鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第56話 四面驚歌

 リーリンはカナリスとカルヴァーンに連れられて、アルシェイラの下に来た。アルシェイラの近くにはリンテンスもいる。リンテンスは相変わらず煙草を吹かしていた。

 

「リーちゃん、久しぶり! 会いたかったよ!」

 

「……シノーラ先輩」

 

「あのね、実はリーちゃんにずっと隠していたことがあるの」

 

「……なんです?」

 

「わたし、グレンダンの女王なの!」

 

「そうですか」

 

 リーリンは普段通りの顔のままだ。右目は閉じられている。

 アルシェイラは拍子抜けした。「え!? 本当ですか!? そんなのウソに決まってます!」みたいな返答を期待していただけに、アルシェイラは納得いかなかった。

 そもそも、リーリンにとってこの事実はもっと心を揺さぶられるべきだ。でなければ、この事実を伝えた時のリーちゃんはどんな顔するかな~、と妄想していた自分がバカみたいではないか。

 

「あの……陛下。その……わたしが陛下が誰かをリーリンさんにお教えしまして……」

 

「カナリス、お前のせいか! リンテンス、こいつの首を斬れ!」

 

「お前は何を言っている?」

 

「何って処罰よ、処罰。わたしの楽しみを潰したんだから。万死に値するわ」

 

「えぇ……」

 

 カナリスは何がなんだか分からないといった表情をしている。

 

「カナリス様に教えられなくても、だいたい察しはついていましたけど? 天剣授受者が三人もわたしの護衛をしていると気付いてから」

 

「そう。なら、カナリスの首を斬るのはやめるわ。リンテンス!」

 

「元々斬るつもりはなかったが。お前の言葉をいちいち真に受けていたら、首がいくつあっても足りん」

 

「一言余計なのよ、あんたは。で、リーちゃん。本当にいいの? このままグレンダンに帰っても」

 

 アルシェイラがそう言った瞬間、二つの剄が膨れ上がり、ぶつかった。レイフォンとサヴァリスが闘い始めたのだ。

 アルシェイラや天剣授受者たち、リーリンの視線が剄を感じた方向に向けられる。

 

 ──あら?

 

 アルシェイラはリーリンを横目で見た。

 リーリンは一般人であり、剄を感じられない。にも関わらず、剄の波動が広がったのに合わせて、発生場所の方に視線を向けた。つまり、剄を感じられているということ。つまり、一般人では無くなった証拠。

 リーリンは数秒剄を感じた方向を見た後、アルシェイラに視線を戻した。

 

「答えがあると思ったから」

 

「答え?」

 

「リーリン・マーフェスは本当は誰なのか。その答えです」

 

「答えはいつも優しいとは限らない。残酷な真実を知ってしまうことになるかもしれないわ」

 

「それでも、一歩前に進めます。何も分からず振り回されているよりは、ずっとマシだと思います」

 

「レイフォンはいいの?」

 

 リーリンは痛みを堪えるような顔になった。

 

「レイフォンはいつもわたしの力になってくれようとします。何も分からないままレイフォンの傍にいたら、レイフォンまで訳の分からない状況に巻き込んでしまうかもしれない。それは嫌なんです」

 

 成る程、とアルシェイラは思った。だからリーリンは、抵抗せずに大人しくグレンダンに帰るのを了承したのだ。

 なんにせよ、ルシフにリーリンを人質に取られることを一番懸念していたアルシェイラは、リーリンが自分の手の内に収まったことで一安心した。あとはルシフを捕らえるか殺せばいい。リーリンは天剣授受者に護衛させて、グレンダンの王宮に連れていけば、ルシフにリーリンを奪われる可能性も消える。

 巨人の数もかなり減ってきていた。この分なら十分もかからないだろう。

 ルシフは建物の屋上に立ち、衝剄を中心とした攻撃で着実に巨人の数を減らしていた。廃貴族の力は感じない。

 

 ──迂闊に近付けないわね。

 

 廃貴族の力を使わないのは、そうやって自分が廃貴族を上手く扱えないよう見せかけて、ハイアからの手紙に書いてあった内容に信憑性を持たせるためだろう。サリンバン教導傭兵団を廃貴族の暴走で倒した情報をこちらが持っていることを、ルシフは確信している筈だ。

