Case4 安部菜々
「歌って踊れる声優アイドル……」
「どうですか……?」
目の前の男性、自称プロデューサーを見ながら菜々は諦めた声で尋ねた。うーんと唸りながら彼は菜々を見つめている。
やっぱり駄目ですかね……。
彼とは出会ったのはほんの十数分前。秋葉原のいつもの場所でバイト仲間の子と一緒に呼び込みをしている時に出会ったのだ。
菜々は、プロデューサーに伝えたように『歌って踊れる声優アイドル』を目指してはいたが、そんな機会は訪れることもなく、無理だろうと諦めていた時に彼が声をかけた。
立ち話しもなんですからと、菜々は自分がバイトしているメイド喫茶へと案内してこうして話をしていた。
「俺はいけると思って君に声をかけた。だから、もうちょっと自信を持っていいと思うぞ」
プロデューサーは頼んだコーヒーを一口飲みながら伝えた。菜々は思っていた返答と違う事にほっと胸をなでおろした。
「ほ、本当ですか!?」
「すぐにはといかないけどな。でも、君のビジュアルなら受けもいいと思うし。売れて行けば、映画のゲストで声優の仕事がくる可能性もある。実際にそういった仕事をしたアイドルもいるしな」
「じゃ、じゃあナナも可能性はあるんですね!」
「ああ。もちろん、それを実現できるかは君次第だけど」
それは聞いて、菜々は諦めかけていた夢を再び目指すことができると思うと胸が高鳴った。憧れたアイドルに自分もなれる。煌めくステージに立ち、歌えるのだ。
(……何か忘れているような)
浮かれている最中、何かが引っかかる。そう、例えるなら
それを気付かせるようにプロデューサーは至極当然のことを言った。
「それじゃあ、後日詳しい話をしたいから連絡先を教えてくれないか?」
「あ、はい。えーと……。どうぞ、これがナナの携帯の番号です」
「ありがとう。ああ、それと。その時に履歴書持ってきてくれ。必要だから」
「……え゛」
「じゃあ、すぐに連絡を入れる。ごちそうさん」
伝票を持って彼は席を立ち、会計を済ませて店を出て行った。出て行く彼をメイド達が『いってらっしゃいませ、ご主人様』と見送る中、菜々は思考停止していた。
菜々は、履歴書を買って自宅と言う名のウサミン星へと帰宅していた。ちゃぶ台の上に置かれた履歴書、右手に持つボールペン。
何年振りだろうか。履歴書を書くなんて。
まずは、名前……安部菜々。性別、女。次、生年月日……。飛ばそう。資格、普通自動車免許(ゴールド)。
「って! 駄目ですよ、これは!?」
持っていたボールペンを投げつけ、頭を抱えた。
だ、駄目だ。積んでる。
菜々はどうすることもできないことに今更気付いた。会った時に年齢を聞かれ、「17歳です。きゃはっ!」と答えてしまった。本当は××歳でだし、最近はちょっと激しい動きをすると腰が痛くなる。そんな、自分がアイドルをできるのかという不安が余計に高まった。
しかし、数日中には彼から連絡が来るのは間違いない。遅かれ早かれ履歴書を書きあげなければいけない。
投げたボールペンを拾い、新しい紙出して書き始める。
二枚書けばいいよね……。
菜々はちゃんとした履歴書と、もう一つ。ウサミン星版の履歴書を作成し、連絡が来るのを待った。
安部菜々との打ち合わせにプロデューサーはファミレスを選んだ。彼女の事を考えて禁煙席のある一番端の席を選び、注文したコーヒーを飲みながら履歴書を見ていた。いたのだが、彼は冷や汗をかき始めていた。
仕事上履歴書や書類を毎年のように見ていたプロデューサーにとって安部菜々の履歴書は異質だった。
(う、ウサミン星……!?)
