銀の星   作:ししゃも丸

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どうしてこうなってしまったのだろう……


第16話

 

 それは、千早のスキャンダルが世間に公表されたすぐのことだ。

 いずれ、キミにも教えるつもりだった、と赤羽根に向けて高木は申し訳なそうに言った。付け足すようにもちろん律子君にもだと。いずれとはいつのことですかと言いたくなったが赤羽根はこらえた。

 いつもそうだ。自分はいつも、蚊帳の外。ここに来てまだ一年と経たず、本当の信頼を得るには至っていないということは自覚している。それでも、自分なりの信頼関係を築けたと思っている。それが、女の子なら尚更だ。自分は上手くやっていると赤羽根は言い聞かせた。

 

「今回ばかりはアイドルとしてではなく、彼女の家庭の問題だ。私はそれを立場ゆえに把握はしていた。だが、踏み入ろうとはしなかった。この事はもちろん彼も知っていた。未成年である彼女を含め、我々は保護者に報告をしなければならない。その時教えた」

 

 それは、わかる。わかるが、納得はできない、と赤羽根は心で否定した。あなたは、あなた方はいつもそうだ。自分には大切な事は教えず、自分達だけで納得してしまっている。

 確かに、先輩は凄い人だ。それは、自分にだって分かる。それでも、自分はここのプロデューサーなのだから話をしてくれても、任せてくれてもよいのではないか?

 

「言い訳のように聞こえるかもしれないが、私は母親と別居していることと、特別な事情があることしか把握していない。彼はわからんがね。真実を知ったのは君たちと一緒だ。はっきり言えば、こんな形で公になると思ってもいなかった」

「それでも、教えてほしかったです」

「すまない。さっきも言ったが、教えるつもりでいたんだ。ただ、どのタイミングで言ったいいかわからなかったんだ」

「社長。俺は、アイツのプロデューサーです。誰よりもあいつに近い人間だからこそ、何かしてやりたいんです」

 

 力の籠った声で赤羽根は言った。高木もそれはわかっていると肯定した。

 いや。わかっていない。自分は彼女を間近で見たのだ。ライブに立って歌おうとした彼女が突然声が出なくなった。本人も混乱していた。自分だって訳が分からなかった。その後のボイスレッスンでも声を発することができなかった。歌に対して誰よりも真剣だった彼女が歌えなくなる。それがどんなに辛いか。想像もできない。

 

「彼から連絡があったよ。テレビ局などにはすでに根回しはしたそうだ。だが、飛び散った火の粉はどうしようもないと。あとは、如月君自身が何らかの形で公表することになるだろうと」

「先輩はこちらには戻ってこれないんですか?」

「無理だそうだ。ただ、電話越しだったがかなり……キレていたよ」

「キレてたって、あの先輩が?」

「ああ」

「社長、それ本当なんですか?」

 

 近くで聞いていた小鳥が割って入った。その顔はかなり慌てているように赤羽根は見えた。

 

「多分、間違いないと思う。あの一件以来か。彼がこんなにもキレたのは」

「あの一件ってなんです?」

「もしかして、社長。それって、アレですか」

「アレだ。小鳥君も知っていたのかね」

「え、ええ。二人で飲んでいる時にプロデューサーさんがつまみのネタに話したんです。わたしも酔っていて笑ってましたけど……」

「すみません。俺にもわかるように教えてください」

 

 割り込まなければまた蚊帳の外に置かれるところだった。高木はすまないと言って説明した。

 

「彼が25、6歳の時だ。初めてアイドルをプロデュースすることになった時に起きた事件なんだ」

「初めてのアイドル、ですか」

「ああ。当時はまだ今ほどのアイドルブームという訳ではなかった。だが、徐々にブームに火が付いてきた頃だったと思う。当時は今と比べてテレビ局の上は酷いものでね。色々と強要と言うか、脅迫染みたことをする人間が多くてね」

 

 それを聞いて何故かわかってしまった。赤羽根は恐る恐る聞いた。

 

「あの、それって」

「キミの思っている通りだ。いわゆる、枕営業ってやつだ」

 

 赤羽根は声に出さなかったが、小鳥はうわぁと引いた声をあげていた。

 

「つまり、先輩が担当していたアイドルにそれをしてきたと?」

「正確には、アイドル本人に直接したそうだ。事務所やプロデューサーに言ったらどうなるかわかるか、と釘を刺してね。彼女はその通りにしようとしたらしい。ただ、彼が様子のおかしいその子の異変に気づいた」

「それで未然に防いだわけですね。でも、それじゃあ事件と呼ぶには少し……」

「話にはまだ続きがあってね。そのことを聞いた彼は何をしたと思う?」

「何って……すみません。こういう時、どう対処すればいいかわからないです」

「誰だってそうだろう。私だったら絶対に拒否させる。しかし、全員が私と同じ考えではない。そういう人間も多かった時代だ」

「では、先輩はどうしたんですか?」

「……脅迫してきた男を消した、らしい」

 

 言っている言葉が恐ろしいのはわかるが、なぜ疑問形なのだろうかと赤羽根は疑った。

 

「彼がやったという証拠はないんだ。それでも、翌日にはその男がテレビ局から消えたのは確かなんだ。私も善澤君から聞いた話だがね」

 

 先輩ならやりかねないと半年過ごしてきた赤羽根は直感した。だが、それが出来るほどの力を持っているのが自分との大きな違いだとも気付いた。

 

「だからなのか。知る人間が口を揃えてこう言っていた。黒井の後継者、とね。私もそれに同感していたよ。彼のそういう所が黒井によく似ている。その黒井も手を貸したと噂があったが真相は本人のみぞ知る、と言ったところだ」

「多分、その話はかなりの確率で真実だと思いますよ。プロデューサーさんが笑いながらそんな話をしていましたから」

 

 信憑性を高めるように小鳥が言った。ただし、顔は引きつっていたが。

 

「それが本当なら許されることではないんだろうね。ただ、彼は……アイドルを護るためにそれをした。理解は、できる。だが、納得はできんだろうね」

「俺は……そんな真似できませんし、したくもありません」

 

 先輩のことを尊敬している。だからこそ、それはできないと赤羽根は思った。

 

「それでいい。キミは、キミのやり方でやりなさい。私から言えるのはそれだけだ。だから、如月君のことは頼んだよ」

「はい!」

 

