Witch Loves   作:シャンティ・ナガル

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Witch loves: With all my love.

 

           ☆

 

 あたしも一度は……いや、何度も想像した。

 

 人を好きになり、互いに想いを伝え、手を取り合い、やがて愛を自覚した恋人同士は――

 

 人生の大きな節目。

 永遠の愛を誓う約束。

 

 あたしの妄想――もとい予行演習ではいつも相手がコロコロ変わっていたけど、自分が誘いを受ける側なのはいつも同じだった。

 

『僕と……結婚してください』

 

『……はい、喜んで』

 

 な~んつって。

 たまに変化球で『う~ん、どうしようかしら~?』とか、いい女を気取ってみたり。

 

 色々パターンを用意して、その瞬間のために研鑽を積んできたのさ。

 まぁ、あたしの趣味みたいなもんでね。

 

 

 いざ本番――現実でも、相手から誘いを切り出されるまでは予定通りだった。

 

 でも、合っているのはそれだけで他はまるっきり、予習をぶち抜いていた。

 

 

 本当ならドレスで着飾って花畑に座り込んでるところを白馬の王子様が……ってそこまで歯の浮くようなことは考えてないけど、もうちょっとロマンチックにねぇ~。

 

 まず裸だし、湿っぽいベットの上だし。

 台詞も素っ気ないし、いきなり差し出されたのは紙ぺら一枚……。

 

 

 

 そして何より、相手は女の子だった。

 

 

 

 おんぷちゃんから、あたしへ。

 

 人生初のプロポーズは、突然舞い込んできた。

 

           ☆

 

 紫紺の瞳が、あたしだけを見つめている。

 その視線に絡め取られて、逃れられない。

 

 まるで夢の中にいるみたいだった。

 あたしはさっきの言葉を未だに引きずって、真義を図りかねていた。

 

 

 

 ――……え? 今ってどういう状況?

 

 

 

 とっくに我には帰っていたけど、何とも声が出し辛い雰囲気。

 意味は一つだけだ。分かってる。台詞を聞き間違えたわけでもないだろう。

 

 あれ? これ、あたしがおかしいの?

 勇気を出して、もう一回お願いしますって言った方がいいような……。

 

 でも、おんぷちゃんは答えを急くように瞳を一層輝かせる。

 頬を赤く染めて、指をモジモジ。

 

 なにそれかわいいんですけど……じゃなくて!!

 あたしは困惑したまま口を開いた。

 

「あの……おんぷちゃん、これって……」

 

「見て分かんないの? 結婚すんのよ、わたし達」

 

 あたしの迷いも何のその、おんぷちゃんがズバリと言い切る。

 

 まるでもう決定事項のような言い方。

 そういう強気な態度で押してくるの、けっこう好きなやつ……。

 

 ――いや! だから!!

 

「そうじゃなくて! なんであたし達が結婚ってそうなるの!? この婚姻届も意味分かんないし!」

 

「意味もなにも書いてある通りよ。魔女界ではね、魔女同士で結婚ができるの」

 

「……えぇぇ~~~っ!?!? ウッソ~~~!?!? 信じらんな~~~い!?!?」

 

「シーッ、どれみちゃん。静かにしなさい。夜中なのよ」

 

 おんぷちゃんが指を立てて嗜めてくるけど、あたしはそれどころじゃない。

 

 口をあんぐり開けて唖然とする。

 今までそんな話聞いたことがなかった。でも、今手に持っている『婚姻届』には微弱な魔力が流れてて、ただの紙ぺらというわけではないのは確かだ。

 

 あたしはますます混乱して、

 

「いや、えと、初めて聞いたんだけど!? そんなことできたの?」

 

「まぁ、知らないのも無理ないわね。廃れたも同然の制度だし。元々は魔女の赤ん坊を一人で育てられない魔女のために作られた救済策なんだけど……特にメリットがあるわけじゃないから」

 

 おんぷちゃんは淡々と説明してくれる。

 

 へぇ~と感心しながら件の品物を見やった。

 まだ知らないことが多いんだね。魔女界って不思議だな~。

 

