銀の星   作:ししゃも丸

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第9話

 二〇一三年 九月上旬

 

 

 この日全国生放送で『芸能事務所対抗大運動会!』が開催されていた。勿論765プロ全員での参加である。

 各アイドルが競技に参加してその得点を競う至ってシンプルなものだ。

 種目としては普通の運動会の内容とほぼ変わらない。参加する種目は事前にアイドル達がやりたいものを選んで決めていた。

 もちろん全員優勝する気でいる。765プロには運動神経がいいアイドルが複数いるのでその可能性は大いにある。

 特に真と響は参加しているアイドル中ではトップに入る。

 今回の主役はもちろんアイドルである彼女達。プロデューサー達はどちらかと言えば、運動会に応援に来た保護者みたいなものだ。

 つまり、始まってしまえばこれと言ってすることがないのである。

 

「暇だな」

「ですね」

「二人とも、いくら私達にあんまり仕事がないからと言って気を抜きすぎですよ」

「律子、堅いことを言うなって。こういうのはな、子供を応援しにきた親の気持ちでいればいいんだ」

「プロデューサーさんは子供いるんですか?」

「いない」

「もう」

「まあまあ。ここは間をとってちゃんとアイドルを応援しましょうよ」

 

 二人は赤羽根の意見に同意して運営から用意された765プロの陣地をみて、二人とも溜息を吐く。

 赤羽根もタイミングが悪いと二人のあとに続いて溜息をもらした。

 何故か伊織と真が口論をしていた。プロデューサーが事情を聴きながら間に入った。

 

「ほら、あずさはビリだったけど目立ってるじゃない!」

「それは伊織の所為だろ!」

「お前らなんで喧嘩してるんだ?」

「プロデューサーも見てたでしょう! あずさはビリだったけど取材も受けたし、まあお客に笑われたけど」

「ああ、そういうことか」

 

 用は順位に関係なくテレビからの取材を受けていたり、注目を浴びるのがよくわかっていないようだ。

 

「プロデューサーは伊織に味方をするんですか!?」

「真も落ち着け。いいか、こういうのはな。如何に目立つかが重要なんだ」

「目立つ? 1位を取るだけじゃだめなんですか?」

「それも大事だ、勝つためにはな。けど、そうだな。例えば真がリレーで他のアイドル達に差を大きく開いて1位を取る。伊織はどうおもう?」

「それは……凄いわよね」

「だろ? そうすればテレビ局だって取材にくる。先程のあずさ君のようにビリだけど面白い絵が撮れればそっちのがいいのさ。まあ、あずさ君のあれは天然だから逆によかったようなものだ」

「つまり」

「どうすればいいんですか?」

「勝てばすべてオッケー」

 

 伊織と真は互いに顔を見合う。

 

「そうよね、最後に」

「勝てばいいんだよね!」

 

 それでいいのか、と赤羽根は心の中でツッコミを入れた。すると律子がやってきて仕事の時間だと告げる。

 

「プロデューサーさん、そろそろ」

「ああ、そうだったな」

「ほら、伊織と亜美はあずさんに合流よ」

「貴音も律子についていけ。律子、頼んだ」

「はい、わかりました」

「では、行って参ります」

 

 ステージに向かう貴音達を羨ましそうに彼女達は見ている。赤羽根も彼女達の気持ちを察したが何も言わない。

 今言ったところで何もならないからだ。

 

(焦っちゃだめだ。むしろ、注目を浴びればテレビにだって映るんだからやりようはある)

 

 赤羽根も今回の企画に765プロが参加できたのは、貴音と竜宮小町の活躍によるものだとわかっている。参加している事務所も今話題のアイドル達ばかりだ。

 言ってしまえば四人以外のアイドル達はおまけ、おこぼれと言われても仕方がないと赤羽根も気付いている。

 

(けどこれは逆に、あいつらにとってもチャンスなんだ)

 

 プロデューサーも言ったように活躍すればそれだけ注目を浴びることができる。

 赤羽根は一回深呼吸をして、彼女達に声をかけた。

 

「なに暗い顔をしているんだ、まだまだ始まったばかりなんだ。皆で優勝目指して頑張ろう!」

 

 赤羽根の声に賛同して彼女達も暗い顔をからいつものいい表情をするようになった。

 そうだよねと皆で声を掛け合う。春香が声をあげて、

 

「よーし、それじゃ皆頑張ろう! おー!」

『おー!』

 

 大きく手を高くあげて叫ぶ。

 そんな彼らをプロデューサーはにんまりとした顔で見ていた。

 

(いい感じに成長してるな。本当、子を見守る父親みたいな感じになってきた)

 

 子供もいないがそんな気持ちも悪くないとプロデューサーは思いながら指示を出した。

 

「さあ、団結したところで次の競技の準備だ。怪我をしないで楽しんでこい。ついでに1位をとってこい」

「えー、そこはついでなのー?」

「こういった事を皆でできるっていうのはとても大事なんだぞ? だから、楽しんでくるついでに勝ってこい」

「そうだぞ。優勝したら先輩がご褒美をくれるんだから、皆頑張れよ!」

「ちょ、待――」

『はーい!』

 

 プロデューサーの言葉をかき消すように彼女達は大きな声で返事をして移動を始めた。

 残されたのは大人二人。

 プロデューサーは目を細めながら睨むように赤羽根をみた。

 

「赤羽根君、どういうことかな? おじさん、ちょっと混乱してるんだ」

「そこは年長者として胸を貸してくださいよー。あいつらもいい感じで取り組んでくれましたし」

 

 ふうと息を吐いていつもの表情に戻りながら、

 

「ま、お前もいい感じにあいつらのプロデューサーとしての役目を果たせてるみたいだし。今回は大目にみてやるよ」

「はは、そうですか」

「ちなみにご褒美の内容は何か考えてるのか? 金を出すのは俺なんだが」

「……やっぱりデザートですかね」

「女、だもんなあ」

 

 二人がそんなことをしている間、競技は何事もなく進む。お尻で椅子に固定された風船を割ったり、騎手の風船を割る騎馬戦。などなど、彼女達は順調に得点を稼いでいた。

 その中で、個人種目で一位をとった美希はほくそ笑む。

 

「これで竜宮小町に入るのに一歩に近づいたの」

 

 一方、仮装障害物競争と言えばいいのか、それに出るやよいの番が回ってきた。スタートする前からカツラを被るアイドル達。やよいもピンク色をしたアフロを被りスタート地点に立つ。

 パァン、とスタートの合図が鳴りアイドル達は一斉に走る。道中にある網をかいくぐり、跳び箱を飛び、一本橋をふらふらと渡る。数名がカツラがとれて脱落している中、やよいは上位を保っていた。

