銀の星   作:ししゃも丸

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765編
プロローグ


                                 二〇一三年 十一月下旬

 

 

 

「頼む、貴音……。これ以上は、もう――」

「……何を申して、いるのですか……。今日まで、ん……。お預けだったのですから……」

 

 貴音と呼ばれたのは、銀色の髪をした女性だった。彼女はずるずると音をたて、男の言うことを聞かなかった。止まることを知らない口と右手。額から頬へと流れ落ちる汗に加え、空いている左手で、前に垂れた髪を後ろにやる仕草は彼女のいやらしさを何倍にも引き立ていた。

 

「…ごくり」

 

 貴音はアイドルで、男は彼女のプロデューサーであった。彼女の言う通りここ最近仕事が立て込み、中々休みが取れなかった。そして、今日の仕事でようやくひと段落。

 先程の仕事が終わってから明日まで休むことができる。

 貴音のお願いでプロデューサーは、今までお預けだったご褒美を与えていた。

 だがしかし、これ以上は駄目だ。プロデューサーも我慢の限界だった。当の本人はその一連の動作を止めることはない。

 

「こほっ、こほっ。少し、むせてしまいました……」

 

 動きを一度は止めたがまた動き出す。

 なんて顔をしているんだ、とプロデューサーは思った。こんなの他の人間にみせられる顔じゃない。ましてやファンの皆様にみせていいものじゃない。

 確かにそそられる顔はしている。貴音はアイドルで、ビジュアルに関しても美少女と言っても差し支えない。でも、これは駄目だ。

 だから、だからこそ俺は――。

 

「おやじいぃ、お勘定!」

 

 男は立ち上がり、前の前にいる年配の店主に言った。

 

「なっ!?」

 

 貴音は、食べていたラーメンの箸の手を止めた。口に麺を垂らしまま。

 

「今食べてるので合計、えぇと……お得意様価格でピッタシ1万円ですわ」

「はいよ」

「確かに」

 

 プロデューサーは財布から一万円札を渡し、店主はこれを受けった。この時点で食事は終わりだ。

 しかし、貴音は納得ができなかったらしい。

 

「あなた様!まだたったの10杯しか食べておりません!」

「ああ、そうだな。まだ10杯だな」

 

 貴音にとってラーメンの10杯など序の口だとプロデューサーもわかっている。貴音の好物が“らぁめん”だともわかっている。

 しかし、しかしなとプロデューサーは続けて言った。

 

「この、麺特盛(二倍)、野菜もろもろ、チャーシュー山盛りのラーメンでいうところの10杯はな、普通サイズでいけば20杯なんだ。わかるか、20杯だ!」

「そう、なのですか?」

「ああそうだ」

 

 貴音はまるで、これで20杯相当のらぁめんなのですか?と言っているように首を傾げた。

 プロデューサーはなんとか納得させるために続ける。

 

「わかってくれ、貴音。明日事務所にいって最初にする仕事が、担当アイドルのスリーサイズの修正なんて俺は嫌なんだ」

 

 ただ、ラーメンを沢山食べても太らないことは知っていた。何故か貴音の場合、食べても太らない体質らしい。仲間内の何人からは羨ましそうにみられていたのを覚えている。

 

「ぐぬぬ」

 

 ぐぬぬってなんだ、ぐぬぬって。なんで悔しそうな顔をしているんだ。

 プロデューサーはちらりと店主に目をやった。店主もそれに気付いたのか、

 

「お嬢、うまそうにたくさん食べてくれるのはありがたいんですが、その……このあとのお客さんの分の食材の都合もあるもんで」

「……そういうことなら仕方がありません」

 

 店主の一言のおかげで納得してもらえたようだ。ほっと肩をおろしたその矢先だ。

 

「では、最後に替え玉を」

 

 容器を差し出す貴音に開いた口が塞がらない。いや、なんとなく予想は付いていたが。今度は店主がプロデューサーに目をやった。言葉に出さず、お願いしますと頷いた。

 

「じゃあ、これはサービスね」

「まぁ、ありがとうございます」

 

