二〇一二年 十一月中旬頃
「えーと、次はここをまっすぐ」
スマートフォンを片手に一人の男が歩いていた。表示されている地図を頼りに、慣れない道を歩く。身長はおそらく180cmはあるだろう。スーツを着こなし、レイバンのサングラスをかけている男性は見た目からして普通には見えなかった。
男は俗にいうプロデューサーであった。意味合い的にはTV番組等をイメージする人も多いが、彼はどちらかと言うとアイドルのプロデューサーであった。フリー、と前についてしまうが。
しかし彼は前者の方でも経験は長く、結果もだしてきた。また、多くのアイドルをデビューさせた実績もあったが、彼は専属としてつくことはなかった。
それでも伊達に十年以上もこの業界に関わっていない。それ故に彼を知る人は、親しみを込めてこう呼ぶのだ。
〈プロデューサー〉と。
「ここか」
この東京という街にはよくある雑居ビル。その一階にはたるき亭とあり、その店の二階。その窓に黄色のテープだろうか。765と貼ってあった。
ここが新たな自分の職場である。
765プロダクション。そう、アイドル事務所である。
外にある階段を上り通路を少し歩き扉の前へ。そして、扉を開けた。
「失礼します。今日こちらに伺うと連絡した―――」
「はい、お待ちしておりました。……お久しぶりです、プロデューサーさん!」
出迎えたのは765プロただ一人の事務員音無小鳥。緑色の髪の毛が特徴で、それらしい事務員の制服を着ており彼女にピッタリだ。そして、その太腿というか絶対領域は目を張るものがある。
プロデューサーは挨拶をし、サングラスを胸ポケットにかけた。
「久しぶり、小鳥ちゃん」
プロデューサーと小鳥は旧知の間柄である。かれこれ10年ぐらいは経つだろうか。
初めて出会った時はまだ○校生だったから今は――。
(それ以上思ったらどうなるかわかりませんよ)
(こいつ、直接脳内に)
しかし、まったく会っていなかったわけではなく一年に数回は会う機会もあった。特に向こうからだったが。主に独り身ではつらい時期に。
「こちらへどうぞ。社長がお待ちです」
小鳥に案内され中に入る。一言で言えば狭い。それも当然だ。辛辣な言い方をすれば、765プロは弱小事務所。しょうがない。
「社長、プロデューサーさんをお連れしました」
「おお、入ってくれたまえ」
社長室と書かれたプレートがかかっている扉の前に案内され、中へ入る。
そこには久しく会う、恩師である高木順二朗が座って待っていた。
「久しぶりだね。キミの噂は聞いているよ」
「お久しぶりです、順二朗さん。順一朗さんはどうしてます?」
「まぁまぁ、コーヒーでも飲みながら話そうじゃないか。音無君、頼むよ」
「はい」
そう言って小鳥は一旦部屋からでた。彼女が戻ってくる間にもう一人の恩師である順一朗についてプロデューサーは聞いた。
765プロの社長は目の前にいる順二朗の方であり、順一朗は会長なのだという。で、その会長は、
「多分海外だと思うな。最後に話した時にハワイに行こうかな的なことを言っていたからね」
「はは、相変わらずのようですね」
「キミもさ。立派に成長したキミをあいつにみせられないのが残念だがね」
「まぁ、三十にもなってそういうのはちょっと」
「そうか、私も歳をとるわけだな!」
失礼しますと小鳥がコーヒーを乗せたお盆を持ち入ってきた。二人にコーヒーを渡しながら彼女は言った。
「楽しそうに話すのもいいですけど、社長?……仕事のお話はいいんですか?」
「そうだったね。では、君に我が事務所のアイドルを紹介しよう!小鳥君、例の資料を」
「はい。プロデューサーさん、こちらがアイドル達の資料になります」
小鳥から茶色の封筒を渡され、中身を取り出した。ごく一般的なプロフィールに写真が一枚貼ってある。
プロデューサーはゆっくりとかつ素早く一つ一つの項目をチェックしていく。
総勢十二人。ふと、プロデューサーはあることを思い出した。
「そう言えば、765プロに一人アイドルがデビューしていませんでしたっけ?」
「ああ、知っていたのかね。秋月律子君。確かに彼女もアイドルだった」
「だった?」
なにかあったのだろうか。
「本人は元々プロデューサーとしてやっていきたいという希望があってね。まぁ、アイドルとして活動できなくなるのは少し残念だ。だが、私としては本人の希望を尊重したいからね。彼女の指導も仕事に含まれる」
「ええ、それは構いません」
プロデューサーはそう言うと再び視線を資料の方に戻った。
一通り見て彼は資料をおいた。それをみて、高木社長が聞いてきた。