 最後の障害物と言うわけではないが大きな袋に入り、ゴールまでの直線を走る。走ると言うよりは飛び跳ねているのが正しい。

 だが、やよいが被っているアフロのカツラがずれて顔の前に落ちて視界を遮ってしまう。それに慌てたやよいが、隣で走っていた〈こまだプロ〉のアイドルを巻き込んで倒れしまった。

 それを見たプロデューサーは口を丸く開いた。

 

「あちゃー、盛大に転んだようには見えんが……赤羽根」

「はい。こだまプロのプロデューサーに謝罪、ですよね」

「そこまで仰々しくやらんでいい。普通に一言謝ってくればいいさ」

「わかりました。じゃあ、行ってきますね」

「念のため、こだまプロのアイドルの方は俺が行ってくる。春香、少しの間頼んだぞ。何かれば連絡してくれ」

「はい、わかりました」

 

 春香にまとめ役を頼み、二人は目的の場所へ向かった。

 

 同じ頃、競技が終わったやよいはぶつかってしまったこだまプロのユニットである〈新幹少女〉ひかりに称賛と謝罪をした。

 

「あ、あの2着おめでとうございます」

「え?」

「あとぶつかってしまってごめんなさい」

 

 ひかりはカツラをとりながら笑顔で答えた。

 

「いいのよ。765プロも優勝目指して頑張ってるものね」

「はい! ありがとござ――」

「ま、あんたみたいな足手まといがいたら優勝なんて無理だろうけど」

 

 先程の優しい声をした同一人物とは思えないぐらい嫌味な喋り方をして、やよいの言葉に割って入った。

 

「四条貴音と竜宮小町のおかげで参加させてもらっているようなもの。それにあのプロデューサーがいながらまだ名も売れてないことろをみるとあなた、アイドルとして駄目なんじゃない?」

「え……」

「だってそうでしょう? じゃなきゃもっと活躍してるに決まってるもの」

 

 やよいはそれを言い返すことができなかった。服の裾を両手でぎゅっと悔しそうに握る。

 ひかりはそんなやよいを見て言いたいことを言って満足したのか去ろうとした。するとその話で出てきたプロデューサーがやってきて声をかけた。

 

「こだまプロのひかりさんかい?」

「あ、はい。そうです!」

 

 先程のやよいに向けた顔からいつもの営業スマイルを作って返事をした。

 

「うちのアイドルがすまないね。怪我はないかい?」

「はい、大丈夫です。それでは失礼します」

 

 ひかりは内心、今の状況を恐れていた。傍から見れば別の事務所のアイドルに誹謗中傷をしているようにしかみえない。

 早くこの場から離れようと逃げるように足は動いていた。プロデューサーの横を通り過ぎようとしたその時、

 

「あと、何か文句があるなら競技の中で決着(ケリ)をつけてほしいねえ」

「……え?」

 

 プロデューサーは振り返ることなく前を向いたまま続けた。

 

「アイドルならアイドルらしいやり方ってもんがあると思うがね」

 

 言うだけ言ってプロデューサーはやよいの下へ歩いて行く。

 

(意味がわかんない! アイドルらしいやり方ってなによ)

 

 ひかりも訳が分からないまま自分の陣地へと戻っていった。

 

 プロデューサーは今にも泣きそうなやよいの前で膝をついた。いつもとは違う優しい声でやよいに聞いた。

 

「やよい、何を言われたんだ?」

「プロ、デューサー……私って足手まといですか?」

 

(成程、そういうことか)

 

 やよいのその一言でプロデューサーは先程のやり取り察した。

 

「やよい自身はどう思ってるんだ?」

「だって私、ポイントも取れなくて皆に迷惑をかけてるし……」

「いいかい、やよいはまだこれからなんだ。身体だってまだまだこれから成長する。率直に言うが、そんなやよいが他のアイドル達に劣ってしまうのはしょうがないんだよ」

「でも……私」

「でもな。さっきのやよいを見ている限り劣っていたり、足手まといだなんて俺は思ってない。上位をキープしていたし、転ばなければ違う結果にもなっていたさ。皆だって俺と同じ気持ちさ」

「本当、ですか?」

「ああ、俺が言うんだから間違いないよ」

 

 そう言われてやよいも少し表情が戻ってきた。しかし、今度は声を震わせながら、

 

「プロデューサー、私アイドルとして駄目なんですか?」

 

 プロデューサーは迷うことなく真剣に答えた。

 

「駄目じゃない」

「言われたんです。プロデューサーがいるのに全然活躍できてないのは私が――」

「やよい」

 

 プロデューサーはやよいにその先を言わせまいと、先程までとは違っていつもの声で言った。

 

「こればかりは俺を怨んでくれていい。俺は貴音のプロデューサーとしてすべてを優先している。やよいから見れば申し訳なさそうに仕事やレッスンをやよい達に与えていたように思われても仕方がない」

「違います! プロデューサーのレッスンは今でも無駄じゃありませんし、仕事だって私達に合った仕事を選んできてくれました!」

「ありがとう。いいかいやよい、アイドルって言うのはそんなに簡単になれるもんじゃないんだ」

「そうなんですか?」

「アイドルとして選ばれる。それだけでも凄いことなんだよ。だからやよい、自分がアイドルとして駄目だとか足手まといか思っちゃだめだ。気持ちを強く持つんだ。気持ちで負けたらおしまいだ」

「プロデューサー……」

 

 ニッコリと笑みを作りながらプロデューサーは立ち上がった。

 

「それに今は赤羽根もいる。大丈夫だよ、あいつがこれからお前らをちゃんと引っ張ってくれる」

「はい!」

 

 やよいもいつものいい笑顔で答えプロデューサーの隣に駆け寄る。

 陣地に戻ると皆がやよいを称賛した。

 

「惜しかったね、やよい」

「もう少しだったね」

「でも、よかったよ!」

 

 誰一人やよいを責める者はいなかった。やよいはプロデューサーの方見て、

 

「な、言ったろ?」

「――はいっ!」

 

 すると赤羽根も戻ってきてプロデューサーに報告した。

 

「で、どうだった?」

「問題ないです。先輩の名前も出したんでいい感じに話が進みました」

「お前もやるようになったねえ」

「いやあ」

 

 赤羽根は先程あった事をプロデューサーに話始めた。

 こだまプロの陣地と思われるとこに着いて件のプロデューサーを探した。当然初めて会うわけだから面識がない。自分と同じようにスーツを着ている人間を探し始めた。

 するとすぐに見つかり傍に駆け寄って声をかけた。

 

「すみません、こだまプロのプロデューサーでしょうか?」

「ええ、そうですが」

「失礼しました。私、765プロで同じくプロデューサーをしている赤羽根と申します」

 

 765プロと聞いてこだまプロのプロデューサーは顔を一瞬悪くした。

 

