銀の星   作:ししゃも丸

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今回三万文字あるので長いです


第10話

 二〇一三年 九月某日 星井家 美希の部屋

 

 

「……」

 

 自分の部屋のベッドで、美希はうつ伏せの状態で倒れていた。壁にかかっている時計を見る。時刻はまだお昼にすらなっていない。

 何もしないでいる時は、こんなにも時間が流れるのが遅いのかと美希は初めて思った。

 けど昨日も同じことを思った気がする。

 本来であれば学校にいく時間だ。ママも心配していたが美希が言えば何も言わない。きっとパパも帰って来たら何か言ってくるかもしれない。けどママと一緒で美希が何か言えば問題はないとわかっていた。

 

 ――いつも美希の思いどおりなの。

 

 でもずっとは不味いかなと美希も頭を働かせる。

 仕事だから。まあ、どこかで遊んで来れば問題ないから候補の一つ。

 あとは……レッスン。けど、それは意味がない。

 

「もう、必要ないの」

 

 枕の傍に置いてあったヘッドフォンと音楽プレイヤーを床に放り投げる。

 レッスンはもう行かない。事務所にも行かない。だから、必要ない。

 美希は枕に顔を埋めた。

 

「大人は嘘つきなの」

 

 でもそれは一人だけかと美希は勝手に訂正した。

 律子は何も知らなかっただけ。赤羽根Pはアイツに命令されてだけ。でも、必死に何か言っていたような気がしたと思いだす。

 

(なんだっけ……忘れちゃった)

 

 最初は彼に何にも期待はしていなかった。頼りない、それが最初に抱いた感想だったと美希は思う。でもだんだんと皆からも信頼を気付いて頼れるようになった。

 だから期待していたんだ。

 前に代役で踊った時は楽しかったなあ、皆がメインの人より私に釘づけだった。

 だからもっと大きなステージで踊って歌えると思っていた。

 でもそれは間違いだった。

 美希は騙されてた。竜宮小町にもなれなくて、ただ都合のいいように操作されていただけだ。

 

(美希はただ自分のライブをしたかっただけなのに……)

 

 プロデューサーは、いやアイツは美希を苛める。名前もちゃんと呼んでくれないし、態度も冷たい。その上、美希を騙した酷い男だ。

 パパもママも、学校の皆も誰もが美希に優しくしてくれる。期待した眼差しで見てくれる。

 なのに、あの男はその逆だ。美希が嫌いだから、何も期待していないからこんなにも酷いことをするんだ。

 だから、あの時も貴音を選んだんだ。

 

(でも、初めてなのかな。あんなことをする奴って)

 

 美希は今までに会った人間から、プロデューサーのような奴がいないか探す。

 結論、やっぱりいない。

 美希は考えれば考えるほどわからなくなりベッドの上でじたばたし始めた。

 そんな時。ピコン、とスマホが鳴った。メールの着信音だ。

 今日で何回目だっけと思いながらも美希はメールの受信歴を見る。画面の上から下まで全部赤羽根Pで埋まっていた。

 メールは見ておらず、表示されている蘭に文章の頭が載っている。それだけでどんな内容なのかはわかった。「美希、連絡がないが体調でも悪いのか?」、「美希返事をくれ」とかそんな内容だ。

 仲間であるアイドル達からもメールが届いていた。けど、見ていない。

 皆心配をしているのだとわかっていても美希は何も思わなかった。

 だってアイドルをやめるのだから意味はないし、もう会う事だってない。仲間から他人になる。

 でもそれでいいの、と心の中の美希が問いかけてくる。じゃあどうしたらいいの、と私は聞く。心の中の私は答えてはくれない。

 もしアイドルをやめたらどうなるのだろうと美希は考えてみる。アイドルとしてスカウトされる前と一緒になるだけだとすぐに答えが出た。パパとママに可愛がれ、学校に行けば皆からの注目の的。そこにはキラキラしている私が居るはずだ。

 

(でもあのキラキラは違うの……アイドルで仕事をしていた時のキラキラとはまったく別)

 

 何が違うのかわからない。

 ではアイドルを続ける場合を考える……想像できない。どういう風な仕事をしたらもっとキラキラできるのだろう。ライブ? テレビ出演? それとも他の何か。

 当てはまるようで何か違う。自分が体験をしていないからなのか。

 ああそうだ、と美希は思い出した。

 去年のあの日。あの時、初めてそう思ったのだ。こんなにも楽しそうで、美希が求めていたのはこれなんだと。

 貴音が初めてデビューしたあのテレビ番組。ただの好奇心で最初は見ていた。

 貴音が出てきて歌を歌い始めたその時、体中に電気が流れたかのような感覚に陥った。瞬きもせずじっとテレビの向こうで歌い、踊っている貴音に目を奪われていた。これだ、これが美希の求めていたものなんだ、と初めてそれを認識できたのだ。

 だが、それと同時に嫉妬も抱いた。

 なんで美希じゃなくて貴音がそこにいるの、と無言でテレビの貴音に問う。しかし彼女が答えてくれる筈もないと美希はわかっていた。

 それからは本当に退屈だった。貴音は仕事、仕事、仕事の連続。美希を含めた皆はとりあえずレッスンを積んでいるだけだった。

 ただ、アイツがいる時のレッスンだけはやりがいがあった。他の皆はどう思っていたかは知らないがアイツのレッスンは普通よりキツイ。普段指導していたダンスの先生より辛かったと美希は思っている。

 真や響みたいにダンスが得意な子には少し無理なことを言ってみたり、雪歩みたいにダンスが苦手な子には丁寧に教えたりもしていた。

 多分、これは自分だけだったと美希は思っていることがあった。それは真や響以上に、今のレベルではできなそうな事を自分に要求してきたのだ。

 最初は美希でもできそうなモノから始まった。最初に手本を見せてそれから「やってみろ」とアイツは言う。私はそれをやってのけて「できたの」と返してやる。表情は変わらず、ただそこが違う、ここはこうと指摘してくる。それからもう一度やってみせると「ふむ」

 と考え込む。すぐにもういいぞと言われた。

 褒められると思った自分が今では馬鹿みたいだと美希は思う。アイツが美希に褒めたことなんて一度もない。いや、それに似たようなことがあったと思いだす。

 レッスンの合間にアイツのお題をクリアしていくと次第に難しくなってきた。自慢ではないができると心のどこかで思っていたんだと思う。ある意味それが初めて壁にぶつかるというやつだと美希は気付いた。アイツはできない私をみて「成程、ここら辺は難しいか。ふむ、これは僥倖だ」と言いながら笑みを浮かべていた。きっとできなかった私を見て楽しんでいたのだとこの時はそう思ってた。だから、悔しくて必死に練習した。それをアイツにみせると「よくできたな」と一言で終わってしまった。

 それから今日まで一度も褒めてもらった事はないと美希は考えを改めた。アレは褒めていない。だから、違う。

 結局の所、全部アイツの手の平で踊らされていたんだ。

 美希はうつ伏せから仰向けに体を動かしながら、

 

「アイツ、美希がやめたら喜ぶのかな。それとも止める? ないよね、そんなこと」

 

 溜息をつく。自分でも一体何を言っているのだろうと思う。期待しているのだろうか。

 アイツに? 美希が? どうしてとそんな事を思うのだろうと美希は考える。

 するとスマホが大きな音を立てている。これは着信の音だ。

 美希は手に取って画面をみる。そこには今美希の中で話題のプロデューサーからであった。

 初めてのことだったと美希は思う。出るかどうか迷う。

 なら、いっその事やめることを本人に言ってやろうと思い、画面をスライドして電話に出る。

 

「もしもし」

『お、星井か。その声じゃ元気そうだな』

「あのさ、美希アイドル―――」

『どうせ明日も暇だろ。ならデートしにいくぞ』

「……は?」

『そうだな、場所は……新宿駅にあるア○ター前な。じゃ、待ってるからな』

「ちょっ、ちょっと待って……切れたの」

 

 嫌味を言われたと思ったらアイツはなんて言った? デート、そう言った。間違いない。

 同年代の男子からもそう言った誘いをされたこともある。けど好みじゃないから断った。この間の海に行った時だってナンパをされたが軽くあしらった。

 

(そういえば美希ってちゃんとデートしたことあんまりないや)

 

 一対一のデートではなく友達の女子と一緒に付き合ったことはあるだけだと思いだした。

 

「ま、いっか」

 

 行くか行かないかと迷ったが、どうせだから電話じゃなくて直接言ってやる。それも散々連れ回した後で「アイドルなんてもうやらない。アンタの事、凄くムカついてたの!」と言いながら一発お見舞いしてやるのだ。

 それにママに都合のいい言い訳ができた。でも待てよと美希は首をひねる。確かアイツは三十歳だったと聞いている。自分は十五歳。

 

「これって所謂……アレになるのかな? まあでも、何かあっても捕まるのはアイツだし、いっか」

 

 美希は部屋にある雑誌を開いて明日のための作戦を練り始めた。

 

 

 事の発端は二日前。

 その日は午前中から竜宮小町を除いたメンバーが、いつも利用するダンスレッスンの教室に集まって練習をしていた。

 近々行われる竜宮小町のライブに全員が参加することになり、それに合わせて今回、新曲を披露することになった。

 メインは竜宮小町であるがこれは彼女達にとってもチャンスでもある。これに成功すれば益々活躍が期待できると踏んでいたからだ。

 特に今回は貴音の念願であった全員と一緒にライブをするという願いも叶い、彼女自身も力を入れてレッスンに挑む。だが、スケジュールがかなり立て込んでいるためレッスンをする時間があまり取れていないのが目下の悩みの種でもあった。

 プロデューサーもなんとかスケジュール調整を行ったがテレビ番組の収録、ドラマの撮影、ラジオ等々。それに十一月に貴音の一周年記念ライブの開催が決まっており、かなりの過密スケジュールになっている。

 なので、こうして全員とレッスンする時間もやっとのことである。それに貴音自身もソロでのライブ経験が多い。ユニットでのライブ経験がかなり少ないので合わるのも当初は苦労していたが、そこはトップアイドルとしての意地なのか今ではうまくやっていた。現在もプロデューサーの指示の下、通しで貴音を含め彼女達は踊っていた。

 

「やよい、下じゃなくて前を見ろ」

「は、はい!」

「雪歩はもう少し力強く動け」

「はい!」

「真美はもっとシャキッとしろ」

「シャキーン!」

「顔じゃなくて身体だ、身体。身体が曲がってるんだ」

 

