鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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前話の感想で、リーリンNTRについて否定的なものが全くといっていいほどなく、個人的に嬉しい気持ちでいっぱいです。
感想を書いてくださるのは本当に嬉しく、頭が上がりません。本当にありがとうございます。

それから、リーリンNTRが許されるなら、ニーナNTRも許されるのでは……?と、どんどん欲が深くなってます。
IFエンドも本格的に考えるかもしれません。


第38話 地獄行き決定

 ルシフはフォークとナイフを使い、ステーキを切り分け口に運ぶ。

 一回ステーキを噛んだとき、ルシフが微かに不快な表情になったのに気付いた者は、おそらく誰もいないだろう。

 

 ──マズい……。

 

 吐き出しそうになるのを堪え、飲み込む。

 肉を焼きすぎて水分がとび、肉の旨みを完全に消してしまっていた。調味料で味をごまかそうとしているのか、ステーキの上にはブラックペッパーがまぶしてあるが、あくまで調味料は引き立て役。肉の旨みを殺したステーキがよみがえるわけがない。

 

 ──これでは他の料理も期待できんな。まぁ、無料で提供されている料理だからこんなものか。

 

 予想を上回るマズさだったが、ルシフはそれを表にほとんど出さず、料理を次々に片付けている。

 ステーキ以外の料理も美味くはない。が、マズいと思うほどの出来でなかったのは唯一の救いか。

 どうやら一番のハズレを最初に引き当てただけらしい。

 そんなことを内心で考えながらルシフが食事をしているなど、リーリンと天剣三人は思いもしなかった。

 彼女ら四人は、ルシフの食べる姿に言い知れぬ気品を感じていた。上流階級の人間特有の優雅さと洗練さが、嫌みにならない程度に滲み出ている。

 天剣三人ともグレンダン出身で名門と呼ばれる武門の出だが、それでもルシフの前には見劣りした。

 

「ルシフってなんとなく育ちが良さそうだよね。有名な武門の家の生まれだったりするの?」

 

「大した家ではありませんよ。王家候補の武門というだけです。ですが父はどうしても私を王にしたかったらしく、幼い頃から言葉使い、礼儀作法、立ち振舞いを徹底的に教育されました。その影響で、普段の食事もそういう部分が出てしまうんですよ」

 

「王? ルシフって王様になるかもしれないの?」

 

「私の出身──法輪都市イアハイムは、王の死後、民政院と呼ばれる政治家たちが、次の王を王候補の中から選出するシステムになっています。ですので、もしかしたら王になるかもしれないですね。あまり興味はないんですけど」

 

 ルシフは食事を終え、カップを優雅に口元に運んで紅茶で喉を潤した。ルシフの取り皿に料理は残っていない。

 

「へぇ~、そうなんだ。グレンダンにも三王家って呼ばれる武門があって、その中で一番強い人が王様になるらしいって聞いたことがあるけど、やっぱり都市によって一番偉い人の選び方が違うのね」

 

 リーリンもカップを手に取り、食後の紅茶を飲んだ。

 リーリンは視線を巡らし、天剣三人を見る。

 カナリス、カルヴァーンは見るからに硬い表情で、ルシフの一挙一動を見逃さまいとしているようだった。

 礼儀正しく優しそうな顔しか知らないリーリンにしてみれば、天剣授受者ともあろう最高峰の武芸者が、ルシフのような大人しそうな少年一人に何をここまで警戒する必要がある? と思わなくもない。

 その点、サヴァリスは終始楽しそうな笑みを崩さず、興味深そうにルシフを見ていた。

 天剣授受者なら、やっぱりこういう余裕がある感じの方がより天剣授受者らしい、とリーリンは考える。

 レイフォンから聞いた話だが、天剣授受者は楽しそうに闘う、楽しそうに汚染獣を殺す人間ばかりらしい。

 そんな話を聞いたことがあるからか、今のカナリスとカルヴァーンがリーリンの持つ天剣授受者のイメージから外れてしまうのだ。

 サヴァリスがお茶を一気に飲み干し、より一層笑みを深めた。狂気すら笑みに内包したサヴァリスの表情を見たリーリンは背筋が寒くなった。

 

