ずかしいのだろう。だが、それを伝える前に無慈悲な言葉を告げられた。
「別に似合ってるから平気だろ。春香はどう思う?」
「私ですか? 可愛いですよね、早く私も着てみたいです」
「そうですよ、貴音さん!」
「とりあえず、着替えていいぞ」
プロデューサーにそう言われると貴音は小鳥と再び更衣室へ戻っていった。
(さてと……)
お姫様の
二〇一二年 十二月 番組収録当日
番組収録当日。プロデューサーと貴音はすでに収録会場である某テレビ局に到着していた。放送開始が午後十九時。かなり早いが二人は十六時に来ていた。
プロデューサーは仕事の関係上何度も足を運んだことのある場所ではあるが、貴音には初めての場所である。
貴音は事前にプロデューサーに言われた通りすれ違う人にはできるだけ挨拶をするよう心掛けた。
返事を返す人もいれば、そのまま通り過ぎてしまう人もいた。ただ、それよりも、
「あ、プロデューサーさん。お久しぶりじゃないですか!」
「あれ、プロデューサーさんじゃないですか。元気にしてました?」
「プロデューサーちゃ~ん。うちの部署にきてよー」
などなど。多くの社員やスタッフが声をかけてくるのだ。貴音はそれに驚いたがそれを目の当たりにして、彼の凄さを身を持って知った。
「いいか、貴音。まず、この番組のプロデューサーに挨拶するから粗相のないようにな」
「はい」
「今は俺が間に入って話したりするが、仕事が増えるようになれば自分から動くんだ。とりあえず、相手が何か言ってきたらそれに答えるだけでいい」
「わかりました」
挨拶は特にどこへ行っても大事と貴音に教える。特にこの業界はなにかあればすぐ伝わる。伝染病にように次から次へとだ。
それは上から下まで問わず、一人が誰かに言えばそれが広まる。そうして、知らずに消えていった人間も少ない。
「ここだ」
気付けば収録スタジオの入口まで来ていた。二人は中に入る。プロデューサーにとっては見慣れた光景だ。奥に今回の舞台セット、カメラ証明etc……。それに観客席もある。
まだ始まる3時間も前だがスタッフは各々仕事を黙々とやっていた。
するとプロデューサーは目的の人物をみつけたのか、貴音と共にその人物へと歩いていった。
それに、気付いたのか向こうから声をかけてきた。眼鏡をかけ、少し小太りな男性だ。
「ん?おお、プロデューサー君じゃないか!相変わらず
「どうも、高田さん。貴音、こちらが今回の番組を任されている高田プロデューサーだ。で、この子が――」
「どうも初めまして。765プロ所属の四条貴音と申します。本日はよろしくお願いします」
「うんうん。プロデューサー君の教育が行き届いてるねー」
模範的な解答だが十分だった。
プロデューサーは話を続けた。
「今回は我儘言ってすみませんでしたね」
「いいの、いいの。プロデューサー君には十分お世話になってるし、それに枠も空いてたしね。まぁ、どこのプロダクションもこの時期にはあんまり動かないから」
年三回の内、最後の冬の時期はあまり応募は少ない。応募が多いのがやはり春で、一番人数も多い。春という時期は始まりの季節でもあるように、多くのプロダクションが動き始めるのが理由だ。
「にしても、写真で見たときも思ったけど貴音ちゃんだっけ? 結構自信持っていいと思うよ」
「はい、ありがとうございます」
「まぁ、プロデューサー君が担当しているから他の子とは別に贔屓しちゃうけどアドバイスね。挨拶はちゃんとね。この業界じゃただのスタッフでも色々と広がっちゃうからさ。あと、愛想よくしておいたた方がいいよ。男なんてそれでコロッと騙されるからさ」
「はい、その辺りの事はプロデューサーに前もって教えていただきました。高田さんも今後ともお仕事をご一緒する機会があればどうかよろしくお願いします」
(へぇ……)
プロデューサーは貴音がもう自分を売り込み始めていることに関心していた。結局この業界は名前を覚えてもらうのも仕事の内だ。
彼みたいな大きな影響力を持つ人間がいるからこそ成り立つ会話で、ただの無関係な人間ならこうはいかない。
「本当によくできてるよ。関心、関心」
「ところで司会の今多さん、もう来てます?」
「ちょっと待ってね」
そういうと高田は近くのスタッフを呼び止めて聞いた。答えはすぐに返ってきた。
「もう、楽屋に入ってるって。本当、仕事が早いねぇ」
「まぁ、仕事ですからね。それじゃあ、失礼します」