 あたしは手でクイクイと縦横に傾けたり、裏表を見比べみたりと鑑定するみたいに婚姻届をまじまじと観察していた。

 

「オッホン! ……それで?」

 

「えっ? それでって?」

 

「だから、答えを聞いてるんじゃ……いや、これはこっちが悪いわね。ちゃんと分かるように言わなくちゃ……しっかりしろ、わたし」

 

 わざとらしい咳をしたかと思ったら、おんぷちゃんが何やらブツブツ言い出す。

 いつもスマートなのに珍しい。こんなに慌てる様子は見たことがなかった。

 

 おんぷちゃんは指を弾いて、煙とともに空から落ちてきた小箱をキャッチする。

 あたしの手を引いてベットから起き上がらせて、側に跪いた。

 

 あたしはポケーッとしてて状況を理解するのに時間がかかった。

 

 

 

 気付いた時には――

 

 

 

 おんぷちゃんの美貌が目の前にあった。

 

 顔を上げ、見つめる瞳は真摯な色を纏って視線を逸らさない。

 まるで王子様みたいに。側で傅かれ、手をキュッと握られて――

 

 

 

「どれみちゃん。わたしと、結婚してください」

 

 

 

 おんぷちゃんが小箱を開ける

 

 真正面からの愛の告白に添えて。

 

 紅の宝石があしらわれた、銀の指輪。

 

 

 

「ただの指輪じゃつまらないと思ってね。ダイヤじゃなく、どれみちゃんのイメージに合うルビーを付けてみたの。魔女界で取れた魔法の宝石……スッゴく貴重なものなんだって。これが……あなたへの婚約指輪よ。どうか受け取ってください」

 

 

 

 あたしはおんぷちゃんと指輪とを見返した。

 

 さっきの言葉を心の中で何度も反芻して、指輪の輝きがゆっくりと染み込んで、だんだんと、心臓の鼓動が大きくなる。

 

 バカみたいに、心が震えていた。

 

 

 

「……えぇぇ~~~!?!? ウッソ~~~!?」

 

「もう! どれみちゃん! 人が折角真面目にやってるのに! 今度は何が信じられないの!?」

 

「全部だよ! 全部! あたしと? おんぷちゃんが? 結婚!? ありえな~い!」

 

「ちょっと! わたしじゃダメだって言うの!?」

 

「いや、ダメとかじゃなくて……!!」

 

 互いにヒートアップして声を捲し立てていると隣から「はしゃぐな! 下郎!」と壁ドンされて、あたし達の意気がシュルシュルと下がった。騒いでごめんなさい……。

 

 すると、おんぷちゃんが耳打ちするみたいに手で口を覆い今度はヒソヒソと喋りだす。

 

「で、どれみちゃん……返事、聞かせて?」

 

「い、今言わなきゃダメ? 心の準備が……」

 

「そんな意気地のないこと言わないでよ。悩みとか不安があるなら今ここで解決しましょう? もしかして、結婚自体が嫌とか?」

 

「そんな! 嫌じゃないよ! おんぷちゃんにプロポーズされたのはすっごく嬉しくて……」

 

「そう、良かった……」

 

 おんぷちゃんはホッと息をつく。

 いつもの涼しげな顔付きと違って、力の抜けた安堵の表情。

 長い睫毛の影が落ちる瞳は少し潤んでいて、感情が剥き出しになっていた。

 

 今日のおんぷちゃん、何だかかわいいぞ……!

