銀の星   作:ししゃも丸

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第21話

 

 教師が黒板に文字を書きながら説明をしているが、頭の中には入ってこない。ただシャーペンを片手にトントンと、ノートに叩いている。空いている手は顎をついて支えるのに忙しい。

 最近、日常が少し変わった。それは変革とも言えるかもしれない。

 学校の教室で、渋谷凜は授業中だというのに窓を見ながらそう思い始めた。

 少し前だったら朝起きて、学校へ行って、友達と寄り道して、帰ったらハナコの散歩をして眠る。時には家の手伝いで店番をしたりする。それが、毎日繰り返される日々。

 それは日常だ。平穏な、ごく普通の日常だ。

 別にそれが不満ではなかった。かと言って、それで満たされているわけでもなかった。

 矛盾しているかもしれない。だが、そう思ってしまっていた。

 けれど、満たされないと思っていたそれは、最近少しずつ……そう、少しずつ満たされているのではと思い始めた。

 今のわたしを、少し前の自分が見たらどう思うだろうかと凛は思った。

 なにやってんのと言いながら怒る? 似合わないと投げ捨てながら笑う? でも、過去のわたしはきっと、「ふーん。ま、いいんじゃない?」といつもの感じで言うだろう。

 なにせ、過去のわたしも、わたしだからだ。

 我に帰れと言っているように、聞きなれた音が耳に入った。

 

「はーい、今日はここまで」

 

 チャイムが鳴って長かった授業が終わった。

 やば、ちゃんと聞いてなかった。

 凛はノートを見た。途中からほとんど空欄だった。しょうがない、あとで誰かに見せてもらうとしよう。小さなため息をつきながら凛は教科書とノートをしまう。

 他のクラスメイトは席から立ち上がり、教室を出ていくか、喋り始める子ばかりだ。すると教室を出ようとしていた教師が振り返り、凛の名前を呼びながら寄ってきた。

 

「あ、渋谷さん」

「はい、なんですか?」

 

 教師は凛のクラスの担当だった。まだほんの少ししか彼女のことを知らないが、いい先生だと思う。

(授業をちゃんと受けていなかったの、バレてたかな……)

 怒られると思い凛は身構えた。

 

「この前も言ったけど、部活の入部届そろそろ決まったかしら? うちは強制じゃないから入らないならそれでいいんだけど、迷っているってことはそうかなって思って。私としては、何かやってほしいなあって思うわ」

 

 安堵した。どうやら授業のことばバレていないらしい。

 正直に言うと、いまこの瞬間までそのことをすっかり忘れていた。しかし、先生には悪いがそれはもう不要になってしまったのだ。

 

「すみません、先生。わたし、部活には入らないです」

「あらそうなの? でも、どうして……」

「あの、実は……。わたし――」

 

 部活に入らない理由を簡潔に伝えた。すると、先生は笑顔で言った。

 

「渋谷さん。そういう大事なことは、もっと早く言ってほしいわ」

「す、すみません」

 

 先生が怒るのも無理はない。

 なぜならわたしは、アイドルになったのだから。

 

 

「にしても、まさか凛がアイドルになるとは」

「うんうん。意外だよねえ」

「そんなに変、かな」

『うん』

 

 二人は中学からの付き合いだった。だからこそ、凛がアイドルになったとは今でも信じられずにいた。

 二人から見た凛は、どちらかといえばアイドルに向いているとは正直に思えない。同年代と比べれば、たしかに凛は可愛い。けど、それ以上に彼女は愛想がないし、初対面の人には言葉遣いも少々問題がある。

 将来どこかで就職するなり、進学するにしても、その態度で苦労しそうだなと思っていたからだ。

 それが、まさかのどんでん返しでアイドルになったというのだから驚きだ。

 

「で、なんでアイドルになろうと思ったのさ?」

「そうだよ。それが重要だよ!」

「えぇと、まあ……色々」

「なにそれ!」

「教えなさい!」

「そ、それじゃあ、わたしこっちだから! また明日!」

 

 凛はその場から逃げるように走り出した。後ろでは何かを叫んでいるが無視する。少し走ったあと、ゆっくり速度を落とし歩き始める。後ろを振り向き二人が追ってきてないことを確認した。

