短編 むしうた 作:ひとくちサラミ
”かっこう”に捕獲された主人公、果たしてどうなる!?
ちょいシリアス。
目が覚めた先で顔を上げれば、驚いた顔の少年――まだ中学生くらいだろう――が居た。黒髪に黒目の平凡な顔立ちで、服装も大して変わらなかった。
周囲に人影が見当たらないことからも、治療したのは目の前の少年で間違いない。
驚きと焦りが浮かぶ顔で下がろうとしていたので腕を掴む。すると少年はわかりやすく硬直した。虫らしき影は見当たらない。オレが起きると察して隠したか。
かっこう虫が肩にのる。その体から傷が消え去っていたのを確認して、自分の体調がかつてないほど万全になっていることに気づく。心も体も。まるで生まれ変わったような心地だった。
じっと相手を観察していれば、少しの違和感を覚えた。虫憑き特有の怯えがない。化け物と怯えられる恐怖も、欠落者にされ心を失う恐怖も、目の前の彼からは見受けられない。特になりふり構わずな必死さ――ここから逃げようという意気込みが感じられない。
これは――夢を追うものの目ではない。
(……虫憑きじゃ、ない?)
数多の虫憑きと戦ってきたからこそ分かる経験側――そこから導き出される答えは、少年が虫憑きではないと告げている。なら、この少年はなんだ?疑問は、口からするりと零れ落ちた。
「お前――何者だ?」
「……通りすがりの一般人です。ストップ、なに物騒なもの持ってんですか!やっぱ悪の組織の下っ端かアンタ!――倒れている人が居たので救急車を呼ぼうとしたただけす。この距離なのはあなたが怪しげな格好していたので逃走用です。…まじで逃げたいんですけど。そんだけ元気なら救急車要りませんよね。家に帰らせてくれません?幸いソッチの顔見てないんで。怪しいヤツが居たくらいで終わらせられるんで」
一般人というふざけた単語が出てきたので思わず銃を向けようとしたら、かなり恐れられた。しかも言い訳を聞いてみると、自分を保護しようとしたらしい。隊服を見て『怪しいヤツ』に認識が切り替えられたらしいが。そしてさっきので確定している。
この格好を知らないとなると――特環自体知らないのかもしれない。その可能性が高い。『怪しい組織』なる表現からそう取れる。下手したら“虫”の存在すら知らない一般人かもしれない。だが、そうなると――
(オレの異様な回復と、こいつは関係ない?)
それはないと言い切れる。なぜかそう感じるのはどうしてだろう。他に人が見当たらなかったから?こいつが気づかなかっただけ、の可能性は?
「他に誰かいたか?」
「おれが知る限りでは見てませんね。この辺不気味なくらい人が居なくって…まあ、あそこの公園で何かあったせいだと思うんですけどねー」
じとーっと睨まれた。明らかに関係があると見られている。まぁ、事実だし。この状況だと関係者とみられても仕方ないか。あの戦闘痕を見た後で、近場に『怪しいヤツ』が怪我して倒れてたら尚更だ。――しかし。
(“かっこう”の姿のオレにこんな態度をする奴が居るとはな…)
少年からはすっかり恐れの感情が消えていた。代わりにあるのは非難の色である。
恐れと憎しみ以外の感情を向けるやつなんて――いや、居たか。戦い好きな戦闘狂と、
かつて自身の手で終わらせた一人の虫憑きの少女。あの雪の日。オレは――
「もしもーし。意識飛ばす前にこの手を放してくれませんかねー?」
感傷に浸る前に、意識を引き戻される。相変わらず前には名も知らぬ一般人の少年。しかし少年はひどく不満顔だ。さっさと手を離せと表情で訴えている。
さっきからなぜか釈然としない。少年に出会ってからいろいろと振り回されているような気がする。銃然り、過去への感傷然りだ。
「…怪我人なんでな。貧血だ」
「いやいやいや。お宅十分元気でしょ。元気ハツラツでしょ。――でさ。このペットどうにかしてくんね?こっちにくっ付いてくるんですけど」
気づけば『かっこう虫』が少年の肩にのっていた。いつの間に、と思わなくもない。それよりも、宿主以外の人間に寄っていることに、驚きを隠せずにいた。きっとゴーグルがなければ、表情が丸わかりだっただろう。
虫には警戒心というものがないのだろうか。――いや、そんなことはないはずだ。虫は常に殺されるかもしれない危険と隣合わせだというのに。戦いのときでもそんな無防備なことはしない。人前にも姿を現さない。ましてや、知らない他人の肩に乗るなどと――前代未聞だ。
「おまえ、肩に乗るの好きだなー。さっきも乗って来たし。なに、そんなに心地いいワケ?おれの肩は」
――だというのに、少年は今なんと言った?『さっきも乗って来た?』――オレが、宿主が気絶してる間に、無防備に人前に出ていた?