 そうやって廃貴族の脅威はないとこちらに思わせ、油断したところを廃貴族の力を使って潰す。それこそルシフがあんな目立つ場所にいて、まるで攻めてこいといわんばかりにこちらの意識をしていない狙いだろう。だが、こちらはルシフが廃貴族を使いこなしている前提で動いている。いや、もしかしたらハイアの手紙の情報を罠だと見抜いていると読んだうえで、あえて廃貴族の力を使わないのか。だとすれば、ルシフの目的は自分を警戒させることでグレンダンの攻めの手を止めさせ、時間稼ぎをすることではないか。時間稼ぎをして、得をするのはどんな場合だ。別動隊によるグレンダンへの直接攻撃。グレンダンになにかしらの罠の設置。どちらにせよ、グレンダンが関わる。

 

「デルボネ」

 

 アルシェイラの傍に蝶型の念威端子が寄ってくる。

 

『はい、なんでしょう?』

 

「グレンダンの方をちょっと見てくれない? 確かめたいことがある」

 

『分かりました、少しお待ちください……あら? これは……』

 

「どうしたの?」

 

『どうやらお相手の武芸者がグレンダンに紛れこんでいるようですわ。それも、かなり手練れの武芸者が三人。あちらさんの都市長は抵抗する素振りも見せなかったのに、あの交渉の時の姿勢は演技だったのかしらねぇ』

 

「それか、ツェルニの都市長の交渉はウソがなくて、ルシフの独断でこれをやったかね。なんにせよ、ルシフの策は破った。グレンダンを甘くみてもらったら困るわ」

 

「あの、陛下」

 

「何カナリス? ちょっと今取り込み中だから、黙ってて。

グレンダンにいる武芸者に指示を。その三人は囲んで潰せ。生かして捕らえるのが一番だけど、別に殺してもいいわ」

 

『はいはい、伝えますよ。それより、これはグレンダンの旗を取りに来ているのでしょうか?」

 

「だとすればツェルニの都市長の策になるけど、今旗取っても無駄よ。ちょっと短絡的すぎるわ。

ルシフの指示なら、王宮から天剣ヴォルフシュテインを奪うのが目的ね。こっちの方が現実味がある。まあ、王宮にはもう近付けないけど」

 

 アルシェイラは頭上を仰ぎ、ルシフを見据える。

 ルシフはこちらが策を看破したことも知らず、未だに道化を演じていた。

 間違いなくルシフに勝った。後はルシフを捕らえるか殺せばいい。ツェルニの頭上の大穴は閉じていないが、巨人の数は増えない。だから、巨人の問題は後数分で片付く。

 アルシェイラは勝ち気な笑みを浮かべた。

 

「ルシフ、あなたの負けよ」

 

 アルシェイラとルシフの距離はかなりあった。だが、ルシフの顔はアルシェイラの方に向いた。内力系活剄で聴力が強化されているから、アルシェイラの声が聞こえたのだろう。だとすれば、自分がグレンダンに出した指示も聞こえた筈だ。

 

「俺の負けか。で、俺を殺したらどうする?」

 

 ルシフの頭の中に生け捕られるという選択肢はないようだ。それでこそルシフだ、と思った。ツェルニに来てルシフをボコボコにした時も、ルシフは自分が殺されるまで闘おうとしていた。

 

「どうするも何も、別に何もないわ。今まで通り、時が来るのを待つ。時が来たら、グレンダンを守り、敵を殺し尽くす」

 

「クックックッ……フハハハハハ……ハァーッハッハッハッハッ! ハハハハハッ!」

 

 ルシフはアルシェイラの言葉を聞いて笑い声をあげた。

 

「何笑ってんのよ。どっか面白いところでもあった?」

 

「陛下、一つ申し上げたいことが……」

 

「カナリス、そんなの後にしなさい。今はあの道化の言葉が聞きたい」

 

「俺を殺した後を考えていない。それが人の闘い方か! 恥を知れ!」

 

「……人の闘い方?」

 

