銀の星   作:ししゃも丸

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お待たせしまた……完成しました。
とりあえず、莉嘉無事に確保しました。


第11話

「まったく。最高の日だな、今日は」

 

 ライブ会場のステージの端。スタッフとの準備を進めながら深刻な顔をしている割には、プロデューサーはどこか嬉しそうな声で言った。

 今日は竜宮小町のライブ当日。目の前では765プロのアイドル達が練習着でリハーサルを行っていた。しかし今回の主役である竜宮小町はいない。

 律子達は午前中の収録現場からこの会場で直接合流する予定だった。だが思いもよらぬ事態が起きた。台風である。現地では暴風と大雨の影響で当初の予定だった新幹線も運行停止。電車を探すと言っていたが少し経ってレンタカーを借りて現在こちらに向かっているとの連絡があった。

 

(リハーサルには間に合わないのは確実、か)

 

 最悪な状況の中、スマートフォンが鳴る。相手は律子からだ。

 

「もしもし、律子か。今どの辺りだ?」

『すみません、プロデューサー。向かっている最中に車のタイヤがパンクしてしまって、今身動きが取れない状態です』

 

 その知らせを聞いてプロデューサーは頭を抱えたがすぐに切り替えた。

 

「なんとかなりそうか?」

『そこはなんとか』

「わかった。こっちの空もかなり怪しくなってきた。もしかすると交通規制か、事故とかで止まる可能性もあるな」

『ええ。そこはもう祈るしかないです』

 

 電話越しだが今の律子の声から察するに、彼女は焦っているとプロデューサーは感じ取った。焦りもそうだがなによりも自分を責めている。今日は竜宮小町にとって大事なライブ。本来なら今この場にいるはずだったが、今日の収録はどうしても外せなかった。大事な時期でもあるしキャンセルできるはずがない。

 すべてを台風の所為にしてしまいたい、そう思ったがそうはいかない。開演の時間は刻一刻と迫っている。

 

「律子、あんまり自分を責めるな。こればかりは仕方ない。お前が不安がると伊織達も不安になる」

『はい……そうですよね、すみません。これからどうするかを考えないといけませんよね』

「その意気だ。伊織達に代わってくれるか?」

『ちょっと待ってください』

 

 律子がそう言ってすぐに伊織の声が聞こえた。

 

「よお。調子はどうだ」

『もっと他に言うことがあるんじゃないかしら?』

「なんて言ってほしいんだ?」

『それはもっとこう……あるでしょ!』

 

 言葉が見つからなかったのか、伊織は怒鳴った。

 

「それだけ元気があるなら大丈夫だな」

『ねぇ、プロデューサー! そっちは大丈夫なの?!』

 

 亜美が割り込んで心配するように聞いてきた。

 

「大丈夫だ。心配しなくていい」

『すみません。迷惑をかけてしまって』

「あずさ君が謝る必要ないさ」

『はい』

 

 この中で一番の年長者であるためか、あずさもかなり思い悩んでいた。

 

「まあ心配するな。お前達のライブを台無しになんてさせないさ。だから、信じてやってくれ。お前達の仲間をな」

『当然でしょ』

『うんうん』

『はい~』

「じゃあまた律子に代わってくれ」

『――はい、なんですかプロデューサー』

「こちらでも最善を尽くす。任せろ」

『お願いします』

「ああ。それじゃあ何かあれば連絡をくれ」

『はい』

 

 そう言って電話を切る。ふう、とプロデューサーは息を吐く。いつもの顔に戻り、行動を起こした。近くにいた赤羽根を呼んで律子達が間に合わない可能性を伝えた。

 

「というわけだ。最悪、竜宮小町抜きで開演する」

「ホント、最悪です」

「だが、悪いことばかりじゃない」

 

 えっと声に出して、赤羽根をプロデューサーを見た。ニヤリと口角をあげて笑っている。

 

「まずはあいつらにも状況を説明する。その後にスタッフと再度打ち合わせだ。リストを変更しておかなきゃならん」

「わかりました。今すぐに呼んできます」

 

 そう言って赤羽根はステージの上で練習をしているアイドル達の所に向かった。練習をやめて赤羽根を先頭にプロデューサーの前に集まるアイドル達。彼女達の顔から察するに、困惑しているのが見て取れた。

 

「さてお前達。いい話と悪い話。どちらから聞きたい?」

 

 その言葉にざわつく。互いに近くにいる者の顔を見合う。春香が手を恐る恐るあげながら答えた。

 

「じゃ、じゃあ悪い話から……」

「わかった。はっきり言うと、竜宮小町は間に合わないかもしれん」

『え――ッッ?!』

 

 彼女達も竜宮小町が未だに合流できていないことは知っていた。開演が迫る中、まだこない竜宮小町いないことに不安を募らせていた。

 

「じゃ、じゃあライブはどうなるんだ?!」

「そうだよー! 亜美達がこないんじゃ……」

 

 目の前で困惑する彼女達に対し、プロデューサーはいつものように落ち着いた表情で言った。

 

「まあ落ち着け。で、いい話だ。それは――」

『それは……?』

「竜宮小町がいない間、お前達がこのライブの主役ってことだ」

「先輩。それ、律子が聞いたら怒りますよ」

 

 呆れながら赤羽根が言った。彼女達も口を開けている。

 

「本当の事だ。しかし、その分お前達一人一人に負担がかかる。歌う曲も予定より増える。だが、こうでもしなければライブは最悪の形で幕を下ろす。それは嫌だろ。俺だって嫌だ。だったらやるしかない。お前達はどうだ?」

 

 プロデューサーの問いに彼女達は答えた。

 

「もちろん決まってるさあ」

「うん。私達でなんとしなきゃ」

「わたしも伊織ちゃんたちが来るまで頑張ります!」

「むしろ僕たちで伊織達をビックリさせてあげようよ!」

「そうだよ。それに竜宮小町が来るまで私達で会場を盛り上げようよ!」

 

 先程の暗い顔とは一転、いつのように活気のある声で互いに言い合う。

 

「答えは決まったな。まずは部屋に戻って準備をしてくれ。さあ、行動開始だ」

『はい!』

 

 プロデューサーの合図で動く春香達。彼は隣にいる赤羽根にも指示を出した。

 

「赤羽根、ついでに小鳥ちゃんも呼んでくれ。一緒に打ち合わせをする」

「わかりました!」

 

 赤羽根も会場のどこかにいる小鳥を探しに動き出した。すると美希がまだ残っており、プロデューサーのもとへと歩いてきた。

 

「どうした美希」

「ねぇ、プロデューサー。もしかして嬉しそうだったりする? 今の状況」

「どうしてそう思うんだ?」

「だって、笑ってるの」

「そうか? 俺は今とてつもなく不安でしょうがない顔をしているはずだが」

「全然そんな風には見えないの」

 

