鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第42話 暗雲

 リーリンは苛立ちを隠しきれず、宿泊施設にある自室の机を指でトントンと何度も叩く。

 

「いったい、どうなってるのよ……」

 

 何度も何度も口にした言葉。

 口にしたところで何も変わらないと頭で理解していても、吐き出さなければ自分の中で荒れ狂う毒が自身を蝕むような気がした。

 リーリンは未だに学園都市マイアスにいた。

 汚染獣をマイアスの武芸者たちが退治し、マイアス自身の問題も解決して都市の足も通常通り動いている。

 だが、待てども待てどもリーリンの待つ放浪バスが来ない。

 何日もトラブルでマイアスに釘付けにされ、トラブルが解決した後も放浪バスの影響でマイアスから出発できないでいる。リーリンでなくとも、この状況は毒づきたくなるのが普通だろう。

 リーリンは双眼鏡を首からぶら下げ、もはや日課になっている外縁部端から放浪バスを探す作業をすることにした。今は別に軟禁されているわけではないため、いつでも好きな時に外出できる。

 リーリンは部屋を出る直前に振り返り、長い付き合いになった部屋を見た。部屋に私物はほとんど出ていない。いつ放浪バスが来てもいいように、私物は鞄にまとめてある。

 もし放浪バスが来たら、今まで世話になったお礼にこの部屋をピカピカに掃除しよう。

 そんなことを考え、リーリンは部屋を出る歩みを再開させた。

 

 

 リーリンは外縁部端に立ち、いつものごとく双眼鏡を覗き込んで放浪バスを探している。

 リーリンから数歩後ろに下がった位置に、サヴァリスら天剣授受者三人が立っていた。

 

「リーリンさん。そんなことをしても、放浪バスは早く来ませんよ」

 

 サヴァリスが相変わらず軽薄な笑みを浮かべて言った。

 リーリンはむっとするも、サヴァリスの言葉は正論のため、言い返せなかった。

 だから、口にしたのは正論に噛みつく言葉ではない。

 

「他にやることがないから、やってるだけです」

 

「そうですか。僕は鍛練した方が有意義だと思いますけどねぇ」

 

 サヴァリスが理解できないと言いたげに首を軽く横に振った。

 カルヴァーンが固い表情で口を開く。

 

「リーリン殿、あれからルシフはあなたの前に現れましたか?」

 

 リーリンは振り返り、きょとんとした目でカルヴァーンを見た。

 

「前も言ったと思うんですけど、ルシフって誰です?」

 

「少し前にあなたと行動を共にしていた赤みがかった黒髪の少年ですよ」

 

「一緒に行動……?」

 

 カルヴァーンに説明されても、リーリンは首を傾げるばかりで心当たりがない様子だ。ふざけている様子もなく、本気でルシフを忘れてしまっているらしい。

 三人は顔を見合わせ、小さく息をつく。

 もしこれをルシフがやったのだとしたら、ルシフは他人の記憶を破壊する剄技が使えることになる。

 それはこの上なくやっかいであり、更に新たな疑問も生む。

 ──何故、リーリンから記憶を奪ったのか?

 何か知られるとマズい情報をリーリンが知ってしまったのか。

 リーリンの記憶は汚染獣襲撃の前後とルシフに関係する部分がまるごと抜け落ちている。

 リーリンがその時のことを思い出そうとしても、まるで深い霧が頭にかかったようにぼんやりとしか出てこない。

 気持ち悪い感覚だった。今までこんなもやもやとした気分になったことはない。誰かに指摘されるまでもなく、自分の記憶に何かされたと直感した。

 もしこれをやったのがサヴァリスの言う通りルシフという少年の仕業なら、リーリンは絶対に許さない。いつの日かルシフに出会った時、彼が記憶を戻せないなどとのたまったら、平手打ちを両頬にしてやる。

 

「──おや?」

 

 サヴァリスが外に視線を向け、地平線の彼方に興味深いものを見つけた。

 

「リーリンさん。放浪バスを探すより、別のものを探した方がいいと思いますよ」

 

「別のもの?」

 

 リーリンは双眼鏡のダイヤルをいじり、倍率を上げながら地平線に何かあるか探す。

 しばらくそうやっていると、自律型移動都市(レギオス)らしき物体がまっすぐこっちに向かってきているところを見つけた。

 