履歴書を壁にしてちらりと前に座る菜々を見た。
ピクピクと震えている。それも、顔を真っ赤にして。
もう一度履歴書に目を移す。年齢永遠の17歳、出身地ウサミン星、特技メルヘンチェンジ……。
プロデューサーは確認すべく恐る恐る聞いた。
「……このウサミン星って?」
「そ、それは、その……。アイドルのナナの設定と言いますか……」
「そ、そう。ちゃんとした履歴書、あるんだよな……?」
「は、はい……」
渡された本当の履歴書を見る。
……マジか。
プロデューサーは、安倍菜々という人間をすぐに理解したが、なんと言葉をかけていいが悩んだ。
しかし、××歳でこの容姿は逆に凄いのではないだろうか。失礼だが、17歳と言われても信じる。身長も低い方で幼い容姿に見えなくもない。これで××歳なのだから驚きもする。
それにしても、こういうタイプは初めてというか滅多に見ないとプロデューサーは自分の経験を思い出して気付いた。
今のアイドルは正統派というべきなのだろうか。○○キャラというアイドルはいなかったはずだ。きっと子供たちにも受けはいい方だろう。
よし、決めた。なんでも挑戦だ。
腹を決め、プロデューサーは菜々に自分の決断を伝えた。
「よし。これでいこうか」
「……へ? い、今なんと」
「このウサミン星人? で、アイドル活動をやっていくと言ったんだ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。俺にとっても新しい経験になるし、楽しそうだ」
「あ、ありがとうございまずぅ」
嬉しいのか菜々は泣きながら感謝の言葉を伝えた。そんな彼女に申し訳ないが言わなければいけないことがある。
「感動のところ悪いんだが……。ちゃんとした履歴書はちゃんと出さなければいけないんだ」
「……つ、つまり?」
「極一部の人間はウサミン星人の安部菜々ではなく、本当の安部菜々の経歴を知る者がいることになる」
「あ、あの情報が漏れることはありませんよね!? 秘密を知った人が、ナナを脅してあんな事やこんな事に……!?」
「お、落ち着け! 俺の方でも信頼できる人間に頼むし、そういった守秘義務はしっかりとしているはずだよ。346は」
「本当ですか!? 信じていいんですよね!?」
しばらくして、346プロダクションからウサミン星からやってきたアイドル、安部菜々が誕生した。
また、346プロダクションにあるカフェでメイド(ウェイトレス)として働きながらアイドル活動を続ける菜々を見ることになる。
しかし、仕事をするたびに腰が痛み、プロデューサーのマッサージ(かなり痛い)を受けては仕事を繰り返す日々が続くのであった。
Case5 日野茜
「つまり、どうやってトップを目指せばいいんですか! コーチ!!」
「だから、コーチじゃないと言っているだろうが」
はて? コーチではないというのならば、このお方は誰なのでしょうか。
熱血少女または、熱血乙女なんて友人からは呼ばれている彼女――日野茜は目の前にいる男性について考えた。
この厳ついに顔にサングラスをかけたこの人は、まさにコーチと呼ぶのに相応しい人物だと思う。物足りないのは竹刀とジャージか作業着だろうか。
では、コーチではないのならこの人は?
私の特訓に付き合ってくれるために現れたのではないとしたら一体……。
最初からアイドル事務所のプロデューサーだと説明しているのだが、すっかり頭から抜け落ちている事に茜は気付いていなかった。
コーチと呼ばれた男――プロデューサーはもう一度最初から説明をした。
「いいかい。俺はアイドル事務所のプロデューサーで、君をアイドルとしてスカウトするために声をかけた。OK?」
「オッケーですっ!! ……って、え――――!! わ、私がアイドルですか―――!!??」
「ッ!」
茜の声量に驚きプロデューサーは耳を塞いだ。
「だ、大丈夫、自信を持っていい……。可愛いんだし、アイドルになれ――」
「か、可愛い!!?? 私がですか!?」
「友達とかに言われたことないのか?」
「あるような、ないような……」
友達からは「ちょっと、暑苦しい」とか、「茜ってその性格でちょっと損しているよね」と茜は言われていたが、彼女自身はあまりその言葉の意味を理解しておらず、「え、なんで?」と首を傾げる程だった。
しかし、プロデューサーが言った様に日野茜は可愛い。美少女と言ってもいいだろう。そんな彼女でも同年代の男子に告白されたことがあった。ただ……。
(俺と付き合ってください!)
(え、ランニングにですか? いいですよ! )
難聴と言ってもいい返答で男子や友達からも頭を抱えさせた。
顔やスタイルはいいし、男子以上の行動力、そして何よりもその熱気は茜の美点であるが、同時に汚点とまでは言わないがマイナスであった。
そんな彼女の良さを中々理解してくれる人間は中々いなかった。今日までは。
「君自身が思っている以上に可愛いよ。冗談抜きで、真面目にね」
日野茜は真っ直ぐな乙女である。止まることがない特急列車のような子だ。しかし、彼女は純粋だ。真っ白なキャンパスのようなものだ。
要するに、ストレートな言葉に弱い。
(か、可愛いってまた言われました……!)
