鋼殻のレギオスに魔王降臨   作:ガジャピン

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第21話 巨悪の影

 ルシフは巨人一体一体に内力系活剄、旋剄で近付き衝剄で遠くに吹き飛ばす。

 巨人たちの体が建造物を巻き込み、建造物を壊していった。

 

「フェリ・ロスと第五小隊の念威操者は、すぐに巨人とこの都市の解析を始めろ!」

 

 ルシフが通信機にそう叫んだ。

 

『……分かりました』

 

『はい! やります!』

 

 ルシフは二人の返答を聞いて、満足そうに頷く。

 

「ふむ、理解が早い奴は好きだぞ」

 

『す、好きだなんて、そんな……』

 

『アンネリーゼ、お前……』

 

 ゴルネオが部下の念威操者の従順ぶりに困惑した声をあげた。

 まさかルシフに気があるのでは? と不安になっているのだろう。

 いざという時に自分ではなくルシフの言うことを聞かれたら、小隊が崩壊する。

 ルシフはそのやり取りを冷めた表情で聞いていたが、すぐに巨人の方に意識を移す。

 あの巨人たちは都市から生えるようにして出現した。

 つまり、都市を構成する物質がそのまま巨人を構成する物質になる。

 問題なのは、その物質が都市の何パーセントを占めているか。

 もし、都市の全てがその物質で構成されていたとしたら、都市そのものが敵となる。

 

『はいはいはーい! 私の方がそこの念威操者二人より早く解析出来ますよー! ルシフ様ー!』

 

「あ、ああ。お前も解析頼む」

 

『任せてください! 私が! 私がルシフ様に解析結果を必ず報告します!』

 

 ――何を張り合ってるんだこいつは……。

 

 頭の片隅でそんなことを思いながら、ルシフは際限なく出てくる巨人を絶えず衝剄を使用した打撃で殴り飛ばしている。

 この巨人は斬撃のような一部分への攻撃より、衝撃波のような一気に全身にダメージを与える攻撃の方が有効的だ。

 理由として、この巨人は一生物ではなく、構成物質が集まって生まれた集合体だからだ。斬撃で斬ったところで構成物質を消せない。どれだけ斬ろうがすぐに斬られた箇所を構成物質で埋め合わせ、元の姿に戻ってしまう。

 殴り飛ばしても殴り飛ばしても湧いてくる巨人たち。

 ルシフはいい加減イラついてきた。

 

「――ザコのくせに鬱陶しい。灰になれッ!」

 

 ルシフは左の手の平を巨人の群れに向け、膨大な剄を放出。

 更に化錬剄で剄を炎に変化させ、放出された剄が赤く輝く熱線となる。

 それが巨人の群れを焼き尽くし、一瞬で消し炭にした。

 ルシフの熱線を逃れた巨人たちが、ルシフに向けて柱の槍を構える。

 ルシフは不敵な笑みを浮かべた。

 

「余計なことを……」

 

 巨人たちが槍をルシフに突き刺そうとして、それらの巨人がレイフォンの鋼糸でバラバラになった。

 レイフォンはすかさず鋼糸の剄圧を強くし、その時に生じた熱でバラバラになった肉片を焼き尽くした。

 レイフォンがルシフの横に立つ。

 

「アルセイフ、こいつらは衝剄や分子レベルで破壊する攻撃が有効そうだ! 何かないか!?」

 

「分子レベルで破壊する攻撃? もしかしたら――」

 

 レイフォンはまた地面から生えてきた巨人を見据え、大きく息を吸い込む。

 

「かぁっ!」

 

 そして――呼気に剄を乗せ勢いよく息をはいた。

 外力系衝剄の変化。ルッケンス秘奥、咆剄殺。

 レイフォンはサヴァリスの咆剄殺を見て、その仕組みを理解し、会得していた。

 分子の結合を破壊する震動波が巨人を崩壊させる。

 まるで砂山のように崩れた巨人。それを拍子抜けした表情で見ているレイフォン。その光景の一部始終を目に焼きつけたルシフ。

 ルシフの口の端が吊り上がる。

 ルシフはレイフォンが咆剄殺を放った方向とは逆の方に身体を向けた。

 そこは咆剄殺が当たらなかったため、巨人が多数いる。

 ルシフはレイフォンと同じように息を吸い込んだ。

 

「かぁっ!」

 

 ルシフの放った咆剄殺が、巨人をまとめて消し飛ばす。

 レイフォンの咆剄殺を見て、咆剄殺の仕組みを理解したのだ。

 レイフォンは驚愕の表情でルシフを見ている。

 

