Fate/stay night プリズマ☆イリヤ 作:やかんEX
八枚目のカード回収。
とにかくそれは難航を極め、鏡面界ではなく外界に顕現した異常を倒すべく、イリヤはルビーとサファイアの二対のステッキを使い、自身の身体全てを代償に力を引き出すことにしたのだった。
そして、結果。
賭けに勝ったイリヤは、最後にして最大の敵を討ち果たし、残るは目の前で地面に座りこむ美遊を引っ張り上げるだけとしていた。
全身が痛みで軋む。
それもそうだろう。筋肉、血管系、リンパ系、神経系までをも魔術回路として誤認させ、自身の全魔力を捻り出したのだ。痛覚共有を通じて同じ感覚を得ているクロには随分申し訳ないことをしたなとイリヤは思う。ボロボロの身体では、この場に立っているだけでもやっとのことだ。
……ただ、そんなことは、今のイリヤには関係なかった。
彼女は決めたのだ。
目の前で、まるで迷子の様な目をしてこちらを見つめている少女が、たとえどれだけ大きな秘密を抱え込んでいるのだとしても、たとえその秘密に触れればもう引き返せなくなってしまうのだとしても、自分は、そんな彼女を、自身の全力を持って助け起こすのだと。
────ミユはわたしの友達だから。友達が苦しんでいるなら、もう放っておいてなんかあげない。
「ねぇミユ、帰ろ?」
そう言って手を差し出したイリヤに、言葉を返せずにぱくぱくと口を開け閉めする美遊。先ほどまで流していた涙の痕も相まって、ひどく間が抜けた感じだ。
その様子がやけにおかしくて、イリヤはなんだか、疲れきった体がゆっくりと癒されるような気がした。
「イリヤ……う、上っ……!」
「え?」
だけど、何故か焦ったように慌てて声を絞り出す美遊に、イリヤは言われるが儘に頭上を見上げて────
空が
ばくりと
縦に
裂けた────
「────なに、あれ」
思わず惚けた声を上げるイリヤ。
そんな彼女を置いて、辺りの空気を突如揺るがしたエーテルの奔流。
ごうごうと音を立てて沸きあがった突風に頭上から嬲られ身を屈めるしかないその場の全員を余所に、倒れこみながらも一人悠然と空を見上げていた金髪の少年が、そのままの格好で、はたと呟いた。
「あ、しまった。
「なっ、なんですって〜〜〜〜ッ!!??」
その言葉に叫んだのは凛とルヴィアだ。
何が逆鱗に触れたのか、彼女たちは二人して物凄い形相で少年を睨みつける。
しかし、その視線の先。この現象の原因となったその彼はというと、「あははは」なんて楽しげな笑い声をあげているだけだった。
そして、そうこうしている間に、状況が動く。
「イリヤッ! 手をッ!!」
「え!!?」
急にそう言って手を差し伸ばしてくる美遊にも、イリヤは戸惑って動けない。
しかし、次の瞬間。彼女は美遊の言いたい事を理解した。
身体が宙に浮いているのだ。
ステッキの力でもなんでもなく自然に。
あの頭上に現れた孔に向かって、吸い込まれるように彼女たちの身体は浮かび上がっていく。
「ミユッ!?」
「イリヤッ!!」
互いに名前を呼び、二人は同時に手を伸ばす。
そうして空に吹き上げる風を切り、彼女たちの指と指が重なり合おうとして────しかし、あと数センチの間隙を埋めようとしたその瞬間、より強い突風が場全体を包み込んで巻き上がった。
「いやぁぁああああ!!!???」
イリヤは叫びを上げ、まるでブラックホールみたいな孔に呑み込まれていく。強い烈風に耐えながら薄目を開けた彼女は、自身と同じように吸い込まれていく他の皆の姿も視認した。
だが、それだけだ。
世界を切り裂いた事象の前では、少女一人にできることなど何もない。
堪えきれなくなって目を瞑ったイリヤは、そのまま深い闇の中に呑み込まれていった。
■
「……ぅん」
イリヤが目を覚ました時、まず彼女は、まだ今が夜だということを認識した。