正直に言えば嬉しい。ただ、それを普通に受け入れられない。ど、どうすればいいのだろうか。顔が熱くなってきました。
こ、こんな時はどうすれば……。は、こういう時は。
「……ぼ、ぼ」
「ぼぼ?」
「ボンバ――――――ッッ!!」
「お、お―――い!? どこへ行くんだ―――!!」
茜は突如走り出し、プロデューサーは追いかけた。この後、約一キロぐらい走ってやっと止まってプロデューサーの話を聞いてスカウトを了承した。
後日、アイドルになることを友人に話すと、みんな鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしたのは茜の記憶に深く印象に残ることになった。
日野茜との出会いは強烈(追いかけた的な意味で)であったが、それは今も変わらないのだ。
毎日、戦いの日々であるとプロデューサーは語る。
「――デュ―サ―――ッ!」
ほら、聞こえてきたぞ。時間的にも彼女がここにやってくる時間帯。恐らくだが、きっと女子寮から走って来たに違いない。
周りの社員もすっとモーゼの十戒のように道を作る。ああ、今日もそんな時間かと言っているようだ。
声がだんだんと近づいてくる。まるで、犬のように駆け寄ってくるのが目に浮かぶ。いや、犬のがマシなのだが。まあ、可愛いというのは共通しているだろう。
だが、これは身体を張るのだ。避ければいいだろうと誰かが言った。
じゃあ、お前はアイドルにそんなことができるのか?
と、返すと黙った。つまり、これはプロデューサーの仕事でもあると同時にアイドルのためでもあるのだ。
もう茜は目と鼻の先。振り向くとだいたい15mぐらいだろうか。いつものように構える。
接敵……今!
「プロデューサ―――――ッ!! お―は―よ―ご―ざ―い―ますッッ!!」
「ッ!!」
ドン!! と、人が人にぶつかる音が響き渡る。驚くべきは一歩も後ろに引かないプロデューサーであろう。茜も茜で、腕をクロスしてタックル? をしてくるのだから普通ではなかった。
しかし、プロデューサーは平然と茜を受け止め何食わぬ顔で語りかける。
「おはよう、茜。今日も元気だな」
「はいっ!! 今日も私は元気ですよ!!」
「それはよかった。にしてもお前、また女子寮から全力疾走してきたのか」
彼女の額には汗が流れているのに気付いた。まさか、女子寮から休まず、というよりも一度も歩かず走ってきたことに最初は驚いたプロデューサーであったが今では慣れっこであった。
「今日は仕事がインタビューだけだからってその前に汗をかくな。拭いてやるから動くなよ」
「……ぁ」
「走るのを止めろとは言わないがほどほどにな。特に仕事前は」
「その……。気を付けます」
俯きながら顔を真っ赤にして茜は答えた。
「これでよし」
「あ、ありがとうございます」
「さて、行くか。とりあえず、このあと打ち合わせだな」
「はい! 頑張ってインタビューに答えますッ!」
「インタビューは頑張らなくてもいいんだがなあ。……その前にカフェでも寄るか。茜は朝食を食べてきたのか?」
「ご飯大盛りで食べてきました!! プロデューサーは食べてこなかったんですか?」
「んーまあ、そんな感じだ」
数日ぶりに家に帰れたと思ったが貴音と美希も仕事の撮影で居らず、夕食は久しぶりに自分で作ったはいいが、朝食は面倒で抜いてしまった。
すっかり二人に毒されているな……。
家に帰ればご飯が作ってあるのが当たり前になっている環境に、プロデューサーは深く考えることを大分前に止めていた。その分、二人がいない時の生活は以前よりだらしなくなっていた。
(サンドウィッチぐらいはあるだろ)
プロダクション内にある346カフェは朝早くからやっている。こちらに来てから毎日のように通っているがメニューは全部覚えているわけではなかった。まともに覚えているのはランチはちゃんとやっていて、あとはドリンク類とケーキといったお菓子がメインだった。
カフェであって定食屋、レストランではないのでそっちがいい人間はお昼時になると皆外に出る。美味しいのは確かであるがさすがに限界がある。
「茜も来るか? 何か奢るぞ」
「え、いいんですか!? お供します!!」
「お前のそういう率直な所、好きだよ」
「す、好きぃ!?」
「ほら、行くぞ。この時間は地味に込むんだよな」
「あ、ま、待ってくださーい!」
日野茜。真っ直ぐで熱血な乙女。とても素直でいい子なのだが、その行動力と熱さがたまに傷。
主に肉体的な意味で。
Case6 堀裕子
福井県にある某所で、見るからに怪しい男性――プロデューサーは道中で買ったたこ焼きを片手に近くの公園と向かっていた。
福井県に来ているのはもちろんまだ見ぬアイドルをスカウトするためである。なぜ、福井県かと言うと、特に理由はない。
とある番組のように都道府県が書いてあるボードを回してダーツが刺さった場所に来たというだけだ。しかも、一部経費で落ちるので本当に旅行のようなものである。ただ、本人がそれをどう思っているかは、彼のみぞ知る。
余談であるが、この『プロデューサーの日本全国スカウトの旅』が後に問題となるのは大分あとの話である。
プロデューサーはしばらく歩き、公園を見つけると近くにあるベンチへと歩いていく。態々公園を選んだのは訳があった。
(多分……。ここ、か?)