「で、どうかね。キミがプロデュースしてみたいというアイドルはいたかね?ちなみに全員、会長がスカウトしたんだ」
やっぱり凄い人だとプロデューサーは思った。そして、社長の問いに答えた。
「はっきり申し上げれば、全員素質はあると思います。この目で見たわけではありませんが」
「ほう、その心は?」
意地悪な人だと思いつつも彼は答えた。指で頭を指しながら言った。
「ここですよ。会長の言葉を借りるなら……ティンときた、ですかね。全員トップアイドルとしての素質があると感じました。ただ……この中から一人となると」
プロデューサーがそう言うと高木社長が顔を渋くした。
「むう、やはり一人かね?できれば専属として我が765プロに来てほしいのだが」
それはできません、とプロデューサーははっきり答えた。
「一応まだ企画段階と言っても、346ではすでに本格的に動きだそうとしています」
彼の言葉に小鳥が反応した。
「346ってあの大手芸能事務所の346プロダクションですか?!」
「ああ。歌手や俳優、女優と多く所属していて、この業界じゃそれなりの古株さ」
「つまり、プロデューサーさんはその346プロから勧誘を受けてるんですよね?一体どういう経緯で……」
「それは私も気になるな」
二人の視線がプロデューサーに注がれる。
別に話しても問題ないので言った。
「少し前に346プロで仕事をしていた時があったんですよ。主に、TV局や脚本家、作曲家とのパイプ役。あと色々」
「へぇ。プロデューサーさん、コネが一杯あるんですね」
「そこはもっとオブラートに言ってくれ、その通りだけど」
「けど、仕事は大分充実していたんじゃないか?346プロとなれば尚更」
「ええ、いい勉強になりました。まさか、あちらから声がかかるとは思っていませんでしたけどね」
後で聞いた話では、テレビ局だったか、この業界の人間が彼のことを346プロの関係者に話したのが始まりだと聞いた。それで、346プロがスカウトに来て一時的な契約を結んだ。期間は確か約二年ぐらいだったとプロデューサーは思い出していた。
「現在のアイドルブームは昔と比べれば下火になったとは言え、今も根強い力が残っています。それで、346プロでも〈アイドル部門〉を立ち上げる話が持ち上がったんですよ。その当時お世話になった部長さんが、俺がアイドルのプロデューサーをしていて、それなりの実績と経験があるからと上に推薦したのが始まりです。それを聞いたあとに社長から連絡を貰ったんです」
もう少し早ければ……と社長は漏らした。お世話になった人達に恩返し、というわけではないが少しでも助けになればと思い、346プロに駄目元でお願いしたのだ。
意外にもそれは通り、今ここにいる。
話が持ち上がっているといってもまだ企画としてちゃんと設立もされていない。未だ、白紙の段階だ。それでも、速くて一年から二年の間には〈アイドル部門〉を設立し、多くの計画を練る予定とのことだ。アイドル専用のレッスン場、寮も建てるとも小耳に挟んだ。
「短くて一年、長くて二年は765プロのプロデューサーとして活動できるというわけか」
「はい。ただ、新たに部門をたてるわけですから時間がかかります。それに、人材がいない。アイドルもゼロ、ですからね」
「なるほど。で、話は戻るんだが……。決まったかね、アイドルは」
そうだったと思いプロデューサーは答えた。
資料から二枚抜いて置いた。
「星井美希と四条貴音。この二人のどちらかにしようかと」
先程の契約期間のこともあり、765プロでアイドルをプロデュースするのは一人と決めていた。ユニットを組ませて全員をプロデュースという案も提案されたが断った。自慢のように聞こえてしまうができなくはない。しかしそれがアイドル達にとって、なによりも765プロにとっていい事ではないからと考えたからだ。
「この二人か。どうするかね、直接会ってみるかい?」
「ええ。面接って訳じゃないですけど、二人から直接話を聞いてみたいです」
「わかった。音無君、二人に連絡を頼むよ。午後からなら問題ないだろう。ああ、それと時間はずらして呼んでくれ」
「わかりました」
幸いにも今日は日曜日だったのに救われた。
小鳥は二人に連絡するため部屋から出て行った。
「アイドルと言ってもまだ宣材もとってないし、候補生でもないんだがね」
「え?」
「いやぁ、全員揃ったのがつい最近なんだよ!」
社長曰く、高木会長が全員そろって(候補生として)デビューさせたい!と言ったのが原因らしい。一応アイドル達全員の顔合わせは済んでおり、特に問題なく仲の良い関係を築いているとのこと。
