346プロダクションは東京都○○区○○に城を構える有名な芸能プロダクションである。この東京というビルや建物が密集している街の中で、芸能事務所が構えるには可笑しいと言わんばかりの広い面積を保有している。
正面ゲートを通り過ぎると、当時から何回と補修されている最初の346プロダクションがある。そこを通ると見慣れたオフィスビルなどがある。
私も初めて訪れた時はその名の通り城を連想したものだ。その初めて訪れたのは美城プロダクションの面接の時であった。
何度も言うが346プロダクションは大手芸能事務所である。伝統があり業界への力もある。近年は活躍する女優やアーティストなどが少なく、他の芸能事務所に話題や活躍を盗られていながらも、その地位を揺るぎないものとしていた。
そんな場所に私は就職しようと考えていた。美城プロダクションは滅多に求人を出さないので、私としては渡りに船。つまり、ラッキーだったのである。その所為か倍率も高く、待機していた部屋には人がずらりと指定されていた場所に座っている姿はどこか怖いものを感じるほどだ。
とにかく筆記試験、面接等を無事通り抜けた私は無事就職することができたのだ。いやはや、まったくもって運がよかった。なにせ、他に受けた会社はすべてお祈りメールが来たのだから笑えない。近年では採用通知もメールでお手軽なこのご時世。直接会わず、ただ不採用でした、あなたの今後を云々と書いて送ればいいのだから簡単であるのは違いない。だが、不採用を送り付けられた当人としては、こうムカッと来るものがある。お祈りメールというものを考えた責任者には問いただす必要がある。責任者はどこか。
晴れて社会人の一員となった私。入社してから3か月ほどは色んな部署にたらい回しされたものだが、私ほどの日本男児となると配属されるのは決まっている。そう、人事部である。
何を隠そう私はアウトドアよりインドア寄りであるのだから仕方がない。だが椅子に座り、机に向かえば人が変わるもの。その仕事ぶりは誰が見て明らかで、新人にしては中々の仕事ぶりであったに違いない。コミュニケーション能力も人並みにあるので人付き合いは良好であった。同じに部内の女性社員とも気軽にお話しできるのだ。不満があるとすれば、ちょっと人生経験が豊富な女性が多いというところだろうか。同年代の女性はたしかにいるが、彼女達は彼女達でコミュニティを作っており、下手に何かをするとすぐに噂が広まってしまうので近寄り難い。ただし、イケメンは許されるらしい。イケメン死すべし……。
私の年齢が20代半ばを超えて三十路という一種の境界線が近づいてきたころだっただろうか。私は人事部でそれなりの立場を得ていた。驚くなかれ。なんと主任(班長みたいなもの)である。
346プロダクションは大手だけあって社員の数も多い。なので、各部門を担当する主任を決め、その下に数人の部下をつけて仕事に当たっていた。私は芸能部門を担当することになった。部下には新入社員もおり、それも女性だ。目の保養にはなる。
同期でも主任になった男がいる。初めてそいつを見た100人が決まって悪魔と答えるぐらいだと私は自負する。大学時代初めて出会った時は地獄からの死者かと思ったほどだ。
その男の名は小津という。
「おやぁ、どうしたんですか。冴えない顔がいつにもまして冴えてませんよ」
「うるさい。仕事の邪魔をするな、このさびしがりやさんめ」
「ああん、酷い。私とあなたの仲じゃないですか」
態々私がいる場所までちょっかいをかけに来るこの男が小津である。小津と出会ったのが私の人生で最悪の出会いと言っても過言ではないが、大学時代は共に色んなことを体験したものである。ようは腐れ縁、悪友、ライバルといった感じだ。私と小津は運命の赤い糸ならぬ、どす黒い糸で結ばれているのだ。解せぬ。
