銀の星   作:ししゃも丸

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事前通達みたいなものですが、第十八話からかなり時間が飛んでいます。


第19話

 その口数の少なさは今後苦労するぞ、と憐れみながら今は疎遠になった友人に言われたことを武内は思いだした。たしかに、その通りだった。

 学生の頃からその癖は治らずにいた。「だったらそう言えよな」と、そう言っているつもりでも相手には伝わっていなかったり、「あとお前はさ、はっきり言い過ぎ。正直すぎるんだよ。優しい嘘だって必要なんだぞ」と、自分の真面目さが裏目に出て相手を傷つけてしまったことを注意されたことも多々あった。

 それでも、そんなことは自分がよくわかっている。

 そんな短所がある武内であったが、周りからは公明正大な男として認識されていた。学生時代では教師からの受けはよかったし、今彼が勤務している346プロの面接でも良い印象を与えることができ無事採用された。

 ようするに、武内という人間は見た目からは悪い印象を与えるが、いざ本人を知ってみれば良い人間だと誰もが思うわけだ。ただ、全員が彼に対して同じ答えを出すとは限らない。

 特にそれが自分より年下の子供であるなら尚更だった。

 アイドル部門が活動を始めた一年目の八月頃。最初の大舞台であるサマーフェスティバルを大成功で収めた。その結果「美城プロダクション アイドルオーディション二次募集」が行われ、武内はその恩恵を得ることができた。そう、彼はついに念願のプロデューサーとなることができたのだ

 

「――以上の三名を一つのユニットとしてお前に担当してもらう。頑張れよ、武内プロデューサー」

「ありがとう、ございます……! 」

 

 上司でもあり、憧れでもあるプロデューサーに言われたのが武内にとっては最高の喜びだった。

 武内がプロデューサーの役職を得られたことを仲間たちは喜んだ。もちろん先輩でもある彼も、入社したときから面倒を見ていた今西も笑顔で彼の活躍を期待していた。

 最初から上手くできるとは思っていないが、彼は仕事のできる男だしきっと良い結果を出すだろう。そう、思っていた。

 軽率だった。結局、私は何一つ学習していなかったのだ。

 アイドルデビューでもあり初のライブ。初めての仕事。そして、ユニットの解散。それが武内とアイドル達の終着点だった。

 昔、よく友人に言われたあの言葉を武内は思い出した。

 ああ、その通りです。あなたの言うとおりでした。今はっきりとそれを味わっている。もっと親身になって考えるべきだった。ですが、もう手遅れだ。私は、あの人のように上手くはやれないのだ。と武内は憧れ、目指すべき場所はあまりにも遠いのだと痛感した。

 だがもし、自分を変えることができたらアイドル達と上手く接することができるのだろうか、間違いを起こすことなく彼女達と一緒に歩んでいけるのだろうかと武内は幻想を抱く。

 しかし、それはきっとありえないだろうと、武内は諦めた。なぜなら、もうアイドルをプロデュースすることはできない。それに……。

 私は、もうプロデューサーではないのだから。

 

 

 二〇一四年  某月某日 プロデューサーのオフィス

 

 残念だが結果はおそらく変わらないだろう。いや、それはきっとありえないとわかっているはずだ。

 太陽が沈みかけて薄暗くなった自分のオフィスでプロデューサーは受話器を片手に持ちながら静かに返答を待っていた。

 今まで数多くの事務所、テレビ局を転々としてきたプロデューサーはどこへ行ってもそれなりの待遇とポジションを与えられていた。在籍期間は短くともプロデューサー以上の権限などを与えられていた彼であったが、プロデューサー以上の役職は与えられたことはなかった。

 美城プロダクションに正式に入社したことで今は「チーフプロデューサー」という役職を与えられた。通常の企業で簡単に例えるなら部長や課長といったそれなりの偉いポジションであり、当然今の彼には部下も多くいる。

 つまり、今のプロデューサーは彼らの上司という訳だ。部下の不始末は上司の不始末。とそこまでいう訳ではないが、自身の立場上起きた問題は処理をしなければならない。

 例え、その部下が目をかけている男でもあっても割り切らなければいけなかった。

 

『――お待たせしました。その……』

 

 と、相手が戻ってきた。その声は重い。

 

「構いません。率直に申してください」

『はい……。やはり、あの子はもうアイドルをやる気はない、とはっきり言っています』

「そう、ですか」

『本当にすみません。そちらにご迷惑をおかけして』

「お母様。謝らないでください。原因は私達にあります。ですから悩む必要はありません」

『それは……。たしかに、原因の一つかもしれませんけど。それでも、これは私の教育不足です。アイドルなんて簡単になれるものではないと。アイドル以前に社会というものをもっと教えてあげるべきでした』

