銀の星   作:ししゃも丸

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第6話

 二〇一三年 八月某日 プロデューサーが住むマンション 駐車場

 

 

 

 

「ふう、これでよし」

 

 プロデューサーは荷台に敷き詰められた荷物を見ながら一息ついていた。

 中にあるのはパラソル、レジャーなどで使われるような折り畳みの椅子に飲み物が入っているクーラーボックス等々。それに一泊分の着替えが入ったバッグが二つ。

 プロデューサーは腕を組み、満足げに頷いた。

 

「使わないけど貰っておいてよかったな。まさかこんなことで役に立つとは。やっぱ欠かさず交流は続けておくもんだ。うんうん」

 

 バッグ以外の一式はすべて知人から譲り受けたものであった。彼は結婚していて家族とよくこれらを持っては出かけていたのだが、突然の離婚により不要になったのだ。

 それで話がプロデューサーにやってきた。その時は渋々譲り受け自宅の押し入れに閉まってあったのを今やっと日の目を浴びることができた。後に離婚した妻と再婚して返してくれと言われたが断ったのを今は後悔していない。

 

(そう言えば、海にいくのも久しぶりだな)

 

 プロデューサーは何故こんなことになったかを思い出し始めた。

 

 それは数日前に遡る。

 季節は夏に入りその日は猛暑であった。事務所のエアコンが壊れてしまい直るのは数日後。オアシスを失ったプロデューサーは貴音の仕事のため、その日も午前中から仕事を始めていた。午後は少し時間が空いてからなので、普段だったら事務所で仕事をするのだが、先の理由のため無駄に営業車のエアコンを使いながら都内を走り回っていた。

 流石に貴音にも言われて仕方がなく事務所に帰ることに。道中コンビニに立ち寄り、アイスを人数分買って事務所に帰ってきたのだ。

 

「あーアイス溶けるな、これ」

ふぉうですね(そうですね)しょれはいけましぇん(それはいけません)

 

 手に持つアイスが入ったビニール袋をぶらさげながらプロデューサーはぼやき、それにアイスを食べながら貴音が答えた。棒のついたチョコがコーティングしてあるアイスだったはずだ。確かパルムだった気がする。

 それを見てプロデューサーは溜息をついた。

 

「はあ、それで打ち止めだぞ。さりげなく余分に入れやがって」

「冷たくて美味です。……あむ」

「俺も食べよ。……溶けてるからすぐ飲めら」

 

 プロデューサーは自分用に買った飲むアイスの蓋を開けて口に咥えた。行儀が悪いとはわかっていてもこの暑さでは仕方がない。

 事務所の前にやってきて扉の前に立つ。中に入っても変わらないことに不満を持ちながらドアノブに手をかける。熱くなっていながらも捻って扉を開ける・

 

「あちぃ……。ただいまー今戻ったぞ……」

はらいま(ただいま)もぉどりまふた(もどりました)

「ほら、土産のアイスだー、感謝し……ろ」

 

 歩いて行くと壁を背に赤羽根を囲むようにアイドル達が迫っていた。

 それを見て当然のようにプロデューサーが聞いた。

 

「なんだ、ついに何かやらかしたのか?」

「せ、先輩。そ、そうだお前ら。先輩に聞け、俺の一存ではなんとも」

「ああ?」

 

 ギロリと一斉にアイドル達がプロデューサーの下へと迫る。獲物が変更されたようだ。

 赤羽根から離れプロデューサーの下へ駆け寄ってきた。

 

「寄ってくるな! ただでさえ暑いのに!」

『プロデューサー!』

「なんだ!?」

『海、行きましょう!』

「……」

 

 視線を奥にいる赤羽根に向ける。

 

「あ、ははは」

『(じ~~)』

「あなた様」

「なんだ、今……」

「私も海、行きとうございます」

 

 振り向けばそこには手をあげている貴音。アイスは食べ終わったらしい。

 プロデューサーは覚悟をしたのか、視線を再び壁にあるホワイトボードを見る。

 上半分が貴音で下半分が彼女達。貴音の部分はほとんど埋まっていると言っていいだろう。対して彼女達は何日かの感覚で空欄があるぐらいだ。

 それをみて、

 

「わかった、わかったから離れろ」

『じゃあ!』

「期待はするなよ……」

 