「ルシフ君。夕食の後、僕の部屋で色々話したいと思うんだけど、どうだい?」

 

「いいですよ」

 

「サヴァリスッ!」

 

 カルヴァーンの怒気が剄に乗り、ロビーを伝播した。前触れなくロビーを襲った突風と大喝に、ロビーにいた人々はみな驚きと恐怖で口を閉ざし、怖いものでも見るようにリーリンたちが座っているテーブルの方に視線を送っている。

 サヴァリスはカルヴァーンの怒気を全く意に介さない。

 

「あ、カルヴァーンさんもご一緒にどうです?」

 

 カルヴァーンは同席するべきかどうか数秒逡巡した。

 結果、ルシフから目を離すのは危険極まりないという結論になった。

 

「……よかろう」

 

「カルヴァーンさん!?」

 

 カナリスが驚きの声をあげた。

 

「お主はリーリン殿を頼む」

 

「えっ、わたしも一緒に──」

 

 リーリンが口を挟んだ。

 

「リーリンさん! トランプしましょう、トランプ! きっと楽しいですよ!」

 

 カナリスはリーリンの腕を引っ張り、椅子から半強制的に立たせた。そのまま部屋の方に連れていこうとする。

 

「あっ、わたしが食べた皿、片付けないと……」

 

「大丈夫です。あそこにいる二人がついでに片付けてくれますから」

 

 カナリスに腕を引っ張られたまま、リーリンはロビーから姿を消した。

 

「それじゃあ、僕たちもいこうか」

 

 サヴァリス、カルヴァーン、ルシフも立ち上がり、テーブルの食器を片付けてからロビーを後にした。

 

 

 

 サヴァリスに与えられた部屋は、簡素なベッド、机、椅子くらいしか家具が置いてない。長らく置かれているであろうそれらの家具は、ところどころ塗装がはがれていた。それでも、浴室とトイレが個人の部屋にあるのは恵まれている方か。

 ルシフはサヴァリスの部屋を見渡しながらそんなことを思った。

 一つしかない窓の正面にサヴァリスが椅子を持ってきて座った。

 

「悪いけど、椅子が一脚しかないんだ。ベッドに座ってくれるかい?」

 

 ルシフはさりげなく視線を後ろにやる。

 部屋の扉の前にカルヴァーンが立っていた。

 唯一の窓の前にはサヴァリス。

 

 ──閉じ込められたか。

 

 外に出られる場所はサヴァリスとカルヴァーンに遮られた。

 だが、その程度で不安になったり恐怖を感じる人物であったならば、どんなに御しやすい人物だったろう。

 ルシフは圧倒的に不利な状況の中、むしろ楽しげに笑った。

 笑いつつ、ベッドに腰かける。

 

「それで精神的優位に立ったつもりか?」

 

 サヴァリスとカルヴァーンの視線が一瞬交錯する。

 サヴァリスは椅子に座ったまま、足を組んだ。

 

「そんなつもりはないよ。君と話したいと言ったろ? 話の途中で透明になる剄技を使われたら簡単に逃げられるから、それを防いでるだけだよ」

 

 ルシフはサヴァリスの言葉を聞き、つまらなそうな表情になった。

 

 ──こいつら、俺が透明になる剄技を使えると本気で思ってるのか。

 

 ルシフは少しだけ、天剣授受者たちに失望した。

 結論から言うと、透明になったように見せかけることはできる。光を反射しなくなる性質に変化させた剄で全身を包みこんで、相手に視覚情報を与えない。結果として、相手から見ると消える。

 だが、ここで疑問に思わなかったのだろうか?

