銀の星   作:ししゃも丸

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気付いたら律子視点ばっかな感じになってしまった気がする



第14話

二〇一三年 レッスン教室

 

ほら、動きが遅れてるぞ、と厳しい顔つきだが、優しい声で目の前の男が言う。隣にいる伊織と亜美にも言っているのだろうが、恐らくそれは自分に向けて言ったのだろうと律子は気付いた。言われた通りに体を動かす。少し、重い。思うように動かない。

すると再び、形が崩れてるぞ、と自分の上司、というより先輩であるプロデューサーが、また指摘した。律子は、荒い声で「はいっ」と、答える。

今まで自分も踊りながら彼女達に指導をしてきた。それは、自分が元アイドルでもあり、直接同じ目線で指導できるからだ。律子は、それが他人には持っていない自分だけの武器だと自負していた。していたのだが。今それは、儚くも崩れ落ちそうであった。

765プロに所属するアイドル達のレッスンを指導する先生は、主にプロデューサーだった。教室の先生にも依頼はしているが、ダンスレッスンは特に彼が引き受けることが多かった。そのため、律子を含め赤羽根も彼からその指導を間近で見ていた。そのことは、二人にとってもよい勉強でもあり、参考すべき点でもある。赤羽根と違って律子は、元アイドルだけあって彼の指導が他より厳しいものだということは自覚していた。そう、していただけだった。

そして、現在。それを自分が身を持って体験していた。結果は、ごらんの有様である。律子は、視線を隣にいる伊織と亜美に移した。二人も息が上がっているように見えた。だが、自分よりは少し余裕があるようだと律子は思った。それもそうだと気付く。普段からプロデューサーの指導を受けているのだから当然だし、体力も付いている。その点自分は、かなりギリギリのラインだと律子は推測した。しかし、こんなことを考えていられる余裕があるのだから、たいしたものだと律子は自分を褒めた。

 

「とりあえず、いったん休憩だ」

 

プロデューサーは、パンパン、と手を叩きながら言った。疲れた声をあげながら律子達はその場に座る。律子は、二人と違ってかなり息が荒かった。それを伊織は心配して声をかけた。

 

「ぜー、ぜー」

「律子。あなた大丈夫?」

「だい、じょうぶよ……」

「りっちゃん。それ、全然説得力ないよ」

 

二人の言う通りだ、と言う事は律子もわかっている。わかっているのだが、頑に弱音を吐かないのは意地(プライド)だ。彼女達の先輩としても、アイドルとしもだ。

 

「律子」

「はぁはぁ……はい」

 

息を整えている律子の前に、プロデューサーが声をかけながら彼女と向き合うように膝をついて声をかけた。

 

「竜宮小町のプロデュースで身体が鈍ったか? うん?」

「……くっ」

 

筋肉式あいさつで律子を煽るプロデューサー。本人にその気はないが、律子はそう受け止めた。

 

「アイドル時代に比べて、かなり体力も落ちているだろ」

「その通りです……」

「動きは遅れているだけでしっかりとできている。さすが元アイドル。プロデューサーをしながらも、伊織達とレッスンを共にしてきただけはある。あとは、体力だ」

「全体の動きはどうですか?」

「合わせ始めたのは昨日からだが、この調子なら問題ないだろう。ま、結局の所、お前次第だ」

 

プロデューサーは、律子に指でさしながらニッコリと笑いながら言った。

 

「はい……頑張ります」

「その意気だ。それじゃ、少し休憩してからもう一回最初から始めるぞ」

「はい!」

 

律子は、邪魔にならない所に置いておいたペットボトルをとり、ゆっくりと口に水を入れる。ふぅ、と息を吐きながら律子は、本来自分がいるはずのアイドルであるあずさのこと思った。自分がプロデューサーではなく、再びアイドルとしてこんなことをしているのはすべて彼女が原因だ。

 

(未練がないと言えば嘘になる。でも、今じゃなくてもいいじゃない!)