 しつこいんだから、もう。

 凛は呆れた顔をしながら事務所へと向かう。

 事務所に向かいながら凛はあることを思った。

(有名になったら、普通に出歩くのも大変なのかな)

 今の服装は学校の制服に、スクールバック。行き交う人々は見向きもしない。それもそうだ。わたしはアイドルでも、まだデビューしていないし当然だ。

 だが、有名になったらこうも普通に出歩くのも容易ではないのだろうか。凛は少し先の未来を想像してみた。が、想像できない。

 想像力が足りていないというよりも、イメージできない。自分がアイドルで、こう……なんていうか、有名になるというビジョンが。

 そもそもアイドルになったということ自体、自分でもまだ驚いているぐらいだと凛は思っていた。

 二人に言わなかったが、アイドルになった理由はあると言えばある。正直に言えば、恥ずかしいから言わないだけだった。

 

 

 わたしがアイドルをやると決断したのは、ある三人が決め手だ。

 その内の二名は濃い出会いと言っても過言ではない。

 まず最初(正確には二番目)に出会ったのは、わたしたちCP担当プロデューサーである武内Pだった。

 凛が彼に抱いた最初の印象が、機械のような人間だと真っ先に思った。学校の帰り、少し面倒事に巻き込まれたとき偶然助けてもらったのが最初の出会いだ。

 何をどうしたのか初対面のわたしに名刺を渡して、アイドルに興味ありませんかとスカウトをしてきたのだ。

 今思えばどうかしているとしか言えない。しかし、プロデューサーと言われている人はみんなそんな風にスカウトしていると聞いた時は、すんなりと納得した。

 ただ、最初のスカウトを凛は突っぱねた。助けてもらったと感謝しているところにスカウトされた。彼女はナンパの類、助けたのも下心があると疑ったからだ。

 その日は憂鬱な気分で過ごした。が、それだけでは終わらなかった。

 驚くべきことに、朝の通学の時間帯で武内は凛に接触してきた。もちろん凛は無視した。けれど、次の日も、また次の日も武内は彼女の前に現れてはスカウトをしてきた。しまいには不審者が出没するとまで噂になるぐらいだった。

 さすがの凛も渋々と言った感じで話だけ聞くことにしたのだ。

 

「で、なんでわたしな訳? アンタと会ったの、あの時が初めてだったわけだし」

「……笑顔です」

「はあ? わたし、アンタに笑顔なんて見せたことあった? もしかしてそれだけの理由で?」

「……はい」

「話にならないっ」

「待ってください! 渋谷さん、あなたは今……夢中になれるなにかがありますか?」

「……それは」

「渋谷さん、無理にとは言いません。ですが……もし、少しでも興味を持ったのでしたら、踏み出してみませんか? 新しい一歩を」

 

 凛はそれに答えることができず立ち去った。答えることができなかったのは、そのことをどこかで認めている。しかし、それを素直に認めることはできない。むしろ、彼女自身それが何かを把握できていなかった。

 満たされてはいないと認めていても、それを満たそうとするわけでもなかった。

 そして、それを突くように、自分のすべてを見透かされているように言ってきた男がいた。

 プロデューサーだ。

 彼と武内Pが卯月と共にわたしの前にやってきたのだ。桜が満開に咲いている近所の公園で話をした。

 最近驚いてばかりだったが、今回のことは本当に驚いていた。一年と少し前にたった一回会っただけの男を覚えていたことに凛は彼と会った時、驚きを隠せなかった。

 

「え、アンタはあの時の」

「……これはなんとも、珍しいことがあるもんだ」

「先輩、渋谷さんをご存じだったのですか?」

「いや、以前たった一度だけ会ったことがあってな。キミもよく覚えていたな」

「忘れたくても忘れない顔だったし。ターミネーターみたいですごく印象に残ってたから」

 

 そう言うとプロデューサーは笑っていた。何が面白いのか凛にはわからなかった。もちろん、武内Pに一緒にいた卯月も首を傾げていた。

 プロデューサーが少し凛と話したいと言いだしたので、彼女は近くにあるベンチに一緒に座った。

 

「あんたも、わたしにアイドルになれって言いに来たわけ?」

「んー、ちょっと違うかな。オレはあいつがスカウトしようとしている子が、どんな子なのか気になって付いてきただけだ。まあ、スカウトする気がなかったと言えば嘘になるがね」

