鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

93 / 100
第93話 作戦

 ルシフの強大な衝剄による衝撃が来ず、武芸者たちは困惑しながらも上を見る。

 頭上に光が膜のように展開されていた。その光の膜がルシフの衝剄を相殺したのだ。

 リヴァースが盾を頭上に突き出している。全身が鎧に包まれていた。

 活剄衝剄混合変化、金剛剄・壁。

 金剛剄の発展型であり、剄の膜が衝剄を放つことによってぶつかったものを弾き返す。

 剄がぶつかりあったことで爆煙が生まれ、外縁部を爆煙が包んだ。

 

「ナイス! リヴァ!」

 

 カウンティアがリヴァースに向かってガッツポーズをした。

 

「でも、半分しか守れなかった。残り半分を誰かが守ってくれてるといいけど……」

 

 リヴァースが荒く息をしながら、盾を地につけて片膝をつく。

 

『リヴァースさん。残り半分も他の天剣授受者の方たちが守りましたわ。ルシフの衝剄に衝剄をぶつけて相殺しました』

 

「そうですか……良かった」

 

『ええ、本当に……。ですが、一番の功労者はレイフォンですわね。レイフォンがルシフが仕掛けるより前に気付いてくれたおかげで、わたしたちは一瞬ですがルシフの攻撃に備える時間がありました』

 

 ルシフの予定では、もっとグレンダンに近付きなおかつ無防備な状態のところに一撃くらわせたかったのだろう。だがレイフォンが防御の指示を出したのを観て、攻めざるを得なかった。

 

「でも、相手はあのルシフ……これで終わりのはずがない」

 

 そもそも、何故防ぐことができたのだ? ルシフの方が剄量は遥かに上。剄を練っていない剄技に相殺されることが有り得るのか? ルシフはグレンダンが慌てて防御態勢をとろうとしたのを観て、作戦を少し変更したのでは?

 リヴァースは天剣授受者の中で一番臆病だった。だがそれ故に、リヴァースが戦場に立つ時は己の臆病さを克服し、覚悟を決めて立っている。誰よりも彼は冷静だった。

 

「デルボネさん。ルシフの位置は?」

 

『それが……この爆煙で見失ってしまいました。剄も入り乱れて、ルシフの剄を特定できませんし』

 

 グレンダンの武芸者が外縁部に多数いるため、剄の反応が多すぎて個人の特定は難しい。ルシフは衝剄を放った後、剄を纏わず剄を抑えたまま爆煙に突入したようだ。

 

「ルシフはこっちにいるぞー!」

「こっちだ! こっちに──がはッ!」

「ここにいる! ルシフはここ──ぐッ!」

 

 爆煙の中からグレンダンの武芸者の叫び声が聞こえ、リヴァースとカウンティアは声がする方に顔を向けた。

 爆煙が不自然に揺らめく。黒い影が飛び出してきた。

 リヴァースが咄嗟に盾を構え、黒い影が振るったモノを防いだ。見たこともない武器。だが、知っている。これはルシフの得物。

 リヴァースは凄まじい圧力に体勢を崩すまいと、両足に力を込めて踏ん張る。両足が地についたまま数メートルずり下がった。

 ルシフが瞬く間にリヴァースに肉薄する。リヴァースはルシフの全身から発する気迫ともいうべきものに畏れを感じ、一歩下がろうとした。

 

「リヴァはやらせないッ!」

 

 カウンティアがルシフの横から青龍偃月刀を振るった。ルシフは方天画戟の標的をリヴァースからカウンティアに変え、方天画戟と青龍偃月刀がぶつかり合う。ぶつかり合った瞬間、ルシフはその場で踏ん張り、方天画戟を力任せに振り抜く。カウンティアは踏ん張り切れず、青龍偃月刀で防御した体勢のまま後方に転がった。

 その時にはリヴァースも畏れを抑え込み、ルシフがどう攻めてきても対応できるよう神経を研ぎ澄ませていた。周囲のグレンダンの武芸者たちもルシフを囲み始めている。

 ルシフは不利と見たか、後方に跳び、爆煙の中に消えていった。ルシフの剄はすぐに並の武芸者程度まで抑えられていた。これではルシフの居場所を探し出すのは至難。

 基本的に戦闘は数が多い方が有利とされる。しかし、この場合は敵の数が少なすぎる。なんせ一人なのだ。ルシフからすれば周囲全員敵なので思う存分闘えるし、逆にグレンダン側は味方が周りにいすぎて同士討ちを警戒し、どうしても慎重に攻めなければならない。