一応今年にかけて候補生としてデビューさせてレッスンを積み、仕事を与えるつもりでいたらしい。
プロデューサーもそれには驚いたが同時に今後の計画を既に考え始めていた。
「この二人のどちらかをプロデュースするに当たってすぐにデビューさせるのかね?」
多分これからの方針を聞いているのだろう。
プロデューサーは元々予定していた内容を話した。
「ええ、そのつもりです。来月に行われる『新人アイドルでてこいやぁ!冬の陣』に出演させる予定です」
それを聞いた社長は驚いたのか目を丸くしていた。
その番組のことはもちろん高木も知っていた。四か月周期で開催される新人アイドルの活躍を設けるためにできた番組だった。春夏冬の年三回。全国生放送でテレビに流れる。ここで活躍できれば今後の活動に大きく影響するのは約束されていて、大手アイドルプロダクションから弱小と平等なチャンスの場を与えられている。
参加資格はデビューをしてから四か月以内。年齢問わず。ソロ限定。審査内容は簡単で、ただ歌うのみ。曲はデビューCDでもカバーでも構わない。ただ、その歌う中でどれだけ歌と踊り、そして自分をアピールすることが問われていた。
審査員も各分野から三人。ゲスト二人による審査によって決まる。
「確かに冬の方が時期的に参加するアイドルが少ないとはいえもう一カ月は切っている。それよりも応募期限が……」
「ええ、終わってますね。ちょうど少し前に」
「駄目じゃないか!」
大丈夫ですとプロデューサーは立ち上がりスマートフォンを取り出した。
「この企画のプロデューサーとは知り合いなんでなんとなります。それに、貸もありますしね」
そう言って彼は扉へ向かった。ドアノブを掴んで部屋から出ると振り返って、
「ああそうだ。社長、後釜のプロデューサー、ちゃんとみつけてくださいよ?」
社長は胸を張って答えた。
「もちろんだ。来年の春までに皆を引っ張ってくれる男を探してみせるさ!」
「お願いしますよ」
そう言って今度こそ部屋から出た。
そして、彼が所属するTV局に電話。その知り合いのプロデューサーを呼んでもらった。
結果だけ言えば問題なく済んだ。枠が空いていたので別に問題なかったそうだ。
これで、とりあえずの目標ができた。あとは、アイドルだ。プロデューサーは小鳥の元へ歩いていった。
その日の午後。プロデューサーは久しぶりに三人と昼食をとった。そのあと事務所の応接室で座って待っていた。左腕にある高級そうな腕時計をみる。時間は二時をまわっていた。この時計も思い出の品だ。成人祝いだったか。あの人に買ってもらい、それ以来ずっと身に着けていた。
昔の思い出に浸っているところに小鳥が声をかけてきた。
「プロデューサーさん、美希ちゃんをお連れしました。美希ちゃん、こっちにきて」
「はーいなの」
小鳥の後ろから先ほどの写真の女の子がやってきた。長い金色の髪の毛。資料にあった15歳という年齢とは思えないほどのスタイル。
(最近の子って凄いな)
そう思ったプロデューサーであった。
「では、私はこれで」
そう言って小鳥は離れた。美希はプロデューサーと反対側のソファーに座った。
「あふぅ」
眠そうな顔をしていた。いや、むしろ退屈だと思っているのだろうか。いくら15歳と言え、目上の人に対しての態度ではなかった。あとでの話だが、彼女は敬語等を使うのが苦手だと聞いた。
とりあえず、面接らしいことをしなくては。
「初めまして、星井さん」
「初めまして。えぇと、お兄さん?」
お兄さんと言われ少し嬉しかった。自分の顔は老け顔だから、少し若く見えるのだろうと。
おじさんと言われるのも少し嫌なので、そのままお兄さんで構わないと言った。
そして、質問を始めた。
「じゃあ、星井さん。君はアイドルとしてデビューするとして何か思うことはあるかい」
「思うこと?」
美希は首を傾げた。
「まぁ、アイドルとしてやりたいこととか。なんだっていい」
んーと美希は唸り、質問に答えた。
「特にないかなぁ。美希、やればなんでもできると思うし」
「なんでも?」
「うん。アイドルにスカウトされてね、たまたま見たアイドルのダンスを踊ってみたの」
「それで?」
「意外と
その言葉を聞いてプロデューサーは確信した。この子は天才に近いものだと。一度見たアイドルのダンスを簡単だったと言った。踊れた、ではなく。簡単だったと言ったのだ。
(こりゃあ、予想を遥に超えた大物だぞ……)
気持ちが昂る。素質はあるものは多く見た。しかし、ここまでくるとまさに逸材と言っていいのかもしれない。
しかし、当の本人から思わぬ台詞が出た。