 

 その言葉にプロデューサーは心の奥底で肯定した。けして、今の自分の立場で口にすべきことではないと思ったからだ。

 

「お忙しい中ありがとうございます。手続きに関してはこちらですべて行ないますので

 ご安心ください。それでは、失礼します」

『はい。本当にありがとうございました』

 

 相手の通話が切れるのを確認しプロデューサーは受話器を置いた。小さなため息をつきながら彼は目の前にある三枚目の書類に同様の手続きをした。

 アイドル登録抹消。

 これであの三人は346プロのアイドルではなくなった。予定通り処理完了だ。本当に、嫌なほど予定通りに。

 そして、あとの問題は……。

 タイミングよく扉をノックしちひろが入室してきた。その顔は明るいとは言えない。

 

「プロデューサーさん。武内プロデューサーをお連れしました」

「わかった。それと千川」

 

 ちひろの名前を呼びながらプロデューサーは指で自分のもとにこいとサインし、彼女は彼の前まで歩いてきた。

 

「問題はないと思うが一応確認を頼む。問題ないようだったらそのまま処理してくれ」

「わかりました」

 

 渡された書類を見てちひろは真剣な眼差しで答え、部屋を出て行く。残されたのは武内とプロデューサーの二人だけ。

 武内の表情はいつもに増して暗い。

 

「呼ばれた理由はわかっているな?」

「……はい」

「三人のご両親に連絡取った。その結果、三人ともアイドルを続ける気はないそうだ」

「……」

 

 無言。ただ、彼の手は力強く拳をつくっていた。そのことにプロデューサーは目を向けたがすぐに視線を戻した。

 

「アイドルを続ける意思がない以上、三人は346プロから抹消。これにより……。武内プロデューサー、今日この瞬間をもってプロデューサーの任を解く。以降の指示は明日通達する。以上だ」

「……わかりました」

 

 返事をしてから少し間をおいてプロデューサーはサングラスを外して話を続けた。

 

「今から話すのはお前の上司としてではなく一個人としてだ。……武内、抱え込むなとは言わん。気に止めるぐらいにしておけ」

「それは、命令でしょうか……」

「言ったろ。これは、助言だ。あの子達が辞めた直接の原因はお前だ。紛れもなくお前が引き起こした。そのことについては俺も弁解はできない。だが、社員としてではなく一人の大人、社会人から言うならば……。あの子達は幼すぎたんだ」

「それは違います! いえ、例えそうだとしても、そのことに気づけなかった私の愚かさが招いた結果です!」

 

 十代の子供の気持ち、感情に気づくことは難しい。自身も一度犯した過ちをしたことをプロデューサーは思い出した。「きっとこうだろう」と、予想することしかできないのだ。

 今の自分は美希の一件のことや、二人のおかげでもあるだろうが上手くやれているはず……。だが、今でも思う。年を重ねるごとに「今の子供はよくわからない」と口ずさみたくもなるとプロデューサーは常々思っていた。

 自分でこれなのだから、武内はもっと辛いだろう。良い男であるが、何分口数が少ないし、一言足りない。年下で、しかも女の子の気持ちに気づくのは誰だって難しい。

 

「そのことをちゃんと自覚しているのだったら治しておけ。二度と過ちを繰り返したくなかったらな。話はこれで終わりだ。それと、今日の仕事はまだ残っているのか?」

「これといって大きな仕事は残ってはいませんが……」

「だったら一杯付き合え。俺の奢りだ」

「え、は、はい。わかりました。……失礼します」

 

 緊張の糸が切れたのか、呆気にとられながら武内は退出した。プロデューサーはサングラスをかけなおすと内線でちひろを呼んだ。数回コールしたあと彼女は出た。

 

『はい、千川です』

「言っておいた三人を連れてきてくれ」

『わかりました』

 

 可愛い後輩のためだ。原始的だが、こういう時こそ餅は餅屋。アイドルに関する問題はアイドルに任すのが一番。

 しかし、本人にとっては少し困るかもしれないが。

 

 

 少ししてプロデューサーのオフィスにちひろと、彼女が連れてきた三人のアイドルがいた。高垣楓、城ケ崎美嘉、小日向美穂。三人ともアイドル部門に所属するアイドルの中で最初にスカウト、オーディションを通り今では346プロの中でもかなりブレークしているアイドルである。