 不安なんて言葉がよく言えるの、と美希は思った。それは自分も同じだと思いながら言った。

 

「ミキも人の事言えないけどね。予定よりいっぱい歌が歌えるってことだもん。デコちゃん達には悪いけど、ミキは楽しみだよ」

「ふ、お前も似たようなことを考えているんじゃないか」

「お互い様なの」

 

 美希はそう言うと心配そうな顔をしながら聞いた。

 

「ミキ、キラキラできるかな」

「それはお前次第さ。でも、俺はできると思ってる。俺がしたんだ。できなくては困る」

「それは責任重大なの」

 

 プロデューサーは美希の肩に手を置いて励ました。

 

「大丈夫だ。お前なら出来るよ」

「うん、ありがとう」

 

 プロデューサーは美希が緊張していないことには気付いていた。ただ、自分が求めているモノを得ることができるかが心配だった。キラキラしたい。それが本当にできるのかが怖いのだ。これは竜宮小町のライブであって美希のライブではない。彼女達のファンをどれだけ自分にくぎづけにできるか。難易度は高い。それでも美希ならできると、プロデューサーは確信していた。

 

「さ、お前も部屋に戻って準備をしろ。あとは俺達に任せろ」

「わかったの。じゃあいくね」

 

 美希は軽く手を振って部屋に向かった。美希が見えなくなるまでプロデューサーはそこにいた。見えなくなると彼も動きた。各担当のリーダー達を呼んで説明を始める。机に上に置かれた資料に赤色のペンで修正をしながらプロデューサーは説明する。

 

「まずは竜宮小町のオリジナル曲は後半に回します。他の曲は今いる子達でも歌える曲なのでそれでなんとかします」

「わかりました。順番はどうしますか?」

 

 スタッフの一人がそう聞くと赤羽根が割って入りながら違う色のペンで矢印を入れながら説明した。そんな赤羽根を嬉しそうにプロデューサーは見ていた。

 

「まず、こことこれを変更します。問題は連続して歌う子がいるんですがそこはあいつらに頑張ってもらうしかありません。一応全員歌える曲なので最悪メンバーを変更します」

「アイドル達の負担がかなり大きくなりますが……」

 

 赤羽根を含めた視線がプロデューサーに向けられる。

 

「今は大体の変更案を作りましょう。それからあいつらにも目を通して貰って、その後に再度調整します」

「わかりました。では、このあとの曲ですが」

「ここはこれで……」

 

 プロデューサーは赤羽根に任せてスタッフと話し合いを続ける。赤羽根に連れてきてもらった小鳥にプロデューサーは説明を始めた。

 

「小鳥ちゃん。まず開演の少し前にアナウンスで……そうだな、三十分遅れることを放送してくれ」

「わかりました。一時間だと逆にファンの方に不信感を与えてしまうかもしれませんからね」

「ああ。少しでも遅らせて律子達が間に合う時間を作りたい」

「やっぱり難しいですかね……」

「来るにこしたことはないがな。あと、社長に会ったらこのことを簡単に説明しておいてくれ」

「わかりました。時間までは春香ちゃん達の様子を見ておきますね」

「頼む。貴音も何かフォローしてくれると思うが一応だ」

「それじゃあ何かあったら連絡してください」

「わかった」

 

 小鳥が行くと後ろから赤羽根が叫んだ。

 

「先輩、ちょっといいですか!」

「どうした」

 

 赤羽根に呼ばれて再び戻るプロデューサー。スタッフを交えて再度話し合いは続く。そのあと数十分かけて仮ではあるがリストを完成させた。

 それからして衣装に着替えた千早がやってきて皆に見せるためにリストを持って部屋に戻る。互いに声を出しながらリストの確認を進める。千早を始め、赤羽根の二人が舞台裏と部屋を行き来する。そして何度も修正をし、ようやくリストが完成した。

 その頃には時刻は既に十七時をまわっており、会場へファンが入場する。直接中に向かうファンもいれば、物販を購入しているファンもいる。グッズやCDを買うファンも多いが、サイリウムを購入するファンも多い。

 その様子を小鳥が部屋で待機している彼女達に報告した。

 

「みんな、開場したわ! たくさんのファンがもう来てますよ!」

「あぅ! やっぱり緊張してきました……」

「いや、緊張しない方が凄いよ」

 

 この場にいる貴音を除けば、こんな大きな会場でのライブは初めてである。緊張するのも無理はない。その貴音はコンビニで大量に買い込んできたおにぎりやサンドウィッチをもぐもぐと食べている。そんな貴音を隣に座っている響が呆れながら言った。

 

「貴音はいつも通りでなんだかほっとしている自分がいるぞ」

「大丈夫ですよ、響。わたくしだって最初は緊張していましたが、ステージの上に立てばライブに集中しますよ」

「そういうものなのか? まあ、この中じゃ貴音が一番経験しているから説得力はあるけど」

「それに美希も余裕そうですよ」

「ん?」

 

 同じく響の隣に座っていた美希が反応して貴音の方を向いた。

 

「美希は緊張してないのか?」

「ミキ、本番には強い方だから。響は緊張してるの?」

「緊張してたけど、二人を見たらどっかいったよ……」

 

「それはよかったですね、響」

「……ありがとうさぁ」

 

 喜んでいいのかわからないが響はとりあえず礼を言った。

 それから全員で変更になったリストや分たちが歌う曲を何度も確認する。すると扉が開き、赤羽根が入ってきて部屋を見渡すと、目的の人物の名前を呼んだ。

 

「貴音。ちょっと来てくれるか?」

「どうしましたか。何か問題が?」

「いや。先輩が呼んでるんだ。いけばわかるよ」

「わかりました」

 

 貴音は控室を出て行き、舞台裏へと向かう。そこにはプロデューサーと小鳥が今回のプログラムが書かれた紙を持ちながら話をしていた。プロデューサーが貴音に気付き、彼女を呼んだ。

 

「貴音、こっちだ」

「で、ご用件は? 今回私ができることは限られていますが」

「その件で話があるの」

 

 貴音は首を傾げた。今回、竜宮小町のライブにおける貴音の立場はゲストのようなものだ。765プロ一番のアイドルである貴音は、竜宮小町と違って規模が違う。それは贔屓目な言い方をすればファンもそうだし、実力とも言える。事務所からすれば四条貴音というブランドを確立している今、他のユニットのライブで出しゃばる訳にはいかない。竜宮小町も多くのファンを得ているが、その数はソロで活動している貴音にはまだ及ばない。そのため今回ゲストという形で参加している。歌う曲は既存のモノと他のメンバーと歌う新曲のみだ。これはプロデューサーが貴音に他のメンバーと一緒にライブをしたいという思いをくんだためだ。貴音を除けば、このライブは竜宮小町と春香達によるライブがメインになっていた。竜宮小町が合流できないというアクシデントがなければ、だったが。

 

