むかしむかし、ある所にシンデレラという少女がいました。シンデレラはとても美しく、やさしい子でありました。
しかし、突然の不幸が襲いました。彼女の母親が亡くなってしまったのです。
シンデレラの父親もたいへん悲しみました。
ですが、ある日のこと。父親は新しい母とその連れ子である姉二人を連れてやってきたのです。シンデレラも最初は戸惑いましたが、一人っ子でもあったシンデレラは姉ができたことに少し嬉しそうでした。
けれど、シンデレラの本当の不幸はこれからだったのです。
継母とその連れ子の姉二人は父親が普段いないことをいいことに、シンデレラに酷い仕打ちをするのです。
シンデレラの美しさに嫉妬した三人は、シンデレラから綺麗な服を奪い、代わりにボロボロの服を着せました。さらに、家事や掃除と仕事の大半をシンデレラに与えました。
自分の部屋も取り上げられたシンデレラは夜な夜な泣く日々を過ごしました。
そんなある日。
お城で舞踏会が開かれると言うのです。なんでも、王子さまのお嫁さまを決める舞踏会だそうで。
シンデレラも舞踏会にでたいと思いましたが、当日も継母から当然のごとく仕事を押し付けられてしまうのです。
ボロボロになった雑巾で床を拭くシンデレラ。拭いても拭いても、自分が流す涙が零れ落ちてはそれを拭く。シンデレラは悲しみました。しかし、それでもシンデレラはただ仕事をするのです。
辺りが暗くなり、そろそろ舞踏会が行われる時間です。周囲は暗いのにも関わらず、舞踏会が開かれているお城は明るいではありませんか。
ただそれを見ている事しかできないシンデレラは口にだして言いました。
「ああ、わたしには、あの光り輝く舞踏会は眩しすぎる。まして、あそこに行く事もできない。それに、わたしには遠い別の国のよう」
自分にはこの暗い世界がお似合いなのだろう。シンデレラはそう思いました。
そんな時です。シンデレラに声をかける者が現れたのです。
「おお、可哀そうなシンデレラ。きみはどうして泣いているんだい」
それは男の声でした。シンデレラは声のある方に向きました。そこには箒に乗って宙に浮いている人がいるではありませんか。
シンデレラは尋ねました。
「あなたは誰ですか」
男はこう答えました。
「わたしは魔法使いです、シンデレラ」
シンデレラは聞きました。
「その魔法使いがわたしになんの用なのですか」
魔法使いは答えました。
「あなたの願いを叶えてあげましょう。さあ、シンデレラ。あなたの願いはなんですか?」
シンデレラは虚偽などをまったく疑わず願いを言いました。
「わたしも、あのお城で開かれている舞踏会に行きたいのです」
「わかりました。その願いを叶えましょう」
魔法使いはそう言うと杖を一振り。すると、キラキラとシンデレラが光ります。
「なんて素敵なドレスなの!」
なんていうことでしょうか。あのボロボロの服が一瞬にして美しいドレスになったではありませんか。
魔法使いはもう一回杖を振りました。すると、馬車が現れました。
「さあ、シンデレラ。準備は整いましたよ」
「ありがとう、魔法使いさん」
お礼を言うシンデレラに魔法使いは厳しい声で警告しました。
「しかしシンデレラ、守ってはもらわないことが一つあります」
「それはなんですか」
「午前0時の鐘が鳴った時、魔法は解けてしまう。その前に帰ってくるのです。いいですか、午前0時ですよ」
「わりました。ありがとうございます」
そして、シンデレラは馬車に乗りお城へと向かったのです。それを見送る魔法使い。
魔法使いは謎めいた笑みを浮かべながらシンデレラを送り出しました。
二〇一五年 二月某日 ライブ会場
舞台裏って想像していたのと全然違う。
STAFFと書かれた腕章にパーカーを着て、作業しながら初めて知る舞台裏を見て島村卯月は驚いていた。
現在、ステージの舞台裏では大勢のスタッフが作業に追われていた。ライブはもうまもなく開演。各機材の最終チェックや照明、ステージの確認等々。それぞれの担当が最後の大詰めに取り掛かっている。
島村卯月もその一人だった。といっても彼女はアルバイトである。