 プロデューサーがこの三人を呼んだのは簡単な話だった。三人は武内とそれなりに良好な関係を築いているからだ。あの口数の少ない武内でもよく会話が続いているように見える。それに三人が武内に対して特別な感情を抱いていることにもプロデューサーはもちろん気付いていた。

 呼ばれた三人の表情は呼ばれた理由に気付いていた。当事者である武内の様子と問題の三人がいないことから察しはついていた。また、346プロに所属する職員の人数を考えれば噂としてすぐに耳に入るのも時間の問題でもあった。

 

「あのチーフ? どうして私達を呼んだのですか? その、まあ大体想像はつくんですけど……」

 

 三人の中で一番の年長者である楓が代表して尋ねた。

 

「隠していても明日には通達するから言うが、武内を先程プロデューサーの任を解いた」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 私達だってあいつがしたことは知ってるけどそこまでする必要はないじゃん!」

「み、美嘉ちゃん、落ち着いて……!」

 

 デスクを叩きつけて今にも乗り出し来そうな美嘉を隣にいた美穂が抑えた。

 美嘉は、武内に対してキツイ態度を最初にとっていたりもしたが今では彼を気に掛けるぐらいにはなっている。武内がプロデューサーとなりアイドルの担当を持てたことを隠れて喜んでいたのもプロデューサーは知っていた。

 

「美嘉、お前の言いたいことも気持ちも理解はできる。だが、それはできないんだ。周りに示しがつかない。失敗したからじゃあ次は頑張ってね、と言えるわけないだろう」

「それじゃあ武内ぷ、武内さんはこれからどうするんですか?」

「美穂が言うようにそれが本題だ。まあ、元のポジションに戻るだけなんだがな」

「と言いますと?」と楓が言った。

「言葉にするならアイドルのマネージャーか」

 

 アイドル部門には武内を始めとする数人のプロデューサーがいる。といっても、正式なプロデューサーではなく見習いプロデューサーということに今はなっている。アイドル部門自体が初の試みであるのでアイドルのプロデュースという点において経験が足りていないのが現状。

 現在は企画、営業、プロデュース等はプロデューサーが一人で所属しているアイドル達の方針を決めている。一人の人間の許容作業量を超えていると思われるが彼にとってはこれぐらいできる自負している(当然のごとく泊まり込みの徹夜作業であるのだが)。事務所側もその能力を期待して彼をスカウトしたわけでもある。

 

「で、その話と私達とどういう関係があるわけ?」

「鈍いな、美嘉は。武内の担当するアイドルをお前達三人にするって話だ。どうだ、嬉しいだろ」

「は、はあ!? べ、別に嬉しくなんてないし!」

「美嘉ちゃん、その顔じゃ説得力ないよ……」

「でも、どうして私達三人なんですか?」

「武内に遠慮なく物申すところとか、口下手なあいつがよく喋っている相手というのもある。コミュニケーションが苦手な武内の相手になってほしいというのが俺の頼みだ。半年しかまだ経っていないが、あいつの口数の少なさはわかっていると思う」

「たしかにそうですね。ちょっと言葉足らずですし」

「今はそれなりに理解できるけどね。最初の頃なんてアイツ酷かったし」

 

 美嘉は、武内のそういった所をすでに何度も経験していた。ライブが成功した時にどうだったと尋ねると、「いい笑顔でした」と答えた。「それ、褒めてるの?」と聞くと首に手を当てながら「はい。……変、でしょうか?」と相手にも自分の言いたいことは伝わっていると思っている節が多くあった。

 そのことに関しては楓、美穂を始めとしたアイドル達全員把握はしているし、今ではそれが武内なりの表現の仕方なのだとわかっている。だからこそ、日の浅い彼女達はそれに気づくことができず、彼は彼女達を傷つけてしまったのだと美嘉は思った。

 

「努力しているのは認めているが今後のことを考えるとそうはいかないんでな。こう言うのも変な感じだが、あいつの面倒を見てやってくれ」

「はーい、先生。一つ質問でーす」

 

 嬉しそうな声をあげながら楓はプロデューサーに尋ねた。

 

「なんだね、楓君」

「こっちのお付き合いも頼んでもいいんでしょうか!?」

 

 親指と人差し指で小さな輪をつくりくいっと動作を見せる。ようは飲み屋に誘ってもいいんですか? ということだろう。

 プロデューサーは少し考えて苦笑しながら答えた。

 