 ルシフの視界も、当然光の反射による視覚情報で構成される。光を反射する剄で目の部分を覆えば、ルシフの目に視覚情報は一切入ってこず、ルシフの視界は暗闇になる。

 つまり、相手から見て透明にはなれるが、その場合、自分の視界も潰されてしまうという決定的な欠陥があるのだ。

 その欠陥を除いていないため、透明になる剄技は未完成で使いものにならない。

 リーリンに言った全身を透明化して見つからなかったなんて言葉は、口からでまかせを言っただけだ。信憑性を高めるため、錬金鋼(ダイト)を消してはみせたが。

 敵と定めた相手の言を疑わず信じてしまう思慮の浅さに、ルシフは残念な気持ちになった。

 天剣授受者といえど、ただ剄量が桁違いに多いだけの武芸者。それを再認識した。

 

「──で、話とはなんだ?」

 

 今のルシフの立ち振舞いや纏う雰囲気は、普段のものになっている。

 そもそも、あれほどまでに礼儀正しく温厚そうな人間を演じたのは、リーリンに近付いても警戒されないようにするためであり、今その仮面を付ける意味はない。

 

「ま、単刀直入に訊くとね、なんで君は毎年グレンダンを探っていたんだい? おっと、自分に合う錬金鋼を探すため、なんて返答はダメだよ。それはウソだって陛下もおっしゃっていたし、僕もそう思うからね」

 

 サヴァリスは軽薄な笑みを貼り付けている。だが、纏う雰囲気に抜き身の刀のような鋭さが滲んでいた。

 闘いたくてウズウズしている──そんな高揚感がルシフに伝わってきた。

 そのある意味挑発ともいえる空気がルシフを微かに刺激したが、ルシフはその空気に流されない。

 

「別に知識欲を満たしたかっただけだが? 貴様らはどうか知らんが、俺にとってグレンダンは多数の自律型移動都市(レギオス)の一つにすぎない。グレンダンだけでなく、他都市の資料や歴史書も入手させている。自惚れるな」

 

 嘘ではない。現にイアハイムにあるルシフの部屋の本棚の中は、様々な都市に関する書物が大量に並んでいる。

 

「グレンダンを潰すためとか、グレンダンを攻めるための情報収集とか、そういう理由で探りを入れてたわけじゃないんだ?」

 

「そういう理由も少なからずあるぞ。力ずくで天剣を奪うつもりなのは今も変わっていない」

 

 カルヴァーンが全身から怒りを溢れさせ、ルシフに詰め寄る。

 

「天剣は陛下の御前で天剣を与えるに相応しい者を選出する試合を行い、勝者が名誉とともに与えられるものである。力だけで奪ってよいものではないわ!」

 

 ルシフは視線をカルヴァーンにやり、嘲るような笑みを浮かべた。

 

「選出といっても、年齢、人柄は考慮されず、実力があるかどうかだけが天剣を与える選出基準。それも、ある程度は天剣になる者が最初から分かっている出来レース。そんな試合をやることに、なんの意味がある? まだ天剣授受者同士を闘わせ、誰が天剣最強か決める方が有意義だ」

 

「それ、いいね! うん、すごくいい! グレンダンに戻ったら陛下に言わないと……」

 

 ルシフの言に真っ先に賛同したのはサヴァリスだった。サヴァリスは目を閉じ、ブツブツと何か呟いている。天剣授受者同士で闘っているところを想像しているのだろう。

 

「サヴァリスッ! お主は天剣授受者をなんと心得ておるかッ! 天剣授受者の武芸を見世物にするなど……言語道断である!」

 

「別に良いじゃないですか。それで僕らがもっと強くなるかもしれませんし、何より力を持て余さなくてすむんですから」

 

「こやつは本当に……」

 

 カルヴァーンは頭痛を感じたのか、頭を軽く抱えた。

 カルヴァーンとサヴァリスはとことん相性が悪いらしい。

 

