Fate/stay night プリズマ☆イリヤ   作:やかんEX

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ACT8 「槍兵(下)」

 

 

 

 ────時間は、少し遡る。

 

 

 

 

 

 

 風が緩く吹きゆく地上で、青の槍兵は静かに佇んでいた。

 軽く腕を回すと、無理に動きを止められて固まった関節がきしりと音を立てる。その音に彼は少し眉根を寄せたものの、次いで首を鳴らしながら空を見上げ、そうしてぽつりと独りごちた。

 

 

「……随分と、高くまで飛んだもんだ」

 

 

 地上より遥か上空。

 彼が見上げたその蒼い闇。その中で、淡い金の月を背に、小さな人影がぼんやりと浮かび上がっていた。

 

 

「……こりゃあ、まんまとしてやられたか」

 

 

 自分が手を抜いていたのか────それとも、あの少女達が自分の予想以上に手練れだったのか。

 彼は頭上を眺めつつそんな事をしばらく考えていたが、やがて、首を下げて視線を空から地へと戻すと、喉元でくっと浅い笑みをもらした。

 

 

 

 

 青い男────ランサーがあの獲物を空に逃してしまった理由の一つは、少女の姿形、その能力を、下手に前もって知ってしまっていたからだった。

 

 

 もっと正確に言えば、少女が奇妙なカードを取り出して変身した後の話。紫のローブを深く被った彼女の装い。少し前に見覚えのあったその姿は────今回の聖杯戦争で現界した、柳堂寺のキャスターと同一の物だった。

 

 

 あれはまだランサーが元マスターと契約していた時のことだ。この冬木に来てよりしばらく地形把握に努めていた彼らは、何はともあれと冬木の地脈の下見をしていた際、そこを根城にしていた魔女と遭遇し、想定外の前哨戦を行うことになった。

 

 

 その結果は言うまでもない。封印指定の執行者でもあった腕利きの元マスターに加え、何故かひどく消耗していた魔女、そして何の縛りもない自分の状態を鑑みれば、苦戦する筈もない戦いだ。実際、自分たちは相手に殆ど反撃すら許さずに戦いを終えた。

 勿論、あの魔女も魔女なりに必死の戦いはしたのだろう。だが、自分にしてみればそれはひどく物足りないものだった。いったん己の槍と敵の魔術を交わしたなら、敵にも何らかの戦う理由があったのは判る。それでも、敵が曲がりなりにも自分たちから逃げおおせたのは、その『死にたくはない』という行動原理に基づいた、逃げの戦いをあの女が常に行っていたからだ。そんな相手に、槍の英霊たる自分が敗れる道理はなかった。

 

 

 そして────だからこそだろう。

 突如その魔女と同一の姿形を取ったあの少女に対し、驚きながらも、自分は無意識のうち、どこか侮りにも似た感覚を抱いてしまったのは。

 

 

 

「……はっ、誤算だったな。あの胡散くせえ魔女よりこっちのお嬢ちゃんの方が、戦闘者としてはよほど向いてやがる」  

 

 

 それは魔術の腕の話ではない。質の話をするのなら、少女の魔術は確かにあの魔女の物によく似てはいたが、威力も手数も速度も、そのどれもが多少なりとも見劣りした。たとえ自身の心中に湧いた油断を認めたとして、万が一にも遅れを取る程の相手ではなかった。

 

 

 だが、戦うに当たっては魔術の技量など些末に過ぎない。

 戦闘者にとって何よりも肝要なのは────死なぬ為に戦うその過程で、死ぬやもしれぬ覚悟を可能とする────その強い精神の有り様だ。

 

 

 その点、一瞬でもタイミングを過てば即自らの死を招くと理解し、その上で反撃を狙ってきたあの少女の気概は合格だった。

 確かに幼いが故の不安定さはまだある。状況に流されそうになる甘さも多分に感じはした。

 ただ、あの少女の心の奥底に宿る、その小さくも確固とした強い決意は、生前戦いに身を投じ続けた自身の肌にもよく馴染み、ひどく小気味よかった。

 

 

「……」

 

 