 

「厄介だなあ……」

 

 この爆煙を衝剄で吹き飛ばそうとすれば、味方も一緒に吹き飛ばすことになる。味方に被害を出す覚悟を決めなければならない。

 

「でも、わたしたち天剣授受者を狙ってきた」

 

 カウンティアがリヴァースの隣に戻ってきて言った。

 

「うん、予想通り。あとは合図を待って指示通り動けばいい」

 

 リヴァースはカウンティアの方に兜を向け、頷く。

 リヴァースはルシフが消えていった方を見た。そっちの方向からは怒号と悲鳴が絶えない。通りすがりにそこそこ実力のある武芸者を倒しているようだ。

 リヴァースはルシフが迫ってきた時のことを思い出し、全身が粟立った。

 あの気迫と全身に纏う攻撃的で威圧的な剄。覚悟を決めて戦場に立ったらどんなことがあっても呑まれない自分が、ルシフに呑まれかけた。あれでまだ十六歳。成長期なのだ。三年後。五年後。今よりルシフが成熟したら、一体どこまでの高みに上っている?

 

 ──あまりにも彼の存在は大きすぎる。この決戦でルシフに勝ち、従えたとしても、更に厄介な存在となって数年後反旗を翻すのでは?

 

 やはり、ルシフを殺す以外の道はない。生かしておくには危険すぎる。

 まだ十六歳。

 リヴァースは心の中で反芻した。

 

 

 

 アルシェイラは神経を研ぎ澄まし、爆煙の中を注意深く見据えている。

 

『陛下。ヨルテムからランドローラーが発進されています』

 

「数は?」

 

『全部で二十台。一台につき二人乗っていますので、四十人が都市同士がぶつかる前にグレンダンに乗り込んでくるでしょう』

 

「どこから来る?」

 

『五台ずつで分かれてそれぞれ別の方向から来るものと思いますわ』

 

「分かった。来る方向にいる部隊に襲撃に備えるよう、指示だしといて」

 

『分かりました』

 

 来る方向がそれぞれ違う。それは味方が近くにいないということ。ルシフ側は味方を気にせず闘える。

 さすがにルシフだった。おそらく防がれた場合の二の手として、爆煙に紛れての奇襲を考えていたのだろう。

 それから二分後、グレンダンの外縁部に多数の新たな剄が外から入ってくるのを感じた。さっきの奇襲部隊が到着したのだ。

 その頃になると、爆煙もかなり薄れてきている。しかし、味方が密集している中にルシフの奇襲部隊が入り込んでいるので、闘い辛さは変わらない。

 アルシェイラの近くにはリンテンス、カナリス、サヴァリス、ティグリス、トロイアット、レイフォンがいた。彼らはアルシェイラを護衛しているように見せかける役割があった。強大な剄が固まっていれば、ルシフはそこにアルシェイラがいると確信する。ルシフをエサで釣るのが、この作戦で重要なところだった。

 あとはルシフの思惑通りに動いたと見せかけるため、ルシフの思惑通りのタイミングで動く必要がある。それは一体いつか、読み切らなくてはならない。

 そのタイミングを読む役目は、合図を出す相手に任せていた。

 緊張で、心臓がドクンドクンと大きな音を出しているような気がする。

 アルシェイラは殺剄や剄を抑えるという技量が乏しいため、どうしても目立ってしまう。

 アルシェイラは何度も深呼吸し、自分を落ち着かせた。ルシフは勝負を一気に決めるため、必ず自分を攻めてくる。その時、ルシフの襲撃を防げなければ、作戦は音を立てて崩れてしまうだろう。

 

 ──いつ来る?