例えるならプレッシャーと呼ぶべきか。この街を選んだのは偶然だし、当てもなく散策をする予定であったが、プロデューサーはここに来てから妙な感覚を味わっていた。同時に自慢のアイドルレーダーも反応を示していた。
反応が強い方へ歩きはじめ、このプレッシャーの原因を探し始めたのだ。そして、その場所がこの公園だと睨んだ。
公園をざっと見渡す。遊具はどこにでもありそうな物ばかりだ。砂場、滑り台、ブランコ、ジャングルジム等々。
ふとそんな公園の真ん中付近にある集団が目に付いた。数人の少年と恐らく中学、あるいは高校生ぐらいの女の子だろうか。何やら彼女を中心に少年たちは何かを見ているようだ。
すると、プロデューサーの横を一人の少年が走り過ぎ、彼は少年を呼び止めた。
「おい、少年。聞きたいことがあるんだが」
「……ん? なんだよ、おっさん。知らない人と話しちゃいけないって母さんに言われるんだ」
「もう話しているぞ」
言うと少年は数秒立ち尽くし、「……それもそうだ!」と声をあげた。
「ほれ。たこ焼きを一つやるから、ちょっと教えてくれないか?」
「たく。母さんには知らない人から物をもらっちゃいけないって言われてるんだけど。食べ物は食べちゃうから問題ないよな!」
言いながら爪楊枝を取り、口にたこ焼きを運ぶ少年を見ながらプロデューサーは呆れた顔をした。教育は行き届いているが、彼の将来が不安で仕方がなかった。
いや、逞しいというか。肝が座ってるというべきか。
しかし、これで情報が手に入るのだし問題はない。食べるはずのたこ焼きが一個減っただけだ。
熱々のたこ焼きを食べながら少年はプロデューサーが求める情報を話し始めた。
「あつぅ。……ふぅ。うまかった。アレはマジックだよ」
「マジック?」
「ユッコ姉ちゃんはさいきっく? って言い張ってるけどね。で、俺達はその観客だよ」
「へぇ。で、彼女は凄いマジックでもするのか?」
「全然」
平然とした顔で言ったのでプロデューサーもがぐりと身体が崩れた。
「でも、ユッコ姉ちゃんはたまにスゲーことを起こすんだぜ!」
「起こす……?」
「ま、ひゃっけんはなんちゃらだ。おっさんも見てきなよ。じゃあ、俺行くから」
少年が走り出し、そのユッコ姉ちゃんとその取り巻き達の所へ向かった。プロデューサーはたこ焼きを頬張りながら歩き出した。
「ユッコ姉ちゃん早くマジックやれよー」
「マジックじゃなくて、サイキック……。もう、いいですよぉ」
何回も注意したのに、一向に訂正してくれない少年たちに堀裕子は敗北の言葉を漏らした。
しかし、毎回こうやって集まってくれるのだから無下にはできないのもまた事実。自身のサイキックパワーを高めるための練習にもなるのだからと裕子は自分に言い聞かせる。
「さて。今日はサイキックテレポーテーションです!」
「テレポートじゃねぇの?」
「意味合いは同じだからいいんですっ。ごほん。ここに種も仕掛けもない紙コップが二つあります。片方に物を入れて、それを何も入れてない方に移動させます。という訳で、誰か何か持ってませんか?」
よくあるマジックショーのように観客に声をかける。すると、一人の少年が一つのビー玉を持っていたらしく、それを使って行うことになった。
裕子は、自前のテーブルの上でサイキックテレポーテーションを始めた。流れはマジックショーと同じように紙コップに何もないことを観客に見せて、片方にビー玉を入れる。一度紙コップをあげてちゃんとビー玉があることを見せる。そして、
「さあ、いきますよぉ……。サイキック、テレポーテーション!! ……ふ。この感触。確かにこちらのビー玉はこっちに移動しました。では、確かめてみましょう!!」
勢いよく移動した方の紙コップを空高く上げるとそこには……。何もなかった。
少年達は予想通りだと言わんばかりに「やっぱりなー」と声を揃えて言った。
「こ、これはですね……。そ、そうです。サイキックパワーがまだ足りてなかったようですね! では、もう一度行きますよぉ!」
手を伸ばし、目を瞑る。
大丈夫。今度は絶対にできる。でも、できなかったら?
また、少年達に笑われてしまう。たったそれだけのことなのに怖い。
駄目だ。意識を集中させなければ。自分は絶対にできる。大切なのはイメージだ。
私はエスパーユッコ。こんな事は朝飯前だ。もう、食べてきちゃったけど。
(……ム?)
腕、いや。身体を駆け巡る奇妙な感覚に気付いた。
(来ました。来ましたよ!)
これだ。たまに起きるこの感覚。自分の中に眠る、膨大のサイキックパワーが徐々に開放されている。と、勝手に思っている。
両手を通してサイキックパワーは紙コップに向けられている。しかし、線が二つあるように感じる。
一つは間違いなく目の前に置かれている紙コップの中のビー玉。もう一方はどこかへ伸びている感じがする。
いや、違う?