「一目見ただけで咆剄殺を会得したのか」

 

「お前だって似たようなことが出来るだろう?」

 

「……そうだけど、でも、そんなすぐに会得は――」

 

「なんにせよ、これで奴らに有効な技を使える武芸者が二人になった。この戦いが楽になるのだから、問題あるまい?」

 

「……まぁ、そうだね。でも、これじゃキリがない」

 

「だから、念威操者たちにコイツらを解析させている」

 

 この巨人どもは傀儡。

 ならば、この巨人を作り出し操っているもの――制御部分が必ずこの都市のどこかにある。

 当然ルシフは原作知識でこの都市の正体と巨人のことを知っていた。知っていて、さも知らなそうに振る舞っている。

 

「――ちょっと僕は向こうに行くよ」

 

 そう口にし、レイフォンは旋剄で移動。ルシフの眼前から姿を消す。

 レイフォンの向かった先を見て、ルシフは呆れたように呟いた。

 

「……あいつは少しお人好し過ぎるな」

 

 呟いたすぐ後、マイから通信が入ってきた。

 

『ルシフ様! この都市と巨人の解析完了しました! この都市は――』

 

 その後に続くマイの報告を聞いて、ルシフは自分の知っている知識が間違っていないことを確信した。

 

 

 

 

 周囲を埋め尽くす巨人の軍勢。

 第五小隊はあまりに現実離れした展開に呆けている。

 

「ゴルッ! どうしよう!?」

 

「くっ、とりあえず一体ずつ片付けていくしかないだろう! レストレー――」

 

 ゴルネオが正面の巨人を見据え、錬金鋼(ダイト)の復元鍵語を口にしようとした瞬間、ゴルネオの横を黒い影が通りすぎた。

 その影は跳躍し巨人に接近。一瞬で巨人を八つ裂きにし、ゴルネオの前に背を向けて着地。

 その影の正体を知り、ゴルネオは剣呑な表情になる。

 

「――なんのつもりだ?」

 

「何がです?」

 

 影の正体――レイフォン・アルセイフは冷めた表情でゴルネオを見返す。

 

「罪滅ぼしのつもりか?」

 

「……」

 

 ゴルネオの声に怒気が混じる。

 

「お前が殺した! 武芸者としてのガハルドさんを! 俺は何があってもお前を――」

 

 その先の言葉は、レイフォンに突き立てられた青石錬金鋼(サファイヤダイト)に遮られた。

 ゴルネオの頭のすぐ横に剣の刀身がある。剣先はゴルネオのすぐ後ろに現れた巨人の右太股に刺さっていた。

 レイフォンは剣に剄を一段と(はし)らせ、斬線の形をした衝撃波を放つ。

 外力系衝剄の変化、閃断。

 巨人の右足が両断される。レイフォンは跳躍し、巨人の頭上から剣を振り下ろす。

 巨人の身体が真っ二つに斬られ、剣が帯びていた剄の熱で巨人の身体が炎に包まれた。

 巨人は灰に還り、静寂がレイフォンの周囲を覆いつくす。

 ゴルネオは絶句していた。

 一度ならず、二度も自分を助けたという事実に。

 

「やっぱりガハルド・バレーンの関係者でしたか」

 

 レイフォンは淡々とした口調でそう言った。

 ゴルネオは表情に怒りを滲ませる。

 

「ガハルドさんは殺そうとしたくせに、俺は助けるのか? どうして俺を殺そうとしない? 俺はお前のした過去を知っている人間だぞ」

 

 もしゴルネオがレイフォンの過去をツェルニの生徒たちに話せば、レイフォンはたちまちツェルニの生徒たちから責められ、レイフォンを軽蔑し罵倒する輩が出てくるだろう。

 そうなった時、レイフォンはツェルニから居場所がなくなる。罪が発覚した時のグレンダンと同じになる。

 だから、レイフォンは自分を殺そうとするのが普通。言ってみれば、今のゴルネオはガハルドと同じ立場に立てる人間。

 殺そうとしなくても、助ける必要はない。そして、自分を脅かす者をレイフォンは助けない。

 ゴルネオはレイフォンをそういう人間だと、グレンダンからの手紙を読んだときからずっと思っていた。

 自分のためなら、他人を平気で殺そうとする血も涙もない外道だと。

 だから、レイフォンのことが分からない。

 イメージと実物とでズレがありすぎる。

 

「……別にあなたが死のうが生きようが、僕にとってはどうでもいいです」

 

 だが、ニーナが言うのだ。

 自分は何があっても味方だと。間違えそうになっても正しい道に戻してやると。

 