 そう言ってプロデューサーはスケジュール調整を行った。問題だったのが貴音のスケジュール調整だった。それでも、当日の午前中にグラビア撮影が入ってしまったがスケジュールを調整することができた。というわけで彼女達は海にいくことができた。尚、社長と小鳥はお留守番である。

 

「無理して時間を早めたからな……。まあ、休息は必要だ」

 

 んーと腕を伸ばしたあとトランクを閉め鍵をかけた。

 欠伸をかきながら部屋に戻った。

 扉をあけて彼女のサンダルがあるのをみてプロデューサーが言った。

 

「貴音、明日は早いから。もう戻れ」

「……」

「まだ、拗ねてたのか」

 

 貴音はカエルの着ぐるみの頭だけを抱えながらどんよりとした空気を漂わせていた。

 理由はわかっていた。それは貴音が海に行っても泳げないからだ。有名になるとこういった不便なことが起きるのは仕方がないことだった。

 

「さっきも言ったろ? 昼間じゃ人の目につくからって」

「カツラをすればよろしいのではなくて……」

「それも答えた。無理です。諦めなさい」

「ぐぬぬ」

「とにかく寝ろ」

「わかりました……あ」

 

 納得しててくてくと部屋に戻る貴音だったが、まるで何か閃いたのか頭に『!』のマークが見えた気がした。

 

「どうした?」

「いえ、なんでも。そうですわよね。昼間は人がいて駄目なんですものね、ふふっ」

「?」

 

 プロデューサーはその答えがわからぬまま、部屋に戻っていく貴音の背中を見ていた。

 

 

 翌日 某高速道路 パーキングエリア

 

 貴音のグラビア撮影が終わり、二人は先に皆が待つ海へと向かう。

 765プロの営業車を走らせてそれなりの時間が経ち、お昼ということもあって一度パーキングエリアに停まっていた。

 先に車に戻っていたプロデューサーはエアコンをかけながらとある書類を見ながら貴音を待っていた。

 すると、今ではもう見慣れた変装姿の貴音が車に戻ってきた。シートベルトをかけ、PからDに動かかす。

 

「さて、もうそろそろだな。あと一時間もすればつくだろ」

「そうですか。はて、あなた様。この書類は……?」

「ん? ああ、それな。まあお前が見ても問題ないし、見たいなら見てもいいぞ」

「では、見させてもらいます……竜宮小町? あなた様、これはもしや」

「そう。765プロの新しいユニット。今、社長が走り回ってるのもこれが原因」

「成程。ですからあなた様もここ最近、テレビ局の方とよく打ち合わせをしていらしたんですね」

「そういうことだ」

 

 貴音は続けて紙をめくっていく。そこには写真付きの三人のアイドルのプロフィールがあった。その次には色々難しいことが書いてあり、貴音は読むのを止めた。

 

「伊織をリーダーに亜美とあずさのユニットですか。どうなのですか?」

「それは律子次第だ。プロデューサーの仕事も板についてきたし、元アイドルだからその視点で三人も指導できるだろ」

「となると益々赤羽根殿の精神的負担がかかりますね」

「まあ、焦るだろうな」

「いいのですか?」

「よくはない。もしかしたら判断を誤るかもしれない。何か重大なミスを犯してしまうかもしれない」

「ではなぜ?」

「そういった苦難を乗り越えてほしいからだ。別に手を貸さないわけじゃない。けど、やるのは赤羽根自身だ」

 

 嬉しそうに話す彼を見て、貴音が言った。

 

「期待しているのですね」

「勿論。俺がいなくなった後をあいつが、765プロのプロデューサーとしてやっていくんだからな」

「……」

 

 それを聞いて忘れていたことを思い出した貴音。

 

(ああ、そうでした。あなた様はあと少しでいなくなってしまうのですね)

 

 すぐ隣にいるプロデューサーみる。いつもこんな感じで隣に立つ彼があと少しで765プロがいなくなってしまう。心が痛む。

 そんな時、貴音の様子がおかしいことに気付いたプロデューサーが声をかけた。

 

「貴音、どうした?」

「いえ、なんでもありません。それとあなた様、少しお願いがあるのですが……」

 