 

 アルシェイラも、護衛として周囲にいる天剣授受者やレイフォンも、合図を待ちながら周りを見渡した。

 

 

 

 ルシフがグレンダンに現れ爆煙に突入した時、ニーナは外縁部付近の建造物を駆け上がっていた。

 ニーナは後方部隊に配属されていたため、ルシフの衝剄の影響は小さかった。定石通り、ルシフは前線への攻撃を優先したのだ。

 ニーナは二本の鉄鞭を両手にそれぞれ持ち、屋上に立つ。そこからはこちらに向かってきているヨルテムも、ヨルテムから発進したランドローラーも、ルシフがどこで暴れているのかも、ありとあらゆる戦況を目視で確認できた。

 ランドローラーで接近していた剣狼隊はランドローラーを蹴り、グレンダンの外縁部に突入してきた。十人一塊となり、各々の武器を扱いながら着地する。

 当然グレンダンの武芸者たちが迎撃するが、剣狼隊の連携の練度はグレンダンとはレベルが違った。一人一人の攻撃の隙をカバーしながら爆煙に突き進んでくる。遠目だと、まるで一つの大きな赤色の生物のように見えた。

 ニーナはじっと戦況を窺っていた。鉄鞭を握る両手はじんわりと汗をかいている。瞬きするのも忘れて、グレンダンの外縁部を俯瞰し続ける。

 ニーナがアルシェイラと天剣授受者たちへの合図役だった。ニーナを合図役にするなど正気の沙汰ではないと反対する者(主にカナリス)もいたが、アルシェイラは意見を曲げなかった。

 ニーナを合図役にしたのはいくつか理由があった。

 一つ目は、ルシフがニーナに不信感を抱くように色々手を打ってきていること。だからこそ後方に配置して戦闘に参加させないようにするのは、ルシフから見て自然だし、戦況を冷静に分析させることができる。

 二つ目は、ニーナに合図役を任せることでルシフの内通者かどうか見極めるため。もしニーナがルシフの内通者であった場合、合図を出さないか適切なタイミングで合図しないだろう。ルシフの内通者でなければ、適切なタイミングで合図を出す。逆に言ってしまえば、ニーナが内通者でなくても適切なタイミングで合図を出せなければ内通者という烙印を押されることになる。だから、ニーナの緊張はとてつもないものだった。

 重要なのは、天剣授受者たちが女王の守りから武芸者たちの救援にいつ変更するか。ルシフの読み通りに動いたと思わせること。

 ヨルテムがグレンダンにぶつかった。

 グレンダンが大きく揺れ、ヨルテムから剣狼隊が続々とグレンダンに突入してくる。

 グレンダンの武芸者たちは怒涛の展開にパニック状態になっていた。今回の作戦は女王、天剣授受者、バーメリン、クラリーベル、デルクといった実力があり信頼できる最低限の武芸者しか伝えられていない。大半は作戦を知らないのだ。だからこそ、作為的ではない自然なリアクションをする。

 ルシフに不意打ちされ、剣狼隊の奇襲部隊が動揺を更に誘い、とどめと言わんばかりに都市同士の衝突に合わせて剣狼隊の全員をグレンダンに投入。グレンダンの動揺は最高潮になっている。

 

 ──ここだ。

 

 ここしかない。グレンダンの武芸者の犠牲者を最小限にし、ルシフに思惑通りに動いたと錯覚させるタイミングは。

 

「アーマドゥーン、ジシャーレ、テントリウム、ファライソダム」

 

 ニーナの剄に電子精霊の力が加わり、爆発的に剄量が膨れ上がる。

 鉄鞭を握る手に力がこもった。

 

 ──大祖父さま、わたしに力を……。

 

 ニーナは鉄鞭に剄を集中。この錬金鋼はジルドレイドの形見のため、通常の錬金鋼の許容量を超える剄を注いでも壊れない。

 ニーナが屋上を蹴り、突撃。両鉄鞭からは雷光が漏れている。活剄衝剄混合変化、雷迅。

 ニーナの向かう先にはルシフはおらず、剣狼隊の一小隊がいた。

 

 

 

 ルシフが方天画戟を振るった。

 カルヴァーンが幅広の剣で防ぐが、ルシフに力負けして後方に吹っ飛ぶ。

 

 ──これも。

 

 ルシフがカルヴァーンに追撃しようと地を蹴る。横からルイメイが飛び出し、鉄球を投げてきた。鉄球を方天画戟でルイメイの方に弾く。ルイメイは両足を踏ん張り、鉄球を受け止めた。その一瞬、ルイメイの視界は鉄球で遮られている。