「けど、あなたを助けられるのに見捨てたら、自分を信じてくれている人を裏切ることになる。

それが嫌だっただけです。

グレンダンのことを公表したいなら、好きにしてください。僕はもう、逃げない」

 

 ニーナやフェリからもらった過去を受け止める勇気。

 どこに行っても過去が付いて回るなら、逃げることに意味はない。

 腹を括り、過去と向き合う。

 一人じゃその重さに押し潰されてしまうかもしれない。

 でも、ニーナやフェリがいる。

 彼女たちがいれば、自分は耐えられる。

 ゴルネオはレイフォンを怒りに染まった目で睨んだ。

 

「……誰もが俺の兄を見ていた。俺は誰からも気にされなかった……ガハルドさん以外は! ガハルドさんは俺を唯一見てくれた人だったんだ!

お前が俺から奪った。唯一の俺の理解者を。それも保身のために。俺はそんな貴様を殺したくて仕方がない」

 

「殺されるのは嫌ですが、それ以外なら何をされても僕は抵抗しません。

ですが、僕以外の人に危害を加えようとしたら、その時は僕も黙ってませんよ」

 

 レイフォンが真っすぐゴルネオを見る。

 ゴルネオは拳を震わせた。

 

「……その覚悟が本当かどうか、この場で確かめてやる」

 

「やめろッ! 今は仲間割れをしている場合じゃない!」

 

 ニーナがレイフォンとゴルネオの間に入った。

 

「俺はあいつを仲間と認めていない」

 

「隊長、下がっててください」

 

 レイフォンがニーナの肩に触れ、ゆっくりと自分の前からどかす。

 

「これは僕がやったことの報いです」

 

「――レストレーション」

 

 ゴルネオが錬金鋼の復元鍵語を口にし、ゴルネオの四肢が赤い光に包まれる。

 光が収まった後は、赤色の手甲と足甲がゴルネオに装備されている。

 ゴルネオは右腕を思いっきり引き、躊躇いなど微塵もなくレイフォンの左頬を殴った。

 

「うぐっ!」

 

 レイフォンの顔が弾かれたように右にいく。レイフォンの口は切れ、唇の端から血を流している。

 

「レイフォンッ!」

 

「……大丈夫です、これくらい」

 

「どうやら、覚悟は本物のようだな。なら、この場を切り抜けた後、覚悟しておけ」

 

 ゴルネオは都市からまたも生えてきた巨人たちに視線を移す。

 レイフォンは口元を右腕で拭い、血を拭き取る。

 

「分かりました。この場は協力して乗り切りましょう」

 

「ふん」

 

 ゴルネオは一つ鼻を鳴らし、錬金鋼に剄を奔らせる。

 

『巨人と都市の解析、完了しました。都市の九十九パーセント以上が巨人を構成する物質になっています。つまり、この都市そのものが化け物であり、敵です』

 

 通信機から、フェリの淡々とした声が聞こえた。

 全員の顔から血の気が引く。

 都市そのものが敵――。

 そんな得体が知れず、強大な敵の存在を伝えられても、すぐには納得も理解も出来ない。

 全員が戸惑いで言葉を失っている中、力強く迷いのない声が通信機から浴びせられた。

 

『全員、俺の指示に従え! まず都市外装備を全員着用! 都市の上にずっといられるとは限らん。

次に第五小隊とアントーク、エリプソンはランドローラーの確保! 敵に移動手段を奪わせるな! この都市の化け物どもの相手は、俺とアルセイフでする!』

 

 レイフォンは内心でルシフの瞬時に導きだす判断力に感心していた。

 何も指示されず、何をすればいいか分からない状態が一番危うく、敵に付け込まれやすい。

 敵の攻勢を常に後手で対応していくことになる。

 そう考えれば、すぐさま出されたルシフの指示は完璧な対応だった。全員の動揺を抑え、恐怖をごまかす効果があった。

 

「了解した! すぐに都市外装備を着用する!」

 

「第五小隊も了解!」

 

『――早くしろ。それまで、こいつらの相手は俺がしてやる』

 

 ニーナやレイフォンたちは旋剄、内力系活剄を駆使し、宿泊した施設に急いで向かう。施設に荷物が全て置いてあるからだ。

 彼らが移動している間も熱線、咆哮、衝撃波が周囲を荒れ狂っている。ルシフが戦っている影響だ。

 

 

 施設にはすでにフェリがいた。いや、元々フェリはこの施設から念威を使用していた。誰よりも早く施設にいて、誰よりも早く都市外装備に着替えられるのは当たり前の話。

 数分かからず都市外装備で身体を包んだ第五小隊と第十七小隊は、施設を飛び出した。

 ニーナがレイフォンの方にヘルメット越しに顔を向ける。

 