 貴音のお願いを聞いて呆れるプロデューサー。呆れつつも彼は、

 

「わかったよ。旅館に着いたら聞いてやる」

「ありがとうございます。それと、お腹が空きました」

「さっきのパーキングで食ったろ……」

「あら、そうでしたか?」

「たく、しょうがねぇな」

 

 困った顔をしながらもプロデューサーはアクセルペダルをさらに踏む。

 警察に捕まらない程度に車は目的地へと向かっていく。

 

 

 

 同日 正午過ぎ 海

 

「にしても、あの子達も元気ねー」

「そうか? 律子だって若いんだから行ってきてもいいんだぞ?」

「そうですよ、折角海に来たんですから」

 

 砂浜にパラソルを突き刺し、その下で荷物番をしていた律子と赤羽根、それと疲れて休んでいたあずさの三人が海ではしゃぐアイドル達を見て話していた。

 

「カメラも十分撮っただろうし、俺がここに残ってるよ」

「私もいますから」

「そう、ですか? じゃあ、いってこようかな」

 

 照れくさそうに律子は言いながら、着ていたTシャツを脱いで海へと向かっていった。

 その足取りはなにやら嬉しそうである。

 そんな彼女をみて赤羽根が言った。

 

「律子もやっぱりまだ子供だな」

「まあ、普段皆のお姉さんとして振る舞っていますから。たまにいいんじゃないんですか?」

「……そうですね」

 

 するとそんな二人の背後から白いワンピースを着た女性と一人の男が現れ声をかけてきた

 

「すみません、隣いいですかね」

「あ、すみません。ここ……わあ?! せ、先輩?!」

「なんで驚く」

「あらー、プロデューサー。それに隣にいる子……貴音ちゃん?」

 

 変装している貴音を一目であずさは見抜いた。

 

「そうですよ、あずさ」

「お疲れ様です。だって、先輩その格好」

「なんだ?」

 

 プロデューサーの格好は下が半ズボン。上が、ひよこが描かれたTシャツを着ていつものサングラスをかけていた。

 なんとも言えない感じだった。

 

「あなた様」

「ああ、そうだったな」

 

 プロデューサーは手馴れた手つきで、両手に抱えていたビーチチェア二つを並べ、その間に大きめのパラソルを砂浜に刺した。

 そこに寝るように座る二人。まるでバカンスにでもきたように赤羽根は見えた。

 赤羽根は泳がない貴音をみて、

 

「貴音は泳がないのか」

「泳げるわけないだろ。こんな人がいるところで」

「あ、それもそうですね」

「あら、残念」

「あずさ君もいつかはこうなる。他人事じゃないぞ」

「それも、そうですね」

 

 その言葉に納得した二人。

 すると海で遊んでいた春香と千早がやってきた。

 

「あれ、二人とも来てたんですね。お疲れ様です」

「お疲様です。それにしてもプロデューサー……すごいですね」

「なにが」

「だって……」

 

 千早はプロデューサーの鍛え上げられた体をみて、

 

「その格闘技をやっているわけでもないのに、凄い引き締まった筋肉をしてて」

「あ、それもそうだね」

 

 プロデューサーは平然と答えた。

 

「プロデューサー、だからな」

「ですって、赤羽根さん」

「よしてくれ、春香。先輩と一緒にしないでくれ。アレは次元が違う」

 

 赤羽根は頭を抱えた。

 

「あなた様、お腹が空いていたのを忘れていました。海の家とやらに参りましょう」

「俺は寝ていたいんだがなあ」

 

 そう言いつつも持ってきた日傘を広げて、ポケットに手を入れながら貴音と一緒に海の家へ向かっていくプロデューサー。それをみて春香がそのまま感じた感想を述べた。

 

「まるで護衛対象とボディーガードみたいだね。ね、千早ちゃん」

「そうね。服装はアレだけど……」

「うん。アレだけど……」

「でも、頼もしくていいと私は思うわ。ね、赤羽根さん」

「俺、先輩に迫られたら泣く自信あります」

「……やっぱり迫力、ありますもんね」

 

 四人は何故か海の家に向かう二人を見えなくなるまで眺めていた。

 

 

 

 夕方――。

 

