銀の星   作:ししゃも丸

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前回書き忘れたのですが、他作品のキャラを出しましたが名前だけです。音楽関係でパッと思いつくいたのがアレだっただけです。
ただ、あるキャラに関してはとある事情により出す予定です。


346編
スカウト編その1


 

 二〇一三年 十二月某日

 

 武内が書類仕事に格闘しているとプロデューサーが声をかけてきた。その言葉に耳を疑ったのか彼は動かしていた手を止めた。

 

「私がアイドルのスカウト……にですか?」

「そうだ」

 

 言いながらプロデューサーは武内に数冊ある読者モデルを渡した。

 

「これは?」

「だから言ったろ? スカウトだって」

 

 雑誌には付箋が貼っており、指示されたページを開くには手はかからなかった。目を通すとそこには数人のモデルが載っていた。

 丸がついているのがスカウトする女性なのだろう。しかし、丸が多くて彼がスカウトしようとしている女性が特定できなかった。

(一体誰なのだろうか)

 武内は真面目な男だった。故に変な方向に考えが向いてしまうのだ。自分は今試されている。これぐらいわかなければプロデューサーにはなれないと。

 まったくもって不器用な男なのだ。武内という男は。

 悪戦苦闘している武内を見ながらプロデューサーは苦笑しながら教えた。

 

「まったく。普通に誰ですかと聞けばいいのに。真面目すぎるぞ」

「その……。すみません」

 

 手を首に回しながら武内は言った。何かあるとそうするのは彼の癖だった。

 

「まあ、それがお前の美点ではあるがな。で、これがお前の分。リストにもある彼女が今日撮影を行うらしいから頼む」

「高垣楓、ですか」

「お前から見てどうだ?」

「はい。とても良い女性だと思います。しかし、その。言いづらいのですが」

「高垣楓の年齢でアイドルは難しいか?」

「……はい」

 

 実際いま活動しているアイドルの多くは十代の少女が多い。この高垣楓という女性はモデルということもあって綺麗だし、男として惹かれるものがある。よく見れば、彼女の瞳はオッドアイだし特徴も多い。

 プロデューサーが言うように武内が懸念しているのは容姿ではなく年齢だ。雑誌には23歳とある。今からアイドルになるのはリスクが大きすぎる。

 

「お前の言いたいこともわかる。しかし、それを決断するのは本人だ。俺達がしなければいけないのは、彼女がアイドルの道を選択した時それを全力で導くことだ。それにだ。我がアイドル部門が掲げるのは『誰でもアイドルになれる』だ。違うか?」

「それは、確かにそうですね」

 

 どういう経緯でそうなったのかは聞いていない。武内自身もそれを聞いたのはプロデューサーからだった。彼は『誰でもアイドルになれる』という理念はとても好感できた。そこには無限の可能性があるとも。しかし、誰でもというが一体どれぐらいの範囲なのだろうか。

 

「納得した所で早速ここに向かってくれ。場所は聞いてあるし話も通してある」

 

 渡されたメモ紙を受け取り目を通す。書いてあったのは高垣楓の今日のスケジュールと、彼女がこれから撮影を行われているスタジオの場所が書かれた地図と住所だった。実際に行ったことはないが武内も知っている場所でもあった。

 もうお膳立てはできているということですか。この手際の良さにこの人の凄さを再確認させられる。ふと武内はある事に気づいた。

(なぜ自分が彼女なのだろうか)

 武内は別に女性が苦手というわけではないし、コミュニケーションが取れない訳ではない。ただ、彼の無愛想な顔が原因で相手が怖がってしまう。

 知人や同僚に笑ってみろと言われてやってみたが、「ごめん」と言われるぐらいには自分の顔はいいものではないということに心底悩んでいた。とりあえず、先程言われたように気になったので抱え込まず聞いてみた。

 

「ちなみに一つお聞きしてもいいでしょうか?」

「なんだ。言ってみろ」

「どうして私が高垣さんをはじめとした二十代の方ばかりなのでしょうか」

「そんなの決まってるだろうが」

 

