銀の星   作:ししゃも丸

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第24話

 アイツから本当に頼みごとをされるとは思ってもみなかった。

 美嘉は仕事を済ませてトレーニングルームへと向う道中、ふとそんなことを思った。

 去年のあの出来事以来、武内は美嘉や他のアイドル達のマネージャーとして活動を再び開始した。プロデューサーという役職ではなくなった彼を見ているのは少し辛くもあったが、美嘉にとっては、武内が自分のプロデューサーであることには変わりはなかった。

(前に比べたら、大分マシになったと思うんだけど)

 これもアタシ達による教育の賜物と言っても過言ではない、のかもしれない。

 それを見分けるのはとても難しいのだが、本当に前に比べればマシになったのだ。ざっくり説明するなら、今までは一言だったのが二言になったぐらいの進歩だ。

 それに……気遣いもできるようになった。美嘉はそれが嬉しかった。

 武内の言葉に悪意はなく、ただ純粋に思った事を口に出してしまうのが良い所であり、悪い所でもあった。ゆえにさりげない一言で相手を傷つけてしまうこともなくはなかった。現にそれが原因でああいうことが起きてしまったのだ。

 いつかだったろうか『困ったことがあるなら素直に頼ってくれたっていいんだから』と言ったことがある。まさかこうして本当に頼ってきたのは……意外だった。

 

「さて、三人はいるかなーと」

 

 事前に聞いた話なら今はレッスン中。スマートフォンのホームボタンを押して時計を見る。

 ちょうど一旦終わって自販機の前かな。

 美嘉は自動販売機があるコーナーまで向かうと、そこには予想通りエナドリを片手に談話している三人がいた。

 

「お、いたいた」

「……あ、美嘉ねぇだ!」

「あ、お疲れ様です!」

「私達に用でもあるの?」

「うん、まあそうなるのかな」

 

 自販機の前に立ちお金を入れる。同じエナドリを選ぶ。

 美嘉は自販機に背中を預け一口飲む。

 

「なんだか癖になるんだよね―これ」

「わかるわかる。で、美嘉ねぇ。どうしたの?」

「ほら、そろそろCDデビューじゃん? 調子はどうかなって思って」

  「そりゃあもうバッチシだよ!」

「そうなの? すごいじゃん」

「いや、そこまでほどでは……」

「未央が調子に乗ってるだけだから……」

「酷いよ―二人ともぉ」

 

 たしかにこれは……よくない傾向だ。彼が自分に頼むのもわかる。美嘉の目から見てもこれは危ういと見てとれた。

 元を辿れば――アタシの所為か。

 三人を前回のライブにバックダンサーとして参加させてしまったのが、そもそもの原因なのではないか、美嘉は自分を責めた。

 バックダンサーではあるが彼女達はあの大舞台の上で、初めてのライブを成功させた。それで自信をつけさてしまった。彼から頼まれなくとも、これを見てしまえば自ずと動くに決まっている。

 彼女はぐっとエナドリを飲み込んだ。

 

「凄く余裕だけど、何かきっかけでもあるわけ?」

 

 試す様に美嘉は聞いた。

 

「そりゃあもちろん美嘉ねぇのライブをやり遂げたからね! デビューライブなんてらくしょーだよ!」

 

 やば、本当にこれは……。美嘉は顔を険しくした。

 しかしここは、先輩としてちゃんと指導しなければ。

 

「楽勝、か。アタシの時はそんな余裕なかったなあ」

「え、美嘉ねぇは違うの?」

「そりゃあもちろん」

「意外かな。美嘉は結構余裕っていうか、本番に強いタイプだと思ってた」

「美嘉ちゃんの時はどうだったんですか?」

「そうだな―。まずね、アタシ達一期生はかなり即席アイドルだったんだよね。ま、その前に超優秀がつくんだけど」

 

