銀の星   作:ししゃも丸

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補足
実は色々と情報を探しているうちに346プロのオフィスビルが30階だということを知りました。よって、本作では40階になりました(あんまり影響はないけどね!)。

今回トレーナー姉妹が登場するにあたって名前を載せておきます。コミカライズで判明したらしく、準公式みたいな感じだと思うので知らない方用に置いておきます。
マストレ 青木麗
ベテトレ 青木聖
トレーナー 青木明
ルキトレ 青木慶




第22話

 

 

 事はゆっくりではあるが、けれども着実に進んでいる。たしかにそう感じることができると、毎日見ているCPのアイドル達のレッスンを見て武内は、そう実感していた。

 ダンスや歌が得意、不得意と言葉で言うのは簡単だ。それを実際に見て判断するのは自身を含めてトレーナーたちが決めることだ。

 だからこそ、厳しい目で見て指導をしなければならない。

 CPが活動を開始してすでに四月の半ば。各々の特徴が見えてくる。

 当初の予定では四月はレッスンがメインの予定で組んである。島村さん、前川さんの二名を除けば全員が素人。かといって二人も現時点ではトレーナー達から及第点をもらうことは難しい。あえて言うなら、アイドルとは生半可な気持ちでやれるものではないとも言える。

(そう、彼女達と同じ過ちは……)

 思考を切り替える。

 だからこそ、せめて四月一杯はレッスンをメインで彼女達のアイドルとしての土台をつくるために時間を使いたかった。

 幸か不幸か。どうやら予定とは所詮、予定に過ぎないだと痛感した。

 

「で、この三人を今度のアタシのライブに出したいんだけど、いいでしょ?」

 

 まさか、こんなことになるとは武内は突然のことで言葉がすぐに出なかった。

 城ケ崎さんが島村さん、渋谷さん、本田さんの三人のことを所属してからよく面倒を見ていたという話は聞いていた。歳が近く、また先輩としても三人とは馬が合ったのだろうと思っていた。一個人としては、先輩として三人と接してくれている彼女に武内は感謝をしていた。

 だが、これは予想外すぎる。

 彼女の後ろにいる三人もなんとも言えない顔をしている。どちらかと言うと、自分と同じように混乱しているように見える。

 しかし自分はCPの、彼女達のプロデューサーだ。しっかりしなくては。

 

「城ケ崎さん、貴方が先輩として三人のことを買っているのはわかりました」

「じゃあオッケー?」

「駄目です」

「え――!! どうしてよ!」

「私としては城ケ崎さんの提案に関して100%反対というわけではありません。むしろ、こういう機会を与えてくれる貴方に感謝すべきなのでしょう」

「うんうん。でしょでしょ」

「ですが、CPのプロデューサーとしては『はい』と簡単に肯定することはできません」

「だからどうしてよ」

「理由はあります。ですが、その提案に関しては前提として、私にはその権限を持っていません」

「……というと?」

「今度のライブ、というより貴方達のライブを企画している責任者は基本的に先輩です。ですから私には何も言えないんです」

「あちゃ-。チーフのことすっかり忘れてた」

 

 美嘉が頭を抱えると後ろにいた卯月たちが話に入ってきた。

 

「あの、つまり今回の話はなかったことになるんですか?」

「それはそれで嫌だなあ、私」

「私は……なんとも言えないけど」

「うっ……今になってアタシの計画性の無さが露呈し始めている……。“プロデューサー”、なにか案はないわけ?」

「……ない訳ではありません。ですが、あまり期待はなさらない方が」

「いいから教えて!」

「……本人に直接聞くことです」

『……え』

 

 場所を移動し、武内を先頭に美嘉達は一つ上の階にあるプロデューサーのオフィスへと向かった。

 部屋に入ると彼は頭に『?』と浮かべているように見えた。メンツからしてCP関連だと推測しているのだろうが、美嘉がいることで話が見えて来ないでいた。

 武内が美嘉の代わりに今回の事に関して説明した。

 

「駄目だ」

 

 やはりと予想通りの返答が返ってきた。アイドル達、特に美嘉が声をあげた。

 

「美嘉、お前のそういう面倒見の良さをオレはいいとは思う。が、それとこれとは話が別だ」

「なにが別なわけ? チーフなら三人をアタシのバックダンサーに組み込んでも問題ないじゃん」

「その点に関してはお前の言う通り問題はない。問題は別だ」

「つまり?」

「辛辣だがはっきり言うぞ。三人の内一人が養成所に通っていて、あとはずぶの素人。レッスンを始めて今日までオレも直接見たが、正直言ってステージに立たせるほどの地力がない。論外なんだよ」

