第29話 教員到着
一台の放浪バスが荒れ果てた大地を進んでいる。
その放浪バスは誰もが一目で異常だと感じる、ある特徴があった。
それは、車体全体が返り血でも浴びたように真っ赤なこと。
あまりにも怪しい外観のため、都市の停留所に止まっていても誰も近付いてこないだろう。
そんな放浪バスだが、乗客は案外普通だったりする。
乗客は男性三名、女性二名。
「……ツェルニはまだか」
燃えるように赤い髪をポニーテールにした女性が、膝を小刻みに動かしている。彼女の服装は動きやすさを重視したジーンズにラフなTシャツ。その右腕には黒色の布が巻かれていた。
「あの赤髪の方、今のセリフ何回目ですの?」
胸辺りまである銀髪をストレートロングにしている女性が、髪をかきあげながら呟いた。白のブラウスに黒のストレートパンツを着て、ブラウスのボタンをきっちり留めてブラウスの中に形よく張った胸を仕舞いこんでいる。彼女の右腕には銀色の布。
「今ので千百九十三回目ですね」
黒髪を肩まで伸ばした男性が、読んでいる本から目を逸らさずに女性の呟きに答えた。明るい色のカーディガンとグレーのパンツを着ている。彼の右腕には青藍色の布。
「千百九十三回!? そんなつまらないことをいちいち数えて、あなたもお暇ですこと」
「あなたはそのナチュラルに喧嘩売る性格、直した方がよろしいかと」
「私は思ったことをそのまま口に出しているだけですわ。
はぁ……あなたはともかく、あの赤髪の方は本当に鬱陶しいですわね。数分おきに同じことばかり言って……記憶障害かしら? 良い医者を紹介してさしあげましょうか?」
「結構だ」
「あら、会話できる知能はまだあるみたいですわ」
「お前ら、本当に仲悪いな」
短めの茶髪を立たせた男性が呆れたように軽く息をついた。黒のTシャツに青色のズボンをはいている。彼の右腕には明るい黄色の布。
銀髪の女性は当然男性の言葉に噛みつく。
「同じ剣狼隊だからといって仲良くする必要はありませんもの。私は愛しのルシフ様にお力添えできるだけで満足ですわ」
「あなたの力なんて、あの子にはいらないぞ」
銀髪の女性はうんざりしたように、頭を右手で軽く押さえた。
「……本当、いい加減にしてもらえないかしら? その空っぽの頭撃ち抜きたくなってきましたわ」
「私も、あなたのあの子に対する接し方は気に入らなかったところだ。あの子の姉として、あなたを教育しよう」
「自称姉でしょう! そんなだからルシフ様に嫌われるのよ!」
「嫌われてない。照れ隠しに決まっている」
「……ルシフ様がイアハイムを出発した日。ルシフ様があなたを
それが照れ隠しだって、あなたはおっしゃるの?」
「当然だ。きつく縛りつけながらも、少し動ける余裕がある。その絶妙な縛り加減に私は愛を感じた」
「死ね! あら、私としたことがつい低俗な言葉を……あなたの近くにいると、私の品格まであなたと同列になってしまうようですわね」
「……良かったな。それで少しは友人ができるぞ」
「……」
二人とも自らの錬金鋼に手をかけた。
放浪バス内に殺気が充満し、緊張が高まっていく。
「──そこまでだ、お嬢さんたち」
運転席に座っている口の周りと顎に髭を生やした男性が、正面を向いたままそう口にした。革のジャケットを羽織り、薄茶色のズボンを着ている。彼の右腕には緑色の布。
錬金鋼に手を触れさせて睨み合っている女性二人はその言葉で一時休戦し、運転席の方を見る。
「どうやらツェルニが近いみてぇだぜ。お出迎えも見えらぁ」
運転席に座っている男性以外の全員が、その『お出迎え』を見ようと近くの窓から外に視線を向ける。
六角形の念威端子が数枚飛んでいるのが見えた。見えている念威端子を全て足すと十枚程度になる。どうやら放浪バスを囲むように飛んでいるようだ。
「……ちっ」
それを見た女性二人は不愉快そうに顔を歪め、同じタイミングで舌打ちした。