 そして、赤羽根は事務所にすら来なくなった千早に会うことを決意した。スキャンダルによって再び強く思い出してしまったことにより精神的なダメージを負ってしまったのだ。当然だと思った。

 正直に言えば、なんて言って声を掛けたらいいかわからなかった。歌おうとするたびに声がだせない彼女にどんな言葉をかけたらいいのか。それでも、会って話をしなければいけないと赤羽根は強く思った。

 

 千早に会いに行くと決めた赤羽根は、春香と共に彼女の家に向かっていた。彼女がこうなってしまってから心配だった春香は、何度か千早の家を訪ねた。けれど、中に入ることもできず、扉越しでインターホンを通じて話したが、駄目だった。

 春香の手には一冊のスケッチブックがあった。千早の弟である優のものである。

 

「あの……赤羽根P」

「どうした、春香」

 

 千早の家に向かう車の中で春香が赤羽根に質問した。

 

「私のやってることってお節介、ですか?」

「どうしてそう思うんだ」

「だって、この間も千早ちゃんをなんとかしてあげようとしたどころか、逆に怒らせちゃったし。助けようとしているどころか、傷つけてるんじゃないかって、そう思って」

「俺はそう思わないよ」

「どうしてですか?」

「先輩も言ってた。皆の中で春香が一番広い視野を持っているって。俺もそう思う。だからこそ、一番に気付いて声をかけて、誰かのために心配して。春香、誰かのために何かをするって言うのは簡単じゃないんだ」

「そう、なんですかね。実感ないです」

 

 少し照れくさそうに春香は言った。

 

「普通の人は誰かのために何かをしようとするなんてこと、稀だと思う。だから、春香のやっていることは凄いことだと思うし、立派だ。それが春香の良い所だと、俺は思うよ」

「でも、時にはそういう優しさが人を傷つけちゃうこともありますよね。今の私がそれだと思ってます」

「春香。物事をマイナスに考えちゃ駄目だ」

「わかってはいるんです。けど……」

 

 春香の気持ちもわからなくはなかった。やろうとしていることが裏目にでてどんどん悪化しているのだと思っているのかもしれない。赤羽根もそれはわかっている。

 誰にだって喧嘩をしたことはある。今はそんなことをする年齢ではないと赤羽根は思っているが、ふと昔はどうやって仲直りしたかと思い出す。喧嘩の原因は、ほんの些細なことだった。口論になり、顔を合わせても互いに無視。目も合わせない。けれども、気付けばいつものように喋っているのだ。きっかけは思い出せない。でも、そういうものだと赤羽根は自分の経験をもとに考えていた。

 だから、今回の事も自然と時間が解決すると心の中では思っていた。だが、それは望めないし、できない。如月千早はアイドルである。その選択肢はない。先輩が言っていたように、自分で動かなければ始まることも、終わらせることもできないのだ。

 それでも、春香のやっていることは間違いではないと赤羽根は確信を持っていた。

 

「俺は春香の言葉はちゃんと千早に届いていると思ってる。千早がどう受け止めているかはわからないけど」

「どうしてそう思うんですか?」

「俺はお前達のプロデューサーだから。信じてやらなきゃいけないんだ。どんな時も、どんな事があっても」

「……今の赤羽根さん。ちょっと格好いいって思っちゃいました」

 

 クスリと笑いながら春香は言った。

 

「まあ、嬉しいよ。春香、何度も言うけど大丈夫だ。そうじゃなきゃ、話す前に門前払いさ」

「それも、そうですね。きっと、大丈夫ですよね」

「ああ。だから、千早と向き合いに行こう」

「はい!」

 

 それから少し車を走らせ千早の住むアパートへ来た。二人は千早の部屋の前に立っていた。先に春香が話すが、やはり気が重いように見えた。それでも、勇気を振り絞ってインターホンを押した……出ない。春香は駄目元で自分の名前を言った。

 

「ち、千早ちゃん! 私、春香だけど」

『何の用。もう、私には構わないでって言ったでしょ』

 

 春香だとわかって千早も対応した。

 怒っているよりイラついているなと声から赤羽根は推測した。こうして、相手が春香だとわかってすぐに切らない辺りはまだ大丈夫だと判断した。

 

「ごめん。でも、今日はちょっと違うの。言いたいことはこの前に言ったから」

『じゃあ、何しに来たの……』

「これを届けに来たの」

 

 そう言って春香は玄関にある郵便受けにスケッチブックを入れた。

 

「私の用はこれで終わりだから」

 

 春香は赤羽根にどうぞと言って場所を譲った。

 

「千早、俺だ。言いたくないならそれで構わない。勝手に話す。何を言っても同情にしか聞こえないと思う。俺やみんなが言いたいことは、全部春香が言ってくれた。だから、俺はこれしか言えない」

 

 赤羽根は次を言う前に軽く深呼吸をした。

 すーはー、よし。

 

「それでいいのか?」

 

 返答はなかった。

 

「今、アイドルをいや、歌うことをやめていいのか? やめたら、今まで千早のしてきたことが全部無駄になると俺は思ってるよ。それと」

 

 赤羽根は鞄から大きめの封筒をだし、郵便受けに入れた。

 

「それは春香達が書いた歌詞を作曲家が作ってくれた歌だ。あと、それの音源。次の定例ライブで歌う予定だ。待ってるよ」

 

 言いたいことを言って赤羽根は春香を連れて車に戻った。車内に戻ると春香が慌てて聞いてきた。

 

「いいんですか。あんな言い方で」

「よくはない、と思ってる。でも、本当だ。俺はそう思ってる」

「それはそうだと思いますけど」

「先輩じゃないけど、誰かが悪役にならないといけないこともあるってやつだ。それに」

「それに?」

「今だからこそ、自分とちゃんと向き合わなきゃいけないんだ、千早は」

 

 そして、もう自分を許してもいいんだと赤羽根は思った。

 

 

 そうか、と自分がいない間に起きたことを赤羽根がプロデューサーに伝えたが、あっさりとした返事で彼は応えた。

 

