あーしさんは歩き出す   作:猫好き系女子

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あーしさん自体マイナーすぎてはげそうです。


あーしさん、偶然とは恐ろしきかな

「は……?」

記憶はない。気づけば朝で、自分のではないベッドの上にいた。

(……服は、着てる)

体に違和感もなく、おそらくそういったことはなかったようだ。

昨日は何をしていたっけなと思い返すと、そうだ。合コンで不愉快な思いをして、んで比企谷を強引に飲みに誘って……。なるほど、やけに自分が酒臭いわけである。

 

 

「おい、そろそろ起き……てるな」

「なんであーし、あんたの家いんの」

「お前が酔い潰れて仕方なく、だ。……言っとくが、俺にそんな甲斐性はないからな。勘違いはしないように」

似合わないエプロン姿で、比企谷は部屋に入ってきた。ドアの向こうからいい匂いがするので、朝食を作っていたようだ。

比企谷に構わず部屋をキョロキョロと見渡す。本棚が多く、色気のない部屋だ。

 

「おいおいちょっとは遠慮してくれよ恥ずかしいだろ」

「キモイ……」

「ガチトーンのキモイは流石に傷つくんだが……」

 

軽く身支度を整えて部屋を出る。廊下はひどく物が多い。なんなら段ボールやら紙屑やらも落ちている。だがそれはつい最近のものであるらしい。ほこりをかぶっている様子ではなかった。

 

「簡単なものだけど、ほら」

比企谷が出してくれたのは、白い炊きたてのご飯にシジミの味噌汁。なんと鯖の塩焼きまでついて、私からすればなんとも豪華な朝ごはんであった。

「やるじゃん、ヒキオ」

「ありがとよーい」

「……何から何まで、その、ありがとね」

私からすれば、顔から火が出るような思いで礼を言ったのだが、比企谷は昨日かけていたのとは違う黒縁のメガネの奥の目を見開き、

「いや、なんだ、まぁ、気にするな」

ポリポリと後ろ髪をかくのがやけにおっさんくさい。

「しおらしい三浦なんてなかなか見れるもんじゃねえしな。いいもん見れたからいいわ」

……カッチーン。

「どういう意味だし」

「あーこの鯖うまいなぁ」

「……………………」

「おい指を鳴らすな、チキンな俺の心臓くらい止まっちゃうぞ」

「気使う気も失せんだけど……ん?」

 

もしかして私に気を使わせないために馬鹿なことを言っているのだろうか。

(こいつ損してるんだろーなぁ、いろいろと)

 

 

久しぶりのおいしい朝ごはんをあっという間に食べ終え、気になっていたことを聞く。

「ねぇ、あんたって引っ越したばっかなん?」

「あー、廊下とか散らかってただろ。3年に上がるタイミングで引っ越そうとしてたんだけどな、先延ばしになってつい昨日荷物運び終えたんだよ」

「昨日……あー、そういやあーしの家の向かいで昨日引っ越しやってたわ。偶然もあるもんだね」

「5月って半端な時期だからな。珍しいんじゃねぇの……あ、そろそろ大学行かねぇと」

時間を見ると、気付けば起きてから結構な時間が経っていたようだ。

「あーしも行かなきゃ…んー、でもお風呂も入ってないし、今日はサボるかな」

「そんな軽いノリで決めるなよ…」

「オンナノコにとっては大事なことなんだよ、覚えときな」

「それはどうも。使う機会がねぇな」

比企谷はテキパキと食器を片付けていく。私も手伝おうとしたが、人の家のことなので自分の身支度を整えることにした。

けれど、荷物が多いのでひどく邪魔くさそうだ。彼は自覚しているのかどうか知らないが、存外感情が表に出やすい。

「ねぇ、あーし、片付け手伝うわ」

「は?いや、なんか悪いからいいわ」

「あーしがいいって言ってんの。お礼したいし、昨日の」

「気使わなくていいって……」

「そりゃブーメランっしょ」

タジタジとしていた比企谷だが、やはり予想通りにこちらの提案を渋る。こういうやつにはこっちから強引に行かないと暖簾に腕押しである。

「ほらメアド。気付いたら片付いてたとか許さないし」

「さらっとメアド交換とかすげえな。……ほい」

比企谷は真新しいスマホをぽいっと寄越した。

「なんの衒いもなく渡せる点は評価するよ」

「そりゃどうも。見られて困るようなものは入れてねぇしな」

ポチポチと自分のアドレスを入力する。本当に登録件数の少ないこと。さぞおモテになられるのではないかと思ったが、見目が良すぎて近寄り難いのだろうか。そう思えば納得できる。

「ほれ、できたし」

「おう、まぁ…助かるわ。そろそろ家出るぞ」

「了解」

比企谷はひどく身軽な格好だった。こんなので大学に行けるとか、男は気軽でいいなぁとしみじみ思う。

玄関だけは片付いていた。というか靴がない。ファッションに興味が無いのだろうか。そういえば今日着ているのも、昨日と似たような服だ。

「ヒキオ、お洒落とか興味無いの?」

「実家にいた時は小町がいろいろしてくれてたんだがな。服はほとんど置いてきた。おく場所ないし、面倒臭いし」

おそらく最後のが本音だろう。彼らしいといえば彼らしい。比企谷のことはほとんど何も知らないのに、なぜかそう断言できる。

「今度あーしが見繕ったげるわ」

「やっぱオカンだな、お前」

「オカンって何だし……」

きちんと並べてくれていた私の靴。オカンはお前の方だろと言うのは黙っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってここあーしの家の向かい……?」

「はぁっ!?」

どうやら昨日の引越しは比企谷であったようだ。

「いや、どんな偶然……って、お前何笑ってんの」

「はぁ?!笑ってないし!」

「すんません……」

 

 




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