 オーディションやチーフのスカウトで346プロのアイドルになった多くの一期生達は、チーフを筆頭に超スパルタなレッスンが施された。

 それはもう地獄という言葉が生温いぐらいの。

 当時のことを美嘉は思い出す。

 自分と同年代の子でも、若いから平気と言い張れると思っていたがそうはいかず、瑞樹さんを始めとした大人組は……言わずもがな。

 こうして思い出す度に体が震えてしまうぐらいだ。しかしだ、あれがあったからこそ、アタシ達の今が形作られたと言ってもおかしくはないだろう。

 

「皆はさ、どこでライブするかもう聞いたっしょ?」

 

 三人はそれに頷いて答えた。

 

「そこは新人アイドルがデビューライブをするところとしては、一番いいところなんだ。だから、アンタ達のデビューライブはかなり恵まれているんだから。ま、それもチーフやプロデューサー達のおかげでもあるんだけど」

「じゃあ、美嘉のデビューライブはどこでやったの?」

「アタシは小さな、小さいけど新人アイドルがよく利用しているところでライブをやったんだ」

 

 美嘉が告げると、三人は意外にも驚いた表情をした。

 そんなに意外だろうかと思った美嘉だったが、当時の自分を知らなければそういう反応もするかと納得した。

 

「入れる人数も限られた小さなライブハウス……。そんな場所でアタシや他のみんなも似たような所でデビューしたの」

「養成所の頃そのような感じかなって思っていましたけど、やっぱりそういうものなんですね」

「私は全然知らない事ばかりだから、アイドルってこういうものなんだって思ってたかな」

「じゃ、じゃあ美嘉のライブは実際どうだったの?」

 

 未央が妙に動揺しているのに気付いた。それを見て美嘉は思った。ああ、自分が思い描いていた幻想が、本当の現実を知ってしまって混乱しているのかと。

 だが、これぐらいしなければもっと辛い事が待っている。

 

「本番の前、アタシ凄い緊張した。レッスンは今日まで精いっぱい頑張った、なのに不安でしょうがない。どうしてだと思う?」

「それは……やっぱり初めてのライブだからですか?」

「いや、誰だって緊張はすると思うけど……」

「たしかにそれもあったよ。でも、他にも理由があったの。アタシはふと舞台裏から会場を見たの。驚いたなあ、来ていたお客さんは会場の半分埋まってるかないか。アレには驚いたっていうか……ショックだったのかな。たったのこれだけ? って」

「そんなにお客さんっていないの……?」未央が声を震わせながら言うと「今の美嘉ねぇからは考えれないよ」

 

 美嘉は肩をすくめた。

 

「買いかぶり過ぎ。ま、アタシも最初はもっといるものだと思ってたけどね。あとで知ったことだけど、アレでも多い方だって知って驚いたよ、チーフやプロデューサー達が色んな所で宣伝をしたからってのもあるけど、他にも新人アイドル目当てのアイドルマニア? の人や純粋に見に来てくれた人がほとんだった」

 

 ステージに立った時、一人一人の顔は覚えていないけど、初めてのライブの事はしっかりと覚えている。必死に前を向き、会場の奥をジッと見つめながら一生懸命歌った。

 薄暗い暗やみの世界で一人だけ。上には照明と、下にはサイリウムを振るお客さんの光だけ。それでも、視えている世界は暗くて怖かった。やはり、それだけ緊張していたのだと思う。

 歌詞を間違えたかなって何度も途中思ったけど、最後まで歌い続けた。

『どんなに間違っても、歌い続けろ』とトレーナーやチーフが何度も言っていたおかげだろう。今でもそれは心がけている。

 歌い終わった後のドッシリと迫る疲労感。100m走を全力疾走した時と似たような感覚だった。肩で息をした。終わった、終わったの……? それだけ意識がはっきりとしていなかったのだ。

 

