とりあえず書けるところまできっちり書こうかなとは思っています。
「忘れないで。私たちは『艦娘』という『兵器』よ」
マルナナサンマル。とある鎮守府の食堂にて、今の状況を見てそう誰かが言った。
はたから見れば特に何事もない、ただの少女たち同士の食事であるのだが、扉の前にいるサイドテールの女性がそれを否定した。
「こんな風に笑っていられるのも今だけ。戦場に出されれば私たちは戦うことを余儀なくされる。人のために戦い、消えていくのが使命よ」
投げられた言葉にほぼ全員が口を閉ざす。
彼女たちは『兵器』である。
いつの日か現れ出た『深海棲艦』を撃沈させ、人々の平和を守る。際限なく出てくる終わりの見えない戦いに最後まで戦い抜けるのが彼女たちのみであって、この世界で一番戦えるのが彼女たちだけである。
もちろん、人間が開発した兵器、いわゆる『艦船』なども使用できるが、敵の動きに対応でき、尚且つ長時間の運用に向いていて、何より
彼女たちはある程度自分の意志で戦えるが最後に決めるのは提督の指示、それだけ。指示されればそれなりの対応もするしある程度は反感する……のは一部だけ。むしろそうした『人間らしい』行動するのはかえって虚しくなるだけ。
誰もがこの時代に『造られた』時にインプリントされ、決して消えることない命令が『兵器としての使命を果たせ』。
彼女たちの存在意義はそれだけである。
そんなの誰でも分かっている。こうしているのも異質であり、異端な行動であることに。
…………が。
「別にさー。食事とっててもいいような気がするんだよね」
そんな中、ペースを崩さないように答えた誰かがいた。
「それにこれもある意味提督の指示だから従うのが鉄則かなぁって」
「……いつどこで提督がそんな指示を出したのかしら?」
「してないよ。でもこうして食堂を造っているってことはそういうことなんじゃないかなーって思っているだけ」
変わっている。
この鎮守府にいる艦娘全員が誰もがそう思っている。
こうした異質な誕生があるのはまれに起こるような現象ではない。しかし、この『人間らしさ』を全面的に出している艦娘に至っては事例があまりない。
艦娘たちはそれを『異常』と思っている。その『異常』が悪いのか良いのかの判断はそれぞれだが、大抵は悪いと判断されている。
「だからさ、加賀さんもどう? せっかくなら楽しまないとね」
「お断りするわ。あなたは私たちにとっても『異常』であることだけは言っておくわ」
そういってサイドテールの艦娘……加賀はそのまま食堂をでる。しんと静まり返った食堂は、やがて一人の艦娘が出たことによってそれに続くかのように出て行ってしまう。
後に残ったのは先ほどの『異常』な艦娘とほんの数名。
「……私ってそんなに変わってるのかな?」
ふと近くの艦娘に聞いてみる。三席ぐらい遠くにいるが、赤髪でよく目立つ艦娘へと。
「さぁね。私はよく分からないけど」
「んー……別にこういうの悪くないと思うんだけどねぇ。提督もそう言ってたし」
「ま、私は飛龍じゃないから分からないからとだけ言っておくからね」
そういってその艦娘も食堂を後にする。残ったその艦娘、飛龍は結局気にすることなく食事を進めていた。
飛龍はこの世界で起こった戦争で戦果を挙げた艦船がベースとなっている。
その艦船にはとある軍人が乗っていて、沈没した艦船と共に最期を共にした。
とある軍人は厳しくて扱きがきついと言われていたが、その努力故に戦果を挙げた歴代の軍人ともいえる。
そんな『過去』がトレースされているのに、何故か楽観的な性格で、何故か人間らしい性格である。
しかし……変わっているのはそれだけではなかった。
食事を終えた飛龍はこの鎮守府にある、やや古びた倉庫へ足を運んだ。
ここの倉庫はほぼ使われておらず、屋根も半分以上が無い小さな倉庫であり、『あるもの』にはうってつけの場所であった。
「えっへへー。まった? ほら、エサだよ」
「……」
その倉庫の中にある、エサ入れにエサを入れ、呼んだ。奥にいたややずぶとくて、毛が真っ白な犬がゆっくりと歩き、やがてエサの近くに来ると食べ始めた。
「なんか今日は加賀さんに怒られちゃった。兵器は兵器らしくしてろって。どう思うかな?」
「………」
「って、あなたに言っても答えは返ってこないよねー。なんかごめんね」
飛龍は悲観的にならず、むしろ気にしてないような口調で、笑いながら言う。やはり犬には理解していなかったのか、それとも単にエサに夢中になっていたのかは知らないが、食べ進めていた。