「お前は獣の王だ。自由気ままに生き、その時の感情に従って牙を剥く。だから、いつまで経っても状況が変わらず、闘っても得るものもない。

俺は違う。俺はお前らを完膚なきまでに叩き潰した後も、どう行動するか頭に入っている。それが、お前と俺の決定的な差だ」

 

「この絶体絶命の状況下でよくそこまで言った。そこは褒めてやってもいい。でも、負け惜しみにしか聞こえないわ」

 

「絶体絶命?」

 

「そう。あなたの策は破った。あなたがそこで突っ立ってても何も得られなくなったのよ」

 

「あの、陛下!」

 

 カナリスが声を荒げた。

 アルシェイラは鬱陶しそうにカナリスを見る。カナリスは必死の形相をしていた。

 

「何よさっきから。言いたいことがあるなら早く言いなさい」

 

「五人! 五人いる筈なんです! グレンダンに潜入した武芸者は!」

 

「……は?」

 

 アルシェイラが勢いよく顔をルシフに向けた。ルシフが微かに笑っている。そう見えた。

 

「カナリス。詳しく言いなさい」

 

「はい。ルシフは教員として五人ツェルニに呼んだそうです。五人ともかなりの武芸の腕前があり、わたしは剣狼隊の武芸者を呼んだのだろうと考えました。巨人の闘いに教員は介入していません。グレンダンの潜入を命じられたのだと思います。とすれば、グレンダンから三人しか見つからないのはおかしいかと」

 

「なぁ、アルモニス」

 

 ルシフが声をかけてきた。

 

「この俺が意味もなく、戦闘中に会話など乗ると思ったのか?」

 

 自分との会話に応じたのは、時間稼ぎのため。つまり、看破した策とは別の策が進行している。

 

「……ッ! デルボネ!」

 

 アルシェイラは近くに浮かぶ念威端子に怒鳴った。

 

『これは……わたしも老いましたかね。接近してくる武芸者に気付けなかったなんて……』

 

「デルボネ?」

 

 まさかルシフの狙いは最初から天剣ではなく──。

 

『陛下。ごめんなさいね。わたしはここまでのようです。最期に、わたしを攻めてきた武芸者は一人──』

 

 デルボネの声が途切れ、蝶型の念威端子がアルシェイラの指示も聞かない内にグレンダンに向かった。アルシェイラ付近のものだけでなく、ツェルニのいたるところから端子が浮かび上がり、グレンダン王宮目指して飛んでいく。それは光る蝶の群れのように見えた。

 最初からデルボネ狙いだった?

 だとすれば、今まで天剣をしきりに力で奪うと言っていたのは、こちらに本当の狙いを悟らせないためか。

 

 ──ルシフ。あなたは一体いつから……。

 

 グレンダンを倒すために罠を仕掛けていた?

 ルシフの胸ポケットから、六角形の念威端子が空中に浮かび上がった。いや、ツェルニ中から六角形の念威端子が浮かび上がってくる。

 アルシェイラはグレンダンの方を振り返った。グレンダンの方からも、いたるところで六角形の念威端子が浮かび上がっている。

 六角形の念威端子が青く輝く。ツェルニにある端子がまず青く輝き、線と線を結ぶように青い光が近くの端子と触れて、青い光に触れた端子からどんどん青く光っていく。この念威操者は端子を中継にして、自らの念威をツェルニとグレンダン両都市の隅々まで拡げようとしているのだろう。

 青い光はグレンダンにある端子まで到達し、青い光がグレンダンを覆い被さるようになった。

 そこで、アルシェイラは信じられない光景を見た。

 六角形の念威端子が次々に別の形の念威端子に近付いたと思ったら、その念威端子も六角形の念威端子に従うように青く輝き、六角形の念威端子のすぐ近くを飛び回り始めたのだ。

 

 ──グレンダンの念威操者の端子を奪ってる? ルシフの奴、最初からこっちの情報・通信ラインをズタズタにし、そのまま自分の情報・通信ラインとして掌握することが目的だったのか!