 適確に指示を出すプロデューサーは腕を組みながら一人一人しっかりと確認していく。

 彼女達も言われたところを意識しながら踊っている。

 やはりダンスが得意なだけあって響と真は問題ない。あるとすれば全員とのバランスだとプロデューサーは思った。上手に踊れる奴と下手な奴とでは大きな差がでる。ソロならともかく今踊っているのは全員で歌う曲だ。一人が目立ってもしょうがない。そして、目の前でそれをしているアイドルが一人。

 

「星井、もう少し落ち着け。目立ちすぎてるぞ」

「……」

 

 返事は返さないが言われた通りにする美希。プロデューサーもそれ以上のことは言わなかった。

 流れている曲が終わる。全員その場に「疲れたぁ」と言いながら座り込む。これで何回目だったかも覚えていない。

 プロデューサーも今日何回目かわからぬ評価を下す。

 

「そのまま聞いてくれ。ダンスについてはだいたい通しでやってみた感じだと概ね問題ない。何回もぶっ通しでやっているからそれを抜きしても大丈夫だ」

「よかったぁ」

「私はまだ不安です」

「雪歩は最初に比べればかなり上達したよ」

「自分もそう思うぞ。前はぎこちなかったけど今はちゃんと踊れてるさあ」

「そうかな?」

「はい。わたくしから見ても格段に成長しているのがわかります」

「へへ、貴音さんにそう言われると嬉しいです」

 

 貴音も皆と同じ時間を共有できて嬉しそうだとプロデューサーは思った。

 プロデューサーは、あと他の奴は……と思いながら春香の方を向いた。

 

「春香は……転ばなければ問題ないな。まあ、大丈夫だろうが」

「うぅ、もっとちゃんと言ってくださいよ」

「プロデューサー、私はどうですか?」

「細かいところをあげてもキリがなりからなあ。千早の場合は、どれだけライブ中に笑顔ができるか、かな。まあ、意外と自然となってるな、多分」

「そう、でしょうか?」

「そんなもんだよ」

「ねえねえ、真美は?」

「だからさっきも言ったろ。こういう時に、身体がこうなってるんだ」

「なるほど~」

 

 自ら実演しながらやってみせると真美は理解したらしい。完璧なダンスなんてできるわけがないのは当然で、それができるとしたら機械と同じだ。タイミングだって誤差の範囲だがバラバラだ。けど、それがダンスらしいと言えばそうかもしれないと言える。

 だからこそ、より良いダンスをしてもらいたいから細かいところまで指導する

 

「とりあえず少し休憩したら、一人ずつ交代しながらダンスを見て気になるところを言ってもらうか」

「ねぇ、プロデューサー」

 

 次の指示を出すと、美希が立ち上がって険しい表情をしながら聞いてきた。

 

「ミキは今のレベルで合わせるのは嫌なの」

「ちょっと美希」

 

 春香が美希を止めようとするがそれをプロデューサーが手で止めた。

 

「なんでだ?」

「……だって、ミキならもっとうまく踊れるもん。それに今のままじゃ」

 

 竜宮小町に入れない。そう言おうとした美希だが、過去に真っ先に否定されたことを思い出して口に出すことができない。

 プロデューサーはそれを察したのか腰に手を置いて言った。

 

「要は現状のレベルで満足できないからもっとハードにしてくれってことか?」

「そう、なの」

 

 プロデューサーの視線は美希を真っ直ぐ見つめていた。美希はそれが怖かったのか目を逸らす。

 はあ、と溜息をつきながら、プロデューサーは声をあげた。

 

「星井、お前何か勘違いしてねえか?」

「え……」

 

 美希だけではなく、その場にいた彼女達全員がビクッと体を震わせた。

 

「なんでお前一人のためにそんなことをしてやらなきゃいかんのだ。いいか、これはお前ら全員の曲だ。ソロだったら俺も文句は言わん。むしろ、喜んで指導する。だがこれはソロじゃない。こう言って甘やかしたくはないから言わなかったが、現状でも十分問題ないレベルまで仕上がってる。あとはこのままレッスンを積んで、本番当日のステージで最後の調整を行う、それだけだ」

「でも、ミキはレベルを落としたくないの」

「でもじゃない、何度も言わせるな。これはお前の曲じゃない、お前達の曲だ。一人が目立ってもしょうがないんだよ」

 

 言葉を返すことができない美希はその場で立ち尽くす。彼女達もプロデューサーの言っていることは理解できていた。

 特に貴音はソロでライブ経験があるからよくわかると思った。こうして皆と踊ってみて、ソロにはない難しさがあるし、何より皆と同じことを共有できるのが一番嬉しい。

 しかし貴音も含めた彼女達も今のプロデューサーの発言は強く当たり過ぎなのではないかと思っていた。

 重い空気の中、教室の出入り口の扉を開けて赤羽根がやってきた。

 

「皆お疲れ様……どうしたんです?」

 

 赤羽根の登場に誰もが感謝した。四月からの付き合いだが今この瞬間ほど感謝したことはないと本人は失礼ながら心の中で抱いていた。

 

「いや、なんでもない」

「そうですか、ならいいんですけど」

 

 貴音は壁にかかっている時計を見る。仕事の時間が近づいてきていることに気付き、この重い空気をなんとかするチャンスが巡ってきた。

 貴音は立ち上がり、プロデューサーに声をかけた。

 

「あなた様、そろそろ」

「ん、そうか。もうこんな時間か。じゃあ赤羽根、あとは頼んだ」

「はい、気を付けて」

「では、私はここで一旦失礼します」

 

 そう言って座っている彼女達をみる。

 

(ありがとう、貴音さん)

(いいのですよ)

 

 全員目と目とで通じ合っていた。この重い空気をなんとかしてくれた貴音に感謝しているようだ。

 二人が出ていくと赤羽根がプロデューサーの代わりを務めた。といってもプロデューサーのように適確な指示ができるわけではないので、そこはダンスレッスンの先生の付添いの下行われた。

 午後には竜宮小町と律子も合流するので互いにいい刺激なるとこの時赤羽根は思っていた。だがそれが、爆弾が起爆する一歩手前だったと気付くことはなかった。誰も。

 

 

 同日 夕方。

 午後から仕事をひと段落終えた竜宮小町も合流して共にレッスンに励んでいた。貴音を除けば、数多くの経験を積んでいる。ダンスに関しても伊織たちがその凄さを春香達にみせた。

 しかし、春香達もプロデューサーの指導を受けてレッスンを積んできていたので技術的には問題ないが足りないのは経験である。互いに刺激をしながらレッスンを続けていた。

 時間も時間なので一旦休憩をはさんでから最後に一回通しでやることになった。

 水分を補給したり、ダンスの確認や世間話をしている中、美希は教室の外で律子と話をしていた。

 律子は美希の話を聞いてえっと声をあげ、美希が先程いった事をもう一度言った。

 

「だからミキ、頑張ってるから竜宮小町入れるんでしょ?」

「ねぇ、美希。あなた何か勘違いをしてない?」

「え?」

「竜宮小町は伊織、亜美、あずささんの三人ユニットで、追加メンバーを入れる予定もないし減らす予定もない」

「だって、ミキが頑張れば竜宮小町に入れるって……」

「それ、誰が言ったの?」

「赤羽根Pが……そう言ったの」

 

 美希の顔を見て察しがついた律子は、刺激しないよう声をかけた。

 

「で、でもね、美希。あなたには竜宮小町じゃなくても他の子達のユニットがあるし、それにあなたはソロとしてもやっていけると私は思ってるわ」

「……わかったの」

「じゃあ、私は先に戻ってるからあとから来てね」

 

 そう言って律子は教室へと戻っていった。律子なり美希に気を使ったが、当の美希はそこに立ち尽くしていた。顔は下を向いている。

 そこに外に出ていた赤羽根が戻ってきて、美希に声をかけた。

 

「あれ、美希どうしたんだ? レッスンは……」

「ねぇ、赤羽根P」

「なんだ」

 

 そう言いって赤羽根の方を振り向いて、苛立った声をあげた。

 

「嘘だったんだ」

「え、何がだ?」

「惚けないでよ。ミキが頑張れば竜宮小町に入れるって言ったの、赤羽根Pだよね? でも律子はそんなの聞いてないって、さっきミキに言ったの」

 

 普段とは違う美希の形相に驚く赤羽根。律子に対してもちゃんと「さん」と呼びづらそうに言うのに今は呼び捨てだった。

 

「どうして嘘をついたの? ねぇ、答えてよ」

 

 事務所の屋上でプロデューサーと話ことを思い出した赤羽根。元々の原因は自分だとわかっていてもなんと言ったらいいかわからなかった。今の美希は何を言っても無駄なのではと赤羽根は悩む。

 緊迫したこの空気と目の前の美希に赤羽根は思わずゴクリと息を呑んだ。

 そして、プロデューサーから言われたことをついに口に出した。

 

「それは……先輩が美希にそう言えって命令したからだ」

「……どういうこと」

「そう言えばお前がやる気をだして真剣に取り組むだろうって」

「じゃあ、ただそれだけのために美希を騙したの?」

「それだけじゃない! 俺は、先輩だって美希のことを――」

「もういいの!」

「美希ッ」

 

 美希は今にも泣きそうな顔をしながら声をあげた。

 

「そうやってミキを騙して苛めたいんだ! それが楽しいんでしょ、アイツは!」

「違う! それは美希のことを考えて……」

「考えたのが“嘘”なんでしょ! 嘘つき、大人はそうやって嘘を平気でついて、都合のいいことばかり言うんだ! 信じてたのに……」

「――え?」

「ミキもキラキラできると思ったのに……!」

「美希!」

 

 美希は振り返って走り出した。そのまま教室の入り口を勢いよく開ける。激しい音を立て、一斉に入口の方を振り向く彼女達。

 美希はそんなことを気にも留めず、自分の荷物を持ってまた走り出した。それを、律子が止めようと声をかけるのと赤羽根が戻ってくるのは一緒だった。

 

「美希どうしたの!?」

「美希! うおっ!」

 

 入口で立っていた赤羽根を突き飛ばして美希は出て行った。

 尻もちをついた赤羽根はいててと声をあげて立ち上がると中にいた全員の視線が突き刺さる。

 まっさきに伊織が噛みついてきた。

 

「ちょっと、美希のやつどうしたのよ! アンタ、何かしたんじゃないでしょうね!?」

「赤羽根P、説明してください」

 

 赤羽根は手で顔を覆いながら言った。

 

「すまん、伊織に律子もそれに皆も言いたいことはわかってるが少し待ってくれ」

 