「うん、またね。貴音ちゃんも今日は頑張ってね」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って二人は楽屋の方へ向かった。二人の背中を眺めながら高田は今日のことが楽しみで仕方がなかった。
書類には本人のプロフィールと共に歌う曲も記載されている。彼女の資料が送られてきたときは彼の本気が窺えた。
「さーて、今日は楽しくなるぞー!」
そう言って高田は仕事に戻った。
楽屋があるとこまで来て、二人はとりえず荷物をあてがわれた部屋に置いた。765プロダクション様と紙が貼ってあった。普段なら個室など用意されることはないのだろうがこの時期は応募が少ないためか個室が用意される。
「さて、じゃあいくか」
「司会の今多さん、でよろしいのですね?」
「ああ」
貴音もその人の名前は見覚えがあった。お笑いタレントでよく司会をしているのを目にした。
「なに、そんなに緊張することないさ」
貴音は平静を装っていた。が、内心は少し緊張していた。なにせ、有名人だ。自分も緊張していることに驚く。
気付けば部屋の前、プロデューサーはノックをしてから彼の返事を確認し入室した。
「どうもご無沙汰してます、今多さん」
「なんや、プロデューサーはんじゃないの!最近みないからどうしたかと思ったわぁ」
またもプロデューサーの知り合いか。貴音は口には出さなかった、隣にいる彼の底が知れないと思った。
「ここにいるってことはその子が
「ええ」
「四条貴音と申します。今日はよろしくお願いします」
「えらい別嬪さんやなぁ。にしても仕事が早いなぁ、ほんま」
貴音は先程の高田も言っていた仕事という単語がひっかかった。よく考えれば、今こうしていることも立派な仕事だと気付いた。
「それが俺の仕事ですから」
「せやね、このあとぞろぞろと他の子達もやってくるし、俺も最終確認の打ち合わせとかで忙しいからね」
「生放送ですから。俺も何回か参加したことがあるのでその大変さは知ってます」
そう言えば以前テレビ局にも勤めていたことを聞いた。貴音はこれが生放送だと改めて自覚し、緊張した。
「せや、貴音ちゃん」
「はいっ!」
緊張したのか変な声を出してしまった。恥ずかしい。
「まぁまぁ、そんな緊張せんへんでも。しょうがないけどな。一応俺からこういうことを言うのはアカンのやけど出血大サービス。今回に限らず、ワイもやけど司会をしている奴は出演者に急に話を振ってくることがある。それを自然と返せればいい感じに受けると思うで」
「ご助言、ありがとうございます」
「ええんやで」
ニッコリと今多は笑った。
「それじゃあ、俺達はこれで。改めて今日はよろしくお願いします」
「お願いします」
「こちらこそ、よろしく頼むで」
そのあと今多の楽屋をあとにし、自分達の部屋へと戻った。プロデューサーはスタッフに今回の収録に関して説明を受けにいっていた。貴音はまだ時間があるので歌詞とダンスの確認を行っていた。
しばらくしてプロデューサーが戻ってきて、今日の事について説明を始めた。
「今日の参加者は十二人だそうだ。意外と多いな、この時期にしては」
「普段はもっと?」
「ああ。二十人以上はざらにいる。番号は十二番。つまり、最後ってわけだ」
「……緊張します」
初の番組出演が生放送、それに加え最後となると緊張しないとはさすがに言えない。
「なに、少し緊張するぐらいが身も心も引き締まる。大丈夫、自信を持て。一番間近でみてきた俺が言うんだ。大丈夫だよ。もし、なんかあったら俺の所為にすればいいさ」
「そんなこと、できません。いえ、しません。わたくしはとっぷアイドルを目指すと、プロデューサーの手を取りました。ですから、今日はその第一歩。プロデューサーの期待にも応えて見せます!」
(本当、うれしいこと言ってくれる)
貴音は、覚悟を決めたようなそんな顔をしていた。レッスンは十分、経験は不十分。しかし、それを補うほどの強い意思を感じられた。
「よし、時間ギリギリまで最後の調整でもしてるか」
「はい、お願いします。プロデューサー」
そのあと収録開始の一時間半前まで、プロデューサーの確認の下最終チャックを行った。
衣装に着替えるためプロデューサーは一旦外に出ていた。少し経って、貴音に呼ばれて部屋に戻る。
「どうですか?」