 再度、彼は無言で空を見上げた。

 月光に煌々と照らされてよく見える彼らは、騒々しく何やら話をしているようだった。槍兵の自分には手を出せないと考えているのか、上空に依然として留まったまま。

 そしてその判断は通常正しい。いかに一騎当千のサーヴァントとは言え、ただの一介の槍兵にあの高さを攻略する術など有りはしない。

 

 

「……だが、手がないって訳じゃねぇな」

 

 

 だが、ここでの彼女達の過ちは、彼が並の槍兵ではなかったという事だった。

 

 

 彼の真名はクー・フーリン。

 アルスター伝説に曰く、影の国の女王スカサハに師事し、その技量を受け継いだ不世出の大英傑。

 此度の聖杯戦争では槍兵として現界している彼だが、伝承で語られているのはその卓越した槍術の腕だけではない。あらゆる方面に才能を見せた彼は、スカサハより原初のルーン魔術の知識をも獲得し、それを十全に使いこなす優れた魔術師でもあった。

 

 

 言うまでもなく、扱うルーンの中には遠隔攻撃を可能とするものも存在する。

 そして現状、頭上の少女たちは自分の方へと注意を向けていない。

 無警戒の魔術による攻撃で、その彼らを不意打ったならば、さしたる消耗をするでもなく、この予想外に長引いた戦闘の幕を下ろす事も容易だろうが────

 

 

「────く」

 

 

 その思考を、彼は一笑に付した。

 

 

 

 ……この後に及んで、あの少女たちの不意を打つ気など、さらさら有りはしなかった。

 

 

 今さら自分は結果なんて物に拘泥しない。勝利なぞの為に誇りを犠牲にするのは馬鹿げていた。

 自分が望むのはただ一つ。自身が誇りを掛けて研鑽を積んだこの槍術、英雄としての戦いの技術を、余す事なく真っ向からぶつけられる勝負そのもの。

 

 

 確かに自分は魔術を使う事を憚りはしない。だが、自身が最も恃みとする得手が槍か魔道かと問われたなら、自分は迷う事なく己が槍と答えるだろう。

 ましてや今回の聖杯戦争ではランサークラスを得て現界している。そしてあの少女たちは、その槍兵としての自分に一杯喰わせて見せた。

 ────ならば、今、自身の本懐とも言える槍を捨てて勝利に走ったところで、一体何になるというのか。

 

 

「……改めて、オレはお前たちに敬意を示そう」

 

 

 聞こえるはずのない言葉を彼らに投げかけ、ランサーは背を翻した。

 先の戦闘で荒れた庭をゆっくりと歩いていく。

 そうして入り口を遮る門にまでたどり着くと、彼はもう一度身を反転させ、その場で軽くあたりを見渡した。

 

 

 一階建てながら坪広に建てられた邸宅。

 この国特有の造りをした倉庫や訓練場。

 それらを配置してなお窮屈に見えないよう、全面に広いスペースを保って築かれた囲い門。

 

 

 聖杯には、過去の英雄であるサーヴァントに一定の現代知識を与える機能がある。そしてその知識によれば、この家は現代においてかなり大きな部類に分けられるようで────それは自分にとって、十分な間合い(・・・・・・)だった。 

 

 

 

 ざっ、と、ランサーは場を固めるように足下の土を軽く蹴った。 

 均した地面に踵を嵌め、身を屈めて手を付ける。獣のように深い前傾姿勢を取った彼の手で、紅い槍が、一層強い存在感を放って不吉に輝いた。

 そうして最後に。

 底のない赤の瞳が空に浮かぶ彼らの姿を射抜き、そして彼は冷酷な、しかし同時に賞賛を湛えた不思議な声音で、静かに告げた。

 

 

 

「────この一撃、手向けと受け取るがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、っ────」

 

 

 突如、足元から迫った強烈な殺気。

 背筋を這う上がるように襲った最大級のその悪寒に、イリヤはただ浅い息を漏らす。

 奇妙に固まった身体が、ぎし、と、油の切れた蝶番のような音を立てた。

 

 

「な、んだ──── 」

「こ、これは──── 」

 

 

 兄とルビー。

 困惑するような二人の声が、場に凝る静寂をついて鼓膜を震わせる。

 

 

 大気が静かに凍っていく。

 それは比喩ではない。

 魔術師のカードのおかげか、これまで以上に感じ取れていた周囲の魔力が全て凝結し、上空から地上に向かって吸い寄せられていく。

 

