鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第94話 弱者の矛、魔王を突き刺す

『私たちに協力してくれませんか?』

 

 フェリのいるグレンダン王宮の一室。花弁の形をした念威端子が端子用の隙間から入ってきて、そう伝えてきた。機械音声のような、作られた声だ。

 フェリの表情は無表情だったが、内心はとても驚いていた。フェリだけではない。その部屋は念威操者の待機場所であり、デルボネやグレンダンの念威操者もいる。デルボネはあらあらと口に手を当てて嬉しそうに微笑んでいるが、それ以外の念威操者全員微かに目を見開いて花弁の念威端子を凝視していた。

 この花弁の念威操者は、デルボネを除いた全ての念威操者に見つからずにここまで念威端子を移動させたのだ。それをやるためには無数にある念威端子の索敵範囲を把握し、その僅かな死角を念威妨害を駆使して端子を隠しつつ移動させる必要がある。とてつもない技量の念威操者だと、その場の誰もが理解した。

 

「協力……とは?」

 

『あのルシフを出し抜けるかもしれない作戦があります。その作戦を確実に成功させるためには、優秀な念威操者である皆さんの協力が必要です』

 

「デルボネさん……」

 

 フェリは車椅子に乗っているデルボネの方を見る。デルボネは笑みを深くして何度も頷いていた。

 

「面白そうじゃありませんか。今陛下に念威端子でこのことを伝えたらルシフの耳にも届いてしまうかもしれませんので、秘密裏にやりましょうねぇ。それでよろしいですか? 謎の念威操者さん」

 

『……はい。協力、感謝します』

 

 それから秘密の作戦の内容を聞き、グレンダン側の念威操者は作戦に向けて密かに動き始めた。

 

 

 

   ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ルシフはかなり後方まで跳んだため、アルシェイラたちとはかなり距離が開いていた。当然ルシフの周囲には今、多数のグレンダンの武芸者がいる。

 ルシフの後方にいる武芸者二人が身体を震わせて、それぞれの得物──刀と槍をルシフに向けた。刀と槍を持つ手も震えている。

 

「……やァアアアアア!」

 

 恐怖を殺すべく叫び声をあげて、二人が同時に得物をルシフの背中に突き出した。ルシフは振り向きもしない。刀と槍がルシフに触れた瞬間、どちらも粉々に砕け散った。

 

「……ッッッッッ!?」

 

「逃げろォッ!」

 

 レイフォンが思わず叫んだ。

 ルシフは背を向けたまま、右の裏拳で一人の顔面を殴り、更に左の後ろ蹴りがもう一人の腹を直撃した。顔面を殴られた方は気絶しながら後ろに転がり、腹を蹴られた方は両手で腹を抱えてうずくまった。

 

「ルシフの相手はわたしと天剣授受者、レイフォンがやる! あんたらは剣狼隊と闘いに行きなさい! あんたらにルシフの相手は荷が重すぎる!」

 

「りょ、了解しました! 女王陛下ッ!」

 

 ルシフの周囲にいた武芸者は一斉に散り散りになっていった。武芸者と剣狼隊が入り乱れている外縁部で、ルシフとアルシェイラたちの周辺だけはぽっかりと穴が空いているように空間ができている。

 アルシェイラ、リンテンス、カナリス、ティグリス、サヴァリス、トロイアット、レイフォンは互いに目配せした。全員小さく頷くと、散開しつつルシフとの距離を詰める。

 アルシェイラや天剣授受者、レイフォンは誘い込んでの奇襲でルシフを戦闘不能にできるなどという甘い考えはしていなかった。ニーナはルシフを出し抜いた時点でルシフは自分たちを対等な相手と認め、戦闘を中断するのではないかという希望的観測が多分に含まれている説を主張したが、誰からも同意は得られなかった。

 つまり何が言いたいかといえば、グレンダン側は作戦後のルシフとの戦闘も見据え、しっかり戦術を決めていたということ。

 

「ッラァッッ!」

 

 アルシェイラが二叉の槍をルシフに思いっきり叩きつける。ルシフは方天画戟で防いだ。ぶつかりあった衝撃が波紋のように拡がり、衝撃波となって外縁部を蹂躙する。その強烈さは誰もが戦闘を中断し、踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまう程。

 ルシフは防ぎつつ、自身の周囲に鋼糸が張り巡らされているのに気付いた。すかさず纏う剄を化練剄で電気に変化。鋼糸に放つ。化練剄の変化、雷綱。電気が鋼糸に絡みつく。その瞬間、鋼糸の剄が衝剄となり、絡みついた電気を弾き飛ばした。鋼糸の剄技は継続される。

 

 ──リンテンス。己の技を磨いてまで鋼糸にこだわったか……いいぞ! それでこそ天剣最強と呼ばれるに相応しい!

 

 ルシフを閉じこめるように、鋼糸は三角錐の形に組み上げられた。アルシェイラが槍でルシフを上から押さえつけているため、ルシフは圧力で逃げられない。

 繰弦曲・崩落。鋼糸による衝剄を内向きに放ち、更に結界を維持することで衝剄の威力を内側に凝縮。結界内にあるもの全てを圧殺する剄技。

 アルシェイラは三角錐が完成した直後、二叉の槍を三角錐内から引き抜いた。三角錐に組み上げられた鋼糸の剄が衝剄に変化し、ルシフの全方位から強力な圧力を加える。ルシフも全身から衝剄を放ち、リンテンスの剄技に対抗。三角錐内は衝剄によるとてつもない光で外から見えなくなっている。

 そのまま十秒後、三角錐の結界が解かれる。解いたのではない。三角錐内の圧撃を維持できる時間がリンテンスをもってして十秒なのだ。

 ルシフの姿が見える。ところどころ黒装束は破れているが、目立った傷は見当たらない。

 