卯月は東京にあるアイドル養成所に所属している。養成所には極稀にライブのアルバイトを募集することがある。
滅多に体験できることではないし、直接ステージは見れないかもしれないが、ライブの舞台裏を見ることができる機会だと思い応募して会場にいた。それも今回は、今話題の346プロのライブ。卯月は楽しみで仕方がなかった。
そもそも、このアルバイトは事務所側が意図的に行っていた。その理由はアイドルの卵を見つけることである。事務所はアイドルが見つかればそれでいいし、参加した候補生はバイト代が支給される。まさにWin-Winである。もちろん卯月本人は知らないことであるのだが。
女の子である卯月ができる仕事は限られていた。機材などを触らせることはありえないし、重い物は持てない。彼女ができるといったら、アルバイトというよりお手伝いさんといったところか。
少し大きめのダンボールを持ち、衣装担当の一人がやってきて卯月に声をかけてきた。
「そこの君、ちょっといいかい」
「え、は、はい! なんでしょうか!?」
「これをちょっと届けてほしいんだよ。ここに置いておいても邪魔だから頼むね」
「わかりました。えーと、どこに持っていけばいんでしょうか?」
「ああっ、ごめん。場所は――」
スタッフに言われて卯月はそこに向かうことにした。なぜ衣装部屋や小道具が置いてある部屋ではなく、少し離れた場所に持っていかなければいけないのかと疑問に思ったが、バイトである自分には関係ないことだと思い考えるのをやめた。
まずは舞台裏から会場のホールの方へと向かわければいけなかった。
しかし、わたしにはちょっと重いです。というか前が見づらいです。
帽子を深く被ったのがいけなかった。それに、ダンボールのせいでちゃんと前が見えないから、横から覗くしかない。まだここは舞台裏で、少し薄暗いせいか見づらい。
急に目の前が真っ暗になり――堅い壁にぶつかった。
「きゃっ!」
「おっと!」
卯月は後ろにそのまま倒れそうになったが、ぶつかっていたと思っていた壁――大きな男性に彼女は助けられた。と、思っていると、体勢が崩れたことにより重ねていたダンボールが卯月の顔に直撃した。
「いだっ!」
「そこまで考えなかったな……。ごめんごめん、怪我はないかい?」
「鼻がちょっと痛いですけど、大丈夫です」
「それはよかった。……キミ、見慣れない子だけど、どこの担当かな?」
「え、あ、わたしアルバイトでここに来てて」
「ああ、キミが」
「……?」
わたしのこと知っているんでしょうかと、卯月は首を傾げた。色々と思うところはあるが、この人は凄い人なのではと気付いた。身長は高く、こんな薄暗い場所なのにサングラスをかけているし、なんだが偉そうなオーラがある。
もしかしてわたしは、とんでもない人に粗相を働いてしまったのでは……。
「キミ、アイドル候補生だったね」
「ひゃい! そうですぅ!」
なぜ、自分がアイドル候補生だということを知っているのかと気になるところだが、目の前の男性に怒られるかと勘違いしてしまい、それに気付くことはなかった。
「キミの顔は覚えておこう。縁があればまた会うだろうしね」
「え? それって――」
卯月がその言葉の意味を尋ねようとすると、後ろから男性を呼ぶ声が聞こえた。
「チーフ、すみません! ちょっと来ていただいていいですか!?」
「今いく! それじゃ、お仕事頑張ってくれ」
そう言って男性は卯月の前から走り去って行った。突然のことで何が何やらと困惑している状況だったが、すぐに頼まれた仕事をしなければいけないと思い仕事に戻った。
舞台裏を出て会場に出る。照明はついているのに周囲は薄暗い。今日の天気予報では雪と言っていたので、それが原因だということは卯月も知っていた。それに、今の時間を考えれば陽は沈み始めているころだ。余計に暗い。
意外なことに辺りは静かだった。嵐の前の静けさ、というほどのことではないが、ライブ前ということもあって余計に静かに感じる。入場はすでに始まっているのにも関わらず、お客がいないのはとても好都合だった。