「ああ、許可する。ついでに瑞樹君や早苗を誘うといい。年も近いしな」

「楓さん、それずるいですよー」

「うふふ。これは大人の特権なのよ、美穂ちゃん」

「じゃあ、私達は子供の特権を使えばいいってわけか」

「あまり苛めすぎるなよ。ああ、それと。他の子達にもそれとなく話しておいてくれ。大人組はともかく、子供達には特にな」

『わかりました』

「以上で話は終わりだ。それじゃあ頼んだぞ」

 

 三人が出て行くとちひろが呆れながら言った。

 

「いいんですか? あんなこと言ってどうなっても知りませんよ」

「これぐらいやった方がいい刺激になるだろうさ」

「本当は?」

「すごく面白そうだから。俺は別にアイドルと関係を持つことに反対ではないからね」

「……他人事じゃないんですよ」

 

 顔を背けながらちひろはボソッと呟いた。

 

「ところで、武内さんの処遇ですけど。いつプロデューサーに復帰させるんですか? 素人目ですが、彼は他の方よりも仕事ができる人だと思います。それに今回の一件のことがありましたがアイドル達との関係は良好です。このまま現状維持というのはどうかと思います」

「そのことについては考えてはいる。さっきも言ったが他の奴らに示しがつかん。あいつらももう少しで担当を持たせてもいい段階まで育ってきている。武内は、ちひろちゃんが言うように仕事はできるしアイドルと悪くない関係を築けている。ただ、問題はあいつ自身だ」

「彼が変わらないことにはまた繰り返すと?」

「そうならないことを祈っての措置だよ。何度も言うが、俺はあいつに期待しているからな」

 

 プロデューサーはデスクトップパソコンのモニターに目を移した。画面にはWordが開かれていた。まだ作成し始めて時間が経っていないのかところどころ大雑把に文字が書かれている。

 一ページ目の最初の行には大きく『新アイドル育成計画(仮)』と書かれている。アイドル部門の事務員であるちひろではあるが、半分プロデューサー専属の秘書でもある彼女はそのことを知っている一人でもあった。

 

「新プロジェクトにはやはり武内さんに任せる予定ですか」

「現状はね。まだ、企画段階だしいつ実行するかも未定。俺としては来年の四月からやりたいがね。今西さんや他の役員と決めてからになるけど」

「プロデューサーさんが担当するのでは駄目なんですか?」

「それでは意味がない。この計画はアイドルの育成だけではなく担当するプロデューサーの育成も含まれている。担当する本人は伝えないけどな。今後346プロはどこよりも多くのアイドルが所属し活躍する。そのアイドル達に一対一のマンツーマンでやらせる気はない。軽く十人ぐらいは面倒を見てもらわなければ困る」

「……それができるのってプロデューサーさんぐらいじゃ」

 

 普通の人ならば三人か五人が限界だとちひろは思っている。その二倍をやれと容赦なく要求しているプロデューサーは平然と言うのだから酷な話だ。

 

「何を言っているんだ。その倍以上を俺が一人一人仕事を取ってきているんだが?」

「ほ、ほら、今は皆さんも成長して仕事を取ってきているじゃないですか! 少しは負担が減って……減って、ないんですよね。その、すみません」

「別にいいさ……。残業手当おいしいです。まあ、今日は定時で帰るがね」

「あれ、そうなんですか?」

「武内と飲みにな。俺の方でも少しはケアをしなければならんし」

「ふふ、頑張ってください。ところで、私もご一緒しても?」

「駄目」

 

 即答するとちひろはむすっとしながら、

 

「私、色々と融通していると思うんですけどぉ。総務に上手く言いくるめたり」

「そ、それは仕事上仕方がないじゃないか……」

「特に出張という名目のスカウトと言い張る一人旅とか。私知っているんですよ。あのどこかで見た回転する板にダーツを投げて目的地を決めているのを」

「……知らんなあ」

「……」

「……」

 

 じーと睨みつけられてプロデューサーは目を逸らしたくても逸らせなかった。逸らしてしまえばそれを認めてしまうからだ。

 急に睨みつけていたちひろの顔が笑顔に変わるとほっとプロデューサーは安心した。だが、

 

「上に密告しますよ」

「今度飲みに行こうか!」

「約束ですよ」

 

 アイドルだけではなく事務員にすら弱みを握られるプロデューサーであった。

 

 

 都内に多くの店を構える居酒屋の一つにプロデューサーと武内はカウンターに座りながらすでに一杯やっていた。二人がこうして一緒に飲むのは初めてのことではないし、武内自身も上司でもあり先輩でもあるプロデューサーに対して緊張などはしていなかった。