「あれを相殺したのか……化け物だな」

 

 リンテンスが目を見開き呟いた。リンテンスの剄技の中で最も破壊力のある剄技なのだ。それに真っ向なら対抗し、勝つ。三角錐の一部をこじ開け逃げるという選択もあった筈だ。だがルシフは逃げなかった。

 一陣の風が戦場を吹き抜けた。ルシフが咄嗟に方天画戟を払う。巨大な剄矢が方天画戟の穂先にぶつかっていた。剄矢の後方。ティグリスが弓を構えている。

 ルシフは方天画戟を振り抜き、剄矢を消し飛ばした。

 ルシフの気が一瞬逸れたのを見計らい、サヴァリスがルシフの背後に顕現。

 剛力徹破・咬牙。強力な衝剄と浸透剄で内外から同時に相手を破壊する剄技。これなら金剛剄でも防げまい、とサヴァリスは考えた。

 サヴァリスの拳をルシフは右手で受け流し、同時に左足の蹴り。

 

「そうくると……思ってたよ!」

 

 サヴァリスは回転しながら半身となって蹴りをぎりぎりかわし、逆の拳で再び剛力徹破・咬牙を放つ。その間もアルシェイラ、レイフォン、カナリスがルシフの死角から間合いを詰め、リンテンス、ティグリス、トロイアットは後方で剄を練り、ルシフの隙を窺っている。

 

「オオオオオオッッッ!!」

 

 ルシフがいきなりとてつもない雄叫びをあげた。その雄叫びはグレンダンだけでなくヨルテム全体まで届くかと思う程である。アルシェイラ、レイフォン、カナリス、リンテンス、ティグリス、トロイアットは思わず耳を塞いだ。その雄叫びにより、外縁部にいる武芸者と剣狼隊は数瞬戦闘を中断し、身体を硬直させていた。

 サヴァリスの拳はルシフの背中に当たる寸前で方天画戟に止められていた。サヴァリスの両耳からは血が流れている。攻撃的な剄が混合された音に、声量だけでも鼓膜が破れるのに十分な大きさ。ルシフと触れ合うほど接近し攻撃の体勢をとっていたサヴァリスに、耳を塞いで防御する時間は無かった。

 

「サヴァリスッ!」

 

 アルシェイラが叫んだ。

 サヴァリスは反応しない。サヴァリスの両耳の鼓膜はルシフの雄叫びで破られている。今のサヴァリスは聴力を失っていた。にも関わらず、凄絶な笑みをサヴァリスは浮かべている。

 

 ──音が消えた……? ハハッ、それがどうした!

 

 ルシフの右足の蹴りがサヴァリスの左腕を捉える。サヴァリスの左腕は直角に曲がり、骨が折れた。構わず、サヴァリスはルシフの眼前まで迫っている。

 千人衝。しかし、サヴァリスは一人。いや、千人のサヴァリスが重なっていた。つまり、これから放つ攻撃は千倍の威力をもつ。

 サヴァリスの左膝蹴り。ルシフの腹部を捉える。ルシフの身体が粉々に吹き飛んだ。サヴァリスが目を見開く。サヴァリスの背後にルシフが現れた。ルシフもサヴァリス同様千人衝で質量のある残像を創っていたのだ。

 耳が聴こえないサヴァリスは、背後にルシフが現れたことに気付かない。

 ルシフの周りに円形のレンズが創られる。トロイアットの伏剄が起動し、トロイアットが剄技を放つための剄を練り終えたのだ。

 サヴァリスは振り返り、そのまま後ろに跳躍。

 同時にレンズが太陽の光を浴び、輝き出した。熱線がルシフに集中する。ルシフは方天画戟を横に一薙ぎ。周囲のレンズが破壊され、熱線が消失。

 トロイアットの唇の端が吊りあがる。

 

 ──このおれがよォ、二度も同じミスをするわけねェだろ。

 

 熱のこもった壊れたレンズ。それがトロイアットの剄により、息を吹き返した。壊れたレンズの破片同士を繋ぎ合わせ、網のような形にしてルシフの頭上からルシフをすっぽり包みこもうとする。灼熱の檻。

 ルシフが灼熱の檻を掴むように右手を開いて突き上げた。衝剄が右手から放たれ、灼熱の檻が完成する前に止める。

 ルシフの左横からカナリスが体勢を低くして肉薄してきた。カナリスは音の斬撃を生み出すため、細剣を振ろうとする。そこでルシフは思いがけないことをした。方天画戟をカナリスに向かって放り投げたのだ。穂先を突き刺すように投げたのではなく、受け渡すような優しいパスだった。カナリスは当然、方天画戟を投げて攻撃してくる可能性もあると考えていた。故に、もしルシフが敵意を持って方天画戟の投擲をしていたら、反射的に対応しよけるか防ぐかできただろう。しかし、パスはカナリスの頭に無かった。あくびが出るほど遅いパスに、カナリスの頭は混乱した。何故なら、選択肢が増えたから。方天画戟はルシフの強さに直結する武器であり、奪うことができれば有利になる。その希望が、カナリスから回避と防御の選択肢を奪い、手を伸ばして方天画戟を掴むという選択肢を選ばせた。

 

「誘いだ!」

 

 ルシフがパスをした瞬間、レイフォンは叫んでいた。ルシフが方天画戟を簡単に渡すはずがない。隙を作らせるための罠。レイフォンは直感でそう思った。

 レイフォンの声が聞こえ、カナリスが手を引っ込めてルシフの攻撃に備えようとする。が、パスを受け取ろうとする際に生じる隙をルシフは狙っていたのだ。見逃すわけがない。

 ルシフが右手をあげたまま灼熱の檻を防ぎつつも、目にも留まらぬ速さで左足の蹴りを放つ。

 

「くッ!」

 