(ううぅ、階段ですか。……大丈夫かなぁ)
目的地に向かう手間の難所が立ちはだかった。だが、これも仕事なのだと自分に言い聞かせながら卯月はゆっくりと階段を上り始めた。一歩、また一歩と上がっていく。自分でも驚くぐらい順調だ。気付けば、右足は二階へとたどり着いていた。
安堵したのか、ふぅと息を吐く。目的地はすぐそこだ。たしか、左に曲がればよかったはず。
「よし、あとちょっと――」
歩き出そうとしたその瞬間、また何かとぶつかった。それも両方から。しかし、今度は後ろに倒れることはなかった。いや、倒れたらそれどころではない。
ぶつかったのは女の子だ。声からして同年代ぐらいだろうか。
卯月はすぐに謝った。
「ああっ、す、すみません! 」
「こちらこそ、ごめんなさい」
「大丈夫? 怪我とはしてない?」
互いに謝罪してすぐに二人は歩き出していく。自分も行かなくてはと前を向く。すると、視界を隔てていたダンボールがない。正確には入っている箱の一つ。
「ど、どうしましょう! どこ!? どこ!?」
左右を見渡しても何も落ちていない。となると後ろ……。
仕事で動きながら暖まっていた体が一気に寒くなる。前になければ後ろ。後ろには階段。卯月が振り向こうとした瞬間、また声をかけられた。
「これは貴方が運んでいたものでよろしいでしょうか?」
「あ、はい! そうです!」
「中身は大丈夫ですよ。ただ、気を付けてくださいね」
「すみません! ありがとうございます! 失礼します!」
卯月はパニックになっていたのか、荷物を拾ってくれた男性の顔を見ずに駆け出してしまった。
荷物を置き、舞台裏に戻ってきた卯月。ただ荷物を運ぶだけなのに遅くなってしまったと思っていた彼女は、怒られるかもしれないと内心ビクビクしていた。しかし彼女の思惑とは逆で、卯月の面倒を担当している人は意外にも温厚な人であった。女の子だから時間がかかると思っていたのだろう。特にお咎めはなかった。
そして、ライブの開演が間近に迫っていた。
「じゃあ島村さん。とりあえずなんだけど、きみの仕事は一旦ここまでね。バイトのきみにこういうのも失礼だけど、ライブ中は邪魔になっちゃうから」
「気にしないでください。わたしもそれぐらいはわかっていますので」
「そう言ってもらえると助かるよ。それじゃあ休憩室で待機してくれるかい。追加報酬ってわけじゃないんだけど、いつもバイトをしてくれた子には中継でライブの映像を見れるようにしてあるんだ」
「本当ですか!?」
「いやね、本当はここで見せてあげたいんだけど、さすがに他のスタッフやアイドル達に迷惑をかけちゃうからさ」
「いえ、それだけでも嬉しいです!」
「それはよかった。それじゃあ、ライブ閉演までは待機しててね」
卯月は改めてお礼を言ってその場をあとにした。休憩室にいくと、すでに自分と同じアルバイトで来ていた人がいることに気付いた。部署が違うので顔すら合わせるのが今が初めてで、とりあえず一礼して空いている椅子に座った。
他にアルバイトはいると思うが、きっと今でも働いているのは警備の方だと思う。自分にできるのはここまでだし、警備やそういった力仕事は自分には向いていないので運がよかったと卯月は思った。
部屋に置いてあるモニターを見る。綺麗な声をした女性の司会進行のもと、ついに舞台の幕が上がる。
音楽が始まり、幕が少しずつ上がり、
『お願い! シンデレラ 夢は夢で終われない 動き始めてる 輝く日のために』
ファンの人達の喝采、熱気がスピーカーを通して伝わってくる。
『みなさん! わたしたち、シンデレラガールズです!』
綺麗な衣装、輝く舞台、素敵な曲。わたしの夢がすぐそこにある。けど、わたしはまだそこにはいけない。
でも、諦めない。だって、頑張ればいつかきっと、わたしもアイドルになれると思うから。
卯月は部屋の中でただ一人、最後までライブから目を離さず見ていた。
二月に行われたライブから数日後。オフィスビルに数ある会議室の中の一つで、プロデューサーを始めとしたアイドル部門の役員らが席を囲んでいた。もちろん、その中には今西もいた。