ビー玉とその向こう側にある何かが繋がっている感じのようにも思える。
それに、いつもよりサイキックパワーが高まっているよう感じがする。いや、かつてない程のサイキックパワーだ。
「キてます。キてますよ、これは! ムム、ムムムゥ!! ……いざ!」
紙コップを開けるとそこには、たこ焼きがあった。ソースたっぷりだ。
「……へ?」
『おお~!』
「なんじゃこりゃ!?」
『え!!??』
声の方に向くと、そこには一人の男性が手に爪楊枝が刺さったビー玉を持って私を見ていた。
一体全体これはどういうことなのだ。一体どうやったらたこ焼きがビー玉になるというのだ。
一度は失敗したと思ったマジックが、二度目は何やら成功しそうな雰囲気が出てきたと思ってきた矢先のことだ。彼女が叫ぶのとプロデューサーがたこ焼きを食べるのと同時にそれは起きた。
たこ焼きを噛もうとした途端、ガリッとありえない感触が歯を通して伝わった瞬間、年甲斐もなく叫んでしまったのは一生の不覚だった。
(しかし、そういうことなのか?)
アイドルとは別の感覚を感じ取ってこの公園に来た。そこには目の前でマジックを披露した少女。そして、口の中にあったはずのたこ焼きが入れ替わりビー玉になった。
つまり……。彼女は、本物のエスパーだ。
アイドルとは別の逸材を見つけたと思考している中、自分に向けられている視線に気づいた。件の少女に周りの少年達が彼を見ている。彼本人というより、手に持つ爪楊枝だった。
視線なんてどうでもいい。今は彼女だ。
「たこ焼き欲しい人―」
『……頂戴!』
突然の宣言に顔を見わせる子供達。少し待ってねだり始めた。丁度目の前にいた一人に渡し、少年達は走り去っていた。
「さて。邪魔者はいなくなったな」
「あの……。あなたは一体? は! 待ってくださいね! 私のサイキックテレパシーで当ててみせますから!」
「いや、要件は君をスカウトしたい――」
「スカウト!? つ、つまり、あなたはサイキックマスターなんですね! 稀代のエスパー堀裕子の才能を見抜いてくれる人が遂に……!」
なんかジェダイマスターみたいだとプロデューサーは思った。それに、向こうから名前を勝手に教えてくれたのは僥倖だった。
「でも、待ってくださいね。あなたが本当のエスパーだという証拠を見せてください!」
何やら勝手に話が進んでいることに気づくと、裕子は普通のスプーンを向けてきた。なんでも常に持ち歩いているそうだ。
つまり、これはアレをやれと。
プロデューサーは、スプーンを右手に持った。
(昔は流行ったっけなあ)
スプーン曲げの主なトリックは色々ある。人の目には見えないほどの切れ目、曲げる部分のみを軟性の金属で作られたようなスプーン本体に細工する手法。
力学応用、いわゆるてこの原理を応用する手法。物理的な力、握力やちょっとしたコツが必要で、これには演技力が求められるので難易度は高い。
また、なにかしらの器具の使用もある。器具を隠し持ち、その場で加工し曲げやすくする手法である。
そして、最後にあるのは本当のエスパー、超能力、念動力といった本物の力である。
プロデューサーがどれを使って披露するのかというと……。
「ごほん。では、スプーンをじっと見て……」
覗き込むように裕子はスプーンを見た。そこには、ゆっくりと曲がるスプーンの姿があった。
「す、凄い! 曲がってますよ! では、あなたは本当にサイキックマスター!?」
「いや、俺はそのジェダイマスターじゃなくて、プロデューサー」
「ぷろでゅーさー? ああ、よくオープニングとエンディングに流れるあのプロデューサーですね!」
「間違いではないがね。俺はアイドルのプロデューサー」
「あいどるぅ?」
「アイドル」
「で。そのアイドルプロデューサーがなんでスカウトを? サイキックマスターじゃないのに」
「だからね? 俺は、君をアイドルとしてスカウトしたくて声をかけたの。わかる?」
「失礼ですね。それぐらいわかりますよ。私はエスパーですから!」
胸を張って言っている姿は可愛いものだ。プロデューサーはじっと堀裕子を観察した。
スタイルは上から81、58、80といったこところだろうか。身長はおそらく160cmあるかないかだろう。たぶん、この子はアレだ。すごい、アホっぽさを感じる。それはそれで、可愛くもある。それに、エスパー。本人はサイキックと言ったか。また、一段と個性のある魅力を持っている。