………あまりの衝撃に倒れそうだ。体勢的にはこれ以上無理そうだが。
「おーい。大丈夫か?え、マジで具合悪い?おい、おまえのご主人、具合悪いってよ。あっちに行ってやれって。ブラック企業でも一応ご飯はもらってんだろ?メシ代は働かないと――」
なにか非常に勘違いされているが、正直今はそれどころじゃない。かっこう虫が説教は嫌だとばかりにこっちに跳んできたのもきっと何かの間違いだ。そうだ、そうに違いない。
目の前の一般人――ほんとうに一般人なのか?正直、怪しくなってきたんだが――をこれ以上引き留めるのはよろしくないだろう。仕方ないから、あとで土師に調べさせて――。
「あ、人のことコソコソ調べまわるのは止めてくれよ?なんか狙われそうだし。そうなったらおまえの敵側に回るぞー」
オレは思わず固まっていた。考えを見透かされたというのもあるが、敵に回ると告げるその表情が、決して嘘ではないと目が語っていた。そして、彼が敵に回ればとんでもないことになる――とオレはこの時悟ったのだ。
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あ、念のために釘指したら固まった。これは図星だな。悪役とは思えないほど反応が素直だ。下っ端だからか?見た目通り若いってことか。へんな格好してるけど。
しっかし、調べようと意識させるくらいに目を付けられたか。そうなると、ここで凌いでも繋がりが出来たことに変わりはない。所謂『縁』ってやつですね。
なにごとも時期は大事だ。そして見極めも。
それらを見誤って下手に抗おうとすると、ますます深みに嵌るのだ。おれはそれを自身の経験則から知っている。
―――ここいらが潮時か。
はぁ、とため息を吐き、心の中で覚悟を決める。下っ端くんが訝しんでる雰囲気がするけど、無視して彼と向き合うようにしゃがみこむ。
「さっきはこっちが勝手に決めつけた前提で話してたけどさ。お宅、なんか組織とかに属しちゃってる?」
「……それが?」
「それならその組織とやらにオレのことは一切秘密で。情報を漏らさないでほしい。組織としての君が、俺と出会ったことすらも。その上で名前――本名を教えて顔をさらしてくれ。んでもって、おれと友達になってほしい」
「は?」
おれの言い分に、相手が呆けた顔になるのが、ゴーグル越しでもわかった。
****
顔と本名晒して友達になってほしい――そう言った少年に、オレは呆気にとられていた。傍から見て、相当間抜けな反応をしていたと思う。
いやしかし、オレは悪くないだろう。正体不明の怪しいヤツに、友達になってくれ、と告白する方がおかしい。そうに決まっている。…間違ってないよな?ちょっと不安になった。
「なにを企んでる?」
だからこんな風に怪しむのも無理はないと思う。そう言ったら、困った顔をされた。おい、なんでそうなる。なんでオレが悪者みたいな空気になってるんだ。そりゃ特環――虫憑きの間では“悪魔”で通ってるが。
「簡単にいえば、取引してもらおうと思って」
「取引、だと…? おまえ、やっぱり虫憑きか?」
「ムシツキ…? よくわかんないけど、違うよ。そんな風に呼ばれてこともないし」
虫憑きを知らないだと…?本当に一般人らしいな、コイツは。目は嘘をついてないし。そもそも単語の意味を理解していない。
「…じゃあ、なんだ」
「それを教えるかはソッチ次第だよ。取引に応じるか、応じないか」
「……内容は」