「そうかって。先輩、そんな自分にはもう関係ないみたいな言い方はやめてください!」

『すまない。そういう風に言ったつもりはなかったんだ』

「すみません。少し取り乱しました。でも、今は先輩が必要なんです! 千早にも、他の子達にも」

『俺も手が打てるだけの事は全部した。お前の言う通り、そっちに行きたいがこっちもいま大詰めで簡単には動けないんだ』

「それはわかりますが……アイドルよりも仕事が優先なんですかっ」

 

 と言ってから自分が言ってはいけないことに気付いた。少し間をおいてプロデューサーは答えた。

 

『そうだ。今、俺の優先すべきはこっちだ。ボランティアでやっているわけじゃない。役職を与えられ、それなりの企画を任されている。俺一人ならいい。だが、そうじゃない。俺はまだ、765プロのプロデューサーだ。確かにお前の言う通りなのかもしれない。だが、俺はすでにやれることはやった。お前も千早の家に行って言ったんだろう。それでのいいのかって』

「……はい」

『春香がみんなの言いたいことを代弁してくれた。伝えるべきことはすべて伝えた。あとは、千早自身で答えを出すしかない。アイドルとしてではなく、如月千早として』

「わかってます。それは、俺にだってわかってます! けど、俺は――」

『赤羽根。俺が居なくなったあと、お前があいつらを見ていくんだ。そんな弱気でどうする。大丈夫だ、自信を持て。お前ならできる』

「……先輩」

『何かあれば連絡をくれ。またな』

 

 そう言って先輩は通話を切った。先輩の言いたいことはわかる。けれど、納得できない。社長の言っていた話や、普段のあの人を見て思うのは、きっとアイドルを選ぶと思っていたからだ。けど、違った。都合のいい時だけ仕事を選んだあの人に裏切られた気分だ。

 ここ最近、千早の件から感じていたことがある。

 いま、自分の中で渦巻くものがある。これはなんだ?

 怒り? 憎しみ? 不愉快? どれも違う。なぜか、それだけはわかる。

 自分はあの人を尊敬し、目標だと思っていた。それは今でも変わらない。だが、それと一緒に抱いているものがある。

 ……そうか。わかった。

 

「俺は、あの人のことが……嫌いなんだ」

 

 

 私は、二人が去ったあと玄関に向かった。郵便受けを開けると、そこには今でもはっきりと覚えている、優のスケッチブックと大きな封筒があった。

 どうして春香がこれを、と思ったがきっと母が渡したのだろうと察しがついた。私は、スケッチブックを開かず、赤羽根Pが言っていた封筒を開けた。そこには確かに歌詞とCDがあった。みんなが書いた歌詞だと言っていた。

 驚いたのは意外にも歌詞を手に取っている自分だった。癖なのだろうか、たぶん、そうだ。

 もう歌えないとわかっているのに、なにをやっているのだろう。まだどこかで歌えると希望を抱いている自分がいるのだろうか。嫌になる。

 CDを手に取るとケースの裏にテープで半分に折った紙が貼りつけられていた。剥がして読んでみると、赤羽根Pからだった。

 

 千早へ 

 これを読んでるってことは歌詞も目を通してくれたってことだろうと勝手に解釈する。きっと、俺はお前に対してキツイことを言ったと思う。だから、伝えられなかったことをここに書いた。

 俺は最初にお前と会ってからライブの時でもずっと思っていたことがある。笑っていない、そう俺には見えていたんだ。竜宮小町のファーストライブの時、嬉しそうではあった。けど、俺にはそれが、嬉しいと思っているだけで笑顔ではないと思ったんだ。

 なんでだろうとずっと思っていた。その答えが、ゆうくんのスケッチブックを見て分かった。勝手に見たことを謝る。でも、そこには本当の千早がいた。なんとなくだけど、千早が歌に真剣、というより拘っていたのがわかったよ。

 だからこそ、俺は待っているよ。千早が本当の笑顔で歌える日を。定例ライブ、待っているぞ。 

 

 私は読み終わってスケッチブックを手に取った。そこには年相応の絵があった。ほとんどが私だった。捲っていくとそこには歌っている私がいた。

 私が歌を今まで歌ってこれたのはゆうのため。あの子が、私の歌が好きだと言ってくれたから。それが、私がゆうにできる唯一のことだと思っていから。

 でも、それはもうできない。ごめん、ごめんね。駄目なお姉ちゃんで。

 ――それでいいのか?

 なぜか赤羽根Pの言葉が過った。よくない。でも、声が出ないの! 歌おうとしても声が出せない! どうしたらいいのよ。

 私は泣きながらスケッチブックを捲っていた。すると、あることに気付いた。そこにいる私はどれも笑っているのだ。

 ――一歩前へ踏み出してほしい。

 プロデューサーが私にそう言ったことを思い出す。それに、本当の笑顔で歌う自分を見たいとも。

 

「優、いいのかな。自分のために歌ってもいいのかな」

 

 答えは返ってこない。私は、どうしていいかわかならなかった。それからしばらく天井を見上げていた。

 気付くと私は歌詞を再び手にとって、CDを音楽プレイヤーにセットした。

 なぜだかわからなかった。けど、そうしている私がいたのだ。歌は、声を出せないのに私はこうしている。私はようやく理解した。

 歌は私の……ううん。

 私“が”好きなモノが歌だから。

 だからこそ、諦めるという選択肢はないのだ。

 

 

 二〇一三年 十二月上旬 定例ライブ当日 十四時過ぎ

 

 765プロの定例ライブ当日。プロデューサーは346プロでの仕事を途中で切り上げ、午後は理由をつけて外に出ていた。態々346プロが所有している営業車を借りて走らせていた。

 サボっているわけではなくちゃんとした理由があり、そのために必要な物を買うためそれらしい店を彼は探していた。

 都内で人生の約半分を過ごしてきたがプロデューサーだったが、車で移動するのはやはり不便だと改めて痛感した。

 どちらかと言えば、近場であれば電車を利用するのが一番手っ取り早い。普通のサラリーマンならそれでいいのかもしれないが、生憎自分はプロデューサーという職業についている。アイドルの送迎だってするし、打ち合わせ等で必然的に車を使う機会が多い。

 唯一の利点は、これは自分の車ではないからガソリンは経費で落ちる、ということである。毎日のように使うのであればある意味自分の車のようなものだと言えるのかもしれない。