「でも美希、努力とか頑張るとかそうゆうの好きじゃないなぁ」
顔の表情を変えることなく話を続けた。それから数分、よくある質問をして彼女との面接は終わった。
彼女が事務所から出たのを確認し溜息をついた。
それをみた小鳥が声をかけた。
「プロデューサーさん、美希ちゃんがなにかしちゃいました?」
「いや、なんていうのかな。凄く残念な……」
「残念?」
「いや、残念っていうより可哀そう……すまん、上手く言えない」
言葉が見つからない。なって言ったらいいのか。
ただそれでも、星井美希という存在は凄かった。
「彼女は天才だな。故に向上心というモノがないんだろうね、彼女は」
「向上心、ですか?」
「あの子、よくあくびをするだろう?」
「ええ、いつも眠たそうにしていますね」
あのあくびが彼女の今を現しているとプロデューサーは感じた。
例えるなら飢えが足りていないんだ。やることが簡単に満たされてしまうからすぐに飽きてしまっている。
「なんでもできるが故に苦労を知らないんだ」
「でも、それをPさんが教えてあげれば……」
「そうかもね。でも、俺はそれに関しては自分で気付いて欲しいんだ。本当はもっと高く羽ばたけるはずなのにそれをしない。俺はね、はっきり言って立ち止まってる奴を育てる気はないよ」
彼の言葉に小鳥も共感する部分があった。過去の自分も必死に努力して成し遂げようしたことがあったと。けど、あることが原因でそれを果たすことができなかったことを思い出した。
「それじゃあ、貴音ちゃんに決まりですか?」
言っている内容からすればそうなると小鳥は思った。
「とりあえず、彼女と会ってからさ」
四条貴音は最近通い慣れた道を歩いていた。自身が所属するアイドル事務所へとその歩みを進めていた。
午前中に小鳥から連絡を貰った貴音は、とりあえず用もなかったので彼女の言われた通り指定された時間に事務所に向かっていた。時間を確認すると少し早かったが。
(しかし、一体なんの話なのでしょう)
ただ、話があると言われてやってきたはいいが内容がわからないのは流石に疑問に思った。
(まぁ、いけばわかりますか)
色々考えなら歩いていたら事務所近くまで来ていた。すると、見覚えのある髪の色をした女性が目に入った。
「……美希?」
口には出したが当の本人には聞こえていない。美希は口に手を当てていた。多分、あくびをしたのだろう。彼女はそのまま貴音の方には向かず、そのまま歩いて行った。
色々考えたが答えは出ず、貴音は事務所の扉を開いた。
そして、その疑問はすぐに解けた。
「プロデューサーさん、少し早いですけど貴音ちゃんが来ましたよ」
予定より10分ぐらい早かったがすでに星井はいないので丁度良かった。
小鳥に連れ来るようにと言い、奥から彼女がやってきた。四条貴音だ。
先程と同じように自己紹介から始めた。
「初めまして、まぁ座ってくれ」
「こちらこそ、四条貴音と申します。えぇと……なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「ん?ああ、プロデューサーと呼んでくれ。それで通ってるんでな」
そう言うと貴音は察したのか、
「もしかして私達の担当になるプロデューサー、ですか?」
「まぁ、そんなところだ」
プロデューサーは会話をしながら貴音を美希と同じように観察した。美希と同じようにスタイルに関しては問題ない。むしろ、彼女同様男受けするのは間違いないと思った。
そして、美希と同じ質問を彼女に言った。
「やりたいこと、ですか……。その、質問に質問で返すのは失礼なのですがいいですか?」
「構わない。言ってごらん」
「“とっぷ”アイドルとはどういったものなのですか?」
難しい質問をされた。プロデューサーはそう思いつつも答えた。
「今、世間的に言うトップアイドルとは異名がついた子を言うんだ」
「異名、ですか?」
「肩書きとでもいえばいいか。当人や事務所が決めるのはなく、ファンの間で広まったり、雑誌の何気ない一言でつくこともある。あとは話題性、ライブ等で活躍したことを讃えられたりすると自然と定着している」
「例えばどんな感じになるのですか?」
「そうだな。四条さんの場合、その特徴的な髪から〈銀髪の○○ 四条貴音〉って感じだと思う」
異名持ちアイドル。トップアイドルは昔に比べれば減った。別に異名を持たなくても名を轟かせているアイドルは勿論存在する。が、トップアイドルかと問われれば違うと答えてしまう。
「で、君の質問には答えた。今度は俺の質問に答えてくれるかな」
気付けば自分の方が熱心に答えていたことに気付き、やっと話を戻せた。