「俺からも一つ貴様らに訊きたい。何故、アルシェイラ・アルモニスに従っている?」

 

 カルヴァーンが軽く鼻を鳴らした。

 

「グレンダンの武芸者が支配者である女王陛下に従うのは当然である」

 

「僕は別に理由はないなぁ……。強いて言うなら、退屈しないから、かな。陛下の側にいれば望まなくても戦闘が向こうからやってくるからね」

 

 ルシフから表情と呼べるものはほとんど消えていた。目に落胆の光が生まれた程度の微々たる表情しかない。

 ルシフは続けて問いかける。

 

「ならば、俺が退屈しない戦闘を次々に提供するグレンダンの支配者になれば、貴様らは俺に従うんだな?」

 

 サヴァリスとカルヴァーンは絶句した。

 サヴァリスより一瞬早く衝撃から立ち直ったカルヴァーンは、ルシフに人差し指を突きつけた。

 

「貴様に従うなど、天と地がひっくり返ってもあり得ん! グレンダンは三王家に統治される都市であり、それ以外の者がグレンダンの支配者になるなど許されんのだ!」

 

 暗にカルヴァーンはグレンダンの三王家にあくまでも忠誠を貫いていると言っているが、ルシフの心に響く程の力は無かった。

 ルシフは怒りで顔を赤くしているカルヴァーンを一瞥すると、すぐに視線をサヴァリスに向けた。

 

「僕は別にどっちでもいいかな。けど、個人的に君を敬うのは嫌だね」

 

「アルモニスより俺が劣ると言うか」

 

「実際、陛下にボコボコにされたんでしょ? いくら廃貴族を宿したからって、陛下より(まさ)るとは思えない。

というか、君は僕たちを味方にしたいのかい?」

 

「当然だろう。通常の錬金鋼の許容量を超える剄量の武芸者は貴重だ。俺なら、貴様らのその力に意味を与えてやれる。俺の臣下になりたいなら、いつでも俺のところに来い」

 

 ルシフは立ち上がり、部屋の扉に向かう。

 カルヴァーンは扉の前から離れたため、そこに至るまでの妨げは一切無い。

 ルシフはドアノブに手をかける。

 

「誰が貴様のような奴の臣下になるかッ!」

 

 ルシフの背に、カルヴァーンが怒気を含ませた言葉を浴びせかけた。

 ルシフのドアノブを捻る動きは一瞬硬直したが、すぐに動きを再開させドアを開ける。そして、サヴァリスの部屋から悠然と出ていった。

 

 

 

 ルシフは昼頃に連れていかれた椅子が一つしかない部屋に戻った。

 椅子に座り、ずっと瞑目したまま動かない。

 

「……メルニスク」

 

 小さく呟かれた言葉に呼応するように、メルニスクがルシフの正面に顕現した。

 

「なんだ?」

 

「あの天剣二人について、どう思った?」

 

「心のままにただ生きている。それ以外に何も思わない」

 

「そうだろう、俺もそうだ。あいつらだけじゃない。もう一人の天剣──カナリスも、あいつらと同類に違いない。グレンダンに残っているあいつら以外の天剣も、きっと同じだろう」

 

「……?」

 

 メルニスクが首を傾げる。

 ルシフの表情が、呆れと悲しみが入り混じったような複雑な表情になったからだ。呆れるのは理解できるが、悲しみが混じるのは理解できない。

 

「なぁ、メルニスク。連中、可哀想になるくらい見事にアルシェイラの剣だよ。

アルシェイラにだけ生き地獄を味わわせて、天剣どもは一思いに潰す予定だったが、気が変わった。

アルシェイラのみならず、天剣授受者全員にも地獄へ落ちてもらう」

 