 当たり前だろ言いたそうにプロデューサーは持ってきた雑誌を手に持ちながら、

 

「お前の顔は十代の少女には強烈過ぎる。初対面なら尚更な。あと、ほれ」

 

 プロデューサーがポケットからあるものを取りだして武内に投げた。彼はそれを両手でキャッチした。感触からして車の鍵だということはすぐにわかった。

 〈美城プロダクション〉の規模なら営業車は普通の事務所と比べれば保有台数は多い方だ。だからと言って何十台と保有しているわけではない。前もって使うと分かっているなら事前の申請をすればいいし、当日使うなら直接管理部へ行けばいい。

 ただ、これが競争率が高い。優先者に回されることもあるので中々使えない時もあったりするのだ。〈美城プロダクション〉ほどの事務所ならば社員の数も多いので当然でもあった。しかし、当社に所属している女優やアーティスト。そして、アイドル。これらが必然的に必要になるので優先順位は高いのだ。

 また、営業車を使えない人間は私用の車を使っているらしく、総務部に走行距離等を報告して経費で落としてもらっているらしい。武内は私用の車を持っていないし、近ければ徒歩で、遠ければタクシーや電車をよく利用するので彼らの気持ちはわからなかった。

 まあ、経費を落すために毎回申請書類を書くのは手間であるが。

 

「お手数をおかけします」

「気にするな。それじゃあ、またあとでな」

「はい」

 

 武内はさっそく荷物をまとめで敷地内に停めてある駐車場へと向かった。その途中トイレによって彼は鏡の前に立って自分の顔を見た。そこには相変わらずの無愛想な顔をしている武内であった。

(……人の事は言えない、とはさすがに口が裂けても言えません)

 さらに言うならば。きっと自分より先輩のが絶対に怖がられるに違いないと武内は心の中でぼやきながら時計を見る。

 しまった。こんなことをしている場合ではない。

 時刻はすでに彼女の撮影時間が迫っていた。これではスタート地点にすら立てない。武内は周りに迷惑をかけないぐらいの早さで駐車場へと向かった。

 さて。上手くスカウトできるだろうか。しかし、まずは現場に向かわなければ。心配はそのあとだ。

 

 

 Case1 佐久間まゆ

 

 まったく腹立たしいことに、今日の占いの恋愛運は全然かすりもしてない。100点だったのにかかわらずにこれだ。

 運命の人なんているのだろうか。

 撮影の最中、佐久間まゆはそんなことを思いながら心の中で溜息をついた。つい口に出したくなったが生憎撮影中だ。しかし、彼女がぼやきたくなるのも仕方がなかった。

 まゆは朝の番組の占いを毎日チェックするような人間ではなかった。ただ、今日はたまたま見た番組の占いがそうだったというだけだ。ただ、それが一つだったらの話で、ふと気になってチャンネルを変えたり、スマホを使って見たYahooの占いも恋愛運が100点。

 これは偶然なんかじゃない。

 調べる限りの占いの結果がみんな同じなのだから期待してしまうのも当然だった。しかも、今日は読者モデルの仕事で東京に来ていたのでそれがさらに決めてとなった。

 だが、実際はまったく期待外れだった。今では見慣れたカメラのフラッシュが光っているだけだ。ここに来るまで多くの人とすれ違ったが特にこれと言って運命の人と呼べるような人を見つけることはできなかった。

 まゆは、まだ十五歳ながらそれを顔には一切出ていない。プロと言ってもいい。そんな彼女の仕事ぶりに応えていたカメラマンの手が止まった。

 どうやらこれで終わりらしく、カメラマンの男が声をかけてきた。

 

「まゆちゃんお疲れ。これで今回の撮影は終了だよ」

「ありがとうございました。カメラマンさん」

「今日はこのあとどうするんだい? 予定よりも早く終わったし街でも見て回るの?」

「いえ。今日はこのまま帰ろうかと。特に用もありませんし」

「そう。じゃあ、またよろしくね」

「はい。では、失礼します」

 