 

 綺麗で美しい絶対的な神々しさとは無縁な、人並みの女の子みたいなあどけない雰囲気。

 ひ~っと悲鳴を上げたくなるほど、その姿が堪らなく愛おしかった。

 

 

 ――でも、

 

 

 あたしはおんぷちゃんを感情のまま抱き締めることは出来ずにいた。

 胸にグッと引っ掛かりを覚えて、上げかけた手をゆっくり下ろして目を伏せる。

 

「……おんぷちゃんの気持ちは嬉しいよ。結婚も……だけど、それってもう今まで通りじゃいられないってことだよね? 魔女界で一緒に暮らそうとか、そういう意味だよね?」

 

「ええ……それが嫌なの?」

 

「……あたしは魔女として半端者だから。未だに自分が魔女になった意味を見つけられないし、仕事も約束も放り出して…… あたしが、今さら魔女界に行ってもおんぷちゃんの迷惑になるだけだよ。ハナちゃんだって……」

 

 あたしは悔しさで唇を噛んだ。

 

 本当に情けない。

 自分の体たらくのせいで、おんぷちゃんの決意に水を差してしまう。

 今まで怠けていたツケが本来なら幸せに彩られるはずの、この瞬間に回ってきていた。

 

 

 魔女になったこと、魔女として生きること。

 あたしは後悔と戸惑いを抱き、それをずっと先伸ばしにして……。

 無視して、押し隠して生きてきた。

 

 

 下を向くあたしに、おんぷちゃんは苦笑混じりの溜め息をつく。

 

「まぁ、そうよね。終わったことをいつまでもグチグチと引きずって。大役を任されたと思ったらプレッシャーで逃げ出しちゃうし。ホントなっさけないな~、どれみちゃん」

 

「うぐっ……」

 

 おんぷちゃんが容赦なくグサグサッと言葉を突き刺してきて、あたしは堪らず胸を抑えた。

 

 「でも……」と、おんぷちゃんが続ける。

 

「悩むのがどれみちゃんらしいと、わたしは思うけどね。魔女になりましたでハイハイすんなり飲み込んじゃうどれみちゃんなんて気持ち悪いじゃない」

 

「気持ち悪いって……」

 

「それに……あなたは意味が見出だせないって言ってたけど……本当にそうなのかしら?」

 

 あたしは「えっ?」と声を漏らす。

 おんぷちゃんの意外な言葉に目が点になった。

 

 あいちゃんにも、はづきちゃんにも、ももちゃんにも、ぽっぷにも。

 あたしが魔女になった理由を聞かれたけど、何故かおんぷちゃん一人だけは尋ねてこなかった。

 

 あたしはそれをずっと疑問に思っていた。

 

 自分も当事者だというのに。

 ましてや、おんぷちゃんはあたしが魔女になったから自分も魔女になったんだ。

 

 当然、気になるはずだし、聞く権利があったはずだった。

 そして、あたしには答える義務があった。

 

 

 だけど、おんぷちゃんは魔女になる直前に『あなたが魔女になるなら、わたしも魔女になる』と言うばかりで、かなり揉めたんだけどマジョユキエ様からの条件もあり、あたしは渋々おんぷちゃんと共に魔女になった。

 

 もしあの時、おんぷちゃんがあたしに説明を求めていたら、あたしは何も言えなかった。

 おんぷちゃんならあたしを簡単に言い包めることだってできたはずで。

 あたし達は魔女になれなかったはずなんだ。

 

 なのに、おんぷちゃんはあたしに選択を委ねただけで、それ以来、何も聞いてこなかった。

 

 自分でも分からないことを、何一つ問うことがなかったおんぷちゃんが知っている?

 あたしはおんぷちゃんのその口ぶりに、狼狽しながらも興味を引かれていた。

 

「どれみちゃんはバカでドジで間抜けで、後先考えずに突っ走ってコケるし失敗するし……」

 

「ちょいちょい、おんぷちゃん。いきなりなにさ。悪口イクナイよ」

 

 罵倒から始まる物言いにあたしはつい口を挟んだけど、おんぷちゃんに無視される。

 

「……でも、いつだって必ず正解を選んでたわ。人も、魔女も、わたしすら……全て助けてしまう。最後には人間界と魔女界を……あなたは世界を救った英雄『マジョドレミ』」

 

「ッ!? も、もう! なにが言いたいのさ!? それはさすがに買い被りすぎだって! 色んな人達と協力してできたことじゃん。あたしはどっちかって言うと足手纏いだったし……」

 