 

律子は、心の中で泣き叫んだ。なぜ、あずさではなく律子がアイドルとして復帰して竜宮小町と一緒にライブのレッスンをしているのか。

律子は、その発端になった一昨日のことを思い出す。

その日は、数日後に迫る竜宮小町のライブのために律子自らレッスンを指導していた。間違っている所を、律子自ら直接指導にあたっており、全員気合が入っていた。ただ、どこか調子がでないあずさに律子も気付いた。しかし律子は、心配はしたものの、そこまで大事になるとは思っていなかったのだ。

翌日。ライブが行われる会場で打ち合わせと調整を行っていたのだが、あずさだけがこなかった。そんな時に本人から連絡が入ったのだ……おたふく風邪になったという連絡とともに。

律子達は、事務所に戻りそのことをプロデューサーに相談したのだ。

プロデューサーも赤羽根と顔を合わせて試案する。律子の前でこそこそと二人は話をしている。「やはり、これしかないだろ」とプロデューサー言い、「そうですね」と赤羽根が言った。二人の顔は、まるで悪いことを考えているような顔だったとムカつきながら思った。

 

「選手交代のお知らせです。竜宮小町、三浦あずさに代わりまして……」

「……え、え?」

 

ガシッと律子の両肩を掴んでプロデューサーは、野球の試合で流れるアナウンサーのような声で言った。

 

「秋月律子。お前に決めた」

「えーーッッ!! 無理無理! 絶対に無理ですよ! それに私、プロデューサーですし!」

「元アイドルでもあるじゃないですか。律子さん、いけますって」

 

話しを聞いていた小鳥も横から律子に言った。

 

「それを言うんだったら小鳥さんだってそうじゃないですか!」

 

ぷいっと横を向く小鳥。

 

「まあ、まあ。律子ならいけると俺は思うよ」

「赤羽根Pもそうやってプロデューサーの悪乗りに乗っからないでください!」

「そんなことないさ。俺も先輩と同じで律子ならできると思ったんだ。律子だって十分アイドルとしでまだやっていけるよ。可愛いいんだし」

「もう! からかわないでください!」

 

可愛いと言われて律子は照れながら叫んだ。

すると、仕事から帰ってきた美希がやってきた。「事務所の外まで声がきたけど、どうしたの?」と聞きながら中に入ってきた美希。律子は、救いの女神がやってきたような顔をしながら美希に助けを求めた。

 

「あ、美希! あなたからも言って頂戴!」

「なにを?」

「あずさ君がライブに出れなくなった。そこで、代打に律子が選ばれた。OK?」

「オッケーなの」

「夫婦漫才してないで、美希も説得して!」

 

夫婦漫才なんていやーんなの、と顔に手を当てながら照れながら言う美希。それに対してふざけないでと怒鳴る律子。そもそも、夫婦漫才ですらない。

 

「逆に律子さんに聞きたいの。なんで、嫌なの?」

「嫌ってわけじゃないわ。決めたのよ。中途半端はやめようって」

「それって、アイドルとプロデューサーを兼業するってこと?」

 

美希の問いに律子は、こくりと頷いた。

 

「竜宮は、私が初めてプロデュースしたアイドル。それを、アイドルをしながらやるなんてことしたくない。そう決めたの」

「でも、今はそれどころじゃないと思うよ」

「わかってるわよ……そうだ、美希。あなたが代わりに出ない?! あなたならダンスも歌もすぐに覚えられるし、それに前に……ごめん。都合良すぎよね」

 

前に美希が龍具小町に入りたい、そう言ったことを律子は思い出した。だが、律子自身がそれを否定したし、それが原因で問題も起きた。それに気づき、律子は自分の言った事を恥じた。それでも美希は、頭を横に振りながら言った。

 

「それはもういいの。別にね? ミキがやってもいいよ。それでも、律子さんがやったほうがいいなって、ミキは思うの」

「どうして?」

「だって、律子さんは竜宮小町のプロデューサーでしょ。答えは出てるの」

「俺もそう思うよ」

「赤羽根P……」

「それにな、律子。アイドルとプロデューサーを兼業しているアイドルユニットもいるんだ。魔王エンジェル。名前ぐらいは聞いたことあるだろう?」

「え、ええ。知っています」

 