大学時代から小津は取り入るのが上手く、私と同じ人事部に配属されてからも上手く立ち回っていた。その姿を見る度に私は、「あの悪魔を採用させた責任者はどこか」と呟いていた。
私が主任になると同時に小津も主任となっており、辞令が下り部の全員に通達する際のこと。私の隣に立つ小津の顔はとてもニヤついていたのをはっきりと覚えている。小津に対して数々の陰口を言う私ではあったが、こいつはなんだかんだで有能な男であり、主任になってもおかしくはなかった。
「しかし、あなたもこれから大変ですね」
小津はなにやら聞き捨てならぬ事を言った。
「おい、それはどういうことだ」
「いや、なに。これから嫌というほどわかりますよ。おっと、噂をすれば」
小津が向ける視線の方に私は振り向いた。そこには腕に大量の書類を抱える大男が私の方に歩いてくるではないか。何を隠そう、彼こそは我が346プロダクション期待の社員、プロデューサーであった。「きさま、まさか大変というのは……」と小津に問い詰めようとしたが、すぐにやつはいなくなっていた。
「相変わらず逃げ足の速いやつめ」
後で知ったことだが、小津のやつはどうやらプロデューサーのことが大の苦手だったらしい。ごまをするのはお手の物、人に取り入るのも慣れた男が唯一苦手というのだから驚いた。本人に聞いたところによると、「ぼくだって相手を選びますよ」とのことだ。
「芸能部門担当主任はキミか?」
「え、ええ。そうですが」
いざ、目の前に立たれるとなんとも言えない威圧感が私を襲った。
「そうか。人事部長に相談したら、太鼓判を押しながらキミを推薦したんだ」
「あの……話がいまいち見えてこないのですが」
「簡単に言うと、キミは異動だ」
と言いながら彼は一枚の紙を渡した。私は絶句した。
要約すると今度新設されるアイドル部門の担当主任になった。異動といえば異動である。補足すると肩書きが変わったぐらいで、特にああしろ、こうしろというわけではなかった。数名の部下もそのままであるのは正直助かった。なにより、余計な仕事が増えるわけでもなく、担当する部門が変わっただけだと安堵した。
しかしこれが私の大きな間違いであった、と気付いた時にはもう遅かったのである。
人事部の仕事は簡単のようで難しい。いや、慣れてしまえばそこまで言うほどではないし、一人ではなく分担して作業を行えば比較的効率よく仕事ができる。
仕事内容は細かいところまで上げるとキリがないので簡潔に例をあげるならば、採用、教育、研修、労務関連などであろうか。
アイドル部門になったということは、誰よりも先にアイドルの卵である彼女達の秘密(プロフィール)を知ることができるのだ。世の男共は血の涙を流して私を羨むに違いない。しかし、そうは問屋がおろさない。
人事部というのは個人情報を預かる非常に厳しいところである。社員はもちろん、アイドル達の個人情報を横流しでもしたら……。
きっとプロデューサーに殺されてしまうに違いない、と私は何故か確信していた。
アイドル部門が設立してから一か月と経たずに彼は次々と書類を持っていた。最初の頃は、四月に入社してくる新入社員に比べれば屁でもないと鼻を高くしていたものだが、今は前言撤回。人手が足りない。それ以上にアイドルの増えるペースの方が早かった。
ひぃーと、悲鳴を上げたくも上げられない立場にいる私は辛かった。
それでも忙しかったのは最初だけで今はそれほど多忙ではなく、通常運転といったところであった。
時間は一気に飛び二〇一五年。わずか一年足らずで、プロデューサーが率いるアイドル部門は大きな成績を収めていた。我々人事部も縁の下の力持ちのごとく、陰でアイドル達の知らないところでサポートをしていた。
そんな中、この一年で私が事務所で過ごす日々の中である習慣が生まれた。丁度タイミングよく、今回もプロデューサーが私の所にやってきた。その手には私のところに来る度持ってくるお土産が入った袋があるのだが、これが一息つくときに食べる御茶菓子として周りからは期待されている。