普通だったらスタッフがチェックしてくれるが、一人一人につけている余裕はない。放送開始前に出演するアイドル全員が部屋に集められ、そこでメイクさんに軽い化粧などをしてもらうぐらいだ。だから、今はプロデューサーが確認をした。
くるっと、貴音が一回転。特に問題はなかった。
そうだ、と言いだしたプロデューサーは自分のスマートフォンを取出した。カメラのアイコンをタッチ。貴音にピントを合わせる。
「貴音、ちょっとピースしてみ」
「ぴーす?」
「こうだ」
プロデューサーが空いている手でそれを教える。
「よし撮るぞ……」
カシャカシャと連続で音が鳴る。設定を変えていなかった。
「あの、どうして写真を?」
「なに、今後のためにな」
アイドルとして本格的にデビューすることになればブログやSNSやることになるだろう。他にも何かに使えると思い撮った。
もう一個、事務所から支給されたスマートフォンをとりだしもう一度撮った。
「では、わたしくも」
バックから自分の“すまーとふぉん”を取り出した。
正直に言えばまだ使いこなせていなかった。なんとか電話とLI○Eといった、それぐらいは使えるようになった。
「すみません。写真を撮るにはどうしたらよいのですか?」
「ここのアイコンをタッチするんだ」
「あいんこん……なるほど」
「で、ここの丸をタッチすると撮れる」
試しに撮ってみると二人の足が撮れた。二人の距離は近い。彼は身長がある分、屈んで貴音の目線に合わせていた。二人は意外にも気付かなかった。
「では、プロデューサーもうちょっと屈んでください」
「お、おう」
貴音はスマートフォンを持っている手を伸ばす。カメラの反転機能をつかい、二人が映し出される。
「はい、ぴーす」
「……ピース?」
そこにはアイドルとプロデューサーではなく、どうみても貴音を護衛しているシークレットサービスのように見える。
「これは……なんと面白いのでしょう」
(なんかスイッチ入った)
予感は的中した。今度はサングラスを取ってくださいと言われ、渋々外す。先程とは違うポーズで写真を撮る。
二人だけの空間にカシャカシャとシャッター音が響き渡る。
プロデューサーは飽きるのを待ったが、それは来ないと悟り強制的に撮影会を終わりにした。
物足りなそうな顔をされたがそれなりに満足したのか、撮った写真をスライドさせながら見ている。
「あとでプロデューサーの方に送信しておきますね」
「お、おう」
アイドル達には業務用の方の番号が教えてある。プライベートの方は社長と小鳥に律子、そして貴音には教えていた。
貴音は担当なのでもしもの時のために一応教えておいた。
(あとで指導しておくか)
SNSを利用している有名人は多い。そのおかげで情報がいち早く伝わるようにはなったが、その分問題も起きていた。なにかのキッカケで問題を起こされても困ると思い、あとで指導することに決めた。
(にしても……いい感じに緊張は解けたな)
未だに写真をみて楽しんでいる貴音をみてそう感じた。
それから三十分後。出演するアイドル達はスタッフから収録の説明を受けていた。
貴音を含めた一二名のアイドル。彼女達は貴音より前にデビューを果たしている(貴音は今日が正式にデビューすることになるのだが)。
何人かは小さなライブ等で慣れているように見える。あとの子はやはり緊張しているのか落ち着かない表情だった。
「まず最初に、三番の方までがステージの裏で待機していてください。そのあと司会の方が呼びますので、ステージに出てください。終わったらまたこの部屋で待機をお願いします」
次にスタッフが彼女達を連れステージ裏まできて説明を始めた。待っている間はここで待機してください。出るところはここ、帰るときも同じ。大雑把に説明した。
「こんな感じです。質問ある方は……いないみたなんでこれで終わりです。一応放送開始の三十分前には部屋に居てください。待機している皆さんの様子をカメラが映す予定なので」
そう言ってスタッフは去っていった。アイドル達も各々楽屋へ一旦戻る。貴音もその列に続いて楽屋に戻った。
「説明は終わったようだな」
「はい、凄く簡単な説明でしたが」
「特にこれといって何かするわけじゃないからな。呼ばれて、トークをして、歌を歌って帰る。それだけだしな」
「言葉で言うだけなら簡単です」
貴音は先程のステージの上にたちその光景を思い出す。本番になれば正面には一般席にいる人間から視線を注がれ、カメラが常に自分をみている。そんな光景を想像した。