「わたくしは本来ライブの途中、竜宮小町からの紹介で登場の予定でした。変更されたリストは順番が違っていただけであまり変化はあまりませんでしたが」

「それとは別だ。いや、それも少しあるんだが。実はお前にMCをしてもらいたい」

「えむしー、ですか?」

「そうなの。今、プロデューサーさんとも話しててね。開演の十分ぐらい前に貴音ちゃんがステージにあがってもうらおうって話してたの」

「まあ、時間稼ぎってやつだ。お前も言ったように、本来であれば竜宮小町がお前を呼んでの登場だった。だが、その本人達がいない以上、お前をどこかで登場させなければならん。ならいっその事最初に出てもらうことにした」

 

 なるほど、と貴音は頷いた。プロデューサーは続けて貴音に聞いた。

 

「できるな、貴音」

 

 その問いに貴音は胸に手を当てながら答えた。

 

「もちろん。あなた様がそういうのであればわたくしもそれに従います。ですが、えむしーは番組でもやっているので大丈夫ですが、開演前ということは」

「まあ、普通にラジオみたいにトークしてもらえればいい。開演は十八時三十分。トークに夢中で時間が少し過ぎたように見せかけろ。俺が会場を見て、限界だと判断したら合図を出す」

「わかりました。トークの内容はなんでもかまいませんか?」

「ああ。お前の好きな話をすればいい。それと、途中あいつらを休ませるためにお前の歌を別で入れる可能性もある。臨機応変に動いてくれ」

「突然なのはいつものこと。大丈夫です」

 

 プロデューサーは貴音の顔をみて問題ないと判断した。仕事やライブの時にいつもみる真っ直ぐな目、キリッとした表情。すべてを安心して任せられる貴音の顔だ。

 

「よし。それじゃあ時間まで休んでおけ」

「はい。それでは失礼します」

 

 一礼して貴音は控室に戻った。

 

「小鳥ちゃんも時間になったら頼む」

「わかりました」

 

 その後、本来の開演十八時前に小鳥のアナウンスが流れた。会場がざわめいたがそれもすぐに収まる。だが、ファンの中にはまだかと声を漏らすものもいた。

 そして、予定通り十分ほど前に貴音がステージに現れる。貴音の姿をみて困惑と歓喜の声があがった。貴音の登場は765プロのホームページにおいて、それを似合わせるような文章があったのでファンの間では四条貴音がゲストで登場するということは予想できていた。それ目当てで来たファンもいるし、勿論竜宮小町と春香達を見にきたファンもいる。それでも765プロのアイドルといえば貴音と言われるぐらいには真っ先に名前があがる。彼女の登場は会場にいるファンを喜ばせた。

 ステージの真ん中に立つと、マイクを片手に貴音が話し始めた。

 

「どうも、皆様。本日は竜宮小町のライブお越しいただいてありがとうございます。わたくし、四条貴音も同じ事務所の仲間である彼女達がこうしてライブを行うことができてとても嬉しく思っております。さて、今回わたくしが登場することは……皆様はご存じでしたか?」

 

 貴音はワザとらしくマイクを会場の方に向けた。それに答えるようにファンが答える。

 

『知ってたよー!!』

「ありがとうございます。さて、何故わたくしが今ここにいるかとういうと。開演時間が延長してしまったお詫びです。本当に申し訳ございません」

『そんなことないよー!!』

 

 訓練されているのかファンは大きな声で揃って声ををあげる。

 

「ですので、始まるまでわたくしと少しお付き合いお願いします」

 

 歓声があがる。ライブはまだ始まっていないが、既にサイリウムを振っているファンもいる。

 

「ふふ、ありがとうございます。ではまず、何からお話しましょうか……」

 

 この様子を二階の一番後ろの席で見ていた高木と吉澤。吉澤も何かに気付いたのか、周りにいるファンに聞こえないように隣にいる高木に聞いた。

 

「もしかしてトラブルでも起きたのかい?」

「ああ。竜宮小町が台風の影響でまだ到着していない」

「そいつは災難だ。で、そのための作戦か。だが、長くは持たないんじゃないか?」

「大丈夫さ。彼が、いや。あの子達がきっとなんとかするさ」

 

 吉澤は高木の顔をみてそれに納得した。

 

「そうだな。何が起こるか見させてもらおうか」

 

 その間も貴音のトークは続いた。ラジオや番組等で得た経験がかなり生かされ、ファンも釘づけになって耳を傾けている。そして、延長した開演時間の五、六分を過ぎたあたりでステージの端からプロデューサーが合図を出した。それを横目で確認した貴音。話を一旦区切り、

 

「皆様、お待たせしました。では、後ほどまたお会いしましょう」

 

 そう言って貴音は手を振りながらステージ去る。同時に照明が落ち、小鳥のアナウンスが入る。

 

『大変長らくお待たせしました。これより、竜宮小町のライブを開演とさせていただきます』

 

 歓声があがり、再び照明が点灯した。竜宮小町が不在のライブがとうとう始まった。

 緊張や不安もあったが春香達は順調に楽曲を消化していく。ファンからしてみれば、彼女達は前座である。それでも春香達のファンも少なくはない。春香達が思っていた以上に歓声はあがっていた。だが、これは竜宮小町のライブ。主役である彼女隊が未だに登場しないことに疑問や不信感を抱くファンも途中でてきた。同時に、プロデューサーのスマホに着信が入る。

 

「もしもし」

『あ、プロデューサーさんですか? あずさです』

「あずさ君か。今どのあたりだ」

『高速道路です。予想通り渋滞に捕まってしまって。でも、これを抜ければすぐに会場につくみたいです。え、律子さん……はい、はい。あ、今律子さんからで、ライブはどうなってるかって』

「ライブは三十分遅れで始まった。今はなんとか持たせてる。しかし、そうなるとかなりギリギリだ」

「すみません」

「謝らなくていい。律子には気をつけてこちらに向かうように伝えてくれ。それと、今にも泣きそうな伊織に大丈夫だと一緒に伝えてくれ」

『……ですって、伊織ちゃん』

 

 離れていたが、「だ、誰が泣きそうですって!」と伊織の声が聞こえた。苦笑しながら通話を切り、一度深呼吸。会場を見渡す。薄暗い会場で、ファンの顔を見ることはできないが空気を感じればわかる。それに、最初に比べればサイリウムの振りも小さいことにも気付いた。プロデューサーは近くにいた赤羽根を呼んだ。

 

「赤羽根。予定より少し早いが貴音を呼んできてくれ」

「やっぱり無理がありましたかね……」

「こればかりはしょうがない。一旦貴音を挟んで持ち直す」

「わかりました。すぐに呼んできます」

 

 赤羽根が控室に向かうとプロデューサーはスタッフにそれを伝える。

 今歌っている曲が後半に入ると貴音もやってきてプロデューサーの隣に立つ。ステージで歌い、踊る仲間を見ながら貴音は愚痴を零した。

 