 

 その魔力の流れに呆然と視線を送ったイリヤは、視線の先、庭に降る月光の下。そこに、こちらに視線を向けている男の姿を見た。 

 温度のない赤い瞳と、それと対称的に激しく輝く紅い槍が、視界に遠く映り込んだ。

 

 

 

「────あ」

 

 

 

 言葉が凍る。

 身体が、昏い予感に冷たく凍る。

 

 

 ────やられる。

 そんな言葉が脳裏に焼きつく。

 何がどうなってなんかは分からない。

 けれど、このままだと間違いなく自分たちはやられる。

 こんな曖昧な直感、俄かには信じ難いけれど間違いはない。

 

 

 棘のように身を蹂躙していく悪寒。

 おぞましいまでの魔力を吸い上げて煌めく、あの槍兵の紅い槍。

  

 

 あの槍が走れば自分たちは死ぬ。

 それは絶対だ。

 文字通り、あの男の槍は『必殺』の意味を持っている────

 

 

「イ、イリヤさん────」

 

 

 ルビーの言葉も凍りついて続かない。

 退却か、それとも防御か。

 相棒がどっちを言いかけたのか、少し迷って、すぐにそのどちらもが実現不可能なのだと、そう本能で悟ってしまう。

 

 

 自分たちは敗北する。 

 あの男が動けば自分たちは必ず死ぬ。 

 

 

 それなのに、そこまでもう理解しているというのに、イリヤは身じろぎ一つする事ができない。

 だって、彼女が指先一本動かすだけで、それが決着の合図となってしまう────

 

 

 

 

 

「────っ」

 

 

 

 

 

 だからこの戦い。

 イリヤたちの敗北を止める事ができたとしたら、

 それは────

 

 

 

 

 

「────水が差したか」

 

 

 

 

 

 自分たちではなく、あの槍兵自身によるものに他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────え?」

 

 

 ────不意に

 風に乗って聞こえてきた男の言葉に、イリヤは思考を止めて声を洩らした。

 

 

 そのまま呆然と地上を見遣れば、いつの間にか彼は地につけていたその四肢を起こし、どこか明後日の方角を向いてこちらから意識を逸らしているようだった。

 不気味な胎動をしていた男の紅い槍も、気づけば、その不吉な光を収めていた。

 

 

 ……先ほどまで凍りついていた空気が急速に弛む。

 

 

 麻痺したように活動を鈍らせていた身体が、死の影から解放されて貪欲に生へと食らいつく。

 無意識のうちに止めていた呼吸を再開させ、取り込んだ酸素にふっと思考がクリアになったとき、地上から、今度は遠くからでも十分に聞こえる大声が響いた。

 

 

「すまねえな、お嬢ちゃんたち! どうも都合が悪くなっちまったみてえだ!!」

「え────」

「悪いが、勝負はひとまず預けさせてもらうぜ!」

 

 

 唐突に投げかけられた言葉に、

 イリヤたちが疑問を挟む暇もなく。

 

 

「────あばよ! 

 オレが次に殺すまで、おまえら全員死んだりするんじゃねえぞ!」

 

 

 男は短くそう言い置き、とん、と、軽やかに地を蹴ってその場を飛び出していった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を、上空から、少女たち三人は呆然と無言で見送り眺めた。

 彼女たちの反応を待たず場を離脱したあの槍兵は、夜が深まり、民家の電灯すらほとんど消え始めた暗い冬木の街へ、みるみるうちにその闇の中へ溶け込むように、気がつけばその姿を紛らせて忽然と見えなくなってしまった。

 

 

 まだ言葉もなく、男が消え去った街をようようと見下ろしていたイリヤの側で、ふと、他の一人と一機が口を開いた。

「うむむ。私たちは助かったんでしょうね〜、たぶん」

「あいつ……本当に何だったんだ」

 どこか気の抜けたような両者のつぶやきに、イリヤは思わずはっと我に返り、次の瞬間には相棒のステッキへと喰ってかかっていた。

「そ、そうだよ、ルビー! あれ一体なんだったの!?」

「う〜ん、なんと言われましても。あれはゲイ・ボルク、因果逆転の必殺の槍です。……とはいえ、どうにもその対人戦における反則ぶりばかりを警戒していましたが、あの槍兵の真名はクー・フーリン。彼の逸話を顧みるに、あのままでは私たちはうっかり取り返しのつかない一撃を受けていたやもしれませんね〜」