夜特有のしんとした静寂が場を包んでいる。
頭上にある筈の月は雲の後ろに身を隠し、辺りは墨を流したような暗い闇に染まっていた。
「ここは……」
身を起こして周囲を見渡す。
そこは、見たことが有るような無いような。
緩やかな坂道になった、静かな住宅街の一本道。
道のところどころにぽつぽつと立っている街灯が、黒一色に塗りつぶされた暗い闇の中、無機質な青白い光を宿して、ぼんやりと白く浮き上がっていた。
「……さむ」
横から吹き付ける風が肌身を叩いた。
雪は降っていないようだが、その寒々とした空気は冬の季節のもの。
イリヤは反射的に素肌が曝け出されている腕をさすり────そこで彼女は、自身の纏っている服が意識を失う前の魔法少女服でなく、変身前に着ていた自前の私服だということに気がついた。
「ルビー?」
小さな声で呟いた。
「ミユ? クロ? リンさん? ルヴィアさん?……みんな、何処にいるの? 悪戯だとしたら、性格が悪すぎるよ……」
か細い、消え入るような彼女の言葉にも、人通りの絶えた道は答えない。耳の痛い静けさの中、街灯に嵌められた白い蛍光灯が、じじ、と、僅かに明滅しながら爆ぜるような鈍い音を立てた。
知らない場所で夜に一人。そんな意味不明な状況で、時間だけが、ただ滔々と過ぎていくように感じられた────その時だった。
寒空の下、身を縮こまらせて独り震える彼女の背に、不意に、声が掛かる。
「ねぇ、あなたは誰?」
夜の底に、まるで鈴の音のように響く、自分と同い年くらいの少女の声。その声に引き付けられるように、イリヤは後ろを振り向いた。
すると闇の中、街灯に浮かび上がる長い銀色の髪。紅玉を嵌めたように透明な紅い瞳が、イリヤに向けられていた。視線の先に立つ、紫紺の外套とロシア帽を纏ったその人影に、彼女は瞠目したまま言葉を返せない。
────自分と全く同じ外見をした少女。
クロとも異なる、瓜二つなんて言葉も足りないくらい完璧に自分と同一なその姿。
「ふうん。どうやったかは知らないけど、わたしを真似るなんて大胆なことをしたものね」
これまた自分と全く同じ声で、目前の少女がそう呟いた。
けれど、その冷たい声色。その冷たい気配は、自分ともクロとも少しも似通っていないものだった。
……上手く頭が回っていない。
今日起こった全てのコトが異常だったけれど、今はもう、自分の理解が及ぶ範囲をとっくに超えてしまっていた。
一方、そんな風に呆然とするイリヤを、少女はまるで実験動物でも見る様にまじまじと検分していたのだが、唐突に気まぐれに、彼女はその瞳から興味の色を失わせると、ひどく冷たい声色で、口を開いた。
「まぁ、いいわ。あなたが何者であろうと、わたしを知っているなら聖杯戦争関係者ということでしょうし。それなら、扱いなんて簡単だもの」
無感情にそう言い切り、少女が右手を上げる。
すると、イリヤの目の前に、俄かには信じられないモノが忽然と浮かび上がった。
意志の感じられない虚ろな瞳。
申し訳程度に身に付けられた、鈍錆色の鋼の軽鎧から露出する、岩のような体躯。
纏われた、見ている人間を圧迫するような尋常ではないほどの夥しい魔力。
そして褐色の、血の気のない大男の手に握られた、大岩から砕き出したような無骨な大戦斧。
────それは以前、自分たちが力を合わせて、確かに打倒した筈の存在だった。
そして、そんな有り得ない光景に怯え、カチカチと歯を鳴らして動けないイリヤを尻目に、少女はくすっと浅い笑みを洩らすと、次にそのあどけない表情とまるでそぐわない、ぞっと底冷えのする冷酷な声で、自身の後ろに控える異形に、命令を下した。
「────殺しなさい、バーサーカー」
(あとがき)
プロローグは短めに。
以前息抜きに書いた長編の導入を、
修正して投稿してみました。
折角ですし、残りも修正して
UPしてみようかと思います。