魔王エンジェル。東豪寺麗華、三条ともみ、朝比奈りんの三人で構成されているアイドルユニットである。貴音がデビューする前から活動をしており、そのころから売れっ子アイドルであった。律子もアイドル時代にその名前を聞いたことがあった。当時、直接会ったことはないが。今では、仕事の関係上関わる機会が少なからずあった。アイドル関連の番組で仕事をしたとき、初めて生で彼女達を見たことを思い出す。

 

「リーダー的な存在である東豪寺麗華がプロデューサーをしていてな。最初はかなり危なっかしかったが、今ではちゃんとやれているようだ」

 

ほれ、と言いながらプロデューサーは一冊の雑誌を手に持って見せた。見開いているページが魔王エンジェルの特集のページだった。

律子は、やけに詳しいなと思って聞いた。

 

「すごく知っているような口ぶりなんですけど……まさか」

「ああ、知ってるぞ。HPにある麗華の3サイズのバストは少し盛ってる。ともみのやつは、よく頭のキレる女。りんのやつは、ちょっと腹黒い」

 

凄く関係者しか知らないようなことをペラペラと喋るプロデューサーに対して、その場にいる全員が顔をくもらせた。唯一、美希だけはギロリと鋭い目つきでプロデューサーを見ながらスマホの録音ボタンを押していた。

 

「先輩。もしかして……お知り合い、じゃないですよね?」

「顔見知り程度だよ。で、話を戻すがな。今は、それなりに仕事も慣れて落ち着いているだろ。この件が片付いたら、その事も考えてもいいんじゃないか?」

「それは、その……」

「それに、ファンの期待を裏切るのはどうかと思うぞ」

 

プロデューサーは、律子の上に置いてあったファンレターを渡した。律子のアイドル時代からのファンであるプチピーマンと言う人からだ。

律子は、ぎゅっと握った。律子の思いが揺らぐ。それを後押しするように赤羽根が言った。

 

「その間の竜宮小町の面倒は俺が対応するよ。律子は、レッスンに集中すればいいさ」

「こういう時こそ、仲間を頼るもんだ。で、律子。どうする?」

「私は……」

 

こうして私は決断し、ここにいるのだ、と自分の中で律子は語った。本人が言ったように、赤羽根Pが竜宮の仕事を引き受けてくれた。その空いている時間に、ライブで歌う曲とダンスを必死に練習していたのだ。プロデューサーも空いている時間に個人レッスンを見てくれたりもしてもらっている。それに、あずささんがライブに出れないことで、代わりにメッセージビデオを撮りにも行ってもらう予定だ。感謝しきれないし、頭があがらないとはこの事かと律子は思った。

 

「よし。休憩は終わりだ。続きを始めよう」

 

気付けばかなりの時間が経っていた。律子は、顔をパン、と軽く叩いて気合をいれた。

時間は待ってくれない。なら、できることをやろう。後悔するのは、全部が終わったあと。律子は立ち上がり、自分のポジションについた。「じゃあ、いくぞ」と、プロデューサーが合図をした。

律子は、再び目の前のことに集中した。気付いたころには、すでに身体はくたくたで、歩くのが精いっぱいだと気付く。結局、今日も昨日と同じでプロデューサーに自宅まで送ってももらったことになるのであった。ほんとうに、頭が上がらない。いや、足を向けて眠れないと律子は移動する車の中で薄れく意識の中で思った。

 

自宅に戻った律子がまず行ったのは、お風呂にお湯を入れ、洗濯物を洗濯機に放り投げることから始まった。「あ、夕飯どうしよう」と、声に出してその場に立ち止まる。

数秒後。考えることを放棄したのか。棚からカップ麺を取出し、やかんに水を入れてお湯を沸かす。普段だったら料理はちゃんとするのだ。本当だぞ、と言い訳するように律子はカップ麺を睨む。とりあえず、待っている間は暇だ。風呂場の浴槽を見る。半分溜まっていたので止めておく。台所に戻り、やかんをじっと見つめる。そろそろかなと思いながら火を止め、お湯を注ぐ。蓋をして、やかんの底をカップ麺に押し付ける。こうするとはがれにくくなるのだ。それを聞いて実践した時は「おおっ」と声をあげたものだ。