 スタジオを後にしたまゆは用意された部屋に戻り着てきた服に着替えた。スマホの画面をつけて時間を確認すると今の時刻は午後三時過ぎ。

 さて。本当にどうしようか。

 まゆはカメラマンに言われたように何処かで時間を潰そうかと考えてはいたが、そんな考えはどこかに消えてしまっていた。運命の人に出会えると言うなら喜んで今すぐここから飛び出して街へと赴いてもいい。予定の新幹線に乗るまでの時間すべてを費やして運命の人を探してみせる。そう、意気込んでいたが今はそんな気力はなくなってしまった。

 小さな溜息をつきながらまゆは荷物を持って部屋を出た。建物の出入り口まで向かっていき自動ドアを抜け外へ。彼女が出て行くのと同時に一人の大男が建物の中へと入っていった。

 あれ? 今の人……。

 咄嗟に振り向いた。視線の先には背の高い男性が建物の中へ歩いて行くのが見えると自動ドアが閉まった。

 まゆは、数秒立ち止まったか前を向いてまた溜息をついて歩き出した。気のせいだ。きっと、そうに違いない。

 しかし……。では、私は先程の人に一体何を感じたというのだろうか。そもそもなんで振り向いたのかすらわからない。もしかして、今の人がそうなの……?

 いや、まさかそんな事がそんな簡単に起きるわけない。運命の人に出会えないからと落胆している時に都合よくそんな人が現れる。まるで漫画みたいだ。

 もしかしたら後ろから声をかけてくるのかもしれないと心のどかでまゆは期待していると、

 

「おーい! 待ってくれ!」

 

 本当に後ろから声がする。いや、待て。ここはもう外だ。周りには人が大勢いるし、声の主が自分を呼んでるとは限らない。

 まゆは足を止めず歩き続けた。それでも、声はだんだんと近づいてくる。そして、彼女の横を通り一人の男が立ちはだかった。

 

「きゃっ!」

 

 突然のことでまゆは思わず声をあげてしまった。

 

「はあ、はぁ……。ふぅ、行ったかと思ったよ」

 

 男だ。それもとても大きな男。声からして日本人だということは当然わかった。だが、どうみても目の前の男は日本人離れしている。身長が高く、厳つい顔にサングラスをかけ、完璧にスーツを着こなすその姿は……。ヤクザというよりもまるで映画に出てくるマフィアを連想させた。

 だが、まゆは普通の人ながら誰もが恐怖を抱くであろう目の前の男に、ある事を確信した。

(……この人だ)

 この人が、運命の人だ。この胸の高鳴りに火照り。間違いない。

 

「佐久間まゆさん、だね?」

「は、はい」

「私はこういう者です」

 

 渡された名刺を見る。

 765プロダクションプロデューサー……? 

 聞き覚えのある名前だった。たしか、〈765エンジェル〉や〈竜宮小町〉。そして、〈四条貴音〉で有名なアイドル事務所だったとまゆは記憶していた。

 

「あ、それ前の名刺なんだ。今は美城プロダクション所属でね」

「そのプロデューサーさんが一体私に何の用なんでしょうか?」

 

 運命の人が何の目的で自分に声をかけたのか察していながらもまゆは聞いた。少しでも長くこの最高の瞬間を長く味わっていたかったからだ。

 今、とても幸せ。

 信じてもらおうとは思っていないが、この人はきっと私の運命の人なんだ。わかる。私には、わかるの。

(占いは本当だった)

 疑ってごめんなさいと、まゆは心の中で今日の占いを見た番組に謝った。

 運命の人が私の目線に合して腰を下げた。とても素敵な顔……。

 

「要件はシンプル。君をアイドルとてスカウトし……」

「はい! 喜んで!」

「――たいと思って話をしたんだが……。どうやら説得する手間が省けたようだ」

「今から事務所にいけばいいんですか!?」

「い、いや。そんな急じゃなくても。ほら、ご両親にも相談しなきゃいけないだろ?」

「大丈夫です。問題ありません!」

「そ、そう。じゃあ……」

 