「ライブが終わって、チーフ達が拍手で迎えてくれたんだ。『おめでとう、よくやった。いいステージだった』って。それを言われてすっごく嬉しかった! そしたら、誰かがこういった『どうでしたか? 初めてのライブは』って。アタシは、最高っ! って答えた」

 

 その誰かとはもちろんアイツのことだが、この子達に教えるのはちょっと控えた。

 

「そのあと、いつだったかな。初めての握手会だったかな。そこで、あるファンの人が言ったんだ。『デビューライブすげー最高でした! これからも頑張ってください!』すごく嬉しかった。ああ、この人はあそこにいたんだって」

 

 この時初めて自分がアイドルになってよかったと思える瞬間の一つになった。そのあともラジオやファンレターでデビューライブからファンでしたと言ってくれる人がいた。

 そのことを彼に話した。

『城ケ崎さん、アイドルはファンの方がいるからこそ活動でき今の貴方がいます。それは逆も同じです。私からのお願いです。そういったファンの方たちを大切にしてください。そして、あのライブを忘れないでください。きっと貴方にとって、アイドルとして大切なことだと思っています』

 たぶん、それがきっかけだったのだと思う。我ながらちょろい思うが。

 そのことを他の子に言ったら『似たようなことプロデューサーに言われたよ』と言っていた。やはりプロデューサーという人間は同じようなものかと思った。

 

「だからさ、アンタ達も同じ気持ちを感じてほしいってアタシは思ってる。アンタ達の最初にファンになった人達は、これからを支えてくれる大事な存在。そして、アイドルとして最初のライブで、大切な思い出になると思うから」

 

 美嘉は三人を見た。感銘したのか固まっている。そこまで言ったつもりはないが、各々自分の想いを感じてくれたのなら嬉しい。

 空になった空き缶をゴミ箱に捨てる。やることはやった。言うことは言った。アタシの役目はここまでだ。

 ドラマなどで培った演技力で自然な感じでスマートフォンを出す。そして、わざとらしく言った。

 

「あ、予定の時間じゃん?! じゃ、アタシ行くね! ライブにはアタシも応援にいくから、それじゃあまたね!」

 

 美嘉は三人が何かを言おうとする前にその場をあとにし、そのままエレベーターに乗って武内のオフィスまで向かった。

 時間的にはまだいるはずだ。美嘉はいつものように気軽に扉をノックして入室した。

 

「やっほ―、プロデューサいる?」

「あ、城ケ崎さん。どうかしましたか?」

「どうかしたじゃなくて、ちゃんと頼まれたことをしてきたからその報告!」

「そう、でした。すみません」

「もう、相変わらずなんだから」

 

 首に手を当てる彼を見ながら美嘉は苦笑した。

 

「アンタの言った様にあの子達ちょっと危なかった。まあ、アタシが大元の原因だってことは自覚してる」

「城ケ崎さんが謝ることではありません。三人を貴方のライブに出させてほしいとチーフに頼んだのは私です。ですから、あまり自分を責めないでください」

「そうは言っても……」

「それに悪い事ばかりではありませんでしたし、現に三人にとっていい経験になったと思っています」

 

 口には出さなかったが、たしかにそう言ってもらえると少しだけ気が楽になった。

 さて、最後にやらなければいけないことがある。美嘉は自分のすべき最後の仕事を始めた。

 

「これで安心ってわけじゃないけどさ、あとはアンタが頑張りなさいよ。プロデューサー、なんだからさ」

「……はい」

「あ、それと! 莉嘉もアイドルになったんだから、いい加減名前で呼んでくれない?」

「それは……その」

「それぐらいの報酬分は仕事したと思うけど?」

「うっ……」

 

 慌てふためく武内を見て美嘉は意地悪な笑みを浮かべて楽しみ始めた。

 そして、交渉の末ようやく名前で呼ぶことに成功したのだった。

 

 