 着替え終わって大人達の先導の下、皆は今夜泊まる旅館の前にいた。その隣にある大きなホテルがあるのにもかかわらず、小さな旅館に泊まることに伊織は不満げに言ってそれにプロデューサーが反応した。

 

「まったく、泊まるならあっちのホテルじゃないの?」

「おや、伊織お嬢様は不服ですかな?」

「別にそういうわけじゃ」

「なに、こういったところの方が落ち着けるんだよ」

 

 そう言っている間に亜美と真美が先走って旅館に突撃。すると奥から女将が出てきて挨拶をしてきた。

 彼女達を先に行かしてプロデューサーは女将に、

 

「すみません、女将さん。ちょっとお願いが……」

「はい……?」

 

 交渉を始めた。

 

 

 

 それから各自荷物を置いて夜の砂浜でバーベキューとなった。

 プロデューサーと赤羽根の二人が焼いては彼女達に振り分けていた。プロデューサーは特にやよいに肉を焼いては渡していた。やよいはそれをパクパクと食べた。

 

「ほらやよい肉だぞ」

「うー、美味しいですぅ!」

「もっと食えー」

「ん~!」

「がははは」

「うっうー!」

 

 そんなやり取りをみて真が雪歩に言った。

 

「楽しそうだね、プロデューサー」

「そうだね」

「ほら、お前達も食え」

「ありがとうございます」

「私、お肉より野菜の方が……」

「はい、肉」

「うぅ……」

「嘘だよ。ほれ、野菜も食え」

「プロデューサー、意地悪です」

 

 そう言われつつもプロデューサーは笑いながら焼く手を緩めない。すると椅子に座っていた貴音がおかわりもしてきた。

 

「あなた様、とうもろこしを」

「ほれ。あと、肉な」

「構いませんが……お肉がやけに多いですね」

「頼み過ぎたからな……あむ。上手い」

 

 左手にトングを持ち、右手に箸を持ちながら器用に食べていた。隣にあずさがやってきて焼き手を交代した。

 

「プロデューサーさん、私変わりますよ」

「それじゃあ、頼むよ」

「はい、頼まれました」

 

 プロデューサーは持ってきたクーラボックスを少し皆から離れたところに持っていきそこに椅子の代わりとして座った。ポケットから煙草とライターを取出した。箱から一本手に取り、口に咥えて火をつける。

 身体によくない煙を取り込んで吐く。やけに嬉しそうだ。

 

(日頃、いつ吸うかと考えないで吸う煙草はうめぇなあ)

 

 貴音から今日は無礼講だからと言われて、制限が一時的に解けたのを理由に、彼は持ってきた煙草を全部吸う気でいた。

 煙草を吸いながら目の前で楽しんでいる彼女達の光景を傍観する。

 すると、焼き手をしていた赤羽根に春香があーんをしていた。それをにやにやと彼は見ていた。

 

「若いねえ」

「プロデューサー」

「千早か、どうした」

「いえ、飲み物を持ってきたので」

 

 自分が座っているところにも入っていると思ったがせっかくの好意を無碍にはできない。

 

「じゃあ、ビールを貰おうか」

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 渡すものを渡して千早は戻っていき、代わりに貴音がやってきた。

 プロデューサーはいつもの癖で場所を少し開けた。そこに貴音が座る。大きめのクーラーボックスとはいえ狭い。

 左手で紙皿を持って箸に肉をつまんでプロデューサーの方へ向いた。

 流石にプロデューサーも注意した。

 

「あなた様、どうぞ」

「別にここでこういうことをあんまりするな。あいつらにばれる」

「あら、ただ私はお腹を空かしているプロデューサーに料理を持ってきただけです」

「……ま、普通はそう思うか」

「そうですよ。はい、あーん」

 

 今度は自分が同じ立場になった。断ろうにも右手に煙草、左にビール。手は塞がっていた。

 諦めて肉を食べる。

 

「うん、うまいな」

「私が焼きましたから」

「成程な」

「次はどれがいいですか」

「肉」

「野菜ですね」

「はいはい」

 

 二人のやり取り遠目で見ていた伊織が呆れて言った。

 

「まったく、あの二人の光景には流石に慣れたわ」

「自分、あれがもう普通なんだって悟ったぞ」

「なんていうか大人の関係ってやつだよね」

「うんうん。だから、からかえなくてつまらないんだけどー」

 結局の所、全員あの二人の関係に疑問を抱いてはいなかった。同じプロデューサー同士である律子に赤羽根が聞いた。

 

