比企谷は部屋の隅でのの字を書いている。相手にされなく寂しいのだろうが、ひかえめに言っても気持ちが悪い。
「なぁ川崎」
「……なに?」
私は膝の上ではしゃぐ京華を見下ろしつつ、彼女に聞いた。
「……あーしって、今からでも……、…なれっかな……?」
「…三浦が……?」
川崎は笑うことはしなかった。ひどく驚いてはいたが。
またねー!と大きく手をぶんぶんと振る京華と、夕日のせいか若干赤い顔で小さく手を振る川崎を見送った。
「結局こんな時間だな」
川崎姉妹の来襲からすでに5時間。6月とはいえすでに夏に差し掛かっている今日このごろ、日が暮れる前特有の蒸し暑さで汗が出てくる。
「ちょーお腹減ったんですけど」
「小さい子相手にするとエネルギー吸い取られるもんな」
「確かに」
「けど、楽しそうだったな、三浦。ここ最近で一番に」
「なっ……!」
比企谷はひどく愉快そうに笑う。
「うざいし。キモイし。生意気だっての」
「へーへー」
見透かされているらしい。この男のことを以前存外に分かりやすいと評したが、人のことを言えないようだ。
少しだけ、世界が綺麗に見えるかもしれないなんて。
京華の笑顔を思い浮かべながら、そう思うのは私らしくないんだけど。
「川崎は相変わらず所帯染みてんな」
作りすぎた(のかは怪しいものだが)らしい川崎沙希作里芋の煮物は、味がしみていて美味しかった。
「おいしい……」
「だよなー、おふくろの味っつーか。まぁ俺のおふくろの味は小町の料理なんだが!マイエンジェルの料理は世界一ぃぃぃ!」
「聞いてないし…」
川崎は知るはずもないがこいつの胃袋を掴める日は近いようだ。比企谷の箸は休まることがない。
まともに料理をしたことはない。
弁当を作るといったって、冷食のオンパレードだし。自分で作ったとは言い難い。こんなに伸ばした爪ではゆで卵をむくことも出来ないかもしれない。いや、多分できないだろう。
料理をしようと思ったことはある。将来的に絶対必要なのだと、頭では分かっていた。けど、目標がない。自分のためだけに料理をするのはひどく億劫だし、これで恋人でもいればまた違ったのだろうか。
一瞬、比企谷とばっちり目が合った。
「…いっぺん死んでこい」
「理不尽じゃね!?」
……そういえば、
(男に手料理っぽい手料理ふるまったのって、あの時からないのか)
思い起こすは生徒会主催バレンタインデーイベント。雪ノ下雪乃に教わって、隼人にチョコを食べてもらったっけ。
まぁ自力とは言いがたかったけども。
目の前で綺麗な箸使いで里芋を食べる男を見る。
「にんじんもうまっ!」
「……なんかイライラするし!」
「おいやめろ!俺の食糧が!?」
「ヒキオ!」
煮物を片っ端からぶすぶすと取ってやる。感情のままに出た言葉の先を、なぜか比企谷はちゃんと待ってくれた。
「……どした?」
「…あーしが、料理って……変、かな?」
『ねぇ、隼人』
『どうした?』
『あーしが、料理するのって、どう思う?』
グループの誰にも聞かれたくない。そう思って隼人と2人きりのときに聞いてみた質問。
隼人ならこう言ってくれる。私は期待して、その期待は私に返ってきた。
『いいと思うよ、頑張れ』
けれど結局、私がわがままに期待していた言葉はなかった。
「正直想像出来んな」
比企谷はあっさりとそう言い切った。
「似合わないっての?」
「いや、うーん、まぁ確かに。現状のお前から料理なんて連想はできん」
けどな、と比企谷は続けた。
「お前が努力したものだったら、俺は食べてみたいと思う」
由比ヶ浜ほどひどくなければな、と比企谷はしかめ面をつくった。
「そっか……」
胸にすとんと落ちてきた言葉に、知らず知らず頬が緩んでしまう。
「じゃあ、今度、がんばってみるし」
「おう、木炭はごめんだぞ」
「なめんな、川崎より上手くなってみせるし」
「そりゃ道は長いな」
「あーしがやるっつったらやるの」
川崎沙希への対抗心がなぜ生まれたのかは分かんないけど。
私には、変わろうともがける力が残っていたらしい。
よければ感想など聞かせてくれたら、はげみになります!