「だからよく分かんないよっ! って、わたしたち、うっかりで死ぬところだったの!?」

 終わったことだと暢気に語るルビーに、がぼーんとショックを受けたようなイリヤ。

 

 

 すると、そこで、依然として少女に掴まれる形で宙に浮かんでいた少年が、どこか決まり悪そうに口を挟んだ。

「あのさ。とりあえず、もう下に降りないか?」

「……あ」

「確かにあいつは危険な奴だし、実際に俺も殺されかけた……というか、やっぱり本当に殺された気がするんだけど……。それでも、こんなチンケな嘘でわざわざ隙を窺う奴じゃないと思う。……それに、このままだと何というか……落ち着かないんだ」

 

 

 気まずげに紡がれた彼のその言葉に、イリヤは今はキャスターの杖の姿を取っているルビーを見た。その視線に、相棒は先端をぴこぴこと光らさせて無言で同意を示す。

 なんだか少し微妙な空気感に、思わずイリヤも黙ったままで頷いて、ゆっくりと地上に降りることにした。

 

 

 先ほど遠慮なしに自分が放った魔弾の所為だろう。庭はあちこちがひどく抉れていて、降り場に少し困った。

 イリヤは微妙な位置調整をしながら下降しつつ、自分が掴んで吊り下げている兄の顔を盗み見ると、幸い、兄はこの惨状について特に気に留めていないようだった。

 けれど、その一方で、何かを深く考え込むように真剣な表情を作っている兄。その様子に少しの不安が胸に湧きつつ、イリヤはたどり着いた地面に兄を下ろし、自分もそのすぐ傍に着地した。

 

 

 地上では風が緩やかに吹いていた。

 塀で囲まれているからか、冬なのに少し暖かい風が吹きだまるこの家の庭。

 その庭の地面にやっと足をつけて落ち着けたのだろう。士郎はイリヤたちに視線を寄越さないまま、体の動きを確かめるように軽く屈伸運動をしはじめた。

 

 

 その兄をイリヤは横目で盗み見る。そうして改めて考える。

 この世界の彼。

 異なる世界からやってきた自分たち。

 先ほどまでの怒涛の出来事と、やっと落ち着けた今の状況。

 聞きたいこと、確かめたいこと。

 そんなことだらけで、いったいどうやってこの兄に話し掛ければ良いか、イリヤが躊躇っていると────

 

 

 くるりと、

 先ほどまで身体を動かしていた彼が背を翻し、彼女の方を向いて言った。

 

 

「よし。もう一回、お互いにちゃんと自己紹介しとこう」

「え?」

「ほら、俺たち、今まではなんだかんだずっと落ち着けないままだったじゃないか。今日はあいつが襲ってきたし、昨日だって、君は起き抜けで混乱してただろう? だから色々話す前に、もう一度改めて自己紹介したいと思って」

「おーなるほどー! ではでは私から────」

「いや、お前はもういいぞ。……なんか話がややこしくなりそうだし」

「むむ」

 

  

 二人の微妙なコントが繰り広げられている間に、思わず呆気にとられていたイリヤがハッと気をとりなおし、どうにかこうにか返答を返した。

 

 

「……えっと。わたしの名前はイリヤ……イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、です」

「うん、よし」

 

 

 その自己紹介を受けて彼は頷き、告げられた彼女の名前を口内で幾度か呟き始めた。

 外国人風の名を呼ぶのに慣れていないのか、自分の中で馴染ませるのに少し苦戦した後、やがて彼は、イリヤにとって見事に聞き覚えのある発音で口を開いた。

 

 

「それじゃあ、イリヤだな。俺の名前は衛宮士郎。士郎って呼んでくれて構わない」

「……」

「よし。これでお互いの口から名前をちゃんと交換できたな。……ええと、それで俺も色々聞きたいことはあるし、たぶんそっちも俺に聞きたいことがあると思うんだけど……とりあえず改めて」