議題は四月に始動する新プロジェクトについての会議だった。
「現時点でプロジェクトメンバーは前川みく、城ケ崎莉嘉、新田美波、諸星きらり計四名」
「最終予定メンバーは十三名ほどでしたか、チーフ」
と二人の役員がプロデューサーに尋ねた。
「はい、現時点ではその予定です」
「では、来月行うオーディションで残りのメンバーを決定する方針で?」
「概ねその通りです。あとはこの四人のようにスカウトで集まる可能性もあります」
「ふむ。ビジュアル面でだけでみれば、この四人は特に問題ないと私は思うよ」
プロデューサーを援護するように今西が言った。
「ですが、あの城ケ崎美嘉の妹でしたか。他のアイドルから依怙贔屓だと思われるのでは? 城ケ崎本人が推薦したんですよね?」
あまりプロデューサーのことをよく思っていない役員の一人が突っかかるように尋ねた。
「そのことについては問題ありません。私自身が彼女と直接面接をしたうえで採用しました。それに将来を考えれば、姉妹ユニットとしても売り出すこともできますし、メリットのが大きい。それに、そのことで愚痴を漏らすほどうちのアイドル達の器は小さくない」
「……っ。わかりました、その件については納得しましょう。ですが、プロジェクトを任せるプロデューサーに、彼を起用するのは問題があるのでは?」
やっぱり指摘してきたかと、プロデューサーは想像通りすぎて呆れた。ちらりと今西を見る。彼もやれやれといった感じのように思えた。
他の役員も指摘された内容には概ね同意している。いや、そうなるのは当たり前だった。
「武内と言いましたか。彼は以前にアイドルを三人を辞めさせたことがありますよね? それなのに武内をプロデューサーに任命するのはどうかと……」
「それについては――」
「いや、それのことについてはまず私が話そう」
プロデューサーが言う前に今西が割って入った。
「その件ついては私もキミと同じことを抱いた。だが、彼は優秀だ。それはキミ達も分かっていると思う。私もプロデューサーと相談し、その上で彼に決めた」
「しかし、また同じことが起きるのでは?」
「かもしれません。ですがこれは、武内に与える最後のチャンスと思って頂いて結構です」
持っていた資料を机に投げつけながらプロデューサーは言い放った。今いるメンバーの中でプロデューサーが年齢的に一番若い部類だ。アイドル部門はほとんど彼に一任されているようなものだが、それは部門の方針やアイドルの活動がほとんだ。現にこうして他の役員と会議し、意見を交えている。
しかし、プロデューサーの346プロでの働いているのはまだわずか一年ちょっと。実力はたしかにある。が、立場的にはそれほど高くはない。それにも関わらず、彼は威圧的な態度をとっている。まるで、「俺の言うことに口をだすな」と、遠回しに言っているようにも見えた。
「他のプロデューサー達は、すでに担当を持っているのでこっちに回すことはできない。まして、予定人数の十二人というアイドルを、一人でプロデュースする人間は中々いないでしょう。それも、ゼロからのスタートでね」
「なんならチーフがやったらどうです? これぐらいの人数はお手の物でしょに」
「ええ、もちろん。たしかに、その通り。ですが、それでは意味がない。今後、将来のことを考えれば、後進にも
「本当に彼にそれができると?」
「できなければそれまで。あなたの言った様に、再びアイドルに対して同じ過ちを繰り返すようであれば、それなりの処遇を課すつもりです」
「差し支えなければお聞きしても?」
「他の部署に異動してもらう。そのような事を犯す人間はアイドル部門には不要ですから」
彼は冷たい声で淡々と告げた。役員の男はそれに満足したのか、一つ返事でその案を受けいれた。
そのあと、数十分に渡り会議は続いた。会議が終わると、皆肩の荷が下りたように安堵していた。特にプロデューサーに突っかかっていた役員が先に出ると、他の役員も部屋をあとにする。プロデューサーに親身になっている者達は、去り際に彼の肩を軽く叩いた。「お疲れさん」と言っているようだ。