 今度はいきなりの誉め殺しで心臓が飛び出しそうになる。

 畏まって語尾が聞き取れないほど声から息が抜けてしまう。

 

 てか、言いたいことがよく分からなくて、どう受け止めたらいいか困っていた。

 

 けれど、おんぷちゃんは思ったままを口にしてるかのようなすっきりした表情で、

 

「そうね。あなたは良いとこなしの落ちこぼれ。勉強も魔法もロクにできない……」

 

「こら、おんぷちゃん。いい加減にしなよ」

 

「でも、その代わり……あなたは優しい。他の誰よりも優しくて……素晴らしい物を持ってるんだわ。だから、色んな人と絆を広げて、頑なだった魔女達の心を動かすことができた」

 

 おんぷちゃんは微笑むように目を細め、

 

「どれみちゃんは……特別なの。あなたが中心にいたからこそできた偉業よ。今まで……人間界は魔女の存在を忘れ続け、魔女界は人間を恨み続けてきた。そんな地獄のような世界を繋ぎ止めて、人と魔女に『愛』を示した……何度でも言うわ、どれみちゃん。あなたは英雄なのよ」

 

 とりあえず言いたいことを言い切ったかのように、おんぷちゃんは少し間を空ける。

 

 上げたり落としたりで忙しい。

 落胆と含羞、疲れで肩を落とした。

 

 一先ずあたしは困惑を誤魔化してへらへらと笑っておく。

 

『英雄』か……。

 マジョトゥルビヨン様を救った後も同じような過大な賛辞を魔女界の方々から貰ったけど、おんぷちゃんに言われるのが一番こそばゆい。

 

「たはは、くすぐったいね。なんか」

 

「ふふ、今や魔女界の教科書にも載ってる大魔法使い様だものね~」

 

「やめてよ、恥ずかしい」

 

 あたしは思わず手で顔を覆う。

 あれはほんっっっとうに恥ずかしかった!

 

 

 ハナちゃんが女王に即位してまず最初にやったこと。それは魔女界の教育改革だった。

 

 

 中世の時代の『魔女狩り』を皮切りに、人間が魔女を奴隷にしたりといった凄惨な事件の頻発。

 魔女の不満は膨らみ続け、ついには魔女ガエルの呪いよって断交が決定付けられる。

 

 それ以降、人間界に近付かないように魔女達は幼い時から、人間は怖い存在なのだと厳しく教え込まされてきた。

 だけど、何百年も両界を隔てていたその呪いもやっと解かれて、人間界と魔女界はまた新たなスタートを切ることに。

 

 

 ハナちゃんの治政では今まで方針をガラリと転換した。人間界との融和を目指すため、まずは人間に好意を抱いてもらおうと……。

 あたしはその政策の一分として、まんまと利用されてるってわけ。

 

 政治的な宣伝のために、魔女見習いとしてのあたし達の4年間は教科書に載ることになり……。

 でも、読んでみたら大筋は合ってるんだけど、まるであたしだけが活躍したような誇張っぷりで見てると何だか心苦しかった。

 

 幼児用の絵本なんかもっと酷くて、あたしを主人公にして氷に囚われたマジョトゥルビヨン様を復活させるため仲間達と共に6つの秘宝を探す旅をエンヤコラと。

 今やそれが魔法使い界でも発売されてるんだから始末が悪かった。

 

 

 やっぱり皆の協力あってのことだからさ。

 あたし一人が手柄を横取りしてるみたいで嫌な気分になるんだよね。

 

 当然反対したんだけど、ハナちゃんのやれプロパガンダだの象徴が必要だのといった話術で丸め込まれ、あたしはすごすごと引き下がるしかなかった。

 

 最近はますます女王としての貫禄が出てきてるみたいなんだよね。

 娘の意外な成長を見て、母としては……立つ瀬がないな~トホホ。

 

 

 それに――はづきちゃん達の意向でもある。

 

 

 あたしとは絶縁状態だけど、ハナちゃんにはちょくちょく会っているという。

 教科書の編纂にも快く協力して、自分達の活躍が陰ることに文句一つ言わなかったらしい。

 