 ルシフは死角を利用し、ルイメイに接近。

 

「ルイメイ! 右!」

 

 カルヴァーンが怒鳴った。

 ルシフは舌打ちしたい気持ちになりつつも、ルイメイの右に出て、方天画戟を横凪ぎにする。ルイメイは鉄球の鎖で方天画戟を受け止めつつ、そのまま横転した。

 

 ──これもだ。

 

 リヴァース、カウンティア、カルヴァーン、ルイメイ。天剣を使っていなければ、もうこの四人は倒せていた。天剣のせいで方天画戟の攻撃を防ぐ術を持っている。

 それに、さっきから天剣授受者たちは攻撃に力を入れていない。防御を第一に考え、攻撃する時は他の天剣授受者を救うためといったやむを得ない事情がある。その隙をついて攻撃してきた者を攻撃しても、二人一組でいるため、攻撃されなかった方が援護してきてこの上なく面倒だった。

 

 ──天剣が無ければ。

 

 何度もそう思った。

 ルシフの計算では天剣を奪うことによって天剣授受者を無力化し、アルシェイラが一騎打ちを提案してくる可能性を高めるはずだった。

 だが、ニーナが天剣を強奪したことにより、天剣授受者が力を取り戻した。以前闘った時より剄の制御もできるようになっており、戦闘力も上がっている。

 グレンダンの外縁部にニーナの剄が駆けめぐった。

 ルシフはチラリと上を見る。ニーナが屋上に立っていた。電子精霊の力をニーナが解放した。

 ニーナは雷迅でルシフがいる方向とは別の方向に突っ込んでいった。

 その時、アルシェイラの周辺で変化が生まれた。ルシフはアルシェイラを奇襲する機会をずっと窺っているため、護衛をしていない天剣授受者と闘いつつもアルシェイラに対する意識はずっと頭にあった。それはすなわち眼前の戦闘に集中していないことになる。片手間で相手をしているような状態だったからこそ、リヴァースら四人の天剣授受者は倒れなかったのだろう。

 アルシェイラの周辺にいた護衛役の天剣授受者たちが一斉にアルシェイラから離れようとする。グレンダンの武芸者たちを剣狼隊から守ろうとする動きに感じた。

 ルシフとアルシェイラの間に一本の道ができた。遮るものは何もない。この道を行けば、アルシェイラに奇襲できる。

 絶好の好機。しかし、ルシフは幾つか引っ掛かりを覚えた。

 まずニーナが剄を解放していなかった理由。ニーナの性格なら、戦闘が始まった直後に剄を解放しているはずだ。もしかしたらルシフの内通者と思われて戦闘に参加しないよう後方に置いていたかもしれないが、ニーナの周囲にニーナを止められるだけの実力がある武芸者はいなかったから、戦闘に参加してきても構わないというスタンスだったのだろう。

 ニーナは都市同士が衝突し、ヨルテムの剣狼隊がグレンダンに突入してきてグレンダンの武芸者の混乱が最大になったところで剄を解放した。

 やはり引っ掛かる。何故ニーナは戦況を見極めるように高い場所に行った? ニーナの性格なら、戦闘直後に前線に突っ込んでくるのが自然では?

 次に、アルシェイラを護衛する天剣授受者たちとレイフォンの動き。

 ルシフの予想では、こんなにもきれいにアルシェイラの護衛が釣れるとは思っていなかった。何人かはグレンダンの武芸者を守ろうとするだろうが、一人か二人はアルシェイラの護衛に徹するんじゃないかと考えていたのだ。それが全員同時にグレンダンの武芸者を守ろうとする動きをする。予想と違う。

 

 ──これはニーナを合図として、俺を誘い込む作戦ではないか?