「あっそ」

「キミ、口が悪いって言われたことない?」

「あるよ。でも、時と場所は弁えているつもり。なんなら丁寧語で喋りましょうか?」

「いや、いい。物事を素直に言えるのはいいことだ。この状況で、自分の言いたいことをしっかりとキミは言えることができる。キミの良い所を一つ知った」

「それって……褒めてる?」

「そうだが」

 

 凛は、この男がどういう人間なのかまったく掴めなかった。掴みようがなかった。何を考えているのか分からないのだ。

 

「さて、渋谷さん。初対面でキミにこんな事を言うのはどうかと思うが聞いて欲しい。これは、俺の推測なんだが……。キミの心の中では、アイドルをやってもいいと思っているんじゃないかと思うんだ」

「……どうしてそう思うわけ?」

 

 するとプロデューサーは地面に一本の線を引いた。

 

「そうだな、例えるなら……キミはある一つの線の上に立っている。これが今のキミだ。キミは現状に不満を持っていない。平穏で、劇的な変化を望んではいないし、かといって何かを得ようとか、捨てようとかという気もない。故にキミは選択できる。前に一歩踏み出すことも、後ろに一歩下がることもできる。けどキミは、自分ではそうしない」

「なんでそう言えるの?」

「きっかけがないからさ。人は興味がないものには見向きもしない。無関心ってやつとも言えるな。でも、今のキミは違う。興味を持ち始めている。武内に会って、アイドルにスカウトされて気になり始めている。そうでなければ、とっくに武内を警察に通報するなり、こうして会って喋ったりしてないからな」

「……」

 

 嫌と言うほど、認めたくないほど的を射ていた。そして、言われて初めて自分自身でも納得した。自分が悩んでいる事、気にしている事を自覚出来た。感謝すべきだと凛は思ったが、礼を言ったらなんだが癪だから言わないことにした。

 

「最後に一つ聞かせてくれ。キミは好きなアイドル、じゃなくてもいい。好きな歌手とかいるか?」

「……如月千早の歌う歌は好き。耳に残る歌だし、なによりも彼女の思いが伝わってくる、そんな気がするから」

「そうか、千早か。あいつの歌はいいぞー。歌に対しての思いは人一倍強いからな」

「へえー、そうなんだ。まるで、知り合いみたいに言うんだ」

「知り合いというよりプロデューサーだったからな」

「……?」

 

 この時の凛は「プロデューサー」という意味について深い知識を持ち合わせてはいなかった。アイドルや有名人には「マネージャー」がいて、それがスケジュール管理とかしていると思ったからだ。他にプロデューサーと言えば番組に流れるテロップの存在ぐらいにしか気に留めていなかったからだ。それにより、彼が如月千早のプロデューサーであったということに気づくのは少し経ってからのことだった。

 

「俺の話はこれでおしまい。あとは、現役のアイドルに話を聞いてみるといい。おーい、卯月!」

 

 彼が呼ぶと武内と居た卯月がやってきた。

 

「なんでしょうか?」

「卯月、渋谷さんと話をしてやれ」

「話、ですか?」

「そうだ。それじゃあ、終わったら呼んでくれ」

 

 一人残された卯月はとりあえず凛の隣に座った。互いに初対面で何を喋っていいか卯月にはわからなかった。

 

「えーと、そのー。何を喋ればいいんでしょう?」

「わたしに聞かれても困るんだけど……」

「そ、そうですよね! じゃ、じゃあ、えーと……」

 

 卯月が凛に視線を向けた。そういえば自己紹介すらちゃんとしてなかったことに彼女は気付いた。

 

「渋谷、渋谷凜」

「凛ちゃんですか! わたしは島村卯月です! では、凛ちゃん。聞きたいことがあればどうぞ聞いてください!」

 

 いつのまにわたしが質問する立場になっていたと、凛は困惑したが都合がいいと思ってとりあえず聞いてみた。

 

「じゃあ、卯月はどうしてアイドルになったの?」

「アイドルになるのが夢だからです」

「でも、いまはもうアイドルじゃないの?」

「えーと、お恥ずかしながらまだデビューもしていないんです。だから、正確にはアイドルじゃないんです」

「そうなんだ」

『……』

 

 話が途切れて無言が続いた。凛も聞きたい質問はこれ以外に思い当たらなく、卯月も次の質問がこないのでどうしたらいいか困っていた。

 すると卯月はベンチから立ち上がり、凛に尋ねた。

 