また、私個人用のお土産もあるのだ。なんとご当地限定ストラップである。最初はどうかなと些か不満であった私であったが、折角頂いたのだから集めていると、これが意外とはまってしまった。
「やあ、主任君」
「これはプロデューサー。今回はどこへ?」
「今回は北海道にね。やっぱり寒いな、この時期の北海道は」
「まあ、たしかにそうですよね」
このように彼が出張するたびに行う私達の挨拶である。
「それで、お目当てのアイドルをスカウトしてきたんですか?」
「まあね。これがその子のプロフィールと女子寮に入寮するための申請書とその他諸々」
「わかりました。確認次第手続きを済ませておきます。もしかすると、この子は例のプロジェクトのアイドル候補なんですか?」
「耳が早いな。まあ、ここに書類が通るんだから当然か。たしかにその通りだ」
「着々と人材が揃っていますが、あと何人ほどスカウトするんですか?」
「あと数人かな。この間のオーディションで予定の半分は集まったから」
そのもう半分をあなたがスカウトしているんですよ、と私は心中でツッコミを入れた。
「頑張ってください。私も応援してますよ」
「ありがとう。それじゃあ、あとはよろしく」
「はい」
プロデューサーが立ち去ったあと、私は早速封筒を開けて中身を確認した。履歴書にはこれまた美しい少女の写真があるではないか。まあ、これもいつものことなので慣れたものである。名前を確認すると『アナスタシア』とあった。私は思わず、
「今度はロシア人か!」
と口に出してしまった。履歴書を見ていくと、どうやら彼女はロシア人の父と日本人の母とのハーフで、北海道在住らしい。てっきり北海道に行くと言いだして、ロシアにちゃっかし行っていたのではと疑ってしまった。
渡された書類に不備がないか確認しながら、私はある事を考えていた。この子も一癖も二癖もあるのだろうかと。
会ってもいない少女に失礼な事を考えていると言われても仕方がないのだが、私自身の経験上そう思ってしまうのは無理もない話だった。
先日、アイドル部門で新しいプロジェクト候補を探すオーディションが開かれた。そこには当然私も同席していた。今回のオーディションでも多くのアイドルを採用したが、私が数回体験した中で最も濃かったオーディションと言えた。
会場には私を含め、プロデューサーと武内さんの三人で審査員を務めていた。プロデューサーがいるのは当然で、武内さんは例のプロジェクトを任せられるということを小耳に挟んでいたのでそのためかと私は推測していた。
私の仕事は進行役みたいなもので、あとの二人は質問をするような形だった。今も次の人を呼ぶところだ。
「えーと、次の方どうぞ」
「はーい」
なんと気の抜けた声だろうか。どちらかというとやる気がないようにも聞こえた。扉が開き、入ってきたのは小さな少女であった。履歴書を見ると、これでも高校生だということに驚かされたが、もっと驚かされたのはその服装であった。まだ季節は三月と言えど肌寒い季節である中、彼女も一枚羽織って入るが、その下のTシャツに目が行った。『働いたら負け』などという文字が見える。近年の若者がよく使っていた言葉であっただろうか。
この少女――双葉杏もそのような若者なのであろうか。そもそも、その手に持っているうさぎのぬいぐるみ……でいいのだろうか。それは一体……。
私は心の中で慌てていながらも、冷静に落ち着いて進行した。
「まず、自己紹介をどうぞ」
「はい! 双葉杏子、印税の話をしに来ました!」
「はい、よろしくー」
「本当にアンタプロデューサーだったんだ」
「そうそう」
彼女の自己紹介にもまず驚いた。アイドルになるために来たと思っていたら印税である。頭がおかしくなりそうだ。それにだ。この子もすでにプロデューサーが一声かけていたのか、と私は前もって説明してほしそうな目で彼を睨んだ。ごめんなさい、嘘です。見ただけで睨んではいないです。