「はい。わたくし、そのとっぷアイドルを目指してみたくなりました」
「どうして?」
「やるからに全力でやりたい、というのも一つです」
「一つ? まだなにかあるのか?」
プロデューサーは彼女の考えが読めず、ただ聞くことに専念していた。
「ええ、それは――」
貴音は真っ直ぐな瞳でプロデューサーをみた。その紫色をした瞳は、何もかも見透かされているような感じだった。サングラス越しでも彼女は彼の目を、得物を狙う獣のように捕えているようだ。
彼女は閉じていた口を開き、言った。
「貴方です」
「俺?」
「貴方からはそれを成し遂げようと、いえ。成し遂げられるという自信がある、そう感じました。それに貴方からは他の人とは違う“おーら”を感じます」
前者については正にその通りである。後者については意外な言葉が出てきたことに驚いた。
「そのオーラなら俺も君から感じている」
「?」
「君からは普通の人とは違うモノを感じる。君のその振る舞いはそう――貴族みたいだ」
いや、本物の貴族のようだと思った。その貴族とやらにはあったことはないので確信はない。
「――プロデューサー」
「……なんだい」
「今ここにいるのは765プロ所属アイドル、四条貴音です。それ以上でもそれ以下でもありません。そして、あなたはそのアイドルをプロデュースするプロデューサー。違いますか?」
確かに彼女の言う通りであった。その言葉の通り彼女はアイドルで、自分はプロデューサー。それでいいのだ。四条貴音が本物貴族だろうがなかろうが関係ない。
その言葉が決めてだった。
「決めたよ」
「お聞きしても?」
「お前をプロデュースする」
そう言うと、予想とは違ったと思ったのか。先程とは違う表情になった。
「四条さん、いや貴音。俺がお前をトップアイドルにしてやる。君はどうする?」
立ち上がり手を差し出す。その問いに貴音は、
「答えは先程申しました。よろしくお願いします、プロデューサー」
その手をとり、貴音は笑みを浮かべた。プロデューサーも笑みを返した。
ドラマであるならここでエンディングが始まることだろう。キャストにスタッフロールが画面下に流れるのだ。だがそれは彼の言った言葉のあとに始まるのだと思う。
「ちなみに俺、一年とちょっとしかいないんで、その間にトップアイドルにするから。ハードスケジュールになると思うけど、頑張れよ!」
俺は慣れてるから平気だけど。そう付け足してプロデューサーは言った。
「……面妖な!」
しかし、エンディングなど現実では流れる筈がないのであった。
太陽が沈み始めた頃、貴音は自宅があるマンションの一室に帰ってきていた。
貴音は、自宅から事務所は徒歩だったら一時間程かかる位置に住んでいた。この街は交通網が十分整っているので特に苦労はしていなかったが、アイドルになってからは不便と感じるようになった。
「……そういえば、初めてでしたね。殿方の手に触れたのは」
身内を除けば、だが。
そもそも貴音は男性とまともに触れ合ったり、会話したりいうことがあまりなかった。
「大きく、逞しい手をしておりましたね」
自分の右手を見て、彼の手の感触を思い出した。同時に明日のことについて言われたことも思い出した。
明日、プロデューサーの紹介とわたしくしがアイドルとしてデビューすることを伝える。そう言っていた。
正直に言えば罪悪感があった。皆に初めて出会い、最初は不安だったが今ではよき友人、仲間と思っている。
元々、社長からも来年の春から本格的に活動すると言われていた。そんな中、自分だけが先にアイドルとしてデビューするのに不安があった。
それを見越していたのか、見透かされていたのか。あの御方に言われた。
『お前の気持ちもわかる。確かに、全員をプロデュースする自信はある。けど、それがこのあとに来るプロデューサーのためにもならない。だからそいつと他の仲間達のために、俺とお前で道をつくるんだよ』
『道、ですか?』
『どこへ行っても、知らない道っていうのは怖いだろ?それに、まったく関わらないわけじゃない。メインはお前だ』
そう言われて納得し、気持ちを切り替えた。ただ一つ、悩みの種は残されたままだった。
(もし、美希がわたくしと同じようにプロデューサーと会っていたなら……)
一番傷つくのは美希かもしれないと思った。貴音は美希の本質を見抜いていた。彼女は天才であると。普段はやる気がなく、だらだらとしているが愚か者ではない。今回のことも明日に自分が彼の担当アイドルになったと聞けばすぐに気付くだろう。
何も起きなければよいのですが……貴音は窓の外にある空を眺めながら思った。