 メルニスクはじっとルシフの目を見る。

 ルシフは不思議な表情をしていた。喜怒哀楽どれもないように見えて、どれも内包しているような、なんとも言えない表情。強いて言うなら、悲しみが僅かに滲んでいるか。

 ルシフは腹の前で右拳を左手で包み、顔を俯けた。

 アルシェイラ・アルモニスは理想なく、大志なく、責任感なく、行動なく、研鑽なく、感心のない、流されるままに生きている人間であり、自らの欲求だけを優先する獣そのもの、とルシフは彼女を評している。はっきり言って、それで『王』の座についているのが、ルシフは腹立たしくて仕方がない。

 そのアルシェイラの剣たちも、アルシェイラ同様に大志もなければ、展望もない、自らの欲のまま意志統一もされずに女王に従い、見ているものは全員ばらばら。あったとしても、なんとなく漠然と世界を滅ぼそうとする敵からグレンダンを守る程度の認識しかない。

 そんなものが、王と臣下の在るべき姿か?

 王の考えに臣下は全員賛同しろなどと、ルシフは思っていない。というより、人間は十人十色なのだから、それは不可能に近い理想論である。だが、上に立つ人間が何を目指し、何をしようとしているのか理解せず、それに対しての意見もないまま従うのは臣下失格だと思うし、王の意志を下に明確にしないのは王失格。それでは王と臣下の関係と言えず、ただの烏合の衆、獣の群れである。

 アルシェイラが堕落しているから、天剣があんなつまらない人間になったのか。それとも、堕落している人間には堕落した奴しか集まらないのか。

 そんな疑問が一瞬頭によぎったが、ルシフはすぐさまその疑問を切り捨てた。

 

 ──アルシェイラ……それに天剣ども、俺が貴様らを人間にしてやるよ。耐え難い苦痛もセットでな。

 

 ルシフは深くため息をついた。

 

 ──本当に残念極まりない。俺の都市に天剣どもがいたなら、あんなつまらない人間には絶対させなかったのに。

 

 ルシフは自身をアルシェイラなど足元にも及ばない大器だと信じて疑っていない。

 臣下を輝かせるのは王の器量である。王の器量が乏しければ、臣下の輝きすら掻き消してしまう。

 天剣授受者たちは、そんな器量に乏しい王の犠牲者だった。

 そう思うと、ルシフは彼らに対して胸が締めつけられるような悲しみと哀れさが込み上げてくる。

 メルニスクは心を探るような瞳を、ルシフに向けた。

 

「……ならば、何故連中にいつでも仲間に加えてやると言った?」

 

「ああ、あれか。あれは方向性を与えるための餌みたいなものだ。食らいつくかどうかは別にして、撒いておいて損はあるまい」

 

「……汝にどこまで先が見えているか知らんが、ここには我しかいない。具体的に説明してくれてもいいだろう」

 

 ルシフはこの部屋に来て初めて楽しげに笑った。

 

「お前は俺の舞台を間近で見る、唯一の観客だからな。オチを先にバラしたらつまらんだろう?」

 

 メルニスクは拗ねるようにそっぽを向いた。

 そんなメルニスクらしからぬ可愛らしい素振りに、ルシフは尚更笑みを深くし、声を出して笑った。

 ひとしきり笑った後、ルシフは真剣な表情で立ち上がる。

 

「さ、て、と……そろそろこのプチ旅行も終わりにするか」

 

 ルシフは自分のやるべきことをなんとなく分かっている。それは、行方不明になっている電子精霊の確保。ツェルニはマイアスと同型都市だからこそ、マイアスの危機が分かり、ツェルニ自身の持つ『縁』を利用して、ツェルニはルシフをマイアスに送り込んだ。

 ルシフはマイアスを救うためにマイアスに飛ばされたのだから、マイアスを救えばルシフは用済みとなり、ツェルニに戻るだろう。

 ルシフは窓から外を窺った。外に人は見えず、気配も感じられない。

 ルシフは窓に足をかけ、窓から外に飛び出した。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 リーリンは部屋でぼーっとしていた。

 ふと、窓を何かが叩く音がした。

 リーリンは窓の方を向く。

 茶褐色の小鳥が窓をくちばしで叩いている姿が目に入った。

 