 言うと彼は、私から名刺をとって裏面に別の電話番号を書いて渡してきた。

 

「表のは違うからここに連絡を。携帯の番号もあるけど出れない時があるから念のためにね」

「わかりました。まゆ……すぐにあなたのもとに行きますから。待っていてくださいね……!」

「あ、ああ。それじゃあ、連絡を待ってるよ」

 

 私は彼が見えなくなるまでずっとあの大きな背中を見ていた。今日は人生最高の日だ。神様が本当にいるのだしたら、私はその存在を信じようと思う。だからこそ、今日 という日に感謝を。

 ふふふ。これからはずっと傍に居ますからね……。

 プロデューサーさん♪

 

 

 Case2 高森藍子

 

 

 その日は十二月にしてはとても暖かい陽気だった。

 少女――高森藍子はいつものように小さなカメラを持って近くの公園へと足を運んでいた。公園の散歩は藍子の趣味でもあったが、この時期は寒くて散歩が趣味である彼女でも少し遠慮していたのが今日は違った。

 今日はいいことありそう。

 歩きなれた公園の道を歩く。残念ながら今は紅葉のシーズンではないので、枯れている木々を見ながら歩くのはちょっと寂しい。変わらないのは行きかう人々だろうか。

 藍子は歩いている道の先に向けてカメラを構えて、シャッターを押した。プロのカメラマンには負けるけど、こういうのでいいんだ。私の撮りたいものを撮るのだ。

 それから暫く藍子は気に入った風景を見つけてはシャッターを押していった。すると、彼女の前に黒い猫が通りかかった。この公園の知られざる支配者だ。

 

「あ。クロ、あなたなのね」

 

 にゃーおとクロは鳴いた。藍子にはそれが人間でいうところの挨拶だと思っていた。今の状況から想像するに「やあ、藍子。こんにちは。今日も可愛いね」と言っているのだろう。ちょっと捏造しているけど……。

 クロは藍子の足元にやってきて身体をこすりつけてきたと思ったら、すぐに離れてまたにゃーおと鳴くと歩き始めた。困惑していると猫がまるでついてこいと言っているようだった。首を傾げながらも藍子はクロの後に続いて歩き始めた。数分ほど歩き続けると、クロはいきなり走り出した。

 

「ちょ、クロ!?」

 

 クロのあと追う藍子が見たのはベンチに座る男性だった。遠目からでもその男性がその、凄味のある人間だということが見て取れた。

 彼は片手にコンビニでよく見るコーヒーのカップを持ちながらなにかの雑誌を読んでいた。クロは彼の前までいくと、ベンチの上に跳びあがり膝の上に乗った。

 うおっと、彼は声をあげるその姿を見て藍子は思わずカメラを構えてシャッターを押した。その音に気付いたのか、彼は藍子に声をかけた。

 

「この子、君の猫?」

「あ、いえ。違います……その、すみません」

「えーと。何が?」

「カメラに撮っちゃって……」

 

 藍子は申し訳なさそうにカメラを構えながら言った。

 

「ああ。それは別に構わないよ。気にしてないし……。ふむ」

「えーと」

 

 突然目の前の彼は、私はじろじろと見てきました。下から上まで隅々と。まるで品物を見定めるような、そう。よく、スーパーで野菜とか魚を見定める奥さんのような感じだ。

 ただ、その……。目の前にいる彼にじっと見られるのは怖い。

 本物のヤクザさんみたい。

 ……本物、じゃないよね?