 その話を聞いた時、あたしは何とも言えない複雑な気持ちになった。

 

 はづきちゃんやあいちゃん、ももちゃんの心理はよく分からない。

 本当ならどういうつもりなのか直接問い質したいところだけど、そんなこと出来るわけもなく、いつもモヤモヤと心が燻っていた。

 

 あたしがやれやれと溜め息をついていると、

 

「――そんなあなただから、この決断にもきっと意味があるんだとわたしは感じてるんだけどね」

 

 ハッと顔を上げる。

 考え事をしていたら、いきなりおんぷちゃんの呟きが滑り込んできた。

 

 そういえば、まだ話の途中だったよね……。

 

 あたしを貶めたり誉めたり、話は脱線しちゃうし、言いたいことが全く分からないんだけど。

 

 さっきからおんぷちゃんは難問を過程を経ずに答えだけを知ってるみたいな口調で。

 あたしを見る目はまるで運命を占うようにミステリアスで、遠く深かった。

 

 おんぷちゃんの見据える先はおんぷちゃんにしか分からない。

 

 あたしは一人取り残された気分で、ただ誘われるまま話に耳を傾ける。

 

「あなたは魔女になったことを衝動と言っていたけど……本当は知らず知らずの内に自分の『使命』を理解していたんじゃないかしら? ただその使命があまりにも大きすぎて、今まで見極めることができずにいただけ……」

 

 あたしは思わず絶句する。

 使命――唐突に出てきた言葉が胸を突いた。

 

 意外を通り越して点と点が繋がらないほど無関係。あたしが今まで抱いていた衝動とはかけ離れ過ぎた響きだった。

 

 いくらなんでもそれは……と咄嗟に否定を口に出そうとしたんだけど、おんぷちゃんの真剣な表情にそれを押し留められる。

 

「魔女ガエルの呪いが解かれて、魔女界と人間界は新たな時代を迎えたわ。英雄『マジョドレミ』、望むと望むまいとあなたは旧時代の楔を断った張本人。どれみちゃんから全てが始まった。あなたは……世界の命運を担う責任と義務を負った勇者なのよ」

 

 確信どころか、まるで預言者のように朗々と語られる言葉。

 

 楔? 勇者?

 次々と出るキーワードにあたしの頭がグルグルと混乱する中、おんぷちゃんは止まらない。

 

「これからは激動の時代よ。魔女と人間の交流復活。ハナちゃんが進もうとしている道は茨の道でもある。魔女と人間が交流すれば……互いに怒りや悪意を持った者が出てくるのは目に見えてるもの。そして争いが、『魔女狩り』や『百年戦争』のような悲劇が必ず、また……」

 

 おんぷちゃんは目を伏せる。物憂げに溜め息をついた。

 

 あたし達やマジョユキエ様が抱いていた理想は生易しいものじゃないんだと、あたしも大人になるにつれて理解していた。

 

 

 ハナちゃんから色々な話を聞くし。

 補佐をしてるマジョリカやララやドド達も、緊張感が違うからね。

 

 順調、とはお世辞にも言えない状態らしい。

 市井の魔女の反発は未だに根強かった。

 

『魔女狩り』で仲間や家族を大勢失ってる人もいるから、仕方ないんだけどね。

 一応、元老院が満場一致とはいえ強行策に出て反対派と対立してしまったら、それこそ『百年戦争』の二の舞いになってしまうし……。

 

 

 人間だってどうなるか分からない。

 自分が元人間だから分かるけど、魔法ってのは本当に便利で禁断の果実と言ってもいい代物だ。

 

 魔女や魔法を悪どく利用しようと考える人間は必ず出てくる。

 悲しいけど現実で、そして今や現代だ。中世の時とは違って悪い想像もさらに大きく膨らむ。

 魔法や魔女を受け入れずに差別してくる人間だっているはずだ。

 

 

 魔女と人間は因縁深く、罪深い。

 肩を並べて一緒に歩むことができれば両者はもっと幸せになれるはずなのに、いつの間にか、憎しみが広がってしまう。

 

 魔女は忌まわしい過去に怯えて、その再来を恐れている。

 人間も過去の罪をとっくに忘れて、同じことを繰り返す。

 

 

 でも、じゃあ、だったら――

 

 お互いこのまま出会わずに暮らすのが、正しい選択なの――?

