鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第54話 都市潜入

 ツェルニを囲む無数の鉄柱の一つ。大体エアフィルターの膜から半分ほどの高さの鉄柱の上に、フードを被り全身を黒の戦闘衣で包んだ人型が立っていた。

 その人型の顔は仮面で隠されている。犬のような動物を模した仮面。

 人型は戦闘衣の中から錬金鋼(ダイト)を取り出す。復元。人型の手に、長大な杖が握られた。先端に巨大な飾りがある杖。

 

「目覚めたか……」

 

 人型が杖の底で一度足元の鉄柱を叩く。飾りが音を鳴らした。

 いつの間にか人型は増えていた。杖を持つ人型の後ろに、同じ仮面をした者たちが集まっている。

 

「これで全て揃った。始めよう」

 

 仮面の者たちが粒子となり、空に吸い込まれていく。

 その間、杖を持つ人型は何度も鉄柱を杖の底で叩いた。

 

「束縛より解放される(とき)がきた」

 

 杖を持つ人型も粒子となり、空に吸い込まれる。持ち主を失った杖はそれでも倒れない。天に向かって直立している。

 やがて杖も粒子に変わり、空に吸い込まれていった。

 鉄柱の上にいた存在と杖は消滅し、ツェルニはいつも通りの風景になった。

 しかし、ツェルニの空には大穴が開いていた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆  

 

 

 

 カリアンは慌てていた。

 突如としてツェルニの頭上に大穴が開き、大量の汚染獣が空から降ってきたのだ。

 汚染獣の姿は従来のトカゲに翅が生えたような姿ではなかった。五メートル程ある巨人の姿だった。頭の部分は肉のような小山の中に口しかなく、胸の辺りには六つの赤い珠が埋め込まれている。

 カリアンはこの汚染獣を観たことがあった。以前第五小隊と第十七小隊が廃都市探索をした時の映像。その時に遭遇した汚染獣。それから、第十七小隊が廃都市から持ち帰った玉を解析して得られた映像の中にも、この巨人はいた。

 ツェルニにとって幸運だったのは、グレンダンに接近中という状況だった。グレンダンに接近中だったために、非戦闘員の住民全員がシェルターへの避難を完了させていたし、戦闘員である武芸者もいつグレンダンとの戦闘が始まってもいいよう戦闘配置も終わって戦闘準備を万全にしていた。

 いわばツェルニにとっては最上の状態で、大量の汚染獣との戦闘に臨むことができたのだ。

 グレンダンから接触があったのは、汚染獣が現れてから三十分程経った頃だった。

 グレンダンの念威操者はまずフェリに接触し、フェリを介して生徒会長である自分に接触してきた。カリアンの眼前には蝶型の念威端子と花弁の念威端子が一つずつ浮かんでいた。

 カリアンは地下会議室にいた。机を前にした椅子に座っている。シェルターの中にある部屋の一室。ここは武芸者の隊長たちやそれぞれの科の科長が集まり脅威に対する対応策を話し合う部屋であるが、今はカリアン一人しかいない。

 

「交渉内容を確認しますが、グレンダンがあの巨人の大群を引き受けてくださるという内容でよろしいですか?」

 

『ええ。もしかしたら余計なお世話かもしれませんけど。ですが、若い子を見るとおせっかいを焼きたくなるのです』

 

「はぁ……?」

 

『若さは可能性の原石そのものだとわたしは考えていましてね、歳を重ねるにつれて人はどんどん保守的になってしまうものです。若いというだけで、大抵の困難は乗り越えられると思っていますのよ』

 

 ──やりづらい。

 

 カリアンはデルボネの話を聞きながらそう思った。

 ルシフと似たタイプで、自分のペースを相手に合わせて崩さない。カリアンにとって苦手な部類の相手である。

 

『そういう意味でいくと、若い内はどんどん積極的に挑戦するべきです。特に恋愛ですわね。殿方はやはり少し強引な方が、女性は好印象を持つものですの。

あらあら、そういえばこの会話を繋いでくれている念威操者の子は、あなたの妹さんでしたね』

 

「はい。そうですけど……」

 

『あの子はとても素晴らしい念威操者ですね。どうです? あの子をグレンダンの殿方とお見合いさせるのは。わたしが良い人を紹介してさしあげますよ』

 