 彼がかけているサングラスが本物だと裏付けるように強い印象を放っている。本物を見たことはないのでなんとも言えないのだが。ただ、たまに見るヤンキーというかチンピラみたいな人と比べると次元が違う。

 顔を横に向けながらちらりと彼を見る。

 ううっ。やっぱり怖いよ。

 どうして自分が、こんな目に遭わなければいけないのだ。今日もいつものように公園を歩いて、気になった風景をカメラに収めて、クロとお話して帰るだけだったのに。そうだ。クロがいけないのだ。私をここまで連れてきた張本人。いや、人というのはおかしいが今はどうでもいい。

 そもそもクロは、なんでここに来たのだろうか? 元々人懐っこい猫ではあったが。頻繁にここに訪れている藍子は目の前の彼は滅多にみない人間だった。または、時間帯が違うのかと思ったがそれでも初めてみる顔だった。

 それを踏まえて考えてみても、このクロの様子は初めて見る光景だ。こんなにも自分を許すとは。この人は、そんなに怖い人物ではないのかもしれない……?

 同じように観察していると、彼は立ち上がり藍子にある物を差し出しながら、にっこりと笑みを浮かべて言ってきた。

 

「アイドル、やらないかい?」

「へっ?」

「驚くのも無理はないよ。急だしね。でも、俺は本気だ」

「わ、私がアイドルなんて……。む、無理ですよ! 自慢できるような特技なんてないですし。お散歩が趣味な普通の女の子ですよ、私!?」

「そうかい? 俺はそう思わない。確かに、君の言うようにアイドルには何かしらの特技とか、魅力が必要なんだって思うのかもしれない。でも、違うんだ」

「……違う、ですか?」

「そう! 俺には分かるんだ。上手くは言えないが……。君は例えるなら優しい光というか、癒し系。そんな感じがするんだ」

「いきなりそんなことを言われても困ります」

「まあ、そうなるな」

 

 彼は笑いながら言った。内心、悪気はしなかったのが本音だ。誰だってそんなことを言われたら嬉しい。それが、スカウトをするための言い訳だとしてもだ。

 すると彼は手を差し出しなら、

 

「それでもだ。だから」

「だから……?」

「君は散歩を好きだと言ったな。なら、こういうのはどうだろうか。アイドルという道を俺と一緒に散歩をしてみないかい?」

 

 本当にこの人は、上手い言葉を言う。もう一度彼を見た。彼は、待っていた。私がいいえと答えを出すか、この手を取るまでずっと待っているかのように。

 でも、悪くはない。

 彼と一緒にその道を散歩するのも悪くはない。たまには自分が決めた道ではなく、誰かの案内で歩く道もいいのかもしれない。この人と共にお散歩をしてみよう。何事もと挑戦だ。

 気付けば、藍子は彼女の手を取り答えを出した。

 

「わかりました。でも、まだアイドルになるって決めたわけじゃないです。詳しいお話を聞かせてください」

「もちろん」

 

 力強く、でも優しく彼は藍子の手を握ってきた。それに答えるように彼女も笑顔で答えた。すると、クロがまたにゃーおと鳴きながら彼の足に近づき、彼はクロを抱き上げなが彼女に聞いてきた。

 

「ところで。この子に名前はあるのか?」

「クロです。すごくそのままで、何の捻りもないんですけど。ほら、クロってシンプルでカッコイイし、男の子にはピッタリだと思って。あ、私が勝手に付けたので本当の名前はないんですけど……」

「そうか。しかし、この子にクロという名前だとどっちで呼べばいいかわからないな」

「え? それってどういうことですか?」

「そりゃあ、クロくんかクロちゃんで悩むだろう?」

「へ?」

「だって……。この子、雌だからね」

 

 彼はクロを抱いたまま藍子に見せた。クロは、にゃーおと嫌がる素振りを見せず鳴いた。まるで、「気付いてなかったの?」と言っているようだだと藍子は思った。

 は、恥ずかしい……!