プロデューサーに強く当たっていた男は、いわゆるエリート主義者のような人間だ。その所為か事務所がスカウトしてきて、僅か一年足らずでアイドル部門をここまで大きくした彼を快く思ってはいなかった。
相手からすれば、余所からやってきた人間がそれなりの権限を与えられている。肩書は自分の方が上だが、実権は余所者だ。気にくわないのも仕方がない。
プロデューサー自身も、自分の立場を十分に理解していた。現にこうした状況に立たされているのも仕方がないと納得しつつも、責任を伴う立場を得るとこんなにも面倒なのかと、少々荷が重いのではと思い始めていた。
そんな時、最後まで部屋に残っていた今西が声をかけてきた。
「お疲れだったね」
「今西さん。まあ、これも経験だと思えば気楽なもんです」
「タフだねぇ。私もかなり揉まれたもんだよ」
「何を言ってるんですか。今西さんに逆らえる奴なんていませんよ」
「ははっ。この老いぼれにそんな威厳があると思うかい?」
「違うんですか?」
今西は笑って受け流したが、彼は冗談で言ったつもりはなかった。今西は古くから346プロに勤めていた男だ。顔が効くし、影響力もある。ゆえにただの老いぼれではない。その裏に長年研ぎ澄まされた牙を隠し持っているに違いない。
「買いかぶり過ぎだよ。私はただのお目付け役みたいなものさ」
「そういうことにしておきますよ」
「やれやれ。信用がないねぇ。にしても、あそこまで強く言ってよかったのかい? いや、言うしかなかったのもわかるがね」
「……自分でも言うのもなんですが、オレがあいつにしてやれる最大限の依怙贔屓です」
「優しいね、キミは。」
「まさか。俺は誰よりも厳格な男ですよ」
そんな男が最後のチャンスを与えるとは言わないと思うんだがと、今西は半ば呆れた顔をしながらそんなことを思った。
「そういえば……一つ気になっているんだが」
「なんです?」
「そろそろこのプロジェクトの正式名称を決めた方がいいんじゃないかい? 四月はもうすぐだしね」
「それもそうですね」
資料の一枚目を出す。一番上には「アイドルプロジェクト(仮)」のままになっている。フム、たしかに今西さんの言うようにそろそろ決めなければならないだろう。
自慢ではないが、自分はあまりネーミングセンスはいいと言える方ではない。くるくるとペンを回しながら考える。
こう、ピッタシなものはないだろうか……。我がアイドル部門の掲げる理念は、『誰でもアイドルになれる』というもの。それを意識したものにしたい。
まてよ、それで彼女達のユニットにああ名付けたのだ。〈シンデレラガールズ〉と。
「シンデレラガールズからとって、
シンデレラガールズのメンバーの一人、川島瑞樹の年齢は28歳。普通ならアイドルをやる年齢ではないのかもしれない。だが、現に彼女は346プロの中で活躍するアイドルの一人だ。年齢とか国籍も関係ない。誰でも
プロジェクトの彼女達も、シンデレラガールズや他のアイドル達のように輝くステージへと続いて来てほしい、そんな想いを込めて名付けた。
「それはいいね。
「よしてください。俺はリアリストですよ」
「そういうことにしておくよ」
さっきの仕返しと言わんばかりに今西は笑みを浮かべながら言った。
プロデューサーはテーブルに散らばった資料をまとめ、今西と一緒に会議室を出た。エレベーターを待ちながら今西は言った。
「ふと気づいたんだがね」
「なんですか、突然」
「いやね、彼女達がシンデレラならその先に待っているのは……王子さまだと思ってね。案外、キミだったり……」
エレベーターがくると二人は中に入った。プロデューサーはボタンを押しながら呆れた声で言った。
「ご冗談を」
「それこそ冗談だ」
二人共互いを見合うと、ほんの少し間が置かれた。
「……それに」
「それに?」
エレベーターの扉が閉まり上に向かう。
「オレ達はどちらかというと、魔法使いです」
「それもそうだ。では魔法をかけるために、馬車馬のように働こうかね」
「ふぅ、魔法使いも大変だ」
同時にエレベーターも目的の階に止まった。