しかし、スカウトできるか少し不安になってきた。
とりあえず、プロデューサーはいつもと同じ流れ名刺を渡した。
「あ、本当にプロデューサーなんですね」
「信じてくれたか。それで、返事は?」
「んー。いや、スカウトされて嬉しくないと言われたら確かに嬉しいですよ。でも、私にはエスパーユッコとしての道が」
「それならアイドルでそれをやればいいのではないだろうか」
「へ? それはつまり?」
「サイキックアイドルエスパーユッコ。ほら、響きはカッコイイだろ?」
言うと、裕子の反応は中々の好感触だったようで、
「た、確かにサイキックアイドルというといいですね。響きがいいです! それに、サイキックとエスパーが両方付いているのがもっとグッドです!」
「気に入ったようだな。本当にデビューできたならそうしよう」
「ちょっと待ってください! 確かに揺らいでますけど……」
「俺が覚えてるサイキック技を教えてやってもいいぞ」
「アイドルやります!」
先程の子供達といい、この子といい。最近の子供達の将来が不安になってきた。大丈夫か、日本の未来。
「了承も得た。では、立ち話もなんだし。どこかファミレスとか喫茶店で詳しい話をしようか」
「あ、私いいお店知っているので案内しますよ」
「お願いするよ」
「ところで、スプーン曲げの他に一体どんなサイキック技があるんですか!?」
「んー、ねんりき……とか? あ、そうそう。サイキックウェーブからのサイキック斬が得意だ」
「え、なんですか!? その、すごくカッコイイ技は!? ほ、本当にできるんですか!」
「できるできる。気力が溜まったらな」
「気力ってなんですか! って、歩くの速いですよー! 待ってくださいよ、プロデューサー!」
以後、プロデューサーは堀裕子にアイドルのプロデュースだけではなく、本物のエスパーユッコになるための訓練を指導することになる。
尚、彼女がサイキック技を披露すると面倒が起きることになるとは、さすがの彼も予知はできなかったのである。
幕間
(どこ? わたしのうさちゃんはどこにいるの!?)
綺麗な服を身に纏った少女――水瀬伊織は、自分の誕生日パーティーに招かれた大勢の出席者の間をかき分けながら大切な家族でもあるぬいぐるみのうさちゃんを探していた。どこで落としたかは分からず、気付いたら自分の手から消えてしまっていた。急いで探そうとしているが行く道には伊織に挨拶する人達が群がり、進むことすらままならなかった。
(お誕生日おめでとうございます)
(今日も一段と御綺麗ですね)
(去年お会いした時よりもますますお可愛くなって)
そんなご機嫌とりに伊織はうんざりしていた。まだ、幼い彼女でもそれぐらいの知識はすでに身についていた。
彼らは自分を使ってお父様に取り入ろうとしているのだ。こいつらは悪い巨人だ。いつも上から見下すようにわたしを見てくる。本当にいい人なんて数えるぐらいしかいない。
いくら頭が良くても、まだ幼い伊織には善悪の区別がはっきりとつかなかった。自分のちょっとした思い込みで、この人は嫌な人だと勝手に決めつけてしまっていた。
そんな相手でも伊織は笑顔をつくり、挨拶をする。一言言ってからすぐにその場から去る。
今はそれどころじゃないの。
執事の新堂や使用人のメイドに声をかければいいが、それは嫌だった。まして、お父様の耳にも入れたくはなかった。自分の不始末は自分で処理しなければ。なによりも、わたしがうさちゃんを見つけなければ意味がない。
水瀬家の敷地は広く、パーティー会場も敷地内にある庭園を使って開かれていた。パーティーに呼ばれているのは親戚や当主である伊織の父が招待した親しい者達。また、彼の傘下にある企業の社長や幹部など。人数はざっと100人とまではいかないが多い。さすがお嬢様の誕生日パーティーと言ったところだろうか。
会場は広く、人も多い中で失くしたモノを探すのは容易ではなかった。
(どこ。どこにいるのよ! ……っ)
涙が零れそうになる。泣いては駄目だと自分に言い聞かせても止めることはできない。こんなにも探しているのに見つからない。なんで、なんでなの!?
