「ふへー……疲れたー」
「ふふっ。よく頑張ってくれましたね。飛龍」
「全くだ……俺の部隊の中でも特によく働いてくれる」
こちら執務室。中はある程度黒で統一されたソファーや机、引き出しなのが置かれている。戸嶋の制服も偶然黒なのだが、特に深い意味はないらしい。
そのソファーに、飛龍は深く腰掛け、その近くで長い髪を結ってポニーテールにしている鳳翔と戸嶋提督がお茶をすすっていた。
「にしてもだ……また数名の損傷か……。俺の指揮が悪いのかもしれないが、共有資材が一気になくなっていくな……」
「戸嶋提督の部隊は全体的に大きめの、昼戦火力重視の部隊ですし、ある程度は仕方ありません。それに、提督が悲観するほどそこまでの損傷ではありませんよ」
鳳翔は手元にある、今回の戦闘結果が書かれている資料をじっくりと読みながらそう答える。実際、損傷を受けたと言っても、大抵はほぼ支障ないぐらいか、小破まで、としか書かれていない。ある意味、誇れる戦果と言ってもいいかもしれない。
ちなみに、その部隊には飛龍と鳳翔もおり、二人は無傷で帰還しているので現在はこうやってくつろいでいる。
「……しかし、ノルマは未だ達成してない……あいつらは面倒なところまで些細で厳しいからな。お前らも休みたいなら少しぐらいごまかせばいいのに」
「いえ……それが私たちにとって特に出来ることなので、気にしなくてもかまいません」
「……それもそうか」
そう言いながら、戸嶋は、恐らくここに来る前に渡されたであろう資料を読み進める。内容を簡略的に伝えると、「深海棲艦活発の恐れあり、規定数以上の敵艦を撃沈せよ」。
深海棲艦を撃沈するのが艦娘の役割であり、艦娘を最大限に活用できるのがこうした一部の提督だけであった。
「………とりあえず、お前らは一度ここまで来たあと、敵影を見なかったうえにルート上から外れる可能性があったから一度帰還………その間に見つけたやつらはこれで間違いないか?」
戸嶋は自分でメモを行った紙を二人に見せながら質問する。二人はそれを確認した後、間違いはないことを告げた。
「そうか……だが、ここまではうまく行き過ぎた。相手は全体的に軽巡タイプに寄っていて、この奥がどうなっているか分からない……。場合によっては潜水艦タイプと交戦することもあるだろう。となると、今の俺たちの部隊では対応できるのが鳳翔のみだ。それではきついから、アイツの部隊から何人か助っ人を呼んでおく……頼めるか?」
戸嶋は二人に確認をとる。鳳翔は一言言ってから頷いたものの、飛龍はキョトンとした目で戸嶋を見た。
「……どうした飛龍。何か質問でもあるのか?」
「いや……なんで自分で行かないのかなぁって」
それもそうだ。現に、今回の会話の場合、お互いに提督であればすんなりといけるはずの問題であろうのに、何故か戸嶋は二人に任せている。これでは時間をロスするだけなのでは? と、飛龍は何気なくそう思っていた。
そんな質問に、戸嶋はしばらく沈黙を貫いたが、やがて大きくため息をついた。
「……あのひと苦手なんだよなぁ」
第一声がこれだ。頭をボリボリとかきながら続ける。
「どうも好きになれない……っつか、ふっつーに相性悪い。あの人本当に女かっての……」
「えー? 私はどちらかというと好きだよ? 刀の振り方も教えてくれたし」
「お前はそうなんだろうけど、俺は無理だ苦手だ。それにこういうのは女同士の方が気楽に進むだろ」
「……それもそうだねー」
確かに、と、飛龍はそんな感じで頷いた。が、すぐに戸嶋の手をたたく。何事かと、戸嶋は飛龍を見た。
「だったら苦手意識せず、自分も行く! こういうのも経験のうちなんだから!」
「断固拒否する!」
「だーめ! ほら、行くよ!」
「嫌だ! 俺はあの人に会うと死んでしまった病をこじらせているんだ! 俺が死んでもいいというのか飛龍!」
「へー。誰が誰に会うと死んでしまうって?」
