鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

51 / 100
第51話 武芸大会

 レイフォンが錬金鋼(ダイト)を抱えて駆ける。

 身体が軽い。身体に今まで巻きついていた重りが無くなったようだ。

 これから練武館で小隊の訓練があるため、レイフォンは練武館に向かっていた。

 練武館に着くと、練武館の前にフェリが立っていた。

 

「おはようございます、フェリ」

 

「……おはようございます」

 

 フェリは何故か不機嫌そうだった。

 

「あの、何かあったんですか?」

 

「ええ、ありました」

 

「何があったんです?」

 

「武芸者になるのが嫌だと言っていた人が、錬金鋼を嬉しそうに抱えて走ってます」

 

「あ……」

 

 レイフォンはツェルニに、武芸者以外の道を探すために来たのだ。フェリはそのことを知っている。

 フェリもレイフォンと同じく、念威操者以外の道を探すためにツェルニに来た。

 

「裏切り者」

 

「うっ」

 

 フェリの言葉が突き刺さり、レイフォンはフェリに対して何故か申し訳ない気持ちになった。

 目に見えて落ち込んだレイフォンを、フェリはじっと見ている。

 フェリは軽く息をついた。

 

「冗談です。あなたがどういう選択をしようが、わたしになんの関係もありません」

 

 そうはっきり言われると、どこか寂しい気分になる。

 

「それでも、フェリの気を悪くしたみたいですから、謝ります。すいません」

 

「……いえ。わたしも、あなたは刀を持つべきだと思っていました」

 

「えっ、そうなんですか? どうしてです?」

 

 レイフォンは意外に思った。フェリの性格からして、レイフォンに刀を持つのを許さないか、どっちでもいいと無関心な反応をするかどちらかだと思っていた。

 

「あなたが闘うのを止めないからですよ。あなたは気が進まなくても、誰かのためなら闘ってしまう人です。なら、少しでも自分が強くなれる武器を使うのが正しいと、わたしは思います」

 

 それは自分の身を案じてくれているのだろうか。

 そう考えるとレイフォンは嬉しくなり、笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます、フェリ」

 

「……別に、お礼を言われるほどのことではありません」

 

 フェリと並んで歩き、第十七小隊の訓練場に入る。

 訓練場はもうレイフォンとフェリ以外全員揃っていた。

 

「おはよう、レイとん」

 

 ナルキが声をかけてきた。

 

「おはよう、ナッキ」

 

 挨拶を返しながら、訓練場の隅のほうにいるハーレイのところに向かう。

 

「僕の持ってる錬金鋼、全部刀にしてほしいんですけど」

 

「えっ、全部!?」

 

 ハーレイは目を丸くした。ハーレイはレイフォンに刀を握った方がいいと、レイフォンに言ったことがある。錬金鋼技師ともなれば、錬金鋼を見るだけで使い手がどういう使い方をしたのか分かる。

 レイフォンは剣のような重さで潰すように斬る得物を使う動きではなく、刀のような武器そのものの切れ味で斬る得物を使う動きだ、とハーレイから指摘された時もあった。実際はハーレイと同室にいる相方がそれを指摘し、ハーレイに伝えるよう言ったらしいが、大した違いはない。

 レイフォンはそう言われる度に、断る理由も言えず「剣の方がいい」の一点張りで刀にするのを拒んできた。そんな自分が、嬉々として刀にしてくれと頼んでいる。驚いて当然だろう。

 

「できませんか?」

 

「いや、できる、できるよ。でも……いいの?」

 

「はい」

 

「そう。なら、要望があるならなんでも言って。できる限り錬金鋼に反映させるから」

 

 ハーレイが錬金鋼にコードを繋ぎ、端末のキーを叩き始めた。

 レイフォンはハーレイの横で一緒になって端末を見ながら、様々な要望を口にする。

 ハーレイは要望一つ一つに頷き、錬金鋼をレイフォンの望む形に変えていく。

 

「はい。ちゃんとできてると思うけど、復元してみて」

 

 全ての錬金鋼を刀にし終わり、ハーレイがレイフォンに錬金鋼を渡した。

 レイフォンは起動鍵語を呟く。

 鋼鉄錬金鋼(アイアンダイト)青石錬金鋼(サファイアダイト)簡易型複合錬金鋼(シム・アダマンダイト)複合錬金鋼(アダマンダイト)を次々に復元しては、錬金鋼状態に戻す。その作業を繰り返した。

