あーしさん増えろー\\ ٩( 'ω' )و //
比企谷が私の家の向かいに引っ越してきて、1週間が経った。
かといって私の日常が大きく変わることは無かった。
変わったことといえば……
「なんでまたいるんだよ」
「別にいいっしょ。それともなに、ヒキオ彼女でもいるわけ?あーしがいたら困んの」
「いや、いねぇけど……」
すっかり片付いて綺麗になった比企谷宅。なんとなく居心地の良さを感じ、すっかり私は比企谷の家に入り浸っている。
かといって比企谷と会話するわけでもなく、延々とケータイをいじるときもあれば適当な小説を借りて時間を潰す時もある。高校時代の自分からは考えられないような時間の使い方だ。無理にでも会話をし、相手と同じことをし同じ時間を共有することこそが『楽しい』のだと決めつけていた。今はどうだろう。きっと高校時代の私が見たら、「何が楽しいの?」とかなんとか言いそうだ。これもきっと、私があの頃から変わったところなのだろうけど。
今日は日曜。どちらも大学は休みで、私はやはり1日比企谷の家に入り浸る気でいる。
比企谷は私がいても特に気を使う様子はなかった。簡単に言うと気を抜いていて、無精髭を生やしたまま、ゴムのゆるんだスウェットをだらしなく着ている。視力はひどく落ちたらしく、眼鏡は手放せないらしい。椅子に座り小説を読んでいる姿はなかなか様になっている。
かくいう私も、同世代、しかも男の前で見せるにしては気を抜いているのは事実だ。化粧は最低限で、服も適当に選んできたもの。比企谷のことは恋愛対象としては見ていないし、それはきっとお互いであると思う。
ちらりと、テレビの横に置かれた写真立てを見た。
雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣。
彼女らと比企谷が、3人だけで撮った写真。卒業証書を持って、顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら笑っている、そんな最低で最高の写真。
風の噂で、雪ノ下雪乃は日本最高峰の大学へ進学したと聞いた。学年首位を終ぞ誰にも譲らなかった彼女なら当然の結果だったのかもしれない。
結衣は東京に出た。頑張って勉強していたのを近くで見てきたから知っている。
『ヒッキーやゆきのんと同じ大学は無理かもだけど、あたしだって頑張れるんだってとこ見せたいの』
恋する少女は強かった。みるみる成績を伸ばし、見事希望通りの大学へ進学した。
雪ノ下雪乃も、きっと比企谷のことを好きだったのだろうと思う。これは全くもって根拠のないことだが、強いて言えば女の勘だ。
比企谷はあんなに可愛い子2人から思いを寄せられていたことを知っていたのだろうか。
「何見てんだよ」
「あー、写真あったから。懐かしいし」
「……そうだな、しばらく会ってねぇからな」
比企谷は私の様子に気づいていたようだ。写真の方にひどく優しい目を向ける。
もう時効だろうと思い、思い切って聞いてみることにする。
「どっちかに告られたりとかした?」
「ぶはっ!!?おま、なんでそれを」
「図星とか……そんで、断ったんだ」
予想通りの狼狽っぷりに呆れてしまう。
「仕方ないだろ……俺はあのふたりのことをそういう目で見てなかったんだから」
「へぇ、2人から告られたんだ」
「やだ三浦さんったら策士!……俺のバカ」
「てっきりヒキオは雪ノ下さんと付き合ってるのかと思ってた。結衣からヒキオの話聞かなかったから」
「雪ノ下か……俺はあいつが好きだったんじゃなくて、憧れてたから。由比ヶ浜もそうだ。俺や雪ノ下とは全く違う性格で、そういう風にものごとを見れるのかって、なんていうの、うん、不思議な感じだった」
「付き合ってみりゃよかったのに」
「ほかの人間だったらそうしたかもな。けど俺は、あいつらには本心で接したいって思っちまったんだよ」
悪いことしたけどな、と彼は細い眉を顰める。
「そ、そっか」
なるほど、あの二人はいい男を好きになったものだ。
「あんた、意気地無しだね」
「なんだよ……」
「けど、あーしはそれでよかったんじゃないって思うし」
「はじめて肯定されたわ」
「あーしがあいつを否定したかったからさ」
あいつ?と首をかしげる比企谷を横目に、私は葉山隼人のことを思い出していた。
『俺は誰も選べない、選びたくないんだ』
考えてみれば比企谷も二人の女の子を振ったし、彼らの行動の結果は同じであった。
けれど、比企谷はちゃんと選んだのだ。
なぜか私にとって、それはちょっとだけ嬉しいことだった。
不意に、比企谷宅のチャイムが鳴る。
「誰だ?小町かな」
様子を見るに住所を教えるような相手はいないらしい。罪深いほどにシスコンな彼は、心持ちウキウキとした様子で玄関へと向かう。
(比企谷の妹って、あの生徒会の子か)
二つ年下の、全く似てない比企谷の妹は確か生徒会選挙で当選していたと思う。明るくて可愛らしくて、なるほどこういう妹がいたら溺愛したくなるのもうなずける。
がちゃりとドアを開ける音がし、同時に
「ひ、比企谷……その、あの」
「はーちゃーーーーん!」
「きゃっ!け、京華!ごめん比企谷!」
「け、けーちゃん!?それに、……」
「あぁ?川崎?」
つい飛び込んでしまった。
青みがかった黒髪にだるそうな目付き、不良のような行動の、私とどうしてもそりの合わなかった女。
川崎沙希。
「なんで三浦が比企谷の家に……!」
ギロっと持ち前の目つきの悪さを最大限に活かして睨みつけてくる川崎。
どうしてか、大学に入ってからは特に揺さぶられることのなかった私の精神は、今最大級に最高級に揺れて揺れて揺れて
……なんでだし?