「しかし、皆と一緒に行うライブがこんなことになるとは。世の中思い通りにはいきませんね」

「そんなもんだろう。けど、あいつらはよくやっているよ。ダンスも歌も問題ない。こんな状況じゃなきゃ最高な気分だったんだがな」

「わたくしも苦労が増えました」

「嫌か?」

「いいえ。むしろ歌う回数が増えて嬉しいぐらいです」

 

 貴音の方に向くと彼女は笑っていた。本来であればたった数回歌って終わりだったのだ。伊織達には悪いが、歌える回数が増えて嬉しいと思うのは仕方がない。

 

「そうか……そろそろだ」

 

 プロデューサーがそう言うと音楽が止み、ステージに立っていた春香と千早が戻ってくる。

 よくやったと激励する。彼は貴音の背中を押すように彼女を送り出した。

 

「行って来い」

「はいッ!」

 

 貴音がステージに現れると先程までと違い大きな歓声が起こる。音楽が始まると一斉に静まる。サイリウムを振る動きも今までと違って大きい。プロデューサーも少しそれを見てから大丈夫だと判断し、控室へと向かった。

 控室の前まで来ると扉が開けられていた。プロデューサーはすぐには入らず近くで聞き耳を立てた。どうやらここにきて溜め込んでいたものが爆発したらしい。常に控室にいなかったのでわからないが、貴音がフォローしきれなかったのだろう。ミニライブと小さなステージでは経験があるが、こんな大きなステージでのライブは彼女達にとっては初めてだ。何よりも、竜宮小町もいないというプレッシャーに加え、ライブという流れがうまく掴めていないのか余裕もない。さらにファンたちにも不満が溜まっていることに気付いていた。

 プロデューサーもさすがにフォローしなければと動き出そうとしたが、春香が皆に向けて言った。

 

「今はお客さんの事とか、色んな不安は置いておこうよ。私達が今できることはお客さんであるファンのみんなにどんな思いを届けるかが大事だと思う。だって、アイドルってそうでしょ。それに、やっと私達の夢が今実現しているんだよ! 貴音さんだって、私達と一緒に歌うのを凄く楽しみにしてて。そのためにみんなで今日まで頑張って練習してきたんだもん。きっと大丈夫だよ!」

 

 春香の言葉に打たれ自分達が何をすべきかを自覚する。そうだよねと真が言った。

 

「それに僕たちで伊織達と驚かしてやろうって言ったんだ。こんなことでくよくよなんてしてられないよね!」

「そう、だよね。ここで私達がライブを台無しにしたら伊織ちゃん達に怒られちゃいます」

「ま、その時はその時ですな」

「責任はきっとプロデューサーが取ってくれるさぁ」

「響さん、それはちょっと……」

 

 それもそうだね。と皆で笑いあう。当の本人は安堵の溜息をつきながら部屋に入った。

 

「誰が、何の責任を取るって?」

「げぇ、プロデューサー!」

「まったく。ん、雪歩。そのスカートはどうした」

「あ、これは」

 

 プロデューサーは雪歩が穿いているスカートのファスナーの部分が破けているのに気付いた。真美が自分の所為だと自己申告してきた。

 

「まったく。真美、お前はもうちょっと丁寧にできんのか。将来苦労するぞ」

「うぅ~。言い返すことができない」

「ま、こういうことを想定していなかったわけじゃないがな」

 

 そう言ってプロデューサーは貴音が座っていた席に近づく。机の上には貴音のバックともう一つ大きなバックがあった。もしもの時と思って貴音に預けていた彼の私物だ。ファスナーを下ろし、中には二つの大きな箱がある。その内の一つを手に取り、部屋の真ん中の机に置いた。それを見て、やよいがそれはなんですかと質問した。

 

「裁縫セット。俺がやってもいいがさすがにアレだからな。やよい、お前の番はまだ先だから時間があったな。お前が代わりにやってくれ」

「はい、わかりました!」

「やよいちゃん、お願いします」

「任せてください!」

 

 やよいは早速作業に取り掛かる。男がいるのはさすがに不味いのでプロデューサーは廊下へと出た。それについていくように春香が一緒に通路へと出て、プロデューサーに聞いた。

 

「プロデューサーさんは裁縫得意なんですか?」

「得意というわけではない。もしもの時に必要だろうと思って気付いたらできるようになってただけさ。ちなみにメイク用の道具も一式ある。現役のプロに教わったからそれなりに自信があるぞ」

 

 プロデューサーは自信満々に言った。

 

「プロデューサーさんってなんでもできるんですね」

「なんでもってわけじゃないさ。それと、春香」

「はい?」

「さっきの言葉、よかったぞ」

「え、聞いてたんですか!?」

 

 改めて言われると恥ずかしくなったのか春香は顔を赤く染めた。

 

「お前はあいつらの中じゃよく周りが見えてるよ」

「そうですか? あんまり自覚ないですよ、私」

「そういうもんだ」

 

 すると通路の奥から赤羽根が走ってきた。その顔はかなり慌てている。

 

「先輩、何かトラブルでもあったんですか?!」

「いや、ないが」

「貴音の歌がそろそろ終わるのに誰も来ないから慌てて来たんですよ!

 

 あ、と言葉を漏らす。すっかり忘れていたと反省しながら通路から中に彼女達に叫んだ。該当者だと思われる子が大きな声で叫ぶ。バタバタと音を立てながら通路に飛び出し、舞台裏へと走り出す。赤羽根もそれを追って走る。苦笑しながらプロデューサーは春香に言った。

 

「さ、ライブはまだこれからだ。頑張っていこう」

「はい!」

 

 

 貴音のおかげで持ち直したと言っていいかはなんとも言えないが、少し前の状況に比べればよくなった。春香のおかげでもあるのか、彼女達も全力を尽くしている。だがここで、小さなミスが出てしまった。やよいに呼ばれてプロデューサーと赤羽根が控室に向かう。

 

「見てください! 次に美希が歌う曲が『Day of the future』なんですが、その次も美希の『マリオネットの心』なんです!」

「いくら美希でもダンサブルな曲を連続してやるのは無理だぞ!」

 

 真と響に指摘されて赤羽根は顔を抱えた。二人もその曲のダンスの特性の方までは頭に入っていなかった。赤羽根は隣にいるプロデューサーに提案した。

 

「どうします、先輩。貴音に間を繋いでもらいますか」

「駄目だ。貴音はこのあと全員で歌う曲で最後だ。これ以上貴音が出るのは不味い」

「しかし、どうします? 律子達もあと少しこちらに着くのには時間が」

 

 腕を組んで考えるプロデューサー。彼はちらりと横に立つ美希を見た。美希もそれに気付く。プロデューサーの意図を察したのか、やる気に満ちた目で真っ直ぐと彼を見ている。

 そんな美希に応えるようにプロデューサーは聞いた。

 