 

 ニーナはルシフの思惑通りに動けばルシフは疑いもしないと読んだが、それは間違っている。

 ルシフは戦闘中、自分の思惑通りに動いたというような曖昧なことは考えない。常に相手を分析し、相手の行動を合理的に判断する。自分の思惑通りだったと思うのは勝負がついた時、つまりは戦闘後の話なのだ。

 これが自分を誘い込む作戦だと仮定した場合、ルシフがアルシェイラに奇襲をかければ、グレンダンの武芸者を守ろうとする動きをしている護衛がすぐさまルシフに攻撃目標を変えるだろう。そういう目で護衛を見れば、アルシェイラに攻撃したらすぐさま駆けつけられる絶妙な距離を保っているように見える。

 ルシフの頭はもうこれが自分を誘い込む作戦であると確信していた。

 そう考えると、アルシェイラを奇襲した場合、ルシフに攻撃してこれる護衛は位置関係からしてリンテンス、サヴァリス、ティグリス、レイフォンの四人。

 誘い込むからにはルシフを倒せる火力が出せる者がいなければならないが、この四人が一斉に攻撃してきてもルシフは防ぎきる自信がある。だが相手も勝算があるからこその作戦。ルシフの防御を上回る攻撃を用意していなければ、理に合わない。

 しかしルシフには、どうすれば自分の防御を上回る攻撃ができるのか思いつかなかった。

 頭が警鐘を鳴らし始める。誘いにのるな。痛い目にきっと遭うぞ。ルシフの慎重な部分が危険を感じ取っている。

 だが、一瞬とはいえ誰にも邪魔されずにアルシェイラを倒す機会でもある。これは魅力的な状況だった。

 速戦即決が戦闘の基本だと思っているルシフにとって、ここで仕掛けずに持久戦となるのは避けたい。

 

 ──もし、万が一の場合は……。

 

 ルシフは自身の防御を上回る攻撃をされた場合の対応も事前に想定した上で、誘いにのることを決断した。

 ここまでのルシフの思考は現実世界ではほんの瞬きの間に行われた。

 ルシフがアルシェイラに向けて駆け出す。遮るもののない道。やるかやられるかの大勝負。気分はとても高まっていた。

 

 

 

 ──ルシフが来た!

 

 作戦に関わる者、全員が同時にそう思った。

 アルシェイラは凄まじい速さで向かってくるルシフを見据える。ニーナの予想通り、ルシフの思惑通りに動いたことでルシフは隙を作ったと信じた。それが誘いの隙だとも読めずに。

 ここで自分が倒れたら、せっかくの作戦も水の泡。

 アルシェイラの二叉の槍を持つ手に力が入る。

 ルシフが雄叫びをあげ、方天画戟を振るった。

 アルシェイラが二叉の槍で防ぐ。防いだ瞬間、方天画戟の剄が斬性を帯びた衝剄に変化し、突風に似た衝撃とともにアルシェイラの腕や足に次々に切り傷を生んでいく。

 アルシェイラは後ろに跳んだ。踏ん張れば、八つ裂きにされる。逃げるのは癪だったが、戦闘不能になるよりはマシ。

 ルシフの右横に影が現れる。

 

 ──頼んだぞ、レイフォン!

 

 

 

 レイフォンはルシフがアルシェイラに駆け出したのに一瞬遅れて、ルシフの方に駆け出した。

 リンテンス、サヴァリス、ティグリスが剄を解放し、レイフォンに放った。ルシフの顔に僅かな困惑が見える。

 

「おおおおお!」

 

 レイフォンの全身が剄の輝きに包まれる。

 その剄がリンテンスら三人の剄を吸収し、取り込んだ。

 レイフォンの剄量が一気に倍加する。ルシフが目を見開いた。

 これこそレイフォンが編み出した剄技。化練剄の変化、連輪閃。剄に吸収の性質を加え、吸収した剄を自身の剄に混ぜ合わせる形で使用できる剄技。ただし、吸収された相手が拒絶しなかった場合しか、吸収した剄は使えない。つまり相手がレイフォンに剄を使わせたいと思わなければ、この剄技は相手の剄技を吸収して無効化するだけの剄技。ツェルニでルシフと闘った時、ルシフの方が剄量が多かったのに傷をつけれたのは、この剄技でルシフの剄を吸収して無効化したからだ。だがルシフはレイフォンに協力する気など全くないため、吸収した剄を自身の剄として使うことはできなかった。

 レイフォンがルシフの右横から肉薄する。ルシフは方天画戟を振っている影響で、その場で踏ん張っていた。隙ができている。

 

 ──いける。

 