律子は、三分と待たずにふたを開けて少し遅い夕飯をとった。そのあとは、お風呂に入り、洗濯機を回し、やっと一息つくことができた。

それでも、仕事の確認をしておかなくてはいけない。プロデューサーから渡された、赤羽根Pからの報告書と仕事の書類等に目を通さなくてはいなかった。+

これといって急ぎの案件はなく、彼でも十分に対応できるものだった。ふぅ、と息を吐きながらとりあえずこれはいいかと判断し、資料を戻す。

律子は、一枚の写真を手に取った。そこには、アイドル時代の自分がいた。ミニライブで歌った時のことだと思う。とても楽しそうだなと律子は、自分のことなのに他人のような感覚だった。元々、プロデューサー志望だったが、社長の意向でアイドルをやる羽目になった。他の子達が来て、ようやく念願のプロデューサーになることができたのだ。いや、戻ることができたと言うべきか。それが、再びアイドルに戻るとは思ってもみなかった。おかしな話だ、と律子は苦笑した。

アイドルをやることについては、それほど嫌ではない。嫌というより不安だった。だってそうだろう。いきなり出てきた見知らぬアイドルが一緒に竜宮と歌うのだ。受入られるかどうか。それを律子は恐れていた。

 

(彼も……来るのかしら)

 

写真が入っていたファンレターを手に取る。プチピーマンと名乗るファンは元々律子のファンであった。律子がプロデューサーになり、彼女がプロデュースする竜宮小町を今は応援してくれている。古参のファンと言うべきか。彼のような存在は素直に嬉しかった。

それに、再びアイドルとしてステージに立つ私を待っているのだろうか。

色んな考えが交錯する中、決して揺らがないものがあった。

 

(それでも、ライブは絶対に成功させる)

 

事情がどうあれ、これは私達のライブだ。失敗なんてさせたくない。そもそも、ファーストライブの時もいいスタートではなかったことを思い出す。天候には恵まれず、今度は病気だ。律子は、頭を抱えた。

 

「私、呪われてるのかしら」

 

つい言葉に出してしまった。まあ、そんなことはあとで考えようと切り替える。ライブまで残りわずか。その間に歌もダンスもできなくてはならない。そう思って電気を消して、ベッドにもぐる。

眠りにつく、ほんの少し前にプロデューサーに言われたことを考えた。

プロデューサーをしながらアイドルを兼業する。できるだろうか。いや、待て。私は、アイドルをやりたい前提で考えている。未練だろうか。確かに、アイドルをやることは楽しかった。けど、今更……律子の意識はだんだんと落ちていた。そして、最後に。

プロデューサーにあとで相談しよう。うん、そうしよう。

そう思いながら律子は眠った。覚えているかはわからないが。

 

二〇一三年 竜宮小町ライブ当日。

 

時の流れは速く、すでにライブ当日。会場は満員御礼。現場にはプロデューサーと赤羽根も来ていた。

そして、衣装に着替えた律子もスタンバイしていた。ステージでは、伊織と真美がすでに立っており、ライブにこれないあずさからのビデオメッセージが流されていた。

律子はというと。

 

(帰りたい……)

 

今すぐにでもこの場から逃げだしたくて仕方がなかった。しかし、ここまで来たらもう逃げることはできない。そんな律子を心配してプロデューサーと赤羽根が声をかけた。

 

「律子、大丈夫か? アイドルがしちゃいけない顔になっているぞ」

「へ、平気ですよ。多分」

「律子が思っているよりは少しはいい結果になると思うぞ……まあ、あの三人がさらにプレッシャーを与えているが」

 

プロデューサーがステージを除くと、あずさが自分の代わりに特別な人が代わりに出てくれることを促し、それを伊織と亜美が律子のことを紹介し、彼女の名前を呼んだ。

「さあ、行って来い」、「頑張れよ、律子」と二人が声をかけて送り出した。

ぎこちない歩き方でステージの中央へと向かう。

律子の目にはかつて見ていた以上の光景が広がっていた。調整などでステージに立つ時は数多くあれど、ライブ中に立つことはなかった。アイドル時代もこんな大きな会場で歌うことはなかった。