 満面の笑みを浮かべるその顔は今日一番の、仕事で見せたものよりとてもいい笑顔であった。

 そのあと最後の替え玉を平らげ、ごちそうさまと箸をおき立ち上がった。さて、帰るかと思ったが貴音は店主の方を向き、

 

「店主、今度は大量の食材を用意しておくことです!」

 

 ビシッと指で店主をさし言った。漫画なら集中線が描かれていることだろう。

 

「何様なんだ……お前は」

「ははっ、毎度。またのお越しを!」

 

 常連だからか店主も笑顔で見送ってくれた。多分、貴音のデビューした時からだと思う。

 暖簾をくぐり外に出る。

 今は11 月のため辺りはすでに暗くなってきていた。外に出た貴音は黒髪の長いカツラと帽子をかぶり、レンズが黒の眼鏡をかけた。変装のために買ってやった一式だ。普通なら帽子と眼鏡でいいのだが、貴音の髪は銀色で、とても帽子と眼鏡だけで誤魔化せるものではなかった。車で移動するならともかく、今日のように行きつけの店にいくには問題だったのでカツラも用意した。また、意外にも貴音は視力が低いため普段はコンタクト。プライベートでは眼鏡をするようにもなった。今もコンタクトでいるためこの眼鏡に度は入っていない。

 

「ちょっとずれてるぞ」

「どこですか?」

「動くな、治すから」

 

 上手い具合に元の髪が見えないようにするには大変だ。何せ、ロングヘアだ。誤魔化すのも一苦労だ。

 

「よし、治った」

「ありがとうございます」

「なに、いつものことだ」

 

 トップアイドルの仲間入りをしてからというものの、こういうことをしてやるのはよくあることだ。貴音は担当アイドルであり、それなりに一緒にいる時間が多かったとプロデューサーは思った。

 

「このあと事務所に戻るのですか?あなた様」

 

 貴音はプロデューサーのこと「あなた様」と呼んでいた。担当し始めて少し経ってからだったとプロデューサーは思い出した。最初は他のアイドル達と同じプロデューサーと呼んでいたのだが……。

 

「俺はな。お前は帰っていいぞ」

「ふむ……。長くかかりますか?」

「いや、そこまではかからん。お前が食っている間に少しやっていたからな」

「そうでしたか?」

「そうだよ」

 

 集中していたからな、食べるのに。と付け足す。

 事務所に帰ってやることといっても今日の仕事の整理や報告書やら。あとは不在の間のメールや連絡のチェック等。それと一応他のアイドル達の仕事の確認もある。

 プロデューサーは貴音の担当ではあるが、その手腕から他のアイドル達にあった仕事などもとってきていた。

 

「では、終わるまでご一緒してもよろしいですか?」

「構わんが……」

 

 あとに続けて言おうとしたがそれを貴音が遮った。

 

「少しでも、傍に居たいのです。駄目、ですか?」

 

 捨てられた子犬のような目をしてプロデューサーを見上げる。

 それに負けたのか、プロデューサーが言った。

 

「……わかった。戻ったら、食後のお茶でも淹れてくれ」

「――はい!」

 

 腕に抱き着く貴音。やめろと言っても離れなかった。

 しょうがない、このまま行くか。と腹をくくった。

 プロデューサーはあたりにその手の人間はいないと確認し、歩き始めた。

 

「早いものですね」

 

 寂しそうな声で貴音が言った。

 

「そうだな、去年の今頃だったか?初めてお前らと顔合わせをしたのは」

「そうですね。わたくしだけが先にデビューして……今に至るのですね。あの頃は少し罪悪感もありましたけど、今は皆、アイドルとして忙しい日々です」

「なに、お前が一番忙しいさ。〈銀色の王女〉様」

 

 765プロ唯一のトップアイドルである四条貴音の通り名である。その特徴的な髪の色とまるで貴族、どちらかと言えば王族のような振る舞いからそう名付けられた。他の子達も今では名の売れたアイドルだ。あともう少しすれば貴音と同じ、トップアイドルへの道に踏み入るだろう。

 

「では、休みをわたくしに献上するがよい。……なんて」

「年末、年明けに向けての収録がごたごたし始めるからな。これからもっと忙しくなる。それに12月にはクリスマスライブもあるしな」

「久しぶりに全員で揃うライブ、ですしね」

「ああ、赤羽根もようやく安心して仕事を任せられるようになった。社長も優秀な人材をよくみつけてくるよ」

 