「律子としてはアレどう思う?」

「ノーコメントで」

「だよなあ」

 

 あははと笑いながらどこからか持ってきたおにぎりを焼いて、焼きおにぎりにして食べていた美希にも聞いた。

 

「美希はどう思う?」

「……どうでもいいのー」

 

 興味無さそうにおにぎりを食べながら答えた。

 

 貴音に料理を食べさせてもらっているとポケットにあるスマホが鳴りだした。

 相手は765事務所からだった。出ると声の主は小鳥で、内容は例のユニットが正式に受理された話だった。

 本人に伝えるべく、プロデューサーは律子を呼んだ。

 

「おーい、律子。ちょっとこっちにきてくれ」

「はーい、なんですか」

 

 なんで呼ばれたのかわからない顔をしながらやってきた律子にスマホを渡した。

 

「小鳥さん?……はい、はい! わかりました、ありがとうございます」

「よかったな、律子」

「はいっ」

 

 いい顔をしながら夜空を見上げる律子をプロデューサーも嬉しそうに眺めていた。

 

 

 そのあと、料理の後片付けをしてから買ってきた花火で楽しんで、旅館に戻り風呂に入っていた。

 もちろん、男女別で。

 男二人と一匹は所謂、裸の付き合いというやつをしていた。一匹は常に裸だが。

 赤羽根はプロデューサーの逞しい身体に見惚れたりもしていた。

 そんな時扉が開く音がした。旅館は貸切。男は二人のみ。

 つまり――。

 

「あれ、皆は?」

 

 美希が間違ってはいってきた。それに反応した赤羽根とハム蔵。プロデューサーは動じず、

 

「星井、女湯は隣だ」

「あ、そうなの」

 

 そう言って女湯の方に向かっていった。

 

「お前、別に見えないから隠さなくても平気だろ」

「いや、咄嗟に」

「なんだ、童貞か?」

「違います」

 

 はっきりと否定した。それにプロデューサーは食いついた。

 

「ほう。彼女でもいるのか?」

「いませんけど……」

「じゃあ、あいつらの中で誰か気になる奴でもいるのか? ほれ、言ってみろ」

「それだったら先輩は貴音とはどうなんですか?」

「どうって言われてもなあ」

 

 住んでいるマンションの隣に貴音が引っ越してきて、普段から俺の部屋に来ては飯を作ってもらっている仲。とは答えられるわけもなく、適当に誤魔化した。

 

「至って普通だよ、普通」

「普通じゃないと思うんですけど……」

「まあ、アイドルに手を出したら言えよ。色々としなきゃいけないからな」

「出しませんよ!」

「なんだ、つまらん」

 

 ふとプロデューサーは律子の件を思い出して赤羽根に教えた。

 

「赤羽根、前に言ってた律子のユニットな。もう動くぞ」

「え、そうなんですか!」

「ああ、俺と社長でテレビ局とかに色々根回しをしててな。企画自体はあの時から始まってたんだが、相手先との打ち合わせとか都合とかで今になった」

「そう、ですか……。俺も頑張らなきゃな」

「ま、焦らず、慌てず、迅速にやればいいさ」

「そこはゆっくりじゃないんですか?」

「俺らの仕事にゆっくりっていうのは通用せんよ。あー、仕事の話ばっかでつまらん。なんか、面白い話はないのか」

「むしろ、そこは先輩の昔話とかが定番じゃないですか」

「やだよ、恥ずかしい」

「うわ、ズルいですよー」

 

 そんな馬鹿話をしながら風呂を満喫し、用意された部屋へと戻った。

 アイドル達はそれぞれ旅館のゲームコーナーで遊んだりしている中、年長者組だけで飲み会を開いていた。律子は未成年のためノンアルコールだが、あずさは既に酔っていた。

 

「プロデューサーさんも赤羽根さんも飲んでますか~?」

「はいはい、飲んでる飲んでる」

「あずささん、弱かったのか」

「律子、今回は無礼講だから飲んでもいいぞ」

「い、いえ。私はまだこれでいいです」

「なんだ、つまらん。……ん」

 