 藍子は顔を真っ赤にしながら、その場にしゃがんでしばらく唸っていた。

 

 

 Case3 十時愛梨

 

 

(予感がする。もっと問題児が増える。そんな予感が)

 自らスカウトしてきたアイドル達の資料を作成しながらプロデューサーはそんなことを思った。

 問題児といっても色々あると思うが、この場合だと一癖も二癖もあると言ったところだろうか。ただ、その問題児をスカウトしたのが自分なのだから、この場合自業自得ということになる。

 もちろん、後悔はしていないが。

 なんとかしたい、対処法を考えねばと頭を働かせるが中々名探偵のように閃きはしなかった。

 裾捲り、左腕にある腕時計を見た。今の時間は丁度レッスンの時間だったはず。プロデューサーは作成していた資料をまとめ部屋を出た。間違っているとは思ってはいながら念のためだ。

 エレベーターで一階まで降りて、別館まで繋がっている通路を歩く。この別館にはレッスンルーム、サウナ、浴槽、エステなどアイドル達はもちろん、346プロに所属している女優なども使っている。これほどの待遇を受けられる者はそうはいない。

(ここは聖域だな)

 男子禁制のと付くが。だからと言って男性は使えないわけではない。ちゃんと男性用のフロアもある。数は少ないが。

 目的地であるレッスンルームに着くと、プロデューサーは急に、いや猛烈に嫌な予感がした。

 開けてはいけない。でも、開けなければ仕事が片付かない。

 よし。深呼吸だ。

 すー、はー。すー、はー。

 どうにでもなあれ。

 プロデューサーはノックして扉を開けた。

 

「駄目だよ、愛梨ちゃん!」

「えー? 大丈夫だよ」

「失礼。ちょっと確認してもら……」

『……あ』

 

 そこにはシャツを脱ごうとしていた愛梨とそれを止めようとしている藍子。それに他のアイドル達が数名目に映った。

 愛梨のバストは88。俗に言う巨乳である。彼は数秒間彼女に目を奪われてしまった。というよりも、思考が停止していた。

 ――貴音のが2cmデカいな。

 意識が戻って真っ先に思ったのがどうしようないことだった。プロデューサーは逃げるように扉を閉めながら言った。

 

「……終わったら呼んでくれ」

 

 扉を背にしてもたれ掛れる。何やら騒ぎ声が聞こえるが聞き耳を立てることなく彼は近くの休憩所に向かった。

(目下の課題は愛梨のアレだな……)

 十時愛梨は天然である。それはまだ、いいのだ。問題は彼女は暑がりで、服を脱いでしまうということだった。先程のようにレッスンをして体が熱くなってきたので脱いだのだろうと容易に推測できる。女性だけがいるだけならまだしも、男性がいる中でああいうことをするのは非常によくない。アイドルとしてではなく、一人の女性として。

 勘違いをする男が絶対にいるだろ。アレは。

 小さな溜息をつくと、プロデューサーはある女性とのやり取りを思い出した。

 

 

「アイドルをやるのはいいんですけどぉ。実際にどういうお仕事をするんですかぁ?」

「まあ、色々だよ。今のアイドルは色んな仕事をするからね」

「へー。そうなんですかぁ」

 

 その日。十時愛梨を見つけ無事スカウトすることに成功したプロデューサーは、彼女の質問に答えていた。この時まではいたって普通だったのだが、その時一緒にいた彼女の友人はあまりいい顔はしていなかった。どちらかと言えば愛梨を心配しているような素振りだった。彼女は真剣な眼差しで今後の助言、警告とも言うべき言葉をプロデューサーに送った。

 

「あの、プロデューサーって呼べばいいんですか? この場合」

「あ、ああ。そうだが」

「いいですか。友人としてお願いします。愛梨を絶対に一人にしないでくださいね! 絶対ですよ!」

「それってどういうことだい?」

「何れわかりますよ。何れ……」

 

 結果。現在は彼女の『何れ』を身を持って痛感していた。

 

 この時はまだ専用のオフィスはなく、用意された部屋で仕事をしていたプロデューサーはどうすべきかを考えていた。

 ユニットを組ませるべきか。いや、まだそれは……。

 人数もまだ揃っていないし、今は個々の能力を伸ばすことが大事だ。まだその案は早計だと判断し、別の案を考えようとした途端に問題の種である愛梨がやってきた。

 

「あ~! プロデューサーここにいたんですね」

「愛梨か。何かあったのか?」

「これを届けに来ましたぁ。トレーナーさんに言われて持ってきたんですよ」

 