「レイフォンッ! さっきルシフが指示した通り、お前はルシフと共にこの都市を叩け! わたしたちはランドローラーの元に行く!」

 

 シャーニッドがレイフォンの肩を軽く叩く。

 

「レイフォン、分かるな? ルシフの奴が、遠回しに助けてほしいと言っているのが。この敵はそれだけヤバい相手ってことだ。

俺はこの敵相手じゃ相性が悪いらしい。今回はニーナの援護に徹するぜ。

最後になるが……ルシフを助けてやんな。お前の力ならそれが出来る筈だ」

 

 レイフォンは静かに頷いた。

 青石錬金鋼を握りしめ、ルシフが戦っているところに旋剄で移動。

 レイフォンの姿が見えなくなると、ニーナたちはランドローラーを停止させた場所に移動を開始する。

 移動の間、巨人たちはニーナたちを妨害するように地面から生えてくる。

 

『巨人どもは純粋な破壊エネルギーが弱点だ! 衝剄を中心に攻めろ!』

 

 ルシフからの通信を聞きながら、ニーナは鋭い目つきで巨人を睨む。

 巨人たちがニーナ目掛けて、柱の槍で一斉に突く。

 一瞬ニーナがそれらで串刺しにされたように見えた。しかし、それは残像。ニーナが急加速で移動したことによって生まれた幻。

 ニーナは正面の巨人に肉薄する。巨人が槍を持っていない手を握りしめ、ニーナの頭上から振り下ろす。

 ニーナは最小限の動きでそれをかわし、巨人に両手に持つ二本の鉄鞭を打ちつける。と同時に、鉄鞭に纏わせていた剄を衝剄にし、巨人に放つ。

 巨人は粉々に砕け散り、砂のようなものが大気に舞った。

 ニーナはすぐさま別の巨人に向かって跳躍。巨人の頭上に鉄鞭を叩きつける。叩きつけた反動を利用し、ニーナは身体を回転させて、別方向からの巨人の攻撃をかわす。鉄鞭をくらわせた巨人は塵になった。

 多方向から迫りくる巨人の大群に一歩も退かず、ニーナはまるで舞を踊っているように巨人の間を駆け抜け、衝剄を使用した打撃で着実に巨人の数を減らしていく。

 

「なんだ、あの動きは……。あれが、本当にニーナ・アントークか?」

 

 ゴルネオが驚愕の表情をしている。

 あれだけの巨人を相手に一切慌てた様子はなく、落ち着いて巨人を潰していくニーナの姿は、少し前の対抗戦の時のニーナの姿とはとても重ならない。

 

 ――見える。

 

 ニーナは巨人を殲滅しながら、確かな手応えを感じていた。

 周りがスローモーションで緩やかに時が流れていく中、自分だけが通常の速さで動いているような感覚。

 考えてみれば当たり前かもしれない。

 毎日とは言わないが、あのルシフと組手をしているのだ。

 ルシフの速さに比べれば、巨人の動きはあくびが出るほど遅い。

 それに、ようやく錬金鋼を組み合わせた剄の制御が出来るようになってきた。内力系活剄も、今まで全体を強化していたところを、状況に応じた強化の仕方――脚力が必要な場合は脚力を、腕力が必要な場合は腕力を強化するようにし、動きも格段と良くなった実感がある。

 

 ――強くなっているぞ、わたしは!

 

 自然とニーナの顔が綻ぶ。

 しかし、そんな余裕は長く続かない。

 巨人たちに圧倒的な力を見せつけているニーナの後方で、突如としてそれは起こった。

 

「……おいおい」

 

 シャーニッドが唖然とそれを見ている。

 建造物が地面に溶けていく。建造物が消え地面と巨人の群れだけになった都市。変化はまだ終わらない。

 丁度ルシフとレイフォンがいる辺りの地面から、太いものがせり上がっていく。味方である筈の巨人を巻き込みながらも、せり上がっていくのを止めない。

 それはまるで巨大な塔だった。

 ニーナたちの足元にある地面も塔に吸い込まれるように動き、地面が斜めになる。

 

「くっ、これは!?」

 

「ニーナ! これはやべぇ! 早くランドローラーのとこに行くぞ!」

 

「しかしッ! あそこにはレイフォンとルシフが!」

 

「あいつらなら大丈夫だ! 俺たちは俺たちの役目をしっかり果たすことだけを考えりゃいい!」

 

 ニーナは一度ルシフたちがいる方を振り返る。

 もう同じ高さに二人はいない。塔の上の方に移動している。

 

