Witch Loves   作:シャンティ・ナガル

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Witch Loves: I need you because I love you.

 

           ☆

 

『ひどいわ!! どれみちゃん! こんなこと――!!』

 

『どれみちゃん!! 許さへんで……!』

 

『How come……どれみちゃん……』

 

 

 はづきちゃんのつんざくような悲鳴。

 

 あいちゃんのあたしを睨む眼差し。

 

 ももちゃんの呆然とした溜め息。

 

 

 今でも、鮮明に思い出せる。

 あたしのせいで苦しみ、悲しんだ大親友達。

 

 

 

 決して忘れることのない、苦い記憶――。

 

 

 

 何故、あたしが魔女になったのか。

 

 これは皆にも頻りに聞かれたんだけど、とうとう明確な答えを出すことができなかった。

 多分、これから千年生きようが解決しないような気がする。

 

 あたしだって聞きたかったんだからさ。

 他でもない、あたし自身に。

 

 

 あたしは説明しようがない衝動に突き動かされて魔女になってしまった

 

 

 衝動としか言い様がなかった。

 小さい時の夢は魔女だったし、ハナちゃんを心配してとか、もっともらしい動機や理屈は何個かあるけどどれもあたしの中ではしっくりこない。

 

 今のどっちつかずなあたしを見るに、やっぱり、衝動が正しいんだと思う。

 

 例えるなら、ミライさんの時に似ているかもしれない。

 ガラス工芸を教えてくれたミライさんはベネチアへ一緒に行こうと、あたしを誘ってくれた。

 

 夕陽に包まれる交差路であたしは長い間立ち尽くして、ついにミライさんの元へ駆けていく。

 結局ベネチアへは行けなかったけど、あの時も、衝動に背中を押されたんだ。

 

 今思えば、なんでそんなことをしたのか説明ができないのは同じ。

 一つ違うとすれば、魔女になった時は自分でも驚くほど、まったく悩まずに決めたことだ。

 

 ミライさんの時は延々と思いを巡らせて一日それしか考えられなくらい悩んで、最後にやっと出した答えがまさに衝動だった。

 燃えたぎる炎や猛烈な大風、感情がグワッと沸き上がって脇目も振らず飛び出したのに。

 

 魔女になる時は心の内で囁かれる命令に淡々と従っただけというか、いつも表情に出やすいあたしが最後まで悟られなかったほど冷静でいつも通りだったんだ。

 

 女王様――先代女王マジョユキエ様に選択を持ち掛けられ、1ヶ月の猶予をもらったあの日。

 その日からずっと、あたしは密かに魔女になることを決めていた。

 

 決めてたというか、多分……。

 その瞬間から、もう魔女になっていたんだ。

 

 いやね、あたしも意味分かんないんだけどさ。

 

 人間か魔女かという選択を迫られて動揺する大親友達を見ながら、あたしも少し苦い顔でどうしようかとか考えてはいたんだよ。

 フリじゃなく本気でね。

 

 

 でも、既に結果は見えてたというか……。

 

 

 心に一本だけ通る芯があって、あたしの気持ちや血や肉がいくら挿げ替わろうと、その一本は、決して消えることも失うこともない。

 

 信念にも執念にも似た、あたしの中の奥底で眠っていた根源がスーッと水面から浮かび上がるように顔を出していたんだ。

 

 ドッペルゲンガーとか悪魔憑きとか、オカルトみたいな話じゃなくてね。

 魔女のあたしがオカルトを否定すんのもどうかと思うけど、あれは何も特別な物じゃない、自分の内にある本心だったから。

 セミナー本なんかでよく『自分に従え』って書かれているけど、まさしくそれ。

 

 あたしは自分に従っただけなんだ。

 他人に流されたわけでもなく、全て自分の意志で決めた。

 少なくともそれを自覚できるほど、あたしは平然としていた。

 

『魔が差した』と言われれば、それまでなんだろうけど。

 やっぱり、オカルトなのかもしれない。

 

 

 最後の1ヶ月間、ももちゃんのアメリカ行きやあいちゃんの大阪帰りが決まったり、おんぷちゃんやはづきちゃんが別の中学に行ったり、身が引き裂かれるほど悲しかったのは本当で。

 

 ハナちゃんには内緒でこっそり5人で集まり、ぽっぷとも相談して、魔女にならないと決めた時も皆でワンワン泣いた。

 その時の涙も、本物だったんだ。

 

 

 なのに、あたしは猶予の前日にマジョユキエ様の下へ行ってある頼み事をしていた。

 

『……それで良いのですね?』

 

 マジョユキエ様から反対はされなかった。

 だけど、その声音は重苦しくて言外に咎めようとしているのが分かった。

 

 でも、あたしは昨日までの涙なんてコロッと忘れたみたいにすっきりした顔で頷いた。

 最後まで、決心は揺らがなかったんだ。

 

 