「でさ、本当にあの話、本当なの?」
「本当だって。キミが(作詞作曲を全部一人でやって)歌ったCDが売れれば印税がいっぱい入るぞ。やったな、これで夢の印税生活が叶うぞ」
伝えなければいけない台詞が伏せられている気がしてならない。しかし私は、それを伝えることはできないのだ。
プロデューサーの言葉を信じているのか彼女は、
「アイドルやりまーす!」
なんと曇りのない笑顔であろうか。まさにアイドルに相応しいのでは。動機があまりにもアイドルから逸脱し過ぎてはいるが、気にしてはいけないのだろう。
その後、あまりにも早くオーディションが終わったため雑談をして双葉杏は帰っていたのであった。
この時を思えば、彼女などまだまだ序の口だったのである。
「先輩、双葉さんも事前に声をかけていたのですか?」
「面白そうな子だったろ」
「それは……まあ」
武内さんの気持ちはわかる。非常にわかる。きっとすごいアイドルなのだろうが、何度も言うが事前に通達しておいてほしい。
そんな気持ちを顔には出さず、私は自分のやるべき仕事に戻った。
双葉杏から数名終わったあとは至って普通であった。いや、オーディションとは普通であるものだから、異常という言葉が出てはおかしいのではないだろうか。いやはや、私は随分とプロデューサーに毒されているらしい。だが、そんな私でもどう対処していいかわからない場合もあるらしい。
「次の方どうぞ」
「我、此処に降臨せり!」
扉を開けながらよく分からない言葉を口にしながらその子はやってきた。服装もいわゆる……ゴシック、でいいのだろうか。そのような黒を基調とした服装に、恐らく日傘らしいものも手に持っていた。
『……』
「あ、え……はい、お座り……ください」
「うむ!」
頭がショートしそうな状況で、ちゃんと進行した私を褒めてもらいたいところであった。なにせ、今度の子はかなり予想の斜め上を軽く跳び超えるほどの少女であった。私はちらりと隣に二人に目を向けた。
なんと、これは驚いた。
意外なことに、プロデューサーは目頭を押さえているではないか。絶対に平然としているかと思ったのだが。一方、武内さんもどう対処したらいいか混乱しているようで、焦っているように思える。全滅であった。それでも私は仕事をこなさなければならない。
「は、はい。では、自己紹介から……」
バッと、少女は立ち上がり、盛大な振り付けをしながら叫んだ。
「我が名は、神崎蘭子。冥府の門から遥々馳せ参じた! 刹那の時ではあるが、存分に楽しもうぞ!」
「ごめんね、神崎さん。これ飲みながら少し待っててね」
「……ぇ」
恐らく自己紹介だと思われるが、その途中でプロデューサーはペットボトルのお茶を渡し、私達を連れて壁の方に寄り、緊急作戦会議を開いた。
(……何を言ってるかわかる奴!)
(プロデューサーが連れて来たんじゃないんですか!?)
(今回はオレじゃないぞ)
(じゃあ、武内さん……?)
(私でもありませんよ!)
分かってはいた。分かってはいたが、どうすることもできない現状にお手上げだった。手をこまねているとプロデューサーが思い出したかのように呟いた。
(これは、アレだ。飛鳥と似たようなタイプじゃないか。なあ武内?)
(たしかに、言われてみるとそんな感じがします)
二宮飛鳥。去年に新しくアイドル部門に加わったアイドルの名前である。私自身は当人と直接会ったわけでも、話したことがないのでわからない。しかし話によると、独自というか、変わった喋り方をしている子だと聞く。または、大人ぶった感じだとも。
(となると……。対応の仕方はなんとなくだが掴めてきたな)
(いけそうですか? 神崎さん、先ほどのお茶を飲み終わったのか、こちらを見ていますよ!)
(よし、解散!)