 ――無事に帰ってこいよ。

 

 自分はただこうして無事を祈るしか出来ない。

 何が隊長だ。隊員に何もかも背負わせて。

 いつか自分も、あの二人の隣に立てるようにならなければ。

 まだ満足したら駄目だ。もっと、もっともっと強くなる。

 そんな決意を再びし、ニーナは正面に向き直った。 

 

「分かった。急ごう! ゴルネオ隊長も、それでいいか!?」

 

「ああ、異存はない」

 

 ニーナたちは滑り落ちないよう注意しながら、移動を再開した。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ルシフは塔の側面を駆ける。

 塔の高さはエアフィルターに届くくらいの高さになっていて、天頂部分がどうなっているのかは今の場所から見ることは出来なかった。

 

『ルシフ様、何やら塔の内部に移動した物質があります。それはこの都市の構成物質と違います』

 

 少数点以下、僅かに残っているこの都市本来の物質。

 自分の物質に塗り替える力があるのに、そんなものが残っている理由。

 それは塗り替えられないか、そのまま保持していたいかのどちらか。

 いずれにせよ、それを奪うことは敵に対して大きな打撃を与えるだろう。

 

「それの位置まで誘導できるか!?」

 

『出来ます! フェイススコープに位置を示す矢印を表示!』

 

 ルシフの視界の隅に矢印が表れる。

 

「よし!」

 

 ルシフは矢印に沿って塔を蹴った。

 ルシフのすぐ後方にはレイフォンがいる。

 レイフォンもルシフ同様に塔を蹴って上に登っていく。

 

『ルシフ様! 塔内部より超高エネルギー……塔から逃げてッ!』

 

 フェリからも似たような通信が入った。

 ルシフとレイフォンは躊躇わずに塔から跳ぶ。

 レイフォンは塔にすぐに戻れるようにしようとしているのか、鋼糸を空中に漂わせていた。

 しかし、レイフォンは塔に鋼糸を巻くことをためらっているようだ。

 そして、レイフォンのその判断は正しかった。

 塔全体が激しい光に包まれる。

 

「がっ!」

 

 レイフォンが右手に持っていた錬金鋼の柄を下に落とした。

 錬金鋼は金属であり、電気を通しやすい。

 塔の外に僅かに漏れた電気エネルギーが、鋼糸を伝ってレイフォンの右腕に直撃したのだ。

 もし塔に鋼糸を巻いていたら、今頃レイフォンは黒焦げになっているだろう。

 ルシフは自分の剣帯を外し、剣帯に吊るされている六本の様々な錬金鋼を剣帯ごと下に捨てた。

 

「マイ、フェイススコープの光量調整! 塔を目視できるようにしろ!」

 

 塔はずっと帯電していて、真っ白な光が塔を覆い隠している。

 肉眼で見れば、一目で視力を数十秒奪われるだろう。

 念威操者ならフェイススコープの設定を変更し、過度な光も問題ないレベルまで減殺出来る。

 レイフォンもフェリに同じことを頼んでいた。

 塔からの攻撃はまだ終わらない。

 塔に帯電している高エネルギーが、ルシフとレイフォンの方に拡散して放たれる。

 それはルシフが前に放った熱線のようだった。白い閃光。幾重にもそれが重なり、轟音とともにルシフとレイフォンの眼前を覆い尽くす。

 

「でっ!」

 

 ルシフは近場にいたレイフォンの横腹を蹴った。レイフォンを足場に空中で跳躍。

 レイフォンは斜め下に落ちていく。ルシフは逆に上に行く。離れる両者。その間を、幾筋もの閃光が貫いていった。

 ルシフは不愉快そうに塔を見る。

 

「あまり俺を無礼(なめ)るな!」

 

 ルシフは塔目掛けて莫大な剄を放出。

 

「貫けッ!」

 

 塔の中腹部に不可視の剣が突き刺さり、塔に大穴が開く。

 

「まだだッ!」

 

 そこから横に薙ぎ払う。塔が中腹部から傾いていった。

 しかし、穴が空いている部分が徐々に修復され、塔の傾きも戻っていく。

 ルシフは舌打ちする。

 

 ――やはり、俺一人では攻めきれんか。

 

 塔を傷付けても、巨人と同じですぐに修復されてしまう。

 これでは塔の内部に入る隙がない。

 かといって近づき過ぎれば、塔が帯びるエネルギーに消し炭にされる。

 誰かと連繋して動かなければ、このまま状況が停滞する。

 そうなれば、こちらが不利。

 レイフォンと共に攻めれば、この塔を攻略できると考えていたが、あの塔のエネルギーの守りがある限り、レイフォンは攻撃出来ない。

 ルシフが空中で考えを巡らせていると、下からレイフォンが上がってきた。地面に着地してすぐに跳躍したらしい。

 