 

 

 

 ――絶対に違う!!

 

 

 

 混乱も困惑もはね除けて、沸き上がる言葉。

 

 魔女も人間も、同じように悩み苦しむ、心を持っている。

 人間が悩んでいることを魔女が解決できるかもしれないし、魔女が苦しんでることを人間が癒すことができるかもしれない。

 

 あたしが魔女見習いとして学んだことは、その無限の可能性だ。

 魔女と人間が同じ心を持っている限り、決して諦めたりなんかしない!! できない!

 

 

 いつの間にか、おんぷちゃんの話にあたしは熱中していた。

 胸の中で炎が上がる。闘志とも言える熱い感情が高まっていく。

 

「ハナちゃんが夢描く世界は……パンドラの箱なの。開けた瞬間、憎しみや悲しみが次々と溢れ出す。それでも、きっとそれを乗り越えた先にはマジョユキエ様が言っていたような素晴らしい世界が待っている……その希望を見せてくれたのが、あなた」

 

 おんぷちゃんはそっと微笑みを浮かべる。

 瞳には優しい光が灯っていた。

 

「ハナちゃんが魔女界で生まれた光明なら、どれみちゃんは人間界で選ばれた希望なのよ。二人が揃って初めて未来の扉が開く。あなたはそれを純粋に感じ取っていただけなんだわ。マジョユキエ様だってそれが分かっていたからこそ、魔女になることをお止めにならなかった……」

 

 頭の中に電流が走った。全身が閃きに満ちる。

 

 あたしが単純なだけで、おんぷちゃんの熱弁に押されてるだけなのかもしれないけど。

 でも、じゃあ、この言い様のない感覚は……?

 

 今まで剥離していた体と精神がピタリと一致するような、得体の知れない満足感。

 止まっていた時間が動き出したような躍動感は、一体――?

 

 少しずつ、自分が前に進んでいく気がした。

 追い風に背中を押されて、とにかく熱く、激しい戦意に包まれる。

 

 戦意と言っても誰か敵を倒すわけじゃない。

 もっと大きな、世界とも言える、過酷な現実。

 

 思うのは、ハナちゃんのこと。

 

 現実を相手に立ち向かってる、我が娘。

 それを思えば、今すぐにでも駆けつけてあげたかった。

 

 圧力を感じるほど冷静なおんぷちゃんの眼差しに、尚もあたしの心がズキリと疼く。

 

「いずれ、魔女も人間も混乱に飲み込まれてしまうでしょう。あなたの使命は魔女と人間の架け橋になり、争いを食い止めること。それが為せるのは、どれみちゃんだけ。なぜならあなたは、魔女と人間が共に生きることができると証明した『愛』そのものなのだから」

 

 真っ直ぐな、おんぷちゃんの目。

 心中の弱気を見透かそうと試してるような、その視線。

 

 あたしは目を逸らさない。

 

「あなたならきっとできるわ。わたしも手伝うから。ハナちゃんも、マジョリカも、ララや妖精達も側にいるわ。マジョユキエ様やマジョトゥルビヨン様も信じて力を託してくれた。あなたのために用意された元老院の席は、まだ空いている(・・・・・・・)

 

 おんぷちゃんの満足そうな微笑み。

 

 あたしはドクドクと脈打つ胸を抑えようと一度大きく深呼吸した。

 握った拳はとても熱くて、汗が滲む。

 

 

 ――おんぷちゃん……!

 

 

 感動に体が打ち震えた。

 その一つ一つの言葉に衝撃を受けていた。

 

 おんぷちゃんが言ってくれたことは全部分かり切ったことで、全部あたしが忘れていたことだ。

 

 

 ――あたしはバカだ……!

