あーしさんは歩き出す   作:猫好き系女子

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けーちゃん……っ


あーしさん、癒される

「……」

「……」

なぜだかわからないがこの女……川崎沙希が比企谷の家に来訪したことに私はひどく動揺している。

それだけではない。

高校時代からまったくもって気の合うそぶりはなかった。

 

(こいつには負けたくない)

 

何を巡って勝ち負けを争っているのかは、現状よくわからないけど。

 

 

 

「いや、家主放っといてなに見つめあっちゃってんの。素直におしゃべりできねぇのお前ら……」

「はーちゃん!これがしゅらばってやつでしょー?おにいちゃんが言ってた!」

「そーかそーかけーちゃん、毒虫は本当に尽く余計なことをするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんでお前俺の住所知ってんの?」

川崎に似ているような似ていないような、しかしひどく可愛らしい女の子……京華というらしい……を膝にのせたまま、比企谷は川崎に質問した。すごく怪しい絵面である。

私は川崎に遠慮して家に帰ったりなどはしない。今日は一日中こいつの家でゴロゴロすると決めていたのだから。私が意思を曲げる理由にはならない。

 

「小町に聞いたんだよ…けーちゃんが比企谷に会いたいって言うし、あたしも…いや、なんでもない」

「小町ぃぃぃ!?そうだと思ってたけどさぁ!?マイシスターよ、兄は悲しいぞおおおお」

比企谷は妹がさらりと兄のプライバシーを侵害したことに悲しんでおり、川崎が最後にぼそぼそと言ったことを全く聞いていなかった。

(どんまい、川崎)

「まぁ同じ大学なんだし、いいでしょ?家くらい知っといても」

「…あんた、こいつと同じ大学なん?」

聞き捨てならないことを聞いた。

「おう、こいつも教育だな。学科は違うが、それなりに顔合わすぞ」

「はーちゃん、おひげー」

「うっ……くすぐったいだろけーちゃん」

京華が比企谷の無精髭を楽しげに触るのも慣れた様子で、比企谷の言葉以上にこのふたりは仲がいいんだなと感じた。

「てか、なんで三浦が比企谷の家にいんの」

じろっと川崎がこちらを睨む。あー、やっぱりこいつとは仲良くやっていけそうにない。

「あーしの家、お向かいだし。この間なんか泊めてもらったし?」

ふふんとわざと嫌味に映るように笑ってやる。

「え、は、はぁ!?とととととととととめてもらったってどど、どういうことだよ比企谷!?お前三浦と、その」

川崎は顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと忙しない。がくがくと比企谷の肩を揺さぶる。なぜか京華にまったく被害が及んでいないのは、彼女の京華への愛がなせる技なのかどうなのか。

「お、お、おちつ、おちつけかわさ、き、おげぇっ」

「はーちゃんもさーちゃんもたのしそー!けーかも混ぜてー!」

この幼女はなかなかの大物になりそうだ、とふと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、そうか……付き合ってたりじゃなかったんだ……」

「なんでお前そんな焦るんだよ…」

「ヒキオって馬鹿なん?」

「それに関しちゃあんたに賛成するよ、三浦」

鈍いのか鈍いふりなのかは定かではないが、こうやって奉仕部のふたりの好意をふらふらと躱していたことは容易に想像がつく。

「そうだ、今度の教育実習総武高なんだってね」

思い出したように川崎が切り出すと、比企谷はどんよりとひどく嫌そうな顔をした。

「やめろよ……平塚先生にこきつかわれること間違いなしなんだぞ…国語科だしな」

比企谷は国語ができる、と結衣から聞いたことはあった。なるほど、国語が得意な人種には見えないが。

そうして教育学部で同じ大学にしかわからないようなことを話されては、こちらは傍観するしかない。のけ者にされたようで私としては面白くないが……。

 

「おねーちゃんは、はじめましてのひと?」

「ん?そうだね、京華ちゃんとは会ったことないし」

 

こちらも退屈したのであろう、川崎京華が比企谷の膝から脱出し、こちらにとてとてと歩いてやってきた。

じっくりと見れば見るほど川崎とは真反対の雰囲気であるが……この子は擦れずに育って欲しいものである。

 

「けーちゃんはね、かわさきけいかっていうの!おねーちゃんは?」

「あーしは三浦優美子。はじめまして」

「ゆみこ、じゃあゆーちゃんだ!ゆーちゃん、ゆーちゃん!」

 

(……可愛い………………)

 

 

スキンシップが好きなのだろう。人に遠慮なく甘えられるのは妹の特権なのかもしれない。私の膝に乗ってきて、「あーそーぼー!」とはしゃいでいる。

これではあの不良っぽい川崎が可愛がるわけだ。

思えば自分は小さい子を好きなのかもしれない。高二の夏に平塚先生に誘われて行った小学生とのキャンプでも、彼ら彼女らの相手をするのは苦ではなかったように思う。

 

 

「ゆーちゃんはなにしてあそんでくれる?」

「んー……なんかしてあげたいけど、この家なんもないし……かといってあーしの家も小さい子が遊べるような物無いし……あ!お絵かきする?けーちゃんは、お絵かき得意?」

「けーか、お絵かき好きだよ!」

「そっか!じゃあ…ヒキオ、紙とペン借りるよ」

「お、おぉ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがたいちゃんで、これがさーちゃん」

京華の幼い手が、この年頃の子にしてはなかなか上手な絵を描いた。たいちゃんというのは比企谷妹の同級生で、京華の兄らしい。

「上手じゃん!で、こっちがヒキオ?」

「ひきお……?はーちゃんだよ?」

きょとんとめをぱちくりとさせる京華には通じなかった。それもそうである。

「は、はーちゃんね、うん、はーちゃん」

何だか気恥しいものを覚える。比企谷も何事かとこっちを見ている。あっち向けよ……。

「でね、これがゆーちゃん!」

「け、けーちゃん……ありがとぉぉぉぉ!」

「わ、ゆーひゃん、おむねがくるしいよ」

ぎゅむーっと京華を抱き締める。あーなんて可愛い子なんだ。川崎の妹じゃなかったらお持ち帰りだし。

京華の描いた私は、ちょっとむすりとした表情をしている。

こんなつまらなさそうな顔して、京華と遊んでたのかな、私……

 

「ゆーちゃんはね、さーちゃんとはーちゃんがお話してるとこんな顔してるんだよ」

 

違うんかいいいいい!

って待って。それじゃ私が川崎に嫉妬してるみたいじゃん?それはないって。

「け、けーちゃん……」

愕然とした顔の川崎。私だって多分同じような顔をしているはず。

「なんだ三浦、疎外感でも感じてたのか?」

「ヒキオ、いっぺん死んでこい」

「あんたって……どうしようもないね」


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