『……は?』

 

 もう一方の念威端子から、フェリの戸惑ったような声が聞こえた。

 

『わたしも歳ですから、そろそろ天剣授受者を引退しようと思っているのですよ。あなたなら、十分天剣授受者になれる素質があります。グレンダンで良い人を見つけて、グレンダンに住んでみてはどうですか?』

 

『あの……』

 

『あらあら、あまり乗り気ではないようですね。心に決めた殿方でもいらっしゃるのかしら?』

 

『……兄さん。どうにかしてください』

 

「デルボネさん。その話は今は止めましょう。あなた方にとってはこの状況など造作もなく切り抜けられるかもしれませんが、我々にとっては都市が滅ぶかもしれないほどの絶望的な状況なのです。余計な話をする余裕はありません」

 

『確かに汚染獣と戦い慣れていない都市にとって、あの巨人の大群は恐いですわよね。ごめんなさいね、そういうところまで気が回らなくて。とても優秀で可愛らしい念威操者を見つけたので、嬉しくなってしまって今しなくていい話をしてしまいました』

 

「それで話を戻しますが、こちらとしては願ってもない交渉です。武芸の本場と名高いグレンダンの協力が得られれば、こちらとしても心強い。こちらの武芸者も奮起するでしょう。

問題はその後です。ツェルニとグレンダンは進行方向を変えていません。ほぼ確実にグレンダンとツェルニは衝突します。それがどういう意味を持つか、お分かりですよね?」

 

『都市間戦争になりますね。ツェルニとグレンダンで。正直に申し上げますと、そちらは全く問題にしていないのですよ。グレンダンがツェルニに向かっているのは、ツェルニに欲しいものがあるからだと、陛下は申しておりました。そして、それはセルニウム鉱山ではありません』

 

 そうだろう、とカリアンは軽く頷いた。

 おそらく今まで負け無しのグレンダンは、セルニウム鉱山を多く所有している筈だ。貪るようにセルニウム鉱山を奪いに来るほど、困窮しているわけがない。

 

「グレンダンの目的は分かりますか?」

 

『廃貴族、という存在は知っていますか?』

 

「名前は知っています。サリンバン教導傭兵団の団長から、その名前を聞きました。その廃貴族というものが、我が都市の生徒の一人に取り憑いているという話も。なんでもルシフに取り憑いていると、その時団長は言っていましたが」

 

『そうですか。わたしたちもその団長の情報から廃貴族を持っている方の見当をつけていますの。となりますと、その学生をグレンダンに連行しなければグレンダンはツェルニから離れないでしょうね』

 

「……グレンダンに去ってもらうために、我が都市の住人を一人生贄にしろと?」

 

『別にそういう意味で言ったわけじゃありませんよ。ですが、ツェルニがグレンダンに太刀打ちできると思っていますか? グレンダンからルシフという男の子を守りきれる自信はあるのですか?』

 

「……それは……」

 

 ここが正念場だ、とカリアンは思った。

 ルシフに言われた謙虚で怯える姿勢を見せるのは、このタイミングしかない。

 

「……優れた武芸者を多く抱えるグレンダンにツェルニの武芸者が敵うわけありません。ルシフを守ることはできないでしょう。

……分かりました。ルシフの身柄に関しましては、グレンダンのお好きなようにしてください。ですが、条件があります」

 

『聞きましょう』

 

「もし我々の武芸者の中にツェルニを守りたいという意志が強い者がいた場合、私が指示を出しても乗り込んできたグレンダンの武芸者に攻撃を仕掛ける可能性があります。その場合、ツェルニの住民を一切傷つけるな、とは言いません。ただ、一人も殺さないでほしいのです。つまり、我々学園都市が都市間戦争をする場合のルールに従ってほしいと言いますか、殺さないよう配慮してもらいたいのです。あ、当然これは命令ではありません。最強と名高いグレンダンに命令なんて、できません。これは私の願いです」

 

『敵わないなら、最小限の損失で終わらせたい。あなたは都市長として、素晴らしい能力を持っていますね。少しお待ちになってください。陛下に確認しますから……』

 

