艦これ〜鴛鴦のコンツェルト〜 作:自由主義国家カメルーン
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遠くに祭囃子がのどかに響き渡る。まだ残暑が見られる秋の夜を帆立と浴衣を纏った叢雲が歩いていた。
短パンにTシャツという出で立ちの帆立と違い、叢雲の浴衣は藍色に白のライン、そして小さく紅葉の模様があしらわれている立派な仕立てのものだった。しかもわざわざ下駄を履いている入念さだ。
「ねえ」
「どした」
「ふつうならこういう時は何か言うことがあるんじゃないの?」
左隣を歩く叢雲が帆立の目を覗く。あまり背が高くない帆立は軽く叢雲が目線を上げるだけで互いの視線がぶつかってしまう。
「ああ、よく似合ってるよ。可愛らしいな」
「あたりまえでしょ。わかればいいのよ、わかれば。んふふ」
着付けを事前に調べて、髪も浴衣に合うように結っただけの成果はあった。下駄のカラン、コロンという音もどこか弾む。
そのまま5分ほど歩くと出店が並ぶ秋祭りに到着した。色艶やかな浴衣が目に眩しい。
「とりあえず何か食うか」
「その前に、あれ」
叢雲が指で指した方向を帆立が見ると射的の出店。よくあるコルク銃で景品を倒せばそれが貰えるという仕組みのようだ。
挑戦的な笑みを浮かべて叢雲が帆立を誘う。
「勝負しない?」
「……まじかよ」
「いらっしゃい! 10発で500円だよ!」
「2人分で」
「まいど! 美人な彼女さんだねぇ!」
「あ、いえ。私は妻です」
「おっ! ダンナ、別嬪さん捕まえたねえ!」
「捕まえたというか捕まえられたというか……っーーー!」
声にならない悲鳴を帆立が押し殺す。サンダルの上から下駄で踏んだのだが、やり過ぎだろうと恨めしげに睨むが叢雲はどこ吹く風といった様子で流した。
「で、勝負だったか……」
「ええ。とりあえず最初の1発ね」
ふたりが同時に引き金を引くと気の抜けた音と共にコルクが飛び出した。ふたつのコルクは景品を掠ることもなく棚の向こう側へと消えていく。
「まだ1発さあね。こっからこっから! 一番上には最新ゲーム機もあるよ!」
店主が朗らかに笑う。こういう時に笑っても相手に嫌な思いをさせないというのはある意味すごいとは思う。
「さて、やるか」
「ええ。絶対に私が勝つわよ」
「抜かせ。俺が勝つ」
また同時に引き金を引いた。飛び出した叢雲のコルクは最新ゲーム機を綺麗に落とし、帆立はその隣にあった大きなティディベアを落とした。その後も次々と景品を叩き落としていく帆立と叢雲に店主の笑い顔が凍りついていく。見事なまでに高額景品を全て落としていく姿に観衆が集まりはじめたタイミングでお互いが撃ちつくした。
「すみません、そのティディベアだけください」
「……へっ? お嬢さん、それだけで勘弁してくれるのかい?」
「そんなたくさんあっても移動の邪魔になるんで」
「……すまねえな」
受け取ったクマを叢雲が抱きかかえて出店から早々に立ち去る。正直なところ、あそこまで目立つとは思っていなかったため、急ぎ足で群集の中にまぎれこんだ。
「ねえ、結局あの勝負はどっちの勝ちなのよ」
「引き分けでいいだろ」
「……ま、このクマに免じて許してあげるわ」
「そんなに欲しかったのか、そのクマ」
「……そんなところよ」
クマを大事そうにぎゅっと抱きしめる。帆立が叢雲の空いた手を引いて適当なベンチに座らせた。
「なんか買ってくる。ここで待っとけ」
「私も行くわよ」
「慣れない下駄で? さっきから歩き方が変だ。そこで待ってろ」
人ごみの中に帆立が消えていく。それを寂しそうに見送った。足を痛めていたのに気づかれていたようだ。慣れない下駄なんて履くべきではなかったかもしれないが、せっかく浴衣を着たのにそこを外すのはなんとなく許せなかった。
「君かわいいねー。俺らと一緒に遊ばない?」
「うわ、超かわいいじゃん! ほら、遊ぼうぜー」
「連れがいるので結構」
「えー。そんな事言わずにさー」