 レイフォンが右手を剣のように振り上げた。右手の剄が衝剄となり、カナリスに向かって襲いかかる。カナリスは突然のレイフォンからの衝剄に対応できず、吹っ飛ばされた。ルシフの左足の蹴りはカナリスの腹部を直撃するはずだったが、カナリスが吹き飛ばされたことでずれ、カナリスの脇腹を僅かに抉っただけだった。カナリスは脇腹から血を溢れさせつつ一回転し、ルシフの後方に着地。顔をあげ、ルシフを見る。ルシフの左手はパスした方天画戟の柄をすでに掴んでいた。間違いなく誘いのパスだった。

 ルシフは灼熱の檻に集中できる時間をコンマ数秒手に入れた。右手の衝剄の強さが増大する。右手に触れていた灼熱の檻が浮かび上がり、粉々になりながら天へ消えた。光の欠片が青空に溶けていく。ルシフは右手の指先を見る。五指の先だけ火傷していた。

 レイフォンがルシフの右斜め前方から接近。レイフォンは左手を背後に回し、人差し指を立てた。これは連輪閃をするという合図。後方にいたリンテンス、ティグリス、トロイアットがレイフォンに向けて剄を放つ。レイフォンの全身が輝き出した。

 それに対し、ルシフもレイフォンに向かって剄を放った。レイフォンは目を見開き、慌てて連輪閃を中断する。レイフォンは中断する前に取り込んだ剄の全てを右手に集中し、衝剄として前方に放った。青白い閃光が外縁部を抉りつつ、ルシフに迫る。ルシフは方天画戟を振り上げた。閃光と方天画戟がぶつかり、爆発音とともに閃光が霧散する。ルシフの左手は閃光の威力でビリビリと震えた。

 レイフォンの右腕は衝剄を放った後、無数の切り傷が生まれた。どれも浅いが、血が出ないほど浅いわけでもなく、レイフォンの右腕は血まみれになる。

 

 ──ルシフ、なんてヤツなんだ。連輪閃を一目見ただけで弱点に気付くなんて。

 

 連輪閃の弱点。それは取り込む剄を取捨選択できないことである。連輪閃の剄に触れた剄は全て取り込む。だから、攻撃的な意思を含んだ剄を取り込ませれば、勝手に自滅する。本来なら連輪閃で剄量を爆発的に増やした少しの間、身体能力を向上させてより確実な攻撃をしたかった。しかし、ルシフの剄を取り込んでしまったことで、即刻取り込んだ剄を技で発散して自滅を防ぐ必要があった。それでも、右腕をズタズタにされた。おそらく斬性を帯びた剄をルシフは取り込ませたのだ。もし即発散していなかったら、全身がズタズタにされていただろう。

 レイフォンは右腕を左手で押さえた。戦闘衣の左腕の部分が赤く染まっていく。レイフォンはルシフを睨む。ルシフはさっきからずっと楽しそうな笑みを浮かべたまま、表情が崩れない。

 ルシフとレイフォンの攻防の間、アルシェイラが左斜め前方からルシフに一瞬で接近していた。アルシェイラが二叉の槍をルシフの胸目掛けて突き出す。ルシフが右手で二叉の槍を横から払って軌道を変えた。二叉の槍はルシフの左脇腹に突き刺さり、そのまま肉を抉り取った。同時にルシフも方天画戟をアルシェイラに突きだしており、方天画戟の穂先はアルシェイラの右肩に突き刺さっている。アルシェイラは穂先を抜こうと後退しつつ、制御できるだけの剄を突き刺さっている部分に集中させた。アルシェイラは次にどうなるのか本能とも呼べる部分で読んでいた。穂先の剄が化錬剄により火に変化。穂先が爆発した。アルシェイラが爆風により吹き飛ぶ。

 化錬剄衝剄混合変化、爆裂槍。穂先の剄を化錬剄で火の性質に変化させ、同時に衝剄を混ぜ合わせることで爆弾のような効果を創り出す。

 アルシェイラは難なく空中で体勢を立て直して着地。右肩を見る。右肩の肉が抉れていた。血は出ておらず、赤黒い穴が右肩に空いているようだ。その周辺は焼かれていて重度の火傷をしているため、それが血止めとなっている。アルシェイラは凄まじい激痛に、歯を食い縛って耐えた。右手の指、動く。右腕、動く。神経は切れてない。だが、右腕を上げる時はとてつもない激痛が伴う。これがもし以前の自分なら、右肩が吹き飛ばされて右腕が宙を舞っていただろう。たとえ少しだとしても、剄を制御して防御に回せたことで、爆発のダメージを軽減させることができたのだ。

 ここでようやくグレンダン側の攻撃が一段落つき、仕切り直しとなる。ルシフを囲むようにアルシェイラ、レイフォン、カナリス、サヴァリスがいて、構えながらジリジリとルシフを中心とした円を描くように動いている。リンテンス、トロイアット、ティグリスは剄を練り上げながら、攻撃のタイミングを見計らっていた。

 

 ──ああ……強いわ、この子。

 

 アルシェイラは痛みを我慢して二叉の槍を構えつつ、そう思った。

 最強の力を持つ自分と天剣授受者レベル六人が束になって闘い、ようやく互角か少し有利程度の差しかない。それもルシフが手加減している状態で、だ。もしルシフが全力なら、カナリスとサヴァリスあたりはもう死んでいるだろう。自分だって右肩ではなく心臓のある胸を狙われていたら死んでいた。こちらはルシフを殺す覚悟で闘っているのに対し、ルシフは不殺を常に頭に置いて闘っている。

 ルシフは別に不殺を心掛けているわけではないのだろう。ニーナから聞いた話によれば、この世界から理不尽な死をできる限り無くしたいらしい。今ルシフがやっているのは侵略行為であり、理不尽なことである。故に信念に従えば、結果的に不殺しなければならないのだ。もし違う信念に従えば、虫ケラのようにあっさり自分たちを殺してくるかもしれない。