 そう言って赤羽根はスマホを取出し、プロデューサーへと電話をかけた。

 

 

 同時刻。

 貴音の仕事が終わり、皆と合流するために車を走らせていたプロデューサー。

 胸にあるスマホが鳴り、運転中だというのに電話に出た。

 

「赤羽根か、どうした?」

『すみません、先輩。美希が……』

「星井がどうしたのか?」

『教室を出て行きました』

 

 その言葉だけでプロデューサーは理解した。つまり、美希が爆発したのだと。

 赤羽根は続けながら、

 

『美希が律子に直接聞いたみたいで、それで俺』

「気にするな。言えと言ったのは俺だ」

『でも、それでもこれは俺が……って、伊織なにを――』

『ちょっとアンタ! 美希が出ていった理由知ってるんでしょ!』

 

 伊織の怒鳴り声に思わず耳からスマホを離した。それでもまだ聞こえてくる。

 

『黙ってないでなにか――』

 

 プロデューサー何も答えることなく電話を切って、貴音に渡した。

 

「あなた様?」

「あいつらだったらずっと無視しとけ。仕事先だったら寄越せ」

「それは構いませんが……何かあったのですか?」

 

 貴音に言うべきか迷ったがプロデューサーは教えた。

 

「美希がレッスンを抜け出した、というより飛び出したのが合ってるな。原因はまあ……俺だな」

 

 プロデューサーがそう言うと貴音がそれは違います、と言ってきた。

 

「原因はわたくしにもあります。あなた様、今まで聞かないでいたのですが、去年の初めて会ったあの日。私の前に美希と面接をしたのですよね?」

「知っていたのか」

 

 プロデューサーは驚いたのか、貴音の方に顔向けた。運転中のためすぐに前を向いた。

 貴音は辛そうな顔をしながら話し始めた。

 

「実はあの日、時間より早く事務所についたんです。そしたら事務所から美希が出て行ったのを見ました。時間的にみて、全員が面接をしたわけではないと気付き、皆もそういった話をしなかったので、もしやと思っておりました」

「そうだ。あの日、面接をしたのはお前と星井の二人だけだ」

「理由を聞いても?」

 

 ここまで来たら隠す必要もないと判断し、プロデューサーは続けて話し始めた。

 

「書類を見せてもらった時点で二人のどちらかにすると決めたんだ。それで直接会って判断しようと面接をしたわけだ」

「あなた様、一つだけお聞かせください」

「なんだ」

 

 貴音は声を震わせながら聞いた。

 

「本当はわたくしではなく、美希をプロデュースするつもりではありませんでしたか?」

「貴音、それは――」

「お願いします」

 

 運転に集中して貴音の顔をみることができないが、きっと真剣で、けど辛そうな目をしながら自分をみているとプロデューサーは思った。

 プロデューサーも覚悟を決めて話した。

 

「お前の言う通り俺は最初、お前か星井のどちらかをプロデュースする予定だった。けど、星井はあの時アイドルとして熱意がなく、お前を選んだ。もしもあいつにその気があったら星井を選んでいたかもしれない。765プロの中じゃ、星井が一番の才能を持っていたからだ」

「そう、ですか」

「けどな、お前を選んだのは星井が駄目だったからっていう理由じゃない。俺はお前に心を動かされたからだ」

「わたくしが……」

「ああ。心を動かされた、いやその気にさせた、か。だから貴音、そんな顔をしないでくれ。お前にそんな顔をされると、俺も辛い」

 

 運転しているにも関わらず、彼は今の貴音の表情がわかっていた。それもそうだろう。何せ、四条貴音のプロデューサーなのだ。それぐらいわかって当然だと、胸を張ってプロデューサーは言うだろう。

 

「あなた様」

 

 泣きそうな声で彼を呼ぶ。ハンドルを握っていたプロデューサーの左手が貴音の右手に優しく重なる。

 

「俺はあの日の選択を後悔してない。だから今、ここにいる」

「……はい」

 

 貴音は自分の左手を彼の手に重ねる。プロデューサーもそれを振りほどこうとはしなかった。

 

 それから、プロデューサーは貴音に説明した。美希にやる気、アイドルとして目的を持って真剣に取り組んで欲しい、その気にさせるためにそういった素振りをしていたこと。

 また、レッスンも他の皆よりレベルが上のレッスンを行っていた。彼女がどんどんそれを

 こなしていく姿を見てつい楽しくてつい、キツイ指導をしていたこと。

 美希だけ苗字で呼んでいたのも、自分が自ら悪者になって彼女が見返しやるとか認めさせてやる、といった行動をしてくれると期待していたこと。

 多くのことをプロデューサーは貴音に話した。貴音はいつもの振る舞いに戻り、バッサリと彼を断罪した。

 

「あなた様、正直言って最低です。美希にやる気を出せたい、アイドル活動に真剣に取り組んでほしい。それはわかります。わたくしも美希にそういったモノを感じておりました。ですから、あなた様の言う事もやろうとした事も理解できます。ですが、最低です」

 

 貴音は最低と言う言葉を強調して二度も言った。

 

「わかってるよ」

「いいえ、わかっておりません。話を聞いている限りですと、あなた様は美希を褒めたりしておりません」

「いや、褒めて……」

「はあ。わたくしの時はちゃんと褒めてくださいましたよね? 『よくやったな』、『上出来だ』、『頑張ったな』と、簡単ではありますがちゃんと褒めてくださいました。誰だって、褒められて嬉しくない人はいません」

「それはそうだが」

「何よりもあなた様は大きな間違いをしております」

「間違い?」

「それは美希もわたくし達もまだ子供だということです」

「ああ……そうだったな」

 

 言われたやっと気付いたような顔をしながらプロデューサーが言った。

 

「星井は十五だったな。俺の半分か……そうだよなあ」

「あなた様?」

「ん、ああ。ただな、言い訳に聞こえるかもしれんがいいか?」

「ええ、どうぞ」

「普段お前といるから子供として見えなくてな」

「それはわたくしが見た目より年をとっている、そう言いたいのですか?」

「違う違う。ほら、お前って同年代の子よりずっと落ち着いているし、言い方もどちらかと言えば大人っぽい。だからつい、子供としてではなく、大人の扱いをしてしまうんだ。その所為か俺の感覚がおかしくなってるんだな。星井に対しても、あいつは賢いからそういうことに気付くと思ったんだ」

「そ、そうですか」

 

 貴音は自分が子供としてではなく、大人として扱われていたことに喜び、顔を赤く染めていた。

 

「けど、星井は……俺が思っていたより子供だったんだな」

「あなた様、その言い方は勘違いをされますよ。それに『だった』ではなく、子供なのです。わたくしだってその……大人として扱われていたのは嬉しく思います。けれど、まだ子供としていたいとも思っております。それができるのが今だけですから」

「やっぱり、お前は大人だよ」

「わたくしはまだ子供ですよ」

 

 ぷいっと顔を横に向ける貴音。ちらりと貴音を見て、

 

(本当、子供なのか大人なのかわからんやつだな)

 

 拗ねた貴音の頭にぽんと左手を置いて、優しく撫でた。

 

「まったく、可愛いやつだよ。お前は」

「……そんなことでは機嫌は直りません」

「じゃあやめるわ」

 

 頭から手をどかし、ハンドルを握るプロデューサー。

 けれど、すぐに貴音が可愛い声で言った。

 

「……もっと撫でてもいいのですよ」

「はいはい」

 

 助手席に座る子に、頭を撫でながら運転するその様はなんとも言えない。

 気持ちよさそうにしている貴音はプロデューサーにこれから待っているであろう出来事を伝えた。

 

「あなた様、戻ったら覚悟しておくのですね」

「俺も逃げたいよ……」

 

 

 その後の事を語るのであれば、まさに貴音の言った通りになったということだ。

 伊織を筆頭に皆から質問攻め。来る間に赤羽根を問い詰めたのか、床に転がっている彼がいた。

 理由を一から説明し、自分がなんとかするから、と彼女達を説得したプロデューサー。

 ただ、美希に対して心配するようなメール等を送るのはいいが、強制して戻ってこいとかそういったことはしないでくれと頼んだ。

 今の美希は特に敏感になっているだろうから刺激したくないとプロデューサーは申し訳なさそうに言った。

 

 そして翌日。結局美希は一日出てくることはなかった。彼女達のメールの返信も来なかったと言う。赤羽根もメールやら電話をしていたが同じ結果となった。

 美希が来なくなって二日目。アイドル達はレッスンをしており、事務所で赤羽根と小鳥の二人がプロデューサーを動かそうと説得していた。

 

「先輩、そろそろ動いた方がいいんじゃないですか? 俺も原因ではあるのはわかってます。けど、流石に何も連絡や返信がないのは……」

「プロデューサーさん、私も赤羽根さんと同じ意見です。それに私だって怒ってるんですからね? 女の子を泣かしたのも同然ですよ。そんな張本人が皆を説得して『俺がやる』と言っておいて何もしてないのはムカつきます」

「俺が悪者みたいじゃないか。まあ、実際にその通りなんだが」

「プロデューサーさん! ふざけてる場合じゃありませんよ!」

「わかってる。そう怒鳴らないでくれ」

 

 スマホを取り出しながらプロデューサーは二人に言った。

 

「今から電話して出たらそれでよし。出なかったから家に乗り込んでくるわ」

「……乗り込むって」

「ちょっと強引過ぎません?」

「この手しかしらん……じゃあ、かけるぞ」

 

 星井のアイコンをタッチして耳元に持っていく。コールが鳴るだけで「出ないな」と呟くプロデューサー。すると、

 

『もしもし』

「お、星井か。その声じゃ元気そうだな」

『あのさ、美希アイドル―――』

「どうせ明日も暇だろ。ならデートしにいくぞ」

『……は?』

「そうだな、場所は……新宿駅にあるア○ター前な。じゃ、待ってるからな」

 

 有無を言わさず電話を切る。直前に何か聞こえたがプロデューサーは無視した。

 プロデューサーはどうだと言わんばかりに二人をみる。が、その表情は思っていたのとは違っていた。

 

「先輩、流石にそれは……」

「なにが」

「何かあっても事務所の名前は出さないでくださいね」

「だからなにが」

「俺でもそれはしないです」

「そもそもうら、じゃない。ドン引きですよ」

 

 二人の言っていることが中々理解できていないプロデューサーは首を傾げる。そんな彼を見て赤羽根が疑うように聞いた。

 

「本当にわかりません?」

「女を誘うならデートだろ?」

「いや、間違ってないんですけど……」

「赤羽根さん諦めましょう。もうどうしようもないですよ」

「なんだか酷い言われようだ」

 