 青石錬金鋼が刀の刀身が一番短く、脇差し程の長さ。次に短い刀身が、リーリンから受け取った鋼鉄錬金鋼。それでも、レイフォンの肩からつま先までくらいの長さがある。簡易型複合錬金鋼と複合錬金鋼の刀身は同じ長さで、レイフォンの身長よりも少し長い。

 レイフォンはそれぞれの錬金鋼を見終わると、ハーレイの方に顔を向ける。自然と笑みになった。

 

「全部要望通りです。ありがとうございました!」

 

「そう? なら良かった」

 

 レイフォンとハーレイのそんなやり取りを、遠くから眺めている者がいた。ニーナだ。

 

 ──刀を握ることを決めたんだな。

 

 ニーナはレイフォンが嬉しそうに刀を見ているのを見て、胸のつかえが一つ下りたような感じがした。

 リーリンがレイフォンに錬金鋼を渡そうとした際、ニーナも近くにいた。

 レイフォンがそれを断り、二人がどんどん感情的になって言い争うのを、ニーナはその場で見ていることしかできなかった。

 あの時以来二人がどうなったかずっと気になっていたが、どうやら上手くいったようだ。

 

 ──残る問題は……。

 

 ニーナはルシフを見た。ルシフは眠たそうにあくびをかみ殺している。その顔を、全力で張り飛ばしたいと思った。

 ルシフが勝手な都合で退学を決めたから、これから第十七小隊は弱体化し、新たな隊員の補充や役割決め、新たな隊員を含めた、場合によっては一名減の連携訓練をしなければならない。

 そんな迷惑をかけておきながら、当の本人は知らん顔。正直、腹が立つ。

 

「全員、集合」

 

 ニーナの号令で、ニーナの周りに隊員たちが集まる。

 ニーナは少し逡巡してから、口を開く。

 

「訓練を始める前に、話がある。突然だが、ルシフが退学することになった」

 

「えっ!?」

 

 ルシフ以外の隊員全員の声が重なった。その反応は当然の反応。

 ルシフが軽く睨んできた。余計なことを言って、と目が言っている。

 知ったことかという意味を視線に込め、睨み返した。

 ルシフが舌打ちして、視線を逸らした。

 

「なんだって急に……」

 

 シャーニッドが困惑した表情を浮かべている。

 

「ルシフはもうツェルニにいるメリットが無くなったそうだ」

 

 ニーナは吐き捨てるように言った。イラついている響きが、言葉に宿っている。そのことにニーナ自身、驚いた。何故イラついているのか分からないが、間違いなくイラついている。ルシフに裏切られたと思っているからか。

 

「それで、ツェルニを退学した後はどうするんだ? グレンダンを襲撃して天剣を奪う気かい?」

 

 レイフォンがルシフを鋭い目付きで見た。

 

「それもある……と言ったら、どうする? 貴様も退学してグレンダンに行くか?」

 

 レイフォンが絶句した。ニーナたちも言葉を失う。

 レイフォンまで退学したら、第十七小隊の弱体化は深刻なレベルになり、もはや小隊として存続する価値があるのかという話になってくる。

 ルシフは嘲笑するような笑みを浮かべた。

 

「冗談だ。優柔不断で決断力も度胸も覚悟もない貴様が、退学などできるわけがない。そもそもの話、何故お前はツェルニに入学した?」

 

「何故って……武芸者以外の道を探すために──」

 

「違う」

 

 レイフォンの言葉をルシフが遮った。

 レイフォンは一瞬戸惑ったが、すぐに怒りを表情に滲ませる。

 

「君に僕の何が分かる!? 入学した僕が入学した理由を間違えるわけないだろ!」

 

「ハハハハハハッ! それが間違える。時として、他人の方が己をよく理解するのだ」

 

「なら言ってみるがいいさ。どうせ、見当違いに決まっている」

 

「いいだろう。言ってやる。お前は『グレンダン』でやり直すために、ツェルニに入学したのだ」

 

「そんな──!」

 

 声を荒らげたレイフォンを、ルシフが手で制す。レイフォンはぐっと押し黙った。

 