それが、律子にさらなる緊張を与えた。それでも、律子は必死に声を出して自己紹介をした。そして、すぐに音楽がスタートした。それは、アイドル時代に歌っていた曲だ。ミニライブをしていた時の光景が蘇える。あの時も今と同じように緊張しながら歌った。大丈夫かな、歌詞間違っていないかな、お客さん聞いてくれるかな、そんなことを思いながら歌った。嬉しかったのは、前列にいた人たちが乗ってくれたことだ。それがあったから最後まで歌えたのだと律子は感謝していた。けれど、ここにはいない。いるわけないよね。

だって、ここは竜宮小町のライブだし、私が出るなんて知らない。律子はますます不安になる。

 

(……え?)

 

だが、律子の目に信じられない光景が写った。会場の奥。ステージに立っているから余計によく見える。そこだけ、緑色のサイリウムを振るファンたちが居た。765プロのアイドル達にあった色のサイリウムを振ることはよくある。伊織で言えばピンク色だし、亜美で言えば黄色。あずさなら紫。だから、緑色のサイリウムがあるのは不自然だった。

だが、律子にはわかった。そのサイリウムは、あの時から律子に振られていたものだった。そう、彼らは当時の律子のファンたちだ。

信じられない。真っ先に律子はそう思った。けど、嬉しかった。声に張りが戻り、ぎこちない動きが軽快に動く。今まで嘘みたいだと律子は実感していた。

それを、ステージの端から伊織達も見ていた。

 

「プチピーマンさんたち来てくれたんだね!」

「にひひ。色々やってみるものね!」

「しかし、よくこんなことを思いついたな。当時のファンに情報を流すなんてこと」

 

律子のファンたちが来たのは伊織と亜美の提案によるものだった。プチピーマンを始め、当時の律子のファンたちに彼女が出るという情報を流し、余ったチケットを流したのだ。

 

「律子のためだもの。これぐらいはね。プロデューサーもありがとうね」

「礼には及ばないさ。さ、お前達も行って来い」

「ええ!」

「任せてよ!」

 

二人は、再びステージに戻り律子の隣に立った。会場もだんだんと乗って来たのか、サイリウムの色が緑に染まる。

 

「結果オーライってやつだな。竜宮のファンも律子に夢中だ」

「ええ。なんだか、ドラマみたいですね。辞めたアイドルが再びステージに立つ、みたいな感じで」

「そうだな。まあ、でも。これは、律子にとってもいいきっかけになるだろうさ」

「アイドルやりますかね」

「そうなったらお前がプロデュースしてやればいいんじゃないか? 律子だって満更じゃないだろう」

「俺は、別にそれでもかまいませんよ」

「お、言うようになったな」

「先輩の指導のおかげですよ」

 

プロデューサーは、肘で赤羽根を突っついた。嬉しいことを言ってくれるじゃないの、とプロデューサーは嬉しそうである。

 

「でも、確かにあれだ。元アイドルが再びステージに立つっていうのは……喜ぶだろうな。それが―――」

 

伝説のトップアイドルなら。そう口に出したプロデューサーの言葉は、ファンの歓声に消され、赤羽根の耳に届くことはなかった。

 

「先輩。何か言いました?」

「いや。なんでも」

 

こうして、ライブは成功に終わった。

秋月律子がこのあともアイドルとして登場するかは、彼女次第だろう。

けど、それは遠い未来じゃないのかもしれない。

 

 

おまけ

 

二〇一三年 都内 某マンション プロデューサーの部屋

 

それは、律子が竜宮小町のライブに出ると決めた日の夜のことである。プロデューサーは、いつものように仕事を終えて自分が住むマンションへと帰ってきた。今日は珍しく一人での帰宅となった。いつもなら貴音か美希が同行する日が多いが、貴音はすでに帰宅している。美希も、今日は泊まると言って先にマンションへ向かった。