 

 

 やることは何一つとして、変わらない。

 おんぷちゃんに、一から十まで丁寧に説明されるまでそれが分からないなんて……!

 

 魔女見習いの時から、思い描いていた。

 大親友達や愛娘と交わした約束。

 

 それがあたしの全てだった。

 

 衝動だろうがなんだろうが構わない。

 勇者とか英雄とか、関係ない。

 

 あたしがやるべきことは自分を責めることじゃない。前を向いて為すべきことが一つ――。

 

 

 ――全て、おんぷちゃんが示してくれたこと。

 

 

「……本当はわたしも、あなたに偉そうな口を聞ける立場じゃないんだけどね」

 

 おんぷちゃんがジャラリと手首のブレスレットを揺らして掲げる。

 

 忌々しげにそれを睨んだ。

 

「わたしは卑怯者よ。魔女についても、あなたを愛してるということさえ、パパやママに話すのが怖くって……こんな物に頼ってしまう。大義を持ったあなたとは違って、わたしは……」

 

 おんぷちゃんが気まずげに顔を俯ける。

 寒いわけじゃないのに、声が震えていた。

 

 緊張を表情に滲ませて怯えるようにあたしの顔を窺うその姿は、いつものおんぷちゃんとは思えないほど弱々しい。

 

 

 おんぷちゃんが初めて吐露した弱音だった。

 

 

 魔女も、人間も、懊悩からは逃れられない。

 気高き女王だったマジョトゥルビヨン様ですら何百年の眠りにつくほど悲しみに打ち拉がれる。

 人間と結婚するために人間界に渡って、その苦しみから呪いの森を生み出してしまった。

 

 人間から魔女になった者も、それは同じ。

 あたしより何倍も強いと思っていたおんぷちゃんだって、顔に出さないだけで辛かったんだ。

 

 あたしが為すべきこと。

 それはこれ以上、魔女と人間の出会いによって生まれる悲しみや苦しみを増やさないこと。

 

 そして、まずやるべきことは目の前にいるこの世界で一番愛してる人を少しでも救うこと。

 

 あたしは身が引き締まる思いを感じて、それを真摯に受け止める。

 おんぷちゃんの手を掴み、両手で包み込んで、強く握った。

 

「正直言うとね、禁呪を使ったことは本当に許せないんだよ? でも、だったら、あたし達のことだけはちゃんと話そうよ。魔女についてともかくとしてさ。同性愛も言いづらい話だけど……あたしと一緒ならきっと大丈夫!!」

 

 「あたしも魔女のことは親に黙っときたいしね~」とけらけらと笑う。

 言えないのはあたしも同じだ。おんぷちゃんだけを責めることはできない。

 

 ちょっとずつでも、進んでいけたらいい。

 言えることだけでも、しっかりと伝えていかなきゃダメなんだと思う。

 

 おんぷちゃんは目を見開いて驚いていたけど、すぐに顔を綻ばせてクスリと笑った。

 

「そう。なら、わたし達の婚約をはづきちゃん達にも報告しに行きましょう。いい加減、あなたも3人と仲直りしないとね」

 

「うげっ!? それは……!!」

 

「わたしと一緒ならきっと大丈夫。それに3人共、とっくにあなたのことを許してるのよ?」

 

「……えぇぇぇ~~~!?!?」

 

「あなた、ハナちゃんやぽっぷちゃんの話をろくに聞いてないものね」

 

 おんぷちゃんが飽きれて肩を竦める。

 

 あたしは唖然として何も言えなくなる。

 嬉しいより先に動揺してしまう。おんぷちゃんのプロポーズ並の仰天発言だ。

 ずっと悩んでたことが取り越し苦労だったなんて、そんなのあり~!?