「いけるか、美希」

「いいの?」

 

 美希はとても余裕のある笑みを浮かべながら答えた。ダンスが得意な響が言うように、この二曲は連続して踊りながら歌える曲ではない。しかし、当の本人は笑みを浮かべている。見栄を張っているわけではない。むしろ、皆のファンを盗っちゃうかも、そう言っているようにも聞こえる。

 プロデューサーは考えた。ライブ開始からかなりの時間が経過している。一向にステージに現れない竜宮小町。貴音になんとか場を繋いでもらってきたが、ここが限界だと判断する。そして、なによりも美希と約束した。キラキラさせると。彼女が輝くための舞台、それがこれだと言うのか。響が言うように連続してこの二曲を歌うのは美希でも難しい。体力が持つかはわからない。分の悪い賭けだ。だが、どうしてだろうとプロデューサーは思った。確かにわからないと思っている自分がいる。なのに、できないとは一切思えない。むしろ貴音と同じようにやってみせてくれる、そう思ってしまう。

 ――答えは出た。

 

「ああ。思う存分やってこい」

「ありがとうなの!」

 

 赤羽根を含め、他の子達もそれ以上は言わなかった。

 

「よし。真、響はマリオネットの心で美希のフォローだ。できるよな?」

 

 二人に試すような言い方で言った。二人は顔を見合わせ、

 

『もちろん(さぁ)!!』

「さあ、皆。もうひと踏ん張り、頑張っていこう!」

『はい!』

 

 赤羽根の言葉に全員が返した。

 そして、美希の出番が迫る。ステージの端でプロデューサーと最後の確認をしている。

 

「さて。美希、歌う前に少しトークをしてくれないか」

「それって、竜宮小町が遅れてるってことを?」

「よくわかったな」

 

 えっへんと胸を張る美希を見ながらプロデューサーは驚きよりも関心を抱いていた。こんな状況の中でよくそこまで頭がまわるなと。

 

「わかっているなら話が早い。やり方はお前に任せる」

「わかったの。任せて」

 

 この間まで二人の仲は最悪だった。だが、今では長年連れ添った相棒のような安心感があるとプロデューサーは感じていた。ふっ、と笑ったプロデューサーに美希が眉間に皺をよせるように顔を近づけた。

 

「もう、ミキの一世一代の晴れ舞台なのに笑うなんて酷いの」

「そういう訳じゃないんだ。ただな、今のお前ならなんでも任せられる確信というか安心感があるなって思ったんだ。そうだ、あれだ。貴音と同じような感覚だな」

「ぶぅー。またそうやって貴音の名前を出すのは禁止なの。でも、それだけ貴音に近づいてるってことのかな」

「ご想像にお任せするよ……さあ、時間だ」

「うん」

 

 美希は静かに一回深呼吸をしてステージを向く。美希は振り返ることなくプロデューサーに向けて言葉を送った。

 

「見ててね。その目でミキがちゃんとキラキラしてるか」

「見させてくれよ。アイドル星井美希の誕生の瞬間ってやつをさ」

 

 互いに顔を見ることはできないが、二人ともニヤリと笑みを浮かべている。そして、美希はステージへと向かった。

 

「みんなー盛り上がってるー!?」

 

 マイクを片手に手を振りながら登場する美希。その問いに歓声はなく、拍手だけが帰ってくる。美希はそのままの感想を返した。

 

「あれれ、やっぱり竜宮小町がいないからいまいち盛り上がってないって感じかな。実はね、竜宮小町は今この会場にはいないんだ」

 

 それを聞いて会場全体がざわく。多くの言葉が行きかう。その反応は当然のモノだ。声は聞こえなくても美希にはそれがわかった。

 

「台風の所為で竜宮小町がここに来るのに遅れちゃってるんだ。でもね、ちゃんと来るから心配しないで欲しいの。だからね、それまでミキたちも竜宮小町と同じくらい、ううん。それ以上に頑張るからしっかりと見ててほしいの」

 

 一旦マイクを置きに戻り、再びステージへ。音楽がスタートしたその時。美希は一言ファンに向けて言葉を放った。

 

「みんな、ミキに付いて来れる?」

 

 その言葉に感化されたのかファンも大きく手を伸ばしサイリウムを振り出す。

 ステージ端で会場を眺めていたプロデューサーは肌で空気が変わったことを感じ取った。今、この場にいる全員が美希に釘づけになっていると。貴音が歌っている時と同じくらいかそれ以上の歓声。この瞬間から美希が支配する世界が生まれた。知っている者は星井美希というアイドルの凄さを再確認し、知らない者は初めて彼女の存在を認識する。一体彼女は誰だ。なんで今まで無名だったのだ。そう言った言葉が出てくる。

 それはファンだけではなくプロデューサーもその一人に入っていた。ただ、立ち尽くしている。誰よりも近い場所で、一番の特等席で星井美希を見ている。いや、見惚れている。その手はぎゅっと拳を作っていた。

 あの日、貴音が初めて歌ったあの瞬間と同じ感覚をプロデューサーは体感していた。その目は、玩具を買ってもらった子供のようにキラキラと輝かせているようにも見える。

 

「最高の日だ。今日は」

 

 同じような台詞を言ったような気がする。だが、その通りだ。今日は最高の日だ。俺の目に狂いはなかった。星井美希はやっぱり凄いヤツだ。

 しかし、プロデューサーはそれと同時に後悔を抱いた。なんで、今なんだ。あの時からだったらこんな所ではなく、もっと上へと昇れたはずなのに。そう、貴音と一緒だったらきっと……そんな時、スーツの袖を引っ張られていることに気付く。顔を横に向けると、見慣れた少女の姿があった。

 

「貴音……?」

 

 貴音は振り向くことなく美希を見ていた。

 

「今の美希はとても輝いています」

「俺もそう思う。あいつが言う、キラキラしてるってやつだな」

「そうですわね……」

 

 プロデューサーの左腕の裾をつまむように掴んでていた貴音の右手は、ゆっくりと場所を移す。移した先は彼の左手。貴音は泣きそうな声で呟いた。

 

「この前言いました。わたくしのこともちゃんと見てくれないと……泣いちゃいますよ」

「わかってる。俺はお前のプロデューサーだぞ」

 

 プロデューサーは貴音の手を優しく握った。位置的に見えなかったのか、それとも見えていながらも誰も言わなかったのか。二人に何かを言う人間はいなかった。

 ステージでは最後のポーズを決め、音楽が止まると歓声が響き渡る。プロデューサーもすぐに切り替えてスタンバイしていた真と響の名前を呼んだ。

 

「真、響。頼んだぞ」

「はい!」

「任せるさぁ!」

 