とりあえず、竜宮が歌う曲とダンスを確認して明日の予定でも立てるか、と考えながらプロデューサーは歩いていた。律子があずさの代わりに出るということになったので、プロデューサー自ら指導を引き受けたのだ。

ああするか、いや、これがいいかなと、考えている内に自分の部屋の前までたどり着いた。扉をあけると電気は付いており、靴もあることから二人がいることに気付いた。

「ただいま」と、前は言っていなかった言葉を、今では当然のように言いながら家に入る。

しかし、返事がない。いつもなら「お帰りなさいませ、あなた様」とか、「おかえりなの、ハニー!」と返ってくるはずだ。疑問を感じながらもプロデューサーはリビングへと向かう。

キッチンの前に置かれたダイニングテーブルとその椅子に座る貴音と美希を見て、「なんだ、いるじゃないか」と声をかけた。だが、二人は返事を返さない。よく見れば、二人の座り方もおかしい。椅子がテーブルの方に向けられているのではなく、今入ってきたプロデューサーの方に向けて座るようにしている。しかも、二人とも腕を組み、足を組んでおり、その目と顔は恐ろしい形相だった。それを見て、プロデューサーも気付いた。いや、気付くのが遅すぎた。

あ、これアレだわ、と。プロデューサーは咄嗟に、「あ、車に忘れ物してきちまった。取にいって――」と、棒読みな台詞で逃げようとしたが、「あなた様。正座」と、割って入られてしまった。「……はい」と、諦めた声でプロデューサーはその場に正座した。

 

「では、これから第三回緊急家族会議を開催いたしますがよろしいでしょうか」

「異議なーしなの」

「異議あり……ません。はい」

 

二人の眼力に負けてしまったプロデューサー。

そもそも家族でもないのに家族会議とはこれ如何に。プロデューサーは、それを訴えたかったが無駄だと諦めた。第三回とあるようにこれまで二回このようなことが行われた。

発端である第一回目。これは、あの日美希とデートしたことが貴音にばれたからだ。ばれた経緯は、普段私服を着ないプロデューサーが、美希が選んだ服を着て貴音と買物に行ったことがはじまりだ。貴音が、「あなた様。その服はどうしたのですか」と聞くと、「これか? これは、美希のやつに……やべ」と答えてしまったのが発端である。そのあと、美希を交えた第一回緊急家族会議が開かれたのである。この時は、美希もプロデューサーの隣に正座をさせられた。

次の第二回は、前回からすぐに訪れた。それは、事務所で他愛もない話をしていた時だ。突然、小鳥がプロデューサーにこう言ったのだ。「プロデューサーさんの好みの女性はどういった人なんですか?」と。その時、事務所にいたアイドルは三人。四条貴音、星井美希、我那覇響の三人。特に前の二人に激震が走った。プロデューサーは、それに気付かずつい話してしまったのだ。

「好みの女性? そうだな……年上が好みだったが、この年じゃそれはもう駄目だな。変わらないのは、髪が長くて、ポニーテールの女性」と。

その後、響が二人に問い詰められ、帰宅したのちに第二回家族会議が開かれたのである。

 

「で、これに出てくる魔王エンジェルって?」

「はいなの」

 

美希のスマホに録画した彼の台詞を再生する。プロデューサーは、顔を青くした。どうして、なんでことになっているんだと。ただ、昔話をちょこっとしただけなのに。プロデューサーは、心の中で二人に悪態をついた。

 

「魔王エンジェル……綺麗な子達ですね。特にこの麗華という子は、髪も長くて綺麗な色をしていますね」

「でも、ミキのが可愛いと思うな。胸だって負けてないと思うの」

「それは、わたくしもです」

 

男の前でなんてはしたない話をしているのか。プロデューサーは、口に出さず注意した

以前は、スマホを扱うのに手間取っていたのが、今では慣れた手つき操作をしている。変なところばかり成長しやがってと、心の中で愚痴を零した。

 

「あなたと彼女達の関係は?」

「そこが重要なの」

「昔の……知り合い」

「嘘ですね」

「嘘なの」

 