 NGとラブライカのCDデビュー当日。杏は眠たそうな顔をしながら会場にやってきていた。

 はあ、面倒だなあ。でも、来なかったら来なかったで、きらりが突撃してくるし仕方ないと言えば仕方ない。杏は結局どうやっても家に居させてくれないと分かると考えることを放棄した。

 結局の所、今日もきらりが先手を打ってきて自宅に突撃してきたのだから、やはり人間諦めが肝心ということなのだろうか。杏はやれやれと言いたそうに肩をすくめた。

 しかし、今日はいつもにまして憂鬱だ。ここにいるのはCPのメンバーと担当である武内P。

 肝心のプロデューサーが来ていない。いや、別に肝心というわけではないか。

 ついこの間も、新人がデビューする時は付き添いで参加すると言いきっていた彼であったが、実際はコレだ。

 

「杏ちゃん、やっぱりPちゃん来れないんだね」

 

 きらりも何かを心配しているのか尋ねてきた。彼女の表情から察するに、プロデューサーがいないことに不安を抱いていることは見てとれた。

 たしかに不思議ではあるが、彼がいるのといないのとでは安心感が違う。きらりも彼を信頼しているからだろうか、やはり動揺しているのだろう。

 

「だろうねえ。まあ、杏たちにはあんましかんけーないし、きらりがそこまで心配することじゃないよ」

「で、でもでも! 実際にちょっと問題が起きてるんだよぉ?」

「問題?」

 

 きらりが言う方向に目を向けた。そこにはライブ衣装に着替えた5人と武内Pがいた。

 ああ、なるほど。杏はそれを見てなんとなくだが察しがついた。

 

「――というわけで、先輩は今回来れないとのことです」

 

 約1名、いや2名を除いてものすごく顔に出ているのがわかる。彼らとの距離は少し離れているが、見間違うことなくそれはわかる。

 

「……プロデューサー、嘘つきです」

「しょうがないよ。プロデューサーさんは多忙な人だし」

「ふーん。私達のデビューより大事な仕事なんだ」

「え、ええ」

 

 まるで恋愛ゲームで選択肢を間違えたかのような場面に思えた。内1名の一人がアイドルがやってはいけない顔をしながら武内Pを威圧していた。

 

「その、今回先輩が不在なのは理由がありまして。ある仕事が急に入ってきたのですが、それはどうしても先輩が担当しなければいけない案件でして」

 

 その話は杏も事前に聞いていた。だかこそ、今日のことをしっかりと報告を頼むと頼まれたのだが……。すると、きらりがしゃがんで耳打ちしてきた。

(ねえ、杏ちゃん。Pちゃんがこっちに来れないほどのお仕事ってなんのかな?)

(どうせアイドル関連でしょ)

(う、やっぱりそうだよね……)

(でも、余程のことなんでしょ。プロデューサーが来れないぐらいなんだから)

 

 今日の事を頼まれた際に、なんで? と尋ねたが先程のように『急な仕事が入ってな』と言われただけで、詳しい内容を教えてはくれなかった。杏自身内容にはあまり興味がないが、目の前の状況を目にすれば彼に悪態もつきたくはなる。

 

「色々と思う方もいると思いますが、まずは気持ちを切り替えてください。ライブはもう間もなく開始です。それまで待機していてください」

『はい』

 

 一時解散となった。それを見計らってなのか、他のメンバーの子たちが激励をしに声をかけている。そんな中、杏の目は自然と別の方に向いていた。

 未央が一人でその場を離れたのだ。方向的に舞台裏だということは想像がついた。

 さて、どうしようかな……。

 自分がどう動くべきか考えようとしたその時であった。武内Pも一人で離れた未央に遅れて気付いたらしく、彼女のあとを追いかけるように向かった。杏もどうすべきか、その答えはすぐに出た。

 怪しまれないように二人のあとを追う。これはミッションだ。自分の姿を見られてはいけないし、存在を気取られてもいけない。数々のステルスゲームをこなしてきた杏なら楽勝だ。

 