私達は謝罪しつつ席に戻った。神崎さんも不思議そうにただ頷いた。
「ごほん。では、神崎さん。貴方はどうしてアイドルになりたいと思ってオーディションを受けたのですか?」
「ハーハッハッ! それは愚問であろう。我を此処に誘ったのは、誰でもない貴君であろう! 幻影に惑われぬ、真なる瞳を持つ者よ!」
神崎さんは指でその人物を指した。プロデューサーであった。これはどういうことであろうか。本人は知らないと供述していたが。当人は私を見て、武内さんを見て「……オレ?」と呟くと、「ウム!」と誇らしげに神崎さんは答えた。
「我が治める城下にて、忍んでいた我を街の中で見事を見つけたではないか!」
「プロデューサー……」
「先輩……」
「ちょっと、ちょっと待って……。今思い出す……」
プロデューサーはそういうと神崎さんのプロフィールを確認。すると、「熊本……熊本?」と何回も繰り返し始めた。
「熱い眼差しで、我のことを見つめていたではないか」
「プロデューサー、事案ですよ」
「むぅ……思い、出せん」
「我のことを覚えていないのか!? こ、この、聖域への鍵を渡したではないか!」
神崎さんが見せたのはプロデューサーの名刺だった。よく見ればそれが本物であるのは明らかである。
「思い、出したような……」
「ほんと!?」
「たぶん……」
「うぅ……」
おや、意外と可愛い声を出すではないかと驚いた。が、思い出したと言っておきながらプロデューサーの記憶はうろ覚えらしく、はっきりとした確証はなかった。それを聞いて神崎さんは残念そうな顔をしたが、彼女に会ったのはなんとなくだが覚えているらしい。そのあとは神崎さんのご機嫌を損ねないように、プロデューサーは話を合わせていたように私は思えた。
きっと、彼女がアイドルを始めたら大変だろうと、私はそっとプロデューサーに蔭ながらエールを送るに違いない。
とまあ、こんな感じである。誤解を招かないように言っておくが、彼女達以上に普通のアイドルが多く所属している。普通という定義については考えなくてもよい。
我が346プロには、普通ではないアイドルが多く所属しているように聞こえるかもしれないが、私自身それはあまり気にしてはいない。むしろ、私はプロデューサーを始め、彼女達が一体どんな事を仕出かしてくれるのだろうと期待しているぐらいだ。それはアイドルとしての活躍でもあるし、プロデューサーを中心に勃発する騒動であったりと。
その光景を直に目にし、時には誰から聞いたりするのが、ここ最近における私の楽しみであるのは秘密である。
超短編 「魔王との邂逅……?」
二〇一五年 二月某日 熊本県 某所
熊本県にある某街中でのこと。その日は番組収録のため熊本にやってきていたプロデューサー達346プロのアイドル一行。特に問題もなく収録は終了。一泊して東京に帰る予定になっていたので、あとは観光といったような形となっていた。なっていたのだ、当初の予定では。
それもそのはず。参加メンバーの大半は大人組。例をあげるならば、川島瑞樹、高垣楓、片桐早苗、姫川友紀や収録メンバーでもないのにたまたま暇というだけで付いてきた大人組が揃ってやってきていたのだから、当然やることは決まっているのである。
「プロデューサー飲んでるぅ!?」
「ぐへへ、プロデューサー。もっと飲みなさいよぉー」
「そうだそうだ!」
アイドルとはかけ離れた惨状になっているので、誰が何と言っているかは伏せさせてもらう。
プロデューサーはというと、最初はそれなりに乗り気で飲んでいた。それも仕方がないのだ。なにせ、昼間から酒が飲めるのだ。しかも、経費で落ちる(落ちるとは言っていない)。ほぼ、タダ酒なのである。飲まない訳がなかった。だが、彼自身はドンチャン騒いで飲むより、落ち着いた雰囲気で飲むのが好きな男であるので、こういった状況は非常に困った。
なので、プロデューサーは逃げることにした。ホテルに帰って一人で飲みなおすことにしたのだ。武内を含む、スタッフを置き去りにして……。
店を出るとまだ明るかった。店内にいたのもあるが、酒が入っているので時間感覚も狂っているようだ。
「うっ、気持ちわりぃ……」
店を出る際に見つかったのがまずかった。身体を激しく揺さぶられたのが原因だろう。お酒に強いプロデューサーであったが、さすがにそんなことをさせられると耐えられるものも耐えられなかった。
(ホテル……そうだ、ホテルに帰ろう)