 カリアンは緊張を和らげるように、息を吐き出した。

 上手く相手を油断させられたかどうか。それは今後のグレンダンの出方で決まる。もし油断していないのなら、もっとへりくだってグレンダンに媚びる姿勢を見せなければならない。

 

『陛下から、一つ確認したいことがあると言われました』

 

「……それは?」

 

『リーリン・マーフェスという名前の子はいるか、と』

 

「リーリンならいます。なんでもレイフォンと幼なじみだとか。今は特別にツェルニの一学生として滞在してもらっていますけど……」

 

『……陛下はその子もグレンダンに連れていく、と言っています。迎えに行くんだと張り切ってますの。どうも陛下のお気に入りの子みたいですから』

 

「リーリンは元々グレンダンの住民ですから連れて行くのは構いませんが、本人の意思があります。本人が行くのを拒否した場合、私にはどうすることも……」

 

『そこは考えてなくてもよろしいです。こちらでなんとかしますので。それから、死者を一人も出さないでほしいという条件ですが……』

 

 カリアンはごくりと唾を飲みこみ、デルボネの言葉を待つ。

 

『保証はできない、とのことです』

 

 ツェルニを甘くない相手と考えているのか。それとも、ただ単に手加減することができないのか、するのが面倒くさいだけか。

 今の段階ではどういう思惑で条件をのまなかったか、分からない。

 

「そこをなんとかお願いします。ツェルニの武芸者にグレンダンの相手は無謀です。私は我が都市の武芸者が無駄に死んでいくのを望んでいません。どうか……どうか情けをかけてください」

 

『勘違いしないでほしいのですけどね、ある一人を除いては絶対に死なせない、と陛下は言っておりました。ある一人とは当然ルシフ・ディ・アシェナのことです。彼の場合、彼の出方によっては殺さざるを得ないかもしれないと』

 

「……そういう、ことですか」

 

 カリアンは眉間にしわを寄せて黙り込んだ。当然演技である。

 自分の役割はグレンダンを油断させ、ツェルニの武芸者が攻めこんでくるなど考えられないようにすること。

 自分は苦渋の決断を強いられている。そういう印象を相手に与えられれば上出来。ルシフからグレンダンの要求は全て承諾するよう言われているから、そもそも迷う必要などないのだ。

 

「分かり……ました。ルシフはツェルニで色々好き放題やって混乱させている問題児でもありました。これもルシフ自身が招いたことだと、自分を納得させます。ですが、ルシフ以外の住民はどうか一人も殺さないでください。この通りです」

 

 カリアンは念威端子に向かって深く頭を下げた。

 

『あらあら、そんな怯えなくてもよろしいのに。別に戦争するわけではありませんから。それでは、失礼しますね』

 

 蝶型の念威端子は部屋から去っていった。

 カリアンは椅子に深くもたれ、息を吐き出す。

 

 ──相手を上手く騙し、自分の思い通りに動かす。なかなかどうして楽しいものじゃないか。

 

 カリアンの顔は微かに笑っていた。

 

 

 

 デルボネは念威端子をシェルターの僅かな隙間から外に出した。シェルター内にいても外と連絡が取れるよう、シェルターには念威端子の通り道が造ってある。フェリに案内されてシェルターに侵入したため、デルボネはその通り道を知っていた。

 デルボネはツェルニ上空からツェルニ全体を見渡す。巨人の大群がツェルニのいたるところに出現しており、ツェルニの武芸者が必死に戦っている。

 目を引くのは三人。レイフォン、金髪の少女、赤みがかった黒髪の少年の三人である。赤みがかった黒髪はルシフの特徴として聞いていたため、この少年がルシフだとすぐ分かった。

 彼らが巨人の大群の大多数と戦っていて、他の武芸者は完全にフォローする側にいる。

 

 ──他に気になるところはありますかね?

 

 念威端子を様々な場所に移動し、ツェルニの情報を集めていく。

 停留所に放浪バスは四台停まっている。埃よけのためか、全ての車体は布で覆われていた。次に古びた建造物が立ち並ぶ通りを見た。最後は、様々な建物が密集している中央部。

 

 ──あら?