伊織は叫びたい気持ちを頑張って抑え込む。洋服の裾をぎゅっと握りしめるその姿はとても可哀そうに見える。だが、周りの人たちは見向きもしない。気付かないのか、それとも無視しているのか。
すると、人ごみの中から一際は目立つ大きな男性が伊織に近づいてきた。その男性は、周りの人達と比べると高貴な感じはなく、どちらかと言えば庶民的な印象を抱く。だが、それ以上に身長が高く、体格もいいし威圧感のある顔もあってか、彼を目撃した人は誰もが執事か誰かのボディーガードかと誤認していた。
男性は伊織の前まで来ると膝をつき、
「探し物はこれですかな。お嬢様」
「うさちゃん!」
「持っていたのをお目にしたので、もしかしたらお探しになっているではと思い探しておりました」
「……ありがとう」
うさちゃんを抱きしめながら少し照れくさそうに伊織はお礼を言った。
「いえ。では、私はこれで失礼します」
男性は立ち去ると入れ替わるように執事の新堂がやってきた。伊織がいなくなって探していたのか慌てている様子だった。
「お嬢様! こちらにいらしたのですか……」
「新堂……。ごめんなさい」
「よろしいのですよ。さ、旦那様がお待ちしておりますよ」
新堂に連れられて伊織は父親のいる場所までやってきた。そこには、父の友人である二人が楽しそうに話していた。彼は伊織を見つけると彼女を呼び、伊織は嬉しそうに駆け出した。
「お父様!」
「どこに行っていたんだ伊織。あまり新堂に面倒をかけるんじゃない」
「ごめんなさい……」
「まあいい。伊織も前に会ったことあるだろう? 親友の順一朗と順二朗だ」
「お久しぶりです。おじ様方」
「いやあ、伊織君」
「久しぶりだね。相変わらず可愛いね!」
二人には失礼だが、声が違うだけで姿がよく似ているのでたまに間違ってしまう。特に後ろ姿は瓜二つだ。
「そうそう。今日は私達の教え子を連れて来たんだよ」
順一朗がそう言うと、二人の後ろから先程の男性が前に出て挨拶してきた。
「初めまして。……です。本日はありがとうございます」
「やあ。君の話は二人から聞いているよ。今日は楽しんでくれ。伊織、お前も挨拶しなさい」
「あ、改めまして。水瀬伊織です」
「なんだい。二人はもう顔合わせしてたのかい?」
「ええ。さっきお嬢様の大事な物を落されたので、それを渡す時に」
「そうなのか。私からも礼を言わせてもらうよ。伊織、お礼にここを案内さしてあげなさい。私は二人と話があるから」
「わかりましたわ、お父様。さ、行きましょう!」
「はい。お嬢様」
まるで執事の新堂のような振る舞いをしながら彼は私の後を付いてくる。
さあ、どこを案内しようかしら。
一人で入ったら迷ってしまうガーデン。噴水のある綺麗な花壇もいいかしら。ここは見るだけでも楽しめるところが一杯ある。選択肢が多く迷ってしまう。どこを案内するか考えていると伊織はふとあることに気付いた。人が多くて前が見えない。人という壁の所為で周りが見えなくて自分がどこにいるかわからないのだ。
どうしようかしら……。
彼は立ち止まって心配そうにこちらを見ている。
あ、そうだわ!
我ながら名案だと思った。それに、彼にしても名誉あることだ。
「ねぇ、あなた」
「なんでしょうか、お嬢様」
「私を抱えて歩きなさい!」
「……あの。こんなことを言うのもアレですが、会ったばかりの私にそこまで許すのは如何なものかと思うのですが」
「なに? 嫌なの? 私、水瀬伊織を抱きかかえさせてもらえるのだから誇りに思いなさい。それに、そうすれば私も案内しやすし一石二鳥でしょ」
彼はふぅと息を吐いて降参したのか、しゃがんで私を抱きかかえた。
「これで如何ですかな?」
「ええ。苦しゅうないわ。褒めてあげる」
「光栄ですよ、お嬢様」
普段とは違う景色が見えたことに伊織は胸が高鳴っていた。今見えるのはいつも私を見下ろしていた人達。それを今は私が見下ろしている。悪い気分ではない。
「あなたはいつもこんな光景を見ているのね」
「どうですか。普段見ることのない景色は」
「悪くないわね。ほら、まずはあそこよ」
「了解です」
「……ねぇ。あなたはおじ様達と一緒のお仕事をしているの?」
「そうですよ」
「そう……。ところで、提案があるんだけど……」
言おうとしたその時、世界が暗く何も見えなくなった。
夢、か。
伊織は自分が事務所で寝ていたことを思いだした。随分懐かしい夢を見たなと、うろ覚えながら覚えている夢の内容を思い出し伊織は懐かしんでいた。
ソファーから起きあがるとプロデューサーがいるのに気付いた。伊織が起きたことに気付いたのか、夢の中の彼が言ったような口調で言った。
「お目覚めですかな、お嬢様」
「……私、どれくらい寝てた?」
「そうだな。だいたい一時間ちょっとってところだな」
「結構寝てたわね。……ん」
伊織はソファーから立ち上がるとデスクで仕事をしているプロデューサーの隣まで歩いてきた。どうしたと声をかけられたが伊織は無視して彼のサングラスを強引にとった。