頭がクラクラするが泊まることになっているホテルを目指す。時間帯的にもそれなりの人間が行き来している。そんな中を大男が少し歩くたびにふらっと右へ行ったり、左へ行ったりとしている姿は当然目に付く。
しかし、酔っていた彼にそんな事に気づくわけもなく、ただホテル目指して歩いていた。
(……なんだ、アレ)
そんな時、ふと目に入る少女がいた。たぶん、服屋の展示されている服を見ているのだろう。それはいい。よくあることだ。問題は、それを見ている少女の服装だった。黒を基調としたいわゆるゴシック、いや、ゴスロリ系だということはプロデューサーにもわかった。服装が服装なのですごく周囲から浮いていた。
いつもの癖で、ジッとその子を観察していると、彼の視線に気付いたのか少女は振り向いた。「ピィ……!?」と、悲鳴なのかよくわからない声をあげて驚いていた。が、意外にもすぐに冷静になったらしく、少女もジッとプロデューサーを睨んだ。
わけがわからない。
すると、どういうわけか少女の方から歩み寄ってきて彼に尋ねた。
「き、貴様、我に何の用だ!?」
「われぇ? いや、珍しい服を着てるなぁって思っただけ」
「ふふん! それもその筈。これは、我が日々魔力を込めて作り上げた暗黒の衣なのだからな!」
「へぇー。お小遣いを貯めて買ったのかあ。最近の子にしては偉いなー」
「え、ええぇー!? わ、わたしの言葉がわかるんですか!?」
「うっ、頭に響く。それになに言ってるかわかんね。にしても……可愛いな、きみ」
「か、かわいい!?」
「オレさ、プロデューサーやってるのよ。これ、名刺ね。今度のえーと、いつだっけ。ああ、そうだ。三月の○日にオーディションやるのよ。それを見せれば応募しなくても受けられるから。あ、履歴書は一応持ってきてね。まあ、試に受けてみなよ。きっと余裕で合格だから。それじゃあ」
「え、あ、あのー! ……行っちゃった」
そのあとは特に語るほどでもない。少女――神崎蘭子はアイドルになることを決意し、346プロへと赴きオーディションを受けるのであった。
彼女にとってプロデューサーは、自分のことを真に理解してくれる瞳を持つ者らしいが、当人は酔った影響、二日酔いが原因でそのことを本人と会うまですっかり忘れていたのであった。
それが原因なのか、プロデューサーは蘭子に強く言えないらしく、アイドル部門の間では色々と噂になったそうな。
以下翻訳
「はい、失礼します!」
「はい!」
「名前は神崎蘭子と言います。熊本からやってきました! 短い時間ですが、今日はよろしくお願いします!」
「どうして、というより……。わたし、そこにいるプロデューサーにオーディションを受けてみないかって誘われて……」
「街に出かけていたところを、プロデューサーがわたしのことを見つけて声をかけたんです!」
「わたしのこと、覚えてないんですか……!? ちゃ、ちゃんと名刺を渡してくれたじゃないですか! これを見せれば会場までフリーパスだって」
「あ、あの、わたしになんの用ですか……?」
「えへへ。だって、少ないお小遣いを少しずつ溜めて買ったお気に入りだもん!」
「ぬ、貴様。我が波導を受け止められるのか!?」
「おい貴様、魔王である我を無視するな!」
今回の語り手は四畳半神話大系の「私」です。知ってる人は少ないんじゃないかな。アニメにもなったけど。
個人的には小説もアニメも好きなのでおすすめしたい作品です。
以前にちょろっとでた人事部の人が彼です。一般人目線でみたらどうなるかという視点を書きたかったので、「私」はちょうどいいキャラクターだなと思って選びました。
前々からわかっていましたが、蘭子は難しです。はい。
一応現時点の補足なんですが、アニマスの映画についてです。
幕間か何かが触れようとは思っていたのですができそうにないので諦めました。
本作品においては2014年に物語は行われています。ただ、本作は原作より時系列が遅いので赤羽根Pがハリウッドへ研修にはいきません。早くて次が再来年。
多分次回は近いうちに更新できるはず。なお、現時点でくそ短い模様。
それをやったら今度こそデレマス本編を開始します。
本当は今いる346アイドルで幕間をやりたいのが本音だけど、それをやったらデレマス編に入れないので我慢します。
仕事が忙しいので中々時間がとれなくて更新が遅くなりますが、次回もよろしくお願いします。