 アルシェイラや天剣授受者、レイフォンはルシフに対し敵意だけでなく、敬意も抱き始めていた。武芸の道を生きる者ならば、ルシフの圧倒的な強さが才能だけで得られないことを十分に理解できる。無論才能も必要だが、途方もない努力と試行錯誤、研鑽が無ければ天剣授受者一人にも及ばない。まだ十六年しか生きてない少年。十六年の内の何割を武芸に費やし、向上心を失わずに己を磨いてきたのか。アルシェイラや天剣授受者、レイフォンには予想もつかない極限の境地の中を歩んでこなければ、こんなにも高みには至れない。ルシフにとって、それは別になんでもないことなのだろう。己の才能を開花させ、磨き上げるなど才ある者の当然の義務だと考えているに違いない。

 ルシフの右腕と左脇腹からは血が流れ続けている。黒装束が更に黒く染まり、右腕から右手に伝った血がポタポタと落ちては地面に吸い込まれていく。内力系活剄による肉体活性化を優先しているため、血が止まるどころか血液の循環が良くなり吹き出るように血が溢れてくるのだ。

 ルシフは凄絶な笑みをしている。ゾクリ、とアルシェイラの背筋を冷たいものが撫でた。

 

「ルシフ、一つ訊いてもいい?」

 

 アルシェイラが口を開いた。戦闘中に会話など基本成り立たないが、こうして双方相手の出方を窺っている時は会話が成り立つ可能性がある。

 

「なんだ、もう息切れか? もっと俺を楽しませてくれよ」

 

「あなたにとって、強さって何?」

 

「己の意思を貫くための手段」

 

「だからあなたは最強になりたいの? 自分以外の全ての意思をねじ伏せたいから」

 

「ハハハハハハハハッ!」

 

 ルシフの纏う剄が凝縮されていく。右腕と左脇腹の出血がもっと激しくなる。

 

「俺は俺より強いヤツの存在が許せないんだよ」

 

 ルシフが瞬時にアルシェイラの眼前に移動した。アルシェイラに方天画戟を叩き込む。アルシェイラは二叉の槍で防ぐが、体勢を崩された。

 リンテンスの操る何千、何万という鋼糸の先端がルシフに襲いかかる。鋼糸による刺突。まともにくらえば、文字通りの穴だらけになる。リンテンスの巧妙なところは何百本という鋼糸を絡ませ束ね、攻撃の手数は少なくする代わりに一撃の威力の増大をさせたところだった。一本ずつきたのならルシフの皮膚すら貫けないため防御の必要もないが、何百本と絡めて剄量を増大させた鋼糸は剄の壁だけでは無傷にできない。また鋼糸に皮膚を破られるとそこから肉体内部に入り込み、無防備な内部から破壊される恐れがある。

 ルシフはアルシェイラへの追撃を諦め、方天画戟で鋼糸を全て弾いた。

 そこから再び八人入り乱れての戦闘が始まる。

 基本的にアルシェイラがルシフの相手をし、レイフォンと天剣授受者たちがフォロー。基本戦術はこれだった。

 グレンダンとヨルテムは八人の強大な剄に包まれ、あちこちに暴風にも似た突風が吹き荒れている。

 七人から攻められても、ルシフは軽く全身のどこかに傷を負うだけだった。それどころか、闘えば闘うほどルシフに負わせる傷が減っていっている。成長しているのだ。闘えば闘うほどアルシェイラやレイフォン、天剣授受者たちの動きを分析し、見切り、取り込む。彼女らの動きを自らの動きに取り入れ、自然な形で昇華させていく。それに負けじとアルシェイラたちも自らの動きや技術を昇華させ、ルシフに立ち向かっていく。

 好敵手同士の戦闘の場合、戦闘中に互いが強くなっていく場合がある。鍛練では決して得られない実戦での経験値が潜在能力を引きずり出していくのだ。今のルシフとアルシェイラたちの戦闘は正にこれだった。

 ルシフが笑みを浮かべている。アルシェイラたちもいつの間にか笑っていた。戦闘が楽しい。ルシフと闘うのが楽しい。

 ルシフはどれだけ血を流そうとも、笑って攻撃してくる。当然こちらも無傷ではない。ルシフに蹴られ、殴られ、方天画戟に薙ぎ払われ、化錬剄で焼かれ、衝剄で吹き飛ばされた。しかし、戦闘不能になる者はいない。サヴァリスは両腕を折られている。カナリスは右腕をへし折られた。リンテンスは全身に軽度の火傷を負わされた。ティグリスは肋骨が折られ、どこかの内臓が損傷した。トロイアットは右肩から左脇腹まで斜め一文字の切り傷が刻まれている。レイフォンは骨は折れていないが、打撲傷が上半身の至るところにあった。アルシェイラは裂傷が全身に刻まれ、打撲傷もやはり全身にあった。右肩の傷は未だに塞がってない。

 それでも、誰も戦意は喪失しなかった。ルシフとの戦闘が楽しくなってきたからだ。ルシフとの攻防の読み合い。どうすればこの最強の敵を倒せるのか。思考を研ぎ澄まし、実際に実行するという充実した時間。今まで会得してきた剄技を存分にぶつけられる至福。コンマ数秒で繰り広げられる力と力の応酬。そのどれを取っても今まで味わえなかった緊張と興奮があった。

 未だにルシフの攻撃には殺気が無く、急所も狙ってこない。だからこそ戦闘不能が一人もいないと言ってもいい。

 

 ──頭イっちゃってるわ、この子。

 