 結局プロデューサーは二人の言っていることを最後まで理解することはなく、手を止めていた仕事を再開しまがら赤羽根に言った。

 

「さて、明日のために仕事を片付けるか。それと赤羽根、明日の午後の貴音の送り迎え頼んだ」

「え、ええ。それは構いませんけど」

「あと、このことは誰にも言うなよ。特に貴音にはな。小鳥ちゃんもだ、わかったな?」

『……はい』

 

 

 そして、デート当日。

 美希は今日のデートの誘いは半信半疑だった。からかわれていたのかもしれないと思っていたが、プロデューサーの言う通り暇だったので待ち合わせにやってきた。

 その割には遅くまでどこに行こうかと悩んでいたのは秘密だ。

 周りの歩行者と紛れながら待ち合わせであるア○ター前まで来て、美希はその場に立ち尽くした。

 

「本当にいたの」

 

 デートに誘った張本人がそこにいた。身長もある所為か他の歩行者達より目立っている。

 服装はいつものサングラスに半袖のYシャツと仕事着だった。

 プロデューサーも美希に気付いたのか、彼女下へ声をかけながらやってきて美希と同じことを言った。

 

「お、本当に来るとはな」

「それ、ミキの台詞なの。冗談だと思ってた」

「冗談? まさか、俺は真面目だよ」

「真面目だったら服装も気を使うと思うなあ」

「しょうがないだろ。さっきまで仕事だったんだ。それに」

「それに?」

「私服と言うのをほとんど持ってない」

 

 えーと美希は否定した。今時そんな人いないと思っているし、いくらないと言っても外出用の服ぐらいあると美希は思っていた。

 

「普段着というかまあ、ジャージみたいな楽な服はある。持っている服の大半が仕事用のスーツだな」

「ふーん」

 

 美希はプロデューサーを観察するような目で見まわした。いつも目にするスーツは確かに彼に合っている。サングラスは確かに怖さを強調しているが似合っていると美希は評価した。

 美希は自分でも意外なことを言いだした。

 

「じゃあ、ミキが選んであげようか?」

「何を?」

「服だよ、服」

「構わんが、デートらしくもっとお前の行きたいところでいいんだぞ」

「元々行く予定だったし、丁度いいの」

「なら任せる。今時の子が行きたいところっていうのはわからんからな」

 

 美希もデートって経験が少ないからわからないんだけど、と思いながらそこは胸を張って、

 

「ミキに任せるの! じゃ、いこ?」

「ああ、それとその前に」

 

 プロデューサーは持ってきた鞄の中から帽子と伊達メガネを取り出した。帽子を美希の頭にかぶせ、眼鏡を渡す。

 

「不用心だぞ、アイドルなんだから少しは気を使え」

「あ、ありがとうなの」

 

 渡された眼鏡をつけ、帽子を調整する。

 確かに言われてみれば、ここに来るまでにすれ違った人達にちらちらと視られていた気がする。

 

「それじゃあ、案内頼む」

「うん、じゃあまずは服屋さんね」

 

 美希の案内の下、デートがスタートした。美希は早速先程までのプロデューサーを評価していた。

 原因は何であれ、これはデートである。だからこそ自分なりに楽しもうと思っていた。

 最後にデートの評価を言った後で、別れの挨拶をしてやると考えていたからだ。

 ちらりと隣に歩く彼を見る美希。その身長差は約20㎝。

 デカいし、体格もいい。怖いが、なにより頼りになる。そういった感じを思わせる。

 するとプロデューサーも美希の視線に気づいたのか「どうした?」と声をかけてきた。

「別に、なんでもないの」と、少し動揺しながら返す美希。

 しばらく歩いて行くと、信号が赤で止まる二人。

 ああ、そうだと言いながら、プロデューサーは鞄が雑誌を取り出して美希に渡した。

『THET’s IN!』と書かれたタイトルに竜宮小町が表紙の音楽雑誌。美希はページを捲っていくと自分が載っている記事があった。この間、撮影したブライダルの記事だ。

 あずさも綺麗で似合っているし真君は流石なの、と評価しながら食いつくように見る美希。

 信号が赤から青になり、プロデューサーが呼びかけて再び歩き始めた。

 美希はふと思い出し、

 

「ねえ、このブライダルの仕事にミキを指名したのって、あ……プロデューサーなんでしょ?」

 

 アンタと言いそうになったがなんとか言い直せた。プロデューサーも特に何も言わずに言った。

 

「そうだ」

「どうしてミキなの? 貴音にすればよかったのに」

 

 美希の言う通りであるのだが、当人にそれをやらせるのはヤバイと判断したから、とは言えない。

 貴音を除けばやはり、こういった仕事ができるのは美希だと思って指名したことを彼は伝えた。

 

「お前なら出来ると思ったしな」

「答えになってないよ」

「そうか? 十分過ぎる答えだと思うが」

 

 相変わらず言っている事が理解できないと美希は思った。こういう男なんだと言い聞かせる美希。

 しかし、プロデューサーにとってはそれが一番の理由であるし、褒め言葉だと思っている。結局の所、この前貴音に言われたことを忘れているプロデューサーであった。

 

「ま、いいの。それにミニウェディングだったけど着れて楽しかったし。いつかはあずさみたいに、ちゃんとしたのを着てみたいの」

「今年で十六だったな、確か」

「うん、そうだよ。もう結婚できるの」

「おいおい、高校に入る前に結婚する気でいるのか?」

「ただの例えだよ。流石のミキもそんなことをしないの。それに好きな人もいないし」

「ま、結婚なんてそんなもんだ」

「プロデューサーは結婚してないんでしょ? 親は何も言わないの?」

 

 プロデューサーは困ったような声で言った。

 

「耳にタコだよ」

「結婚すればいいのに。いないの、そういう人」

「いない。いてもこの仕事をしている限りは難しいかもな」

「どうして?」

「時間が作れないからさ。所謂、家族サービスってやつができない」

「そこは愛があればとか言わないんだ」

「ドラマや漫画の見過ぎだな。俺はともかく相手ともし子供がいたとして、子供が耐えられないだろうな。自慢じゃないが、俺は忙しい。だから結婚する時は仕事を止めるか、もっと落ち着いた部署にいくか、だな」

 

 意外と考えているんだと美希は思いながらあるとことを聞いた。

 

「ふーん。じゃあ、同じ仕事の……芸能人とかアイドルとかは?」

「専属のマネージャーになればあるいは……そこはなんとも言えんな。それに俺はプロデューサーの仕事が性に合ってる。まあ、実際にそうなったら俺も考えるかもしれんが……なんでこんなことを聞いたんだ?」

 

 なんでだろう、美希もわからなかった。ただの好奇心なのか、それとも……。

 美希ははぐらかしながら話を変えた。

 

「それよりさ、話を蒸し返すようであれだけど。そんな多忙なプロデューサーがミキとデートなんてしてていいの?」

「そりゃあ、お前みたいな可愛い子とデートできるなら仕事も空けるさ。誘ったのは俺だがな」

「そ、そうなんだ」

 

「可愛い」と、初めてプロデューサーに言われて頬を赤く染める美希。

 この時初めて褒められたと言う事に美希は気付いていなかった。素直に嬉しかったのだろう。

 そんな美希を心配してプロデューサーが声をかけた。

 

「どうした?」

「な、なんでもないの。あ、見てきたの、あそこ。ほら、いくの!」

「お、おい、そんな慌てることはないだろう!」

 

 いきなり走り出した美希に遅れてプロデューサーも走り出した。

 気付けば、店の入り口まで走っていた。

 プロデューサーに聞かれたがそこは誤魔化した美希。プロデューサーも渋々引き下がり、美希に続いて中に入る。

 そこはオシャレな店と言えばいいのか。プロデューサー自身もこの街で過ごし大分経つが、基本がスーツのためオシャレという事をしたことがない。テレビで前に見たが、この街はある意味ファッションショーみたいなものであると。全員という訳ではないが、大体の若者がそれなりの服装をして街を歩く。流行と言えばいいのか。この街はその傾向が常に移り変わる。地方から都内に来た若者が言った。「自信のある服装で着たら逆に恥ずかしくなった」と、言ったぐらいだ。

 それにこの街は人通りが多い。よく目に着くし、それもわかると思った。

 そんなことを思いながらざっと商品を見渡す。んーと首を捻りながら難しい顔をするプロデューサー。

 

「ファッションってわからんな」

 

 仮にもアイドルを担当するプロデューサーの発言とは思えない。彼の場合は自分に関してはまったくの無頓着。アイドルや仕事に関することに目が鋭いと言えばいいか、そのセンスを発揮する。

 すると手に服を持ってきた美希がやってきた。

 

「試にこれを着てみてよ、あとミキは帽子も似合うと思うんだよね」

「まあ、選んで貰ったから一応着てみるが……」

 

 そのまま試着室へ行って着替えるプロデューサー。

 鏡の前で自分をみる。時期的にそろそろ秋か冬物の服だろう。自分ではよくわからず、カーテンを開けて美希に見せる。

 

「どうだ?」

「んーミキも男の人のコーディネイトは初めてだしちょっと自信なかったけど、これはこれでアリなの」

「そうか。じゃあ、これでいい」

「え、それでいいの?」

「ああ、お前が選んだコレでいいよ。それにお前はいいのか?」

「まあ、ミキもそのつもりだけど……」

「金なら心配するな。今日は俺が全部持つ、だから遠慮しなくていいぞ」

「そ、そう? ならミキも選んでくるの」

 

 まさか実際にそんなことを言われるとは思ってもいなかったので少し躊躇いながら答える美希。しかし、実際には思っている事とやっている事は別であった。

 ニコニコと笑いながら両手でたくさんの服を持ってやってきた美希がいた。着替えを終えて、「これはどう?」と聞いてくる。プロデューサーは「似合ってるぞ」と答えた。

 そのあとも何回か同じ返答を繰り返し、美希はふて腐れながら、

 

「もう、もっと違う言い方はないの?」

「そう言われてもなあ。お前は何を着ても似合うからな」

「そ、そう?」

「どんな服でも着こなすよ、お前は」

「と、当然なの」

 

 そう言ってカーテンを閉めた美希。

 

(褒められてなんで喜んでるの。ミキはアイツのことが嫌いなのに)

 

 美希は困惑していた。先程から調子が狂ってしまってしょうがない。

 ふと、今さっきの言葉を思い出す。もしかして「お前なら出来る」ってそういうことなのかと美希は思った。

 試着していた服をハンガーにかけて、着ていた服を着なおす。お金のことは心配しなくていいと言われたが、美希は流石に遠慮したのか一番気に入ったモノだけを選んであとは元にあった場所に戻した。