プロデューサーは肩をすくめ、今西はふっと笑みを零しながらエレベーターを降りた。
二〇一五年 三月某日 346プロダクション
わたしがアイドルオーディションを受けるのは、これが初めてではなかった。過去に数回ほど受けたことがある。まあ、今日もオーディションを受けに来た時点で、結果はお察しその通りなのだが。
オーディションには直接事務所に足を運ぶのだが、346プロダクションというアイドル事務所は他の事務所と比べると、規模が圧倒的に違うことに驚かされた。
受付に行き、要件を伝えるとその場で少し待たせされた。なんでも案内人が来てくれるらしい。
そう言われて待つこと数分。緑色をした事務服を着た綺麗な女性がやってきた。
「島村卯月さんですね」
「は、はい。そうです!」
「ふふっ。緊張しなくて大丈夫よ。それじゃあ付いてきて」
わたしは綺麗なお姉さんについて歩き出した。エレベーターに乗り、目的の階まで少し待つ。わたしは気になっていたことを聞いてみた。
「あの……、えーと」
「ああごめんなさい。自己紹介をしてなかったわね。私は千川ちひろ。アイドル部門の担当の事務員ってところよ」
「あ、わたしは島村卯月です!」
「うふふ、知ってるわ」
「あ、そうでした……!」
わたしは恥ずかしくなって手で顔を覆った。
「で、何が聞きたいの?」
「その……気になっていたんですけど、今回のオーディションが行われていたのは昨日、ですよね?」
養成所の先生からそれを聞いたのだが、先生もわたしと同じように困惑していた。本来ならば一昨日と昨日の二日間の日程だったはず。けど、事務所から送られてきた通知には本日の日付があったのだ。
なにより、わたし以外の応募者がいないのも気になった。服装は学校の制服なので、わたしと同じぐらいの年の子ならば制服を着てくると思う。まあ、わたしは学校帰りにオーディションを受けにきたというのもあるが、ロビーにいた時からわたし以外一人も見当たらない。これはちょっとおかしいなと思ったのだ。
「実は予定の二日だけでは終わりそうになくて、番号が遅い子には三日目にずれてしまったの。それに島村さんは都民だし、県外の子は平日の今日は無理だから優先的に最初に持ってきたの」
「ああ、そうだったんですね。それなら納得です」
疑問が解けたのを同じくしてエレベーターは目的の階で止まった。
「こちらこそごめんなさいね。平日の、しかも学校が終わってからなんて」
「いえ、わたしは部活には入っていませんし、元々養成所に行ってレッスンぐらいの予定しかありませんから」
「そう言ってもらえると助かるわ……。島村さん、ここが面接会場よ」
そう言って止まったのは扉の前だった。壁にはプレートで「第3会議室」とあった。
「普通の面接のようにやって貰えれば問題ないわ。それじゃあ頑張って」
「はい、ありがとうございます!」
一度深く深呼吸。
スー、ハ―。
よし。いつ通り……そう、いつも通りにやればいいんだ。オーディションは何回か受けたんだから少しは度胸がついてるはず。一番緊張したのは最初と、高校入試の時。それに比べればへっちゃらのはずです。
卯月は覚悟を決め、扉をノックした。
『どうぞ』
「し、失礼します!」
部屋に入ると思っていたより広くはなかった。教室の半分くらいだろうか。真ん中に椅子があり、奥に面接官が一人いる。本来置いてあった数ある机とパイプイスは、重ねられて壁際に置かれていた。
卯月は椅子のあるところまで歩いて行きその横に立つ。相手が座って言いと言うまで立っていなくてはいけないからだ。
「座ってください」
「はい」
椅子に座ってようやく卯月は面接官の顔をはっきりと視認した。すごい体格のいい男性で、サングラスをかけている。どこかで見たことのある人だった。
気になって仕方がなかったが、今はオーディション。不必要な発言はしてはいけない。
「これで会うのは二度目だね、島村さん」
「え……」
頭の中でどんな質問がくるのだろうとシュミレーションしていた時、相手の方から思いがけないことを言われた。
「覚えてないかい? この間行われたうちのライブで会っただろう?」