 アルシェイラはそう思う。

 まともな神経をしているなら、発狂してもおかしくない状況。痺れを切らして、殺したくなる。だが、ルシフはこの状況を心から楽しんでいるのだ。それに自分の命が奪われるかもしれないのに、相手を殺さないように倒すなんて考えられるのは普通ではない。ルシフは己の命より己の信念を大事にしている、とここでようやくアルシェイラは確信した。アルシェイラだけでなく、レイフォンら闘った者たちもそう確信する。

 

 ──でも、悔しいけど、カッコいいわね。

 

 ルシフの一貫された強さと精神力、強靭な打たれ強さはある種の美しさをはらんでいた。

 そんな、ボルテージが最高潮に達している時だった。花弁の形をした念威端子が戦闘に割り込んできたのは。

 いきなりの乱入に、戦闘が中断される。念威端子を境にルシフとアルシェイラたちが分かれて立った。どちらも訝しげな表情になる。この念威端子はルシフ側のものでもグレンダン側のものでも無かった。

 念威端子から映像が展開される。

 カリアンがツェルニの都市旗のある場所に立っていた。ヴァンゼも背後に控えている。

 

 

 

   ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 カリアンは念威端子と通信する前までは身体が小刻みに震えていたが、通信する時には覚悟を決めていた。身体の震えは止まっている。

 カリアンの周囲に多数の映像が展開されていた。同時に、全都市のありとあらゆる場所で、念威端子によるカリアンの映像が展開されている。たくさんの人が多数の映像を通して、何のつもりか怪訝そうな顔でカリアンを凝視していた。カリアンの正面にはルシフ周辺を映した映像があり、ルシフやアルシェイラ、レイフォンといった人たちが見える。彼らも同様に怪訝そうな顔をしていた。

 

「こんにちは、全都市の皆さん。フォルト国学園都市ツェルニ都市長、カリアン・ロスです。

ルシフ・ディ・アシェナが武力をもって全自律型移動都市(レギオス)を制圧、掌握してはや一ヶ月が経ちました。その一ヶ月で、ルシフは暴政の限りを尽くしました。私たちにとって馴染みのある従来の法制度の廃止と新たな法制度の施行。何百年と積み重ね続けてきた伝統と慣習の破壊。厳しい基準による武芸者選別。それが原因で命を絶った元武芸者の自殺の増加。無理矢理な都市開発。学園都市連盟といった独立勢力の解体。逆らえば、徹底した残酷な制裁が下されました。

しかし、ご覧ください。ルシフはグレンダンの女王陛下と天剣授受者、優秀な武芸者の活躍により、苦戦を強いられています。今この瞬間しか、私たちこの世界に住む全ての人間が自由を取り戻す機会はないのです。暴政と弾圧から抜け出し、ルシフに飼われる人間ではなく、人間としての尊厳を取り戻すまたとない機会が、私たちの前にあるのです。

ルシフの政治を望むというのなら、私はそれを否定しません。しかしルシフの政治を望まないというのなら、私たちは今この瞬間に立ち上がり、闘うべきだ」

 

 カリアンがチラリと後ろを見る。ヴァンゼと目が合った。カリアンが小さく頷くと、ヴァンゼは掲げられているイアハイムと色違いの都市旗を外し、ペンを持った少女が刺繍された都市旗を新たに掲げた。

 

「フォルト国学園都市ツェルニは今この瞬間より、フォルト国からの独立を宣言します! この闘いに勝利すれば、今日という日は私たち人類が自由と尊厳を取り戻した記念すべき日となります! 共に闘い、暴力による支配を打ち破り、話し合いで互いを尊重しあえる新しい世界を私たち自身の手で掴み取りましょう!」

 

 映像越しに見る人々は歓声をあげ、拳を天に突き上げていた。

 

『闘おう! 自由と尊厳を取り戻そう!』

 

 イアハイム、グレンダン、ヨルテムを除いた全都市の映像から、そういう声があがっていた。

 念威端子に合図して、通信を切る。通信を切っても、周囲に展開された映像は消さなかった。

 大きく深呼吸し、カリアンは頭を右手で押さえた。身体が再び震え始めた。

 

「……私にできることはもう、ルシフくんを読み違えていないと信じることだけだ。読み違えていたなら、大量の血が流れることになる」

 

 カリアンの肩をヴァンゼが軽く叩いた。

 

 

 

   ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 

 まずカリアンの演説に飛びついたのは、武芸者選別試験で不合格になった元武芸者と、無能という烙印を押されて解雇された役人だった。

 彼らはルシフの支配下では栄華を望めない。故に真っ先に声をあげ、ルシフと闘うために錬金鋼を持ち出した。武芸者でなくなった時に錬金鋼は返す決まりだったのだが、ほとんどの人が武芸者を捨てきれず、一つだけ家に隠していたのだ。剣狼隊も家の隅々まで錬金鋼を探し回って回収しなかった。錬金鋼を持っていたところで脅威ではなく、緩めに確認して剣狼隊の評価を上げておくことを優先するようルシフに指示されていたからだ。

 

「俺たちもルシフと闘い、この都市に自由を取り戻そう!」

「電子精霊がルシフの言うことを聞いているのも、きっと俺たち都市民の命を使って脅迫したからだ! 従わなかったら都市民を次々殺していくと言われて、電子精霊は仕方なくルシフに協力しているんだ! 電子精霊もルシフから救い出そう!」

「この都市のために、暴王ルシフに正義の鉄槌をくだしてやろう!」

 

 そのどれもが建前だった。本音はルシフから都市を取り戻すことに尽力したことを手柄として、武芸者に返り咲くことを考えている者。ルシフの持っている利権、財産、そういったものをそっくりそのまま奪おうとする者。ルシフがいることで損をしていた商人や技術者による現状の打破。私欲にまみれて拳を突き上げる者ばかりであった。だが、建前の言葉が波紋のように広がり、一般人も感化されていった。私欲にまみれた者に釣られて次に拳を握りしめたのは、善良で臆病な民衆であった。