 プロデューサーが「もういいのか」と聞くと、美希は「もういいの」と答え、レジへと服を持っていき会計をした。

 クレジットカードを渡して会計を済ませる。プロデューサーは会計をしていた店員の視線に気づき、

 

「どうかしましたか?」

「い、いえ。お買い上げありがとうございます」

「?」

 

 袋を持って外で待つ美希と合流する。プロデューサーが首を傾げながらやってきてたのを見て、美希が聞いた。

 

「どうしたの。何かあった?」

「いや、店員に変な目で見られてな。まあ、こんななりをしているからだろう」

 

 美希は相槌を打ちながら店内に視線を向ける。レジにいた店員と近くにいた店員がこちらを見ながらなにやらこそこそと話している。

 平日の昼間から未成年と歳の離れた大人が一緒にいれば不審に思うのも仕方がない。親子にも見えないのだから怪しいと疑うのも当たり前だ。

 美希はある程度察していたがそれをプロデューサーには伝えず、次の目的地へと案内を始めた。

 

 次に案内されたのはゲームセンターであった。プロデューサー自身も何年ぶりだったかと思いながら店内に入る。辺りをきょろきょろ見回す彼を見て、美希もその素振りが気になって聞いた。

 

「そんなに珍しい?」

「珍しいというより懐かしいんだ。学生時代はよくクラスメイトと一緒に近くのゲーセンに行ったよ。ただ時代が変わったなって思っただけだ。置いてあるのも違うし、変わらないと言えば……アレか」

「アレって……プリクラ? ミキもよく撮ったりするんだ。入ってみる?」

「アレって女がやるんじゃないのか?」

「そうだけど、男の子も使ってたりするよ。ほら、いこ」

 

 美希に腕を引っ張られながらプリクラの中に入るプロデューサー。中に入るとなにか既視感があるとプロデューサーは思った。少し考えるとよくある証明写真に似ていることに気付いた。

 呆気にとられていると美希が急かした。

 

「プロデューサー、早くしてなの」

「ああ、すまん。小銭っと……あった」

「あとは美希がやってあげる」

「お、おう」

 

 タッチパネルに向かって美希はフレーム、肌の色、背景を選んでいく。後ろで見ているだけのプロデューサーは「最近のは進んでるんだなあ」と関心していた。

 設定が終わったのか、美希が帽子と眼鏡を外してプロデューサーの隣に立つ。

 

「三回撮るからね」

「へえ、そうなのか」

「ほら、ポーズして」

「ポーズって言ったってなあ……どうすればいいんだ?」

「もう、ピースすればいいの。ほら、ピースッ」

「ぴ、ピース」

 

 まず一枚目。美希に合わせて体を低くしながらぎこちなさそうにピースをしているプロデューサーと、笑顔で同じポーズをとっている美希が写っている。

 続いて二枚目。美希は違うポーズをとっているがプロデューサーは先程と同じような体勢でダブルピースをしていた。大の男がダブルピースとはなんとも言えないものがそこには写っていた。

 そして三枚目。機械が撮ろうとしたその前に美希がふざけてプロデューサーのサングラスをとった。

 

「えい」

「あ、お前ッ」

 

 そこにはサングラスをかけた美希とそれを取り返そうとするプロデューサーが写っていた。

 美希が先に出ててと言われて外に出るプロデューサー。

 外へ出ると大学生ぐらいだろうか。女性二人に驚いたような顔をされると二人はこそこそと話始めた。

 男がプリクラから出てくるはやはりおかしいのだろうとプロデューサーは思いながら、少し離れた所で美希を待った。するとお待たせと言いながら美希が出てきた。額にサングラスをかけて美希はやってきて、プロデューサーは手を差し出しながら、

 

「たく、ほら返せ」

「はいはい。そんなに大事なの、それ?」

「大事さ。俺の大事な商売道具だ」

「サングラスが?」

「そうとも。それにサングラスをかけてないと落ち着かん」

「ま、サングラスをかけてるプロデューサー怖いんもんね」

「そうか?」

「自覚なかったの?」

 

 そんな他愛のない話をしながら美希に連れられて街を歩く。

 気になる所に寄り道したり、店に入ってみたりとデートらしいことをしている二人。

 最初は予定を立てていると思ったプロデューサーだったが、意外とふらふらと美希の気のの向くままな姿を見て、

 

「お前って自由だな」

「え、どうして?」

「だってそうだろう。こうして歩いているが気になったところにふらふらと。まあ、らしいと言えばらしいがな」

「最初は色々考えてたけどね。でも、そっちのが楽しいでしょ? 自分の知らない、新しいことを見つけたらわくわくするもん。普段もよくこうして歩いてたりするけど、知らないことが一杯で楽しいもん」

「わくわくに楽しい、か。確かにそうかもな」

 

 美希の言葉に複雑そうな顔をするプロデューサー。その言葉がきっと美希の本質に近いのかもと思った。この前の貴音に言われたこともあって余計にそれを感じる。

 自分が犯した過ちがぐさりと胸に突き刺さる。

 

(貴音の言う通り最低だな、俺は)

 

 隣に楽しそうに辺りを見回す美希をみて、プロデューサーはようやく自覚をした。

 

 ――美希も私達もまだ子供だということです

 

 プロデューサーは彼女の言葉に肯定した。貴音の言う通りだ、赤羽根に対して一言は言えないなと。

 そんな時、「あっ」と美希が駆け出した。そこはアクセサリーショップだった。

「SALE」と紙が貼られており、美希はたくさんあるアクセサリーを眺める。少ししてプロデューサーも追いついて美希の隣に立った。数あるアクセサリーを一つとって美希に見せる。

 

「これなんかお前に似合うんじゃないか?」

「すごーい。ミキもそれがいいなって思ってたの。プロデューサーって最初の時もそうだったけど。自分の服とかは鈍感なくせして、こうゆうのは鋭いんだね」

「まあな。それに関しては目が鍛えられているし、それに衣装のデザインだって意見したりもしてるんだ。衣装と言えば今日は……いや、今の無しな」

「どうして?」

「デートの時に仕事の話なんて嫌だろ」

「あっ……」

 

 互いに困った表情をしながら重たい空気が流れる。美希自身もつい楽しくてそう言ったことに気付くことができなかった。自分で最初の内は採点なんてしておきながら今では忘れてやっていない。

 そんな空気の中、プロデューサーが離れてレジに行って会計を済ませて戻ってきた。

 袋に入ったアクセサリーを美希に渡す。

 

「いいの?」

「プレゼントだよ。言ったろ、遠慮しなくていいって」

「……ありがとうなの」

「それでいいんだよ。で、次はどこいく?」

 

 そう言われて美希は少し悩み、行きたい所があるのと言ってその場所に向かった。

 そこは都内にある池のある公園だった。池に架かる橋の上で美希が語りだした。

 

「ここ、美希が小学校の頃からよく来てたの」

「へえ、意外だな」

「そうかな。あ、先生だ」

 

 美希の視線には一匹の鴨が鳴きながらぷかぷかと浮いている。

 そう言えばとプロデューサーが言いながら、

 

「お前の趣味は確かバートウォッチングだったな。その理由があの先生なのか?」

「多分そうかな。ミキね、カモ先生を尊敬してるんだ。カモってね、寝たままでぷかぷかって浮いていられるんだよ。だからミキも楽に生きていけたらなーって思ってたんだ」

 

 それを聞いてプロデューサーは笑い、美希が少し怒りながら言った。

 

「もう、そんなに変?」

「違う、違う。小学生のころからそんなことを考えていたことに驚いただけだ。で、思ってたってことは今は違うのか?」

「……うん」

 

 肯定するだけで美希はそれ以上は言わなかった。プロデューサーもそろそろ本題に入ろうと思って、ポケットから煙草を取り出すと「ここ煙草駄目だよ」と注意され、渋々煙草をしまいながら真剣な声で話し始めた。

 

「なあ美希、そろそろはっきりしようか」

「なにを」

「アイドルを続けるか辞めるか。お前も今日そのつもりだったんだろ」

「分かってたんだ」

「まあ……勘、だったがな」

 

 それから美希は池に浮かぶ鴨を見つめたまま動かない。先に動いたのはプロデューサーだった。

 

「先に言っておく……すまなかった」

「何に対して?」

「お前に対してしてきた事にだ」

 

 すると美希はプロデューサーと向き合って言った。

 

「――いよ……ズルいよ!」

「大人はズルいんだ」

「そうやって勝手に言っておいて、納得してさ! ミキ何も言えないじゃん!」

「……言いたいこと一杯あるんだろ」

「あるよ! たくさんあるもん!」

 

 身体を震わせながら美希は叫びながら今までの鬱憤を晴らすように言葉を吐いた。

 

「あ、アンタはッ、皆にはちゃんと名前で呼ぶのにミキだけ星井って呼ぶし、レッスンでどんなに頑張っても褒めてくれない! 竜宮小町には入れるって嘘ついたり、それから、それから……あああ――――ッッ!!」

 

 美希は正面にプロデューサーの胸に飛び込み、その細い腕で彼の胸を叩く。

 

「アンタの所為でミキも訳がわかんないよ! アンタはミキばかり苛めて楽しいんでしょ! ミキにアイドルを辞めて欲しいんでしょ!?」

「……お前は賢いから気付くと思ったんだ。すまん」

「賢くなんてない。ミキ努力なんてしたことないし、なんでもできたもん。それが普通だって思ってた。それにパパとママも褒めてくれて、学校だって皆ミキをみてる。ミキは、ミキはただキラキラしたいだけだもん! それなのに、それなのにアンタは―――」

 

 プロデューサーは美希を身体から離した。ポケットからハンカチをとり出し、美希の涙を拭う。

 

「ごめんな、その言葉を聞きたいがために酷いことして」

「……え?」

「お前は賢いから俺の意図に気付くと思ったんだ。アイドルとして目的を持ってやって欲しくて」

「わからないもん、言ってくれなきゃ。ミキ、まだ子供だもん」

「ああ、そうだな――本当にごめん」

「遅いよ、謝るのが」

 

 プロデューサーは美希を連れて近くのベンチに腰かけた。美希が落ち着くまでプロデューサーは黙って美希の隣に座っていた。美希が落ち着くと会話を再開した。

 