「あ、ああそうなの。で、どうしたんですか?」

「いや、うちのアイドルがそちらのアイドルとぶつかって怪我をさせていたら申し訳ないと思いまして」

「そうですか。特に本人から言われてないので大丈夫ですよ」

「それはよかった。先輩からも『もしも』があっては大変だと言っておりましたのもので」

「いやいや、大袈裟ですよ」

「アイドルの方には先輩が一応確認のため伺っているので大丈夫だと思いますので」

「あ、そうですか……」

「では、私はこれで。このあともよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ、よろしく頼むよ」

 

 一礼して赤羽根はその場を去り、今に至る。

 

「まあ、特に問題がないならそれでいいさ」

「はい」

(それにこだまプロの株主はあそこだしなあ)

 

 プロデューサーは最悪の事態が起きた場合の対処を既に考えていた。

 

「あ、ステージ始まりましたよ」

 

 それに釣られて会場にある小さなステージをみる、貴音と竜宮小町に他の事務所のアイドル達もそこにいた。

 プロデューサーはそれをみると、

 

「赤羽根、俺は少し用があるからあとは頼んだ」

「それはいいですけど、どこへ?」

「なに、知り合いに会いに行くだけだ」

 

 そう告げてプロデューサーはその場から離れた。会場の出入り口から中に入って展望室に向かう。貸し切られているのか、警備員だと思われる男性が一人いて、彼に停められた。

 

「すみません、こちらは許可がない方は通すわけにいきません」

「許可は貰ってるんでね。なんだったら確認を取ってもらっても構わんよ?」

 

 平然と言っているが嘘である。彼はそれを鵜呑みにしてわかりましたと扉をノックして開けた。

 

「なんだ?」

「申し訳ありません。お客様がお見えに……」

「客だと? そんなことは――」

「どうも、お久しぶりです」

「あ、困りますよ!」

 

 警備員の後ろから身を乗り出してプロデューサーは久しぶりの挨拶をした。

 961プロダクションの社長である黒井に。

 

「構わん、そいつは客だ」

「わ、わかりました。では、私はこれで」

 

 そう言って警備員はおどおどしながら扉を閉めた。

 そんな警備員の態度にふんと鼻で笑い、展望室から再び会場を見下ろす黒井。

 プロデューサーはそんなことを気にせず彼の隣に歩いて行く。その態度は大きく見えるだろう。右手をポケットに入れながら彼は黒井の隣立つ。黒井はそのことを気にも留めず、

 

「随分と色々と派手にやっていたようだな」

「色々とは?」

「惚けるな。で、アレがお前のアイドルか」

 

 アレとは会場の大型スクリーンに映る貴音を指していた。

 プロデューサーはええと答えた。

 

「〈銀色の王女 四条貴音〉。数か月にしてトップアイドルの世界に足を踏み入れたアイドル。今活動しているアイドルの中ではトップに入ると言っても過言ではない。お前なら当然だろうな」

「どうしてそう思うんです?」

「ふん! お前のことは嫌でも耳に入るからな」

 

 プロデューサーはその言葉の意味を理解していた。

 

(素直じゃないなあ、相変わらず)

 

 自分が元961プロの社員(・・・・・・・・・)で彼の懐刀やら後継者と言われていた所為で、何かあれば噂で彼の耳に入るのは知っていた。それに、彼も自分の事が気になっていたのだろうとプロデューサーは予測をした。

 

「それにお前がやってきた功績も知っている。テレビ局での仕事や今活動している有名アーティスト、アイドルもお前がやったということはな」

「この業界の生き抜き方はあなたから教わりましたから、当然ですよ」

「ふん、どうでもいいことまで憶えおって」

「そうですか? 俺には見て覚えろって言っているようでしたけどね」

「相変わらずの減らず口だ」

 

 ははっと笑うプロデューサー。すると会場がいきなり暗くなりステージだけに照明が当てられた。それを見て、プロデューサーも先程の黒井と同じ事を言った。

 

「アレが黒井さんのアイドルユニット〈ジュピター〉ですか。男性アイドル、ということはそういうこと(・・・・・・)で?」

「お前に話す気はない」

「つまりそういうことですね。で、今まで961プロがアイドル以外の部門で活動してきたのにアイドル部門を作ったのは……順一朗さんに対しての宣戦布告ですか?」

「……」

 

 黒井は無言だった。プロデューサーはそれが答えだと理解しつつ続けた。

 

「遠目からですが彼らは良いユニットだと思います」

「当然だ。私が選んだのだからな」

「あなたのその『人材の素質を見抜く目』と『スカウト能力』、そして『経営手腕(ビジネスセンス)』は俺も尊敬しています。ですが」

 

 プロデューサーは黒井の方へ向き、真剣な眼差しで告げた。

 

「アイドルは道具ではありません。確かに俺達の視点から見ればアイドルは商品です。ですが、道具じゃない」

「つまり、何が言いたい」

「彼らを使って何かしようとしているのはわかっています。アイドルとしてそれを行うのは構いません。ですが、道具として使うのはやめてください。それはいつかあなたを不幸にします」

「不幸、つまりこの私が自分の策に溺れて失墜すると。そう言うのか!」

「ええ」

「ふん! 少し見ないうちにデカいことを言うようになったではないか」

 

 プロデューサーは表情を崩さず続ける。

 

「この業界ではいきなり何かが起きても不思議じゃない。もしかしたら相手先がそちらの方がいいと判断したという可能性もある」

「何が言いたい」

「我が765プロアイドルに直接危害を加えなければなにもしません。しかし……」

 

 プロデューサーの今までの雰囲気とは一転、相手を威嚇するように警告した。

 

「危害を加えるようなことをしたのであれば俺は全力であなたを潰します」

 

 黒井もプロデューサーの威圧に負け劣らぬ目で彼を睨む。

 

「お前にそれができると?」

「それだけの力は持っているつもりです。それにあなたが俺に教えたことです」

 

 黒井は何も言い返さなかった。ただ睨め合っている時間が過ぎている。

 すると放送で正午になったので休憩が入ると伝えられた。

 それでも微動だにしない二人。先に口を開いたのは黒井だった。

 目線はプロデューサーの左手にある腕時計を懐かしそうな目でみながら、

 

「まだ、持っていたのか」

「ええ。二十歳になってあなたが初めて俺に送ってくれたモノですから」

 

 ――二十歳になるのだから腕時計の一つぐらい身につけろ。ま、今のお前にはまだそれに見合うほどの男ではないがな!