 そんな中、彼らの前に立つ者がいた。

 

「俺はサリンバン教導傭兵団の傭兵であり、グレンダンから派遣された別動隊だ! あなたたちのサポートをするため、ずっと都市に潜入していた。ここは俺の指示に従ってもらい、都市をルシフから取り返したいと思うのだが、異論がある者はいるか!」

 

 元武芸者、元役人、商人、技術者、民衆は互いに目配せした。

 目の前にたつ者がサリンバン教導傭兵団なのは、ずっと前から都市内でサリンバン教導傭兵団で仕事が欲しいと言っていたことから知っていた。サリンバン教導傭兵団がグレンダンに所属しているのは周知の事実である。また今ルシフを苦戦に追い込んでいるグレンダンと協力し味方になっておけば、ルシフを倒した後も色々有利になるかもしれない。

 無論、そういう結論になるよう、サリンバン教導傭兵団の傭兵はサリンバン教導傭兵団の名は頻繁に出しても闘ったりして実力を明らかにするようなことは一切しなかった。つまり、実力を隠すことで強さを判断する基準をサリンバン教導傭兵団というネームバリュー一点に絞ったのだ。サリンバン教導傭兵団はとてつもない武芸者の集団として、各都市から恐れと尊敬を集めている。その風評を上手く利用した。

 いってみれば、どの都市も火薬が詰まっている火薬庫だった。カリアンはそこに火を投げ入れることで、一気に爆発させた。そして爆発の方向をコントロールするための指揮者として、サリンバン教導傭兵団の傭兵が各都市に配置されていた。

 そこからは都市長室を制圧して都市旗を前の旗に戻すまであっという間だった。そもそも剣狼隊の全隊員はグレンダンとの戦闘に全て投入されている。都市の治安維持を任されていたのは、武芸者選別試験に合格した武芸者だったのだ。

 一斉に反乱が起こった時、反乱側に寝返る武芸者はそこそこいた。彼らとて好きでルシフに従っていたわけではなく、仕方なくルシフに従っていたのだ。きっかけができれば、裏切るのはごく自然な行動だった。従っている内にルシフや剣狼隊に心服した武芸者もいるが、反乱側から「今まで育ててもらった恩を仇で返すのか!」「この裏切り者! 武芸者の恥晒し!」などという言葉を浴びせられると、苦渋の表情を滲ませながら反乱側に立った。そう言われても頑なにルシフに味方する武芸者はいたが、本当にごく少数の数だった。彼らは圧倒的な数で囲まれ、全身を武器に貫かれて殺された。

 都市旗が以前のものに戻ると、それを見た都市民は歓声をあげて、拳を突き上げた。嬉し涙を流している者もいる。

 

 

 

 イアハイム、ヨルテム以外の都市が一斉に反旗を翻した。

 ハイアはヨルテムの王宮目指して走っていた。ヨルテムは非戦闘員の避難をしていたため、都市の上にいるのは武芸者と剣狼隊の念威操者だけだった。

 ハイアはツェルニでカリアンに仕事を依頼された時のことを思い出していた(※第49話でのカリアンとのやり取りの部分です)。

 

 

 

 サリンバン教導傭兵団の放浪バスの応接室。

 カリアンがソファーに座り、台を挟んだ向かいのソファーにハイアとフェルマウスが座っている。

 

『ルシフに関することで、我々に依頼があるのですか?』

 

「はい、そうです。依頼内容はグレンダン、学園都市以外の全都市に最低一人ずつ潜伏し、サリンバン教導傭兵団だということを宣伝すること。ただし、決して闘わず、実力を隠してください」

 

「……なんさ、その依頼」

 

「おそらくですが、ルシフ君は全都市を制圧していくでしょう。私の予想では、一番厄介なグレンダンを最後に制圧すると考えています。ルシフ君がグレンダンを制圧しようとした時、他の都市はきっと無防備になる。そこを上手く一気に奪い返すためには、奪い返す時機を一致させ、都市をルシフ君から取り返す民衆の指揮と誘導が必要になります。これは私の仮説である、全都市が念威端子の範囲内にあることが前提となっています。もしルシフ君が念威端子の届かない範囲で全都市を支配する方法を取った場合、どうしようもありません」

 

「……何言ってんさ? いやホントマジで」

 

「グレンダンとの戦闘でルシフ君が苦戦しない場合もアウトです。フェルマウスさんはグレンダンとルシフ君の戦闘中、グレンダンの念威操者と接触し、こちらの協力をお願いしてもらうのと同時に、ルシフ君が苦戦しているようなら私との通信を開き、全都市にグレンダンの念威操者と協力してルシフ君の苦戦している姿と私を映像で展開してもらいたい。それが上手くいって各都市で反乱が起こったら、潜伏していた団員がグレンダンの別動隊と声を上げ、自分に従うよう言って民衆を誘導して都市を取り返してほしい。依頼金はこれでどうです?」

 

 カリアンが制服のポケットから折り畳まれた紙を取り出し、台に置いた。

 紙を広げて中を見ると、団員一人一人に分配しても数ヶ月遊んで暮らせる金額が書かれていた。

 色々難しいことを言っているが、要は団員たちを各都市にそれぞれ潜伏させて、ルシフがグレンダンと闘う時にそのどさくさに紛れてグレンダンの念威操者に協力を依頼し、各都市でルシフとカリアンの映像を展開させる。それで反乱が起これば、潜伏していた団員が反乱した民衆の誘導をする。これだけの仕事である。ルシフが全都市を制圧していくなどという事態を前提にしているが。

 

『……それだけでよろしいのですか? それだと報酬が多すぎる気がしますが』

 

 

 