 しかし、346プロの車を運転するのは今日が初めて。パッと見る限り車内は清潔。定期的に誰かが清掃をしているのだろう。車体も綺麗である。

 ただ、不満なのが煙草を吸えないことであろうか。765プロの営業車でも吸ってはいないが、吸いたい衝動に駆られることが多々あった。

 貴音のおかげと言っていいのだろうか。一日三本という制限の所為で嫌なことがあるともっと吸いたくなる様になってしまった。まったく、どうしてくれるんだといない彼女にプロデューサーは愚痴をもらした。

 さて、ここら辺のはずだがとプロデューサーは一旦車を端に止めた。探しているのは346プロがよく利用している花屋で、事務員であるちひろに教えてもらった。彼の手にはメモがあり、今いる辺りの簡単に地図に丸で囲んであるところに「Flower Shop SIBUYA」と書かれている

 辺りを見回すと少し歩いたところに目的の店があった。後方確認して近くまで車を移動させて……着いた。車を出て店内に入る。

 今思うと、花を直接出向いて買うことはあまりなかったなとプロデューサーは思い出した。仕事上電話で発注することは多々あるが、こうして出向いて買いに来るというのは新鮮な気分だった。

 店の奥にいくとレジがあり、一人の少女がいた。ロングヘアーの黒髪が特徴的で少し愛想の無い顔をしているのが目についた。プロデューサーの存在に気付くといらっしゃいませと愛想よくし始めた。切替が早い。

 

「なにかお探しですか?」

「あー。墓に供える花をこれでつくってもらいたい」

「わかりました」

 

 お金を渡して少女はレジから出て花を見繕い始めた。

 待っているだけで暇だった彼は店内を見回し始めた。が、すぐに飽きた。なので、目の前にいる少女を観察することにした。

 推測するに中学二、三年生だろうか。アルバイトのはずはないから娘さんだろう。休日なのに店のお手伝いとは偉いなと勝手に褒めた。

 しかし……光るものを感じると会長譲りの直感というか、ティンときた。346プロにはまだアイドルはいないからスカウトをしたい衝動に駆られたが……我慢した。

 今における自分の状況からアイドルをスカウトする気分でなかった。

 赤羽根が見たらこう言うだろう。こんな時にあなたはアイドルをスカウトしているなんてどうかしている、と言うに違いない。今の赤羽根は敏感だ。感情的になっていると言っていのかもしれない。原因は自分の態度だろう。こういう性分だ。改める気はない。

 考え事に浸っていると、少女があの……と声をかけてきた。

 

「あ、ああ。なにかな」

「何か一緒にしてほしい花などはありますか?」

「いや、特にないんだ。身内のじゃなくてね」

「あ、いえ。すみません」

「こっちが悪いんだ。キミは自分の仕事をちゃんと勤めている。だから気にしなくていい。まあ、変だと思うだろ。身内じゃなくて、仕事の仲間というか、部下? いや違うな。特にそういうことなんだ」

「複雑な関係なんですか?」

「特殊な仕事でね」

 

 ふーんと少女は小声で呟いた。つい素の反応が出てしまったが、前を向いているためプロデューサーからは少女の表情は見えないのが幸いした。

 少女は変な人、と思いながらも手を動かす。

 

「で、その子の身内の墓参りというわけだ。やっぱり変だろ」

「そうは思いませんよ、私は」

 

 少女はそう言うと花を持ってレジに戻って包み始めた。

 

「上手く言えませんけど、悪いことではないと思います。それに、その子のためにこういう事をするのは、その子が大切だからではないからじゃないですか?」

「大切、か。確かにそうかもしれないな。うん、彼女の声は……とても素敵だ」

「……? はい、できました」

「ありがとう。キミと話せてよかったよ」

「えーと、ありがとうございます」

 

 なんと言っていいか迷ったが少女だったが、とりあえず礼を言った。

 

「機会があればまた買いに来るとするよ」

「ありがとうございました」

 

 花を持って店を出る彼を少女は見送った。頭を下げたときに気づいたのか、レジに一枚の紙があった。あの人のメモだろうかと思ってすぐに声を掛けた。

 

「あ、これ忘れ……もういないや」

 

 すでに彼はいなく、店には自分一人だ。

 やけに堅い紙だなと思ってよく見ると名刺だとわかった。見ているのは裏面だったので表の方見ると、「765プロダクション プロデューサー」とあり、その下に彼の電話番号があった。

 

「プロデューサー? なんでこれを忘れていったんだろ。ん? でも、それだと変だし……」

 

 少女はそれが自分に向けられたものだと気付かなかった。忘れたのではなく、置いていったのだということにも気づかなかった。

 765プロダクションってあの765プロ? 彼女はあることに気付いた。

 間違っていなければそうだ。765プロの名前は知っていた。友人がかなり詳しく、その影響で知識は少しあったからだ。特に彼女は如月千早の歌が好きだ。

 捨てるかどうか迷ったが、あの765プロのプロデューサーとなると凄い人なのでは? と思い、取っておくことにした。

 それから数十分後。外に出ていた少女の母親が帰ってきた。

 

「店番ありがとうね。何か変わったことあった?」

「特になかったけど……」

 

 歯切れの悪い返答に母親はどうしたのよと聞いてきた。

 

「お客さんが花を買いに来たんだ」

「それはそうよね。花屋なんだから」

「その人がちょっと変な人で」

「へー。どんな人なの」

 

 少女は少し考え込む。こうなんていうか、しっくりとした言葉が出てこないのだ。あの体格にサングラス……あ。

 少女はぽんと手を叩いた。

 

「ターミネーターが花を買いに来た。あ、でもスーツだったからMIBの可能性もあるかな?」

「それじゃあなたはさしずめ、ジョン・コナーか、地球人に擬態している宇宙人ってところね」

 

 前者はわかるが、後者に関しては納得できなかった。

 少女は、そこはヒロインでしょと母親に訴えたが、笑って誤魔化されたのであった。

 

 

 都内某所 霊園

 

 如月家之墓までやってきたプロデューサーは先程買った花を活けていた。あっ、と突然あることを思い出した。ポケットを漁って線香がないことに彼は気付いた。

 

「煙草は……駄目だよな。さすがに」

 

 ドラマや映画の見過ぎだと言われるし、不謹慎だ。しょうがないと諦め、手を合わせた。

 

「……なあ、優くん。今、キミのお姉さんはとても辛い立場にいる。それはアイドルだからだ。名が売れると、キミから見れば悪い大人達が付きまとうんだ。その所為で大変な目にあっている」