 翌日、皆でマジョユキエ様に魔女にならないと告げてハナちゃんと大事な約束を交わした。

 元老院魔女のお歴々に見送られ、あたし達の見習いとしての4年間はそこで終わった。

 

 

 

 あたしの人間としての人生も。

 

 

 

 あたし達の水晶玉をハナちゃんに渡すことは事前に決めていた。

 魔女になる儀式で6個の水晶玉がハナちゃんの水晶玉に吸収されて、これであたし達は魔女になる権利を手放したことになる。今度こそ永久に。

 

 激しい光に包まれて、一つになる水晶玉。

 その光景を、あたしは黙って見ていた。

 

 ポケットの中で、自分の本当の水晶玉を握り締めながら。

 

 

 

 マジョユキエ様へのお願い。

 

 それは、あたしの水晶玉を、偽物にすり替えておくこと。

 

 

 

 あたしはまんまと皆を出し抜き、ちゃっかり自分一人で魔女になろうと画策して、それを見事に成功させたわけさ。

 話し合って決めた結論も、さっきまで涙混じりで語っていた約束も、堂々と踏み倒して。

 

 罪悪感は湧かなかった。

 成功して、やったー! とか嬉しくもないし。

 魔女になってしまった悲しみも。特に、何も。

 

 強いて言うなら、最後の別れの挨拶でマジョユキエ様が抱き締めてくれた時、あたし一人だけが泣けなくて、それが少しだけ、苦しかったのは憶えてる。

 

 

 ……なんか、魔女というより悪女だよね。

 

 

 その後は人間界へ戻り、何食わぬ顔で皆と別れ、家に帰り、寝て、起きて、学校へ行き、また夜になって、あたしは再びMAHO堂へ赴いた。

 

 訝しむマジョリカやララを制して、魔女界の扉を開く。

 あえて箒には乗らず、城へと続く道を散歩でもするみたいにゆっくり歩いた。

 

 足を出すたび、息をするたび、脱皮を繰り返してる感覚。

 人間の手、目や鼻、精神や意識がボロボロと剥がれ、或いは掴めないほど遠退いて『人間だった』頃の記憶として隅に押しやられる。

 

 途中で景色を見るために座り込んだりのんびりとした時間の中で、あたしの表面や内面は急速に変化して、まるで強烈な波動を叩きつけられてるみたいで。

 

 だけど、変化の狭間にいるあたしはな~んも気にせず落ち着いていた。

 無情に流れいくものを粛々と受け入れる。

 

 

 

 ミライさんが言っていたガラス越しの世界。

 

 その向こう側へ。あたしは踏み込んでいた。

 

 

 

 城に着き、謁見の間へと通される。

 

 白いベールで顔を隠すマジョユキエ様。

 玉座の側で佇むマジョリンさん。

 目を瞑って腕組みをしてるマジョハートさん。

 ピョンピョンと跳び跳ねて喜ぶハナちゃん。

 

 

 

 そして――

 

 

 

 それまで波紋一つなかった穏やかな心が初めて動揺する。

 激しく打ち震えて、体がバラバラに崩れ落ちそうになった。

 

 目の前が赤く、ビリビリと歪んだ。

 お腹がぎゅっと縮んで肩が強ばる。

 

 頭が割れるように痛い。神経がぶつ切りにされるみたいだった。

 汗が後から後から噴き出して、なのに手足の感覚がなくなるほど体が凍えていく。

 

 「なんで!? 」「どうしてあなたが!?」と大声で叫びたかったのに、言葉どころか呼吸すらままならないほど息が詰まって呆然と立ち尽くした。

 

 瞬きを忘れて、その後ろ姿を見つめる。

 

 こんなこと、あってはならなかった。

 現実を受け入れられなくて、何度も疑って、でも現実で、その度に暗闇に叩きつけられる。

 

 

 

 あたしに気付いたのか、かわいらしいサイドテールがぴょこんと揺れた。

 爪先を軸に軽やかなターンで彼女が振り向く。

 

 彼女の微笑みがあたしを紫紺に染める。

 リンと、鈴鳴りのような涼しい声。

 

 

 

 ――遅かったじゃない、どれみちゃん。

 

 

 

 おんぷちゃんの声が、未だに耳から離れない。

 

           ☆

 

 目を覚ますと窓の外で月が輝いていた。

 ボンヤリと輝く満月。笑う月。

 

『見てたのか、変態』と、あたし達の情事をチラ見するノゾキ魔を睨みつけた。

 

 いつものニコニコ顔が今日はヤラしく見えて、寝起きだけど急にキーッ! って腹が立った。

 エッチ! スケベ! と目覚まし時計とか夜空に向けて投げつけてやりたい感じ。

 

 でも、そんな幼稚な癇癪を受け止める月はフフッとさらに穏やかさを深めたような気がした。

 見透かされる笑みに、あたしは胸を突かれ慌ててタオルケットの中に隠れた。

 