「い、いえ。覚えています! ただ、その、想像していた展開と違うので……」
「ああすまない。オーディションっていうのは建前でね。キミと話がしたかったのさ」
「話、ですか?」
わたしもお話をするのは好きな方だ。自慢ではないけど、友人と電話するとついつい長電話になってしまうぐらいだ。
「島村さんのプロフィール、もとい履歴書は、この間のアルバイトの時とそう変わりないからね。あとはキミと直接話して決めようとしていたんだ」
「それじゃあ、えーと、何を話せばいいんでしょうか」
「なに、簡単な質問さ。まずは……そうだね。島村さんはどうしてアイドルになりたいと思ったのかな?」
「夢、なんです」
「夢?」
「わたし、アイドルがどういった仕事をするとか、何をすればいいとか、正直どういう仕事なのかわかっていません。でも、それでも! アイドルになるのがわたしの、夢なんです!」
あのキラキラ光るステージに立ちたい、アイドルになれたらどんな歌を歌えるんだろう、CDも出せるのかな、衣装は可愛いのが着てみたいな、そんなことばかり夢に思っている。
「……ありがとう。少し意地悪な質問をするけどいいかな」
「は、はい!」
答えると彼は資料を見ながら読み上げた。
「島村さんが通う養成所には、以前同期の子達がいたそうだね」
「そ、そうです」
そう「いた」、過去形だ。今あの養成所に通っている候補生はわたし一人だけだ。
「辛く、そして怖くなかったのかい? 同期の子達が、最初は一緒の目標に向かって歩んでいたのに、一人、また一人と去っていき、自分一人だけになって。アイドルを目指すのを辞めようと思ったことはなかったのかい?」
卯月は唇を噛みしめ、スカートの裾をぎゅっと掴んだ。
辛くなかったと言えば嘘になる。辞めていったみんなにいつも尋ねた、「どうしてやめちゃうんですか?」と。みんな同じように、「だって、アイドルなんてやっぱなれるわけないよ」と、呪いのように呟き去っていく。わたしは一人になることよりも、そう言われるのが怖かった。
「たしかにそのことについては、色々と思うことはありました。でも、諦めたみんなのためにも、わたしが……、わたしのような普通の子でもアイドルになれるんだって」
「……そうですか。答えてくれてありがとう。では、今度は明るい質問をしよう。島村さん、あなたには誰にも負けないと思えるものはありますか?」
突然の質問に彼女は焦りを隠せなかった。それは自分がもっとも苦手とする質問だ。
たしかに負けない、自信があるものがあると言えば……ある。だけど、それは誰にでもできるもの。でも、ここで逃げたら駄目だと何故か思った。
「えーと、一つあります」
「それはなんですか?」
「……笑顔です。笑顔だけは誰にも負けません!」
「なるほど。では……そうですね」
そう言って彼はスマートフォンを取りだした。
「いま撮影中だとして、私がカメラマンとしましょう。あなたはアイドルだ。カメラに向かって最高の笑顔をお願いします。できますか?」
「は、はい! 島村卯月、頑張ります!」
「いい返事だ。では、いきますよ……。はい、島村さん。カメラに向かって笑顔をお願いします」
「はい! ……ブイ!」
笑顔を作るというのもおかしな話だが、いまできる最高の笑顔だと思う。笑顔なんて誰でもできるものだと思う。けど、これだけは負けないと彼女は自身を持って言える。
(わたしにはこれしかないから……)
養成所に通っているが、ダンスは苦手だ。毎日必死に覚えている。歌も上手いとはお世辞にも言えない。周りには自分よりダンスも歌も上手な子はたくさんいるけど、これだけは負けられない。負けたくない。
「……はい、いい笑顔でしたよ」
「そう、ですか? 自分の顔は見えないから上手くできたかはわからないんですけど……」
「笑顔というのは上手くとか、できるとかじゃありませんよ」
「…え?」
それってと、切り出そうとしようとしたが彼によって遮られてしまった。
「では、これで最後の質問です。島村さん、あなたはアイドルになってなにをしたいですか?」