 

「¨あり¨よ」

 

「心を読まないでよ! おんぷちゃん!」

 

「アハハ! ……ねぇ、どれみちゃん。そろそろ……答え、聞かせてくれる?」

 

 おんぷちゃんが声のトーンを落として、静かに聞いてきた。

 

 沈黙。けれど、決して嫌な雰囲気じゃない。

 真剣さと気恥ずかしさが混じって、少しだけ心地よさを感じる。

 

 話し合った結果、結婚するために必要な物は全て揃ったし、障害もなくなって……。

 なんだこれ、すごく……照れ臭い!!

 

 あたしは照れを誤魔化すように咳払いをして、

 

「……え~っ、まぁ、ね……」

 

 言葉に詰まる。

 いや!! こういう時、どう言ったらいいの!?

 

 普通に言えばいい? なんか洒落たことが言いたいけど何も思い浮かばない!

 一生の思い出になるのに~! 下手なことしたら笑い者になっちゃう!!

 

 心中であ~!と嘆いていると、あたしの頬におんぷちゃんの手がそっと触れた。

 あたしの心を掬い取るように、顔を上げさせてくれる。

 

「ねぇ、どれみちゃん。あなたはわたしのことをよく綺麗だとか美しいって言ってくれるけど……わたしだっていつかはしわしわのおばあちゃんになっちゃうわ。それでも……醜くなったわたしでも、あなたはわたしのことを愛してくれる?」

 

 その言葉に、あたしの中にあった迷いや不安が粉々に砕かれた。

 今まで抱いていた辛さや後悔すら残らず消えて、それ以上に、勇気が沸き上がってくる。

 

 

 今日はおんぷちゃんに助けられてばかりだな、と頭を抱えたくなるけど、いつものことだ。

 おんぷちゃんはうじうじするあたしに呆れたり苛ついたりしながらも、知らん顔はせずに励まして背中を押してくれる。

 

 そんな日々がこれから毎日でも続く。

 あたしも、おんぷちゃんに返していかないといけない。

 

 おんぷちゃんと一緒にいることが堪らなく幸せで、おんぷちゃんが喜ぶことなら全て、なんだってしてあげたい。

 

 

 

 あたしから言えることは、たった一つ。

 

 

 

「――愛してるよ、おんぷちゃん。これからも、ずっと」

 

 

 

 目の前にいるのは最愛の人。花開く笑顔。

 

 月の輝きをそのまま借りてきたような艶やかな髪に深く染まった紫の瞳、透き通るような白い肌。たおやかな肢体。どの角度から見ても計算し尽くされたように理想的な美貌。

 

 自身が望まずとも、彼女は美しかった。

 

 だけど、その中にはひねくれたところや子供っぽいところとか、色んな物が詰まってて、あたしは、そんなおんぷちゃんが全部大好きだった。

 

 まぁ、正直、今の姿からしわしわのおばあちゃんになる姿は想像つかないんだけどね。

 てか、そうなるまで何百年かかるんだよって話。金寿でもすごいのに魔女となったら……。

 

 でも、楽しいことばかりも言ってられない。

 

 これから先、何が起きるか。

 おんぷちゃんが言うように、争いや混乱が幾度も巻き起こって、幸せな気持ちや互いを想い合う心も、いつか引き剥がされたり、脆く崩れ去る。

 

 マジョトゥルビヨン様が苦しんだように、現実や世界を恨んでしまう瞬間が――

 

 ……考えても仕方ないか。きっと大丈夫!!

 

 

 

 だって、あたし達は――

 

 

 

 おんぷちゃんは何も言わず、そっとあたしの手を取った。

 摘ままれた指輪が、ゆっくり、あたしの指へと嵌め込まれる。

 

 左手の薬指。

 緩くもきつくもなく、すんなりと収まる。

 

 あたしはこの上ない充実感に包まれて、しばらく指輪に見とれていた。

 宝石の輝きが目に染みて泣きそうになる。

 

 おんぷちゃんの手があたしの顎に添えられて、導かれる。

 すぐ目の前に甘い吐息を感じる。あたしは自然と目を閉じた。

 

 

 

 永遠を誓い合う二人に祝福を贈るように。

 

 笑う月だけが見守っていた。

 

 幸せな一時を。誰よりも愛を込めて。

 

           ☆★


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