 

 しかし、他人の端子を奪うなど、相当の技量がなければできない芸当。ルシフが抱えている念威操者の中に、そこまでの念威操者がいるとは夢にも思わなかった。

 

 ──どうする?

 

 おそらくデルボネはもう生きていない。こんな形で天剣授受者を失うとは思ってもいなかった。

 もはやグレンダン王宮はルシフの仲間に潜入された。安全な場所とは言いがたい。リーリンを天剣授受者に護衛させてグレンダン王宮に連れていき安全を確保する方法はもうとれない。

 

 ──どうする?

 

 どう動くべきだ? グレンダン王宮に向かうべきか? だが、グレンダン王宮を目指そうとすれば、ルシフに背を向ける。その隙をルシフは待っているに違いない。これ以上ルシフの思い通りに動くのは自分自身が許せなかった。

 グレンダンの方を見ていると、外縁部に近い建物から火の手が上がった。一ヶ所だけではない。左右対称に反対側の建物からも火の手が上がっている。まるでグレンダンの両端に火の玉が現れたように見えた。

 

「陛下、あれを!」

 

「見えてる!」

 

 カナリスがグレンダンの町を指差し、アルシェイラはカナリスに怒鳴った。

 潜入したルシフの別動隊は五人じゃなかったのか。デルボネが見つけたのが三人。デルボネを殺したのが一人。残り一人が火を建物につけたとして、もう一ヶ所の火は誰がつけた? ほぼ同時に火がついた。二人いなければおかしい。つまり、最低でも潜入した人間は六人いなければ計算が合わないのだ。

 

 ──カナリス。ルシフに踊らされたか。

 

 ルシフが教員を五人呼んだというのは事実で嘘はないだろう。だが、自分が入学する前に自分の仲間をツェルニに入学させ、何かあった場合の戦力を用意していたのではないか。そうしておいて自分の戦力にするために教員を呼べば、教員しかルシフの戦力はいないように見える。カナリスが騙されたのも無理はない。

 

 ──それか、グレンダンにルシフと内通している武芸者がいて、潜入したルシフの仲間と接触し、合図に合わせて火をつけたか。そのどっちかね。

 

 グレンダンは武芸の本場として名高いため、他都市から優れた武芸者がよく来る。その中に、ルシフと通じ、ルシフから何かしらの命を受けて来た者がいたかもしれない。ルシフはいずれグレンダンを攻めるつもりだったから、そのための下準備をしておくというのはルシフらしいやり方ではないか。

 

「陛下! 旗を! 旗をご覧になってください!」

 

 二つの火の玉がグレンダンの建物を次々にのみこみ、徐々に大きくなっていくのを見ていたアルシェイラは、カナリスの声でグレンダンの旗を見た。

 グレンダンの旗。獅子の身体を持つ竜が剣をくわえた刺繍がしてある旗。その旗竿の隣に、グレンダンの戦闘衣を着た銀髪の女が立っていた。

 銀髪の女の戦闘衣の剣帯には様々な錬金鋼が吊るされている。アルシェイラは吊るされている錬金鋼の内の二つを見て、怒りで身体が震えた。

 

「……ヴォルフシュテイン……キュアンティス……!」

 

 レイフォンが以前持っていて、レイフォンから離れた後は王宮に保管していた天剣ヴォルフシュテイン。そして、デルボネが持っていた天剣、キュアンティス。あの女が、デルボネを殺したのか。

 銀髪の女は旗竿を両手で掴み、抜く。両手で持ったまま、旗竿を大きな∞の字を描くように振った。こちらに向けて振られている。いや──。

 アルシェイラは振り返り、ルシフを見る。

 ルシフは銀髪の女に向けて、右手の親指を立てた。

 アルシェイラが視線を旗に戻すと、銀髪の女は旗をより一層激しく振り回した。まるで喜びを表現しているようだ。

 ルシフに向けて、あの女は旗を振っているのか。グレンダンの旗を。我が物顔で。

 アルシェイラは歯ぎしりした。

 都市間戦争ならば、この時点でツェルニの勝利が確定し、戦争が終わる。しかし、この場合は違う。都市間戦争の始まりの合図は、両都市から同時にサイレンが鳴ること。それがまだないのに、旗を取った。