「そうだな。まず、目線はカメラに意識を向ければいい。今多さんがなにか言ってくるだろうから、それは臨機応変に対応。あとはお前次第」
「いささか勝手すぎます、プロデューサーは」
「信頼しているからな。お前ならできるって」
貴音は彼の言葉に疑問を抱いた。まだ知り合って一カ月も経っていない。それなのに彼は信用ではなく、信頼と言った。信頼を得るほど自分は彼に何かをしていたのかと考えたが、わからなかった。
「どうしてって言う顔をしている」
「失礼ながらその通りです」
プロデューサーは部屋の壁に左腕の肘をつけて貴音を見つめた。
「まだ知り合って互いのことなんか全然知らない。なんで、わたくしにこんなにも信頼を寄せるのかわからない」
「……はい」
「お前が言ったろ。俺はプロデューサーで、お前はアイドル。プロデューサーである俺が、お前を信頼しなくてどうする」
「……ぁ」
疑問は解けたようだ。
プロデューサーも貴音に聞いた。
「で、お前はどうなんだ?」
一瞬言葉に詰まった。が、すぐに答えを出した。
「わたくしも信頼しています。今日までずっと私を見て、傍に居てくれたあなたを。もう一度言います。絶対にあなたの期待に応えて見せます」
互いに真剣な眼差しを向ける。ただ見詰め合っているだけで時間が過ぎる。すると二人同時に笑い出した。
「ははっ、なにやってんだ俺は。あー恥ずかし」
「まったく、いい歳をした殿方がカッコつけてもしょうがないですよ?」
「男はね、カッコつけたがり屋なの。……今日で一番、いい顔をしてるぜ」
いつもと変わらない顔。緊張しているわけでも、心配だという風には見えない。
四条貴音がするいつものいい顔だ。
「プロデューサーは変な顔をしてましたね。
「お前なぁ」
プロデューサーとこんな風に喋ったのは初めてかもしれない。彼と自分の距離がかなり縮まった日であると貴音は思った。
「じゃ、そろそろいくか」
「はい!」
そして、十九時になり放送が開始された。
アイドルとその担当が待機している部屋の一室にあるテレビでも確認ができる。
一番から三番でのアイドルは既にステージ裏へ。それから後ろの番号のアイドルはメイクアーティストとそのアシスタントよってメイクアップが行われた。
『それでは。そろそろ登場して来てもらおうか』
遂に始まった。
トークと歌う曲を含めれば一人だいたい五、六分。貴音は大分先だ。
隣に座っている貴音は目を閉じ、ただ待っていた。
プロデューサーはテレビの方に視線を向けた。テレビ越しだが、観察するには十分だ。
どのアイドルも貴音と違って十分な時間を使いレッスンをしてきたのがわかる。ビジュアルもアイドルらしいと言えばいいのか、特に普通だった。普通という評価もアイドルの中でだが。世間一般の感覚であれば美人になるのだろう。ただ、この業界では可愛いという評価がまずくる。アイドルと一般人という単語をつけるとそれだけ感じ方が違ってくる。
彼自身も貴音以前に、多くのアイドルをプロデュースしている。しかし、隣に座る彼女をみる。可愛いというより、可憐、高貴と言った言葉が先にでる。
他のアイドルと違う印象を与えられることもアイドルとして必要な素質の一つだと思っている。
そして、放送開始から一時間と少し経過。すでに出番を終えたアイドル達は安堵していた。
スタッフに呼ばれ、プロデューサーと貴音はステージ裏までやってきた。
すでにステージでは貴音の前である十一番のアイドルが歌っていた。
いよいよである。
(長かったな……待ち時間が)
この瞬間ではなく、それまでの待機時間が長く退屈だったことを漏らした。
プロデューサーの仕事はすでにない。あとは貴音次第である。
しかしそれと裏腹に、彼は胸の高鳴りを感じていた。このあとに起こるべき事が楽しみで仕方がない。
そんな彼に貴音が言った。
「プロデューサー。しっかりとその目でわたくしをみていてください」
「もちろん」
スタジオに観客の拍手が響き渡る。出入り口からアイドルが帰ってきた。
「それではいよいよ最後のアイドルやで!」
「では、
「では、どうぞ!」
「よし、行って来い!」
プロデューサーは貴音の背中を押すように送り出し、彼女は光輝くステージへと駆け出した。
後半は近いうちにあげます。
その時に設定補足もまとめて載せる予定です。