扉をあけながら入ってきたのは、短髪の黒い軍服を身にまとった、顔だけ見ると男性っぽく見える女性が現れた。この人が、先ほど話に出ていた提督なのだろう。
やがて観念したかのように戸嶋は肩をすくめ、声の人物を見た。
「………扉はノックしてから入れって言ってたの誰でしたっけ金森さん」
「変な噂が聞こえたからね。そう言った場合は例外。ちゃんと覚えておきなさい」
「はいはい、肝に免じますとも」
金森は戸嶋と頭をぐしゃぐしゃするように手を動かし、「ちゃんと覚えておくように」とだけ言った。その最中に戸嶋はやはり溜息をついた。
「で、本題に入るけど……そっちの部隊にこっちの艦娘を何人か寄越してもらいたいんだっけ?」
「はいまぁ………今現在のメンバーでは対潜戦闘に弱く、そちらの指導している軽巡タイプを……出来れば二名ですね。装備に至ってはなるべく対潜重視でこちらの部隊をフォローしてもらえればありがたいんですが」
「りょーかい。それならお安い御用。じゃあこっちも手伝ってくれないかな。こっちは敵空母がメインになっていて、ちらほら戦艦が多いんだ。こっちの水雷戦隊じゃ航空戦のフォローができないから……赤城と加賀を一時的に預けてくれないか?」
「赤城と加賀ですか………了解。今部隊に出ていないので適当に呼び出して連れてってください」
その後、二人は現在の海域について意見交換しあっていた。その間に飛龍と鳳翔は席を外して、廊下に姿を現した。
「でもなんだかんだ言って戸嶋提督は金森提督に対して苦手意識持ってないわよね」
「えぇ。寧ろ仲がよろしいお二人のように見えます」
「そうだねー」
飛龍は何気なく窓の外を眺めながらつぶやく。そして、腕を後ろに組みながら独り言のように言った。
「私にはあんまりいないからさー。なんだろ、こういうの羨ましいんだよね。ちゃんと真っ向から向き合って話せる人がさ」
「あまりその言葉には理解しかねますが……ですが、もし相談があるのであれば気軽に話しかけてください。できる限り力になります」
鳳翔は飛龍の手を取りながら告げた。「ありがと」と、飛龍はその手を握り返しながら返事をする。
やがて二人も他愛ない話を始めた。例えば、鳳翔は今後何を作りたいのか、例えば、飛龍は先ほどの戦闘に支障はなかったか。など、傍から見ればヒトにしか見えないような会話が続いていた。
鳳翔は羨ましがっていた。こうして、人間のように喜怒哀楽を存分に出せる飛龍が羨ましかった。
イレギュラーの存在のはずなのに、そのイレギュラーを認めているようで、内心は不安に思っていたが……話しているうちはそう言った感情は浮かばない。
二人は一通り話した後、飛龍は「ちょっと様子見に行ってくるね!」とだけ告げて一度その場を後にした。
しかし、話をやめ、飛龍の姿が見えなくなると、途端に不思議な気持ちに駆られる。恐らく負の感情であろうが、それを理解することは到底かなわない。
鳳翔が、艦娘であるがため、人の感情を理解することなんて、到底不可能だからなのかもしれない。
「……どうした、鳳翔」
突然声をかけられ、びっくりするものの、鳳翔は声のした方を振り返る。そこにはやや疲れたように見える戸嶋がいた。
「あ、えっと……なんでもありません」
「そっか……とりあえずいい時間帯だから再度出撃準備を整えてくれ。陸奥と榛名の入渠が終わりそうなんだ。頼んだぞ」
「はい。了解いたしました」
大和撫子なお辞儀を一礼して、鳳翔は準備室へと歩き出す。
私は兵器である。それは変わらない事実。
飛龍はイレギュラーである。それも変わらない。
だが………そのイレギュラーの存在が、私は羨ましい。
なぜなのかは、鳳翔には理解不能であった―――
ネタバレ
やっぱり戦闘は次の話でもありません。
戦闘が始まるような描写で終わるものの、とりあえずしばらくは戦闘回はないと思います。