 サッカーで例えるなら、この行為は試合開始のホイッスルが鳴る前にボール回しをしてゴールするようなもの。当然、点は入らない無意味な行為だ。

 しかし、もしホイッスルが鳴る前も相手側はしっかりディフェンスをしていて、キーパーも立っているなかゴールされたら、点なんて取られてないと思えるだろうか。たとえルール上は点を取られなかったとしても、試合しているのと同じ状況で点を取られたら、点を取られたと誰もが思うだろう。グレンダンはまさにこの心理状態だった。

 旗はグレンダン王宮の頂上に立ててあった。グレンダンの都市の構造上、旗を振っている女の姿はどの場所からも見えた。

 旗を見たグレンダンの武芸者は指を差しながら叫び、近くの武芸者に旗が取られたことを教えた。そして、教えられた武芸者も旗を指差して叫び、その近くにいる武芸者に伝える。そういう動きがグレンダンのいたるところで起こり、波紋のように拡がった。旗を取られてから数十秒足らずで、グレンダンの武芸者全員が旗を取られたことを知った。誰もが愕然として、女が旗を勢いよく振っているのを見ている。

 

 

 

 アルシェイラと別行動している天剣授受者たちも、グレンダンの旗が振られていることに気付いた。

 巨人の殲滅はたった今完了した。ツェルニの頭上の大穴は消えていないが、増援の気配はない。しかし、今の天剣授受者たちにとってそんなのはどうでもよくなっていた。

 念威端子は無くなり通信ができず、グレンダンの建物が焼かれ、旗を取られた。この状況を打開するのが先決である。

 

「ナメた真似しやがって。潰してやる、あのガキ」

 

 ルイメイがルシフを睨んだ。鎖のついた鉄球を頭上で回している。

 

「落ち着けよ旦那。とにかく、これは異常事態だ。陛下の指示を仰ぐ必要があると思うぜ」

 

 トロイアットが杖を持ち、帽子を被り直した。

 ルイメイが舌打ちする。

 

「指示なんざいらねえ。気に入らねえヤツは俺様が一人残らず叩き潰す。あのガキだけじゃねえ。旗振ってはしゃいでるあの女もだ」

 

 ルイメイが旗を見る。怒りが顔を覆っていた。

 

「旦那、あの女性はルシフに言われて仕方なく旗を取ったんだ。命令したルシフに罪があり、あの女性に罪はねえ。男を憎んで女を憎まず、だ」

 

「けっ。トロイアット、お前のくだらねえ考えはいつ聞いてもうぜえ。敵に男も女も老人も子供もあるか。向かってくるヤツは全員潰しゃいいのよ。めんどくせえ」

 

「とにかく、陛下のとこに行こう。勝手に行動して八つ当たりされるのもかなわん」

 

 グレンダンがこんな状況になったことなど初めてであり、ルシフにいいようにしてやられたアルシェイラが冷静でいられる筈がない。そんな精神状態のアルシェイラの意に背けば、いらぬ罰を受ける可能性があった。

 

「ちっ、手間のかかる。陛下はどんと構えてりゃいいってのにガキみてえなことやって、結果がこれとあっちゃあ、陛下の地位を狙ってやがる三王家がうるさくなるかもしれねえな」

 

「そこは俺たちの出る幕じゃないだろう。それに、陛下はご健在だ。出し抜かれたってだけで負けたわけじゃねぇ」

 

 トロイアットの言葉に、ルイメイはイラッときた。

 デルボネはやられ、念威操者は軒並み無力化され、町を焼かれ、天剣は奪われ、旗を取られた。

 これが負けじゃねえだと? どこまでお気楽な考えしてやがんだ!