「直接言われると……辛いですね」

「仕方ないよ、だって本当の事だし」

「それはそうだけど……」

「問題はまだあるぞ。その三人が踊る曲が、お前のTOKIMEKIエスカレートなのも理由の一つだ。ダンスの難易度は高いし、簡単にできるものじゃない」

「……そんなに大変だっけ、アタシの曲」

「お前だって最初はヒーヒー言ってだろうが。それにプロのバックダンサーはな、歌い手に対して常に対応できるようにしているんだぞ。ちゃんとお礼言ってるか?」

「ちゃんと言ってるに決まってるじゃん」

「ならいい」

 

 言うと話が終わったかのように仕事に戻るプロデューサーを美嘉が怒鳴った。

 

「ちょっと、話はまだ終わってない!」

「はあ、これでは埒があかん。武内、お前の意見を聞こう」

 

 全員の視線が自身に向けられていることは気付いた。美嘉を初め、三人も武内に期待している眼差しを向けている。

 直感だが、彼は自分に判断を委ねているのではないかと武内は思った。彼女達の担当は自分だ。だからこそ、担当プロデューサーである自分の意見……いや、意思を聞きたいのだろうと。

 

「……私が言うべきことはすでに先輩が言った様にあまり変わりません」

「なら、反対か?」

「反対、ではありません。これを島村さん達の好機と言えるかは私も自信を持って言えません。ですが、時にはリスクを覚悟して実行することも必要だと私は思います」

「つまり……お前はどうしたいんだ」

「責任は私が負います。彼女達三人をバッグダンサーとして出演させて欲しいのです」

「……プロデューサー」

 

 彼に頭を下げて懇願する武内を見て、美嘉は小声で歓喜の声を漏らした。

 プロデューサーは一瞬、ニヤリと口角を上げて卯月達三人の方に向かって言った。

 

「で、お前達はどうする?」

「え、それって……」と卯月が言うと、

「あとはお前達がやる気があるかないかの問題だ。返答は?」と分かっているのか笑みを浮かべながら尋ねた。

 三人は顔を見合わせて、

『お願いします!』

「決まりだな。なら、それなりの覚悟をしてもらう」

「と、言いますと」

 

 武内が姿勢を戻しながら尋ねたが、彼はふっと笑い受話器を手に取った。

 

 

 数分後。プロデューサーのオフィスに二人の女性がやってきた。

 名を青木麗、青木聖。ここではトレーナー姉妹と呼ばれている長女と次女の二人だ。アイドル達からは親しみを込めているかは定かではないが、麗をマストレさん、聖をベテトレさんと呼んでいた。

 彼女達は四姉妹で、特にマスタートレーナーと呼ばれている聖の実力は確かなもので、他のプロダクションなどから多くの勧誘受けていたのをプロデューサーが四人全員を専属トレーナーとしてスカウトした。

 二人を呼んだのは専門家の意見を聞くのが目的の一つであった。

 プロデューサーは事の顛末を簡潔に説明してから尋ねた。

 

「そういうわけで島村、渋谷、本田の三人を今度のライブでバックダンサーとして出演することに決めた。それでだ、率直に聞かせてほしいんだが……。ライブ当日までに仕上げられるか?」

 

 その問いに聖が聞いた。

 

「ちなみに、誰の曲ですか?」

「こいつ」

 

 彼は美嘉を指で刺しながら軽そうに言った。

 麗と聖は顔を見合わせると、麗が答えた。

 

「今のままでしたら無理でしょうね」

「できるか?」

「そこは腕の見せ所でしょう。ですが、最終的には本人達次第になります」

「よろしい。なら、そうだな……。聖君には卯月達のダンスレッスンを担当してもらう」

「それは構わないが、今度のライブで出演する川島達の方はどうする?」

「そこの穴埋めは麗にやってもらう。CPと行ったり来たりになるが、補佐に慶君に任せようと思うのだが、麗どうだ?」

「私は構いませんよ。あの子にもそろそろトレーナーらしい仕事をさせようと考えていましたから」

「そう言ってもらえると助かる。それと美嘉、お前も当分は三人と一緒にレッスンだ」

「もち、当然っしょ!」

「お前達もいいな?」

「は、はい! 頑張ります!」

「うん、頑張るよ」

「やってみせましょう!」

 

 四人の答えを聞くと、プロデューサーは聖に相槌を入れた。彼女はその意図を理解したのか、いつものレッスン状態に切り替わり喝を入れた。

 

「よーし、時間は一日でも惜しい。早速レッスンといこう! 着替えてトレーニングルームに集合!」

『はい!』

 