「あれは……?」

 

「どうやら、放浪バスを待つ必要はなさそうですね」

 

 リーリンはレギオスに翻っている旗を注視する。幼い少女がペンを持っている模様が旗に刺繍されていた。その旗を、リーリンは一度見たことがある。レイフォンの合格通知で。

 

「ツェルニ……? え、嘘……」

 

 リーリンは信じられない思いで、双眼鏡越しに旗を凝視した。

 もしかしたら、あれは自分の願望が見せた幻ではないか。

 そんなことさえ思ったが、サヴァリスも見えている以上、自分だけの幻覚ではないようだ。

 

「ルシフはツェルニに戻ったのでしょうか?」

 

 カナリスもツェルニがある方向を見ている。

 リーリンは双眼鏡から目を離し、肉眼でツェルニを見ようとしたが、地平線が広がるばかりでツェルニらしき影すら見えなかった。

 天剣授受者レベルの武芸者ともなれば、活剄による視力強化で地平線のはるか彼方まで見れる。

 

「……分からん。ツェルニに行く放浪バスは来ておらぬから、戻れる筈がないのだが」

 

 カルヴァーンも同様に視線を向けながら、カナリスに応えた。

 マイアスの問題が解決したと同時に、ルシフの威圧的な剄も消え、カナリスはいつの間にかルシフを見失っていた。それから、ルシフの姿も剄も一切現れなくなっている。

 天剣授受者三人は、もうマイアスにルシフはいないのではないか、と結論づけ始めていた。

 しかし、そうなると新たな疑問が出てくる。

 一体どうやってマイアスを去ったのか──その方法についての問題。

 これに関しては全く分からなかった。もっとも、彼らは都市間を移動する方法は放浪バスしかないと決めつけているし、それ以外の方法も知らないから、分からないのも当然といえる。

 天剣授受者三人がルシフについて思考を巡らせる中、リーリンだけは別のことを考えていた。

 

 ──あそこに行けば……レイフォンに会える。

 

 デルクとレイフォンの軋轢も、胸の内に抱えるもやもやとした想いにも、全てに決着がつく。

 そして──もし叶うのならば、闇試合が発覚してレイフォンがグレンダンから追放される前の毎日に戻ってほしい。

 デルクやレイフォン、孤児院のみんながいる毎日に。

 その願いが叶うことを祈り、胸の内で育っていく感情から目を背け、リーリンはもう一度双眼鏡でツェルニを見た。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ツェルニは対都市戦に向けて様々な訓練をしていた。

 非戦闘員の避難訓練もその一種。

 対汚染獣戦と違い、対都市戦は都市内戦闘が基本となり、都市に設置されている防衛兵器や罠も動く。

 この訓練は自都市の防衛兵器や罠に引っ掛からず、非戦闘員は迅速にシェルターに避難し、武芸者はあらかじめ決められた集合地点に行くのを目的としている。

 武芸者はそれぞれ役割によって外縁部に集合する者や、都市の防衛のために都市内部に設定された各所に集まる者がいる。

 念威操者がその訓練の映像をカリアンの周囲に浮かび上がらせていた。

 カリアンは外縁部で前線部隊の武芸者たちと共にいる。本番は一般人のためシェルターに避難することになっているが、これは訓練のため、カリアンはシェルターに向かわなかった。

 

「ヴァンゼ、今までと比べてどうかな?」

 

「はっきり言って、段違いだ」

 

 ヴァンゼはこれまで二回武芸大会を経験した。

 その時の訓練の士気や熱気はそれなりに高かったが、動きが気持ちについてこず鈍かったし、一部の生徒はふざけていたりした。

 だが、今の訓練は熱気や士気も高く、本番さながらの緊張感があった。ふざけたり気を抜いて訓練をしている者は一人もおらず、動きもきびきびとしている。

 本当に同じ都市の訓練か? と疑いたくなる程、訓練の質が違った。

 

「……やはり、あれが効いたのかな」

 

「……うむ」

 

 二人とも沈んだ表情になる。

 訓練初日、以前のように訓練中にふざけたり、だらだらと動いている一部の生徒がいた。

 今回の武芸大会で負けても、あと一年くらいはツェルニはもつ。そのため、都市がどうなろうが自分には関係ないと考える上級生がどうしても出てくる。限られた期間しか留まらない、学園都市という特殊性ゆえの問題。

 そんな彼らも、今の訓練は別人のように全力で取り組んでいた。

 何が彼らを変えたか?