 

「……トロイアット、あんまナメたこと言うなよ? 殺すぞ」

 

「旦那。どうしたんだ、急に?」

 

「陛下んとこ行くぞ。くそめんどくせえけど」

 

 ルイメイとトロイアットはアルシェイラの剄を感じる方に走り出した。

 二つの巨大な剄がぶつかり合っているのを感じる。レイフォンとサヴァリスの剄。

 

「あのバカども、まだ遊んでんのか」

 

「しょうがない奴らだねぇ、まったく」

 

 二人は足を止め、剄を感じた方向を見た。

 

 

 

 リヴァースとカウンティアは振られる旗を二人並んで見ていた。リヴァースは全身を鎧で包んだような姿になっている。

 

「旗が取られた。天剣も取られた。これって、グレンダンは負けたってことだよね?」

 

「そう決めるのはまだ早計だよ。陛下はまだ生きているし、僕らだって生きてる」

 

「でも、ばあさんはやられたよ。天剣授受者が、他都市の武芸者に負けたんだよ。それとも、今からあのルシフってヤツとグレンダンに潜入したヤツを狩れば、負けが勝ちに変わるのかな?」

 

「……ティア」

 

 カウンティアは凄絶な笑みを浮かべていた。剄がカウンティアの周りを荒れ狂い、近付く者を切り刻んでしまうような殺気を帯びていた。

 笑っているが、怒ってもいる。いや、怒りが頂点に達し、その反動で笑っているような状態。

 これはとても危険だと、リヴァースは思った。何故なら、カウンティアが全力で研ぎ澄ました剄は都市を破壊してしまうかもしれないからだ。たとえ他都市でも、ここには人がたくさん住んでいる。都市が破壊されれば、シェルターに避難している人も一人残らず死ぬ。

 

「まだ、デルボネさんが死んだかどうか分からないよ。僕たちはデルボネさんの姿を見てないんだから」

 

「でも、あの女はばあさんの天剣を持ってるじゃない!」

 

 カウンティアの剄が鋭さを増し、地面の石が空に舞っては砂に変わる。

 

「デルボネさんの状態なら、殺さなくても天剣を奪えるよ。それなら、あの人から二本天剣を取り返せば、元通りになる。建物だって、また建てればいい。旗が取られても、今はなんの意味もないよ。都市間戦争になってないからね。だから、僕たちは負けてないんだ。僕たちや陛下が生きている限り、負けじゃないんだよ、ティア」

 

 リヴァースから諭されるように言われ、カウンティアの剄は弱まった。カウンティアの表情は不愉快そうに歪められる。

 

「でも、やっぱりムカつく」

 

「その気持ちは、僕もちょっと分かる」

 

 カウンティアは不愉快そうな表情から一転、楽し気な笑みになった。青龍偃月刀を地面と垂直に立てて持つ。

 

「なら、狩りにいこうよ」

 

「まだダメだよ。陛下のところに行かなきゃ。通信できなくなっちゃったんだから、指示をもらわないと。勝手に行動して、陛下から罰を受けたくないでしょ?」

 

「しょうがないなぁ。まあ、今度の獲物は逃げられないから、少しくらいは狩り始めるの、遅くなってもいいか」

 

 青龍偃月刀を一度回してから肩に預け、カウンティアはアルシェイラがいる方向を向いた。リヴァースがアルシェイラの方に歩き始める。リヴァースに合わせて、カウンティアもリヴァースの隣を歩いた。

 

 

 

 銃口と弓が、旗を振る女に向けられていた。

 

「ああ、なんなのアイツ。ウザッ」

 

「念威操者! 念威端子を奪われたなら錬金鋼を復元前の状態に戻せ! くそッ、聞こえんか」

 

 ティグリスは舌打ちした。

 錬金鋼を戻せば強制的に敵の念威も遮断できるのに、念威操者たちはデルボネの死と端子が奪われたことによるショックで正常な思考ができなくなっている。

 

「嫌な予感というのは、当たるものだな」

 

 バーメリンが銃を構え、ティグリスが弓を構えている。

 

「デルボネが逝くとは。ルシフ・ディ・アシェナ。陛下が警戒する男だけはある」

 

「感心してんな、クソジジイ。撃ち殺してやる、あのウザガキ。調子乗りすぎ、あのクソ女。まずあのクソ女から撃ち殺す」

 

「まあ落ち着け。あの女を殺すのは容易い。先に殺すならやはりあやつの方だ」

 

 弓をルシフの方に向けた。

 

「殺せんの? 老いぼれジジイのくせに」

 

「まだまだ若いもんには負けんわい」

 