 それは各アイドル達の経過報告といったところだろうか。簡単に言えば、成績表だ。今は少人数のためトレーナー四人体制でレッスンを受け持ってもらっている。そのためか、びっしりと評価が書かれている。もちろん、目の前にいる愛梨のもある。

 

「何が書かれているんですかぁ?」

「お前の良い所と駄目な所だ」

「え~? 私これでも動けている方だと思うんですよぉ! ほら、こうやって」

 

 止める前に踊りだす愛梨。彼女の踊りは始めたばかりで粗もあるが様になっている。が、問題は別にあった。

 デケェな。ああ、本当にデケェな。

 一般的にこういう場面に出くわした場合普通の男性は色々と反応するのだろうが、プロデューサーという男は身近にいる同じアイドル二人によってそういうのには慣れている。元から鋼の精神を持っているため欲望には負けないが、目にはよくないので彼は止めた。

 

「愛梨。もういいからやめてくれ。わかったから」

「え~? これからなのに。それにしても、この部屋暑いですね……。よいしょっと」

「馬鹿! 脱ぐんじゃない!」

「だってぇ、暑いんですもん」

「だってじゃない! 頼むからやめてくれ! それを治せとは言わないが、少しは場所を弁えてくれないか!?」

「しょうがないですねぇ」

 

 不満があるのか、渋々服を着なおす愛梨を前にしながら大きな溜息をついた。プロデューサーは両手で頭を抱えて机に伏せながら後悔した。

 もっと、ちゃんと聞くべきだった。

 その有様がこれだ。強くいう事はできないし、かといって自分では解決することができない。悩んでいる彼を余所に愛梨はのほほんとした感じで部屋から出て行く。その後ろ姿を見ながら彼は強行手段をとることにした。

 面倒事は押し付けることに限る。

 すぐに内線でちひろ呼び出し、彼女を使ってプロデューサーはある人物を呼び出した。川島瑞樹と高森藍子である。

 呼び出された二人は疲れ切った顔をしているプロデューサーを見て何かを察したが、この場に来た時点で逃げることは不可能になったということに気づくことはなかった。

 プロデューサーは疲れた顔をしながらも二人に笑顔で言った。

 

「二人とも愛梨のアレは知っているな?」

「ええ。知ってるわよ」

「その、はい。私もなんとかしてはいるんですけど……」

「わかっているなら話は早い。二人には愛梨のお目付け役を任命する」

『……え?』

 

 二人の肩をぽんと叩きながらプロデューサーは言うと、瑞樹が引きつった笑みをしながら聞いた。

 

「ちなみに……。拒否権は?」

「あると思うか?」

「な、なんで私達なんですか~!?」

「現状まともな常識人がお前達二人だけだからだ。俺がなんとかしなかって? やだよ、俺は男だし、もう疲れた。手を尽くそうとしたけど無理。ずっと目を光らしていたいがそんなの無理。だから、頼んだ。この先仕事が増えたら一緒に組ませるようにしとくから心配するな」

 

 やけに早口で言うプロデューサーに二人は『あ、本当に諦めたんだな』と思ったが、同情する気にはなれなかった。なぜなら自分達が厄介ごとを押し付けられたのだから当然だった。

 

「じゃあ、後よろしくー」

 

 面倒事が起きた時はこの手に限る。

 これで一安心。

 そう思っていたがプロデューサーであったが、愛梨以上に手のかかるアイドルを自らスカウトすることになるとは、今はまだ知らないのであった。

 

 

 

 





今回の反省。愛梨だけすごく無理やりにまとめてしまったこと。
書けるかなと思って書き出したらなぜか難しくて変な感じになってしまいました。

スカウト編はアイドル視点だったり、P視点だったりしますのでアイドルによって違います。今の予定ですと、765編の最後に出したアイドルはやりたいと思ってます。

今年も残りわずかですが、頑張ってあと二回は更新できればいいなぁ……。

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