「ルシフ、君に色々言いたいことがあるけど、それは後回しにする。今はこの塔をなんとかしないと……」

 

「この塔は巨人と同じで自己修復する。内部に入るためには連繋して攻撃しなければ無理だ」

 

「成る程……。なら、僕が攻撃する。ルシフはその隙に塔の内部に!」

 

「なっ、待て! お前じゃあの塔に攻撃は――」

 

 レイフォンが何も持っていない右手を、塔に向けた。

 そして、剄を放出。

 剄そのものが破壊エネルギーとなり、塔の表面を吹き飛ばす。

 ルシフは驚きの表情でそれを見た。

 化錬剄は使っていないようだが、まさしくそれは自分の戦い方。

 

「何回君の戦い方を見たと思ってるんだ。僕だって、君の技術を盗める。

今がチャンスだ! 早くっ!」

 

 レイフォンの言葉に従い、ルシフは塔の内部に剄糸を飛ばす。

 塔の内部は空洞になっていた。その中央に太い柱が一本あるが、それ以外は何もない。

 ルシフの剄糸はその柱にくっつき、ルシフは素早く剄糸を手繰る。塔を覆っているエネルギーは穴の周囲を這うように流れていた。

 ルシフは手繰っていない方の手を塔の側面に向け、何度も剄をぶつける。その反動で、自分の身体を常に塔から遠ざけておく。手繰っていると重力の影響で剄糸が垂れ下がって、塔に触れずに侵入出来ないのだ。

 今も穴の修復がされているが、さっきより修復速度が少し落ちていた。

 塔の根元の方に視線をやると、巨人たちが塔に溶けるように消えていっている。どうやら修復出来るといっても、何も無いところから修復に必要な物質を持ってくることは出来ないらしい。

 巨人とこの塔の構成物質は同じだから、この塔は今、巨人の構成物質を修復にまわしているのだろう。

 ルシフはなんとかエネルギーに触れないで塔の内部に侵入することに成功した。

 ルシフの左手が中央にある柱を掴み、ルシフは柱に身体を寄せた。空いていた穴が塞がり、塔の中を闇が支配する。

 その光景を、ルシフは柱に掴まりながら見ていたが、すぐに頭を切り替える。

 フェイススコープに表示された矢印は上。ルシフは柱を駆け上がる。

 塔内部は外のように攻撃してこず、塔の壁が防音の役目を果たしているのか、外の音は何も聞こえなかった。

 

『ルシフ様! 目標は頂上から三百メル下方の中央部。おそらく柱の中に埋め込まれています!』

 

 柱を駆け上り、ルシフは矢印の向きが上から柱の方に変わった瞬間、左手に剄を集中させて、柱を叩く。それはまさに掌底のごとく。柱の表面が衝剄で吹き飛ぶ。

 そこには空洞があった。その空洞の中心。それなりの大きさの球体が納められている。

 

 ――サッカーボールとやらぐらいの大きさがあるな。

 

 球体を視界に収めながら、そう思った。ルシフは原作知識の他にも、その転生者が住んでいた世界の知識も知っている。

 ルシフは球体に左手を伸ばし、掴む。

 球体を掴んだ瞬間、その球体が乗っていた床から両手が生えてきた。生えてきた両手がルシフの左腕に伸ばされる。

 

「――はっ!」

 

 ルシフは鼻でそれを笑った。

 そんな単純な手に、この俺が捕まるものか。

 ルシフが球体を自分の後ろに放り投げ、左腕に纏っている剄を化錬剄で刃物に変える。左腕を掴もうとしていた両手は、ズタズタに切り裂かれた。

 ルシフは柱を蹴り、バク宙して球体を確保。バク宙した勢いを殺さず、左足に剄を集中させ、最大限まで左足を強化してから塔の壁に蹴りをいれた。

 塔の壁が突き破られるように破壊され、闇と無音の世界から、激しく明滅する光と轟音の世界に塔内部が様変わりしていく。

 ルシフは塔を蹴った反動で柱に舞い戻り、間髪入れずに柱を足場に外へ跳躍。一気に塔内部から抜け出した。

 外から内の侵入は空中を自在に移動するための足場がなかったため困難を極めたが、内から外への脱出は柱という手頃な足場があったため、ルシフにとって造作もないことだった。