 聖に続いて四人が部屋を出ていく。それを確認すると、再度プロデューサーは麗に尋ねた。

 

「本当の所、間に合うと思うか?」

「概ねプロデューサーと同じ考えだと思ってますけど?」

「そうか……。武内、他のメンバーのフォローをしっかりとな」

「はい、わかっています。では、私はこれで失礼します」

 

 一礼して武内は部屋を出た。麗は彼を見定めるように見ていた。本人がいなくなるとプロデューサーに言った。

 

「彼、少し変わりましたね」

 

 一年という短い期間であるが、麗は武内という男が以前とは違うとことを感じ取っていた。昔の武内ならこの状況はあまり好ましくないと判断し、出演に反対するだろうと思っていた。だが、実際には彼はその反対の行動を取った。驚くべきことだった。

 

「オレもそう思うよ。ただ、失敗は困る。プロジェクト開始から僅か一か月で問題を起こしたくはない。あの子達を頼んだ」

「お任せあれ。当日までに何とかモノにしてみせます」

 

 切にそう願うとプロデューサーは思った。

 

 

 卯月達が聖の指導の下、美嘉と共にレッスンを始めてから少しの時間が流れた。

 彼女達のレッスンにはCPのメンバーも同席する日が多く、自分達とは違って本格的な“アイドルらしい”光景を見て、不満を持つ子もいなくはなかった。

 前川みくは特にそうだった。不満と言うよりも、納得できないというのが正しい。彼女はこのCPのメンバーの中では、最初にプロデューサーにスカウトされた子である。ただ、他のメンバーと違ってみくは唯一他の事務所から移籍という稀なケースでもあった。だかこそ、誰よりもアイドルとしての自覚や意識は高い。それ故に早くデビューしたという気持ちは誰よりも強かった。また、みくはプロデューサーに恩義を感じており、恩返しという形で少しでも早くアイドルとして活動したいという気持ちもあった。

 だが、現実はそんなに甘くはなく、目の前でレッスンをしている卯月達三人に対して密かに嫉妬を抱いていた。

(いいなあ。みくも早くステージに立ちたいにゃ)

 聖にワンテンポ遅れて踊る三人のダンスを見るみく。

 卯月ちゃんは養成所に通っていた割にはダンスは苦手、凛ちゃんや未央ちゃんは素人のわりには上手だと勝手に評価をつけていた。

 眺めていても自分が代わりにステージに立つことはないのだと言い聞かせ、見るのをやめた。

 そんなみくに気付いたのか、柔軟をサポートしていたアナスタシアが声をかけた。

 

「みく、どうかしましたか?」

「え、別になんでもないにゃ。どうしてそう思ったの?」

「ベダ……あ―、悩んでいるようにみえましたから」

「みく、そんな顔をしてたかにゃ?」

「ダー」

 

 アナスタシアとみくは共に女子寮で暮らしている。歳も同じなので共に行動することが多く、事務所を除けば二人は他のメンバーよりも仲はよかった。

 

「わたしもみくの気持ち、少しわかります」

「あーにゃん?」

 

 アナスタシアは周りに聞こえないようにみくの耳元で呟いた。

 

「アイドルになったからには、わたしもああいう風なレッスンしたいですから」

「……そうだね。でも、これだって大事なことにゃ。手を抜いちゃいけないにゃ」

「それもそうです、ね!」

「にゃ゛!」

 

 アナスタシアはみくの身体を容赦なく前に倒した。

 

「あーにゃん!」

「ふふっ。手を抜いてはだめだと、みくがいま言ったではないですか」

「もう!」

 

 そんな時、部屋の扉が開きプロデューサーがやってきた。彼はそのまま卯月達が踊っている前に立っていた聖の隣に立ち、彼女達のダンスを見始めた。

 美嘉は慣れているのか、彼が来ても平然とダンスを続けていたが、卯月達はダンスに少し乱れが出た。プロデューサーは彼女達に聞こえないように聖に話しかけた。

「未央は三人の中でかなりいいな」プロデューサーは素直に褒めた。「渋谷も素人の割にはいい動きだ」

「ええ。ただ島村本人も自覚はしているようですが、彼女が一番ダンスが苦手だ。ほら、今もワンテンポ遅れた」聖が指摘する。「たしかに」と彼も気付いていたのか彼女に肯定した。

「こればかりは仕方がない、か」

「私もできるだけなんとかはする。これも島村の今後の課題だ」

「頼んだ。美嘉は仕事が入っているから連れて行くぞ」

「わかった」

 