 ルシフの予想を超える速度で接近したため、ルシフの計算が狂っている。

 レイフォンは右拳を引いた。確実に当たる。

 ルシフはアルシェイラが逃げたのを見て、レイフォンの攻撃を防御しようと右腕を動かす。右腕を下げて防ぐつもりか。だが遅い。

 レイフォンの脳裏に、マイやリーリン、エリゴら教員四人、ルシフを慕うツェルニの学生たちの顔がよぎる。

 もし、万が一、防御が間に合わなかったら、ルシフは死ぬ。たくさんの人がルシフの死を悲しむ。

 いや、迷うな。ここまできて、迷ったら取り返しがつかなくなる。

 レイフォンは渾身の右ストレートをルシフの脇腹に放つ。しかし、右ストレートを放つタイミングが一瞬遅れたせいで、ルシフの右腕での防御が間に合った。

 ルシフの身体がとんでもない勢いで左に吹っ飛ばされていく。

 

 ──くそッ。

 

 レイフォンは自分が情けなくなった。あれだけ闘う前に覚悟を決めていたはずだったのに、直前で迷って攻撃を一瞬躊躇してしまった。

 あの感触。あれはクリーンヒットしてない。ルシフは右腕で防ぎつつ、踏ん張っている足で地を蹴り、自分から左に跳んだ。威力を殺された。自分が一瞬迷っただけで、千載一遇の好機を無駄にしてしまった。

 遥か遠く、ルシフが立ち上がった。爆煙はもう完全に晴れている。

 

「アルセイフ、貴様は甘いな。もし躊躇しなかったら、俺の右腕一本消し飛ばせていただろうに」

 

 ルシフの右腕は右ストレートを防いだ影響で裂け、血が滴り落ちている。骨は折れていない。

 ルシフは万が一自分の防御を上回る攻撃がきたら、迷わず反対方向に跳んでよけると決めていた。もしレイフォンが迷わず攻撃したとしても、右腕に剄を集中する時間がなかっただけで右腕の防御は間に合った。その場合は右腕を犠牲に防ぐつもりだったが、レイフォンが迷ったため、右腕を犠牲にせずにすんだ。

 

 ──それにしても……。

 

 レイフォンのあの剄技。他人の剄を吸収し、自身の剄と混ぜ合わせて剄量を増やす。正気で思いつく剄技ではない。他人の剄など、爆弾のようなものだ。もしそこに攻撃的な意思が含まれていたら、防ぐこともできない。

 確かにルシフもメルニスクの力を自身の剄に加えて使っている。理論的には剄の吸収もできるだろう。しかし、電子精霊と人間では信用に大きな差が生まれる。電子精霊の目的は明白だが、人間はそれぞれ違うのだ。

 ルシフは凄絶な笑みを浮かべた。

 ルシフの笑みを見たアルシェイラやレイフォン、天剣授受者たちは息を呑んだ。ルシフの全身から放たれる気迫と闘気。その威圧感とプレッシャーはやはり最強の風格を漂わせている。

 ルシフは無意識の内に勃起していた。

 命を危険にさらされて生存本能が子孫を遺したいと考えたのか、それとも予想外の攻撃によって分泌された脳内物質ドーパミンの快感を性的快感と結びつけたか、長い間射精していなかった影響か、理由は不明だが、とにかくルシフは勃起していた。だがルシフはそのことに気づきもしない。

 実はルシフは、痛めつけられることに快感を覚えるのだ。しかし、それには前提条件がある。それは最終的に立場が逆転し、痛めつけられる側から痛めつける側になること。自分を痛めつけてきた相手を、才能を解放して立場を逆転させ痛めつけることがとてつもない快感なのだ。つまりはサディストゆえのマゾヒズム。

 ルシフは右腕を軽く動かし、右手の指も動かす。問題なく動く。

 

 ──面白い奴だな、アルセイフ。

 

 だが、もうタネは見切った。それとも、まだ隠し玉があるのか。

 ルシフは方天画戟を構えた。ここから先、策の挟みようがない。純粋な武力勝負。それでも、ルシフの気分は高揚していた。




>つまりはサディストゆえのマゾヒズム。
ちょっと何言ってるか私にもよくわかんにゃい。

この作品についてですが、完結まで何話か計算すると101話になりました。なんとか圧縮して100話で完結を目指したいと思います。100話で完結した方が物語構成をしっかり考えて執筆した感が出ますので。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。