「凛ちゃんは……何か誇れるものって、なにかありますか?」

「……これといって、ないと思う」

「わたしも胸を張って言えるものはないです。でも、これだけは負けないものはあります」

「それが何か聞いてもいい?」

「笑顔です。すごくありきたりですけど……。わたし、346プロに入るまでに何回もオーディションを受けてきました。でも、毎回落ちちゃって、そんな時言われたんです。『笑顔なんて誰でもできるんだから、別のモノを見つけなさい』って。けど、わたしはそれをしませんでした。それしかできないから」

 

 語る卯月の表情はとても暗く、苦しそうに凛は見えた。オーディションを受けたことがない彼女にとって、卯月がどんな思いなのかは図りえない。

(わたしにはできないよ)

 けれど、諦めず何度も挑戦する卯月に少し憧れを抱いた。

 

「でも、そんなわたしをプロデューサーは見つけてくれたんです!」

 

 卯月は落ちていた桜の花を手に取った。凛にはその行動が、プロデューサーが自分にしてくれた、そんな風に見えた。

 救ってくれた、手を差し伸べてくれた、どんなにどん底に追い込まれていても、いつかきっと信じていれば願いは叶うのだと。

 

「だからわたしは――わたしの笑顔で、誰かを幸せにできたらいいなってそう思ってるんです!」

 

 その時、卯月がわたしに見せてくれた笑顔が、頭の中から離れなかった、忘れられなかった。

 それはまるで芸術のようだった。少し行き過ぎている表現かもしれない。でも、美しいものを見たとき、あるいは絶景だったり、心から感動させられるものを見た時とは、今のわたしのことを言うのだろうと凛は思った。

 それが、わたしがアイドルになろうとした大きな理由だ。卯月みたいに笑顔なんてわたしの柄じゃないけど。自分にもできることがあるなら、武内Pが言った『夢中になれる何か』を見つけられたら、それはきっと自分の中にある隙間を埋めてくれるのだと思った。

 だからわたしは、卯月に――。

 

「あ、凛ちゃん!」

 

 話題の彼女が未央と一緒にいて、手を振っていた。まだ出会って日は浅いが、凛は卯月と未央と非常に馬が合うのか、こうして一緒に事務所に行く仲になっていた。

 

「おーい、しぶりーん!」

「未央、お願いだから街中で叫ばないでよ。恥ずかしいんだから」

「ごめんごめん」

「凛ちゃんも来たことですし、行きましょうか!」

「さあ、今日もレッスンがわたしたちを待っている!」

「そうだね。あ、卯月」

「ん? どうしたんですか、凛ちゃん」

「――ありがとう」

「へ?」

 

 突然感謝の言葉を送られて卯月は首を傾げながら困惑していた。

 

「しぶりんがいきないお礼を言うとは……。明日は雨ですな」

「馬鹿なこと言ってないで、事務所にいくよ!」

 

 言うと凛は走り出した。

 

「ちょっと待ってよ、しぶりん!」

「二人とも置いていかないでくださいよ――!!」

 

 急に走り出した二人に追いつこうとした卯月が、突然何かに躓いて転んでしまった。二人は卯月に手を差し伸べ、結局歩いて事務所に向かうのだった。

 

 

 最後に一つ。わたしはアイドルになってある事を決めた。

 それは、わたしが346プロの正式なアイドルになった日、プロデューサーが言ったのが発端だ。

 

「改めて今日からよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。それじゃあ、他のメンバーに渋谷(・・)を紹介するか」

「……」

 

 会った時は「さん」付だったのが、今この瞬間に呼び捨てになった。いや、別にそれがムカつくとかではなにのだが、切り替えの速さに脱帽したと言うべきか。

 そんなわたしにプロデューサーも気付いたのか、

 

「なんだ、呼び捨ては嫌だったか?」

「別にそういうわけじゃないけどさ」

「もうお前は他人じゃなくて身内だし、オレのアイドルでもある。遠慮する気はないぞ」

 

 自分で言うのもあれだが、プロデューサーに「渋谷さん」と呼ばれるのはなんだかものすごい違和感があったのはたしかだった。

 

「他の奴には困るが、俺に対して遠慮することはない。お前もそっちのが気が楽だろ?」

 