 ハイアはそこで意識を現実に戻した。

 ヨルテムの王宮前には、ヨルテムの武芸者が集まっていた。都市にまんべんなく配置されていたが、各都市が次々に反乱を起こしていく映像を観て、一番優先順位の高い王宮の守護に来たのだろう。

 

「何やってるさ、お前ら? 映像を観たろ? もうルシフの負けさ。ルシフに恩があるわけでもあるまいに、ルシフのために闘う意味、あるか? ないなら、おれっちと王宮を制圧するさ。ヨルテムをあんな暴虐非道な男の手に渡したままでいいんか? 闘え! ルシフと闘え! ルシフのために王宮を守るってんなら、一人残らずサリンバン教導傭兵団が相手になってやるさ!」

 

 ミュンファはハイアの後方の建築物の屋上に隠れて、弓で王宮前の武芸者を狙っている。

 王宮の前にいる武芸者はみな逡巡しているようだったが、数秒後叫び声をあげてハイアの方に寝返った。一人がハイアに付くと、次々に寝返りが加速する。三百人近くいたヨルテムの武芸者が、一気に五十人にまで減っていた。

 

 ──もう決まりさ。

 

 王宮の前に立つ武芸者の一人が剣を震わせて、ハイアに斬りかかった。ハイアの斜め後方から剄矢が迫る。ミュンファの剄矢。武芸者が斬りかかった剣で防御した。

 その瞬きのやり取りの間に、ハイアは錬金鋼を復元。その手に刀が握られ、一閃する。武芸者の首が飛んだ。

 それを皮切りに、王宮を守る武芸者に寝返った武芸者が殺到。優れた武芸者といえど、同等の実力者たちに囲まれ一斉に攻められてはどうすることもできない。全身にこれでもかというほど傷を負い、あるいは全身をバラバラにされ、絶命した。

 元都市長室から以前の旗を武芸者は持ち出した。ハイアは都市旗のある建造物の前で都市旗を見上げている。武芸者たちが掲げてある都市旗を取り外し、ヨルテムの都市旗を取り付けた。武芸者たちは歓喜の雄叫びをあげる。喜びに湧く武芸者たちの中で、ハイアは微かに笑みを浮かべた。

 

 

 

   ◆     ◆     ◆    

 

 

 

『映像妨害、できません!』

『グレンダンの念威操者のものと思われる端子が、各都市で映像を展開し続けています!』

『各都市が次々に反乱……ッ! 都市旗も以前の都市旗にされています! 念威端子に向かっての独立宣言が絶えません!』

 

 怒濤の展開に、グレンダン側とルシフ側の戦闘は休戦状態だった。

 ルシフは周囲に展開されている都市旗を取り外して以前の旗を取り付けている各都市の映像を、どこか冷めた目で観ていた。

 ルシフは各都市にサリンバン教導傭兵団がいた理由を味方を集めて反乱を企んでいるとしか考えていなかった。サリンバン教導傭兵団というブランドが持つ力を無視していたといってもいい。団員は敵ではない武芸者しかいないから、放っておいたところで脅威にはならないと判断していたが、まさかグレンダンの別動隊という形でサリンバン教導傭兵団を活かしてくるとは考えもしていなかった。

 その手があったか、という心地の良い驚きが胸を支配している。

 だが、それにしてもガッカリするのは各都市で反乱を起こした者たちだ。結局はぬるま湯に浸かって生きていく怠惰な人生を望んでいるのか。俺のやっていることを理解せず、ただ安定を求める。民衆とは愚者の集まりなのだろうか。

 そんなことより、今一番知りたいのはカリアンが何故裏切ったのか、だった。それもこの様子だと、サリンバン教導傭兵団がツェルニを離れる前までに裏切ることを決断していたようだ。その時、カリアンは俺が電子精霊に指示を出して全都市を一ヶ所に集めるという計画も知らなかった。つまり、全都市を一ヶ所に集めるという俺の計画を読み、その前提でサリンバン教導傭兵団に指示を出していたことになる。

 ルシフの正面に花弁の念威端子が現れ、映像を展開した。カリアンが映っている。ここだけしかカリアンとの通信は繋がっていないようだ。

 

「……やっぱりそうだったか」

 

『やっぱり、とは?』

 

「貴様は知らないだろうが、俺はお前を一番と言ってもいいくらい評価していた。グレンダンの女王よりもな。だから、俺にとって最大の敵はグレンダンの女王ではなく、貴様かもしれないと考えていた。積極的に貴様を勧誘していたのも、貴様が俺の味方になれば心強いと思ったからだ。

カリアン、訊かせてくれないか? 何故、俺を裏切った?」

 

『私は、君を信じきれなくなったんだよ。マイくんが傷つけられ、暴走した君を見た瞬間に。君にとって人類は、別に大した価値もない存在だと気付いたんだ。

今はまだいい。でも、君はふとした拍子に人類のためではなく、自分のために支配するようになるかもしれない。それがいつかは、分からない。数年後、あるいは数十年後かもしれない。でも、その時には君を止められる者はきっと誰一人残っていない。今日、この瞬間しか、君を止められるチャンスは残ってないのだよ。君が統一を成し遂げる前。君が妥協できるようになる前。君が自らの理想に命を懸けられる今しか、無かったんだ。勝つ機会は』

 

 カリアンの声が震えていた。恐怖で震えているのではない。カリアンの目には涙が溜まっている。

 

「別にお前を怒る気も、恨む気もない。俺は他人の意思をねじ伏せ、正しいと思うことを強要した。お前も俺と同じことをしただけだ」

 