しかし、明日から始まる怒涛なアイドル生活でこの悩みを考えている余裕などなくなり、
貴音は忘れてしまうだろう。
この悩みが時限式爆弾に例えるなら、爆発するのは大分先のことであった。
翌日。
平日の月曜日であるため、765プロ全員が揃うのは午後であった。学生が多いので当然であった。
全員が集まる中、貴音は事務所のソファーで力尽きるようにもたれかかっていた。皆が貴音を心配しはじめ、特に貴音と仲の良い我那覇響が声をかけた。
「貴音……大丈夫か?」
なんだか貴音が白く見えるぞ……とも言われた。
「響、それにみなも心配せずとも大丈夫……です」
それに反応し水瀬伊織が割り込んだ。
「大丈夫に見えないから心配しているんでしょ」
「そうよー、皆貴音ちゃんが心配なの」
おっとりした声で言ったのはここにいるアイドルの中で一番の年長者である三浦あずさであった。
「まるで、全力疾走したあとみたいだ」
「言われてみれば真くんの言う通り、それっぽく見えるね」
男よりも男らしくみえるのが菊池真。逆におどおどしているのが萩原雪歩。
「でも、本当に大丈夫? 貴音さん」
「流石に、ねぇ……」
赤いリボンがトレンドマークが天海春香。真面目そうな顔をしつつも心配しているのが如月千早。
「いえ……。ただ、わたくしの未熟さが招いたことなのです……」
声は震えたままだった。
「うぅ、貴音さん心配です」
この中で一番の年下である高槻やよいが心配そうな顔をしてみつめる。
「これは何か事件の臭いがしますな」
「そうですな、亜美警部」
双海亜美と双海真美。二人は双子で、髪が短いのが亜美で、サイドポニーにしているのが真美だ。
「あふぅ」
貴音の向かい側で美希は興味なそうに寝ていた。
(うわぁ。昨日社長から聞いていたけど、これは……)
この中でただ一人、アイドルからプロデューサーになった秋月律子は貴音の現状をみて察した。
貴音がすでに今日の午前中からレッスンを開始したのを律子だけは知っていた。
けど、その担当にはまだ会っていなかった。
貴音がレッスンをしているのも、事務所に来て小鳥さんから聞いただけだ。
そんな空気の中、高木社長と小鳥がやってきた。
「皆揃っているね。実は今日、キミ達に報告することがあって集まってもらったんだ」
「社長、それって今の貴音と何か関係あるのかー?」
手をあげて響が聞いた。
「うむ、何を隠そう。貴音くんは今日から本格的にアイドル活動することになったのだよ!」
『『『えーーーー!!!』』』
事情を知っている社長と小鳥に律子。そして、貴音は予想通りの展開が目の前で繰り広げられた。
彼女達の言っていることはバラバラだ。しかし、それは当然の反応だ。社長はこの状況を予想していたため理由を説明した。
とりあえずメインでアイドルをプロデュースするのが貴音であること。他の子も律子君主導の下、アイドル活動を開始する。そして来年の春までにもう一人、プロデューサーをみつけることを説明した。
「つまり、もう一人のプロデューサーが来るまでにレッスンを積みながらアイドルとしてデビューする。で、いいのかしら?」
「伊織君の言う通りだ」
「皆の気持ちは私もわかるわ。でもプロデューサーとしての経験が私にはまだないし、いきなり全員をプロデュースはできないのよ」
律子が社長の援護に入った。
(でも、できるんだよねぇ。彼は)
(プロデューサーさんだったらできちゃうのよねぇ)
彼の素性を知っている二人はただ胸の内に思い留めた。
幸いなことに誰もなぜ貴音が選ばれたとは聞いてこなかった。聞かれても、相談し合ったとか、プロデューサーが選んだ等々……。理由は考えていたが無駄に終わった。
「で、そのプロデューサーさんはどこにいらっしゃるんですか?」
あずさがもっともなことを言った。他の子も、そうだそうだとざわめく。
「それもそうよねぇ、社長?」
「うむ、音無君」
「はい。プロデューサーさんどうぞー」
小鳥が事務所の出入り口の方に向かって言った。扉が開き、そこから話題のプロデューサーがやってきた。
「初めまして。今日からこの765ぷ『ひぃいいい』……」
紹介の途中、突如悲鳴が上がった。
お、男の人……そう呟きながら雪歩は真の後ろに隠れた。
雪歩だけではないが何人かは驚いた表情をしていた。なにせ、身長は180cmにサングラスをかけているのだ。パッと見て、ヤクザとかそっち系の人にしか見えないのも無理はなかった。ただ、顔をみても若く見える所為か、年齢がいまいちわからなかった。
「俺はまだ何もしてないぞ……」
「すみません、雪歩は男の人が苦手なんです」