 会ってまだ少ししか経っていないはずなのに、自分の事をすべて見透かしたように言ってきた。その意見にはもちろん同意しているのだが。

 

「ま、わたしもこっちのが楽だしね。助かるよ」

 

 プロデューサーはふっと笑っていた。

 そしてまさか、名前の呼び方で問題が起きるとはこの時のわたしは思ってもみなかったのである。

 

 

 同日 346プロオフィスビル 武内のオフィス

 

 僥倖というべきか、今の所プロジェクトは順調だった。

 武内はパソコンにあるおおよそのスケジュールを確認してそう判断した。現在は四月の半ばで、全員の宣材も撮り終り、今行っていることは主にレッスンだ。

 ほんの一部を除いて素人が大多数を占めているCPであるが、この短期間のレッスンで各々のスペックが見えてきたところだ。

 自分はレッスンに関しての指導は素人であったが、動きを見てわからないほど未熟ではないと思っている。それでも、レッスンに関しては担当のトレーナー方に判断を任せているのは仕方がないと武内は思っていた。

 他のアイドル部門で担当しているプロデューサー達も自分と同じような感じだったはずだ。だからこそ、思うのが……。

(先輩はやはりすごい)

 アイドル全員のスケジュール管理、営業、そしてレッスンと、それをすべて一人でこなすプロデューサーに武内は憧れていた。本音を言えば、憧れてはいるがそこまでできるとは思ってはいない。なにせ、一時期廃人一歩手前の状態を目撃したとき、こうはなりたくないと思ってしまったからだ。

 正直な所、プロデューサーが異常すぎるだけで、武内も十分できる男であるのだから、そこまで謙遜する必要ないのだが。

 武内は書類をファイルにまとめてオフィスを出た。彼女達の待機部屋であるシンデレラルームへと足を運ぶ、部屋に入ると、すでにいる彼女達の視線が彼に向けられた。

 

「みなさん、お揃い……ではありませんね」

 

 シンデレラプロジェクトのメンバーはみな特徴的であるが、その中でもっとも特徴のある二人が見当たらないとこに気付いた。

 

「双葉さんと諸星さんがいないようですが……」

「あ、二人ならプロデューサーさんに呼ばれていません。なんでも、二人の書類で確認したいことがあるとかで」

 

 彼が尋ねると新田美波が他の子達の代わりに答えた。

 

「そうですか」

 

 先輩なら問題ないと判断して武内は気に留めなかった。ただ、連絡の一つは欲しいと思った。

 

「急を要する案件はないのであとで伝えおくことにしましょう。では、今週のスケジュールをお伝えします」

 

 同じ頃。プロデューサーのオフィスには双葉杏と諸星きらりがソファーに座っていた。正確には、きらりの膝の上に杏が座らせているのが正しい。さらに言えば、嫌がる杏がきらりに引き留められている。

 杏はきらりが与えたアメを舐めながら面倒くさそうに言った。

 

「で、プロデューサー。なんで杏たちを呼んだのさ。まあどうせ、今週もレッスンだろうからサボれてラッキーなんだけど」

「こら、杏ちゃん。そういうこと言っちゃめっ、だよぉ?」

「ふっ、きらりは気付いていないんだ。今この瞬間にもレッスンの時間は減っている。つまり、ここに居ればいるほど杏の勝利なのだ!」

「な、なんだって――!!??」

 

 デスクで作業をしながら二人の漫才みたいなものを眺めていたプロデューサー。彼はCPの中では、二人は特に仲がよく、相性がいいと思っていた。が、プロデューサーは杏に容赦のない宣告をした。

 

「杏には休んだ時間だけスペシャルレッスンだ。俺特製のな」

「うげぇ……。ズルいぞ! そうやって脅すのは!」

「なにを言う。お前が出来そうで、出来ないぐらいの加減をする」

「一番嫌なパターンじゃん! も、もちろん……きらりも一緒でしょ?」

「にょ、にょわ!?」

 

 杏は彼に尋ねると、ニコッと笑みを見せた。それをみた杏もほっとしたのか笑みを浮かべた。

 

「安心しろ杏。……お前だけだ」

「あんまりだぁ――!! き、きらりは一緒に受けてくれるよな!?」

 