「そういうのがジジイくさい」

 

 バーメリンが銃口をルシフに向け、撃った。一発ではなく、六発。装填された弾丸は空になり、銃口から煙が出ている。

 刹那の間に撃たれた六発の弾丸は、それぞれ僅かに軌道がずれ、ルシフの頭から腹までを風穴にしようと飛んでいく。

 ルシフはその六発の弾丸を一瞥しただけで、回避行動を一切しない。ルシフに当たった弾丸は跳ね返り、バーメリンの方に戻ってきた。バーメリンはサイドステップをして余裕を持って回避。しかし、バーメリンの表情は不機嫌そのもの。

 バーメリンは自分の全身に巻きついている鎖に剄を通した。鎖の一部が弾け、宙に舞う。この鎖は錬金鋼製であり、剄を通せば実弾に変化するのだ。

 宙に舞う弾丸を流麗な動作で拳銃に装填。一瞬で攻撃体勢を整えた。

 

「何よあいつ、金剛剄使えんの? ウザッ、メンドッ。てか、それじゃ天剣使うしかないじゃん」

 

「そう簡単にはやはりいかんのう。難儀なことじゃ」

 

「ジジイ、どうする?」

 

「すぐに陛下も動くじゃろ。わしらは陛下に気を取られて隙を見せたところを撃ち抜けばいい」

 

「何それ、ダサッ」

 

 バーメリンの悪態に苦笑しながら、ティグリスが髭を撫でた。

 

 ──それにしても、あやつは何故動かない? 今が攻める絶好の好機。ペアを組んでいるとはいえ、天剣授受者は分散しているというに。

 

 まだ何かあるのか?

 ティグリスはルシフから視線と弓を逸らさなかった。

 

 

 

 

 ──なんなのよ、これは。

 

 アルシェイラは旗が振られているのを見続けている。

 ルシフの策を看破したと思った。ルシフに勝ったと思った。そう思ったら、畳み掛けるように次々に信じられないことが起こり、あげくのはてには都市間戦争で絶対に奪われてはいけない都市旗まで取られた。

 アルシェイラはふと、ルシフとツェルニで闘った時のことを思い出した。あの時も、千人衝を目眩ましにした頭上からの攻撃を防ぎきった時、勝ったと思った。後は空中にいるルシフを痛めつければいいと思い、殴りにいった。しかし、実際は罠であり、ルシフはそうしてくると読んだうえで回避の方法をあらかじめ用意しておき、カウンターでより激しい攻撃を叩き込んできた。あの時の代償は、戦闘で初めて傷を負わされるという結果で終わった。

 そうだ。これが、ルシフだ。勝ったと思った時には、こちらが不利になっている。

 

 ──これからどう動く?

 

 グレンダンに内通者がいるなら、即捕らえて罰を与えなければならない。潜入したルシフの仲間も全員殺すかグレンダンから叩き出さなければならない。ルシフは問答無用で殺す。

 潜入したヤツらの位置はどの辺りだ? そもそも、デルボネを襲った奴は、何故デルボネが襲ってきた武芸者の数を言うまで何もしなかった? デルボネが情報を言う前に殺せば、それだけで何人がデルボネを襲ったのか分からなくなり、もっと混乱させられた筈。もしかして、わざとデルボネにそう言わせたのでは? 実際は二人以上が王宮に侵入しているのを悟られないように。

 疑問が疑問を呼び、何が正しい情報なのか、アルシェイラは分からなくなっていた。ルシフの言動も行動も、今グレンダンで起こっていることも、何が嘘で何が本当なのか。真実なのか、真実に見せかけた罠なのか。

 銀髪の女は旗竿を戻し、旗を再びグレンダンの王宮に立てた。旗竿の隣に立ったまま、剣帯から錬金鋼を一つ取り復元。狙撃銃がその手に握られた。右目でスコープを覗き込む。銃口はアルシェイラの胸に照準されていた。




次回はグレンダンで何が起こったのか各視点ごとに時系列順で書いていこうと思います。
あと、次回はクラリーベルちゃんが出ます。覚醒前リーリンと同じくらい好きなキャラです。

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