 

 建物の陰。息を潜めるように隠れている三人の姿を見つけた。天剣授受者のサヴァリス、カナリス、カルヴァーン。

 蝶型の念威端子は彼らのところに近付いていった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 アルシェイラは天剣授受者をグレンダン王宮の謁見の間に集合させた。グレンダンにいる天剣授受者はすでに全員揃っている。

 アルシェイラがツェルニを眺めていると、突如としてツェルニの空に大穴が開いたのだ。

 アルシェイラはデルボネの念威端子にツェルニと交渉してくるよう言い、謁見の間に行った。

 ツェルニとの接触は時間の問題であるため、民間人は全員地下シェルターに退避させていた。都市間戦争と汚染獣に襲撃された場合、非戦闘員は速やかにシェルターに避難するよう決められている。

 蝶型の念威端子がアルシェイラの近くに飛んでいた。デルボネの念威端子。

 

「都市との予想接触時間は?」

 

『あと一時間ぐらいですねぇ』

 

 おっとりとしたデルボネの声が念威端子を通して聞こえた。

 アルシェイラは頷き、改めて謁見の間にいる天剣授受者を見る。

 髭を撫でているティグリス。三人掛けのソファーを一人で占領しているルイメイ。その隣の椅子に座って足を組んでいるトロイアット。トロイアットと反対側の椅子に座っているカウンティア。カウンティアの膝の上に人形のように乗せられているリヴァース。他の天剣授受者と距離を置いて椅子に座っているバーメリン。窓際に立ち煙草を吹かしているリンテンス。やはり三人も天剣授受者がいないと、謁見の間も広く感じた。

 

「すでに知っていると思いますが、グレンダンは現在他都市に接近中です」

 

「んなもんグレンダンの住人全員が知ってますよ。俺が戦う価値のある都市かどうか。重要なのはそこだ」

 

 ルイメイが言った。

 

「接近している都市は、学園都市ツェルニです」

 

「学園都市だぁ?」

 

 ルイメイが不満そうな表情になった。

 

「陛下はまさか、俺たちにそんな雑魚の相手をさせるつもりじゃないでしょうね。未熟なガキどもをいじめるなんざ、気分が悪くなる」

 

「学園都市にはルシフ・ディ・アシェナがいます」

 

 アルシェイラがそう言うと、大なり小なり不満そうな表情をしていた天剣たちの顔が引き締まった。

 ルシフがグレンダンにとって脅威なのは、すでに天剣全員に説明してある。ルシフの実力が天剣でも上位に入ることも伝えてあった。

 

「ルシフは廃貴族を手に入れた可能性が高く、実力は廃貴族により底上げされていると思われます」

 

「おれらの役目は、そいつの確保ってことですか?」

 

 トロイアットがつまらなそうに言った。トロイアットは女好きであり、女が絡んでこないとやる気が出ない。

 

「生け捕りが理想。それが厳しかったら殺してもいいわ」

 

「あまり気は進まんな」

 

 ティグリスが言った。まだ髭を撫でている。

 

「ティグ爺。ルシフは甘い相手じゃないの。手加減したら、返り討ちにあうわよ」

 

 いつになく真剣な表情に、ティグリスは内心驚いた。アルシェイラはもっと楽観的に物を見る人間。それなのに、表情から余裕はあまり感じられない。

 

「わたしたちの敵はルシフだけじゃありません。デルボネ、映像を」

 

『はいはい。今出しますよ』

 

 蝶型の端子とは別の端子が謁見の間に来て、その端子を介してデルボネが得ている念威情報が映像として宙に浮かびあがる。

 映像では、巨人の大群がツェルニを覆い尽くしていた。ツェルニの武芸者が必死になって戦っている。

 

「おお、あのガキがいるじゃねえか。ちったぁ楽しめるか?」

 

 ルイメイが巨人と戦うレイフォンを見つけて、残虐さを感じる笑みを浮かべた。

 

「旦那、あんたじゃツェルニを壊しちまう。それじゃあいけねえよ。いたいけな少年少女が必死に群れて生きてるんだ。重要施設はなるべく壊さんようにしんとな」

 

「うるせぇよトロイアット。面倒くせぇが、そのくれえ配慮してやらあ」

 

「待った。あんたらの相手はレイフォンじゃないわ。

デルボネ、ツェルニの都市長との交渉内容も映像で流して」

 

『はいはい』

 