 きらりに縋り付くように杏は助けを求めた。しかしそれは、一緒に地獄に付き合えと言っているようなものだった。きらりは顔を横に向けながら、

 

「きらりも……Pちゃんのレッスンは無理だにぃ」

「薄情者ぉ―――!!」

「ぴ、Pちゃん! 早く要件を教えてほしいかな!?」

「そ、そうだそうだ! こんな所居られるか! 杏は帰らしてもらう!」

「そうだったな」

 

 からかっていたのがつい楽しくて要件を忘れてしまう所だった。プロデューサーは手を休めて、デスクから離れて二人と対面するような形でソファーに座った。

 

「実は、折り入って二人に頼みがあるんだ」

「私に頼みとは……高くつくよ」

 

 と、ドヤ顔で杏が言った。

 

「こら、最後まで聞かないと駄目だよぉ?」

「そうだ。話は最後まで聞くことだ。で、続きだが、二人にはCPのことを視ていてもらいたい」

『……見る?』

「そう、視るだけ」

 

 二人を顔を見合わせて首を傾げた。ニュアンス的には言っている事の意味はわかるが、いまいち彼の意図が二人にはわからなかった。

 それを二人の表情を見て察したのか、プロデューサーはすぐに言いなおした。

 

「すまん、言い方が悪かった。ようは、監視ってところだ」

「監視? なに、スパイでも紛れ込んでるの?」

「杏ちゃん。たぶん、そういうことじゃないと思うよぉ?」

「冗談だよ、じょーだん。別に嫌ってわけじゃないけど、一つ聞いていい?」

「なんだ」

「それって、個人? それともCP全体?」

 

 きらりも杏の言っている意味を理解しているのか、少し心配したような目でプロデューサーを見た。

 杏は馬鹿ではない。むしろ、彼女は天才という部類であろう。だからこそ、『監視』という単語を使ったことの意味をおおよそだが推測できてしまった。

 CPは発足したばかりだ。アイドル達の面識はプロジェクトにスカウトされて、四月に正式に活動開始する少し前に顔を合わせたのが最初だった。かなり最初にスカウトされた子達はそれなりの面識があったことは杏も知っていたが、それでも赤の他人同士が出会ったばかりだ。互いのことを何も知らないことばかり。

 例えるなら高校に入学したばかりの感じだ。クラスに友人がいなく0からのスタート。だからこそ、最初は苦労するはずだろうと杏は思っている。彼女はこういう性分のため学校での交友関係は極力さけている。自分が一番、楽をするために頭を使う。極端にそういう子だ。

 しかしそんな杏でも、座っている、というか座らせられている諸星きらりとは驚くほどに距離を縮めた。

 相性がいいとか、馬が合うとかだと思う。

(けど杏の場合、上手く手綱を握られているって言うんだろうな)

 さじ加減、飴と鞭の使い方が上手いと言えばいいか。

 もう一人それが上手いのがいる。それも目の前に。

 そんな彼が自分達に頼み事をするのだから、それなりの理由があるのではないか。そう思って仕方がなかった。

 

「そのままの意味と思ってもらって構わんよ。理由は……訳あってまだ話せないが」

「まだってことは、いつかはちゃんと説明してくれるってことぉ?」

「オレとは限らんがね。まあ、監視と言ったって四六時中視てろ、とは言わん。ただ、少し面倒事になりそうだったら連絡をしてくれ」

「ま、プロデューサーと杏の仲だし、引き受けてあげるよ」

「そう言ってくれると助かる。あと、きらりにはもう一つ頼みがある」

「ん? きらりに?」

「みりあと莉嘉のことを見てやってほしい。みりあは言わずもがな、莉嘉も中学生になったばかりで危なっかしいからな。きらりにはお姉さんとしての包容力があるからな。安心して任させれると思うんだ」

「うん! きらりにまっかせて! それに、みりあちゃんも莉嘉ちゃんもいい子だから大丈夫だにぃ!」

「別に他意はないけど、杏にも頼まないの?」

「お前は一緒に面倒を見てもらう側だろうが」

「ですよね―」

 

 杏がそういうと二人は笑った。ああそうだと、プロデューサーは言いながらデスクの引き出しを開けてある物を出した。

 