「……すみません。アイドルになることばかり考えていたので、そういうことを考えてませんでした」
「そうですか。では、これは宿題です。いつかその答えを聞かせてください」
「え、それって……」
「以上でオーディションは終わりです。結果は追って通達します。島村さん、お疲れさまでした」
「は、はい、ありがとうございました……」
もやもやした気持ちを抱えたまま卯月は部屋を出た。外で待っていた千川に入口まで送ってもらい346プロを後にした。
数日後。オーディションの合格通知が家に届いた。
彼女の夢である、アイドルなるという夢が叶った瞬間であった。
島村卯月が部屋を出たあと、プロデューサーは自室へと戻り書類を書きあげ、窓の外を見ていた。彼は窓の向こうにある街を眺めていた。理由はない。ただ、眺めているだけだ。
そんな時、扉をノックしてちひろが入ってきた。
「どうでしたか、島村卯月さんは」
振り返らずプロデューサーは答えた。
「ビジュアル面では問題ないだろう。養成所の講師によればダンスはあまり得意ではないそうだが、それもあまり問題にはならない」
「では、合格で?」
「まあな」
ちひろは絶対に合格だと確信していた。彼が一対一でオーディションをする子は絶対に受かる。それは、彼が直接目をかけた子だからで、彼女もその一人だと思ったからだ。
「あまり嬉しそうじゃありませんね。どうしたんですか? 彼女に問題でも?」
「問題といえば問題だが……。まあ、いまは平気だろう。いずれ、その時がくるだろうさ」
「はぁ……?」
「ただ、一つ感じたことがある」
「差支えが無ければお聞きしても?」
「夢を叶えようとするあの意志には共感できたよ」
「それはつまり、プロデューサーさんにも夢があると?」
「今でも叶えようとしてるよ」
「ちなみに、どんな夢か教えてくれるんですか?」
「教えると思うか?」
「ふふっ、言っただけですよ」
「じゃあ聞くな。書類は出来たから持って行ってくれ」
「わかりました」
渡された書類を持ってちひろは部屋を出て行く。プロデューサーはパソコンの画面を見た。そこには〈シンデレラプロジェクト〉のアイドル達の顔写真が載っている。
「彼女を入れて十三人、か。多いと言えば多いが……物足りないな」
例えるならパズルだ。最後のピースで完成というところまで来ているのに、その最後のピースが見当たらない。
しかし、しかしだ。この時期になってあれこれ言うのもお門違いなのかもしれないと彼は思った。あとは武内に任せるべきだと、頭の中で囁く自分もいる。
だが、なんで物足りないと思うのだろうか。これで十分ではないか、これ以上求めてどうするのか。なぜだか自分でもわからない。
直感、そう直感だ。
長年の経験からそう感じる。このメンバーにはあと一人足りないと告げている。
「ま、早々都合よく見つかるわけもないか……」
彼は肩をすくめると帰宅する準備を始めた。机に置いてあったスマホを取り、ロックを外す。写真のカメラロールをタッチ。先程撮った島村卯月の写真を見る。
「いい笑顔だ」
笑顔を見ただけで不思議な気分になる。幸福感というか、何か満たされるような感じだ。
プロデューサーはポケットにスマホをしまうと、ふとカレンダーを見た。
――シンデレラプロジェクト開始まであと、少し。
補足
アニメでは「女の子の輝く夢を叶えるためのプロジェクト」という企画だが、本作では「誰でもアイドルになることができるプロジェクト」と思ってください。(書き終わったと、ふと調べたら設定があったので焦りました)。
ただ、それになっちゃうと楓さんとか川島さんで達成しているのでは思うが……細かいことは気にしない方向で。
まあ、どこかで書いたような気がしますが、将来的にアイドルが増えることを見越し、担当するプロデューサーの底上げも含まれています。
とまあ、こんな感じでデレマス本編スタートです。といっても本編の冒頭5分ぐらいの要素と前日譚みたいな感じですが。
今後の進行としてはアニマスと同じ感じで進行していくんじゃないかなと。たぶんちょこちょこ、かなり幕間を挟むと思いますけど。
一応次回は凛ちゃんと会う話。