「……」

「────さっきは助けてくれて、ありがとう」

 

 

 ……その兄の言葉に

 イリヤは少し、息が詰まった。

 

 

 だって彼女はこれまでずっと、自分がどうやって動けば全て上手くいくか、そんなことばかりを延々と考えていたのだ。

 戸惑いや恐怖を飲み込んで、なんでも無いように。

 

 

 そんな時、自分がそうまでして必死に守ろうとした人に、そんな考えもしていない言葉を掛けられてしまうと、堪えていた激情が怒涛のようにせめ寄せてきてしまう。

 その胸に湧き上がった感情に、イリヤは知らず目頭が熱くなるのを感じながら、なんとか一言だけ、彼に言葉を返した。

 

 

「────うんっ」

 

 

 なんだかやけに、鼻がつんとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてしばらく。

 色々な感情が綯い交ぜになって胸に迫り上がったイリヤに、目の前の兄は何も話しかけずにいてくれたのだが、やがて、彼女が少しづつ気持ちを落ちつかせていたのを悟ったか、夜の緩やかな風が彼らの間を吹きすぎていった時、それに押されるように彼が新たな問いを投げかけてきた。

「さっきも言った通り色々と話したいことがあるんだけど、いいか?」

「あ……は、はい!」

「うん……ええと、まず俺から聞きたいんだけどさ。もしかして、イリヤは俺のことを知ってたのか?」

「え?」

「いや、さっきのあの男との戦いの時、たまに俺のことを『お兄ちゃん』って呼んだりしてただろ? それに、気のせいかもしれないけど、なんだかやけに俺のことを気にかけてくれてるようだったからさ」

「あ、それは……え、ええっと……シロウさんのことはよく知ってたんですけど、シロウさんのことは知らないっていうか……」

 自分の兄と目の前の彼。イリヤはもう既に彼に全部事情を話す気ではいたのだけど、どこから説明していいのか少し悩んだ。

 すると彼が、

「あ。そう言えば、昨日の夜は親父のことも言ってたし、もしかして親父から俺のことを聞いてたのか? ……いや、イリヤの親父さんと切嗣は別人だったんだっけ」

「あ、うう、えええ、知り合いっていうか、おとうさんの事も知ってはいるんですけど……。ふえぇ、ルビー、シロウさんにどう説明したら────」

 

 

 そこまで言いかけて、イリヤはようやく気がついた。

 いつも騒がしい相棒が、なぜか黙ったままでいることに。

 

 

「……むぅ、この気配は」

「……ルビー? どうしたの?」

「いえ……これは警戒すべきなのか、それとも待つべきなのかと思いまして」

「……?」

 歯切れ悪いその物言いに、イリヤは疑問を浮かべる。

 その二人に、そのとき吹きつけた風にぶるりと震えた士郎が口を挟んだ。

「あのさ。とりあえず、もう時間も遅いし家の中で話さないか?」

「あ、シロウさん」

「いくらこの辺は暖かいって言っても、冬だし寒いだろ? 家に入ったらお茶も出せるし、着替えも新しいのを出せるからさ」

 まだキャスターカードのローブ姿でいる自分を心配したのだろう。それは兄らしい気遣いの篭った申し出で、自然と口元に笑みが溢れてしまう。

「えっと、はい。わかりまし────」

 

 

 

 

 だからそれは、本当に突然のことだったのだ。

 

 

 

 

「あら、それじゃあその話、私にも聞かせてもらっていいかしら?」

 

 

 

  

 不意に背にかかった声。

 その突然の声に、やけに緩慢にイリヤは後ろを振り向いて────彼女は思わず目を見開いた。

 

 

 聞き覚えのある凛とした声。

 見覚えのある端正なその顔。

 

 

 イリヤが知っている、赤い外套を身にまとったその彼女は、自身の肩に掛かった綺麗な黒髪をぱさりと手で払い、挑戦的なまでに優雅なその口調で、きっぱりとこう言葉を継いだ。

 

 

「────こんばんは、聖杯戦争のマスターさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(あとがき)
うっかりん様の登場です(^^)

ちなみに、感想欄でしきりに心配されておられる
原作メインヒロインことセイバーさんですが、
本作でもちゃんと登場されますので
もうしばらくお待ちください……。

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