 聖はダンスが終わるのを見計らって声をかけた。

 

「よし、一旦休憩だ」

「美嘉、今日はここまでだ。仕事の時間だ、シャワーを浴びて着替えてこい」

「あ、もうそんな時間!? じゃあ、今日はここまでね。また、明日頑張ろうね!」

「は、はい! ありがとうございました!」

 

 自分のバッグを手に持ち美嘉はトレーニングルームを後にし、彼女が部屋を出るまで卯月はお辞儀をしていた。

 プロデューサーは麗の代わりに今日のCPのレッスンを担当した四女の慶に激励を送った。

 

「上手くやれているようだな」

「プロデューサーさん! いえ、私なんてまだまだですよ―」

「たしかにそんな感じだとまだまだだな」

「えー、酷くないですか!?」

「ま、頑張ってくれよ。……それと、みく。ちょっといいか」

 

 呼ばれたみくはレッスンを中断して彼の下へやってきた。

 

「Pちゃん、どうかしたの?」

「今日は少し時間が空いてな。お前がよかったら見てやるぞ」

「え、ほんまに!?」

「ああ、本当だ」

「じゃあお願いするにゃ!」

「わかった。終わったら連絡をくれ」

「うん!」

 

 お礼を言うとみくはアナスタシアの所に戻った。そんな彼女の様子を隣で見ていた慶が意地悪そうに言った。

 

「いいんですかあ? 個人レッスンなんてやって。他の子達が見たらうるさいですよ」

「向上心がある奴は好きなんでね」

 

 嬉しそうに言うと、プロデューサーはCPのアイドル達に頑張れよと声をかけて部屋を出て行った。

 

 

 数日後。

 その日の夕方、プロデューサーのオフィスにあるソファーにきらりと杏が座っていた。杏は座っていると言うよりも、きらりに膝枕をしてもらい寝そべっている。

 二人は今日ここに訪れたのは、彼に頼まれたことを報告するためだった。

 

「――最近はこんな感じだにぃ。みんな、それぞれ思う所があるみたい」

「まあ、予想通りと言えば予想通りだな」

「杏は別にどぉ―でもいいけどね―」

「ま、お前が一番余裕があるだろうな。きらりはどうだ?」

「きらりは……みんなと同じ、なのかな。自分でもよくわからないよ……」

「きらりはさ、もっと杏みたいに気楽でいればいいんだよ」

「杏ちゃんは気を抜き過ぎなだけだと思うにぃ」

 

 羨む者もいれば、応援する者もいる。CPのメンバーの中では杏が誰よりも今回の件に関して無関心であった。

 プロデューサーは笑いながら席を立ち、二人の反対側のソファーに座った。誰が置いていったのかは知らないが、彼はテーブルの上にあるお菓子の詰め合わせの中から一つ取って口に運んだ。

 

「ん……美味いなこれ。あ、そうそう。あとで武内も言うだろうが、今度のライブにお前達も連れて行くことになってる」

「うっきゃ――!! きらり、ライブを見に行くの、初めてだにぃ!」

「えー、杏は自宅を警備する仕事があるんだけどぉ」

「そう言うな。いずれは嫌でもステージに立つことになるんだからな。それに、一度は観客席から見るライブも知っておくといい。色々と勉強になるかもしれんぞ。うちの新人アイドルは、みんな先輩のライブを見させるようにしているんだぞ」

「そうだよ杏ちゃん。それに、卯月ちゃん達も応援してあげなきゃ」

「面倒だけどしょうがないかぁ。それとプロデューサー、ぶっちゃけあの三人なんとかなるわけ? 杏から見ても、正直無理なんじゃないかと思うけど」

 

 杏がはっきりと言うと、きらりがこらっと叱るが、プロデューサーは擁護せず率直に告げた。

 

「無理、とまではいかないが……不安要素しかない」

「Pちゃんがそんなこと言っていいのかにぃ……」

「どうせプロデューサーが許可したんでしょ」

「ま、そうだな」

「どうしてなんだにぃ? Pちゃんは反対すると思ってたよぉ」

「そうそう」

 

 二人がプロデューサーに疑念の目を向けた。彼ははぐらかすことなく素直に答えた。

 

「理由はある。まあ、結果的に武内と三人を信じてみようと思ったのが大きいな。それと、オレの直感」

「後者は当てにならないゾ」

「何を言う。オレの直感は当たるんだ。いい意味でも悪い意味でもな」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる彼を見て、きらりと杏は互いに顔を見合わせて首を傾げるのだった。

 

 