 ルシフは塔の外に出て、視線を巡らす。

 どうやらレイフォンは都市の脚を利用して、鋼糸を空中に張り巡らせているらしい。

 自分の脱出経路を作っておいてくれたようだ。

 それを使わない理由はなく、ルシフは鋼糸の上に両足を乗せ、とりあえず下に移動する。

 レイフォンも鋼糸の上を疾走し、ルシフの元に近付いた。

 

「ありがとう、アルセイフ。礼として、夕食を三食分おごってやる。作ってやってもいいがな」

 

 ルシフの言葉に、レイフォンは呆気に取られたような表情をしたが、すぐにその表情をからかうような笑みに変化させる。

 

「全部フルコースでお願い」

 

「調子に乗るな」

 

 ルシフは冷たく言い放ちながら、安堵したように息をはく。

 演技だ。

 自分は油断している。とりあえず危機を乗り越えて、安心している。

 そう『敵』に誤解させる。

 油断しているように見せていても、左手に抱えた球体から意識を逸らさない。

 そして、ルシフにとっての好機が訪れた。

 球体から先程の両手が生えてきたのだ。

 正確には球体からではなく、球体に触れている部分から構成物質が人の両腕を構築していっている。

 ルシフは頭上に球体を放り投げると同時に鋼糸を蹴った。球体からどんどん人の身体が這い出てくるように見える。

 それは女性の姿をしていた。が、完全に姿が形作られる前に、ルシフの右手が女性の頭部を掴む。

 

「消えろ」

 

 衝剄で女性を構築していた構成物質を吹き飛ばし、塵に変える。

 ルシフは再び球体を左手で抱え込み、鋼糸に乗った。

 

『ルシフ様、今、この都市の構成物質と同じ物質なんですが、少し違う物質が混じったものの反応を塔内部に感知しました。どうされますか?』

 

「……それが目標だ。さっきみたく矢印でその場所に誘導しろ」

 

『了解しました!』

 

 ルシフのフェイススコープに再び矢印が表示された。

 ルシフは左手に持つ球体を、レイフォン目掛けて投げる。

 

「それを持ってアントークたちのところに向かえ! その後、ランドローラーで都市の外に移動!」

 

「君はッ!?」

 

「俺はまだコイツの中に用がある!」

 

 言うが早いかルシフは息を大きく息を吸った。

 

「かぁっ!」

 

 咆剄殺の震動波が、塔の表面を崩壊させる。

 ルシフが鋼糸を蹴り、弾丸のような速さで塔内部に侵入。やはり、足場があれば楽なものだ。

 マイが感知したものは間違いなく制御部分――構成物質を操っている核。

 矢印は下を向いている。そして、塔内部に存在。

 原作でレイフォンはその核にわざわざ近付いて、剣で破壊した。

 正直効率が悪すぎる。

 点ではなく、線。線ではなく、面。

 矢印にあるものをまとめて消し飛ばせばいいだけの話ではないか。

 この都市自体が全て敵なのだ。どれだけ破壊したところで、困りはしない。

 ルシフが矢印の方に左手を(かざ)す。

 身体中に流れる全ての剄を左手に凝縮。そして、放つ。

 暗闇を貫く巨大な紅の閃光。ルシフより下にあるものが全て、業火とも形容できる朱の光に呑み込まれ、焼き尽くされていく。

 

 ――キィィィイイイイィィィィィィ!!

 

 そんな中、ルシフは断末魔のような叫びを聞いた気がした。フェイススコープに表示されていた矢印が消失する。

 間違いなく核を破壊したと、ルシフは確信した。

 ルシフより上にあった塔が、支えを失なって真下に落ちてくる。

 だが、ルシフにとってそれは危険になりえない。

 高エネルギーを纏わなくなった塔の圧撃など、ルシフの纏う剄を化錬剄で切れる性質に変化させれば、無傷で耐えられる。

 ルシフは塔の残骸とともに地上に落ちた。

 ルシフが着地した地面は都市の地面ではなく、汚染物質に支配された大地。

 ルシフの周りは塔の残骸で埋め尽くされ、剄に切れる性質を持たせていなかったら、その場所から動けなくなっていただろう。ルシフの今の状態は、さながら壁に埋め込まれた宝石。

 ルシフは切れる性質の剄に、汚染物質を遮断する剄の膜を重ね、前方へ歩く。

 視界は塔の残骸に遮られて何も見えないが、フェイススコープにニーナたちがいる方向が表示されている。

 それを頼りに、悠然と残骸を踏みつけるように歩き続ける。

 しばらく歩くと、ランドローラーの近くで待機しているニーナたちの姿が見えた。全員がその場に揃っている。ルシフ以外はすでに都市の外に出ていたようだ。

 