 

 まるで、そこに彼がいるようにプロデューサーは話始めた。

 

「優くん、お姉さんの夢に出て励ましてやってくれ。まあ、もう遅いんだが。今日はライブで仲間やファンも大勢待っている。タイムリミットが近づいているんだ」

 

 事務所は慈善事業でアイドルを売っているわけではない。このまま活動をしないということになればアイドルを辞めることになる。あの高木社長がそれを認めるかどうかは別としてだが。

 

「今日、俺がここに来たのはこれを渡すためだ」

 

 彼は胸ポケットから一枚のチケットを取出し、墓前に置いた。風に飛ばされないように小さな石を何個か重りにした。

 

「ライブのチケットだ。よかったら来てくれ」

 

 プロデューサーは立ち上がり車に戻るため来た道を戻ろうとしたが、足を止めて振り返った。

 

「これからお姉さんの所にいくんだが……来るかい? 来れば、特等席でお姉さんの歌が聞こえるかもしれないぜ」

 

 そう言って今度こそプロデューサーは歩き始めた。彼は道の端を歩いていた。まるでそこに、もう一人誰かいるように。

 

 

 ライブの開演は十八時。時刻はすでに十七時を回っており、会場はすでにファンで埋め尽くされている頃だろうか。

 千早はわかっていながらもまだ自分の家でそんなことを考えた。まだ、ここに居るのは今日まで一人で新曲を練習していたのも理由の一つ。

 そして……まだ怖いと思ったからだ。

 今の自分はきっとステージには立てる、マイクも握れる。でも、声が出るかわからない。今日まで練習をしてきたが、結局声は出せなかった。だから、口を動かすだけで実際に自分の声がどうなっているかはわからない。ステージの上でまた歌えず終わってしまうかもしれない。でも、それでも……決めたのだ。

 千早はスケッチブックに目をやる。

 あの子がいつも見ていた自分に戻れるだろうか……行こう。千早はついに決心し、扉を開けた。

 扉をあけたその先には見覚えのある男が腕を組んで立っていた。

 

「待っていたぞ、千早」

「プロ、デューサー」

 

 千早は、彼がここにいることに違和感はなかった。むしろ、居ると断言できると思った。けど、同時に……恐怖を抱いた。

 

 

 千早を乗せた車はライブ会場からもうすぐの所まで来ていた。彼女のアパートを出てからというもの、二人の間に会話はなかった。互いに何を話せばいいかわからない状態だった。

 しかし、会場が近づいているのか。千早は閉ざしていた口を開いた。

 

「プロデューサーは、私が家から出てくるってわかっていたんですか」

「わかっていたというより、選択肢は限られていた。そして、赤羽根や春香達が望んだ選択をお前が選んだ」

「……すべてお見通しってことですか」

 

 悪気があるわけではないが、千早は含みのある言い方で言った。

 

「どうしてそう思う?」

「だって、そうじゃないですか。私が会場に向かおうとしているところにあなたがいた。私は、あなたを見た瞬間納得したんです。ああ、この人なら居ても不思議じゃないって。でも……」

「でも?」

「怖かったんです。当然のようにいるあなたが。すべてを分かっているあなたが……私は怖かった」

「……怖い、か。アイドルにそう言われたのは……久しぶりだ」

 

 プロデューサーの発言に千早は驚き、彼の方を見た。

 

「以前担当したアイドルが言ったよ。あなたの指示は的確で、やることは間違ってない。だから、怖い。まるで、私はあなたの使い慣れた道具みたいに使われている。そう、言われた」

「そのアイドルとはどうなったんですか?」

「どうって普通さ。たまに連絡が来る」

「プロデューサーはなんとも思わなかったんですか。そんなことを言われて」

「……ああ」

 

 即答しなかったことが答えだと千早は解釈した。

 

「すみません。言い過ぎました」

「気にするな……ついたぞ」

 

 車は会場の敷地に入り、そのままスタッフや関係者専用の出入り口のある所まで車を移動させた。

 

「さ、行って来い。俺がしてやれるのはここまでだ。あとは、お前次第だ」

「……はい。ありがとうございました」

 

 千早は車を降りて走って入口まで向かう。プロデューサーの方を振り返ることなく真っ直ぐ。彼女の姿を見えなくなるまで彼は見ていた。彼女のあとを追いかける小さな少年がみえた気がした。目をこすってもう一度見るが、そこには彼女しかいない。

 そして、千早は会場へと入っていった。

 

「俺、霊感とかあったのか。いや、疲れてるんだろう」

 

 眉間を押さえたあと、もう一度入口の方をみた。誰もいない。プロデューサーは、車を駐車場に停めるために車を動かした。

 見届けなければいけない。如月千早の答えを見るために。

 

 彼は車を降りて、正面ゲートから会場に入った。スタッフは、彼の顔を見ただけですんなりと通した。そしてそのまま会場に入り、出入口付近の壁を背にして立つ。

 ライブはすでに開演していた。目の前に広がるファンたちが立ち上がりサイリウムを振っている。付近にいる人間はステージに夢中のためプロデューサーの存在には気付かない。見る者がいたら、変なおっさんが腕を組んで立っている。何しにここにいるんだ? そんなことを思うに違いない。

 リストが変わっていなければ千早の出番はもう少しあとになる。きっと、千早が来たことで赤羽根達は一先ず安心をしたことだろう。だが、問題はこのあとだ。

 何曲か歌った後、次の曲に入るたびに照明が落ちる。数秒後、点灯。ステージ中央に衣装に着替えた千早が現れた。

 会場はざわめいたが、すぐに収まった。遠目からだが、不安な表情をしているのがわかった。そんな状態である彼女を無視するかのように音楽が始まる。

 千早が口を開くが、声は聞こえてこない。必死に声を出そうとするが出ない。ファンたちは不安を感じたことだろう。だが、騒ぐことなかった。むしろ、頑張れと訴えかけるような目を彼女に向けていた。

 プロデューサーも千早から目を反らず見ていた。駄目だとか、無理かなどとは考えていなかった。

 突然、ステージの端から春香がマイクを持って走ってきて千早の隣に立って歌い始めた。春香だけではない。一人、二人と全員がステージたち歌い始めた。春香達に背中を押され再び声を出そうとした。