やっぱり、か。
サングラスを外して初めて……いや。二度目の彼の素顔を見て伊織は確信した。プロデューサーが夢の彼と同一人物だという事を。
「アンタあの時教えてくれなかったわよね」
「……あの時?」
「運動会の時よ。本当、今までなんで気付かなかったのかしら。これの所為ね。きっとそう」
「返せよ、たく。言わなかったことは謝るがよく覚えていたな。俺のこと」
「アンタみたいな顔、早々忘れるわけないもの」
「それ、褒めてる?」
「そうよ。光栄に思いなさい。……ねぇ。一つお願いがあるんだけど」
「別に構わないが……」
「あの時みたいに抱きかかえなさいよ」
お願いではなく命令のように言い方だが、頬を赤く染め照れそうに伊織は言った。自分で言っておいてかなり恥ずかしいのか身体をもじもじとさせている。
「……さすがにそれはどうよ」
「良いじゃない! 私がやれって言ったらやるの!」
「はいはい。わかりましたよ、お嬢様」
プロデューサーはあの時と同じように伊織を抱きかかえた。その光景は赤ん坊を抱える親のようだ。
あの時より高く見えること伊織は少し驚いた。
(当然よね。あの時より私も成長したんだから)
あれから数年も経ったのだ。身長だって伸びたし、胸は……これからのはず。私だってまだまだこれからだ。
しかし、この男はまったく変わっていないと伊織は思った。唯一変わっているのは、今はサングラスをかけていることだろうか。あの時と出会った時もスーツだったし、今もそうだ。顔はうろ覚えだが、あんまり老けていないように見える。元々老け顔だったのだろうか。
すると、プロデューサーは伊織と同じで何かを思い出したように、彼女に尋ねた。
「そう言えば伊織。あの時、俺になんて言ったか覚えているか? 内容はさすがに覚えていないんだ」
「……今の仕事をやめて、私の執事にならない? て、言ったの」
「ああ! 思い出した。確かにそう言っていたな」
「そしたらアンタは、その気はないって答えたわ。今もそうなんでしょ?」
「今もって。お前はまだ俺を執事にしたいのか?」
「まぁ、新堂だってもういい年だし。あなただったら勤まると思ったからよ」
「俺はどちらかというと、ボディーガードのが向いていると思うんだけどなあ」
「役割は変わらないわよ。で、どう? 給料は弾むわよ」
「そうだな。もし、俺がこの業界から手を引いて無職になったら考えてもいいぞ」
「言ったわね。約束よ」
笑みを浮かべた彼を見て、伊織はそれが肯定だと判断した。少しからかってやろうと思い、彼に抱き着いた。
「いきなり何するんだ!」
「にひひ。ちょっとしたサービスよ。少しは嬉しそうにしなさい!」
「お前、こんなところ誰かに見られたら――」
「ただいまなの!」
「ただいま戻りました」
「戻ったさあ」
タイミングが良いのか悪いのか。今日はフェアリーとして仕事が入っていた三人が帰ってきた。
伊織もまさか本当に現れると思っていなかったのでプロデューサーと一緒に口を開けて「あっ」と揃えて硬直した。
二人の姿を見て案の定と言うべきか。貴音と美希がすぐに反応して二人に迫った。
「あー!! デコちゃん何やってるの!? ずるいの、そこを今すぐ変わるの!」
「あら、残念。ここは私専用なの」
「あなた様! わ、わたくしも、わたくしもして欲しいです!」
「やだよ、重いし」
「な、なんですって。それは聞き捨てなりませんよ、あなた様!」
「伊織、なんだかすごい楽しそうな顔をしているぞ」
「そんなことないわよ。さ、お邪魔虫は放っておいて、私を次の現場へ送って頂戴」
「畏まりました。お嬢様」
貴音と美希を尻目に二人は事務所を後にした。
伊織は帰宅後も終始気分がよく、新堂らを始めとした使用人達も心配するほどだった。ただ、プロデューサーの方は……怖い顔をしたアイドル二名が待ち構えているのだった。
こんな日に更新するってことはつまりそういうことさ!
さて。今回はこの三人でした。
菜々さんが一番書きやすくて、茜が難しかったですね。まあ、一部デレステを参考というか基準にして書いてはいますが。
ユッコに関しては本作ではエスパー、というよりサイキックが強化されています。
言うまでもなく、プロデューサーはこれぐらいはできる存在なのです。
今回の幕間は、運動会の話しから考えていました。
つまり、伊織が誰よりも彼と一番最初に出会っていたのだ!
まあ、本人は忘れていましたがね。
伊織は書きやすくて、つい優遇してしまうんですよね。キュートの中ではヒロイン候補ではありましたけど。
今年も残りわずか。あと一回更新できればと思っています。
消去法であとは小梅と輝子なんですが、幕間を入れたいなあと考えているのでもしかしたら難しいかもしれません。
スカウト編はもっとやりたいと思っているのですが、そうするといつまでたっても本編が進まないので、次回とあと一回か二回ほどですます予定です。