 ただ、今日は例の一件で口数の少ない武内が余計に喋らないし、プロデューサーも必要最低限の会話しかしていなかった。

 プロデューサーは、店員に追加で刺身の盛り合わせを頼んだ。別に刺身が好きというわけではないが、ふと食べたくなったからだ。カランとグラスの中にある氷を揺らしながら先程注文したウイスキーのロックを一口飲んで彼は武内に話し始めた。

 

「なあ、武内。こんな事が起きてこういうことを聞くのもなんだが、担当を持って初めてアイドルのプロデュースはどうだった」

「……振り返れば後悔しかりません。ああすればよかった、こうしておけばよかったと。ですが、それでも私は……」

「私は?」

「喜んでいました。子供のように。嬉しかったです。先輩に出会い、プロデューサーを目指すようになりました。先輩が346に来なかったらきっと昔のままだったと思います」

「俺が来なくても346はアイドル部門を発足して上手くやっていたさ」

「そうでしょうか。今所属している彼女達は先輩がスカウトした方が大勢います。先輩がいなかったら彼女達もいません」

「そうかねえ。俺がいなくても346にいるような気がするけどな」

 

 きっと俺がスカウトしなくても、オーディションに立ち会わなくても彼女達は346プロのアイドルとして活躍しているに違いない、とプロデューサーは非現実なことを想像していた。他の誰でもない、隣に座る武内が自分と同じようなことをしたに違いない。本人は否定するかもしれないが、そんな気がするのだ。

 グラスに残っているウイスキーを一気に飲み込む。喉が少し熱い。だが、これがいいのだ。目の前にいる店員に追加を注文する。

 さて、次はどうやって話しかけるか。

 少しどんな話題を振ればいいか考えたがすぐにやめた。プロデューサーは少し酔いがまわってきたのか、意外なことに自分のことを話し始めた。

 

「そうだ、武内。俺の失敗談を聞かせてやろう。それも恥ずかしいやつをな」

「し、失敗談、ですか……!?」

 

 武内が驚いたのも無理はなかった。超が付くほど優秀な人間である彼が失敗をしたことがあるのかと。疑いつつもつい耳を傾けてしまう。

 

「そうだな……彼女を、仮にMとしよう。Mは凄いやつだった。天才っていうのかな。別に凄い頭がいいとかではなく、アイドルに関してMは天才だったんだ」

「天才……ですか? アイドルに関してというと具体的にどんな子だったんですか?」

 

 天才と言われても中々すぐにイメージができないでいた。学問では常に一位とか、凄い発明をしたとかなら容易に想像ができるが、アイドルとなるとそれは難しいと武内は感じていた。なにせ、そのような人物が身近にいないし、会ったこともないからだ。

 いや……。一人、いた気がする。それも今ではなくかなり昔に。だが、彼女は違うだろう。イニシャルは合っているが辻褄が合わない。答えが出ないので武内は口に出すことはしなかった。

 

「そうだな……。仮に一人のアイドルが踊っている映像を一通り見せるとする。で、次に踊ってみろと言う。どうなる?」

「どうなるも何も踊れるわけありませんよ。踊れても最初の部分とか頭に印象に残っている一部分だけかと。それに、初めてそのダンスを見せるんですよね? だったら不可能に近い」

 

 武内の言うことはもっともだ。

 しかしプロデューサーは、平然と言った。

 

「Mはできるんだよ。完璧とまではいかないまでも最初から最後まで踊れるんだ。それを数回、さらにちょっと指示すれば……はい、出来上がりだ」

「本当にそんなアイドルがいたんですか……! ちょっと待ってください。どうしてこれが失敗談になるんですか?」

「先を急ぐなよ。話はここからさ。俺はそいつに期待してはいた。少しキツイ態度を取ったり、ワザと苗字で名前を呼んだりもした」

「それはただの虐めでは……」

「ま、まあその通りで何も言い返せないんだがな。ただ、俺がそんな態度を取っていたのはMに期待しているのと同時に落胆していたからだ。俺は……Mに目標を持ってアイドルをして欲しかったんだ。最初に会った時に俺はこう聞いた。何かやりたいこと、目標はあるかって。そしたら、特にない、やれば何でもできるって答えた。俺は、それが残念で仕方がなかった」

 

 プロデューサーは話していると、だんだんと当時のことが脳裏に当時のことが蘇えりつつあった。思い出す度にこう思ってしまう。『俺が選んだのが彼女だったらどうなっていたのか』と、考えてはすぐに思考を放棄する。それは、あいつに失礼だと。