 その答えは恐怖。

 ふざけている生徒たちの中で特にひどい一人を、ルシフが徹底的に壊した。壊された者は少なくとも半年、立つことすらできない重傷を負わされた。幸い後遺症は残らないらしいが、もう武芸者としては使いものにならないだろう。

 ルシフはそうやって一人病院送りにした後、ふざけてたりだらだらしていた者を一ヶ所に集めた。

 そして、問いかけた。

 

「訓練はなんのためにやるか知ってるか?」

 

 誰も、その問いに答えられなかった。誰もが顔を俯けて身体を震わせ、次の犠牲者にならないように祈っていた。

 ルシフは返答を聞かず、話を続ける。

 

「さっきみたいなヤツのようになる確率を減らすためだ。だから、それをふざけてやるなら、ヤツみたいになっても文句なんかないよな?」

 

 それが決定打だった。

 彼らは二度と気の抜けた動きはしないから助けてくれとルシフに懇願し、ルシフはそれを受け入れた。ただし、次ふざけたらさっきのヤツよりひどい目にあわすとしっかり釘をさして。

 その効果は劇的で、ふざけていた生徒のみならず、普通に訓練していた生徒もより真剣に訓練するようになった。

 故に、これほどまでに質の高い訓練ができたのだ。

 今回のルシフの行動について、やりすぎじゃないかという声は少なからずあったが、最終的にほとんどの生徒から受け入れられた。ルシフのやったことを痛快だと内心喜んだ生徒もいた。

 誰もが真剣に一つのことに取り組もうとしているのに、それを台無しにするようなことをするヤツが悪い。

 そういう理屈でルシフの行いは正当化された。

 カリアンとヴァンゼはそれを喜ぶべきなのか迷っている。

 ルシフのやったことは、ツェルニの法に当てはめれば退学でもおかしくない。罪のない生徒を一方的に暴行し、重傷を負わせたのだから。

 だが、その後を考えると、罪と呼ぶにはあまりにも良い影響がありすぎる。

 結局、ルシフに罰は与えられなかった。意味ある暴行──そうカリアンとヴァンゼが暗に認めた証拠である。

 もちろん、誰もがルシフの行いを許したわけではない。

 ニーナはルシフのしたことを強く非難していた。

 ニーナら第十七小隊は前線部隊に編制されたため、カリアン同様に外縁部の集合地点に集合している。

 ニーナは少し離れた場所にいるルシフにちらりと目をやり、ため息をついた。

 ニーナが暗い表情をしているのに気付いたレイフォンが声をかける。

 

「どうしたんです、隊長?」

 

「……なぁ、レイフォン。今さら言うのもなんだが、訓練初日のルシフの行い、どう思う?」

 

「……まぁ、やり過ぎだとは思いますけど、悪いとも言えないです」

 

 レイフォンに言わせれば、ルシフの気性を知っているツェルニの生徒に見せしめは必要ないと思う。言葉で脅すだけで、同等の効果を得られた筈だ。

 だが、一人を犠牲にして見せしめにしたことで、確実に効果が得られた。言葉だけでは確実性がない。

 そう考えれば、ルシフは残酷といえるまでの合理性を躊躇なく実行できる冷徹さがある。

 それが悪かどうか判断するのは、悪行の中に利がある分とても難しい。

 

「わたしは、間違っていると思う」

 

 ニーナは意志のこもった強い語気で断言した。

 

「武芸者は誇りで武器を取り、覚悟をもって戦うべきだ。ルシフのやり方は、身体に恐怖という名のムチを打ち、無理やり戦わせるようなもの。それを正しいと呼んでいいのか? そんな我が身可愛さで戦うような者が、戦場で敵に臆さず戦えるか?」

 

 ニーナは武芸者を、自らの全てを懸けて都市を守る誇り高き守護者だと思っている。

 だからこそ、戦う理由を保身にすり替えるルシフのやり方に反感を覚える。武芸者そのものを貶められている気がするのだ。

 

「──つまらんことを考えるんだな」

 

 ニーナの言葉が聞こえたらしく、ルシフが口を挟んだ。

 