「おれを君の友人として扱うこと。組織の一員としての君ではなく、ただひとりの君の友人として。世界中のだれがどんな風に言おうとも、ただひとり、キミが友として扱ってくれるのなら―――おれは、数多居る人間の中で、ただひとり、キミ個人だけにちからを貸そう」
どんな要求かと思えば、無理難題でもない限りなくなんでもないことだった。ただ、口にするのは簡単だが、実行するのはとても難しいような――そんな契約。
少年の言葉と垣間見せた切ない表情だけで、ある程度の事情は察することが出来た。
少年をただの人ではなく、『力』として見る人間が大勢いた、という程度のものだが。
少しだけ似ていると思った。
一人の虫憑き”かっこう”ではなく、恐怖の代名詞としてしか見られない自分と。
薬屋大助に戻れば、自分のことを知らない人間はそんなことはなくなるが、この少年にはそれがなかった。ただの人に戻れる場所が。
その気持ちが理解できたからこそ、オレは少年を受け入れようと思った。ただ、
「急に意思が変わったのはなんでだ」
これだけは聞いておかねばならない。途中で何かのきっかけがあったのは間違いないのだから。観念した、というには様子が違うものだった。
そういうと、少年はくしゃりとした顔で笑った。悲しそうに泣きそうな顔で。
「―――潮時だと思ったから」
そう告げた。
「おれのことを調べるほど、アンタは興味を持った。ならあとは時間の問題だ。時期を間違えれば、最悪の形で利用されるのは経験からわかってる。
おれのちからは誰でも欲しがるものだ。権力や金が欲しいヤツ。宗教的なもので祭り上げられるかな。情報が広まれば、良くて日本中での取り合い。下手をすれば世界中からの取り合いからの戦争だ。第三次世界大戦なんて夢じゃない。すぐそこで起きる現実になる。そうしておれは、道具として扱われる。戦争に勝つための道具として。すべてが終わるまで」
かつて起きたことだとでも言うように、淡々と少年は告げる。ただの事実として。世迷い事だと切って捨てられなかった。その言葉には経験からくる重みがあった。
当時、コイツが感じたであろう血を吐くような思いがあった。
「わかるか?たったひとりの人間が欲しくて――正確にはそいつが齎す力だけど――世界中が戦争一色に染まったんだ。平和な国だってあったのに。貧しい国だってあった。けど、おれがいれば生きられるからって――死ににいったんだ!それこそ戦えなくなるまで!戦おうとする人間が一人残らずいなくなるまで!」
掴んでいた手が逆に掴まれていて、物凄い力で握られていた。ぶるぶると震える手から、その表情から、泣きそうなのに決して泣きはしない顔から、苦しみと悲しみが痛いほど伝わってくる。かつてを思い出す少年に、オレは疑うことが出来なかった。
「おれのちからは戦うためのものじゃない。真逆だ。それなのに、おれを欲しがる連中が争いを起こす。だから、決めたんだ。おれを利用しようとするなら、敵に回る。欲しがるヤツなら、それこそいっぱいいるからな」
苦しげに、しかしそれでも「ざまあみろ」とばかりに少年は笑った。
書けたのはここまで。ちょっと中途半端かも。
主人公の特殊体質↓
とある世界の癒しの女神の加護により、自分を中心とした一定の範囲に居る『意志ある生物』を瞬く間に万全の状態まで回復する。
それが瀕死の重傷でも。決して治らない病でも。例外はなし。
過去に、ある世界で早々に体質に目を付けられ、戦場を連れまわされた苦い思い出を持つ。