「キラキラしたい、それがお前がアイドルになった理由か」

「うん。家でも学校でもミキは自分がキラキラしてるって思ってたの。でもそれはミキが思ってるキラキラじゃないって気付いて。会長にアイドルにスカウトされて。アイドルならもっとキラキラできるかもって」

「そうか。お前らしい理由だな」

「ねえ、聞いていい?」

「どうした、改まって。言ってみろ」

 

 美希は今まで気になっていたことをついに聞いた。

 

「去年初めて会ったあの日。面接したの、ミキと貴音だけなんでしょ?」

「そうだ。やっぱり気付いてたか」

「だって皆もそういう話をしてなかったし、貴音が選ばれたってことはそういうことでしょ? だから、わかったの。ねえ、どうして貴音を選んだの? 貴音には悪いけどミキは貴音より劣っているとは思ってない。だから、ずっと気になってたの」

「それはな、お前にはなくて貴音にはそれがあったからだよ」

「ミキにはない?」

「正直な話をするとな、俺は最初お前を選ぶつもりだった。けど、お前は言ったな。努力とかは嫌だって。でも貴音にはそれがあった。トップアイドルを目指す、それに俺をその気にさせたのも理由の一つだ」

 

 唇をかみしめる美希。表情には出さなかったが、最初は自分を選ぶと聞いて嬉しかった。けどだんだんとあの時の自分が許せない、そんな気持ちになっていた。

 美希は溜めていたものを全部吐き出すように語りだした。

 

「……去年初めて貴音がテレビに出たときミキもみてたの。ああ、本当だったらミキがそこにいたのになあって。貴音はキラキラしてて……凄く必死にでも楽しそうに歌ってた。だからかな、あの時から少し貴音に嫉妬してた。初めてだったの、他の人に嫉妬したのは」

「貴音も言っていたよ。お前に嫉妬していたって」

「どうして? なんで貴音が……」

「俺がお前のことを凄く評価していたことに対して、かな。自分の担当に、実はお前を選ぶつもりはなかった、なんて言っているようなもんだ。俺だって辛いよ」

「でも全部プロデューサーが悪いの。ミキを苛めるから」

 

 困った顔しながら勘弁してくれとプロデューサーは言う。

 

「呼び方に関してはかなり意地悪だったと反省している。ただレッスンに関しては至って真面目だったんだ。この間お前も言っていたように、他の子と違ってお前はレベルが違う。ダンスが得意な真と響を比べてもお前は飲み込みがかなり早い。だから少し難しいダンスを教えたりしたんだ」

「それはミキもそうじゃないかなって思ってたよ。でも、その時はミキだけ意地悪してるんだって思ったから。だって、どんなに頑張ってそれを成功させてもプロデューサーは褒めてくれなかったし」

「褒めていたつもりなんだがな。よくできたなって」

「今ならすっきりしてるからそう捉えることができるど、普通にもっと褒められてないの?」

「貴音にも言われた――むっ」

 

 美希が右手の人差し指でプロデューサーの口に当てながら言った。

 

「あんまり別の女の子の名前を言ってほしくないの」

 

 そう言われるとその通りだとプロデューサーは納得した。一応デート中であることを思い出す。

 

「すまん。あと、俺からも聞いていいか」

「なに?」

「お前は前に『なんで竜宮小町じゃないの』って俺に言った。お前は竜宮小町自体になろうとしたのか?」

「……多分そうだと思う。あの三人が選ばれてなんでミキは選ばれないんだろうって。律子にはっきり言われたから今はもういいけど」

「そうだったのか。だがな、お前には凄い才能と力がある」

「本当に?」

「ああ。星井美希というアイドルではなく、アイドルの星井美希になれる」

「今からでもなれるかな。ミキが本当にキラキラできるアイドルになれるのかな」

「なれるとも」

 

 止まっていた涙がまた少しでてきた。先程から持っていたプロデューサーのハンカチで涙を拭う美希。

 それを見て微笑むプロデューサー。彼は申し訳なさそうな顔をしながらあの事を告げた。

 

「話すつもりはなかったんだが、俺の秘密を一つ教えようか」

「……秘密?」

「俺は今年一杯で765プロからいなくなる」

 

 えっ、と美希は目を丸くしてプロデューサーを見た。声を震わせながら美希は言う。

 

「う、嘘だよね。み、ミキがちゃんとしなかったから? だったらこれらからちゃんと頑張るよ。レッスンだってちゃんとやるし……本当、なの?」

「ああ。そういう契約なんだ、社長との。本当はあと半年は居たかったんだが、予定が少し早まってな。十二月頃からあんまり事務所にはいないと思う。このことは社長を始め、小鳥ちゃんに赤羽根、律子も知ってる」

「貴音はこのこと知ってるの?」

 

 こくりと頷きながら。

 

「最初に会った日にちゃんと伝えてある」

 

 ぐちゃぐちゃになっていた美希の頭の中のパズルが次々と埋まっていく。意外と頭の方は冷静であり、美希はある答えに行き着いた。

 

「じゃあ、あの日面接をしたのもそれが理由なの? 一人だけ選んで、赤羽根Pがやってきたのも、あの人に私達を任せるために……」

「その通りだ」

 

 美希は前かがみになり辛そうな声をあげた。

 

「馬鹿みたい。そんな事を言われたら頑張るしかないの……どうしてミキに話してくれたの?」

「散々迷惑をかけたのも理由の一つだ。ただなによりも、お前をちゃんとプロデュースしたい。身勝手だと思うだろう。散々お前を苛めていた俺が言う資格はないと思ってる。それでもお前をプロデュースしたい」

「今からでも間に合うかな。貴音みたいに……貴音よりもっとキラキラできる?」

「できる、お前なら絶対に。それに今度の竜宮小町のライブ。あれがお前達のターニングポイントになる」

「でも竜宮小町のライブだよ? ミキ達は前座みたいなものなんでしょ」

「それはどうかな」

 

 ニヤリと笑みを浮かべてプロデューサーは言う。彼にはその何かがみえているのだろうかと美希は思った。

 

「だがそれもお前次第だ。どうする?」

「じゃあ、約束して。765プロにいる間はミキをちゃんとキラキラさせるって」

「わかった、約束する」

「それじゃあゆびきりしよ」

「指切り?」

「うん。私とプロデューサーの二人だけの約束」

 

 右手の小指をプロデューサーの前に差し出す。プロデューサーも自分の小指を美希の小指に絡ませた。

 

「ゆびきりげんまん嘘ついたら針千本のまーす、ゆびきった。……これで次に嘘ついたらミキ、今度こそアイドル辞めるからね」

「わかったよ。今から嘘はつかない」

「えへへ、約束だからね」

「ああ、約束だ」

 

 二人が顔を見合いながら笑った。プロデューサーは自分の両膝にパンッと叩きながら立ち上がった。

 

「さてと、それじゃあ行くか」

「行くって、どこに?」

「皆の所だよ。今ならまだレッスンしているし、多分全員いるだろう。迷惑をかけたんだ、一言謝りに行くぞ」

 

 そう言えばメールの返事してないやと美希も言われて思い出した。

 自分の所為で皆に迷惑をかけているのは自覚していた。ちゃんと謝らなきゃ。それに……と美希は決意して立ち上がる。

 

「うん。皆にも、律子“さん”や赤羽根Pにも迷惑をかけちゃったから。今日からアイドル星井美希の復活なの」

「その意気だ……じゃあいくぞ“美希”」

「――うん!」

 

 先に歩き出したプロデューサーの隣に駆け寄る美希。手を後ろで組みながらちらちらとプロデューサーをみる。その視線にプロデューサーが気付き、

 

「どうした?」

「まだ……デート中でいいのかな?」

「そうなんじゃないか」

「じゃあ、デートなんだからこれぐらいいいよね!」

「お、おい!」

 

 美希はプロデューサーの左腕に腕を回して抱き着いた。プロデューサーはそれを振りほどこうと試みるがすぐに諦めた。

 

 そのまま腕を組みながら765プロが普段使っているレッスン教室まで向かう。道中、すれ違う人から視線を感じたプロデューサーも流石に気付き始めていた。

 二人の関係は親子には見えないし、兄妹というのも無理がある。

 プロデューサーは視線に耐えながら教室がある建物の前までやってきた。

 

「じゃあ行って来い」

「プロデューサーは来ないの?」

「俺は一服してから行く」

「わかったの。じゃあ……行ってくるね」

 

 美希は小さく手を振りながら先に皆がいる教室へと向かった。残ったプロデューサーは近くで煙草を吸える場所に向かおうとしたが、彼の肩に手を置きながら声をかけられた。後ろを振り向くと、水色のシャツに黒い帽子についている旭日章。日本人なら誰でも知っていて、子供が憧れる職業にも入っている。所謂、お巡りさんだった。

 

「実は通りかかった通行人から、怪しい男が未成年と思われる女性を連れ回しているという話を聞きまして。ちょっと交番まで来て話をしたいのでご同行願います」

 

 見た目から推定して20代半ば頃だろうか。まさに正義感溢れる若者、といった感じだ。

 プロデューサーはともて落ち着いていた。心の中で自分に言い聞かせる。こんなことは一度や二度ではない。いつだって俺はこんな絶体絶命のピンチを乗り切ってきた男ではないか。

 だが……状況は過去最悪。傍にはアイドルがいない。最後に補導されかけた時も、その時の担当アイドルによって事なきを得た。しかし今はいない。

 どうする、考えろ。頭をフル回転させる。そして――プロデューサーは答えを出した。

 

「わかりましたよ、じゃあ案内してください」

 

 警察官が前を向くその瞬間、

 

「ご協力感謝します。では、こちらです……いない!」

 

 なんとういう事か。男が歩き始め、プロデューサーの方に顔を向けた僅か数秒の間にその姿を見失ってしまった。

 そんな馬鹿なことがあるのか! と男は目の前に起きた現実を否定する。駆け出そうとした音も聞こえなかった。確かにそこに先程までいたのに。男は周囲を見渡す。しかし、どこにもいない。

 男は焦ると同時に少しの余裕があった。この問題は自分個人の案件。交番にいる上司は知らないし、電話ではなく直接言われたことだ。話に聞いていた少女はいない。もしかしたらそういった関係ではないのかもしれない。

 はっきり言ってしまえば警察官としてありえないし、最低な行動を自分は取ろうとしている。だが一体誰が、今自分が体験したことを信じてくれるのだろうか。

 前の前いた男が少し目を離した隙に消えました、なんて信じるわけがない。仲がいい同期の奴に話たって笑い話にされるだけだ。

 きっと「リアルルパン三世にでもあったか?」それとも「狸にでも化かされたか?」と言われるに違いない。

 だが俺は正常だ。とりあえず辺りを探そう。警邏が終わる時間までに見つからなかったら……こんなことはなかった、ということしによう。

 男は走り出した。しかし見つけることはできなかった。これが良いことなのか悪いことなのか。男は考えようとしたがすぐにやめた。

 