 

「過程は省くが、ある日のことだ。彼女はレッスン中に飛び出して出て行った。それも大きなライブの少し前に」

「一体どうして。いえ、先輩が原因だというのは検討が付きますが」

「さらっと酷いなお前。ま、その通りだけどよ」

「それで、そのあとはどうしたんですか?」

「レッスンに三日程連絡もなしに出てこなかった。さすがに俺もヤバイかなって思ってある事をしたんだ」

「ある事、ですか?」

「ああ。それはで……」

 

 デート。そう言えばいいのだがプロデューサーは踏みとどまった。当時はこれが普通だろと言わんばかりに何食わぬ顔で言ったが、今はそうではない。むしろ顔を隠したくなる出来事だ。

 なので、デートはやめよう。うん、そうしよう。

 

「で、なんです?」

「……結果から言えば、頭を下げて謝って、泣かして、Mの本音を聞いてまた謝って仲直りした」

「……は?」

 

 クソ真面目な武内がため口でいうほどおかしな話だ。一体どうやったらそれで仲直りができるのだろうと不思議に思うのは当然であった。

 それに、滅多に表情を崩さない武内が慌てふためくのも珍しいことだった。

 

「そ、それで! そのMとはそれからどうなったんですか!?」

「……別に普通だよ」

 

 帰れば家に居るのは普通とは呼ばない。

 

「で、では、Mはまたアイドルを続けているので?」

「それは勿論だとも。お前も一回以上はよく目にしたことがあるはずだ」

 

 顎に手を当てて武内は自分が思い当たるアイドルを頭に浮かべようとしたがそれはすぐに中断された。

 

「ところで、前から気になっていたことがあるんだが」

「え、はい。なんでしょうか」

「お前がよくアイドルに言ってるだろ。いい笑顔でしたって」

 

 ライブが終了後に武内が愛泥に頻繁に言う言葉だった。当人たちはきっと褒めているのだろうと今では勝手に解釈しているぐらいだ。

 

「そう、でしょうか。自分ではあんまり意識したことがないのですが」

「なんで笑顔なんだ? いや、アイドルは笑顔が基本と言えばそうなんだが。笑顔に何か思い入れでもあるのか?」

「その……笑いません?」

「笑わないゾ」

 

 プロデューサーは面白半分な気持ちで答えた。なにせ、照れくさそうに言う武内の顔はこれまた貴重であったからだ。

 

「明確には覚えていないのですが。昔テレビで、あるアイドルが映っていたんです」

「ほうほう。で」

「私は何分笑顔ができない男です。親や友人にも言われ続け……。あ、今でも気にしていますが。そんな風に悩んでいる時にそのアイドルを見た瞬間、何故か目を奪われたんです。そして、彼女の笑顔にとても惹かれたんです。その時一緒にいた母が私の顔を見て驚いてたのを覚えています」

「へえ。意外だな。それで、その出来事があってアイドルに興味が出たのか?」

「そうなのでしょうか。自分でも不思議に思っています。大学を卒業して346プロに入社したのが今でも」

「運命かそれとも必然だったのか。それはまあ、どっちでもいいわな。大事なのは今だしな。ところで、ふと気になったんだが、お前の母さんが驚いたのってなんでだ?」

「初めて笑ったからじゃないでしょうか。自分でもその自覚はなかったと思うのですが」

「へえ。それは今みたいな顔のことか」

「え?」

 

 鏡を見なければ自分が今どんな表情しているかなどわかるはずもない。プロデューサーは貴重な武内が笑っているところを目に収めたのだ。

 

「私……笑っていましたか?」

「微笑んでいたな」

「に、にこ」

 

 武内は強引に笑って見せた。が、顔は引きつっているし不気味である。

 

「役得だな。まあ、それが自然とアイドル達の前でできればいいんだけどな」

「精進します……」

 

 丁度話が一区切りついたところに先程頼んだ刺身の盛り合わせがやってきた。二人は仕事のことだけではなくプライベートの事や、少し下らないような話をしている内にあっという間に時間過ぎて行った。

 

「俺はこれで帰るがお前はどうする? まだ、飲んでるか?」

「いえ。私も帰ろうと思います。久しぶりに飲み過ぎました」

「そうか。それじゃあ、一緒に帰るか。支払いは俺がしておくから先に待ってろ」

「い、いえ。私も出します!」

「誘ったのは俺だ。遠慮するな」

「そ、その……。ごちそうさまです」

 