あと犬も、とつけたして真が理由を説明した。
「まぁ、それは追々なんとするとしてだ。改めまして、今日からそこで燃え尽きている貴音をプロデュースすることになったプロデューサーだ。先程、社長が言ったように貴音以外をプロデュースする彼女に指導しながら君達のこともみていくつもりだ。今日からよろしく頼む」
よろしくお願いします! 皆が声を合わせて言った。
「……そういうことなんだ」
「美希、どうしたの?」
美希の声は聞こえなかったがその一瞬の変化に春香が気付き聞いた。
「別になんでもないの……あふぅ」
そう言ってまた眠り始めた。
そのあとそれぞれ自己紹介をした後、社長室で律子にプロデューサーの契約内容について説明した。
流石に彼女も驚いた。
「で、とりあえずの方針をまとめると。貴音が来月に開催される歌番組のためにレッスンをメイン。他の子達は宣材をつくり、レッスンをしながらゆっくりとデビュー。こんな感じですか」
律子は確認のために要所をまとめて言った。
「そうだ。あと彼女達が使うレッスン場は、君も通っていたところだから送迎なども頼むと思う」
「それは構いません」
「あとプロデューサーとしての指導だが……そうだな。来月の番組に出演したあと、本格的に貴音を売り込んでいくからその時に同伴してもらおうかな」
話題性を大きくするためにあえて営業は控えるつもりだ。
『突如現れた新人アイドル! デビューはまだ一カ月?!』そんな風に注目を浴びれないかと期待していた。
「それで律子の顔を覚えてもらえれば一番いいかな」
「はい、頑張ります!」
律子はプロデューサーとしてはまだゼロからのスタート。つまり、彼女達と一緒なのだ。だからこそ、はりきっている。
(若いっていいな)
やる気に満ち溢れている。そんな彼女をみてプロデューサーは羨ましく思った。
プロデューサーは立ち上がり貴音の下へ歩き始めた。午後のレッスンの時間だ。
「それじゃ、しばらく彼女達の面倒は頼んだ。なにかあれば携帯に連絡を。」
「はい、わかりました。……また、レッスンですか」
本人ではないが律子の顔は引きつっていた。対してプロデューサーは悪い笑みを浮かべていた。
「おーい、貴音。楽しい楽しいレッスンの時間だぁ。はりきってイってみよう」
「うぅ、今度はどちらですか?」
「喜べ、ダンスレッスンだ」
場所は移りダンスレッスンの教室。
午前中、貴音の力量を測るためダンスとボイスレッスン両方を既に行っていた。
午前中と同じダンスレッスンの先生とプロデューサー二人による指導。ボイスレッスンもそうだが、貴音にとって初めての体験であり、思うようにできなかった。
それでも貴音は嫌だともやめるとも言わなかった。先生とプロデューサーの指摘は正確。その指示に従い駄目だったところ何度も繰り返した。
おそらく人生で一番身体を動かし、声を出した一日だったと貴音は思った。
「流石に、疲れました……」
レッスン部屋の壁によりかかる。ひんやりとして少し気持ちよかった。
扉が開く音がするとプロデューサーが飲み物を持ってきたこちらにやってきた。
「お疲れさん、ほれ」
「ありがとうございます」
スポーツドリンクを受け取り、一口飲んだ。貴音はスポーツドリンクも中々飲む機会がなかったと思った。
「足をだしてみろ、マッサージしてやる」
そう言われてとりあえず右足を伸ばした。プロデューサーは慣れた手つきマッサージを始めた。
「今日のレッスンでお前のだいたいの力量はわかった。声量もあるし、音程もとれている……。それに、綺麗な声をしているよ。午前中にやったボイスレッスンに関しては左程問題ないから基本をしっかり学んでいけば大丈夫だ」
「ダンスは……苦手です」
「当然だ。そんなに悲観することじゃない。動きはうまく意識できてる。ただ、身体がそれに追いついていないのと体力がなぁ……」
プロデューサーは、アイドルは体力も特に大事。そう言って今度は右足から左足へ移った。
「若いからそれなりにあると思ったんだが……。まぁ、少しずつ体力はつけていけばいいさ。まだ、時間はある」
「はい。それにしても、プロデューサーは平然としておりますね」
貴音は午前中のダンスレッスンの時、先生と一緒にお手本として踊っていたのを思い出しながら言った。
「まぁ、プロデューサーだから当然だな」
「……そういうモノなのですか?」
「そういうもんさ」
そのあとプロデューサーに体をマッサージしてもらいながら、今日のおさらいや今後の話をして一日を終えた。
自宅まで車で送ってもらったがすでに時計の針は八時をまわっていた。