放浪バスのフロントガラスからは、地を揺らしながら移動し続ける都市の姿が見えてきた。
『……ちっ』
念威端子から聞こえた舌打ちの音は、放浪バス内にいる彼らの耳には届かない。
◆ ◆ ◆
マイ・キリーは自室のベッドに腰掛け、復元済みの
(あの真っ赤な放浪バス……あれは間違いなく剣狼隊専用の放浪バス。ということは、ついに来ましたか)
マイは深くため息をついた。
チラッとしかバスの内部を見なかったが、剣狼隊の中でも特に嫌いな女性二人の顔が見えた。
あの女性二人は自分を嫌っている。自分があの二人を嫌っているのと同じように。
お互いに嫌い合っている原因はただ一つ、ルシフ様からのご厚意に対する嫉妬。
ルシフは基本的に差別しない。
自分の役に立ったと思えば、どんな相手にもそれ相応の報酬と礼をする。
それをあの女性二人は独り占めしたいのだ。自分以外の女にそれをしてほしくない。勿論私も、自分以外の女にルシフ様が優しくしているところなんて見たくない。
それらが積み重なり、今現在、顔を見ただけで舌打ちしたくなるほど嫌い合っている。一年と約三ヶ月振りの再会だが、嫌いという感情が微塵も薄れていないことに、自分自身が一番驚いている。
(ルシフ様に伝えないと駄目だよね……ああ、私とルシフ様、二人だけで過ごす至福の時間が……)
マイの両目から一筋の滴が流れた。
マイは左腕で涙を拭い、錬金鋼に意識を集中する。
「ルシフ様、朝早くに申し訳ありまぜん。聞ごえまずか?」
『……ああ、聞こえる。どうした? 涙声になってるぞ?』
「すみません。久し振りにみんなの顔が見れたので、嬉しくなってつい涙が……。教員として呼んだ剣狼隊カラー1五名、もうすぐツェルニに到着します」
『連中は何で来ている?』
「剣狼隊専用の放浪バスです」
『良し! 分かった。すぐに停留所に向かう。よく伝えてくれた』
「いえ、当然のことをしたまでです。私も停留所に行っていいですか?」
『好きにしろ』
そこでルシフの通信が切れた。
マイはもう一度、深くため息をつく。
それから外に出る服装に着替え、復元済みの錬金鋼の杖を再び右手に持つ。
そして、マイは眼前に見える扉を開けて自室の外に出た。
◆ ◆ ◆
放浪バスの停留所。
塗装していない、車体に使われた金属の色そのままの放浪バスが数台並んでいる中、一台だけ真っ赤な放浪バスが停まっている。おそらく誰もがその放浪バスに目がいくだろう。
ルシフはその放浪バスにゆっくりとした足取りで近付いていく。ルシフの服装は黒のTシャツの上から白色の上着を着て、明るい茶色のズボンをはいている。
ルシフの視線の先の放浪バスから五人の男女が次々に下りているのが見えた。
「……は?」
その内の一人の横顔を見た瞬間、ルシフの口から思わず声が出た。
ルシフの視線の先には、二十代くらいの赤髪の女性。
赤髪の女性はルシフの方に顔を向けた。
「ルシフちゃああああん!!」
「うぐっ」
赤髪の女性が、目にも止まらぬ速さでルシフにタックルのような抱擁をする。
ルシフは後ろに倒れそうになるのをなんとか両足で支えた。
「あ゙い゙だがっだよ゙お゙お゙お゙お゙お゙」
「……フェイルス」
ルシフは抱きつかれたまま、女性の肩越しに黒髪の男を見る。
「なんでしょう、マイ・ロード」
フェイルスと呼ばれた男性が、胸に手を当てその場で膝をついた。
「貴様、頭の出来は良かったよな? 俺が送った手紙の内容を言ってみろ」
「無視しな゙い゙でえ゙え゙え゙え゙」
「ああ、鬱陶しい!」
ルシフが赤髪の女性を掴み、後ろに放り投げる。
女性はルシフの後方数十メートル先まで飛んでいった。
「……で、言ってみろ」
「学生を指導するため、イアハイムに待機しているカラー1の中から五名選んで、教員らしい服装を持って学園都市ツェルニに来い。なお、ヴォルゼー・エストラ。バーティン・フィアの二名はメンバーから除外……でしたよね?」
「その通り。素晴らしい記憶力だぞ」