 会計を済ませ、呼んでおいたタクシーに乗り込む。居酒屋からだと武内が住む場所が近いということなので先に彼の自宅にタクシーは向かった。

 しかし武内は、自宅ではなくその周辺でタクシーを停めさせた。

 

「すみません。タクシー代まで出してもらって」

「気にするな。誘ったのは俺だ。気を付けて帰れよ。また、明日な」

「はい。ありがとうございました」

 

 別れを告げプロデューサーの乗るタクシーは彼の自宅へと向かった。

 

 

 プロデューサーが家に着く頃にはかなり遅い時間となっていた。

 あと少しで日付が変わるといった時間帯だというのに、玄関を開ければ部屋は電気が付いており明るかった。

 別に珍しい光景ではなかった。

 きっとまだ起きていたのだろう。事務所を出る前にLINEで二人に連絡をしておいたし当然だ。本当に律儀な奴らだよ……。

 

「ただいまー。今帰ったぞ」

 

 仕事をしている時は正反対の気の抜けた声を出しながら靴を脱ぎリビングへと向かう。

 

「……?」

 

 ふとある異変に気づいた。異変は言い過ぎだが人の気配が一人しかない。どうせ隣にいるんだろうと思いながらリビングに入る。

 

「あ、ハニーお帰りなさいなの!」

 

 寝間着姿の美希がいつものようにプロデューサーに抱き着いてきた。彼は動じることなく軽く美希を流した。

 

「はいはい。ところでお前一人なのか? 貴音はどうした?」

「貴音から聞いてないの? 今日はドラマの収録で遅くなるから現地で一泊するって言ってたよ」

「あれ、そうだったか? まあ、いいか」

 

 プロデューサーは荷物を置いてソファーに座った。まだ酔っていたのか、それともつい昔のことを語ったのが原因なのかはわからないが、彼は美希に質問した。

 

「なあ、美希。やっぱりあの時さ、かなりムカついた?」

「あの時って……ミキがレッスンを飛びだした時の事?」

 

 言いながら美希はプロデューサーの隣に座った。

 

「そうだ」

「どうして今更そんなこと聞くの?」

「ちょっと部下がやらかしてな。それで俺の失敗談を聞かせて、少し感傷的になってるのかな。それで気になっただけだ」

「うーん。ミキ的には、覚えているのはデートした事と泣きながら色々ぶちまけたこと。あと、約束の話はちゃんと覚えてるよ? でも、どういった気持ちだったかは忘れちゃった」

「そうだよなあ。今にしてみれば、デートで問題を解決ってどうかしてるわ」

「えー、でもでも。そのおかげで今のミキがあるわけだから、間違いってわけでもないんじゃないかな。ところで、その部下さんは何をしちゃったの?」

 

 ここまで話したら隠す必要もないし、アイドルからの意見も聞きたいと思ったプロデューサーは大雑把だが美希に説明した。

 美希はふむふむと頷きながら自分なりの答えを彼に教えてくれた。

 

「ハニーの時もそうだったと思うんだけど、やっぱりお互いのことをまったく知らなかったのが原因だと思うなあ。ハニーだってミキのこと、自分の中で勝手に色々決めつけてたでしょ?」

「たしかに、言われてみればそうだな」

「でしょ? その部下さんが、かけた言葉も問題はあると思うよ。でも、美希はそれだけじゃないと思うの」

「参考までに聞かせてくれ」

「これはね、ミキの推測だけど。例えばその子達と美希を比べるとかなり違いがあるの。彼女達はレッスンばかりでそれ以外のことを知らない。逆にミキは、すでにCDデビューはしていて、小さいけど仕事をしていたの。ようは売れない日々を経験してるか、していないかの差かな。とどのつまり、環境の違いって言えばいいのかな?」

 

 なるほどと、プロデューサーは美希の考察に肯定した。

 そう言われるとそうかもしれない。765プロと違って346プロのアイドル達はデビューするまでレッスンしかしていない。初の仕事をするといえばデビューライブか、その宣伝をするためのラジオ収録。大きな仕事はそのあとからだ。

 今の二期生達はそういった形を取っているが、最初にスカウト、オーディションに合格した一期生のアイドル達はかなり短期間の育成をしてデビューをしている。元より、一期生は平均年齢が高い方なので以前の職業を生かした戦略を取っているのも要因の一つでもあった。