貴音は、まず風呂に入ろうと思いお湯を出しておく。そのあと、軽く食事をとりつつ時間を潰した。そろそろかなとお風呂場に向かう。衣類を脱ぎ、籠に入れる。湯船につかり、身を委ねた。
疲れたときに入るお風呂はなんとも心地よいものかと再確認。一回湯船から出て体を洗いはじめる。あまり長風呂を好んでしているわけではないが自分の髪は長いのでそれが一番時間をとらされていた。洗いを終わるとまだ湯船につかる。それから少し経ってお風呂場から出た。
体をバスタオルでふき、寝間着に着替える。自室にある化粧台にすわりドライヤーのスイッチをいれる。髪が長いので乾かすのも一苦労だ。
以前はやってもらっていたので、自分でやるのには少し時間がかかる。慣れないことだったから余計に大変だった。
(頼んだらやってくれるのでしょうか)
ふと自分の担当であるプロデューサーを思った。さすがにそれはないと思い考えるのをやめた。
髪がかわいき、暇だったのでリビングに戻ってテレビをつけた。
番組を何回か変えて丁度アイドルが出ている番組があったのでそれをみてみた。
そのアイドルは多分ゲストとして出演しているのだろうか。
(改めてわたくしがアイドルとは……あまり実感できませんね)
テレビに映るアイドルをみて思った。
あまり想像はできなかった。けど、いずれ実現されると思った。あのプロデューサーによって。
テレビの電源を切り、窓際に置いてある椅子に座る。
「今日は月がよく見えますね」
貴音は懐かしむようで恋しそうな瞳で月を眺めていた。
そのあと自室に戻り眠りについた。思いのほかすぐ寝付くことができた。
翌朝、目覚めると体に疲れは残っておらずむしろ軽かった。
事務所に言ってプロデューサーに聞いてみた。
「プロデューサーはまっさーじ師の資格でも持っておられるのですか?」
「いや、持ってないぞ」
「その割には随分と慣れた手つきでしたが」
「だって、プロデューサーだしな」
(プロデューサーとは一体……)
まだ、彼のことを理解するのには大分時間がかかる。そう思った。
「よし、今日もレッスンしにいくか!」
「はい」
貴音は元気よく返事をして彼のあとに付いていった。
あとがきという名の設定補足等々
※1
プロデューサーの年齢は30歳という設定にしてあります。もしかしたら時系列の関係で修正するかもしれません。
名前はゲームなど意識しているので「プロデューサー」が名前となります。
※2
346プロの話がでてきましたが実際デレマス第一話にも描写があります(武内Pが卯月に渡した資料に2年前、とある)。アニメ放送時2015年。劇中のカレンダーにも2015とあり(多分)、仮に2015年春とすると2013年には〈アイドル部門〉ができて活動していることになるんですよね。つまり、その前に構想から企画が動き始めていると思われるので本作品では多少設定をかえてあります。
話は変わりますが346プロはアイドルとしてのノウハウがないだけで芸能方面のノウハウがある分アイドル達のデビューや仕事は早いと思うんですよね(劇中で武内Pの仕事の手腕をみると)。ファンサービス等の理由もあると思いますがポスターに写っているアイドルはすでにアイドルとして大きく活動していると思っています。
※3
公式?で貴音は外来語等の片仮名が苦手という設定なのですがキリがないのであまり言わなそうな単語のみひらがなで表記しようと思っています。今回はひらがなだったのに次は片仮名になっていると思いますがご了承ください。
※4
美希に関して。天才肌だったか、そんな設定を本物の天才に変更しよくある天才キャラみたいな扱いをしました(あんまりかわらないけど)。そのため、原作より飽きやすく現状に満足してしまっている風にしています。美希と貴音を色で表すなら金と銀。そんな対極って訳ではないですがそんな感じです。一応美希は本作品においてはサブヒロインです。
今回はこんな感じですかね。自分でも再確認のためにあとがきに設定みたいな補足的なことを載せると思います。
一言ぐらいですが765プロのアイドルを全員出しましたが、全員の描写大変です……。
もう……むりぃ……。
次回の後編を含め、あと一話を使ってアニマス開始前までの話を終わらせればと思っています。そうすれば少しは楽になるはず……。
あと貴音のダンスが苦手という台詞を書いているときに、
満足P「踊れ、貴音!死のダンス(ライブ)を!」
貴音「ダンスは…苦手です」
こんな構図が浮かんだ。
あとかなりの文字数などで一応チェックはしていますが、もし誤字脱字等がありましたら報告お願いします。