 ライブ当日。プロデューサーと武内を先頭に卯月、凛、未央の五人は会場の通路を歩いていた。

 武内は彼女達の様子を窺うように一度だけ振り向いた。そこにはぎこちない表情でいる三人がいた。前日までは頑張ろうと意気込んでいたというのに、いまは違う。明らかに緊張しているのが見て取れた。特に会場入りしてからそれが露わになっている。雰囲気というよりも場の空気を肌で感じ取り、その威圧(プレッシャー)を目の当たりにしてしまったのだろう。

 その光景を見るのは武内自身にとっては初めてのことではない。いや、いま活躍している346プロのアイドル達全員が通った道だ。最初は誰もが自分がデビューできることに興奮し、緊張していた。

 だが、今回はかなり特殊だ。これは彼女達のデビューライブではない。ただのバックダンサーとしてステージに立つ。しかも、これが初めてステージに立つと言うのだから不安になるのも当然だ。

 横目で隣を歩くプロデューサーを武内は見た。普段の少し温厚というか、表現でいうなら優しいだろうか、それとは違うのだ。ライブや大事な仕事をしている時の冷たいような顔をしている。恐らく、三人の様子にも当然気付いているのだろう。

 しかし、何もしない……いや、違う。これは、自分の仕事だ。

 三人の担当なのは自分であり、今回のバックダンサーを後押ししたのも自身であることを武内は再認識した。

 ならばどうすべきか、答えは決まっていた。

 

 

 今回のライブに出演するアイドル達の控室の前に来た。プロデューサーは扉をノックし、問題ないことを確認すると部屋に入った。

 そこには川島瑞樹、城ケ崎美嘉、佐久間まゆ、小日向美穂、日野茜の五人がすでに準備をしていた。

 

「お前ら全員揃ってるな。美嘉以外の奴は今日が初の顔合わせになるから簡単に紹介する。今回美嘉のバックダンサーとして出演する島村卯月――」彼が一人ずつ名前を呼んでいく。「は、はい! 島村卯月です!」

「渋谷凜」

「し、渋谷凜です!」

「本田未央」

「え、あ、本田未央です!」

『よろしくお願いします!!!』

「先輩として色々と面倒をみてやってくれ」

 

 言うと彼は瑞樹に視線を移した。彼女もその意図を理解したのか、

 

「はい、よろしくね。わからないことがあったら、遠慮なく聞いて頂戴」

 

 年長者らしく余裕を持って緊張している卯月達に声をかけた。瑞樹に続くようにそれぞれが軽い自己紹介をし始めた。

 すると、二人の男性がやってきた。一人はアイドル部門部長の今西と今回のライブにおけるスポンサーだ。

 すぐに気付いた瑞樹が挨拶をすると、他の子達も続いて頭を下げた。遅れて卯月達も状況があまり呑み込めていないのか流れるように頭を下げた。

 スポンサーの男は特に言うことはなかったが、うんうんと頷き満足したのか笑みを浮かべている。

 

「では、今西部長。あとは」

「ああ、わかったよ。では、こちらへ」

 

 今西に連れられて男は部屋を出て行く。それを確認すると各々が再び準備に戻った。

 そんな中、未央は硬直していた。自分が思っていたアイドルとはまったく別の光景、リアルの部分を初めて目にし、妄想と現実の差に驚きを隠せないでいた。

 それは卯月と凛も似たような反応をしていた。そんな三人を現実に戻すかのように、プロデューサーが声をかけた。

 

「何を呆けている。さっさと準備しろ」

 

 その言葉にはどこか怒りが混じっているようにも感じられた。

 

「着替えたら空いてる場所でダンスの練習をしていろ。呼ばれたらすぐに来るように」

『は、はい!』

「武内、お前は三人を見てやれ。必要になったら呼ぶ」

「わかりました」

 

 プロデューサーはパンッと手を叩き、喝を入れるように叫んだ。

 

「さ、今日も張り切っていくぞ!」

『はい!』

 

 瑞樹達五人が揃って応えた。

 

 

 少し経ち、出演するアイドル達はステージに立ちスタッフの指示の下マイクチェックや立ち位置などの調整を行っていた。そこにはプロデューサーも同席しており、スタッフと共にアイドル達の調整、指示を出していた。

 卯月達は聞かされることはないが、プロデューサーは彼女達のために他の作業の時間をかなり切り詰めていた。アイドル達に頭を下げて頼んできた彼を、彼女達は拒むことなく受け入れた。一部を除いて346プロのライブを担当しているステージエンジニア達は知らぬ仲ではない。多少の無茶はいつものことだと言いきれるほど優秀な人間ばかり。だからこそ、プロデューサーもライブを行う際にはいつも指名しているぐらいだった。