「照れ゙な゙ぐでも゙い゙い゙の゙に゙い゙い゙い゙い゙」
「ぐっ」
赤髪の女性が再びルシフの後方から勢いよく抱きついた。
ルシフは下がった身体をなんとか起こし、左手の人差し指で自分の右肩に顎を乗せている女性を指差す。
「──で、フェイルス。こいつの名を言ってみろ」
「……バーティン・フィア」
ルシフはバーティンを掴み、さっきよりも力を入れて後方に放り投げる。
バーティンは弾丸となり、遥か後方に見える古びた建造物にぶつかった。土煙が古びた建造物を覆い隠す。
「おかしい──」
ルシフが跪いているフェイルスの頭を右手で掴み──。
「──だろうが! この俺をバカにしているのか!?」
地面に叩きつけた。
フェイルスは額から血を流しながら顔を上げた。
「いえ、バカにしてなどおりません! ただ、バーティンさんがこれは照れ隠しで来ないでほしいと書いているだけで、ルシフ様の本音は自分を送ることだと主張されまして……私も、それがこの手紙の真意か! とバーティンさんの考えが正しいように感じてつい……。
ルシフ様は常に私の思考の更に上をいく方ですから、あえて逆が正解かと」
「そんなわけあるか! まったく貴様らは……。この分だと教員らしい服装も勘違いしている奴がいそうだな。全員、教員らしい服装として持ってきた服を見せてみろ」
ルシフの言葉で、五人がそれぞれ鞄から服を取り出してルシフに見せる。
茶髪の男性が持ってきた服を見た時、ルシフの額に青筋が浮かんだ。
「レオナルト! なんだその服は!? 教員らしい服装と書いただろう!」
ルシフの視線が茶髪の男性を捉える。
茶髪の男性──レオナルトは気まずそうに頭を掻いた。
「いや、俺は武芸しか教えられねぇから、動きやすい服でいいかと思ってだな、嫁もこの服装なら面白くなるって言ってたし」
「……あの女……確信犯か」
ルシフの脳裏に泣いている女性の顔が浮かぶ。剣狼隊を除隊されるのは嫌だと必死に懇願してきた女性。
ルシフはその光景を消し去り、レオナルトを見据える。
「いいか、レオナルト。まず貴様らをツェルニの全学生の前で教員として紹介する。その時、学生たちがそんな気の抜けた服装を見たらどう思う? 身だしなみすらしっかり出来ん奴が色々素晴らしい言葉を言ったとして、その言葉に一体どれだけの重さがある?
身だしなみは自身の格を決める。身だしなみに気を使わない奴は、それだけで格下に見られるんだよ。よく覚えておけ」
レオナルトは腰を曲げ勢いよく頭を下げた。
「すまなかった大将! とんだドジをしちまって……」
ルシフは軽く息をついた。
「……はぁ、俺について来いレオナルト。俺が教員らしい服を買ってやる」
レオナルトは頭を上げた。嬉しそうな表情になる。
「大将、俺なんかのためにそんな──」
「勘違いするな。別に貴様のためじゃない。
貴様らを教員として呼んだのは俺だ。貴様がだらしないと、貴様を呼んだ俺まで低く見られる。それだけの話だ」
ルシフの近くにいるバーティンが、その光景を凝視していた。
バーティンは周囲をキョロキョロと見渡し、近くにあった石に足を躓かせ転ぶ。転んだ際に手に持っていた服が地面に落ちて砂まみれになった。
「わー、わたしのふくがー。これはたいへんだぞーがくせいたちのまえにでれないぞー」
砂まみれの服を両手で持ちながら、チラチラとバーティンがルシフの方を見る。
「自分のミスぐらい自分で取り返せ」
バーティンの必死なアピールを、ルシフは一蹴。
バーティンに視線すら送らない。
「ぞん゙な゙あ゙あ゙あ゙あ゙、おがね゙な゙い゙よ゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙」
バーティンは涙目で顔を伏せた。
ルシフは舌打ちして、心底めんどくさそうに左手で頭を掻く。
「分かった分かった。お前の服も買ってやる。その代わり、その分はしっかり働きで返せ」