「誇りや覚悟、それで戦える者はいい。だが、それで戦えない者もいる。そういう連中は恐怖で縛りつけるのが手っ取り早いし、よく仕事する」

 

「『仕事』……だと?」

 

 ニーナはルシフを睨んだ。

 ルシフはニーナの肩を軽く叩く。

 

「心配するな。今だけだ。才なく、己を磨かず、心構えすらできてないヤツが戦場に立つのは」

 

「ルシフ……?」

 

「世界はもうすぐ(くつがえ)る。そして、人類は進化のステージに立つのだ」

 

「……覆る? 進化のステージ? お前は何を言っている?」

 

 ルシフは困惑しているニーナに背を向けた。

 

「分からないなら、それでもいい。何も分からないまま、審判の日を迎えるんだな」

 

 ニーナがルシフを問いただそうとして、訓練終了のサイレンが都市中に響き渡った。

 サイレンの音にニーナが空を仰ぎ、ルシフに視線を戻した時には既に、ルシフはいなくなっていた。

 

「なんなんだアイツは……言ってる意味がまるで分からんぞ」

 

「もしかしたら、ルッシーは世界征服を企んでるんじゃないですか?」

 

 ナルキが冗談混じりに言った。

 

「ははっ、いくらアイツが桁外れの天才だからって、世界征服なんざできるわけねぇだろ……できねぇよな?」

 

 話している途中、ルシフならやれるかもしれないと不安がよぎり、シャーニッドが周囲に同意を求めた。

 レイフォンが思案顔になる。

 

自律型移動都市(レギオス)なんで、一つの都市を支配するだけならできると思いますが、全レギオスはどう考えても無理だと……」

 

「だよなあ……」

 

 それぞれバラバラに移動しているレギオスを全て支配するなど、物理的に無理なのだ。

 だが、ルシフは今までの常識では考えられない発想と頭脳で、何度も信じられないことを実現してみせた。

 だから、全レギオスを支配する方法が何かあるのではないか──と頭の片隅によぎってしまう。

 その場の誰もが難しい顔で黙りこんだ。

 

「──そんなに気になるなら、聞けばいいんじゃないですか?」

 

 フェリが無表情で彼らに言った。

 

「聞くって、誰に? ルシフ本人に『世界征服するつもりか?』なんて言いたくないぜ、俺は。やぶ蛇はごめんだ」

 

 フェリが呆れた口調になる。

 

「ルシフにそんなこと聞くわけないでしょう。聞いても先程みたいに、自分しか分からない言葉で答えるに決まっています」

 

「なら、マイに聞くのか?」

 

「違います」

 

 ニーナの言葉に、フェリは軽く首を振った。

 

「マイさんは、ルシフから話してもいいと言われない限り、絶対に話さないと思います。あの『剣狼隊』とかいうのに入ってる教員五人の内の誰かに聞くんです」

 

「なるほど」

 

 先の巨大な汚染獣が襲撃してきた際、バーティンが自分たちを『剣狼隊』と呼んでいたのを、その場にいた十七小隊全員が聞いている。ダルシェナから『剣狼隊』が何かも知った。

 ルシフ直属の武芸者集団。

 ルシフが本気で世界征服を企んでるなら、何か知っている可能性は高い。

 

「で、誰に聞くんだ? フェリちゃんはもう結論がでてんだろ?」

 

「レオナルト先生です」

 

「理由は?」

 

「一番バカだからです」

 

 フェリが平然と言い、周りにいる面々がぎょっとする。

 

「エリゴ先生はだらしなく見えますが、締めるべきところはちゃんと締めるしっかり者なので、何も言わないでしょう。フェイルス先生は物腰柔らかく訊きやすそうに感じますが、口が上手く頭も良いためきっとはぐらかされます。バーティン先生とアストリット先生はルシフに心酔しているため、問答無用で除外。消去法で残ったのが、レオナルト先生です」

 

「僕も、レオナルト先生が一番話しやすいかな。いつも自然体だからだと思うけど」

 

 レイフォンがフェリの言葉に同意した。

 

「決まり……だな。レオナルト先生なら近くにいるし、今からすぐ話を聞きに行こう」

 

 その場の全員がレオナルトのところに向かった。みな、ルシフの言葉の真意や、ルシフが何をするつもりなのか知りたいのだろう。

 レオナルトはエリゴやフェイルスと一緒にいる。何か話しているようだ。

 フェリがレオナルトの背に声をかける。

 