 

 腕時計を送ってきてもらった時に言われた言葉を思い出す。

 

(俺はこれに見合うほどの大人になれただろうか)

 

 答えてくれる人は目の前にいるがそれを言ってくれる人間ではないことは知っていた。

 プロデューサーは腕時計を見て予定より時間が過ぎていたことに気付いた。

 

「では、俺はこれで失礼します」

 

 一礼して扉に向かう。それを黒井が引き留めた。

 

「今ならあのアイドルと一緒に移籍すれば、いい待遇で迎えるぞ」

 

 ドアノブに手をかけてプロデューサーは振り返る。

 

「それも悪くないですね。けど、あいつはそういうのを好かない奴ですし」

 

 ドアを開けて廊下に出るとプロデューサーは思い出したように、

 

「それに次の就職先は決まっているんで」

「それはどういう……」

 

 答えを聞く前にプロデューサーは既にいなくなっていた。

 それから少しして、ジュピターの三人がやってきた。

 

「なあ、社長」

「なんだ」

「さっき、サングラスをかけたおっさんとすれ違ったんだが知り合いか?」

 

 知らんといつものように一蹴してしまえばいいはずなのに黒井の口は動いていた。

 

「昔世話をしてやった生意気な若造だ」

「それってどういう意味だよ?」

「答える義理はない。次の現場にいくぞ」

 

 もうここに用はないのだからなと三人に告げた。

 

 

 陣地に戻ったプロデューサーを待っていたのは悲しい出来事であった。

 

「で、俺の弁当は?」

『……』

 

 一人を除いて視線を逸らす。弁当はちゃんと人数分頼んであり余るはずもない。皆その手に弁当を持っている。しかし目の前に食べ終わった弁当箱が一つ、その手に弁当箱を持ちながら食べているアイドルがいる……貴音だ。

 もぐもぐといつもと変わらない顔で口と箸を動かしている貴音。プロデューサーは貴音の微妙な変化に気付いた。

 

(なんか機嫌が悪いような……)

 

 そんなプロデューサーを見かねて、隣に座っていた響が耳元で彼に教えた。

 

「多分、さっきのステージを見てくれなかったらだと思うぞ」

「なんでそう思うんだ?」

「ステージが終わってきて真っ先にプロデューサーはどこですかって聞いてきたんだか多分そうだぞ」

「えぇ……」

 

 ちらりと再び貴音の方を見る。無言、ただひたすら食べているだけである。

 触らぬ神に祟りなしと言われているようにプロデューサーは胸ポケットからココアシガレットを取り出した。

 

「これで我慢するか」

「自分の分けようか? 少し食べちゃってるけど」

「気を遣わなくていい。お前にはこのあとしっかりと動いてもらわなきゃいけないしな」

「プロデューサーがそう言うならいいけど……あ、876プロの三人が差し入れでおかず持ってきてくれたからそれ食べるか?」

「……へえ」

 

 876プロの名前は知り合いからの情報で聞いていたし、実際に面識はないが彼女達には交流があったことは話では聞いていた。

 向こうもなんで態々押してくれたのかと聞くと、

 

『あの日高舞の娘がアイドルになった』

 

 一部の芸能関係者の間では話題になったのをプロデューサーも覚えていた。

 ただ本人には失礼だが、それだけだった。

 プロデューサーもそれ以上のことは調べなかった。

 奥に座る日高愛を見て、

 

(娘か……本当にバケモンだな、日高舞は)

 

 娘である愛の年齢から逆算すると彼女が生まれたのはまだ日高舞がアイドルして活躍していた時である。引退したのは十六歳。つまり、アイドル活動中にヤらかしたことになる。

 

「……サー、プロデューサー?」

 

 すると目の前にエビフライをつまみながら響が首を傾げていた。

 

「エビフライ嫌いなのか?」

「いや、ただちょっと考え事」

「そうか、ならいいんだ。はい、あーん」

 

 プロデューサーはそれを普通に受け入れた。口の中でサクサクとした触感がいい。少し冷めてはいたが。

 

「やっぱエビフライはサクサク感が大事だよな。一度温めるとふにゃふにゃになる」

「自分もそれわかるぞ。もう一個食べる?」

「頼む」

 

 二人がいい雰囲気の中、周りは逆だった。貴音が食べ終わった弁当箱をずっと手に持ったまま先程からプロデューサーと響を見ている。

 貴音から発せられる言葉にはできないプレッシャーに当てられて皆も会話をすることができない。

 なぜ、楽しい昼食がこんなことになってしまったのか。

 そう思った律子は赤羽根に貴音に聞こえない声で言った。

 

「なんとかしてくださいよ!」

「無理、絶対に無理。賭けてもいいぞ」

「私だってそっちに賭けますよ……」

「とりあえず、弁当を早く食べて避難するしかない」

「そうですよねぇ」

 

 一方、この空気を初めて味合う876プロの三人は声を震わせながら春香に聞いた。

 

「あの、いつもこんな感じなんですか?」

「え? う、うん。今日は特別こんな感じかな!」

「そ、そうなんですか」

「こ、怖い……」

 

 最後までこの状態は続き、午後の部開始前に中間発表が公開された。765プロは2位のこだまプロに少しの差で1位をとっていた。

 それに喜ぶ彼女達はますますやる気に満ち溢れていた。

 

 午後の部の最初の種目は借り物競争で個人と二人三脚の二つがあった。個人では貴音が、二人三脚では真と伊織のペアで出ることになった。

 まず初めに個人がスタートする。貴音はペースを抑えているのか参加者の真ん中辺りを保ちながら落ちているお題の紙を拾った。

 すると貴音は真っ直ぐ765プロの陣地に向かってきた。それを不思議な思ったプロデューサーは隣にいる赤羽根に話を振った。

 

「なんでこっちにくるんだ?」

「さあ、お題でなにかあったんじゃないですか? 物とか、そういうのをとりに」

「それもそうだな」

 

 その予想は当たっていた。が、意外だったのは貴音がプロデューサーの前で止まったからだ。

 貴音はプロデューサーの手を取り走り出した。

 

「あなた様行きますよ」

「え、ちょっとなんでだっ」

「いいから!」

 

 貴音に引っ張られて走り出したプロデューサーだったが、お題が自分に関係しているのだろうと推測して真面目に走る。

 気付けばすぐに貴音と並走していた。走りながらプロデューサーは愚痴を零した。

 

「あんまりおっさんを走らせないで欲しいんだがなあ」

「あらそう言っている割には余裕ですよ?」

 

 息も整っているし嫌な顔をしつつも疲れは見えない。プロデューサーは自信を持って言う。

 

「自慢じゃないが俺は100mを5秒フラットで走れるからな」

「そうなのですか!? それは驚きです」

「いや、冗談だ」

 

 最近の若い子、特に女に言ってもネタが通じないことがわかっていても、つい好きな台詞を言ってしまう自分が恥ずかしい。

 プロデューサーはそう思いながら前を向いて真面目に走る。

 貴音は視界に他のアイドル達がお題の品物を持って自分達より前を走っているのに気付いた。

 

「む、少し危ないですね……あなた様、少し速度をあげます」

「はいよ、お手柔らかに頼む」

「――いきます!」

 

 声が合図の代わりを果たし、グッと脚に力を込めて貴音は速度上げた。貴音に続いてプロデューサーも速度上げる。

 それに実況者が気付き、

 