バーティンの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうルシフちゃん! だから好き! お姉ちゃんって呼んで!」
「誰が呼ぶか! ふざけるな!」
「そんな照れなくてもいいのよ?」
「照れてなど──! ……もういい。お前と話していると頭が痛くなる。だから来るなと書いたのに……」
ルシフは右手で荒々しく頭を掻いた。
「……本当に恥知らずですわね、あの赤髪の方は……」
銀髪の女性がルシフの隣に立った。女性は呆れた表情でバーティンを見ている。
ルシフが銀髪の女性の方に顔を向けた。
「アストリットか……お前は比較的まともだから助かる」
アストリットは優雅に一礼した後、ルシフの右手を取り右手の甲に口付けをする。
「アストリット・ズィーベンが、ルシフ様の元に馳せ参じました。微力ながら、これよりルシフ様にお力添えいたします」
少し離れたところで今まで静観していたマイが、ルシフとアストリットに近付く。
「アストリットさん、もういいでしょう? ルシフ様のお手を離してください」
アストリットがルシフの右手を離し、視線をマイの方に向ける。
「──あらマイちゃん。いらしたの?」
「ええ。さっきからずっと」
「ごめんなさい。気付きませんでしたわ」
「いいですよ別に謝らなくて。ですが、仮にも銃を扱う方が、そんなに視野が狭くていいんですか?」
アストリットの眉がピクリと反応した。
「いやですわ。私、撃つべき敵を見逃したことはありませんわよ。あなたの方こそ、念威端子で事が済むところをわざわざここまで足を運んで……よっぽど自分の念威が信じられないんですわね」
マイの目が据わり、アストリットを睨む。
アストリットも負けじとマイを睨み返す。
その間に髭を生やした中年の男性が入った。
「二人とも久しぶりの再会だってのに、久しぶりって感じが全然しないんだもんな。いや~、変わらないっていいもんだ」
気の抜けた男性の声に二人とも毒気を抜かれたのか、二人はフンとそっぽを向いた。
ルシフは中年の男性の方を見る。
「エリゴか。一番まともな奴もいて良かった」
「会いたかったぜ旦那~。はは、会ってそうそうとんだ災難でございましたな~」
「ああ、まったくその通り! 心労が分かる奴がいるだけで、少し気が晴れる」
「……旦那、バーティンを悪く思わんでやってくれ。バーティンの奴、旦那にずっと会えなくて寂しがってたんだ。少しぐらい甘えるの、許してやってもいいんじゃねぇですか?」
ルシフがエリゴの顔を凝視する。
「あれが少し……だと?」
「確かに、あれは少しというレベルを超えてますな~。ははははははっ、でもいいじゃねぇですか。可愛い女からああも猛アプローチされる男なんざ、そうそういませんぜ?」
「なら代わってやろうか?」
ルシフが常人であれば身体が動けなくなる程の威圧的な雰囲気でそう口にする。
ルシフのそんな雰囲気をものともせず、エリゴは笑顔で自分の胸の前で右手を振って断った。
「いやいやいや、俺に旦那の代わりは荷が重すぎますわ。てか、誰もできねぇわな」
ルシフはふっと笑い、威圧的な雰囲気を和らげる。
「この俺から敵意を受けても一切動じず──か。腕は鈍っていないようだな」
「旦那の方こそ、随分とまあお強くなられたようで……正直冷や汗が出るかと思いました。今の旦那なら、あのヴォルゼーにも勝てそうな気がしますわ」
「ヴォルゼーか……今の俺ならヴォルゼーすら相手にならんな、多分」
多分と付け加える辺り、ヴォルゼーがルシフにとって得体の知れない相手だと分かる。
ルシフの周囲に全員集まった。
ルシフがマイ以外の全員の右腕に注目する。
「それより貴様ら……紹介の時にその右腕の布巻くなよ?」
「ええっ!?」
バーティンとアストリットが残念そうな表情で同時に声をあげた。
レオナルト、フェイルスは声を出していないが、少し不満気な表情をしている。
「まぁまぁ、紹介の時だけだしよ、紹介が終わった後にまた巻けばいいだろ。そうですよね、旦那?」