「レオナルト先生、話があるのですが」

 

「おう、なんだ?」

 

 レオナルトは話を中断し、振り向いた。

 フェリが視線をエリゴとフェイルスに向ける。

 

「お二人がいると話しづらいので、外してもらっていいですか?」

 

「ああ、そういう話か」

 

「……は?」

 

 レオナルトは納得したように頷き、フェリは怪訝そうな表情になった。

 

「俺、結婚してんだよ。わりぃけど諦めてくれ」

 

「違います」

 

 フェリは自分の目に狂いはなかったと確信した。

 少し考えれば、これだけの人数で告白話なんてするわけないと気付く。やはり思慮が浅い人だ。

 愉快そうに笑っていたエリゴが、フェイルスの首に右腕を回す。

 

「俺たちはお邪魔みてぇだし、邪魔者は邪魔者らしくあっち行ってるわ。──フェイルス、行くぜ」

 

「……ええ」

 

 フェイルスはレオナルトを軽く睨んでいたが、エリゴが歩き出すと自分も同じように歩き始めた。

 フェイルスがエリゴに顔を近付け、ささやく。

 

「……エリゴさん、レオナルトさんを一人にして本当にいいんですか? あの人はウソを吐けないんですよ? 余計なことをあの学生たちに漏らしたらどうします?」

 

「ははははッ、お前さんの言う通り、レオナルトはウソを吐けねぇ。けど、約束も破らねぇ。旦那からは、(とき)が来るまで具体的なことは言うなって言われてっから、心配すんな。

それに、もし漏らしたとしても、アイツらん中で手こずりそうなんはレイフォンだけだ。それ以外は物の数に入らねぇよ」

 

「……そう、ですね。少し神経質になりすぎていたようです」

 

 フェイルスが表情を和らげた。

 エリゴがフェイルスの背を豪快に何度も叩く。

 

「それでいいんだ、それで。さぁ、メシ食いに行こうぜ。最近なかなか美味いところを見つけたんだよ」

 

「はい、ご一緒させていただきます」

 

 エリゴとフェイルスは中央部の方に去っていった。

 レオナルトの周りは十七小隊しかいない。

 

「──で、話ってのは?」

 

「先程ルシフからこう言われたんです。『世界は覆る。人類は進化のステージに立つ』と。だから、ルシフが何か企んでるんじゃないかと思ったんです。レオナルト先生は『剣狼隊』というルシフが指揮する武芸者集団の一人らしいですから、情報を持っているかと思い、話をしに来ました。ルシフの企みについて、何か知りませんか?」

 

 フェリの問いかけに応えず、レオナルトは背中のカバンに入っている飲み物のボトルをおもむろに手に取ると、ボトルのキャップを開けて飲み始めた。

 

「レオナルト先生?」

 

 再度フェリが声をかけても、レオナルトはあさっての方を向いてドリンクを飲み続けている。

 

「……そうしていれば話さないですむとでも?」

 

 フェリの声に刺々しさが加わった。

 レオナルトはボトルを口から離し、ばつが悪そうに頭をかく。

 

「あー……お前ら、もう昼休憩だ。午後もハードだから、休憩時間はしっかり休んでおけよ」

 

 それだけ言うと、レオナルトは旋剄でその場から消えた。後に残ったのは、ぽかんと口を開けた十七小隊のみ。

 

「……とりあえず、ルッシーが何か企んでるのは分かりましたね」

 

「それも世界規模でな」

 

 ナルキがぽつりと呟き、シャーニッドがやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 夕方。

 訓練も一通り終了し、マイは寮への帰路を歩いていた。いつものように錬金鋼(ダイト)を復元した杖を持っている。

 周囲に人影はなく、いくつもの寮がずらりと左右に並んでいた。

 マイの近くには多数の念威端子が舞い、この場からツェルニ中の視覚的情報を得ている。

 

 ──今日はサリンバンの傭兵をよく見るなぁ。

 