「あれぇ? 杏ちゃんどこいくのぉ?」

「……」

 

 出鼻をくじかれたとはこのことを言うのか。

 杏は振り返り無言できらりの足へ向けて蹴った。しかし杏の細く、曲げたらすぐに折れてしまうような軟弱な右足ではただのへなちょこキックにしかならない。

 

「杏ちゃん、いきなり酷いよう!」

「いいか、きらり! これから杏は重大な任務があるんだ。わかったなら邪魔をするんじゃないぞ?!」

「ええぇ、きらりも行くよ!」

「きらりは目立つから駄目」

「ガーン」

 

 落ち込んだきらりを無視。気を取り直して再びミッション開始だ。

 目的は予想がつくので、離れてはいたがすぐにその遅れを取り戻した。未央はステージへ向かう入口のカーテンを少し開けて外を見ている。

 来ている人でもいるのだろうか。たしか、クラスメイトに声をかけたと言っていた気がする。にしては少し、なんていうか落ち着きがないように見える。

 武内Pは未央の少し後ろと自分がいる場所の中間ぐらいで彼女を見守るように立っている。声をかけるべきか悩んでいるのだろう。

 自分が感じたように彼も同じことを思ったのか、声をかけながら未央に近づく。杏にはその一歩が何かの決意の表れのように見えた。

 先程武内Pがいた辺りまで近づく。ここではあまり声が聞こえない。

 

「本田さん、どうかなさいましたか?」

「あ、プロデューサー。いや、ちょっと、ね」

「たしか、クラスメイトを呼んでいたと聞きましたが」

「あ、うん。それはさっき連絡あって、こっちに向かってるって」

「では、何が……その、心配なのでしょうか? 私には貴方が何かを気にしているように見えたので」

「え―とね。この前に美嘉ねぇのデビュ―の話を聞いてさ、それで少し意識しちゃって……」

 

 デビュー?

 その話は私の知らないところだ。ただ、なんとなくだが予想はつく。

 それを察したのか、彼が聞いた。

 

「もしかして、お客さんのことですか?」

「……そう」

 

 彼が首に手を回した。対応に困るとああいうことをするのには少し前に気づいていた。

 さて、何と言うのだろうか。

 

「本田さん、今こんなことを言うのは場違いですし、非常識かもしれません。以前私は今と同じようにあるユニットの担当をしていました」

 

 それは私も初耳だ。杏も色々とプロデューサーから聞いていたが、彼が以前に他のアイドルを担当していたというのは聞いていなかった。

 未央も同じような感想を抱いたのか驚いている。

 

「彼女達も今の本田さんのよう感じだったと思います。デビューを待ち焦がれ、その先に夢を膨らませていました。ですが、ライブが終わって私にこう言ってきました。『お客さんってアレしか来ないの?』、『デビューライブってこんなものなの?』その問いかけに私は『これが当然です。むしろ上出来な方です』そう相手の気持ちを考えない発言をしました」

「……それで、それでどうしたの?」

「率直言えば、ユニットは解散し彼女達はアイドルを辞めました。私もプロデューサーの任を解かれました。今こうしてプロジェクトを任され、再びプロデューサーとしてやっているのは、先輩方のご厚意と汚名返上のチャンスを与えられたからです」

 

 成程、だからなのか。

 プロデューサーがアイドルだけではなく、武内Pも監視の対象にしたのはこういうことか。面倒見がいいというか、心配性というか。顔に似合わず優しい男だ。

 

「ですが本田さん、私はそれだけのために今こうして貴方達のプロデューサーをやっているのではありません。私は貴方達の、CPのプロデューサーとしてここにいます。貴方達をデビューさせ、輝くステージへ導くのが私の仕事です。私は誰よりも貴方達に笑顔で、楽しく、そしてステージで光り輝くのを望んでいます。今は小さな会場ですが、きっとあの大きなステージへと連れて行きます。私は貴方達を信じ、そして私を信じて欲しいんです。必ず皆さんを導いてみせます」