『おおっと! 765プロの四条選手凄い追い上げだ! 隣にいるのはプロデューサーでしょうか、二人とも前方を走る選手に追いつき……抜いたぁ! そして、今ゴール! 1位は765プロの四条選手だ!』

 

 観客席から歓声が上がる。貴音のも息を落ちつけながら手を振ってそれに答えた。

 隣に立つプロデューサーは息をあげておらずいつものように落ち着いていた。

 するとスタッフがお題の内容を確認しに来た。

 

「一応お題の確認をします」

「はい、こちらです」

「……はい、大丈夫ですよ。1位おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

 そのあとテレビ局が貴音をインタビューしにきて、軽く受け答えしたあとに二人は陣地に戻る。

 お題の内容を知らないプロデューサーは気になって貴音に聞いた。

 

「で、お題の内容はなんだったんだ?」

「ふふっ、秘密です」

「あ、そう」

 

 貴音はプロデューサーから見えないように手に隠してあるお題の紙をみる。

『事務所で頼れる人』そう書いてあった。

 それを見て、貴音はニコニコと笑顔を浮かべていた。

 

(機嫌がいいな……1位を取れて嬉しいのか)

 

 先程とは違う雰囲気で内心ほっとしていた。

 二人が陣地に戻ると今度は二人三脚が始まった。

 最初は喧嘩もしていたが優勝をするという共通の目標があるためか、問題なく二人は息を合わせて走っている。

 お題の紙を拾い、互いに一度かを見合わせた。すると、似たような光景がまた起きた。

 

「おいおい、またこっちに来るぞ」

「今度は何なんですかね」

「俺と来たらお前だろ」

「いやあ、そんなことあるわけないですよ」

 

 だがプロデューサーの言う通り、赤羽根の前に二人は止まった。

 

『赤羽根P!』

「なんだ?」

「なんだ、じゃわないよ!」

「早くしてください!」

「わ、わかった。わかったからそう急かすな!」

「いってらっしゃーい」

 

 ゴールに向かって走る三人にプロデューサーは手を振って送り出した。

 貴音の時と同様にお題は早くに解決したが他のアイドル達に先を行かれてしまっている。

 真一人なら問題ないが今回は二人三脚。パートナーが響なら今からでも1位を目指せるだろうが相手は伊織だ。伊織が遅い訳ではないがやはり伊織に合わせて真は走っている。

 

(まずい、このままじゃポイントがとれない!)

 

 真は焦っていた。けど、今から速度をあげれば1位じゃなくてポイントがもらえる3位には入れるかもしれないと思いペースをあげようとする。

 

「伊織、ペースを上げるよ!」

「ちょ、待って真! そんな急に――きゃああ!」

「うわっ!?」

 

 功を焦ってしまった真は伊織が引っ張られるように走っていることに気付かなかった。それが原因なのか二人を縛っていたヒモが千切れ、真は前に、伊織は赤羽根を下敷きにして後ろに転んでしまった。

 

『おおっと、765プロゴール直前で転倒! そして、今新幹少女が1位でゴール! これで逆転です!』

 

 実況の声で状況に気付いた伊織は真に怒鳴ろうとした。

 

「ちょっと、真あんたの所為で……ってどうしたの?!」

「真、大丈夫か?」

「いてて、すみません。膝からいっちゃったみたいで」

「ちょっと待ってろ!」

 

 右足を抱える真。膝が赤くなっているのを心配して赤羽根は氷を持ってくると告げて二人から離れる。

 伊織は真に肩を貸しながら歩き出す。

 

「真、アンタ大丈夫?」

「大袈裟なんだから……」

 

 真に合わせながら伊織も歩き始めた二人に新幹少女の三人がやってきた。

 やよいの時と同様に二人を煽る。

 

「あら、また転んだの?」

「調子に乗ってるからこうなのるのよ」

「ですから、このまま―――!」

 

 二人と一緒に煽ろうとした新幹少女ののぞみは真を見て……禁断の恋に堕ちた。

 煽るどころから真を心配して自分のハンカチを渡して急に走り出し、他の二人も訳が分からずのぞみを追う。

 残された真と伊織は呆気にとられて、その場に立ち尽くした。

 

 律子の応急手当が済み、赤羽根が持ってきた氷が置かれる。律子は辛いが真に告げた。

 

「正直に言って、この怪我で全員リレーに出れるかはわからないわ」

「大丈夫だよ、少し休めば走れる」

「無理しちゃ駄目よ。悪化しちゃうかもしれないでしょ?」

「でも、全員リレーで1位を取らなきゃ優勝できないんだ。それに……」

「それに、なに?」

 

 その問いに伊織が代わりに応えた。

 

「新幹少女の奴らに言われたのよ。調子乗ってるからこうなるんだとか優勝は諦めなさいって。そんな事できるわけないじゃない!」

「!」

 

 伊織の言葉にやよいが反応した。やよいは何かを言おうとするが迷っていた。

 それに気付いたプロデューサーがワザとらしく、

 

「なんだ、また新幹少女になにか言われたのか?」

「ちょっとまたって何よ」

「あ、やべ」

 

 ワザとらしい振る舞いをしながら口を押える。伊織や他の子達もプロデューサーからその事を問い詰めようとする。

 そんな時、やよいはプロデューサーの視線に気づいた。何か自分に求めているような目をしていた。

 

(プロデューサー……!)

 

 やよいは何を言っていいかわからないが自分が何かしなくちゃいけないと思い、大きな声を上げて皆に言った。

 

「私が! 私が新幹少女に言われたんです」

「やよい……?」

「私が足手まといだから優勝なんてできないって。でも私、足手まといでも勝ちたいです! 皆と一緒に優勝したいです!」

 

 普段大人しいやよいとは違う姿に皆が驚いた。

 けれどもそんな事など関係ないように皆がそれに賛同した。

 

「そうだよ、私だって皆と優勝したいもの」

「私も高槻さんと同じ意見よ」

「ここまで来て、負けるのは嫌ですしね」

 

 皆の反応にやよいは嬉しくてたまらない顔をしていた。真も椅子から立ち上がり、

 

「律子、僕も出るよ。そして、勝ってくる」

「真……こんな状況で駄目なんて言える訳ないでしょ」

 

 一致団結した彼女達を見て赤羽根は微笑む。

 だが、それを壊すように新幹少女のプロデューサーから呼び出される赤羽根。

 誰もいない更衣室で八百長を持ちかけられた。

 

「別にそう言ってる訳じゃないよ。ただ、ここでそちらが優勝するよりうちが優勝した方がテレビ的に盛り上がるって話、ね?」

「……すみません、少し失礼します」

 

 赤羽根は自分の携帯を取出して、社長に電話をかけた。社長はすぐに出て、赤羽根は今置かれている状況を説明し判断を仰いだ。

 まさかの行動に相手も嫌な顔をした。

 

『ふむ、状況は理解した。で、キミはどうしたいんだね?』

「俺はあいつらにそんな真似はさせたくありませんし、言いたくもありません」

『そうだね。彼も君と同じことを言うだろう』

「はい。ですから」

『わかった。キミの好きなように動きたまえ』

「ありがとうございます」

 

 電話を切り、再びこだまプロのプロデューサーと向き合い赤羽根はハッキリ言いきった。

 

「この話は聞かなかったことにします。はっきり申し上げればそちらだって勝つ見込みは十分あると私は思いますよ。それでも勝つのはうちですが。では、失礼します」

 

 赤羽根はその場を去り残されたこだまプロのプロデューサーは目の前にあったロッカー蹴った。

 

 

 こだまプロのプロデューサーは描いていたシナリオと違うことに苛つきながら会場の中の通路をずかずかと歩いていた。

 

(どうしてこうなったんだ! 予定が全部狂ってしまった!)