 限られた時間の中で通しで一度リハーサルを行うことになった。空いた場所で練習をしていた三人がスタッフ経由で武内から告げられた。

 練習で無意識の内にほぐれていた緊張が再び顔に出る。三人の様子を見て、武内は担当してからら初めてのアドバイスをした。

 

「皆さん、ライブのリハーサルはそう何度も行えるものではありません。初めてステージに立つ皆さんには酷なことだと思います。私から言えるのは三つです。一つは肩肘を張り過ぎず、適度な緊張と余裕を持ってください。二つ、例え失敗したと思っても集中力を切らさず最後まで踊ってください。これから行うのはリハーサルで、本番ではりません。ちゃんと失敗したところを覚えて本番までに直せるようにしましょう」

 

 三つと続けて言うと思ったが、武内はなぜか口を閉ざした。三人は首を傾げ、未央が聞いた。

 

「えーと、三つ目は?」

「三つ目は最後に伝えます。それでは行きましょう」

 

 追求しようと思ったが未央だったが、武内はすでに歩き始めてしまう。三人は少し遅れて武内に続いて歩き出した。

 武内の案内で三人が連れて来られたのは丁度ステージの真下。そこは舞台設備の一つである『舞台迫り』と呼ばれる舞台機構である。簡単に言えば昇降機だ。

 主な用途は役者や大道具を舞台上に押し上げたり、その逆で奈落に落とすようなこともでき、観客の意表をつくような演出や舞台転換を行うために使用される。

 今回は前者で、美嘉の曲が始まってから歌い出す少し前に飛び出てくる演出だ。想像しているよりも床が上がるのは早い。自動の物もあるが、今回は手動だ。下から飛び出してくる演出としてはマッチングしている。

 すでにそこにはプロデューサーと、迫りを上げる数名のスタッフが待っていた。

 

「三人とも来たな。事前に説明を受けたと思うが再確認だ。お前達はここからステージへと上がると同時にダンスが始まる」

 

 姿勢は――と続けながら見本を見せる。片膝をついて両手を床につけている。クラウチングスタートに似たような姿勢だ。

 

「思っているよりも急だ。着地には気を付けるように。時間は多くは取れないので一回一回真剣に取り組め。それでは早速始める。位置に着け。悪いがこのまま上げてくれ」

 

 わかりましたとスタッフが答えると、いきますよと言うと同時に迫りがあがりプロデューサーはステージへと上がる。下から上がるよりもこちらの方が早い。要はショートカットをしただけだ。だが、実際にはどう動くのかというのを三人に見せる意図もあった。

 三人は驚きながら迫りの上に立つ。真ん中が卯月、左右を凛と未央が位置につくと、「よーし、始めるぞ!」上から彼の声が聞こえた。数秒後、音楽が始まりスタッフが3からカウントダウンを始めた。

 0、とは言わず迫りが上がる。暗い地下から光のある地上へと景色が一瞬で転換する。

 ほんの一瞬。三人は呆気にとられていた。

 気付いた時には目の前では美嘉が踊っている。遅れて三人は踊りだそうとするが、プロデューサーの怒号に近い声がそれをさせなかった。

 

「ストップ! ……尻もちをつかなかったことは褒めてやろう。次もカカシのようにただ立っているのだけは止めろ。今度はミスに関係なく通しでやるぞ」

『はい!』

 

 最初を含めて計三回ほどリハーサルを行う事が出来た。卯月達はそれぞれ、ここが上手くできなかったと認識はしていたが、正直言えばうろ覚えであった。平たく言えば余裕がないのだ。舞台迫りから上がってダンスを始める。考えていることはミスをしないように、頑張らなきゃ、そういった事ばかりが駆け巡る。けれど、今望むのはあと一回、もう一回練習をしたい。ただ、それだけだった。

 三人のリハーサルが終わると入れ替わるように美穂がやってきて、彼女のリハーサルが始まる。戻った三人はプロデューサーに呼ばれ、彼から指摘を受けた。

 卯月はここの場面――、渋谷はここが違う――、未央は特にここが――とそれぞれ指摘していく。三人は自分が言われたことをしっかりと頭に叩き込む。そして、最後に総評が下された。

 

「ダンスはギリギリ落第点ってところだ。あとは本番でどれだけやれるかだ。それと、最初の舞台迫りを出てから着地するタイミングがちょっと合ってないよう見える。三人で相談してタイミングを合わせろ。以上だ」

 

 まだリハーサルがあるプロデューサーはすぐにステージ上へと戻って行き、残された三人はライブが開演する直前まで練習を続けた。

 