 いつも自分たちの放浪バスを根城にし、買い出しやら訓練の手伝いやらでしか外に出てこない連中が、今日に限って十人ほど外にいた。

 前方三百三十メートル地点に二人、後方二百メートル地点に三人、自分から一つ右の街路を三人、自分から一つ左の街路を二人。

 遠巻きにマイを包囲しているような位置関係だが、全員の進行方向はバラバラで、今だけ包囲が成り立っている状態だった。

 だからこそマイは大して気にせず、警戒せずに歩みを続けた。一度サリンバンの傭兵を圧倒していたのも、マイがサリンバンの傭兵を脅威に感じない要因の一つだろう。

 その油断こそが、マイの命運を分けた。

 突如として十人の傭兵の剄が高まり、前後にいた五人の傭兵は旋剄で、瞬く間にマイから目視できる位置まできた。建物を挟んで左右にいる傭兵も跳躍して、建物の屋上に立つ。

 その間に、マイは念威端子の刃を前後の五人に殺到させた。五人は念威端子をよける動作すら見せず、ただ愚直にマイの方に前進してくる。

 念威端子の刃が五人をそれぞれ囲み、一斉に襲いかかった。だが、念威端子は彼らに傷一つ付けられずに、彼らの身体から弾かれた。

 

「切れないッ!?」

 

 マイの表情が驚愕に染まった。

 が、すぐさま次の一手を打つために、念威端子を自分の周囲に戻す。

 念威端子を念威爆雷にし、その光を目眩ましに念威端子のボードでその場から離脱。それが、マイの考えた次の一手。

 しかし、サリンバンの傭兵もマイがそうしてくるとあらかじめ読んでいたのだろう。

 前後にいる五人の内の二人が、マイの頭目掛けてナイフを軽く放った。マイは咄嗟に念威端子の盾を前後に展開し、ナイフを防ぐ。

 その時にはもう、ナイフを投げていない三人がマイに肉薄していた。

 今のナイフによる攻撃はダメージ目的ではなく、念威爆雷を使用する時間を一瞬遅らせるため。その一瞬で彼らにとっては十分だった。

 三人の内の一人が、マイの首に手刀を叩きこむ。

 

「あ……」

 

 マイは糸の切れた操り人形のように、地面に崩れ落ちた。

 すかさず建物の屋上にいた五人がマイに近付き、手に持っている大きな袋にマイを入れようとする。

 薄れゆく意識の中でそれを見たマイは、最後の力を振り絞り、傍に落ちた錬金鋼の杖に手を伸ばした。

 だが、錬金鋼の杖が誰かの足に蹴り飛ばされる。杖が建物の壁にぶつかり、キーンと甲高い音が響いた。

 

「ル……フさ……たす……て……」

 

 かすれた声は誰にも届かず、マイの視界は暗闇に包まれた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 フェリが寮の入口を開け、寮の廊下を歩く。

 

「あんたが、生徒会長の妹さん?」

 

 フェリのすぐ後ろから声がした。

 フェリは錬金鋼を復元させ、杖を握りながら勢いよく振り返る。

 フェリの前に、赤髪で顔の左半分に刺青が入った男が立っていた。確かハイア・サリンバン・ライアという名前で、サリンバン教導傭兵団の団長。

 そんな男が一体なんの用?

 フェリはハイアを念威爆雷で囲んだ。

 なんの目的かは知らないが、気配を絶っていきなり話しかけてくるような人間に、礼儀は必要ない。それに、警戒しておいて損はないだろう。

 

「おっかないさ~」

 

 ハイアは苦笑した。

 

「あなたの言う通り、わたしはカリアン・ロスの妹ですが、それが何か?」

 

「個人的にあんたに恨みはないさ。けど、ツェルニの武芸者に交渉の邪魔をされたくない。だから──」

 

 ハイアが動いた。

 フェリは反射的に念威爆雷を起爆させた。が、一瞬タイミングが遅かった。襲ってくる可能性は頭にあっても、襲ってこないとたかをくくっていたのだ。

 ハイアがフェリの背後に回り込み、首への手刀でフェリの意識を断ち切る。

 

「少しの間だけ、あんたには人質になってもらうさ」

 

 フェリが倒れ、ハイアは背負っていた袋にフェリを入れた後、袋を背負い直した。それからハイアは軽く周囲を見渡し、何事もなかったように寮から立ち去った。

 ハイアは一度、背負った袋に目をやる。背負った袋が重くなった気がした。

 

「仕方ないさ……もうこのやり方しか、廃貴族を手に入れられないんだから」

 

 ハイアは自分に言い聞かせるように呟いた。袋は重いままだった。


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