 そう考えると、たしかに大きな違いだ。

 自分の中で常にそれが当然のことだと認識しているせいか、その事を見落としていたことにプロデューサーは気付くと、心の中で鋭い考察をした美希を激励した。

 

「あと、多分これが一番の原因というか影響? だと思うんだけど」

「なんだ、勿体ぶらず教えてくれよ」

「えーとね……」

 

 美希は言葉でなく、指でそれを指した。それは、プロデューサー自身だった。

 

「俺?」

「うんなの。ハニーってすごいからアイドル達もそれと比べちゃったんじゃないかな? きっと、簡単にアイドルデビューできるとか。美希からしたら、そんなの自分次第だって言うけど」

「そうか……俺か」

「貴音の時もさ、今にしてみればかなり強引というか賭けの要素が強かったと思うの。でも、それを踏まえてもハニーの手腕はたしかなの。もちろん、貴音の力もあってのことなの」

「俺、あんまり出しゃばらない方がいいのか……。いや、それも考えてはいたが、まだ後進が育っていないし……」

 

 美希に指摘され彼はあーだこーだと頭を抱えながらぼやき始めた。自分が事件の原因の一つであると思うと申し訳ない気持ちで一杯になっていた。普段の彼なら「そんなの知るか」と一蹴するかもしれないが、まだ少し酔っているせいかネガティブな思考になり始めていた。

 

「よしよし。ハニーは別に悪くないの」

 

 ただの推測でしかないと思っている美希も、名も知らぬ彼の部下に同情した。酔っているとはいえ、あの彼がここまで弱音を吐くのだから相当気に入っているのだろう。失言と言えばそうだし、彼女達が幼すぎたのも原因でもあるかもしれない。

 ただ、運が悪かっただけの。

 部外者である美希は失礼な言い方だがそう思ってしまった。

 

「暗い話はここまでにして……。今日ミキとハニーの二人だけなの」

 

 プロデューサーの胸にもたれかかるように抱き着き、左手の人差し指で彼の胸にちょんちょんとつつきながら美希は言う。

 

「だ・か・ら、今晩ミキと――」

「今晩、何なのですか?」

「!?」

「げぇ、貴音ぇ!?」

 

 リビングと廊下を隔てる扉の間に白いスーツケースと肩にショルダーバッグを持ちながらいる筈のない貴音がそこに立っていた。それも美希を睨みつけて。

 

「どうしてなの!? だって、今日は一泊してくるって!」

「ええ、そうする予定でしたとも。豪華なでぃなーが用意されると聞いており、わたくしもとても楽しみにしておりました。しかし、しかしです。あなた様から突然、『今日は定時で帰れる。ちょっと飲んでくるから夕飯はいらない』と、連絡が来るではありませんか。なのでわたくし、でぃなーを諦めて、ええ! 諦めましたとも! 涙を流しながら、ハンカチを噛みながら堪えて帰ってきましたっ。どうせ、美希が何かしでかすだろうと思って!」

「くそ長い説明どうもなのー。余計ないことを考えなければ今頃ディナーに満足してお休みだったでしょうなのー」

「はいはい、そうですねー。ほら、美希行きますよ!」

「あーん、ハニー助けてー!」

 

 一体あの細い腕のどこに人一人を引っ張る力があるというのか。美希は貴音に連れられて彼女の部屋に連れ去られた。

 

「……」

 

 考えることを止めて、とりあえず風呂に入って飲みなおして寝ることにしたプロデューサーであった。

 

 

 




今回はデレマスの前日譚でした。
武内Pの情報は限られており、また、本作は原作と違いアニマスの時系列より一年遅いスタートになっており、少し急な展開となっています。
想像ですがシンデレラプロジェクト始動の前年頃に武内Pは問題を起こしたんじゃないかなあと。
本作ではデレマスの一年前からアイドル部門が活動しているという級設定ですので、時期的に8月から10月の間に起きたということになっています。

ちょっと自信がないというか不安なのが武内Pの捏造設定ですかね。以前から346プロにいるのが逆にネックで、本編から前の話が中々ないのでしょうがないのですが。

で、あと二回はまたスカウト編の予定です。一つはスカウト編より幕間に近いのですが、イヴと茄子の話。
もう一つが、デレマス一話の前日譚。シンデレラプロジェクトメンパーの一部アイドルのオーディションの話です。全員は多分出せず、自分が書ける子だけだと思いますが、スカウト予定の子は本編での回想で出す予定です。

と今後の流れはこんな感じです。
本当はもっと幕間とかやりたいのですが中々時間がとれなくて……。

長くなりましたが、また次回で。


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