 プロデューサーは自分の腕時計を見ると、飲みかけだったビールを飲みこむ。まだ開けてないビールを一本手に取り、バスタオルが入っているトートバックを手に持って、

 

「もう一風呂浴びてくるわ」

「あ、わかりました」

「赤羽根」

「はい?」

 

 プロデューサーは三人をみる。男一人に女二人。その内の二人はお酒が入っている。

 

「間違いを犯しても俺はお前の味方だぞ」

「先輩!」

「プロデューサー……セクハラですよ」

「間違いってなんですか~」

「じゃあ、ごゆっくり」

 

 若い三人を残して廊下に出る。そのまま一階に降りて、正面玄関でサンダルに履き替えて浜辺を目指した。

 バーベキューをしていた時よりも暗く感じた。それでも月の光が道を照らしているようだった。

 浜辺までくると海から少し離れたところに、綺麗に畳まれた旅館の浴衣が置いてあった。プロデューサーはそれを拾い、バックの中に入れた。

 

「たく、風とかで飛んだらどうしたんだ」

 

 ザバンッと海から音が聞こえた。こんな時間に泳いでいる人がいるのかと思うところだろうが生憎と知っている人間だった。

 月の光を浴びて照らされた濡れた銀色の髪。今日の撮影でも着た、黒いビキニタイプの水着を着た貴音がそこにいた。

 

(本当にどっかのお姫様なんじゃねえかって疑うな)

 

 プロデューサーは海に向かっている最中に貴音から言われたことを思い出す。

 

『昼間に泳げないのでしたら、夜に泳げばいいのです』

 

 貴音のお願いを呑んでこうしてやってきたわけだ。

 貴音もプロデューサーに気付き彼の下へと歩いてきた。その場に二人は座って、プロデューサーが聞いた。

 

「どうだ、泳げて満足したか?」

「はい。少し冷たいですけど、それが逆に気持ち良いです」

「もういいのか?」

「はい。今はこうしている方がいいです」

 

 貴音は右側に座るプロデューサーの左肩に頭を預けながら寄り掛かる。プロデューサーは自分の浴衣が濡れたことを気にせず、そのまま彼女を受け入れた。

 しばらく二人は無言でいた。ただ、海を眺めていた。

 すると貴音は、自分の右手をプロデューサーの左手に重なるように置きながら、悲しそうに話した。

 

「来年はこうして皆と……あなた様と来ることはできないのですね」

「そうだな。あいつらも仕事が忙しくなれば全員でいる時間も少なくなる」

「それに皆は、あなた様がいなくなることを知りませんもの」

「そうだったな」

「……」

「……」

 

 再び沈黙が続いた。プロデューサーに置いていた手を今度はゆっくりと動かしながら繋ぎ始める。プロデューサーは抵抗をしなかった。

 

「……あなた様。私は答えがほしいわけではありません。いえ、ほしくないと言えば嘘になりますね。それでも私は、いつも後ろから見守ってくれている人がいるだけで……それだけでいいんです」

 

 プロデューサーは答えることはなかった。けれど、貴音と繋がっている左手に少し力が入る。

 貴音は続けて話し始め、無言だったプロデューサーも口を開いた。

 

「そういえば、私が何故アイドルになったか話しておりませんでしたね」

「……そうだな」

「私には使命がありました……。頂点に立つという使命が」

「使命? アイドルとしてか?」

「結果的に言えばそうなのでしょうね。今、銀色の王女と呼ばれてはいますが、頂点に立ったとは思っていません」

「なあ、ありましたってさっき言ったが今は違うのか?」

 

 貴音はこくりと頷いた。

 

「今は使命だから、というよりも自分の意思であの日、あなた様と誓いました。とっぷアイドルになると」

 

 プロデューサーも鮮明に覚えている。自分が貴音をトップアイドルにしてやると宣言し、彼女がその手を取ったことを。

 プロデューサーはあの時、トップアイドルとはなにかと質問されたことを思い出した。

 今でもあの答えは間違っていない。ただ、本当の意味でのトップアイドルとは何かを語りだした。

 