 

 控室で待機している卯月達。その表情はまだ暗い。それも当然で、彼女達の不安や心配は未だに拭いきれてはいなかった。

 直接の原因ではないが、普段とは違うプロデューサーを目の当たりにして、卯月がつい本音を漏らしてしまった。

 

「今日のプロデューサーさん、ちょっと怖いですね」

「怖いっていうか、ピリピリしてるっていうか……」

「上手く言えないけどそんな感じだよね。私さ、もっと優しい言葉かけてもらえると思ってた」

「私も……そう思ってました」

 

 未央の言葉に卯月は肯定した。

 

「でも、こういうものだって私、忘れてました」

「え? 卯月、それどういう意味?」

「私、以前コンサートスタッフのアルバイトをしたことがあって。その時もこんな雰囲気でした。みなさん、自分の仕事に集中してて。でも、活気に満ちてました」

「私はさ、今日一日だけで自分のアイドル像っていうの? それ、全部崩れたよ」

 

 未央は淡々と語る。自分が想像していたものがまったく別物で、これが現実(リアル)なのだと突き付けられたようだと。

 

「アイドルって、大変なんだね」

『……』

「でもさ、私はそれをいま知れてよかったと思う」

「しぶりん……?」

「私は何も知らないから、だからこうして知ることができてよかったなって。私もいつかはああいう風になるんだって。だったら、やってやろうじゃんって、そう思える気がする」

「……しぶりんってさ」

「なに、藪から棒に」

「クールに見えて、意外と熱いんだ」

「ちょっと、なにそれ」

「つまり、バーニング凛ちゃんってことですね!」

『いや、それはどうかと思う』

「えぇええ―――!?」

 

 気付けばいつもの雰囲気に戻っていた。不安は消え、いつもの笑顔で楽しく話す三人がそこにいた。

 そんな彼女達のタイミングを見計らってなのか、武内が部屋に入ってきた。

 

「皆さん、少しよろしいでしょうか」

「え、どうしたのプロデューサー?」

「是非、皆さんに見ておいてもらいたいものがあります」

 

 

 時間となり開演直前。卯月達は武内に実際に行われているライブの裏側を見ていた。瑞樹達五人の前にプロデューサーが立ち、激励の言葉を送っていた。

 

「さて、今日は五人と少ないが……というより、何もないメンツだから少しつまらんな」

「ちょっと、それはないんじゃないチーフ!」

「え-と、それはそれで酷いかなって」

「つまらない……? もっと、熱くなればいいんですよォ!!」

「茜ちゃん、落ち着きなさい」

「うふふ、まゆ的にはプロデューサーさんとの時間が増えて嬉しいです」

 

 五人を見てコンディションは最高と判断する。いつもの感じで、問題なく安心できる状態だ。プロデューサーは笑みを浮かべて、

 

「よし! 今日は観客席に後輩も見に来ている。そして、美嘉と一緒に出演する子もいる。先輩として、アイドルとして、魅せつけてこい!」

『はい!』

 

 五人は円陣をくみ、この中で一番の年長者である瑞樹が掛け声をかける。

 

「さあ、みんないくわよ――! シンデレラガールズ、ファイト――」

『オ―――!!』

 

 彼女達のやり取りを少し離れた場所で見ていた三人は驚きを隠せないでした。プロデューサーが今日初めて見せた表情もそうだが、先輩が笑顔でいることにも。

 武内は、卯月達が思っていたことを見通していたかのように言った。

 

「今日、皆さんが先輩に感じていた不快感いえ、不満には気付いていました」

「別に、そういうわけじゃ……ないけどさ」凛は少しはぐらかすように言った。「でも、そうかも」

「先輩はこの場においても責任者という立場です。誰よりも気を引き締めて、そして誰よりもアイドル達を輝かせようと思って考えています。それは、皆さんも例外ではありません」

「なんとなくですけど、私もわかった気がします」

 

 自分の言葉に同意した卯月を見て、彼は続けて言った。

 

「皆さんは初めてステージに立ちます。何もかもが初めての体験、光景。不安や疑問に囚われる。優しい言葉をかければ、それで終わりでいいのかもしれません。ですが、先輩は皆さんにこの雰囲気を肌で感じ取り、自分自身で考えてほしいと思っての行動です。それはライブ以外の、普通の仕事でも一緒です。常に私や先輩、他の方が付いているとは限りません。そういう事を含めて、こういう機会だからこそ、アイドルとはこういう世界なんだと知ってほしいのです」

『……』

「どうか、しましたか?」

 