「ほれ、報酬のペコちゃんホップキャンディ」

「わぁ、ちょっと懐かしいなぁ!」

「えー、アメ玉にしてよぉ。ゴミが出て捨てるのめんどいじゃん」

「じゃあ、無償でやってくれるのか?」

「要らないとは言ってない」

 

 言うとプロデューサーは袋を開けて、一個取りだしてきらりに渡した。

 

「なんで開けるんだよ――!! ていうか、なぜきらりに渡す!?」

「お前に渡すと全部食べちゃうだろ。だから、きらりに管理してもらうんだよ」

「は、了解であります!」

 

 ビシッと敬礼すると、「うむ、頼んだぞ」と返して彼は取りだしたキャンディを舐めはじめた。

 

「それじゃあこれで話は終わりだ。レッスン頑張れよ――」

「他人事だと思って!」

 

 まるであざ笑うかのように笑うプロデューサーに吐き捨てながら杏ときらりは部屋を出た。

 しばらく歩いて、きらりが不安そうに杏に尋ねた。

 

「ねぇ、杏ちゃん。なんでPちゃんあんな事頼んだのかな?」

「きらりだって気付いてるんじゃないの?」

「できればきらりは……Pちゃんがみんなのことが心配だからだって、そう思いたいにぃ」

「それも間違ってないと思うけどな―。でも、問題はそこじゃないと杏は思うよ」

「というと?」

「武内Pってプロデューサーみたいに私たちとこう、なんていうか、そういう関係って苦手じゃん?」

 

 きらりは同意したのか頷いた。杏の言いたいことはなんとなくだがわかっていた。仲がいいとか付き合い方みたいなことを言いたいのだろうと言うことは察することができた。

 

「つまり、そういうことなんだよね。しょうがないと言えばしょうがない。だって、互いのことなんか全然知らないわけだし。こっちは見たことでしか、向こうはデータだけだしね」

「だからこそ、これからもっといーっぱい、みんなのことを知ってほしいんだにぃ。もちろん、武ちゃんのことも知りたいと思ってるよ!」

「ほんと、きらりのそういう性格は得だよね―」

「えへへ、褒められちゃった」

「……別に褒めたわけじゃないんだけど」

「杏ちゃん、今何か言ったぁ?」

「何も」

 

 杏はさっそくきらりにキャンディを要求した。きらりはレッスン前だから駄目だと言おうとしたが、杏に言い負かされてキャンディを渡した。

 

「そういえば、一つ気になったんだけどぉ」

「なにが?」

「どうしてPちゃん、きらりと杏ちゃんに頼んだんだろうね。美波ちゃんとか適任だと思うけど」

「そんなの決まってるじゃん」

「えぇ!? どうして!?」

 

 ぺろぺろとキャンディを舐めながら杏は答えた。

 

「私は中立的な立場を保つだろうし、面倒だから巻き込まれないように一歩引いた場所にいる。きらりはみんなのこと、よく見ているからだと思うよ。みんなが気付かないことにも気付くだろうしね」

「杏ちゃんだってよく見ているときらりは思うなぁ。だからこそ、Pちゃんは杏ちゃんにも頼んだんだよぉ」

「ほんと、プロデューサーってつくづく人を使うのがうまいなあ。ま、そのおかげでアメが貰えるからいいけどさ」

「もぉ、杏ちゃんは素直じゃないんだからぁ。頼られて嬉しいって、素直に言えばいいのに」

「な、なんでそうなるんだよ!?」

「さぁ、なんでだろうね――! よーし、この勢いでレッスンもがんばろぉ――☆」

 

 きらりは杏を抱きかかえるとトレーニングルームへと走り出した。

 

「うわぁ! や、やめろきらり! アメが、アメがぁ――!!」

 

 口に咥えていたキャディが落ちそうになり、杏は勢いよく噛んだ。

 きらりが足を止めたのは、自分の腕で暴れる杏の叫び声が聞こえてからだった。

 




お菓子の詰め合わせに入っているペコちゃんキャンディが自分の好きな味だったとき、少し嬉しい気持ちになった子供の頃……。

たぶん、時系列的にいうとアニメ二話あとの話だと思われます(うろ覚え)。
そろそろ、ブルーレイ全巻買ったはいいが、最初と最後しか見ていないBDを見る時がきたか……。

現状考えている構想では、NG回を済ませばあとのデレマス一期は楽になるはずなんだ(執筆が早くなるとは言っていない)。



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