 

 765プロにあのプロデューサーがいることは知っていた。が、後輩がいることも今日初めて知ってそこに弱みを漬け込もうと考えていた。

 彼は焦って声を出してしまう。

 

「業界のルールってもんを知らないのかあの若造は!」

 

 彼が焦っているのは担当ユニットである新幹少女からも頼まれたということもあるが、何よりも事務所からの自分に対する評価のが心配だったからだ。

 

(これは非常に不味い! 最悪私の立場が……!)

 

 すると自分が歩いている先の壁に寄り掛かっている男が視界に入った。その姿を見て息をのむ。

 男は自分より年下でプロデューサーとして名をあげていて、その恐ろしさも知っていた。

 この業界は実力社会だ。相手が年下であろうと自分よりいい成績を出せば喰われる。

 だからこそ、腰を低くして声をかけようとした。自分でも言った業界のルールに忠実に従って。だが、自分が言う前に先に言われてしまった。

 

「これはこれは、こだまプロのプロデューサーではありませんか。どうしたんです? まるで事が上手く運ばなかったような顔をして」

「い、いやあ765プロのプロデューサーさんではありませんか。お噂は聞いておりますよ。別にこれと言って何もありませんよ、あはは」

 

 汗が止まらない。もしかして気付いているのかと疑う。スタッフを経由させて呼び出したのがばれているのかと彼はビクビクしていた。こんな状況で足が震えてないのが意外だった。

 

「大方、うちの後輩に何か持ちかけたんでしょうが残念でしたね。あいつは真面目な男なんでね。断られたでしょ?」

 

 バレてる。彼はわかっていてもなんとかこの場所から逃げと必死に言い繕う。

 

「さ、さあ? 何のことですか? 私にはさっぱり……」

 

 目の前の男は笑っている。サングラスではっきりと目は見えないがこちらを真っ直ぐ捕えている、いや捕えられていると感じた。

 

「しかしね、アンタは最初から詰んでるんだよ。うちと何かやり合おうとした時点でアンタの負けだ」

「それはどういう……」

「出てきていいぞ」

 

 そう言うと男の後ろの角から一人の女が出てきた。確か765プロの竜宮小町だったはず。そのリーダーの水瀬……。

 

「水瀬……水瀬伊織!?」

「そ、アンタのとこのこだまプロの親会社の筆頭株主。こう言えばわかるでしょ?」

「は―――っ!?」

「と、いう事なんでね。あとはうちに勝てるのをアイドル達に頼むことだな。ま、無理でしょうけどね。うちのアイドルは怒らせると怖いんだ」

「ふん! 一言余計よ!」

 

 そう告げて二人は彼から離れて行った。彼はただ一言魂が抜けたように呟いた。

 

「終わった……」

 

 

 こだまプロのプロデューサーと別れて会場に戻りながら伊織はプロデューサーに呆れるように言った。

 

「もう、いきなり散歩しにいくぞって言うから付いてきてみれば。はっきり言ってよね、もう」

「流石に皆の前で、脅しに行くから付いてこいなんて言える訳ないだろ?」

「それはそうだけど。アイツもいいところあるわね」

「赤羽根か? 予想通りいい感じに成長してるよ。伊織はどう思ってるんだ?」

「ま、今日の所は認めてあげる」

「素直じゃないねー」

「ふんだ」

 

 ぷいと伊織にそっぽを向かれる。が、すぐに伊織は思い出しようにプロデューサーの方に向いて聞いた。

 

「にしてもアンタ、よくあそこの親会社の株主が水瀬グループだって知ってたわね」

「ま、この業界のことは色々知ってるんでね」

「つまり、最初からこうなっても大丈夫だったってことじゃない!」

「そうなるな」

「態々こんなことをしなくても最初からそうすればよかったじゃないのよ!」

「あんまり事荒立てなくないんだよ。それにお前だって、家の名前を使うのは嫌だろ?」

 

 伊織は自分自信の力でトップアイドルを目指すと決めて親に告げずアイドルになった。だから、いざとなったら家の力を使うのには正直言って嫌であった。

 

「うぅ、それもそうだけど……」

「それにお前の父親にももしもの時は力を貸すって約束してもらっているから、こんなのに使うのはなあ」

 

 意外な言葉が出たことに伊織は驚き、プロデューサーに噛みつくように迫った。

 

「ちょっと、なんでここでパパが出てくるのよ?!」

「やっぱり自分の娘が可愛いんだろ?」

「……」

「それに俺も面識はある」

「嘘でしょ?! なんでアンタがパパと面識あるのよ?!」

 

 予想外のオンパレードで伊織も喉が枯れてきた。

 

「お前も知ってるだろ? うちの社長と会長、お前の親父さんと親友だって」

「ええ、そのおかげで私もこうしてここいるわけだし」

「結構前だけどな、二人に連れられて参加したことあるんだよ。お前ん家のパーティー。そこで俺を紹介されてな。それから会ったことはなかったんだがお前がアイドルになるにあたって報告と挨拶にいったら……意外と驚かれたな」

「アンタって本当どんな人生歩んでるのよ……」

「普通だよ、普通」

 

 自分の隣に立つ男が予想外の存在であったことを改めて目の当たりにして頭を抱える伊織。

 ちょっと待ってと伊織が、

 

「パーティーに来ていたなら私のことも……って!」

 

 言い切る前にプロデューサーは走り出した。

 

「ちょっと待ちなさいよ! は、速?!」

 

 気付けばプロデューサーは遥前方、伊織は置いていかれた。結局、その質問の答えは教えてくれなかった。

 

 そして、全員リレー始まる少し前。彼らは円陣を作って最後の確認を赤羽根が行っていた。

 

「まず、第一走者は響だ。とにかく差を開いて次に渡すんだ」

「任せるさー!」

「こんな事を言うのは失礼だが途中、足が遅い子と速い子の交互に順番を組んでいる。けどこれが、俺達が勝つ唯一のプランだ」

「ま、それが妥当だな。といってもあとはお前達次第だ」

 

 プロデューサーが赤羽根に同意しながら皆をみて言った。

 