「何故そう思うか? 理由は三つ。

第一に、学園都市を選んだこと。他都市で生きていこうと思うなら、学園都市などいかん。

第二に、武芸科で入学せず、一般教養科を選んだこと。見た限り、お前は武芸が嫌いというわけじゃなさそうだからな。お前の武芸が許されないのはグレンダンだけだ。

第三に、今のお前の顔だ。リーリン・マーフェスとなんの話をしたか知らんが、憑き物が落ちたような清々しい顔をしている。お前が犯した罪を、親しい者たちに許されでもしたのだろう。つまり、グレンダンでやっていけそうな希望が見えたから、そんなにも喜んでいる。違うか?」

 

「……君はそうやって、人を決めつける。いつか足を掬われるよ」

 

「ククク、『見当違い』から『決めつける』になったぞ。俺の言ったことが的を得ているからだ。心は行動に表れる。俺はその行動から、他人を分析する。だから、間違えない。他人の心を、他人よりよく理解できる」

 

 ルシフの言っていることは、間違いではない。

 レイフォンはルシフに言われて、自分はもしかしたら無意識の内に、グレンダンに戻りたいと考えていたのかもしれないと思った。

 だが、不愉快な気分だ。お前はこういう人間だろうと決めつけられる。頭を押さえられて何か言われるような、そんな屈辱的な感覚に襲われた。

 

「話を戻そう。ツェルニで卒業証明書も資格も得られていないお前が、今ツェルニを退学できるわけがない。グレンダンを出た時とお前は、何も変わってないのだからな。退学してグレンダンに行ったとして、待ち受けているのは都市民の罵声や女王が与えた罰から逃げた制裁、武芸者たちの軽蔑と敵意。

それらを浴びてもグレンダンの人々を守りたいという強い覚悟はあるのか? ツェルニでの日々を断ち切る決断力はあるのか? 第十七小隊が崩壊しても構わないと思える度胸はあるのか?」

 

 レイフォンは拳を握りしめた。

 頭にくる。ルシフの言っていることが正しいからだ。正しいだけならいいが、それに嘲笑するような響きが含まれているのが、イライラする。

 レイフォンの苦い表情を見て、ルシフは楽しそうに唇の端を吊り上げた。

 

「断言する。お前にそんなものは微塵もない。あったら、そもそもカリアンに言われた程度で武芸科に転科せん。状況に合わせて動くことしかできず、どうしようもないというところまで追い詰められて、ようやく腹を括れる。お前はそういう奴だ。俺の敵ではないし、グレンダンにきたところで何も変えられん。大人しくツェルニで学生をやってろ」

 

 今日のルシフは、いつもより挑発的だった。普段は他人にここまで言わない。というより、他人に興味を示さない。

 多分、自分はルシフの憂さ晴らしにされたのだ。ルシフはニーナが退学の話をした際、不快そうに表情を歪ませていた。そのストレスを、自分を完膚なきまでにこき下ろすことで解消した。そのこき下ろしも筋が通っている。余計にたちが悪い。

 

「ルシフ、それ以上──!」

 

 ニーナが黙って聞いているのに耐えられなくなり、声をあげた。だが、ニーナの声はサイレンの音で掻き消された。

 サイレンが鳴り響いている間、全員が黙って意識をサイレンに向ける。

 サイレンが鳴り止むと、無意識に強張らせた身体をほぐすように、全員楽な姿勢になった。

 

「緊急招集? このサイレンの鳴り方は、他都市が接近したのか?」

 

 シャーニッドが固い表情で言った。

 サイレンの鳴り方で、どういう脅威が迫っているか教えられる。汚染獣が接近した場合、サイレンは今回とは違う鳴り方になる。

 

「訓練通り、外縁部に行くぞ。状況は、生徒会から念威端子を介した通信機で教えてもらえる手筈だ」

 

 ニーナが指示を出し、全員軽く頷く。

 隊長のニーナを先頭にし、訓練室を次々に飛び出した。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ルシフは外縁部付近で一番高い建造物の屋根に、右膝を曲げて座っている。

