あーしさんは歩き出す   作:猫好き系女子

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あーしさん、自覚しちゃう!

今日は私の家で、海老名に料理を教えてもらうことにした。結衣は……改めて考えれば不要な人員だったかもしれない。まぁ、この三人でいる時間が好きだし、私的には全然構わないんだけど。

 

 

 

 

 

「でさぁ優美子、何作るか考えてきた?」

 

海老名に良く似合う、シンプルだが可愛らしいデザインのエプロンだ。妙に様になっていて、料理慣れしているのだと伺い知れる。

 

「んー…詳しいわけじゃないから、あんまり」

「そっか。ならヒキタニくんの好物は?」

「そーだよ!ヒッキーの好きなもの作れば良くない?」

 

なるほど、……まぁ?あいつのために料理するわけじゃないから?でもまぁ食べてみたいって言ってたし?それならあいつの好きなもの食べさせてあげるってのも悪くないかもね??

 

「優美子……」

「考えてることわりとわかりやすいの、変わんないね。顔真っ赤だし」

「うっさいし!でもなぁ、ヒキオのやつが同じものずっと食べてるとこ、見たことないし」

「ヒッキーの好きなものってなんだろーね。MAXコーヒー?」

「結衣、それ料理じゃないよ…。とりあえずヒキタニくんが甘党なことが判明したから、甘めの味付けの料理にしよう!」

「甘い……あ!あれは?肉じゃが!ママがいっぱいお砂糖使うのよ〜って言ってた!」

 

肉じゃが。

いや、なんか狙いすぎじゃない?それは海老名も思ったことらしく、苦笑しながら「なんかあざといよね〜、……ヒキタニくんが隼人くんに肉じゃが作ってあげるみたいな展開はないの!?あざといヒキタニくんに我慢ならなくなった隼人くんが肉じゃが食べて肉食系にっ……!」……ほっとこ。台所ということで鼻血を我慢してくれただけマシだ。

 

そういや、この間川崎が持ってきた煮物を比企谷は大変おいしそうに食べていた。あれは確か里芋の煮物だったような。甘めの味付け……やっぱあいつ狙ってやってるんかな。川崎はどうも気に食わない。…私ができないことを涼しい顔してやってしまうから。

 

「里芋の煮物にする」

「へ?」

「またなんか地味な……」

「ほっとけ!」

 

 

 

そりゃ川崎よりは美味しく作れないだろうけど。それはキャリアの差だから。

 

負け試合だろうと、同じ土俵で勝負しない理由にはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

めずらしくパソコンをガチャガチャやって画面とにらめっこしていた比企谷は、私が手に持つ鍋を見た途端だるそうにしてた目をほんの少し見開いた。それこそ、注視していなければわからないくらいだけど。

何も言わずてきぱきと食事の準備を整えていく比企谷に、なぜか私の頬の筋肉はだんだんゆるんでいってしまってる。おい、言うこと聞けっての。そういうんじゃないから。

 

「手伝うか?」

「あーしがやっから、座ってて」

 

食器やらなんやらを運んでいると、不意に比企谷がそう言ってくる。普段なら手伝ってもらうんだろうけど、今日はまぁ、自分でやってあげたい気分だった。

 

「あっ……ご飯炊き忘れてた!」

「炊いてるぞ」

「は?」

「…どうせ今日も来るだろと思ってな」

「そ…………」

 

比企谷、あざといし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃま、いただきます……」

「ど、どうぞ」

 

私が鍋の蓋をひらくのに躊躇していると、「なにもったいぶってんの?」とからかうように言われた。なんだこいつ、果てしなくうざい。

 

「里芋……。なんだ、川崎の食べて気に入ったのか?」

「デリカシーなさすぎ死ね」

「おい、鍋の蓋で殴るな理不尽だろ…。てか、なんだ。き、器用だな?」

 

褒め言葉にしてはひどく不器用で、つい笑ってしまった。比企谷は褒め言葉すら捻くれてしまうらしい。

 

「なにそれ、褒めてんの」

「いや、初めてだろ?美味しそうだぞ、見た目には」

「全部自力じゃないけど、……とりあえず、最後の一言余計だし」

「それにしたってだよ」

 

海老名に手伝ってもらったけれど、やはりそこは初心者の私。要領の悪さはそこかしこに滲み出ていて、こうして比企谷を前にすると鍋をひっくり返して全てなかったことにしたくなる衝動に駆られる。脳裏にちらつくのは川崎の作ってきた、いまの私の目指すところである煮物。比企谷はきっと気にしないんだろうけど、私は気にするし。

けど褒めてもらってもはや浮かれちゃってる。私ってチョロいよね、知ってたから。

 

ぴょいぴょいと相変わらず綺麗な橋の使い方でとりわけていく。結衣は作るのはアレだけど味覚は信頼出来る。海老名も「おいしいよ!自信もっていいんじゃない?」って言ってくれたし。

 

大丈夫、だとおもう。

なんなん、比企谷の顔みたらなんでこんなに弱気になるかな!?

 

「お、おい三浦!?俺のぶんの煮物が……!」

「はっ!?ご、ごめん」

 

やけ食いならぬやけ取りを無意識に行っていた模様。このごちゃごちゃした精神をどうにかしたくて、ぱちんとわざと大きな音を鳴らして手を合わせた。

 

「いただきますっ!」

「いただきます……」

 

じいいいいっと比企谷を見る私。居心地悪そうにしながらも、煮物を口に運ぶ比企谷。あ、喉仏がごくんってなって男っぽい。じゃないだろ私さんよ。

 

「……」

 

むぐむぐとご飯とともに何口か食べる。良かった、一口目でおええええまずいとか言われなくて。

 

「……」

「……なんだよ」

「わかんでしょ……どう?」

 

とぼけているのか本気なのか。少なくとも本気で私の視線の意味を図りかねている様子ではなかった。

 

「それとも、感想聞いたらダメなん……?」

「い、いや。……ふつーにうまくてだな、コメントに困るっていうか」

「へっ?……あ、あぁ、そうなん……」

「お、おぉ」

 

がしがしと後ろ髪をかく仕草は、最近私にも移ってしまったものだ。ふたりして髪を掻きながらそっぽをむくという謎空間が形成される。

 

なんか、美味しいって言ってもらえるのって……いいもんだ。そりゃ、今日の煮物は六割、いや七割、いや六割四分くらい海老名に頼ったものだけど。だからきっと私はちょっとだけ喜びきれない。

それでも、大きな一歩だと……自惚れてもいいのだと思う。

 

 

「……俺としては、もうちょっと甘いのがいいから、七十三点」

「う、何その若干辛い採点」

「次は、あと1キロくらい砂糖入れろよ」

「……っ!ヒキオが病気で死ぬくらい砂糖入れてやっから」

「おう。精進しろ」

 

 

にや、とやっぱり底意地の悪い笑顔を浮かべる。

次なんて、そんな事言われたら勘違いしてしまいそうだ。

 

 

これはもう、認めてしまうしかないのもしれない。私の中のこのモヤモヤがなんなのか、を。

 




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