 卯月達は口を開けて呆然としていた。その問いに未央が答えた。

 

「だって、プロデューサーが今までにないぐらい喋ってるから……」

「そう、ですか?」

「そうそう。ね、しぶりん」

「うん。卯月もそう思うよね?」

「え!? わ、私は……私もそう思います」

 

 いつものように武内は右手を首に回した。

 なんとも締まらないものだと、内心自分を憎んだ。

 

 

 美嘉のTOKIMEKIエスカレートの二曲前まで順番が回ってきた。不安はないが、やはり緊張をするもの。そこに、先輩として美嘉が声をかけにやってきた。

 

「どう? みんな、楽しんでる?」

「みかねぇ。それはちょっと私達には難しいよぉ」

「なになに、折角のライブなんだよ? それに、アタシと一緒に踊れる機会なんて二度とないんだから!」

「え、それって」

「だって、今度っていうか。次は、三人が“アイドル”として一緒に歌うに決まってるっしょ!」

 

 ウィンクして自分の想いを伝える美嘉の言葉に三人は互いに顔を見合わせて、

 

『うん!』

「そうそう、そうでなくっちゃ! じゃ、ステージでね!」

 

 曲が止まる。次の曲が終わったら出番だ。

 美嘉と入れ替わるように武内がやってきた。

 

「その様子ですと、問題はありませんね」

「いや、問題はあると思う」

「? 渋谷さん、それはどういうことでしょうか」

「だって、最後の三つ目教えてもらってない」

 

 苦笑、しているように見えたが武内の顔には変化はないように三人は思った。

 

「そうでしたね。三つ目は……笑顔で、楽しんできてください。私が皆さんに望むのはそれだけです」

『……はい!』

 

 すると、卯月が思い出しように言いだした。

 

「あ、結局タイミングどうしたらいいんでしょうか!?」

「あ……」

「どうしよう……」

「タイミング?」

「実はプロデューサーさんに飛び出した時のタイミングが少しずれてるって言われて……」

「ふむ。では、掛け声を決めたらどうでしょうか。それが一番いいと、私は思うのですTが」

 

 ――そして、バッグダンサーとして最初で最後になるかもしれない舞台が幕を開けた。

 

『フライ ド チキーーン!!!』

 

 

 その頃。一人プロデューサーはある場所へと足を運んでいた。目的の場所の部屋についてノックして入る。そこには今西とスポンサーの男が中継されているライブを視ていた。

 男は美嘉のステージを視て、

 

「いやぁ、今回もいいライブだねえ」

「城ケ崎君のライブは盛り上がりますから」

 

 と今西が間髪をいれず仕事を始めた。

 

「にしても、彼女のバッグダンサーは随分若いように見えるが……」

「ええ、うちのアイドル候補生です」

 

 プロデューサーが今西の隣に立ち答えた。

 

「ほう、それはそれは。……ん? 候補生なのか、彼女達は」

「そうです」

「まだデビューもしていないのにこれとは。将来が楽しみですな。彼女達の名前は何と言うのか」

「シンデレラプロジェクトの島村卯月、渋谷凜、本田未央です」

「シンデレラプロジェクト……?」

「はい、我が346プロの新しいアイドルプロジェクトです。担当は以前に紹介した武内です」

「そうか、覚えておこう」

 

 彼は深く頭を下げた。下を向いているプロデューサーの顔は嫌なほど笑顔であり、それをちらりと見た今西も釣られて笑みを浮かべた。

 

 





意外と早く更新できたことにビックリ。

今回は色々と武内Pが動いた話にしました。Pと出会ったことで変化が起きたというのをデレステ編でやりたいことだったのでその第一段階でしょうか。
あとは間にあったみく視点やスポンサー関連でしょうか。
みくはぶっちゃけかなり贔屓しています。もちろんちゃんとした理由はあるのですけど。

(あのスポンサーのおっさんが、薄い本に出てくるおっさんまんまだと思ったのは俺だけではないはず……)

あと間違っていたら教えてほしいのですが、舞台迫りとか色々と自分なりに調べたのですが詳しい方がいたら教えてください。昇降機なんだろうけど、どっかのサイトみたらそう書いてあったので。
無知で申し訳ないんですけど、ライブのリハってかなりスケジュールギリギリなんですかね? よく知らないんですが。

次回のデレステ四話はたぶん短いかもしれなくて、短かったら幕間を入れる予定です。その時は別々に投稿する予定。
で、ネタが二つありまして。菜々さんと小梅の二人だったらどちらがいいでしょうか。
二人に関連した話なので、いずれ両方やるんですけど。

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