 そして―――彼女の声が会場に響き渡った。

 青一色に染まるサイリウムが横にゆっくりと動く。

 千早は取り戻した。自分の声を、歌を、そしてなにより昔の自分を。

 プロデューサーの目に映る如月千早はかつてない程の笑顔をしながら歌っていた。

 これが、ずっと見たかった光景だ。待ち望んでいた瞬間だ。

 普段から堅い顔をしている彼の表情もほころんだ。しかし、幸せな時間というのは永遠には続かないものだ。音楽が止まると、一斉に拍手が送られた。

 きっと、誰もが如月千早に送られているのだろうとプロデューサー自身も拍手を送った。

 そして、彼はそのままホールから出た。一番見たかったものも見れたし、彼女は帰ってきたのだ。もう、用はない。戻って仕事をしよう。

 正面玄関に向かう途中、プロデューサーの後ろから男が声をかけてきた。

 

「スタッフに言っておいてよかった。危うく、逃がしてしまうところでした」

 

 声の主は赤羽根だった。

 

「やけに手の込んだことをしたな。俺は指名手配犯か?」

「俺にとっては似たようなものです。ただ、話をしたかったんです。こうでもしないと、あなたはどこかへ行ってしまうから」

「それもそうだな」

 

 赤羽根の言葉にプロデューサーは肯定した。

 

「で、話したいことってなんだ?」

 

 両手をポケットに入れながらプロデューサーは堂々と赤羽根の前に立った。いや、立ちはだかっているようにもみえた。

 赤羽根は目の前にいる男に今から言う事を一瞬躊躇った。プレッシャーと言えばいいのか、それに負けそうになった。だが、彼は負けなかった。そして、言った。

 

「先輩。俺、言うか迷いましたけど言います。俺、先輩の事を尊敬しています。それでも、あなたのそういう所を俺は認めたくありません」

 

 

 そのすました態度が嫌いだ。

 何でもお見通し。自分のやることに絶対の自信を持っていて、正しいと思っている。大事な時は、今のようにやってきては帰っていく。ヒーロー気取りのようにも見える。

 そして何よりもアイドルに対する態度が気にくわない。いや、態度というよりも別の何か。今まで数多くのアイドルをプロデュースし、事務所にも所属してきた。なぜ、一つの所に留まらないのか。どうして、一人のアイドルと共に上を目指さないのか。

 そこに、この人の本質があるのではないか。

 赤羽根はそれが、一番腹がたった。

 

「あなたはアイドルを……まるで、店の棚に並ぶ商品のように見ている。気に入ったモノをとり、不要になったら捨てる。俺はあなたにそんなことを抱いてしまったんです。否定すればいいのにできないんですよ。俺は、あなたのことを本当に尊敬しているし、感謝もしています。なのに、この考えを否定できないんです」

 

 赤羽根は、プロデューサーを否定したことに後悔はしなかったが、辛かった。言葉に嘘偽りはない。尊敬していて感謝もしていることも。彼を認めず、嫌っていることも。

 

「そうか。ありがとう」

 

 待っていた返答は予想外の言葉だった。

 

「礼を言われるとは思ってませんでした」

「言うさ。つまり、俺はお前の敵という訳だ。いいじゃないか、張り合いがあって」

「茶化さないでください」

「茶化していないさ。で、そんな俺に対してお前はどうするんだ」

「何も、しません。俺はプロデューサーです。仕事内容はアイドルをプロデュースし、トップアイドルへ導くこと。誰かと戦うのは仕事じゃないです」

「そうだな。確かに、その通りだ」

 

 プロデューサーは赤羽根の肩に手を置いた。

 

「……赤羽根。お前のやり方を見つけろ。お前のやり方で、アイドルをプロデュースしていけばいい。俺はそういう時代、世界を見て、知ってしまった。今のやり方を変えることはできないし、考えを改めることもない。お前は俺と違ってまだまだこれからだ。時間をかけてそれを見つければいい」

「その言い方だと後悔しているように聞こえます」

 

 プロデュースは肩をくすめた。

 

「後悔していたら、とっくに辞めてるよ、この仕事は特にな」

 

 正面の出入り口の方に振り向き、プロデューサーは歩き始めた。赤羽根も止めなかった。話したいことはすべて話したので引き留める理由がない。

 赤羽根は彼の背中を見ていた。

 

(ほんの少し、あの人の本音を聞けたのかもしれない。)

 

 プロデューサーが見えなくなったあと、赤羽根はアイドル達の元へ戻った。まだ、ライブは終わっていないのだ。

 

 

 二〇一三年 十二月上旬 

 

 如月千早沈黙破る。本人が語る真相。復帰した蒼き歌姫。

 それはまだ本来、世には出ていないはずの週刊誌の見出しだった。正確には明日だ。付け加えるならこれはここで出版している週刊誌ではないということだ。

 

「一体どういうことだ、これは!」

 

 男は、四条貴音と如月千早のスキャンダルを出した週刊誌の編集長だった。彼はつい数日前までは最高潮だった。

 四条貴音が一日署長をした一件以来、渋澤とは連絡が途絶えてしまった。警察のお世話になっているか、雲隠れしたのであろう。それは、いい。あの男が最後に渡した如月千早のおかげで世間は大いに盛り上がったのだから。

 これで、あの男に仕返しをしてやったと男は勝利の美酒に浸っていたのだ。

 だが、それは今日で終わってしまった。昼にはなかったはずなのに、気付けば自分の机にこの週刊誌が置かれていたのだ。部下に聞いても誰も答えてはくれず、犯人はわからない。

 しかし、そんなことは男にとってどうもよかった。問題は記事の内容だ。これでは、自分がしてきたことが無駄に終わってしまう。

 なんとかして新たな記事を作らねばと対策を練る。如月千早はもう駄目だ。使えない。じゃあ、次は誰にする。水瀬伊織か、いやそれとも……。

 

「おい、誰か来てくれ!」

 

 返事はない。

 部下を使って調べさせようとしたが、男の声だけが部屋に響いた。もう一度、叫ぶ。今度はかなり怒っているように。

 それでも、返事は帰ってこない。いや、むしろ人がいない。自分を除いて。

 陽は沈み、辺りは暗い。だが、まだ終業時間ではないはずだ。

 