エリゴはそんな四人をなだめながら、ルシフに訊いた。
「まぁ紹介が終わった後ならいいだろう」
ルシフの言葉に、四人が安堵した表情になった。
フェイルスがエリゴに頭を下げる。
「ルシフ様への口利きをしてもらい、ありがとうございます、エリゴさん」
エリゴはフェイルスの肩を軽く叩いた。
「堅苦しいなぁお前は相変わらず。大したことしてねぇよ。だから気にすんな。な?」
「はい」
ルシフは横目でそんな二人のやり取りを見た。
そして一段落ついたと判断し、中央部の方に歩き出す。
「とりあえず服屋にいくぞ。レオナルトとバーティンの服を見に行く」
「了解、大将」
レオナルトたちが横一列に並び、ルシフの後ろに続く。
そんな彼らの姿は、紛れもなく主君と配下の関係に見えた。
◆ ◆ ◆
第十小隊と第十七小隊が闘ってから、約三週間が経過していた。
セルニウム鉱山での補給はとっくに完了し、以前のような通常の状態にツェルニは戻っている。
ルシフは朝一で生徒会長のカリアンに教員が来たことを伝え、カリアンは授業が始まる前に大講堂に全学生は集合するよう各責任者を通じて連絡。
カリアンは今日という日に備え、事前に教員が来ると全学生に伝えていた。
故に学生たちは反感を持たず、混乱もせずにスムーズに大講堂に集まっていった。
ちなみに教員が来ると聞いた時の学生たちの反応は、賛否両論であった。
教員が来るのは新鮮で面白そうだと言う者。教員なんて不要と否定する者。
この両極端な意見の妥協点として、教員の授業は参加制にするとカリアンは決定。
つまりどういうことか簡単に説明すると、教員の授業を受けたい学生だけ受ければいいという単純な話である。
これに賛成側も否定側も賛同し、カリアンの決定を支持した。
ツェルニはすでに教員を受け入れる準備を万全にしていたのだ。
大講堂には既に全学生が集まっている。
椅子は出ていないため、全員立っていた。
彼らの正面には一メートル程高くなっているステージがある。
学年ごとで集まっているため、レイフォンの周りにはナルキやミィフィ、メイシェンがいた。
「それにしても教員を連れてくるなんて、ルッシーの考えは面白いね。退屈しないよ」
ミィフィが目を輝かせて、ステージを凝視している。
ナルキはそんなミィフィを見て肩をすくめた。
「わたしは不安だぞ。あのルッシーが連れてきた教員だ。きっとルッシーみたいなのばかりに決まってる」
「……そんなの怖すぎるよ」
メイシェンが弱々しく呟いた。
「う~ん、わたしはそんなことないと思うけどな~、ルッシーってけっこう色々考えてるから。レイとんはどう思う?」
レイフォンは少し思案した後、口を開く。
「……ルシフのことだから、ちゃんと教えられる人を連れてくるんじゃないかな? ルシフってああ見えてきっちりしてるし」
「レイとん……教えられる人を連れてくるのは当たり前だよ。教員なんだから」
「当然のことだな」
「……レイとん……疲れてるの?」
「……その可哀想な人を見る目、止めてくれないかな? いや、全然想像つかないんだよ」
レイフォンはグレンダンで教育施設に通ったことは一度もなく、人に教える教員というものを見たことがなかった。
自分に勉強を教えてくれた人は教員ではなく、同じ孤児院に住んでいたリーリンたちだった。
だから人に教える人と聞くと、真っ先にリーリンの顔が思い浮かぶ。
次に、勉強することを強いられていた地獄のような日々を。
レイフォンの顔が青くなり、身体が震え始める。
あの地獄は二度と味わいたくない。
出来るまで、暗記するまでただひたすらノートに書き込み続ける苦痛。後ろで仁王立ちしているリーリン。間違えたら「書き取り追加!」の言葉が背後から聞こえ──。
「──とん? レイとーん。おーい、聞こえてるー?」
ミィフィがレイフォンの顔を覗き込んでいる。
レイフォンは慌ててミィフィから顔を遠ざけた。