 端子がもう一つ謁見の間にきて、巨人が映っている映像の隣にツェルニの都市長と交渉している映像が流れた。

 交渉している映像を観終わると、全員拍子抜けした表情になった。

 

「何こいつ。ショボッ」

 

 バーメリンが悪態をつく。バーメリンは口を開くと八割罵声の言葉しか出てこない。

 

「なんつーか、典型的な頭脳タイプって感じだな。観る限り、武芸者でもねぇ」

 

「つまらん野郎だ。男が戦う前から屈しやがって。情けねえったらねえぜ」

 

 トロイアットとルイメイが口々に言った。

 アルシェイラはティグリスが思慮深い表情をしているのに気がつく。

 

「ティグ爺、どうかした?」

 

「なんというか、あっさりしすぎているように見えましてな。普通ならもっと抵抗の意思を見せるのでは? 向こうにはレイフォンとルシフがいるのですぞ。万が一に賭けてもおかしくないと思うが」

 

「俺たちをよく知るあのガキがいる。ヤツから俺たちの情報を知っていれば、コイツの対応は妥当だ」

 

 リンテンスはそう言うと、煙草をくわえた。煙草の先で鋼糸が擦れ、その時に生じた火花で煙草に火を点ける。

 

「それもそうだな。上手くいきすぎていると、なんとなく疑ってしまう。わしも歳をとったか」

 

「何も上手くいってないっての。最初(はな)っからツェルニの武芸者なんて物の数に入ってないんだから。抵抗してこようが抵抗してこなかろうが結果は一緒。

問題は二つ。一つ目はルシフをどう捕らえるか、又は殺すか。二つ目は我らが姫をどうグレンダンに連れてくるか。

わたしたちはその二つだけ考えればいいの」

 

「姫とかいってはしゃいでるのは陛下だけだがな」

 

「あ?」

 

 アルシェイラがトロイアットを睨む。

 トロイアットは視線を逸らした。

 

「それで、何か作戦はあるんですかい?」

 

「ないわ。邪魔するヤツは片っ端からぶっ潰して。ただし、殺さないように。それくらいの頼みは聞いてあげなきゃね」

 

『陛下。カナリスさんたちと接触できましたわ。あの方たちはあの娘さんの居場所を知っているようで、三人で娘さんをグレンダンに連れていくと言っていました』

 

「いいじゃない! さすがわたしの影武者。たまには役立つわ」

 

 アルシェイラはこの場に集まる天剣授受者全員を見据える。

 

「さて! わたしたちはまず巨人を殺し尽くす。その後はただルシフを潰せばいい。でも、ルシフを侮るな。油断すれば、あんたたちは逆に殺されるかもしれない。それくらい能力のある相手よ」

 

「あのガキを随分買ってるな。少しは楽しめればいいが」

 

 リンテンスは口から紫煙を吐き出した。再び煙草をくわえる。

 アルシェイラは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「下手したらあんたより強いかもね」

 

「それは楽しみだ」

 

 リンテンスは煙草の吸殻を灰皿に捨てた。灰皿はすでに煙草の吸殻で山盛りになっている。

 

「天剣授受者以外の武芸者の配置とか、念威操者の索敵範囲とかはいつも通り適当でいいわ。わたしたちだけでかたをつけるから、そいつらの仕事なんて何もないし」

 

「……やれやれ。たまには都市の長らしい指揮をしてほしいものだ」

 

 ティグリスが呆れた表情をしている。

 

「だって面倒くさいもん」

 

 アルシェイラは悪びれず即答した。

 天剣授受者たちはただ息をついた。アルシェイラのこの性格にはもう慣れてしまっているため、何も言う気にならない。カナリスがいれば小言の一つもあったかもしれないが、今は不在。

 

「ツェルニと接触したら地獄が始まるわ。しっかり地獄を楽しんできなさい。それまでは好きに過ごしてていいから」

 

 アルシェイラはそう言うと、謁見の間から出ていった。

 

「地獄……ね。可愛い女の子がいれば地獄でも問題ないがな」

 

「サングラス割れて失明しろ。ナンパ野郎」

 

「安心しろ。お前は頼まれたって相手してやらねえ」

 

「むか。キ⚪タマ破裂して死ね。キモキザ男。性病で苦しんで死ね」

 