「……実はな、トップアイドルの称号っていうのは今じゃ明確としたモノはないんだ」

「今、ですか。では、昔にはあったのですか?」

「IU(アイドル・アルティメット)、かつて国内だけではなく海外のプロ、アマチュアアイドルが一堂に集ってトーナメント形式で勝ち抜き、勝利したアイドルが真のトップアイドルとしての称号を手にすることができた」

「なぜ、今は無くなってしまわれたんですか?」

「その年、どっかトップアイドルが優勝したと思ったらすぐに引退した。その時点までアイドルブームは最高潮に達していたが、それ以降現役アイドル達が揃って引退してアイドルブームもなくなって開催できるほどの力はなくなったからさ」

 

 貴音は、まるで恨みでもあるかのように語るプロデューサーを心配した。恐怖ではなかった。ただ、一言一言に怒りを感じたからだ。

 それでも貴音はその原因の元凶であるアイドルの名を聞いた。

 

「そのアイドルの名は?」

「……日高舞。お前がデビューで歌った曲のオリジナルだよ」

 

 その言葉を聞いてすべてが合点した。何故、あの曲を歌った時に周りがあんなにも驚いたのか。そして、彼がそれを自分に歌わせたのか。

 宣戦布告、或いは挑戦状なのだ、自分は。彼女、日高舞に対しての。

 貴音は自分の中で答えを見出した。故に聞くことができなかった。

 

「勘が鋭いお前のことだ。色々気付いただろうな。だけど、これだけは信じてほしい」

「……あなた様」

 

 振り向けば、眼差しで貴音をプロデューサーは見ていた。

 

「お前は俺の最高のアイドルだよ。あいつがどうとか関係ない。自信を持って言えるよ、俺のトップアイドルは四条貴音だって」

「……はいっ」

 

 流れ落ちたはずの水滴が目から零れ落ちる。

 貴音はしばらくプロデューサーの腕に抱き着いていた。

 

 どれほど時間が経ったかわからない。プロデューサーがいきなり立ち上がって言った。

 

「流石にもう戻るぞ。皆に何か言われる」

「そうですね……」

 

 トートバックを持ち歩こうとするが貴音が座ったままなのを不思議に思ったのか、

 

「なんだ、戻らないのか?」

「いえ、足が攣ってしまって……おぶってくださいませんか?」

「……はあー。わかりましたよ、お姫様」

 

 そう言ってバックから貴音の浴衣を取り出して、それを着させた。

 所謂、お姫様だっこという状態で貴音を抱えながら旅館に歩き出した。

 先程の空気とは違って貴音は笑顔だった。

 歩きながらプロデューサーが思い出しように言った。

 

「それと、最初に言ってたことだけどな」

「はい?」

「いつも俺の部屋に来てるくせに、そういうこと言われても何も感じなかったぞ」

「それとことは話が別です」

 

 その後、旅館の手前で貴音を降ろした。女将に前もって頼んでいたため浴場の一つを開けてもらっていた。貴音とはそのまま浴場に向かって別れた。別れ際に一緒に入りますかと言われたが軽く流した。

 プロデューサーは女将と翌朝のことで話していた。

 

「それでは朝、おにぎりを用意しておきますので。あと、ペットボトルですがお茶も用意させてもらいます」

「すみません、我儘を言って」

「いいんですよ」

 

 プロデューサーと貴音は赤羽根達と違ってすぐ東京に戻らなければならない。そのため、朝食を車の中で食べられるモノを作ってほしいと頼んでいた。

 女将と別れたあとプロデューサーは“寄り道”をしたあと部屋に戻った。

 

 部屋に戻ると中には酔いつぶれた赤羽根がいた。そのまま赤羽根の前を通り過ぎて、窓際にある椅子に座った。結局飲まなかったビールを開けた。

 

「はあ……」

 

 月を見ていた。一度振り返って赤羽根の寝顔をみてプロデューサーは苦笑した。また、月をみて誰かを重ねながら呟いた。

 

「まだ諦められねぇんだよ、俺は……」

 

 その声は悲しく、まるで今にも泣きそうな声をしていた。

 

「その時はきっとお前じゃない。別の誰かで……」

 

 プロデューサーはだんだんと眠くなってきたのか、ビールをテーブルの上に置いて体からまるで力が抜けたように椅子にもたれ掛る。

 

「勝ちたいんだ……」

 

 そんな彼を月だけが見ていた。

 