「最後は真だ。いけるな?」

「はい!」

「よーし、皆行ってこい! 優勝すれば先輩からのご褒美が待ってるぞ!」

『おーー!!』

 

 皆手をあげて気合を入れている中、プロデューサーは貴音の異変に気付いた。

 キュピーンと目を光らしているような幻覚をみて目頭抑えた。

 すると貴音が赤羽根の前まで来て尋ねた。

 

「赤羽根殿、それは本当なのですか?」

「あ、ああ。そうだけど……」

「ふふっ、気分が高揚してまいりました。響、髪留めはありますか?」

「予備のリボンだったらあるけど」

「ではお借りしてもいいですか?」

 

 いいよと言いながら自分のバックから予備のリボンを貴音に渡す。口でリボンを咥えて髪を束ねてからリボンで縛る。ポニーテールをした貴音の出来上がりだ。

 

「あなた様?」

「な、なんだ」

 

 急に声を掛けられてビクッと体が反応した。

 

「今度はしっかりと見ていてくださいね?」

「……しっかりと拝覧させていただきます」

 

 貴音から放たれたプレッシャーに当てられ、年上であるプロデューサーが頭を下げて貴音を見送った。

 赤羽根と律子は同情するような目で見つめていた。

 

(手持ち足りるかな……)

 

 目が虚ろになっているプロデューサーの肩に響が背伸びしながら手を置いた。

 

「プロデューサー、どんまい。でも、ちゃんと勝ってくるから安心するさあ」

「慰めになってないさあ」

 

 そして、最後の種目全員リレーが始まる。

 スタートの合図と同時に一番に飛び出したのは新幹少女ののぞみ。

 のぞみは走りには自信があり、余裕の表情を見せながら走る。

 

(よし、スタートは最高! あとはこのまま――)

 

 だがその時、一陣の風がさっと吹き、のぞみの髪がふわっと持ちあがった。

 のぞみは途端に、

 

「嘘ぉ!?」

「本気でぶっ飛ばすさあ―――ッ!!」

「よし!」

「ま、当然だよなあ」

 

 応援している赤羽根はガッツポーズをし、プロデューサーは当然だと目の前の光景を眺めていた。

 響は誰にも追いつかせることなく二番手である貴音にバトンを託した。

 

「貴音っ!」

「任されました!」

 

 貴音はメンバーの中では真ん中ぐらいの速さだ。といってもそれは今までの話だ。

 プロデューサーも貴音の全力で走る姿は見たことがないが、今目の前で走っている彼女は……本気(マジ)だと言う事はわかった。

 それを目撃してプロデューサーはお腹を抑えながら痛そうに言う。

 

「うぅ、腹が裂けるように痛い。これは医者に行かなければ死んでしまう……」

 

 その場を離れようとするが赤羽根と律子がそれをさせなかった。

 

「先輩、最後まで」

「見届けましょうね?」

「痛ぇよ、これはヤバイって」

 

 必死の抵抗も無駄に終わってしまった。

 貴音は次の走者である雪歩にバトンを渡した。雪歩は走るのが得意ではない。先の二人が稼いだ分を後続が距離を縮める。雪歩の次である美希に渡す頃には追いつかれてしまった。

 

「ごめんなさい!」

「あとは任せるの!」

 

 だが美希はそれを覆す。次の走者であるあずさの負担を少しでも減らすためにできるだけ距離を稼ぐ。

 

「あずさよろしく!

「はぁはぁ、抜かれちゃった――!」

 

 それでもあずさは必死に走る。その胸に大きな重りがあるがあずさ自身は運動が得意ではないから仕方がない。

 

「取り返してぇ!」

「任せてー!」

 

 亜美にバトンを渡し、差を縮める。次の走者は真美。二人のバトンの受け渡しは一番よくできているようにみえる。

 

「ミラクルバトンタッチ!」

「ミラクルバトンキャッチ!」

 

 真美はトップ集団に並びながら次の春香にバトンを渡す。

 

「はるるん!」

「うん!」

 

 普段はどうでもいいところで転んでしまう春香。だが肝心な時に転んだことは一度もない。

 上位をキープしながら春香は千早にバトンを渡した。

 

「千早ちゃん!」

「ええ!」

 

 千早は真と響で隠れがちだがそれなりに体力もあるし足も速い。

 トップ集団の中で先頭をなんとか維持しながらやよいにバトンを繋げる。

 

「高槻さん!」

「――はい!」

 

 千早にバトンを渡され全力で走るやよい。すると後ろから新幹少女のつばめが追い抜く際に罵声を浴びせた。

 

「邪魔よ、足手まとい!」

「っ!」

 

 その一声でやよいは少しペースを落としてしまい、後方にいたトップ集団がやよいを追い越す。

 

(やっぱり私……)

 

 どんどん弱気になっていき足が重くなっていく。

 

 ――気持ちで負けたらおしまいだ。

 

「!」

 

 頭の中でプロデューサーが言ってくれた言葉が過る。

 やよいは声に出しながら我武者羅に走り出し、前方で待っている伊織が声をかける。

 

「あああっ!」

「そうよ、やよい! 諦めちゃ駄目! 一人ぐらいこの伊織ちゃんが抜いてあげるわよ!」

「伊織ちゃーん!! あとは、お願いっ!」

「任せなさいよ!」

 

 やよいに言ったように伊織は一人抜いて再びトップ集団に追いついた。

 それでも差は少し開いている。真が目の前に見えると伊織は叫んだ。

 

「真ぉ! 一人抜いてやったんだから――」

「伊織!」

「負けたら、承知しないんだから、ねっ!」

「ああ、わかってるよ!」

 

 右足の膝が痛む。右足を動かすたびに痛みが走る。でもここで足を止めるわけにいかないと真は必死に足を動かす。

 

(もうちょっと……!)

 

 真の前の前にはひかりが走っていた。その差は徐々に縮まる。

 一人、また一人と追い抜く真。そしてとトップを走るひかりと並ぶ。

 それをひかりも横目で確認して焦りが生まれる。

 

(なんなのよ、なんでこんなに必死なってるのよ!?)

 

 それは真かそれとも自分に対して言っているのかもひかりは意識していなかった。

 生放送で全国に流れるこの番組で優勝すれば新幹少女はさらに活躍できる。

 ひかりもアイドル活動をしているのだからもっとテレビに出たい、歌いたい。他の二人もきっと同じ気持ちだ。ひかりはそういう気持ちが先走って何時からか、自分達より目立ったり気に入らないアイドルがいると罵声や陰口を言うようになった。

 だってそうではないかとひかりは思っている。自分達以外のアイドルは皆ライバルで勝てば生き残り、負ければ消える。

 自分の容姿や歌いに自信を持っていようとも売れなければ意味がない。結果を出せなければ事務所からも手放されてしまう。

 

(負けない、絶対に負けたくない!)

(膝が痛む、でもここまできて諦めたくない!)