信じてもらえるとは思ってなかったが、あっさり否定された

 

「わかった、わかったよ。降参だ」

 

両手をあげながらプロデューサーは、ゆっくりと立ち上がった。

 

「魔王エンジェルと出会ったのは、765プロに来る少し前だ。期間は一年も経っていない」

「経緯は?」

「たまたま。そう、偶然だ。アイドルが、それも未成年の女の子がプロデュースをしているアイドルユニットがあると聞いてな。俺から接触した。というより、売り込んだ。で、しばらく彼女達の所で仕事をしていた」

 

これで満足か、と聞いても二人は未だに納得していいないようだ。ジッとプロデューサーを睨んでいる。

 

「いいか。お前らは、勘違いをしている。別にあいつらとは、ただのアイドルとプロデューサーでしかない。そう、至って健全。仕事の関係。そう、ビジネスパートナーだ。お前達が思っているような関係じゃない」

 

まるで、ドラマや映画で浮気がばれたことを言い訳する男のよう部屋を歩きながら、自分の潔白を証明する。

 

「あなた様」

「なんだ」

「ハニー」

「だからなんだ!」

『正座』

「……はい」

 

プロデューサーは、素直に従い再び正座した。畳の上ならともかく、フローリングの上だ脚が痛い。

 

「一応言っておくが。彼女達と別れて以来、今日に至るまで連絡をとっていないし、来てもいない」

「まるで、浮気をした男がしてないって言ってるような感じなの」

「そうですわよね。わたくしたちは、そんなことまで聞いておりませんのに」

「……いいか、そもそもだ! なんで、俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ! ただ、昔の仕事先の話を――」

 

言葉が途切れる。原因は、プロデューサーのスマホが鳴っているのだ。ポケットから手に取る。画面をちらりと覗くと「東豪寺麗華」、そうあった。すぐに着信を切り、ははっと笑うプロデューサー。どうして、こんなタイミングを見計らったように電話をかけてくるんだ。今まで電話がかかってきたことはない。なのに、なんで今日、この時なんだ。明日だっていいだろうが。顔は平静を保ちつつも、内心はかなり焦りが出てきたプロデューサー。

すると、すぐに再び着信が入る。再び切ろうとしたが、「出たらどうです」と、貴音が言ってきた。

 

「いや、いいんだ。別に大した相手じゃない……ほら、切れた」

 

二度目は勝手に相手の方から切れた。だが、三度目の着信が入った。

 

「出た方がいいんじゃないの? 急な案件かもよ 」

「美希の言う通りです。さ、私達は待っておりますので」

 

嘘だ。絶対に気付いている。確信を持ってプロデューサーはそれに気付いたが、一向に着信が鳴りやまない。出なければさらに不振がられるかもしれない。プロデューサーは、自分に選択肢がないことを悟り、通話ボタンを押した。

 

「……Hello」

『なにが、ハローよ! 私の電話には、すぐ出ろって言ったわよね?!』

「久しぶりに連絡を寄越したと思ったらこれだ! 今更偉そうに言うんじゃねぇよ!」

 

まるで、離婚寸前の夫婦のような会話だった。

 

『なによ! そっちだって連絡を寄越さなかったじゃない!』

「お前が俺に最後に言った言葉を忘れたか?! 忘れたなら教えてやる。二度と私の前に現れないで。連絡もしないでよね、だ! 思い出したか!」

『そ、それは……言葉の、綾よ』

 

それは、本当に言いたい言葉ではない、そう麗華は言いたいように思える。プロデューサーは、溜息をついた。懐かしい、そんな感覚をプロデューサーは味わっていた。その所為か、いつもの堅い顔がほころんだ。

 

「……わかってる。お前は、素直じゃないからな」

『余計なお世話よ……ただ、ちょっと相談に乗ってほしかっただけ。あの時の言葉は……悪かったわ』

「いいよ。でも、相談か。それ、今じゃないと駄目か?」

『今じゃないと駄目だから、こうして連絡してるのよ!』

「そうか、今か……今か」

 