「どうせ大した男じゃないんだろ? 俺らと遊んだ方が楽しいって!」
はあ、と叢雲が溜息をつく。ベンチの周りにいるのは3人。チャラそうな格好をした若者だ。騒ぎになるのは面倒だが片付けるのは訳無い。立ち上がりかけて鼻緒に擦れた右足に小さく痛みが走る。
「ねえ、シカトは酷くないー?」
「待ってる男がいるって言ってるのよ。それにあんたらじゃ私と釣り合わないわ」
「へえ、言うねー」
「ま、そんだけの実力があるからな。で、お前らなに?」
いつの間にか現れた帆立にチャラ男団がぎょっとする。手に溢れかえらんばかりに持たれたイカ焼きやらりんご飴やら焼き鳥やらを叢雲に渡す。
「テメェこそ誰だよ」
「そこに座ってるやつの連れだよ」
「彼女は俺たちがナンパしてんの。お前は帰れよ」
「テメェはひとり寂しくおうちに帰りな」
「いや、順序おかしすぎだろ。お前らの中にあるその超絶理論がわかんねえわ」
「あんたナチュラルに煽るのやめなさいよね」
「暢気にりんご飴食ってるやつに言われてもなぁ……」
ぽりぽりと頭をかく帆立にチャラ男の中にあるスイッチが入った。
「なめんじゃねえ!」
「おっと」
ひょいっと避けると足を掛けて飛かかる男の背中を押して地面に仰向けにして倒す。
「踏んできた場数が違う。出直してこい」
「手伝う?」
「慣れない下駄で無理すんな。それにいると思うか?」
「そうね。明らかに必要ないわ」
「ふざけやがって!」
「やっちまえ!」
「うおおおお!」
戦闘描写とか誰得だし(めんどくさいだけ)カット。
「お、覚えてろ!」
「やっだよ。ばいばーい」
そこら辺にいるチャラ男ABCが元軍人に勝てるわけもなく、呆気なく帆立に返り討ちにあって逃げていく。黙々とりんご飴を食べながら見ていたが、問題などあるわけないとわかっていたため、完全に見ていただけだった。
「ああいう手合いっているもんだな。てっきり絶滅してるもんかと」
「私も初めてよ。絶えてなかったのね」
「だな。あ、イカ焼きもらうぞ」
ベンチに座ってもぐもぐやっていると夜空を花火が彩った。地方の小さな祭りだけあってそこまで派手ではないが、それでも綺麗だった。帆立の買ってきた食べ物を食べ尽くすと同時に花火も終わり、祭りから人が減っていく。
「さて、俺たちも帰るか。ほれ」
叢雲の目の前で帆立がしゃがみこむ。
「大丈夫よ。そんなにひどくないし」
「無理すんな。それにあとからひどくなるかもしれないだろ」
「……ありがと」
大人しく帆立の背中に下駄を脱いでおんぶされる。帆立の首の前に手を回すと、太ももあたりに帆立が腕を回して支える。
「気合い入れて浴衣着てくれたのはよかったが靴ずれしてちゃだめだろ、まったく」
「あら、心配してくれるの?」
「当たり前だ」
「……」
そんなにはっきり言ってくれるとは思っていなかった。顔が赤くなるのが自分でもはっきりわかる。誤魔化すように帆立の首筋に顔を埋めて隠す。
そのままどれだけ経ったのか、いつの間にか家に到着していた。少し名残惜しいが下ろしてもらうと風呂を沸かす。
「先に入ってこい」
「ん、悪いわね」
「それにしても以外と子どもなんだな。クマのぬいぐるみに靴ずれって」
クスクスと帆立がイタズラっぽく笑う。ほんとにわかってない。靴ずれはまだしもただのクマのぬいぐるみが本気で欲しかったと思っているのだろうか。
そう考えると少しムッとしてきた。からかわれてばっかりでは割に合わない。つかつかと帆立の傍に寄り、背伸びして耳元に口を近づける。
「ねえ、知ってる?」
「何を……って近いな」
困惑する帆立を放置して耳に息を吹きかけるように口を開く。
「浴衣ってね、下着つけないのよ?」
「!? おい!」
「お風呂入ってくるわね」
ふふ。ちょっとはやられる側の気持ちにもなればいいのよ、ばーか。
最後がやりたかっただけ。後悔などはしない。
願わくばこの話で叢雲ファンが増えんことを。
叢雲はいいぞ! デレにもツンにも愛のある娘だぞー。
それでは。