 

 杏は思った。素直に言えばだ。かなり驚いている。あの口数の少ない彼が、こんなにも喋り、熱く語るのを。

 しかしまあ、よくあんな恥ずかしい台詞を言えるものだと思った。ていうか、恥ずかしくて自分だったら死にたいぐらいだ。

 

「……ぷっ」

「本田さん?」

「あははっ。ご、ごめんごめん。いや、プロデューサーがそんな喋るのって初めてだから、つい」

「そう、でしょうか?」

「そうだよ! でも、まあ……気持ち、伝わったよ。うん、何か悩んでた自分が馬鹿みたい」「いえ、別にそういうわけでは」

「美嘉ねぇが言ってた。最初のライブに来てくれたファンが、これからの自分を支えてくれるって。私にも、そういうファンの人がいてくれるのかな……」

「はい、必ず。本田さんを応援してくれるファンの方がきっと貴方を支えてくれます」

「えへへ。だったら、頑張らないとね!」

「その意気です。歌詞を、ダンスを間違えても構いません。ですが、最後まで笑顔でやりとげてください。それが私からのお願いです」

「ほんと、プロデューサーって笑顔が好きだよね。なんで?」

「え、そんなに私笑顔って言っていますか?

「うん」

 

 どうやら問題はないらしい。

 そのあとも何か未央が尋ねているようだが、もう関係ない。気付かれないようにここを立ち去る。

 少し歩いてここなら特に平気だと思い、ポケットからスマートフォンを取りだす。自分の手には少し大きく、持て余すぐらいだが致しかたない。リンゴに替えるべきか。ま、それはあとだ。プロデューサーに電話をかける。

 コールが鳴っているのでおそらく通じるだろう。ふと杏は思った。そういえば身近な男性で一番電話をかけているのってプロデューサーだと。登録しているのも父親を除けば、彼と武内プロデューサーぐらいだし、履歴も見ても、プロデューサーのが多い。

 いや、別にだからどうしたと言えばそうなのだが。

 コールが鳴りやんだ。どうやら通じたようだ。

 

 

 

「杏か? どうした、何かあったか?」

 

 運がよかったのか、着信が来てすぐに脇に車を停められた。無視しようかと思ったが、画面を見ると杏だったので時間的にそろそろライブが始まるころだ。何かあったかと思いすぐに電話に出た。

 

『あったっていうか、まあ頼まれたことの報告かなあ』

 

 杏の声からして特に問題ないということは察しがついていたが、実際に彼女から話を聞いて驚いた。まさか、あの事を話したとは思いもよらなかったのだ。

 アレは武内にとっては一種のトラウマと言ってもおかしくはないし、自分の嫌な記憶を話すのは中々できることではない。しかし、それを乗り越えて話したのだ。彼の中で、何か吹っ切れたのだろうか。

 誤算だったのが、杏がそれを知ってしまったということだろう。武内も未央を心配して話したのだろうが、まさか盗み聞きされているとは夢にも思うまい。

 彼のことを気にかけているプロデューサーは一応杏に釘を刺すことにした。

 

「杏、そのことは言いふらさないでくれよ」

『事情が事情だしね。皆に教えておく必要もないし、杏の胸にしまっておくよ』

「そうしてもらえると助かる」

『ライブはこれからだけど、多分大丈夫だと思うよ。ただ、プロデューサーがいなくて不貞腐れている子がいるけどねー』

「はぁ。誰だとは聞かんが、フォローはしておいてくれ」

『りょーかーい。ライブが終わったらまた連絡するね』

「頼んだ。それじゃ」

 

 通話を切り、スマートファンを胸ポケットにしまう。サイドミラーを見る。後ろから走って車がいないことを確認し、再び車を走らせる。

 彼の用が済んだのを確認してか、後部座席に座る茄子の隣に座るアイドル――依田芳乃が声をかけてきた。

 