 

 翌朝。

 プロデューサーと貴音は先に東京に戻った。赤羽根達も正午を過ぎたあたりで事務所に戻ってきた。

 例の一件で走り回っていた社長がやってきて、皆の前で正式に竜宮小町が発表された。

 

 それとその日にプロデューサーのスマホに電話が入った。相手は346プロでお世話になり、現在アイドル部門設立に動いている、

 

「どうも今西さん、ご無沙汰しています」

『やあ、プロデューサー君も元気そうでなによりだ。で、さっそく本題だ。今年中にはこっちのアイドル部門で使う予定の施設の増築や改装が終わるよ』

「女子寮の方は?」

『そちらも問題ない。如何せん、どれくらいの人数が来るかわからないからね。かなり大きくなりそうだ。それと人材に関しても今の所は問題ないよ。あとはそれ用のスタッフだが……』

 

 そう言われてプロデューサーは自分の鞄から資料を取り出した。

 

「それについては問題ないです。トレーナーに関してはいい所を抑えましたよ」

『ほお、誰なんだい?』

「四姉妹全員でトレーナーをやっている彼女達ですよ」

『それはそれは。かなりの上玉じゃないか』

「ええ、話をしたら意外と食いついてくれまして。あと細かいところで言えば事務員や俺以外のプロデューサーですが……」

 

 待ってましたと言わんばかりに今西が食いついた。

 

『それに関してはこちらで手配しているよ。その中で千川君も喜んでこっちに来てくれることになってる』

「へぇ、ちひろちゃんがね。ということは?」

『プロデューサーも一人決まっているよ。そう、彼だよ』

「あいつもですか。不器用ですが真っ直ぐな男ですからね」

『彼の教育も頼むよ、アイドルのプロデューサーとしての経験はないからね。で、肝心なアイドルに関してだが』

「ええ。十一月か十二月頃に一般でオーディションをしましょう」

『わかった、それもこちらで進めておくよ』

「お願いします。あとは、俺の方で直接スカウトに行きたいと思ってます」

『スカウト? そんな簡単にアイドルの原石が転がっているのかい?』

 

 目線を資料から置いてある雑誌に移す。そこには所々に付箋がつけてある。プロデューサーは自信を持って答えた。

 

「ええ、目星が何人かいましてね。時期になったら動こうかと」

『わかった。それじゃあ、また何かあったら連絡するよ』

「はい、お願いします」

 

 電話を切って胸ポケットにしまう。置いてある雑誌をみる。ジャンルはバラバラだ。モデル雑誌から女子アナ特集と見出しのある雑誌もある。

 

「さて、今日も探しますか」

 

 何も手を付けていない雑誌を手に取りプロデューサーはアイドルを探す作業に入った。

 

 

 

 

 




あとがきと言う名の設定補足~

〈IU アイドル・アルティメット〉
ゲームの方でもありましたので今回採用しました。どっかのトップアイドルとはあのお方です。ゲームの設定で行けば16歳で愛を生んだことになるんですよね。間違ってい名kれ場ですが。その間もアイドル活動をしていたとしたらやっぱり化け物ですわ。

さて、今期はアニマス水着回です。原作とは違い、貴音を除く他のアイドル達もこの回のホワイトボードには仕事がありますが貴音のスケジュールをなんとかして皆海へ、といった感じです。
色んなサイトで考察をみていたのですがあの海日本海側らしい? です。なので、あとから追いつくプロデューサー達があんなに早く合流できるのは違和感あると思いますがそこは眼を瞑ってください……。

本編を見ていると最後の就寝しているシーン。貴音は外で月を。あずさと律子は……と意味深な考えをしましたが健全ルートに入りました。

あと、最後の“寄り道”なんですがこれ貴音とプロデューサーの“入浴シーン”の予定でした。けどなんかこうしっくりこず削りました。
もし、そんな寄り道を希望している方がおりましたらあとで何らかの形であげます。
まあ、いればですが。いれば……ですよ?
本作品は健全な小説なのでそんなえっちぃ展開はないよ! それっぽいことはしますがね。

次回はアニマス6話と8話が一緒になります。意外と短くなってしまいそうなんでまた二話分です。(申し訳ありません、7話と8話を間違えていました8/23)



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