 外縁部がぶつかり合う音が響き、ツェルニ全体が揺れた。移動しながら他都市と正面衝突したのだ。正直、ただの事故にしか見えない。しかし、これが戦争の狼煙。こうなったら都市は脚を止める。都市の象徴である旗を奪うまで、戦争は終わらない。

 

「ルシフ様、どうなさいます? ツェルニに勝たせますか? それとも、ファルニールを?」

 

 マイが後ろから耳打ちしてきた。マイの他にも教員五名が後ろに控えている。

 学園都市ファルニール。この都市が、今回の都市間戦争の相手。

 

「ファルニールに潜ませている者と連絡は取れたのか?」

 

「はい、取れました」

 

 グレンダンとツェルニ以外の全自律型移動都市(レギオス)に、剣狼隊に所属していた武芸者や念威操者を潜り込ませている。合図を見たら、俺が与えた役目をこなす手筈だ。それ以外にも、都市間戦争をコントロールさせ戦争の犠牲者を最少に留めさせたり、都市のセルニウム鉱山を把握し、少ない方が勝つようにさせたりしている。

 そうやって都市が汚染獣や都市間戦争で滅びないよう、ルシフは陰でバランスを取っていた。

 

「ファルニールのセルニウム鉱山の数は?」

 

「三つと」

 

「ツェルニは二つ。ここは、ツェルニに勝たせる」

 

「はい。そう伝えておきます」

 

「ツェルニやファルニールの念威操者から、バレてないか?」

 

 ルシフは振り向き、マイを見た。マイは笑みを浮かべる。

 

「はい。どちらも、内に内通者がいるなんて微塵も考えていません。まぁ、自分の住んでる都市を危険に晒すメリットなんてありませんし」

 

 どの都市と戦争するか分からない状態で、都市間戦争の時に裏切る取引など、成立する可能性はかなり低い。今回のファルニールに関しても、ツェルニは過去に一度も都市間戦争をしていない。内通者など、考えようがないのだ。

 基本的にこの世界で、内通者は生まれにくい。そんな回りくどいことをするくらいなら、その都市に移り住もうと考える。そっちの方が確実だからだ。

 

「ファルニールの者から、返答がありました。『了解。右翼に隙を作るので、右翼を攻めてくれ。衝剄をぶつけられたら、できる限り自然な形で陣形を崩す』と」

 

 五分ほど経つと、マイが再び耳打ちしてきた。

 ルシフは右手に持つコーラの瓶に口を付けて一口飲むと、立ち上がる。ニーナが下で何か怒鳴っているのが見えたからだ。

 

「右翼を攻めよう。お前らは留守番だな」

 

 ルシフの視線が教員五名を捉えた。

 

「ご武運を。ま、旦那にこんな言葉は不要でしょうが」

 

 エリゴがそう言って笑う。

 

「大将。いきなり言うのもなんだが、あんたに付いてきて本当に良かったよ」

 

 レオナルトが言った。ルシフは眉をひそめる。

 

「本当にいきなりだな」

 

「こうやって今の都市間戦争は、大将のお陰で最少の犠牲で済んでいる。本当にあっという間に終わるんだと、ツェルニにきた一年生が言っているのを聞いたんだ。俺の目は正しかった。やっぱあんたの行く道には、光が満ちてる」

 

 ルシフはレオナルトから正面に顔を戻した。レオナルトたちからは後頭部しか見えない。

 

「レオナルト。お前は嘘をつけない。それでいい。自然体で飾らず、俺に力を貸せ」

 

「言われなくても!」

 

 レオナルトはぐっと握り拳を突き出した。他の教員たちは笑っていた。

 

「隊長はまだお怒りのようだ」

 

 ルシフは下を見る。ニーナがまだ何か怒鳴っていた。

 

「さて、行こうかマイ。勝ちに」

 

「はい」

 

 ルシフとマイは飛び下りる。マイの念威端子が集まり、ルシフとマイの足元に念威端子のボードが現れた。それに乗り、ルシフはニーナを置き去りにして、集合地点に向かった。

 鬼のような形相をしたニーナが旋剄で追いかけてくる。ルシフは一笑すると、顔を正面に戻した。

 

「マイ、お前がたまに羨ましくなる」

 

「何故です?」

 

「こうして、自由に空を飛べる。ここから見える景色はどこも素晴らしい」

 