 相変わらず高木社長の観察眼に恐れ入る。というより、勘だろうな。ティンときたと言って。

 

「では、あと半年ですか?」

「いや、今年一杯だ」

「そう、ですか」

 

貴音は辛そうに言った。

 

「……」

 

 そう、俺はあと少しで765プロを離れる。そういう契約だからだ。契約内容としては十分以上に成果を出した。その成果が今の四条貴音である。

 765プロを離れ、前々から誘われていた346プロへと俺の職場は移る。

 しかし、貴音は不服であった。当然だろうなとプロデューサーは思った。

 貴音が彼の腕を握る力が強くなる。

 

「皆はこのことを知っているのですか?」

「赤羽根にはもちろん律子の二人には最初から話してある。例外として、美希はあの一件の時に教えた。他の皆には、クリスマスライブが終わった時に言おうと思ってる。始まる前に言うと何が起きるかわからんからな」

 

 貴音と竜宮小町を除く8人全員は一応赤羽根プロデューサーの担当だ。それでも、プロデューサーとの接点がないわけではない。普段いた人間が突然いなくなれば混乱もするだろう。だから、クリスマスライブが丁度よかったのだ。今年最後のライブということも一つの理由だった。

 

「別にまったく会えないわけじゃないさ。美希なんて――」

『美希、ハニーに毎日L○NEするのー!』

「って、言ってたぐらいだ」

 

 何故かはわからないがさらに腕を掴んでいる貴音の手に力が入った気がした。

 ただまぁ、別事務所のプロデューサーがいくら自分の元アイドルといっても会うのは問題だろうなと思った。

 

「どうせそちらに行って、新しい女(アイドル)をつくるのでしょうね、あなた様は」

 

 いくらプロデューサーと言えど、そこまで鈍感ではない。貴音の思いには気付いている。

 だから言った。

 

「ああ、そうさ。アイドルをデビューさせたらまた、別のアイドルをデビューさせる。酷い男さ、俺は」

 

 けどなと、プロデューサーは続けて言った。

 

「でもお前を含め、今まで送り出したアイドルを俺は誇りに思っている。これが、俺の育てたアイドルだ。そう自信を持って言える。特にお前は――」

 

 貴音と正面で向き合う。

 

「俺がプロデュースしたアイドルの中で一番のアイドルだ。だからこそ、俺がいる間はもっとお前を上に連れて行く。それが俺の仕事だからだ」

 

 貴音はかつて、プロデューサーが言った言葉を思い出した。

 

(俺は最初、お前か星井のどちらかをプロデュースする予定だった。けど、星井はあの時アイドルとして熱意がなく、お前を選んだ。もしもあいつにその気があったら星井を選んでいたかもしれない。765プロの中じゃ、星井が一番の才能を持っていたからだ)

 

 これを聞いた時、美希に生まれて初めての嫉妬をした。羨ましかった。この人にこれだけのことを言っていただけるのがとても羨ましかった。

 けど、この人はわたくしを選んだ。そして、今ここに立っている。美希はわたくしを羨ましいと思っているでしょう。けれど自分も、あなた以上にあなたを羨ましいと思っている。

 だから、貴音は言った。

 

「では、あなた様のおっしゃる通り、あなたがいるそれまでの間わたくしをもっと高みへと連れて行ってください」

「もちろん、そのつもりだ」

「お願いします。わたくしのプロデューサー様(・・・・・・・・・・・・・)

 

 ふっとプロデューサーを言った。貴音も先程とは違って優しく彼の腕を組んだ。二人は歩みを再び始めた。

 月の光が二人を照らしていた。

 

「……」

 

 プロデューサーは空を見上げた。もう一年。765プロに来て、貴音をプロデュースしてもう一年。

 プロデューサーは今日までの出来事を、事務所に着くまで思い出し始めた。

 

 

 

 

 




デレステで限定復刻来ましたね。
お金ないのでもう課金はできませんがね、ふふ……(泣)

※銀髪の女王→銀色の王女に修正
※貴音とプロデューサーの会話を一部修正(9/1)

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