「どうなっている。外に出るなんて話は聞いてないし、一人もいないのはおか――」

「おやおや。どうかなされたのですか?」

 

 彼の声を遮り、一人の男が部屋に入ってきた。プロデューサーだ。

 男には見覚えがあった。いや、はっきりと覚えている。自分が行ってきた事はすべてこいつに対してやってきたからだ。

 

「お、お前! なんで、ここに居る!?」

 

 プロデューサーは煙草を吸いながらゆっくりと男のいるところまで歩く。

 

「いやあ、今回は苦労した。俺はアイドルを探すのは得意だが、男を探すのは苦手でね。今回の事を含め、貴音の一件もあんただと気付くにの時間がかかったよ。大方、金を使って色々と手を回したんだろうが……」

 

 男の質問を無視して彼は語りながら近づく。一歩一歩近づくにつれて、自分が追い込まれているような錯覚を男はしはじめた。後ろに下がるとどんと窓に背中が当たる。逃げ場はない。

 

「それも終わりだ」

 

 ああ、終わりかもしれないとその言葉に男は声を出さず同意した。だが、こちらにも切り札はある。男は額に汗を浮かべながら、交渉と言う名の脅迫を始めた。

 

「い、いいのか!? 俺は、知ってるんだ! お前がしてきたことをな!」

 

 その言葉を聞くとプロデューサーは男の少し前で足を止めた。

 食いついた!

 男はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「だから、バラされたくなかったらおと――」

「俺はこの世で我慢ならないことが三つある」

「な、何を言っている!」

 

 プロデューサーは男の声を無視して続けた。

 

「一つ。からあげに許可なくレモンをかける奴。二つ。俺の見た目が怖いからとすぐに不審者扱いして捕まえようとする警察。そして、三つ。それは……」

「?……ぐぅ!!」

 

 男とプロデューサーの距離はたいして開いていない。それをすぐに距離を詰め、男のYシャツの襟を強引に掴み、彼が使用している机に叩きつけた。

 

「お前らみたいな糞野郎が、俺のアイドルを汚そうとすることだ!!」

 

 知っている者が見たら誰もが思うだろう。怖いと。それほどまでにプロデューサーの顔は恐ろしい。それを、目と鼻の先で対峙している男も例外ではなかった。

 男は恐怖しながらも、自分が助かるべく脅迫をしようとした。

 見る者がいたらその行動に称賛が送られることだろうが、

 

「六年前。お、お前がしたことをばらすぞ! け、警察にだって情報を流してやる!」

「してみろよ。ただし、お前も道連れだ。俺は、お前のことを知っている」

「お、脅したって無駄だぞ」

「鈍いな。俺は、知っていると言ったんだ」

「……何が言いたい?」

「まだわからないか? なら、教えてやる。俺はあの一件の際に徹底的に調べた。だから、お前があの『パーティー』の参加者だったことも知っているんだ。わかるか? あの男が開いていたアレにお前も含め、参加していた全員の名簿を持っているんだよ、俺は」

 

 男は目をぎょっと見開いた。口をパクパクと震わせ、汗がだらだらと流れ始めた。

 

「疑問に思わなかったのか? あの男が消えたはずなのになぜ自分が無事だったのだと。お前も含めた全員がこう思っていただろうな。ああ、バレなくてよかった、と」

「か、仮にそれが本当だとしてなんで今まで放置していたんだ」

「お前と同じだよ」

 

 プロデューサーは男の顔に近づけ、最高にイカレタような笑みを浮かべながら言った。

 

「脅迫だよ。俺の都合のいい駒として使っていた。まあ、あんまり使う機会はなかったがな」

 

 包み隠さず言うのであれば、大手企業の幹部から政治家、財閥の大物に目の前の男のような人間までいた。人数は多くて十五人。内容は……吐き気がするぐらい最悪だ。

 

「お前はやっていたどうかは知らんが、薬もやっていたらしいな」

「し、知らない。俺は、そこまでのことは知らない!」

「だが、楽しんだんだろう? お前の役割からして、そいつらの命令で動く下っ端だろうしな。別で報酬も貰っていたんだろう」

 

 それに、前は自らカメラも持っていたはずだ。つまり、そういう役割もしていたのだろう。

 

「今回の一件で俺のアイドルは深く傷ついた。だが、それ以上に強いモノを得た。矛盾しているだろ? 俺もそう思う。そして、何よりも未然に防げなかった自分がムカつく。だから、ケジメはつけないとな……」

 

 プロデューサーは開いている左手をゆっくりと腰に手を回した。

 

「やめてくれ! た、頼むよ。もう、何もしないし、あんたに従う! なんでもする! だから――」

「じゃあ、消えてくれ……」

「そこまでです」

 

 突如、部屋に聞こえないはずの声が聞こえた。プロデューサーは声の方に目を向けると二人の男が立っていた。黒いスーツにサングラス。まるで、自分と同じだと思った。だが、なによりも違うのはその振る舞いだろうか。

 如何にも、それらしい。

 

「それはこちらで処理をします」

 

 先程とは違った男が言った。

 

「あのお方がお待ちしております」

「裏口から出て行かれるとよいでしょう。そこに見張りが一人いますので、彼から聞いてください」

「……わかったよ」

 

 不服そうに答えながら腰にあるモノから手を離し、男を机に叩きつけた。

 男が何かを叫んでいるが、プロデューサーは無視し外へ向かうために階段を降りた。

 黒服の一人が言っていたように同じような男が裏口に立っていた。それから教えてもらった場所に出向くと、一台の車が止まっていた。

 窓が半分だけ下がり、そこには黒井がいた。

 やっぱりとプロデューサーの予感は当たった。あれは、黒井の私兵だ。言い換えるなら、ゴミ係だ。

 

「なぜ、邪魔をしたんです」

「お前はまた一人で終わらせようとしたな」

「質問の答えになっていない!」

「やるべきことの選択を間違えるな。お前のすべてきことはこれではないはずだ」

 

 言うだけ言って黒井は窓を閉め、彼を乗せた車は大通りへと出た。残されたプロデューサーは、

 

「……糞ッ」

 