 

 勝ちたい。それが二人とも同じ思いだ。

 ゴールはもうすぐ目の前。

 ひかりはあの男の言葉を思い出した。

 

 ――アイドルならアイドルらしいやり方ってもんがあると思うがね。

 

(苛つく、アイドルらしいってなによ。つまり勝てばいいんでしょ!)

 

 ひかりはさらに頭の中がごちゃごちゃし始める。そうよ、今まさにそのアイドルらしいやり方ってやつで戦っているじゃないとひかりは勝手に結論を見出した。

 彼女は今最高にいい笑顔という顔をしていた。勝って見返してやる。私達の方が凄いんだと。

 

(あと少し!)

 

 対して真も最後の追い上げをかける。右足を動かすたびに膝に痛みがくるが知ったことでない。自分の身体を苛めるように足を動かす。

 前へ、もっと前へと。普段の自分ならもっと早く走れる。膝の痛みがなんだ、そんなの関係ないさと自分に言い聞かせる。

 ゴール目前まで両者は並ぶ。そして、

 

『ゴール! 両者同時のように見えましたが、今判定が……』

 

 会場の大型スクリーンの画面が判定中からゴールをした二人の映像に切り替わる。

 

『先にゴールをしたのは菊池選手! つまり、優勝は……765プローー!!』

 

 

 

 その後、765プロの代表として貴音が壇上にあがりトロフィーを受け取った。

 全員揃って記念写真をしたと事務所に帰る支度をしていざ帰ろうという時に亜美と真美がご褒美のことを思い出して赤羽根に聞いてしまった。

 

「ねぇねぇ、兄ちゃん」

「プロデューサーからのご褒美は結局なんのさー!」

「そ、それは……」

 

 二人の言葉に全員が赤羽根に視線を注ぐ。赤羽根はどうしたものかとプロデューサーの方を見た。

 プロデューサーは清々しい顔をしながら、

 

「喜べお前ら、今社長と小鳥ちゃんが優勝を祝って祝勝会の準備をしてるぞ」

「本当ですか、プロデューサーさん!」

「というわけでとっとと帰るぞ!」

 

 おーと掛け声をあげながら駆け足で車に向かう彼女達を後ろから見ていた律子が呆れた声で言った。

 

「上手く誤魔化しましたわね」

「そうだな……してやったぜ、みたいな顔をしてるけどさ」

「してるけど?」

「大魔王からは逃げられないんだって、俺は思うよ」

「あー」

 

 二人の視線の先には貴音に捕まったプロデューサーが彼女に何か言われているのが見えた。

 貴音はすぐにプロデューサーから離れて車に乗り込む。残されたプロデューサーは車に手を置き、がっくしと頭を下げた。それを見た響がぽんぽんと肩を叩いていた。

 二人もくすりと笑いながら車に乗り込んだ。

そのあと、帰りの車の中でやよいが新幹少女のひかりから謝罪をされたそうだ。なんでもすっきりした、とのことだ。本人は負けてしまって悔しかったが、それでもそれ以上のモノを見つけたと言っていた。

やよいも喜んでいた。連絡も交換したそうでいいライバルができたなと、プロデューサーも喜んだ。

 

「それで、プロデューサー。ひかりさんが最後に『今度はちゃんとしたアイドルらしいやり方で競いましょ』って言ってたんですけど、どう意味ですか?」

「なに、その内お前にもわかるさ」

「えー、教えてくれたっていいじゃないですかー」

「自分で気付いてほしいんだよ」

 

プロデューサーは答えを教えずやよいは頬を膨らませているが、当の本人は嬉しそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 後日。

 運動会が終わってからというもの、プロデューサーは現在進行形である悩みを抱えていた。

 仕事はハッキリ言えば順調だ。むしろ、貴音と竜宮小町以外のアイドルはその活躍から仕事が少し増えたと言っていい。それに竜宮小町のライブも決定した。ある意味これが765プロ全員でのライブとなるので皆も張り切ってレッスンに臨んでいる。

 なので、仕事が悩みではなくプライベートで問題を抱えているのだ。

 その悩みとは、目の前に置かれている夕飯のメニューにあった。

 

「……なあ」

「なんですか、あなた様」

「この山盛りのエビフライはなんだ……」

「夕飯ですわ」

 

 確かにその通りである。だが、量が半端ではない。どうみてもて二人前の量ではないのだ。

 異変にはプロデューサーも気付いていた。仕事帰りにスーパーに寄ってくれと言われてビニール袋一杯に何かを買ってきたのは目撃した。家に帰ってからも今日は珍しく自分の台所ではなく、貴音の方の台所で料理を作ってきて大きな皿を持ってきたのだ、このエビフライの山を。

 

「呆けてないで食べたらどうです?」

「あ、ああ。いただきます」

 

 とりあえず、適当に掴んで一口食べる。出来立てなのでとても美味しい。衣がとてもサクサクしていて触感も最高だ。二口目で全部食べて、また一個取っては食べる。

 たまには野菜も恋しいのでキャベツの千切りを食べる。

 ん~、揚げ物とキャベツの相性は最高だな。

 そんな美味しそうに食べるプロデューサーを見ながら貴音が表情を崩さず質問してきた。

 

「で、美味しいですか?」

「ああ、美味い」

「サクサクですか?」

「ああ、サクサクだ」

 

 答えると貴音は笑顔になった。彼女はそのままエビフライを一個摘み、プロデューサーの口の前へと持っていった。

 

「あーん」

「いや、自分で食えるから」

「あーん」

 

 今度は声に力が籠っている。

 今に始まったことではないとプロデューサーは思っているので目の前の光景には慣れていた。だが、かつてない程にこれを断ってはいけないと頭の中で何かが囁く。

 

「あ、あーん……」

 

 もぐもぐとゆっくりと食べる。これで大丈夫だろうと思った束の間。

 

「はい、あーん」

「……あーん」

 

 食べ終えるたびに目の前に新しいエビフライが差し出される。

 気付けばあれだけあったエビフライをほとんどプロデューサーが一人で食べていた。

 

「ご、ごちそうさま……うっ、気持ちわりぃ」

「はい、お粗末様でした」

 

 自分の胃を犠牲にして何かを得たと、ニコニコと気分がよさそうな貴音を見て思った。

 それから一週間、プロデューサーはしばらく揚げ物が食べれなくなったと言う。

 

 




はい、アニマスの運動会でした。
この話から赤羽根Pが少し頼りになる(視聴者視点)感じだったと思います。

アニマスでもここで黒井社長が登場ですね。黒井社長に関しては口調が難しい(中の人)の影響もあってか普通に書いてます。

で、次回から竜宮小町のライブ前の話になります。つまり、美希爆発回です。
そのためかなり更新が遅れると思います。

今回もそれなりに長いため誤字脱字やおかしな所もあると思いますがもしありましたら報告お願いします。

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