「入ってくるかな?」

 

 少しだけ窓を開け、小鳥が部屋に入れるようにした。

 小鳥は細い足をちょこちょこと動かし、窓の桟をジャンプして乗り越え、リーリンの部屋に入ってきた。

 そんな小鳥の可愛らしい動きに、リーリンの顔は少し緩んだ。沈鬱とした心に一涼の風が吹いたような心地よさが入り、リーリンの心を和ませる。

 小鳥の頭には冠のような金色の羽毛が突きだしていて、顔から胸の辺りに白いものが交じっている。

 

「おいで……」

 

 小鳥の前に手を伸ばす。

 小鳥はリーリンの手をじっと見た後、ジャンプしてリーリンの手に乗った。

 人懐っこい小鳥に、誰かのペットかな? と思いながら、掌の上で羽の手入れをしたり、あちこちに身体を動かす小鳥の姿を眺めてしばらく楽しんだ。

 リーリンは窓の外に手を伸ばす。

 窓の外の空に、似たような小鳥の群れが見えたからだ。この小鳥はあの群れから離れて自分の部屋に来たんだ、とリーリンは思った。

 

「仲間のところにお帰り」

 

 小鳥は周囲を窺うように様々な方向に首を向け、やがて羽を広げてリーリンの手から去っていった。

 群れの中に紛れていく小鳥を見届けてから、リーリンは窓をしめた。

 椅子に座り、机に頬杖をついてため息をつく。

 ルシフと出会ってから、六日が過ぎた。

 未だに軟禁は解かれず、食堂と部屋を往復する毎日が続いている。

 何かが盗まれた事件は少しも進展がないようだった。遠巻きに包囲している学生たちが焦っているように見受けられるのがそう感じた主な理由だが、自分だけでなく天剣授受者三人も同意見だったため、そうである可能性は非常に高い。

 この膠着状態は、リーリンにとって気を沈ませるとともに、次第に募る嫌な予感を増長させていった。

 ルシフとも、最初の夕食で一緒に食事して以来、一度も会っていない。

 食堂でそれとなく探しても、影も形も見えないのだ。

 多分また姿を消す剄技で姿を隠しているのだろうが、何かあったのかと心配になる気持ちは消えなかった。

 天剣授受者三人も真剣な表情でルシフが食堂にいるかどうか探していた。天剣授受者ほどの武芸者がそこまで本気になる相手。

 しかし、実際は闘うなんて考えられないような大人しそうな少年。

 

「ルシフ・ディ・アシェナ……か。実はとっても恐い人だったりして。あはは、まさかね」

 

「──呼びました?」

 

 ガタンという窓が開く音とともに、ルシフが窓の桟に足を乗せてリーリンの部屋に入ってきた。

 リーリンは反射的に立ち上がり、身構えてしまった。

 

「ちょッ!? 女の子の部屋に無断で入ってこないの!」

 

「え? 別にお昼だから問題ないかと」

 

「お・お・ア・リ!」

 

 リーリンはルシフにずいと近付き、彼の前で指を立てた。

 ルシフは常識がどこかズレている。いい機会だから、しっかり常識を教えておこう。

 

「いい? 女の子はとっても繊細で、見られたくないところが結構あるの。たとえお昼でもちゃんとノックして、了承が得られるまで入ってきちゃダメ。

こんなの当たり前のことだからね!」

 

「はいはい、分かりました。これからは気を付けます」

 

「……あなた、ダメなの分かっててやったわね?」

 

「いえ、そんなことないです。知りませんでしたよ、女の人が繊細だったなんて」

 

「そっち!?」

 

 リーリンの身体に一気に疲労感が襲いかかり、リーリンは脱力しながらため息をついた。

 

「……はぁ、もういいわ。それでなんの用なの? ただ名前が呼ばれたから、なんて理由じゃないんでしょ?」

 