 建物の壁を蹴って八つ当たりした。

 黒井の言葉を理解できるがゆえに苛立っていた。さらに邪魔をされたのが余計に腹にきている。

 プロデューサーは髪を乱暴に掻いた。ちくしょう、糞が、あ゛あ゛っと声をあげ始めた。黒井が人払いをしたのかはわからないが、彼の周囲には人はいない。声を出すことで溜めているものを吐きだしたのか、ようやく落ち着いた。

 ネクタイを緩め、煙草を取出し、火をつけた。すでに貴音の言いつけである三本は破っていた。その証拠に彼は空になった箱を握り潰し、捨てた。

 プロデューサーは歩き出したがその先は大通りではない。光があるところではなく、暗い闇の道へと歩き始めた。

 自分にはこれがお似合いだ、そんなことを思いつつも、二人の少女の顔が浮かび上がった。同時に足を止めた。

 今日は家に帰ることはない。

 脳裏から二人の顔を消し、プロデューサーは再び歩きはじめた。

 

 翌日。編集長が突然いなくなった彼の編集部は、至って普通だった。最初は戸惑いを見せる人間もいたが……数日もすれば慣れていた。人が突然いなくなることに不思議と。

 

 

 二〇一三年 十二月某日 霊園

 

 定例ライブから少し経ち、千早は母共に優の墓に訪れていた。二人で一緒に来るのはかなり久しぶりだと千早は思っていた。

 かれこれ、ずっと一人で来ていた。きっと、母も同じだろう。枯れた花が活けてあったから、多分そうだ。

 こうして、二人で来られるようになったのは、気持ちの整理ができたからだ。ライブの後、千早は善澤に協力してもらいすべてを告白した。また、765プロのHPや自身のブログを使い正式に公表した。

 そもそも、あのスキャンダルは酷いものといえた。あれは事故で、当時の千早を責めるという選択肢はおかしい。それを引き金に家族は崩壊し、父と母は離婚。はっきりと行ってしまえば彼女達の家庭の問題と言える。

 それでも、それが仕事だという人間も大勢いる。名が売れるとこういうことが起きる。痛い教訓だ。

 しかし、千早は改めてそれと向き合い答えを出した。一歩前へと踏み出したのだ。

 今の彼女に恐れるものはない。

 母が水を汲みに行っている間、花束を持って先に墓の前まできた千早はあることに気が付いた。綺麗な花だったのだろうが、今では枯れた花が活けられている。誰が来たのだろうか。千早は候補に父が浮かんだがその可能性は低いと判断した。

 良く目を凝らしてみてみると、少し退色した紙切れがあった。飛ばさないように石が置いてある。

 

「これって……」

 

 それはこの間の定例ライブのチケットだった。一体誰が……?

 頭の中で誰なのかを探す。もしかして……浮かび上がったその時、それは中断された。母の声で。

 

「千早。どうしたの?」

「う、ううん。なんでもない」

 

 千早はチケットをポケットにしまった。母が一緒に持ってきた使い回された少し汚い雑巾を使い周りを拭く。枯れた花をビニール袋に入れ、水を取り替えた。数年ぶりに二人でする墓の掃除は不思議と嫌ではなかったと千早は感じていた。

 掃除を終えて、新しい花も活けて線香も入れた。二人は並んで手を合わせた。

 母が千早にいきましょと声をかけた。持ってきた物を持ち、二人は優の墓から離れる。ごめん、先に行っててと千早は再び墓の前まで戻ってきた。

 ポケットからチケットを取り出した。

 あの日。ステージに立った自分の前に優と幼い自分が見えた気がしたこと千早は忘れてはいなかった。優だけではなく、自分も見えたのはきっと、かつての自分を取り戻したから。いや、戻ることができたからだと思っている。

 千早は笑みを浮かべた。来てくれたんだから、こうしないとね。彼女はチケットを切って、入場券の方をポケットにしまい、余った方を墓前に戻した。最初に見つけた時のように石も乗せて。

 

「また、来るね。それと、チケットはもう要らない。いつでも、来ていいから」

 

 駆け足で千早は母の下へ戻った。母も待っていてくれたのか、別れたところで立っていた。

 千早はごめんと謝って母の隣を歩き始めた。母が忘れ物でもあったのと千早に聞いてきた。

 ある意味もそうかもしれないと彼女は答えた。ついでに無期限のチケットを置いてきたと。

 

「そう、あの子も喜ぶわ」

 

 久しく聞く母の優しい声だった。

 

「私もそう思ってる」

 

 そう答えた千早の顔には、かつて忘れていた笑顔が確かに彼女のもとに帰ってきていた。

 

 

 

 

 

 




どうしてこうなってしまったんだ(二回目)

アニメを視聴前提の話なので一通りみてないとわからないと思います。また、赤羽根がいきなりこうなったのは予定通り。ただ、伏線も張ってないし、唐突。これはいけません。
立場的には赤羽根や黒井が言っていることが正しいんだよな……。

最後のPと男のパーティーとかの下りは過去編に続く!(やらない)
内容はウス=異本な感じですし、男の容姿もまさにそんな感じ。最初のアイドルの設定はオリジナル(他作品のキャラを想像している)。イメージはアイドルというか歌手?みたいな子でガッツのある女。もし、書くのであれば某三角関係で飛行機で有名な作品のキャラ。

さて、今回はヒロインが出てない、喋らない。これは大問題ですよ、猿渡さん!
その代りに謎の花屋の娘を出しました。一体なに凛なんだ……。

あと、突然ですが4thライブのSSA二日目行ってきました! ライブビューイングですけどね。自分初めてライブに行ったのですがとても楽しかったです。
俺、みくにゃん(中の人含め)のことますます好きになっちまったよ。ニャンスペすごいよかった。
訳あってみくにゃんのことが好きになったんですよ。前から他のキャラよりは好きでしたけど、ある事が原因でもっと好きになりました。デレステのガチャ自慢になるので言言いませんが。聞きたい人は感想で(露骨な誘導)

実際に現地に行って生で見たかった気持ちもあったけどこれはこれで楽しめたと思っています。カメラ的な意味で(意味深)

デレステもやっとのあさんきたし、肇ちゃんもSSRになったし(課金するとは言っていない)

長くなりましたが、あと数話で765編は終わる予定です。アニメ終盤の展開も大分違ってくる予定だと思っています(美希が対抗心大抱いているのは貴音だからね、しょうがないね)

あと、仕事が忙しいの更新が遅れるかも。今月中にはもう一話投稿したいと思ってます。





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