「あなたが望むなら、いつでも私たちは鳥になれますよ」

 

 隣を移動しているマイの顔を見る。マイも、こちらに顔を向けていた。笑顔が心に突き刺さる。

 頭痛が激しくなり、ルシフは顔をしかめた。

 ルシフは空を見上げる。

 俺は『王』という鳥かごに。マイは俺という鳥かごに囚われている。

 いつか、お互い自由に飛べる鳥になれるだろうか。それともマイの言う通り、俺が望めばいつでもそれが叶うのだろうか。

 そこまで考えて、ルシフは首を横に振りそうになった。

 『王』として生き、『王』として死ぬ。それがルシフ・ディ・アシェナだと、己自身で定めたではないか。

 なにものにも縛られない生き方に憧れを抱いたところで、意味はない。

 集合地点に到着した。ボードから下りる。武芸長のヴァンゼや各小隊の隊長たちが集まっていた。

 ニーナがルシフに少し遅れて、集合地点に来た。

 

「ルシフ! お前という奴は勝手に集合地点を離れて……。それに加え、呼びに行ったわたしを無視するなんて、人として最低だぞ!」

 

「コーラやるから、ちょっと黙ってろ」

 

 ニーナに手に持っているコーラの瓶を渡す。

 ニーナはルシフの予想外の返しに戸惑い、差し出されたコーラを反射的に取った。

 

「む……しかし、ちょっと飲んでるぞ」

 

 ニーナが少し顔を赤らめて、コーラの瓶の口を見ていた。このまま飲めば間接キスになると気付いたからだ。

 

「……アントーク。お前は中学生か? それに、そんなに嫌なら、瓶の口を布か何かで拭えばいいだろう」

 

「それは……その通りだが」

 

「今はお前の相手をしている時間はない。ヴァンゼ・ハルデイ、一つ提案がある」

 

「なんだ?」

 

 ヴァンゼがルシフに顔を向けた。ニーナは瓶の口を念入りにハンカチで拭いた後、コーラの瓶に口をつけている。

 

「中央突破が第十七小隊の役目だが、俺とアルセイフは両翼につき、相手の両翼を崩した方がいい。そっちの方が、勝率は更に高まると思うが?」

 

「……ふむ、一理あるな。お前とレイフォンは離して使った方が、効果的かもしれん。その提案、採用しよう」

 

 中央に戦力を集中させるが、突出した戦力を両翼に配置することで、相手戦力を分散させられるかもしれない。そうすれば中央突破しやすくなるし、そうならなかった場合は、レイフォンかルシフのところが突破しやすくなる。

 

「俺は左翼を攻め、アルセイフは右翼を攻める。アルセイフ、それでいいか?」

 

 ルシフが通信機に向かって言った。

 

『いいけど、君の言う通りに攻めるのは気に入らない。僕が左翼を攻めるから、ルシフは右翼を攻めて。それで何か問題あるかい?』

 

 ──読みやすい奴。

 

 ルシフはレイフォンの言葉を聞いて、高笑いしそうになった。

 予想通り、突っかかってきた。自分の命令通りに動きたくないだろうと考え、あえて都合の悪い配置を言った。そうすれば、最終的に自分の望んだ配置になると読んだからだ。

 

「……別に何もない。お前が左翼を攻め、俺が右翼を攻める。それでいこう」

 

『了解した』

 

 レイフォンとルシフが動き、両翼を攻める予定の部隊の先頭に行った。レイフォンとルシフの実力は誰もが知っているため、部隊から非難の声はあがらない。それどころか歓声をあげて、レイフォンとルシフを受け入れた。

 すでに生徒会長同士の協定確認は終了している。後は始まりの合図を待つだけだ。

 ツェルニ、ファルニールの武芸者たちは緊張した面持ちで、復元した武器を握っている。

 今日は雲がなく、汚染物質も少ない。そのため、日光を遮るものは何もなく、とても暑い日だった。それが両陣に苛立ちをもたらしていた。舌打ちしながら汗を拭う武芸者が多くいる。

 ルシフ一人だけ、武器を持っていなかった。構えすらせず、悠然と相手の右翼を見据えている。

 相手の右翼の先頭に、見知った男が二人見えた。エルマー、イグナーツ。剣狼隊で徹底的に調練した覚えがある。

 ツェルニ、ファルニールから同時にサイレンが鳴った。戦争開始の合図。

 