「ルシフ! 無事か!」

 

 ニーナがルシフの方に駆け寄ってくる。

 

「ああ」

 

「……それにしても、とんでもない任務になっちまったな」

 

 ニーナに遅れてルシフに近付いたシャーニッドが、疲労した声で呟く。

 

「――まだ終わっていない」

 

 ルシフの言葉に、その場にいる全員の顔がフェイスフルヘルメット越しに強張る。

 

「……え?」

 

 誰もが辺りを見渡し警戒し始める。そんな彼らには目もくれず、ルシフは後方を振り返った。

 都市に動きはない。

 来た時と同じ、沈黙状態になっている。

 制御部分を潰したのだから、それは当然だ。

 だが、逆に言えば、なんらかの拍子であの都市に制御核を入れられた場合、あの都市は復活する可能性があった。

 沈黙しても、あの都市をあのまま放置するには危険が大きすぎる。

 ルシフは左手を都市に向けた。

 剄を左手に集中させる。

 汚染物質を防いでいた剄の膜が消失し、ルシフの身体を汚染物質が徐々に蝕んでいく。

 ルシフは分かっていた。たとえ自分の全ての剄を凝縮させて攻撃したとしても、都市を完全に消滅させられないことを。

 自分一人の剄では、火力が足りない。

 そして、それはお前もよく分かっているだろう――。

 

「来い……」

 

 俺は示したぞ。お前に、俺の価値を。俺の器を。

 ルシフの声を聞いた周囲の人間が、困惑した表情を浮かべる。

 ルシフは気にせず、都市を鋭い目付きで睨んだ。

 

 ――今度は、お前が俺に応える番だ。そうだろう!? 廃貴族!

 

「来いッ!」

 

 瞬間、ルシフの周囲に激しい剄の奔流が生まれる。

 剄の奔流が、ルシフの周りの汚染物質を吹き飛ばしていく。

 そして、ルシフの背後にあの黄金の牡山羊が顕現した。

 ニーナやレイフォンたちが目を見開く。

 ルシフは自分の内に流れてくる圧倒的なまでの剄の波動を感じ、その波動を自分の左手に集中させるイメージをする。

 赤く輝いている左手の剄。それに黄金色の剄が混ざり、夕焼けのような鮮やかな赤みを帯びたオレンジ色に剄の色が変わっていく。とても美しく、だが、どこか血の色を思わせる狂気がある色へ。

 左手に溜められた剄が解放される。

 前に放った熱線の何倍もの太さの閃光が、廃都市に迫る。都市はその圧倒的なまでの蹂躙する力に、呆気なく消滅した。後に残ったものは何もない。

 ニーナたちはそれを驚きと恐怖が入りまじった表情で見つめ、言葉もなく立ちすくんでいる。

 ルシフの背後にいた黄金の牡山羊は、ルシフに吸い込まれるように消え去った。

 

「……ククク……」

 

 ルシフの方から、笑い声が聞こえた。

 ニーナたちには背を向けているため、表情は分からない。

 ルシフはすでに汚染物質を遮断する剄の膜を身に纏っている。

 

「クックックック……フッフッフッフ……ハッハッハッハッハッハ、アハハハハハアハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……!」

 

 狂ったように笑い続けるルシフ。

 そのルシフの内に入った廃貴族は、ルシフの本質を理解した。

 

 ――この者、今はまだ悪ではないが、何かきっかけがあれば、簡単に……。

 

「ハハハハハ! アッハッハッハッハッ、ハハハハハ……!」

 

 ――簡単に巨悪になりえる!

 

 廃貴族がそんなことを思っている中、ニーナもまたルシフから狂気を感じとった。

 ニーナは笑い続けるルシフを、唖然とした表情で見ている。

 以前とった写真の光景。それにヒビが入ったような錯覚を、ニーナは感じた。

 

 

 

 その後、ツェルニに帰還したルシフは故郷のイアハイムに一通の手紙を送った。

 その手紙がきっかけとなり、物語はゆっくりと本来の未来からずれていく。

 これより、物語は次のステージに突入する。




主人公最強タグ「そろそろアップしますね^^」


この話で原作三巻の内容及び、第一部『廃貴族強奪編』が終了となります。
第一部終了につきまして、ちょっとした小ネタを。

ルシフには、実はイメージソングがあります。
Superflyの「タマシイレボリューション」です。
イメージソングというより、この曲のような主人公を作ってみたいと考え、生まれたのがルシフです。
歌詞とか見ても、ルシフそのものだなと、個人的に思ってます。

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