「そなたー、どうかしたのですかー?」

「ん、別に大したことじゃないさ」

「大したことじゃないって、今日はCPのデビューライブでしたよね?」

 

 茄子が呆れた声で言ってきた。

 

「そうだが、一番懸念していた問題は解決したらしいしこれで一安心。と、言いたいがやはり立会いたかったのが本音だな」

「そうなのですかー。それでしたら、そうなさればよろしかったのですよー?」

「そうですよ。別にプロデューサーじゃなくても私達だけで……」

「お前達だから心配なんだよ」

 

 鷹富士茄子と依田芳乃。率直に言えば神秘的な力を互いに持つアイドルである。芳乃との出会いも鹿児島のとある砂浜で出会ったのだが、その時の出会いは今でも不思議なものだった。

 茄子は極端に言えば幸運の女神だ。芳乃もまたそれに準ずる不思議な力があると肌で感じ取っていた。二人のファンは、彼女達を応援していると言うよりも信仰に近い印象がある。

 また、アイドル活動していく内に二人の話は知れ渡り、怪しい宗教団体と接触があったぐらいだ。酷い時は誘拐されるなんてタレこみもあり、二人の安全と活動には厳重な警備態勢が急務となっていた。

 その適任者がプロデューサーである彼なのである。彼からしてみれば、茄子にもう一人護衛対象が増えたぐらいで左程気にはならなかったので、それほど手間というわけでもなかった。

 突然芳乃がシートベルトを外して、運転席にいるプロデューサーのスーツを引っ張りながら呼んだ。

 

「ねーそなたー」

「なんだ、芳乃。運転中だぞ」

 

 実を言うと、彼は芳乃に対して一つ悩みの種があった。それは、芳乃は自分を『わたくし』と言うのだが、どうしても貴音とダブってしまうときがある。

 アイツも同じオーラを纏っているし、たまに間違うことがあるから困ったものだ。

 目を一瞬だけ芳乃に向けた。どうやら問題のようだ。

 

「わたくしー先程から邪気を感じ取っていますのでー。少し、不安ですー」

「邪気? 芳乃ちゃん、それって……」

「そのままの意味なのでしてー」

「邪気、ね……」

 

 バックミラーを見た。

 実を言えば、先ほどから一台気になるワゴン車が後ろを走っていた。勘違いでなければ、先程停車したときに追い越していき、再びぐるっと一周回ってきて後ろを走っているはず。

 プロデューサーは芳乃がこう感じているのだから間違いないという確信があった。だからこそ、それを疑うと言う選択肢はない。

 恐らくだが、二人を狙っている異教徒どもだろう。

 さて、どうするか。ここは素直に神頼みといくか。

 

「芳乃、どっちの方角に向かうのが一番いい?」

「んー次の角を左に曲がるのでしてー」

「了解だ。こういうのはロス以来だからな、腕が鈍ってないといいが」

「プロデューサー、安全運転でお願いしますよ?」

「わかっている。〈問題を起こさない程度に〉安全運転でいく」

「ではーレッツゴーなのでしてー」

 

 言われた通り角の直前、346プロの営業車はドリフトをしながら曲がる。それは同時にスタートの合図となった。

 30分の激闘の末、プロデューサー達は無事現場に到着。同時に杏から連絡が届き、NGとラブライカのデビューライブは成功となった。

 余談であるが、その日のニュースに速報として取り上げられたのは本当に余談である。

 

 





最後は少し遊んでしまいした。ごめんなさい。

とりあえず、こんな形で収拾させました。
で、次回は本編ではなく幕間の予定です。貴音と美希を出さないとモチベが保てないようです。
一応本編の予定ですが、蘭子回は絶対に時間がかかるとして、次のキャンディアイランド回はやらず、凸レーションをやります。話のネタが今のところ思いつかなくて……。
楽しみにしていた方がおりましたら申し訳ございません。

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