 二人がステージへ向かい、美希の後ろに立つ。音楽がスタートする。美希にとっては休む暇もなく二曲目が始まる。それでも疲れている素振りなど見せずに歌う。美希を引き立てるように765プロの中で特にダンスが上手い二人がバックダンサーを務めている。ある意味とても贅沢な組み合わせと言えるかもしれない。

 プロデューサーは変わらず美希を見ている。貴音も隣にいるが今は手を繋いでいない。さすがに空気を読んだのか、場をわきまえたらしい。

 美希が歌っている時間はとても長いように感じたが気付けば終わっていた。美希は手を振りながらこちらへと向かってくる。肩で息をしており、かなり無理をしているように見えた。プロデューサーはそれに気づき叫んだ。

 

「誰でもいい。酸素缶を持ってきてくれ!」

「は、はい!」

 

 同時に美希がプロデューサーの前までたどり着くと、倒れるように彼の胸に飛び込んだ。

 

「美希、大丈夫か?!」

「ハァハァ……どう、だった。ミキ、キラキラできてた……?」

「できてたぞ。最高のステージだった。みんながお前に夢中だった」

「えへへ……」

 

 そこに次に歌う千早が傍にかけより美希を激励した。

 

「美希、すごくよかったわ」

「千早さん……」

「今度は私の番ね」

 

 千早がステージへ向かうとプロデューサーは美希を支えながら近くの椅子に座らせた。近くで春香が持ってきた酸素缶を貴音が受け取った。貴音はそのまま美希の下へ向かい酸素缶を渡した。プロデューサーは貴音に美希を任せ、仕事に戻った。彼を見送った貴音はもう一つあった椅子に腰かけ、彼女を激励した。

 

「すごくよいステージでしたよ」

「すぅーはぁー。えへへ。ミキ、今まで一番頑張ったの」

 

 酸素を補給しながら美希は答えた。荒く息をしていたが少しずつ息が整っていくのを美希は感じた。酸素缶を使ったのも初めてだったからなにか新鮮だなと美希は思った。

 

「ミキね、すごく楽しかった。けど、同じくらいドキドキしたよ。ライトが眩しくて、お客さんの声がわあーって身体に響いたの。それにね、思ったの。これが、貴音が見ている景色なんだなって」

「それはまことによかったです。わたくしも皆に知ってほしかったのです、ライブの楽しさと感動を」

「みんなもそれを今感じてるんだと思う。それにプロデューサーの言う通りだった。ミキが頑張ればそれが叶うんだって。もっと早く気付いてれば、貴音と同じところにいたかもしれないのに」

「そんなことありません」

 

 えっ、と美希は貴音の方を向く。

 

「すでにあなたはわたくしの隣に立っていますよ」

「本人からそう言われると照れるの」

「それに、全部あの人が悪かったのですから。美希の所為ではありませんよ」

「それもそうなの」

 

 二人は笑った。本当にその通りだと。なんだか可笑しくて二人は笑っていた。

 二人が話している間にもライブを続いている。美希の活躍で会場の歓声は止むことはない。そして全員で歌う『自分 REST@RT』の番がやってきた。円陣を組み、みんなで言葉を掛けながら気持ちを新たにし挑む。最後に春香が言葉をかける。

 

「それじゃいくよ! 765プロ、ファイトー」

『おーーッッ!!』

 

 この場で初めて披露する曲だというのに掛け声や|手拍子《クラップを入れてくるファンたち。これにはさすがのプロデューサーと赤羽根も驚いていた。

 

「本当凄いですね。圧巻、と言えばいいんですかね、こういうの」

「俺も何度か体験したことあるよ。初披露の曲を途中から入れてくるんだからたまげた」

「でも、この場で言うならそれだけお客さん達全員があいつらに夢中になってるってことですよね」

「ああ。一時はどうなるかと思ったがな」

「そうですね」

 

 互いに肩をすくめる。すると後ろから待ち望んだ声が聞こえた。

 

「ライブは、みんなどうなったの?!」

「伊織! それに亜美にあずさんも。よかった」

 

 後ろを振り向けば伊織達、竜宮小町がやっとやってきた。伊織の問いかけにプロデューサーは、

 

「問題ない。いいから、とっとと着替えて来い」

 

 嬉しそうに言った。でもその前に、と三人は端からステージを見る。そこには歌い終わった彼女達の姿と歓声があがっている会場が目の前に起きていた。伊織達に気付いたのか、彼女達ともほっと肩の荷が下りた。

 そしてすぐに伊織達も衣装に着替えるために控室に向かった。三人に遅れて律子もやってきて、プロデューサーと赤羽根に礼を言った。

 

「お二人とも、本当にありがとうございました」

「いいんだ、律子。俺達は仲間だろ?」

「赤羽根P……」

「すまんな、律子。お前らのファンを盗っちまった」

 

 プロデューサーは満面の笑みをしながら言った。嫌味のある言い方だと思ったが、律子はそれを返すように言った。

 

「大丈夫です。今から全員竜宮小町が取り戻しますから!」

「その意気だ。じゃあ、選手交代だ」

 

 そう言うとプロデューサーは右手を挙げた。律子もそれに気付いたのか、パァン! と彼の右手を叩いた。予想と違ったのか痛がる素振りをするプロデューサー。

 

「いてぇ……」

「調子乗るからですよ、先輩。律子、最後まで頼む」

「はい!」

 

 赤羽根もプロデューサーと同じく手をあげて、律子はそれに応えた。先程とは違い、優しい音が響く。それをみて不公平だなと思いながらも、プロデューサーは赤羽根に一言言ってその場から離れた。プロデューサーが向かったのは会場の二階。高木と吉澤がいるところだった。両手にサイリウムを何本も持って振る高木に対し、吉澤は片手で一本持って小さくサイリウムを振っていた。そんな二人に彼は後ろから声を掛けた。

 

「どうです、盛り上がってますか?」

「おお、キミ。その様子だと無事に律子君達は間に合ったようだね」

「ええ。ほら」

 

 プロデューサーがステージの方に視線を向けると竜宮小町の三人が現れた。やっと主役の登場に会場はさらに喜びの声に包まれた。高木も負けじとサイリウムを振る。そんな高木に目もくれず、吉澤はプロデューサーに話しかけた。

 

「いいアイドル達だね。特に星井君は凄かったよ」

「ええ。あいつはそういう奴ですから」

「かなり気にかけているようだね。四条君が怒るんじゃないか?」

「まあ……それはよくわかってます」

「あはは。もう怒られたか」

「吉澤さんも、ちゃんと今日のことは色を付けて記事にしてくださいよ」

「それとこれとは話が別さ。でも、いい記事がかけそうだよ」

 

 実際に今日のライブを見て吉澤はそう思った。そうだと、吉澤は思い出しようにプロデューサーに聞いた。

 

「そう言えば。最近、346プロでは色々と動いているみたいだね」

「ご存じでしたか」

「それが仕事だからね。高木からも君のことは聞いていたし」

 