『ルシフくん! 私は、君が嫌いなわけでもなければ、君のやり方全てを否定するつもりもない! むしろ、君のやっていることの殆どは私も好感を覚える! でも君は……君のやり方は急すぎるんだ! それじゃ誰も付いてこれない! 君はきっとなんだってできるのだろう。だからといって、なんでもしていいわけじゃないんだ! 本当にすまない、ルシフくん。心から、そう思う。そして、私は最期の最期まで、今の君のままでいることを望む』

 

「カリアン。お前はただの一度だが、俺を出し抜いた。その頭脳、これからも人類のために使えよ」

 

『ルシフくん……ありがとう』

 

 カリアンの頬を涙が伝っていた。

 カリアンの映像が消える。

 ルシフはこれからどうすれば自分が勝利するか、シミュレートを始めた。

 まずアルシェイラといったグレンダン側の武芸者の戦闘不能。それが終わったら、ヨルテムにいる反乱者を全員殺す。その後、各都市で反乱に加わった者を全員殺し、場合によっては反乱者の配偶者や子、親も見せしめで殺さなければならない。別に殺したいわけではないが、暴王ルシフとしてはこの選択しかない。部下である筈の剣狼隊に残虐な罰を与えておいて、部下でもない人間の反乱に手心を加えるなど今までのイメージからあってはならないのだ。

 それをすれば、また次々に反発し反乱が起こるかもしれない。また以前のように制圧した都市を鎮火させるまでには、以前とは比べものにならない時間を要するだろう。

 

 ──これは、駄目だな。

 

 勝てる目はゼロではない。だが辛勝になる。それも大量の犠牲者を出し、完全に鎮圧するまでにはとてつもない時が必要になる。泥沼の闘いに突入することになるのだ。お互いが疲れ果てる。そこをイグナシスという世界そのものを滅ぼそうとする勢力に狙われたら? 共倒れになる。

 カリアンの最期の言葉の意味を理解した。カリアンは分かっているのだ。まだルシフに勝てる可能性が残されていることを。しかしそれを選べば、犠牲者の数ははね上がる。ルシフが妥協せず、理想に命を懸けているなら、この先の戦闘を読み、負けを認めるとカリアンは信じている。カリアンは妥協できないルシフの傲慢さに力の限り弱者の矛を突き刺してきた。

 ルシフは静かに息をついた。

 念威端子を手に取り、口に近付ける。

 

「剣狼隊全隊員に、剣狼隊指揮官として最後の命令だ。これより、グレンダンへの降伏を許可する。グレンダンに降伏し、全都市を暴虐の渦に叩きこんだ暴王を討て」

 

『なッ……!』

 

 通信機越しに、隊員たちの驚愕に染まった声が聞こえた。

 

「聞こえなかったか? お前たちは俺を踏み越え、新たな世界の扉を開け。それが、最後の命令だ」

 

 念威端子から多数の悲鳴にも似た声が聞こえてくる。

 

「……今までずっと言えなかったが、お前らが俺の馬鹿げた理想を本気で信じ、全力で尽くしてくれたからこそ、俺はここまで来れた。本当にお前らには感謝している。今まで力を貸してくれて、ありがとな」

 

 暴政をした理由の一つとして、負けた場合自分一人の犠牲で戦闘を終わらせられるためというものがあった。

 上に立つ者は、臣下を無駄死にさせてはならない。ルシフはずっとそう思って闘いに臨んできた。

 

『ルシフさま! 嘘だって言ってください! ルシフさまぁ!』

 

 マイの声が端子から聞こえた。

 

「マイ、約束守れなかった。お前は強く生きてくれ」

 

『そんな!? ルシフさま! ルシフさまぁ!』

 

 

 

 

 ヨルテムの外縁部。

 剣狼隊の念威操者がいる。

 マイはルシフの言葉を聞き、いてもたってもいられず六角形の念威端子に跳び乗ってグレンダンの外縁部に移動を始めた。

 

『マイさん! グレンダンの外縁部は激戦区です! そんな場所に念威操者がいったら確実に死にます!』

 

「なら、このままルシフさまを見殺しにしろとでも言うんですか! 私は行きます! ルシフさまの気を変えてみせます!」

 

『本当に死んじゃいますよ!』

 

「それがどうした! お前らが着ている赤装束はなんだ! ルシフさまと共に生きるという誓いの証じゃないのか! ルシフさまを助けないというのなら、その赤装束脱ぎ捨てなさいよ!」

 

 念威端子から声が聞こえなくなった。すすり泣くような声が微かに聴こえた気がしたが、マイはどうでも良かった。

 

 

 

 

 ルシフは方天画戟を構えず、だらりと両腕を垂らして立っている。

 アルシェイラ、レイフォン、天剣授受者たちは唖然とした表情をしていた。さっき出したルシフの指示が聞こえたのだろう。

 

「メルニスク。ここから先は、俺のわがままだ。それでも、俺に付き合ってくれるか?」

 

 座して、死を待つつもりはない。力の限り闘い、潜在能力を一滴残らず絞り出し、自分がどこまで行けるのか、最期に知りたい。

 

《付き合うとも、最期まで》

 

 メルニスクの声が、ルシフの心に焔を灯した。メルニスクが協力してくれなければ、思う存分闘うこともできなかった。メルニスクにも、心から感謝する。だが、喉まできているのに、メルニスクには感謝の言葉が言えなかった。

 ルシフがアルシェイラたちを見据える。

 

「貴様らにはあと少しだけ、俺のわがままに付き合ってもらうぞ」

 

 自分以外の全員が束になって俺を殺せなければ、イグナシスからこの世界を守るなど無理な話。俺の跡を継ぐのだから、力でも俺を超えてもらわなければ困る。これが貴様らへの最終試練だ。




ここから分岐になります。

剣狼隊がルシフの命令に従い、ルシフを殺そうとした場合。

次話『ベストエンド 理想の結末』へ。

剣狼隊がルシフを救おうとした場合。

次々話『第95話 破滅のパレード』へ。

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