「ええ、まぁ。変わった小鳥を見かけませんでした? 今私は小鳥を探してまして」

 

「変わってるかどうかは分からないけど、小鳥ならさっきわたしの部屋に来たよ。あそこで飛んでる小鳥の群れの中に帰って──」

 

 リーリンは話しながら、小鳥の群れの方を指差す。リーリンの目が凍りついた。

 ルシフも窓の方を振り返った。

 

「罠にかかったか」

 

 今までのルシフと雰囲気も声色も何もかも違っていたが、リーリンは別のことで頭がいっぱいで、そのことに気が付かなかった。

 空を飛ぶ小鳥の群れを、稲光のような光が空に幾筋も走って捕らえている。まるで光で作られた鳥かごだった。

 その光の鳥かごの中で、小鳥たちは苦しそうにもがき、暴れている。

 

「……何、あれ?」

 

「あの中に電子精霊がいる。どうやら盗っ人は、都市の機関部から電子精霊を引き剥がすのには成功したが、手に入れる前に電子精霊に逃げられたらしい。だから、ああして機関部に戻る進路に罠を張った」

 

 リーリンの背筋に緊張が走った。

 まるで顔が同じ別人が現れたようだ。

 それほどまでに、今までのルシフの印象から外れている。

 ルシフは窓に足をかけた。

 

「どこ……行くの?」

 

 リーリンの声は微かに震えていた。

 

「決まっている」

 

 ルシフは唇の端を吊り上げた。優しげでもなく、柔らかくもなく、今までの笑みと正反対の冷徹さと鋭さが合わさったような、それでいてどこか生き生きとしている笑み。

 リーリンは我知らず息を呑んだ。

 

「ふざけたことをした奴を徹底的に叩き潰す」

 

「待ってッ!」

 

 窓を蹴ろうと身を屈めたルシフの動きが止まった。

 

「あなたは……誰なの?」

 

「俺はルシフ・ディ・アシェナだ」

 

「どうして騙したの?」

 

「お前に近付くためだ」

 

 リーリンはルシフから一歩下がった。

 ルシフは嘲るように鼻で笑った。

 

「勘違いするな。今はお前など眼中にない。天剣授受者の顔は以前から知っていた。奴らの反応からお前が役に立つと判断し、お前の近くに平然といけるよう、好ましい人物を演じただけだ。要はお前は人質だった。天剣授受者たちに対して」

 

 リーリンは混乱した。

 天剣授受者三人はリーリンと今のところ行き先が一緒だから、同郷のよしみで守ってくれているだけで、別にリーリンを重要視しているとは夢にも思わなかった。

 だが、ルシフはリーリンと出会ったあの一瞬でそこまで見抜き、一瞬で善人の仮面を被った。

 

「だが、もう天剣どもを威嚇する意味は消えた。ゆえに、仮面も外した。これで満足したか?」

 

「……出てって」

 

「言われなくても……」

 

 ルシフは外に顔を戻し、窓を蹴る。

 瞬間、ルシフの姿がリーリンの視界から消えた。

 リーリンは窓に駆けより、窓の外を見てルシフの姿を探す。ルシフの姿はどこにも見当たらない。

 リーリンの耳に、窓の外から悲鳴と怒号が飛び込んだ。

 それに合わせるように、非常事態を知らせるサイレンが都市中に響き渡る。

 サイレンが鳴っていても、外の声を完全に消すまでには至らない。

 

「汚染獣が来るぞッ!」

 

 リーリンの耳は、確かにその声を聞き取っていた。




個人的に天剣授受者は個性豊かで好きなんですが、ルシフの目から見るとああ見えるそうです。
天剣授受者が好きな読者様には不快な思いをさせたかもしれません。

余談ですが、ぱっと小説情報の合計文字数を見たら、35万を超えていました。
まだプロローグで本編に入ってすらいないんですけど、この調子だと本編開始は50万文字超えないと始まらないかも。

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