 今回の出来事は少し先の、とても近い将来に双方にとって思わぬ形でそれは起きる。

 警察の間で「全国で年齢問わず女性に話しかける、髪は黒、サングラスをかけた筋肉モリモリマッチョマンの変態」という噂が広まる。しかも同僚の女性警察官も一人、その男にかどわかされアイドルとしてデビューさせられた、と言った変な噂も広まることになる。

 全国の警察所、交番などに目撃者による似顔絵が掲載され「この男をみたら110番!」と、全国に掲載されたが見つかることはなかったと言う。

 

 

 プロデューサーに一悶着あった頃、美希は教室の入り口の前で立ち止まっていた。

 一度深呼吸をしてよし、とドアノブに手を掛けようとしたその時、後ろからやってきた赤羽根に声をかけられた。

 

「美希っ、お前……そうか、戻ってきたってことはそういうことなんだな」

「赤羽根P、えぇと……まずはごめんなさいなの。あんな酷いこと言って、迷惑をかけてごめんなさい」

「いいんだ。元をただせば俺だって悪いんだ。俺の方こそすまない。けどお前が戻ってきてくれて嬉しいよ」

「ありがとうなの」

「で、先輩とはどうだったんだ?」

 

 ニヤニヤしながら赤羽根は美希に聞いた。彼もなんだかんだでデートの内容が気になっていた。

 

「一杯文句を言ってやったの。だからもう大丈夫。今日からまたよろしくお願いします、なの」

 

 先輩はどんなマジックを使ったんだ、と赤羽根は内心驚いていた。普段の美希と言えばそうなのだが、この前よりなにか変ったような気がすると赤羽根は感じていた。凄くいい表情をしているし、なによりも前より礼儀正しくなったようなが気がする。

 赤羽根は少し悔しそうな顔をしながら、

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む。それと部屋に入ろうとしたんだろ? 俺が先に行って、呼ぶから入ってこい。そっちのがいいだろ」

「気を使ってもらってごめんさい」

「いいんだよ。俺だってこういうことがあったら部屋に入るのだって気まずい。じゃあ、待っててくれ」

 

 赤羽根はそう言って部屋に入る。竜宮小町と律子もおり、全員揃っていた。休憩していたのか皆床に座っている。

 タイミング的には丁度よかったと思い赤羽根は声をかけた。

 

「皆、ちょっといいか」

「どうしたんです、赤羽根P?」

「なに、ちょっとしたサプライズだよ……入っていいぞ」

 

 ゆっくりと扉を開けて、覗きながら美希が顔をだし、『美希!』と声を揃えて彼女の名前を呼んだ。

 美希は皆から注がれる視線にあたり、緊張が増す。学校でよく教壇の前に立つ時なんて緊張しないのに、今はかつてないほどに緊張していた。

 美希は赤羽根の前に立つ。目を泳がせながらあの、えぇと、と言葉が中々言いだせない。

 扉の前で考えていた言葉が飛んでしまった。そんな時、赤羽根が「大丈夫だから」と声をかけた。美希も頷き、

 

「みんな、ミキの我儘で迷惑をかけてごめんなさいなの!」

 

 勢いよく頭を下げる。内心、ビクビクしながら返答を待つ美希。しかし、待っていたのは予想外の言葉だった。

 

「頭をあげてよ美希。私達そんなことを思ってないよ」

「春香……」

「春香の言う通りよ。全部プロデューサーが悪いんだから、あんたはむしろ被害者なのよ」

「デコちゃん……」

 

 デコちゃんって言うな、と怒れた。皆もたくさんの言葉をかけてくれる中、千早が一歩前に出て、

 

「私は謝罪が欲しい訳じゃない」

「千早さん……」

「ちょっと、千早ちゃんッ」

「私はプロとしてライブを成功させたい。そのために遅れていた時間を取り戻したい。だから……できるわよね、美希」

「――うん! 今から皆に追いついてみせるの!」

 

 千早も笑顔でそれに答えた。それに、と続けながら、

 

「私達もプロデューサーの事は許してるからもう平気よ」

「え、どういうこと?」

「美希が飛び出したあのあとにプロデューサーがやってきて」

「土下座したんです」

 

 真と雪歩がぎこちない顔をしながら教えた。

 

「……土下座?」

『うん』

 

 声を揃えて皆が答えた。

 あの日、貴音を連れてやってきたプロデューサーはこの教室で正座をし、

 

『あいつを必ず連れ戻す。だからそれまで待っていてくれ。この通りだ』

 

 正座から土下座をした。

 彼女達もなんと言っていいからわからず、まして土下座をしてくるとは思ってもいなかった。

 

「そっか、プロデューサーが……」

「ところで、美希。あの人は今どこに?」

「そうだ、先輩は一緒じゃないのか?」

「アレ? 一服してからあとから来るって言ってたよ」

 

 美希も貴音に言われて思い出した。確かにプロデューサーが来ていないなと。すると、プロデューサーのスマホに着信が入る。画面見ると『先輩』と表示されており、すぐに出た。

 

『赤羽根かッ、美希はどうしてる?!』

「先輩、美希は今ここにいます」

『一件、落着した――だな! そい――よかった!』

 

 所々声が途切れて聞き取れない。電話越しだが息がやけに荒いと赤羽根は気付いた。

 

「ところで先輩今どこに――」

『俺――事務所に向かう――貴音に―――おいて、くれ!』

「先輩? 先輩? 駄目だ、切れた」

「どうなさいましたか?」

「いや、多分だけど。事務所に向かうから、貴音にも伝えておいてくれ、そう言ってたと思う。にしても物凄く焦っているように聞こえたが……」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 パンと手を叩いて、律子が皆の前で伝えた。

 

「さ、とりあずは最後の練習を始めましょう。美希はどうする?」

「あ、練習着ないや。でも、今日からって決めたからこのままやるの」

「そう。じゃあ皆も用意して」

『はい!』

 

 竜宮小町と765エンジェルに分かれる。美希も向かおうとしたが、律子の前まで戻ってきた。

 

「どうしたの美希?」

「あの、律子さん」

「え」

「ミキ、ちゃんと頑張るから。だからちゃんと見ていてください、なの」

 

 初めて自分に頭を下げる美希を見て驚く律子。律子は嬉しそうに答えた。

 

「ええ、しっかりと見せてもらうわ。頑張りばってね、美希」

「うん!」

「ああ、それと。私服だから軽くにしときなさい」

「ありがとうなの!」

 

 もう、と軽い溜息をつく。あの口調は治らないんだろうなと律子は苦笑しながら思った。

 美希は自分の位置に着く前に貴音の傍により声をかけた。

 

「あ、貴音。レッスンが終わったらちょっと付き合ってもらっていい?」

「それは構いませんが」

「じゃあまたあとでなの」

 

 そして、レッスン終了後。

 貴音は着替えたあと、皆と別れて美希と一緒に帰路についていた。貴音はいつもの変装セットに美希は今日プロデューサーに渡された帽子と眼鏡をつけている。

 先程から何も喋らずにいる美希に貴音が声をかけた。

 

「美希、何か用があったのではないのですか?」

「うん。ちょっと、迷ってて中々言いだせなかったの」

「何を迷っていたのですか?」

「なんていえばいいかなって。でも言葉が見つかったの、貴音」

「はい、なんですか美希」

「貴音が羨ましくて嫉妬していました。けど今は同じくらい感謝してます、なの」

 

 貴音は予想外の言葉だったのか足を止めた。

 

「あれ、やっぱり変だった?」

「そういうわけでは。いえ、そうですね。変です。けどわたくしも美希と同じです」

「同じ?」

「わたくしも美希に嫉妬していました。今でも嫉妬しています」

「ちょっと、それはないの。そこは『今は違います』なの」

「ふふっ、ごめんなさい」

「ま、プロデューサーからその理由は聞いたからわかるよ。でも、それを言ったらミキだってまだ貴音に嫉妬してるもん」

「あら、どうしてですか?」

 

 だって、と言いながら貴音の正面に立ち止まりながら、悔しそうに美希は告げた。

 

「プロデューサーを一人占めしてるんだもん」

「そうでしょうか」

「あ、笑ってるの。確信犯なの」

 

 貴音は焦りながら美希と同じように言った。

 

「そ、そんなことありません。それを言ったらあの人はあなたにまだ執着しています。わたくしは……それが悔しいです」

「でもね、それは“プロデューサー”としてだよ。“男”としてのあの人はきっと貴音。多分そう」

「それは……そうですね。あの人は私にべったりですから」

「あ、勝者の余裕ってやつだ。でもミキだって約束したもん」

 

 くるっと回って前を歩く美希。貴音がそれを問いただそうとする。

 

「そ、それはどういうことですか?!」

「えへへ、ミキとプロデューサーの秘密なの。だから、教えてあーげない」

 

 貴音は普段の冷静さをどこかに忘れてしまった。美希も対抗しようと貴音も張り合い、胸に手を当てながら自慢するように言った。

 

「わ、わたくしにだってあの御方との秘密の一つや二つ……ぁ」

「へー」

 

 しまった、と貴音は内心焦り始めた。しかしそれはもう手遅れ。前を向いていたはずの美希が獲物を見つけたような目でギロリと、貴音を見つめる。

 美希はすぐにいつもの表情に戻り、再び前を向いて歩き出した。

 

「今はそういうことにしておくの。“二人だけ”の秘密に、ね」

「あ、あの美希。別にそういう変な意味ではなくてですね? その、えーと」

 

 なんとかしようと貴音は美希に話しかけるが、彼女は指を指しながら、

 

「じゃあミキこっちだから」

「え、あの美希。ちょっとまだお話が終わって――」

「じゃあね、貴音」

 

 別れを告げて走り出した美希。ああどうしよう、と貴音は困惑しながら美希と別の道を歩きはじめる。すると、後ろから美希が声をかけてきた。

 

「あとねーミキ、負けないからね! アイドルとしても、女としても! じゃあねー!」

「え、美希! 最後はなんと言ったのですかー! 行ってしまわれました。いけません、終始美希のペースに乗せられてしまいました。しかし――」

 

 最後になんと言ったのだろう。貴音はうぅと呻きながら、読唇術を学んでおくべきでしたと後悔した。

 はあ、と溜息をついて歩き出す。貴音は今の不思議な感覚を得ていると気付く。

 