 バーメリンとトロイアットが言い争いを始めた。

 他の天剣授受者は二人を無視してとっとと謁見の間から去っていった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 息を殺していた。

 殺剄で剄を抑え、更に気配も極力消している。

 教員五人とダルシェナ、ディンの七人が外部ゲートで待機している。

 ランドローラーはすぐに出せる場所にあるが、今は出していない。

 七人は外部ゲートを操作する制御室にいた。物陰に隠れ、念威端子でもすぐに見つからない場所にいる。もしグレンダンの念威操者にバレた場合の言い訳として、外部ゲートの制御ボタンを壊しておいた。今はボタンを直す作業をエリゴが気配を殺してやっている。他の六人はエリゴの護衛ということで、敵の目を逃れるつもりだ。

 アストリットは腕時計を見る。接触予定時間は十五分を切っていた。

 アストリットはエリゴの肩を叩き、他の五人と視線を交わし合う。全員小さく頷いた。

 全員素早く戦闘衣に着替えてフルフェイスヘルメットをかぶった。汚染物質対策を万全にしておく必要がある。

 次にランドローラーを四台素早く外部ゲート前に並べた。四台の内三台のランドローラーにはサイドカーが取り付けられている。

 ディンとダルシェナはポーチを腰に付けていて、教員五人は何も持っていない。ただ剣帯に錬金鋼が吊るされているだけだ。

 ランドローラーにレオナルト、フェイルス、バーティン、ディンが跨がる。サイドカーにはアストリットとダルシェナが乗り込んでいた。

 エリゴはまだ制御室にいる。ボタンに右手を触れさせて、緊張した面持ちをしていた。制御室を出る時にボタンの修理は終わったとエリゴから合図があったため、ボタンはもう問題ない筈だ。エリゴはただ待っているのだ。

 アストリットは腕時計を何度も見る。予定の時間は刻一刻と迫っていた。

 腕時計の時計の針が接触予定時間をさした。瞬間轟音が響き、ツェルニが前後に激しく揺れる。

 エリゴはすかさずボタンを押した。

 外部ゲートが開いていく。

 エリゴは走り、残っている最後のサイドカーに乗り込んだ。

 全員が外部ゲートの外を見据えた。グレンダンの足と地盤の裏が見え始める。グレンダンと接触しているのだから、念威端子が都市の下にでもこない限り、自分たちの動きは掴めない。

 ランドローラーのアクセルを回し、四台のランドローラーが外に飛び出した。

 汚染された大地に着地し、グレンダンの外部ゲートがある辺りまで移動。フェイルス、レオナルト、エリゴはそこで跳躍し、グレンダンの地盤の裏側に張り付く。

 エリゴが外側から外部ゲートを開けるボタンを押した。

 

「な、なんだ? 外部ゲートが勝手に……」

 

 外部ゲートのすぐ近くにいた男の呟きは、そこで途絶えた。

 エリゴが首に手刀を叩き込み、意識を奪ったからだ。

 

「なッ!? し、侵入者だ! 早く連絡……!」

 

 レオナルト、フェイルスが外部ゲートに飛び込み、外部ゲート内にいた三人も瞬く間に倒した。

 三人は制圧完了の合図を残りの四人にした。四人は頷く。

 その後、エリゴ、レオナルト、フェイルスの三人はツェルニと接触した外縁部と反対の外縁部を目指して移動を開始。

 アストリット、バーティン、ダルシェナ、ディンが乗るランドローラー二台は外部ゲートに乗り込んだ。

 乗り込んだらすぐに制御室にバーティンが行き、ボタンを押して外部ゲートを閉めた。

 

「こいつらの服を奪いとる。ちょうど四人いる」

 

 バーティンの呟きに、アストリットは頷く。ディンとダルシェナは渋々といった表情で頷いた。

 四人はヘルメットを外し、戦闘衣を脱いだ。昏倒している武芸者たちの服を脱がし、着る。汚染物質遮断スーツを下着の上に着ているため、下着姿にならずに着替えることができた。

 

「第一段階は完了。次は第二段階開始の合図まで待機」

 

 バーティンがそう言い、他の三人は頷いた。

 四人は外部ゲートに倒れている武芸者四人を運び、制御室に縛りつける。

 そのまま四人は制御室に隠れた。


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