「……はっ。えーと、何?」
「何はこっちのセリフだよ。どうしたの? 急に黙り込んで……」
「ああ、グレンダンで勉強してた時のことを思い出してたんだよ。僕、勉強は全然駄目だったから、本当にキツかったなぁ、て」
(そういえば、リーリン元気にしてるかな? 一応今でも手紙のやり取りはしてるけど)
そんなことをレイフォンが考えていたら、女生徒たちの黄色い歓声が大講堂内に響き渡った。
レイフォンはステージを注目する。
ステージにはルシフが立っていた。
ほんの一、二ヶ月前はツェルニの嫌われ者だったルシフだが、今やルシフの実質的な立場は生徒会長に次ぐとまで言われている。
それにルシフが教員を連れてくるという情報は周知の事実のため、ルシフが教員を紹介するのはごく自然の流れ。
ルシフがステージの上のマイクを手に持った。
「学生だけで運営される学園都市。しかしそれ故に、最上級生を教えられる者はなく、最上級生は一人の例外もなく自習。貴様らはそんなことをするためにツェルニに入学したわけではない筈だ。下級生に教えにいく最上級生も、教員になりたいならともかく、教員になりたくもないのに教える力を磨いても意味がないと考える者も多数いるだろう」
ルシフの言葉に、最上級生の面々がうんうんと頷いた。
「だからこそ俺は試しに半年間教員を雇い、どの学年も授業を受けられるようにしたいと考える。教員の授業を受けたいと思う生徒は、遠慮なく教員の元に
「おおっ!」
生徒たちから歓声があがる。
大講堂は生徒たちの声で震えた。
「なら、これより教員を紹介する。
全員、ステージの前に横一列で並べ」
ルシフの言葉に従い、ステージ脇の影に隠れるように待機していた男女五名がステージ上に姿を見せる。
彼らの服装は黒色のスーツに白のシャツ。一分の隙もない完璧な着こなし。
そんな彼らの姿に感心したような声を漏らす生徒も少なくなかった。
男女五名は横一列に並び、生徒たちの方を向いている。
生徒たちの歓声が一際大きくなった。
「あの人可愛い」だの「あの人カッコいい」だの小声で好き勝手言っている。
ルシフは、ルシフから一番近い位置にいるレオナルトにマイクを渡す。
「レオナルト・ドルイ。武芸を教える予定だ。よろしく頼む」
「エリゴ・ゼウス。錬金科を教える。ま、仲良くやろうや」
「フェイルス・アハートです。農業、医療科を教えます。これからよろしくお願いします」
「バーティン・フィア。武芸を教えるぞ。強くなりたい者は私のところに来い」
「アストリット・ズィーベンですわ。上級一般教養科を教えてさしあげる予定ですの。私の授業、楽しみにしてらして」
全員の自己紹介が終了した後、大講堂は歓声と拍手の音であふれかえった。
これからツェルニは新しい試みを始める。
ステージ脇の影に隠れたルシフは、誰にも気付かれないように笑みを浮かべた。
ルシフにとって、学園都市で教員を雇う試みが成功しようが失敗しようが、別にどっちでもいい。
ルシフが彼らを呼んだ本当の目的は、そんなところにない。
ルシフの本当の目的に気付けるのは、世界中探してもルシフただ一人だろう。唯一このツェルニの未来を知っている男しか分からない、ある出来事に対する備え。
その出来事で有利に事を進めるため、ルシフは彼らを呼んだのだ。
(後は時が来るのを待つだけ……それまでは『学生』を満喫するか)
世界は徐々に、だが確実に、ルシフの望む方向へとズレてきていた。
オリキャラが五名追加されましたが、モブなので別に覚えなくても大丈夫です。ルシフ様をラスボスとするなら、彼らは中ボスといったところでしょうか。
もしこの五名のキャラ設定が気になった方がいましたら、活動報告の方にキャラ設定をあげますのでそちらをご覧ください。
ついでにルシフとマイのちょっとしたキャラ設定も活動報告にあげます。
ルシフ様は原作側から見ると敵側なんで、原作キャラをちっとも出せないのがツラい……。