何故かこの飛龍は犬を飼っている。理由としてはいつの間にかいたので提督に許可をもらい、飛龍が飼っている。
やはりというか、人間らしいとしか言えない。
兵器にはそんな感情は必要ないと、誰かがよく言う。
でも、何故かそれを理解できない。
それが変わってるとは到底思えなかった。
「……そこにいたか。飛龍」
ふと声をかけられ、飛龍は振り返る。そこには、やや細めで身長からして二十代後半の、黒い軍服を纏った男性がいた。
「あれ、戸嶋提督? 今日は休日ではなかったの?」
「そう思っていたはずなんだが……急用でな。お前らの部隊を動かせと上のやつらに言われたもんでな」
溜息まじりに戸嶋はそう答える。せっかくの休日だったのだろう。言葉にはイラつきも見え隠れしている。そんな風に思った飛龍は戸嶋提督の肩をトントンとたたく。
「元気出して戸嶋提督! さっと終わらせて休息をあげるから!」
「やれやれ……その楽観的な態度を上の馬鹿共にも分けてくれるといいんだがな」
苦笑を浮かべながら戸嶋は言う。しかし、数歩だけ下がった後、咳ばらいをして調子を整える。
「……それでは、準備が整い次第、マルハチサンマルまでに出撃準備室に来てくれ」
「はいっ、了解いたしました!」
飛龍は敬礼をし、すぐに戸嶋の横を通り過ぎて、ある場所へと向かう。先ほど言われた出撃準備室、というところではない。古ぼけた倉庫から少し離れたところ、外見からして道場のような場所へとたどり着く。その扉を開き、奥へと入る。
中はどうやら弓道場のようなところだ。そこの奥に立てかけられている、少し小ぶりの刀を飛龍は手に取った。
「……よっし。今回も頼んだよ。『
南雲。
これは飛龍が『戦争』のときの記憶の一部にある、『南雲機動部隊』という部隊が元となっている。
とある戦いで、飛龍の同僚が次々と沈み、飛龍もまた、一矢報いた後にゆっくりと沈んでいる。
飛龍は鞘に納められている刀身をゆっくりと引き抜く。鍔から近い平地に、『赤加蒼飛』と刻まれている。
かつてのその部隊で、共に戦った、赤城、加賀、蒼龍、そして、自身である飛龍の頭文字をそれぞれとっている。
実のところ、この鎮守府で飛龍が作られて以来、その三人と共闘したことがないのだ。これに至っては未だ不明であるが、先ほどの戸嶋の父の知り合いが刀職人だったことを聞き、飛龍が刀を製造してもらいたいと戸嶋に頼んでいる。
戸嶋もかつての戦いのことを知っていたし、戸嶋自身もある程度は艦娘たちの気持ちに応えたいと思って承認した。
たとえ別部隊であっても、共に戦った仲間として。
そして何故か、この飛龍はその刀を武器として使うこともある。理由は分からないし、何故刀にしたのかすらも飛龍しか答えを持ち合わせていないのだが、飛龍はそれについてははぐらかしている。
「……あれ、飛龍いたんだ」
また声をかけられる。振り向かなくても分かる。彼女であること。
「えぇ蒼龍。だって、これから出撃だからね」
「そっか……飛龍は戸嶋提督の管理だからか。でも今日から明日まで、戸嶋提督は休みのはずだけど」
「突然休みをつぶされちゃって、だってさ。大変だよね戸嶋提督」
蒼龍はただ頷くだけで、そこからは言わなかった。が、話は違う方へと発展した。
「ところで、またそれを持っていくの? 対して役に立たないのに」
「それが結構役に立つんだよねー。油断して零距離を仕掛けてきた敵に南雲で反撃したからね。……って、結構前の話か」
「………飛龍」
やや冷たい声で蒼龍は飛龍に話しかける。「なにさ?」と飛龍。蒼龍は言う。
「私たちにそんなものは必要ないわ。ただ、持たされた装備だけを使って敵を殲滅する兵器だから。それに、かつての私たちの名前をつけられている刀なんて、何の意味もない」
「……蒼龍。それは違うよ。この刀だって意味があるんだよ。私たちはつながってる。それを意味しているんだよ。私は誇りを忘れたことなんてないんだよ」
「じゃあさ飛龍。そういった人になりきるものも全部捨てて、その誇りだけにしたら? かつても今も、人間たちの兵器なんだから」
そう言って、蒼龍は立てかけられている弓矢を手に取り、それ以降飛龍へと振り返りはしなかった。
私たちは、人間たちの、兵器。
「……一体いつだれがそんなこと決めたの?」
刀をぎゅっと握りしめながら、飛龍はそうつぶやき、やがて弓道場を後にしていった―――。
ネタバレ
次回は艦隊戦後です。