 呆れながら竜宮小町を応援している高木を見た。聞こえているのか、聞こえていないのかはわからないがこちらには見向きもしない。

 

「そのことはあの子達には話さないでくださいよ」

「わかってるとも。で、記者としては346プロがアイドル業界に参入してくる話はとても興味深いんだが」

「時がくればわかりますよ。今はそういった仕事の話はよしましょう。いいライブが目の前でやっているんですから」

「失敬。それもそうだった」

 

 プロデューサーはそのあともその場に残って最後までライブを見ていた。多くのトラブルが起こったが、最後も皆笑顔でライブを終えることができた。実りのあるライブでもあり、今後の課題が見つかったライブでもある。控室で小さいながら打ち上げをおこなった(後日、ちゃんとした場所で打ち上げをすると高木が言いだした)。

 今日はそのまま現地で解散となり、大人達はアイドル達をそれぞれ送っていった。プロデューサーも自宅や駅まで事務所の車を走らせた。春香を駅まで送り、車内に残ったのは美希と貴音の二人。貴音はプロデューサーとそのまま帰るため、美希を先に自宅まで送り届けなければいけなかった。

 

「最後は美希だな。自宅までのルートは確か……」

 

 プロデューサーがそう言って車を再び走らせる。しかし、返ってきた言葉はまったく予想外の返答だった。

 

「あ、ミキの家にはいかなくていいよ」

「それはどういうことだ。じゃあ俺はどこに車を走らせればいいんだ?」

「美希、どうしてですか?」

「どうしてって。ミキの行くところはミキの家じゃないよ」

「お前の家に行かなくて、どこに行けばいいんだ?」

「それはね」

 

 プロデューサーはバックミラーに映る美希を見る。貴音も隣に座る美希を見つめた。彼女が口にした言葉は二人の度肝を抜いた。

 

「“二人の家”なの」

『―――!!』

 

 その言葉に絶句する。プロデューサーは冷静を保っていたが、貴音は開いた口が塞がらない状態で硬直していた。

 

(やっぱりそうだったの)

 

 美希はニヤリと笑う。美希は次の台詞を考える。二人の反応をみるに予想通りだった。すぐに言い返さない時点でそれが答えだとわかった。

 プロデューサーは冷静な素振りをしているが、貴音は違う。きっと、予想通りならすぐに貴音が何か言ってくる。美希の予感は辺り、貴音が慌てながら反論した。

 

「み、美希。一体何の冗談を言っているのですか。わたくしたちは一緒に住んでおりませんし。それにわたくしはマンションですよ!」

「でもさ。貴音、少し前に引越したよね? 別に事務所から遠い訳じゃないのに。バスとかタクシーを利用すればいいのに。どうしてなのかな?」

「そ、それは色々事情があって……そもそも何故、わたくしが引越ししたことを知っているのですか?! そのことは皆には覚えは……」

「響が前に『最近、貴音のやつ引越ししたんだってさ』って言ってたの」

「(響~!!)」

 

 心の中で親友の名を叫ぶが、彼女には聞こえることのないことだった。

 そろそろかな、と美希は判断した。貴音の慌てようから察するに答えは出ている。あとは二人の口から本当のことを言わせるだけだ。

 

「それにさ。最近の貴音っていい匂いするよね」

「に、匂いですか? わたくしは香水のようなものはつけておりませんが」

 

 くんくんと貴音に近づき臭いを嗅ぐ美希。

 

「やっぱりいい匂いがするの……プロデューサー匂いが」

「なっ!?」

 

 クスリと笑いながら今度は運転席の後ろから体を乗り出し、その腕をプロデューサーの前に回す。プロデューサーは注意をするが美希はそれを聞かない。プロデューサーは、自分が寄り掛かっているシートが何よりの救いだった。これがなければ背中にダイレクトに彼女の胸が押し付けられていたことだろう。中学生にしてバスト86。プロデューサーも男だ。そういう反応をするのは仕方がない。

 そんなプロデューサーをよそに、美希は貴音と同じように匂いを嗅いで、

 

「プロデューサーは貴音の匂いがするの」

「普段一緒にいることが多いからじゃないか」

 

 プロデューサーも初めて言い訳をした。が、美希には意味のないことだった。

 

「そうかな~。ミキはね、こう思うの。まるで、一緒に住んでなきゃこんな匂いはつかないんじゃないかって」

 

 トドメの一撃だった。貴音は冷や汗が止まらず、どうすればいいかと考えている。対してプロデューサーは腹を括っていた。匂い云々はともかく、美希はわかっているのだと判断した。見透かされているのだろう。二人の秘密を知るのは社長のみ。社長がこのことを漏らすとは思えない。つまり、美希は自分で答えに辿りついた。

 はぁ、と溜息をついてプロデューサーは観念した。

 

「わかった。わかったから腕をどけてくれ。危なくて運転ができん」

「ふふ、しょうがないなあ」

「あ、あなた様……」

「貴音、諦めろ。いいか、美希。他言無用だぞ。いいな、絶対だぞ」

「わかってるの。これからは、“三人の秘密”なの」

「で、両親にはなんて言ってあるんだ?」

「事務所の友達の家に泊まるからって言ってあるの」

 

 すべて最初から計算済みか、とプロデューサーは心の中で呟いた。もう一度、深い溜息をつく。進路を自宅のあるマンションへと、進路を変更した。

 

 マンションの駐車場に車を停め、エレベーターで二人が済む階まで上がる。美希は終始ニコニコと笑っていた。対して、プロデューサーと貴音の二人はどんよりとした空気を纏っていた。プロデューサーはともかく、貴音としては自分だけの秘密でなくなったしまったことに嘆いていた。ふと、自分はこんなにも独占欲があるのかと改めて気づいた貴音であった。

 チン、と音が鳴り扉が開く。プロデューサーの部屋の扉の前までくると、美希は隣の扉に立つ貴音を見て、

 

「さすがに隣同士だとは思ってなかったの」

「いいから、入れ」

「はーいなの」

 

 美希はついに念願の聖域へと辿りついた。プロデューサーが先導して部屋の照明のスイッチをつける。美希はお~と声をあげた。想像とは別だったのだろう。男の一人暮らしにしてはやけに物が多い。ふと、美希の目にあるモノを見つけた。テレビボードの上にいくつかの写真立てがある。そこにはプロデューサーの友人だろうか。男女問わず、そういった写真がいくつもある。だが、それ以上に貴音と二人が写っている写真が多くある。

 

(いいなあ。でも、ミキもこれからなの)

 

 嫉妬と同時に野望に燃えていた。部屋を物色している美希にプロデューサーが、

 

「満足したか?」

「うーん、とりあえずなの」

「とりあえず?」

「ねぇ、プロデューサー。ミキのこと好き? 嫌い?」

 