「突撃しろッ!」

 

 ヴァンゼが叫んだ。その声を通信機が拾い、ツェルニ陣全体にヴァンゼの声が響き渡る。

 ルシフは活剄で脚力を強化し、相手陣形に向かって駆ける。ルシフの後ろを部隊全員が付いてきた。部隊が付いてこられるよう、ルシフは駆ける速度をゆっくりにしていた。

 相手陣形が近付いてくる。相手陣形の先頭にいる男二人と目が合った。武器を構えたまま、二人が頷く。

 ルシフは左手をかざす。左手に集中した剄を衝剄に変化させ、放出。

 外力系衝剄の変化、烈風波。

 突風と空気の塊がぶつかったような衝撃が相手陣形を襲う。相手陣内の武芸者たちは吹き飛ばされる者、その場でこらえたが体勢を崩した者の二種類しかいない。明らかに効果的な一撃だと誰の目にも分かった。

 ルシフが相手陣形とぶつかる。エルマー、イグナーツとすれ違う。

 

「そのまま駆けてください」

 

 すれ違いざま、イグナーツが小声で言った。

 ルシフは反応せず、突っ込む。ルシフが相手陣内に入っても、抵抗らしい抵抗はない。たまに攻撃を仕掛けてくる者もいるが、一撃で地に沈めた。

 ルシフが近付くだけで、面白いくらいに相手が狼狽え、道が開く。その道を駆ける。ルシフの後ろを付いてきている部隊がその道を更に広げていく。

 やがて、右翼攻撃部隊は相手の右翼を両断し、突破した。

 

「こちらルシフ。右翼突破。これより旗の確保に向かう」

 

『えっ、もう!?』

 

 通信機からレイフォンの驚きの声が聞こえた。レイフォンだけでなく、驚きのざわめきが通信機から絶えず聞こえる。

 

『了解した! 第二陣を右翼に突っ込ませる! 第二陣、いけぇッ!』

 

『了解!』

 

 了解という声が重なり、ルシフの後方から雄たけびが聞こえた。

 ルシフは前を見据え、駆け続ける。途中、旗の防衛部隊がいた。

 

「嘘だろ!? 右翼にはあのエルマーとイグナーツがいるんだぞ! あいつらを破ったってのか!?」

 

 防衛部隊の隊長らしき男が叫びながら、武器をこちらに向けた。

 ルシフは駆ける速度を緩めず、防衛部隊と真正面からぶつかった。ルシフが腕を振るうと、防衛部隊の武芸者たちが宙を舞いあがっていた。防衛部隊は一瞬の足留めすらできず、地面に倒れる。

 ルシフは防衛部隊が宙を舞っている間を抜け、旗がある建物に辿り着いた。跳躍する。旗の周辺に武芸者が集結していた。多数の銃口がルシフを捉えている。

 

「撃てッ!」

 

 相手武芸者の一人が合図を出した。

 剄弾の雨がルシフに襲いかかる。ルシフは衝剄で剄弾を全て弾き返した。自らの剄弾で、銃撃した武芸者たちはその場にうずくまる。

 ルシフは旗のある建物の屋上に着地。瞬間、周囲を囲まれ、次々に武器を突きだされた。

 ルシフは武器を両手で払いながら、カウンターで確実に倒していく。やがて、屋上に立っている者はルシフ一人になった。

 ルシフが風に翻る旗に手を伸ばす。風を切る音がした。

 咄嗟にルシフは伸ばしていた手を引っ込め、振り返る。巨大な塊が空から降ってきているのが見えた。跳ぶ。剄を迸らせ、巨大な塊を八つ裂きにした。

 ツェルニの方向にも巨大な塊は降ってきたが、それは教員の五人が対処してツェルニに落ちる前に粉々にしている。

 ツェルニ、ファルニールからサイレンが鳴った。

 金切り声のようなサイレン。電子精霊の悲鳴。そのサイレンが意味するものは一つしかない。

 汚染獣襲来。

 旗を確保する直前で都市間戦争を中断された怒りはなく、ルシフは楽しそうに笑った。

 空を仰ぎ見る。再び、巨大な塊が降ってきていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。