(けれど、なんとも言えない気持ちです。これは高揚しているのでしょうか。)

 

 理由はきっと美希だと貴音は思った。彼女には嫉妬などもしたが、今はこれから起きる事にわくわくしてる。そう、張り合いがあると言えばいいか。あの御方にあれほどまで言わせたのだ。そんな彼女が遂に動き出すのだと。

 自分も負けていられない。けどその前にと、ポケットからスマホ取出して問題の人物に電話をかける。

 

「あなた様ですか? ええ、今マンションに帰っているところです……はい、はい。色々と問いただしたいところですが今はいいです。それより今日の夕飯は何がよろしいですか……“はんばーぐ”ですか、最近食べておりませんでしたね。わかりました。ああそれと、わたくしも明日からもっと精進して参りますので。ですから、他の子ばかり見ているとわたくし、泣いちゃいますから。では、また後ほど」

 

 ふふっと笑いながらポケットにスマホをしまう。あの人の慌てふためいた声が少し面白かった。

 あ、と何かを思い出し立ち止まる貴音。

 

「そう言えばお肉がありませんでしたね。スーパーに寄っていきましょう」

 

 貴音は一旦近くのスーパーに向かい、そして材料を買って帰宅した。

 その姿は子供の好物を作って待つ、母親のようであった。

 

 

 765プロ 事務所内

 

「しかし今回は私も一時はどうなるかと思ったよ」

 

 お茶を飲みながら高木はプロデューサーに向けて言った。その言葉に小鳥、赤羽根、律子の三人もうんうんと頷いていた。

 当の本人はコーヒーを飲みながら澄ました顔をしていた。反省の色が窺えないとはこの事だろうか。

 

「社長の言う通りですよ。プロデューサーさんは女の子扱いがなっていません」

「じゃあ小鳥ちゃんは男の扱いには慣れてるのかな、ん~?」

「そ、それは」

 

 仕返しとばかりか、プロデューサーはやけにいい顔をしながら小鳥をからかう。それに対して律子が注意した。

 

「そういう所が駄目なんですよ、プロデューサー」

「失敬。ん、どうした赤羽根。浮かない顔をして」

 

 赤羽根は歯切れが悪そうに言った。

 

「いや、その。今回の件は俺がなんとかしたかったなって。俺も原因でしたし」

「すまんな。こればっかりは俺がなんとかしなきゃいけなかった。なに、これからは嫌というほどあいつらに困らせられるんだ。そこは譲るさ」

「先輩、それはないですよぉ」

「まあまあ、赤羽根君もそれだけ成長したということさ」

 

 高木が間に入って赤羽根を宥めた。

 

「そうですよ。私から見ても最初に比べれば、皆から信頼されてると思います」

「私も律子さんと同じですよ」

「二人とも……」

「そうだ、キミ。もう九月だ、そろそろ忙しくなるんじゃないかい?」

 

 話題を変えて、高木がプロデューサーに聞いた。

 

「そうですね。十一月に貴音の一周年記念ライブの開催が決まっています。それが終わり次第、向こうでの仕事に本格的に取り組むつもりです。可能性はなくはありませんが、紅白の出場が決まればそれが最後の仕事になると思っています」

「そうか、早いものだね」

「もう一年経つんですよね。年はとりたくないです」

「それを言ったら俺なんてまだ半年も経ってないですよ」

「それもそうですよね。忘れてました」

「律子、お前な」

「冗談ですよ、冗談」

 

 年齢としてはこのメンバーでは上から四番目ではあるが、年下の先輩である律子にもからかわれてしまっている赤羽根。本人は、まあそれも悪くないと思っていた。

 談笑している中、高木が真剣な顔をしながらプロデューサーに聞いた。

 

「で、いつまでいられるんだい。私としては四月まで居てほしいのが本音だ。けどそれが難しいということもわかっているがね」

 

 手に持っていたマグカップを机に置いて、プロデューサーも真面目に答えた。

 

「多分今年一杯かと。自分も四月まで居たいと思っていましたが、どうにも無理そうです。正直に言うと、こちらで赤羽根やあいつらの成長を見守っていたいという自分と、向こうでの仕事が楽しみで仕方がない自分の二人がいます。まあ、情ってやつですかね」

「そうか。しかし、同じ業界で仕事をするんだ。会う機会も多いだろう」

「それはそれで怖いですが」

 

 笑いながらプロデューサーは言った。ああそれと、と言いながら、

 

「今日、美希にそのことを伝えました。いつとは言ってませんが」

「そうかい。他の子達にはいつ?」

「ここは去る前には言おうかと」

「いいんですか先輩。美希に教えても」

「今回は特別だ」

「今度は美希ちゃんを特別扱いですか。貴音ちゃんが何か言ってくるんじゃないですか?」

 

 小鳥が面白そうに聞いてきた。先程と立場が逆転し、今度は彼女がニヤニヤしながら彼を見ている。

 

「よしてくれ。貴音に関してはこれでもかってぐらい特別扱いをしてるんだ。堪ったもんじゃない」

「まあ今回で痛い教訓を得たプロデューサーもわかったことでしょうし。では、ここで同じ女性である私からアドバイスを」

「ほう。では律子プロデューサー、ご教授をお願いします」

 

 頭を下げるプロデューサーに対して、こほんと律子言いながら、

 

「女の子は怖いですから、油断していると何をしてくるかわかりません。特にプロデューサーは女性に対する扱いに差があるので気を付けましょう」

「そんなに差がある? 俺?」

『はい(そうだね)』

 

 プロデューサーの問いに対して全員が答えた。

 どうやら味方はいないらしい。プロデューサーは諦めてコーヒーを飲む。

 では、と高木が立ち上がりなら言った。

 

「時間も遅いし、どうだね。これから皆で食事はどうだろうか。もちろん、私の奢りだ」

 

 それを聞いてまっさきに小鳥が手をあげた。

 

「はい、行きます!」

「音無さん……」

「大人気ないんだから」

「ま、まあ。小鳥君に関してはいつものことだから……遠慮というモノを知ってほしいがね」

 

 乾いた声であははと笑う高木。

 

「もちろんキミも来るだろ?」

「あ、俺は先約があるんで無理です」

「えー! プロデューサーさん付き合い悪いですよ!」

「先輩も行きましょうよー」

「じゃあ私も……まだ未成年ですし……」

 

 律子も逃亡を図ろうとするがプロデューサーに阻止された。

 

「これも勉強だ。ただ飯が食えると思えばいいさ」

「本人の前でそういう事は言わないでほしいんだがなあ」

「すみません。代わりに戸締りはしていきますから」

「わかった。じゃあよろしく頼むよ」

「むー」

「はいはい。音無しさん、行きますよ」

「それじゃあプロデューサーさん。また明日」

「ああ、お疲れさん」

 

 四人を見送って事務所に一人残ったプロデューサー。行けない理由はもちろん貴音だ。どんな顔をして待っているかは想像が付かないが、料理を作って待っている。いつかの過ちは繰り返さない。

 プロデューサーは机の上を整理し、窓の施錠や給湯室を念のため見回った。問題はなく自分も帰ろうとロッカーを開ける。

 

「あっ」

 

 つい声を漏らしてしまう。そこには、今日美希とデートで購入した服が入った袋があった。

 

(しまった。美希のやつも一緒に持ってきてしまった。ふむ)

 

 少し考え込むプロデューサー。持ち帰ったら貴音に何を言われるかわからない。では自分のだけはどうだ。駄目だ、不審がられる。悩んだ結果、後日渡すことにしようと決めた。

 プロデューサーはそのままロッカーの扉を閉め、電気を消し事務所の扉に鍵をかけてマンションへと帰宅した。

 

 

 その頃。美希は家に帰宅し、お風呂に入ってから食事を済ませていた。自分の部屋のベッドで仰向けになりながら右手の小指を見てはニヤニヤと笑ってた。

 

(約束、か。えへへ)

 

 公園で交わした約束を思い出しなら美希は嬉しそうに笑う。

 

(我ながら簡単にコロッといっちゃったな……)

 

 デートに行く前はどうやって辞めてやろうか、なんて考えていた。しかし今はその真逆。あの人の事が気になってしょうがない。嫌っていた筈なのに今は違う。だからこそ、貴音に宣戦布告をしたのだ。

 

(貴音ってプロデューサーとデートしたことあるのかな)

 

 ふとそんなことを思った美希。していないのなら自分が一歩リードしている。でも、あの人の時間は貴音がずっと前を進んでいる。

 

(やっぱり後悔してるのかな……でも、これからなの)

 

 落ち込むどころか、その逆だった。恋する乙女、と言えばいいか。美希は燃えていた。

 美希は今日撮ったプリクラを手に取る。結局、プロデューサーには落書きしたモノを見せていない。三枚目に「ぷろでゅーさーのバカ」と書かれている。

 初めてみたあの人の素顔。

 

(意外と可愛い顔してるの)

 

 サングラスをかけている写真を比べる。サングラスをかけるとこうも違うことに驚く。

 

(今度はちゃんとしたのを撮りたいなあ)

 

 用はまたデートがしたいと思っている美希。

 けど今はと、放り出していた音楽プレイヤーとヘッドフォンをつけ、ライブに向けて歌詞を覚える。

 

(明日からもっと頑張るの。そしたら、ちゃんと褒めてくれるかな)

 

 美希は期待に胸を膨らませながら、気付かぬうちに眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 




美希の扱いに関しては捻りもないこんな感じに落ち着いてしまった。プロデューサーが全面的に悪い部分が多く、そこはもっとしっかりとすればよかったと反省しています。

前にどこで書いたと思うのですが、本作の美希は原作より天才設定にしています。ですので余裕というか、慢心?しているところが大きいです。

最後の警察のやり取りはいらなかったかな……? デレマス編に入ることを前提の設定しているのでまあいいかと思って入れました。
なんでコマンド―かと言うと、ニコ動ではあとコブラの吹き替えがあるからかな。好きなんですよ、私。
設定ではプロデューサーの憧れる人物はシュワちゃんという設定にしています。あとでプロフィールみたいのをつくる予定です。文字数があれば注意事項と一緒にできるのですが……

あと、貴音の「私」を「わたくし」に戻しました。あとで他の話も修正しておきます。

で、次回アニマスのライブ回。やっと半分といったところでしょうか。
ただ更新はかなり遅れると思います。
現在、デレステのイベントに全力で走っているのが原因です。今の順位をキープしつつ上を目指しているのでかなり疲れてます。

できれば一週間以内には更新したいなあ……

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