プロデューサーは、同じ繰り返すが言うたびにその一言が重い。

 

『今、忙しいの?』

「ああ。とても、いそ―――」

 

今まで意図的に見ていなかった二人の顔をみた。そこには……鬼、悪魔がいた。

プロデューサーは、すぐに顔を逸らして、

 

「いや、全然。今すぐ会おう。そうだ、そうしよう。夕飯でも一緒にどうだ?」

『へ? い、いまなんて』

「そうだ。お前がよく行っていたあの店にしよう。今すぐ行こう!」

 

プロデューサーは、逃げ出した。しかし、彼女達からは逃げられない。

 

「あ――」

「はい、お終いなの」

 

道を塞いだ美希に、それはどちらでの意味だと聞こうとしたがやめた。答えは、わかりきっている。プロデューサーは、腹を括った。

 

「貸してください」

「いや、それは――」

「ッ!」

「……どうぞ」

 

貴音は、乱暴にプロデューサーからスマホを取り上げて自分の耳に当てた。

 

「もうこの人に、女は間に合っております!」

『あんた誰よ! ていうか、アンタ。結婚してたの!?』

「してない」

「そうなの! 横から入ってこないでほしいの!」

『ちょっ、二股!?』

「違う」

「では、そういうことで!」

『待っ――――――』

 

貴音は、プロデューサーのスマホをソファーに放り投げた。してやった、そんな顔を貴音はしていた。美希も似たような顔をしていた。

 

「では、あなた様」

「じっくり、お話をするの」

 

プロデューサーは、そんなことを気にせず、腹を抑えながら言った。

 

「夕飯を食べてからじゃ駄目か?」

「安心してなの」

 

ほっと、安心をしたプロデューサー。だが、

 

「そもそも、作っておりません。ですから、心ゆくまでお話しましょうね」

 

空腹は最高の調味料。なんて、言葉が脳裏を過った。

しかし、調味料の入れ過ぎはどうだろうか。プロデューサーは、目の前に二人に言ってやろうかと思ったが……納得してくれなそうだ。

こういう時、どうすればいいか知っているかと自分に問いかけた。答えは、すぐにかえってくる。

ああ、知っているとも。こういう時は、はい、はい。そうだねと、肯定していればいいのだ。それが、大人の逃げ方だ。

だが……それが二人に通用するかと問われれば、きっとこう答えるだろう。

無理だな、と。

 

 

 

 

 




すごく大雑把に律子回を書きました。というより、最後のおまけに力を入れ過ぎたかなと思っています。
でも、最近貴音というか恋愛要素というか、イチャイチャが足らないって思ってました。

で、魔王エンジェルは前々からどこかで出したいと思っていたので丁度いいタイミングでした。
麗華だけなのは許してくれ。
そのために、貴音と美希がとんでもない扱いになってしまった。ただ、麗華を含めてなんていうんですかね、好きな娘をヒロインにしたくなっちゃう病が出てしまった。悪い癖です。デレマス編に入ったらもっと酷くなります。
いずれ、魔王エンジェルとの話をかければと思っています。

次回は貴音回です。アニマスと一部の扱いが変わっている(黒井関係)ので少し変更点があるのでそこで時間がかかるかなと思っています。
その次は千早回だから余計に頭を悩ませてますがね!

ここからは本当の蛇足。
現在のデレステイベントは遅くやっているので凛ちゃん一枚もとれてないよ! おはガシャしたら時子様が出たので嬉しかったです。

あと、プラチナスターズの一番くじ知らなくて、最近日を置いて何回いってやったんですよ。そしたら、A賞とB賞当たった。あと、ラバの貴音もゲット。友人が響、美希のラバもゲットしてくれたのでよかった。ていうか、Tシャツなんてどうすればいいんだ……俺サイズが合わなくて着れないよ! 飾るの、これ?

ただ、思ったのが。フィギュアがないからだと思うけど、全然くじが減っていなかった。少し悲しい。シンデレラはすぐ終わるのにね。なお、フィギュアの出来がいいとは言っていない(なんで、あんな出来なんだ)。



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