 いきなりなんだと声をあげるプロデューサー。しかし、美希は至って真剣のように見えた。美希からすれば「男として」と言わないのがミソだった。そうすればきっとちゃんと答えてくれると思ったからだ。現に、プロデューサーは答えた。

 

「そう言われたら……好きだな」

 

 ほらね、と美希は笑顔を浮かべながら彼に跳びかかった。腕を彼の首に回し、ぶさがるように抱き着いている。プロデューサーも慌てつつも、美希の腰に手を回して支える。

 

「ミキも大好きだよ!」

「お、おい」

 

 あのプロデューサーが慌てているのが嬉しいのか、美希は一向に首から腕を離そうとしない。プロデューサーからしたら堪ったものではない。時期的にまだYシャツ一枚。彼の胸に、彼女の胸の感触がそのまま伝わる。

 

「頼むから降りてくれ……」

「ねぇ、プロデューサー」

 

 美希は突然、静かな声でプロデューサーの耳元で呟いた。

 

「あの約束、少し訂正していい?」

 

 プロデューサーもその約束はちゃんと覚えている。彼は「訂正?」と返した。

 

「うん。プロデューサーが765プロにいる間、じゃなくて。いなくても、ミキをプロデュースするって。駄目、かな」

「……」

 

 すぐには返答しなかった。美希は真っ直ぐプロデューサーを見つめている。プロデューサーも考えて、答えを出した。

 

「……いいぞ」

「ありがとう、プロデューサー。それとね。お願いがあるの」

「言ってみろ」

「ミキもここに居てもいい?」

「駄目と言っても、来るんだろ?」

 

 諦めた顔をしながら言った。美希は再び、プロデューサーに密着した。

 

「ありがとう、ハニー!」

「は、はにー?!」

 

 所謂、恋人に対して使う言葉だと言う事はプロデューサーにもわかった。ハニーとかロミオとかそういった類。プロデューサー自身もこれ以降は諦めてそれを受け入れてはいたが。困ったことに仕事の最中でもそう呼んでくるのが悩みの種になるとはこの時思ってもいなかった。

 

「大好きだよ、ハニー!」

「ああもう! 暴れるんじゃない!」

 

 くるくるとメリーゴーランドのように回るプロデューサー。料金はいらず、動くがどうかはプロデューサーの体力によります。そんな感じであろうか。すると、ガチャリと扉が開く音が聞こえ……。

 

「なっ、ななななっ!!」

『あ』

 

 二人は声を揃えて、部屋に戻って着替えた貴音に向けて言った。貴音は二人に指を指しながらぷるぷると震えていた。今まで見たことがないぐらいに両目と口を開き、頬を赤く染めていた。

 

「何をしているのですか、あなた様!!」

 

 怒られたのはプロデューサーの方だった。彼自身も「なんで俺だけ」と口に出した。

 

「不潔です! 不埒です!」

「いや、これは美希が……」

「あれ? 貴音ってハニーにこういうことしたことないんだ」

 

 そう言いながらさらに胸を押し付ける美希。

 貴音もそれを見てさらに顔が真っ赤になる。図星であった。しても、腕を組んだりしたぐらいか。あっても膝枕が限度であった。

 今の貴音は、目の前で行っている美希のことが羨ましくて仕方がない状態。自分にはできないことを平然とやっている美希が憎い。たった今、羨ましいを飛び越えて、憎しみになった。

 

「それに、はにーとはなんですか! はにーとは!」

「だって、ハニーはハニーだもん。ハニーはミキのこと好きだもんね」

「もうどうにでもなーれ」

「あなた様!!」

「えへへ」

「離れなさい、美希!」

 

 二人に近づいた貴音は、美希をなんとかプロデューサーから引きはがそうとする。美希もそれに必死に抵抗する。

 

「貴音は今までハニーと一緒だったからいいでしょ! 少しはミキに譲ってくれともいいと思うの!」

「それとこれとは話が違います!」

 

 プロデューサーの目の前で今度は口論が始まった。それから数十分後。やっとプロデューサーは解放された。仕事で疲れたというのに、何故かもっと疲れている自分がいることに気付いた。

 そのあと、貴音と美希は矛を収めた。貴音の私室というより衣裳部屋となっている居間の一つに二人が籠ってなにやら話をはじめた。その間にプロデューサーはシャワーを浴びて着替えを済ました冷蔵庫からビールを取出し一口飲む。耳を傾けると「じゃあ決まりなの」と美希が言い、「そうですね」と貴音が言って居間の襖が開いた。ビールを口につけたまま二人は見る。二人はそのまま歩いてプロデューサーがいるソファーに腰かける。左に貴音、右に美希が座る。貴音はプロデューサーの左腕に抱き着き、美希は彼に寄り掛かる。

 

「……動けないんだが」

『我慢してください(なの)』

「アッハイ」

 

 どれくらいの時間が経ったのかはわからない。二人とも満足してようやく出て行き、プロデューサーにやっと安寧の時間が訪れた。これが明日からの日常だと思うと、気が気ではいられなかった。叶うならば、ビールを飲むぐらいは平和な時間がほしいと願うプロデューサーであった。                                     

 

 

 

 

 

 





実のところイベントは途中でモチベがあがらず、こちらに取り掛かっていたのですが前半部分でかなりへたれていまして、時間がかかりました。後半からは一気にかけたんですけどね。

さて、アニマスの竜宮小町のライブです。やっぱりデレマスと比べてるとアニマスのがダンスシーンが多いように感じますね。デレマスはストーリ重視のような気がしますけど。
本作では貴音がすでにトップアイドルとして活躍しているので、本編みたいなようには出せないんだろうなと思い、ゲストみたいな形で登場させました。あれですね、SMAPのライブにTOKIOがいるのは変でしょ、みたいな。(自分で言っておいてよくわかってない)

本編であった美希と春香の対話のシーンは貴音にかわっています。美希にとってのライバルは貴音であり、貴音にとってもそうだからです。
で、やっと美希をサブヒロインとしてかける段階までこられたので一安心しています。二人は色々と対称的なので書いてて楽しいです。

次回からは幕間を挟んでから本編の予定です。アニマス後半はまだちゃんと視聴しておらず、一気にみてから話しの構成を練る予定です。前半はそれなりに覚えていたので、なんとかなったんですけどね。
考察でもみると後半は10月から12月の間の話が多いので、それが原因でもありますが。多分、必要な話とそうじゃない話が出てくると思います。
アニマス視聴済み前提での話になるんじゃないかと思うのですが、そこは多分皆様は見ておると思うので問題ないことにしています。

やっと半分まで来たので頑張っていきたいと思います。
関係ありませんが、ガチャでユッコがきて嬉しい反面、課金できないので絶望している私。溜まった石で10連したら出ましたよ。三人目の加蓮がね!
あの日、ブライダルガチャからわたしのガチャ運はどうかしてしまった……

では、また次回で。







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