 頬が熱くなる。

 優しい光を当てられるのが恥ずかしくて、それと布にくるまってるとフツーに暑い……。

 

 あたしはその内、ガバッと起き出た。

 

 全てを見守るように月が天高く昇っていた。

 後ろめたさに似た何かを感じながらも、あたしは素直にその輝きを直視する。

 

 

 ――綺麗。

 

 

 あたしの瞳一杯に映る光の玉。

 パンパンに張り詰めるようなエネルギー。

 幻想的な色があたしへ一直線に降り注ぐ。

 

 真珠のように煌びやかで、世界一大きな宝石。

 それを独り占めしてるみたいな贅沢な気分。

 

 自分が魔女だからか月を見上げてると力が漲ってくるし。

 さっきは怒ってごめんなさい。

 

 少し照れ臭くなった。

 月に向かって、あたしは何を思ってんだか。

 

 だけど、あたしにとって月は特別だ。

 嬉しい時も悲しい時も、あたしを照らしてくれた月の光。気が付くと側にいた。

 

 そのくらい遠い昔から、あたしはよく月を見上げていた。

 

 魔力の強弱が月相によって変わると本で知って、満月や新月に合わせて魔法の練習をしたり。

 魔女見習いになってからは魔女界への入り口が開く笑う月を、試験は嫌だったけど魔女界へ行くのは楽しみで仕方がなかった。

 ハナちゃんが幼稚園に通ってた時は面会日が待ち遠しくてヤキモキしてたっけ。

 

 あたしはいつも月を見ては確かめていた。

 

 

 

 あたしが魔女になった日も。

 

 美しい月の夜だった。

 

 

 

 まん丸の月の縁に懐かしさを辿る。

 魔女に憧れた女の子の毎日、魔法が結びつけた友達との日々。

 

 ぽっぷが生まれて、可愛かったりウザかったり大変で、でもやっぱり嬉しかった。姉妹で魔女見習いになるとは夢にも思わなかったよ。

 

 はづきちゃんと仲良くなって、ピアノとバイオリンを一緒に演奏をした。それからはあたしのドジな性格を支えてくれて感謝しきりだった。

 

 あいちゃんが転校してきて、初対面なのに酷いこと言われたっけ。夕日を見ながら食べたタコ焼きの味は今も覚えてる。

 

 おんぷちゃんがマジョルカと現れた時はビックリしたな~。騒動に巻き込まれもしたけど今となっては結果オーライ。

 

 ももちゃんのケーキ美味しいよね~。もうすでにプロ並だったもん。夢に向かって頑張ってたももちゃんのこと、ずっと尊敬してたんだ。

 

 

 

 魔女界へ渡って色んな経験をしたり、人間界で魔法を使って事件を解決したり。

 両界を繋ぐ笑う月は、そんなあたし達をずっと見守っていた。

 

 喜びや悲しみをかき混ぜて今にも弾けて飛び出しそうなほど、膨らんだ月の中には、皆との思い出がたくさん詰まっていたんだ。

 

 

 

 だから、あたしはその光にこんなにも慈しみを覚えて、こんなにも泣きそうになる。

 

 

 

 暗夜を優しく照らす月。

 部屋に光を散りばめて、あたしの目を静かに灼いていた。

 

「んん? どれみちゃん……?」

 

 おんぷちゃんがもぞもぞと寝返りを打ってあたしの方を向いた。

 

「あっ、ごめん。起こしちゃった?」

 

「ううん、いい。なに見てるの?」

 

 小さく欠伸をして眠り目を擦るおんぷちゃん。

 

 あたしは指し示すように目線を空に向けた。

 

「うん、月が綺麗だなぁって……」

 

「えっ? ……ふふっ、そう。わたしも愛してるわよ。どれみちゃん」

 

「うえぇ!? なにさ急に!?」

 

「あら? 意味を知らずに言ってたの?」

 

 おんぷちゃんは何故かキョトンとして、薄く笑ったと思ったら突然変なことを言い出す。

 

 あたしはあわわっと逆上せあがった。

 心臓を掴まれて血流を無理矢理上げさせられてるみたい。

 

 ここ何年も、昨夜だって何回も同じセリフを言われてるけど……いつも緊張して照れる。

 あんまりにも慣れないんで、もしや禁呪を!? と疑ってみるけどアレは人間にしか効かないから、全てあたしの本心ということになる。

 分かっちゃいたけど、自分の気持ちを自覚するのは思いの外恥ずかしい。

 

 たまには「ふ~ん、それで?」とか冷静に返してカッコつけたいのに……今んとこ全敗です。

 不意打ちに弱いし連打されるのにも。フワ~と溶けてしまいそうになる。

 

 要するにあたし弱すぎ。

 大体、状況が不利なんだよね。状況が。

 

 一緒に寝て、生まれたままの姿で寄り添って、あーんなことやこんなこと……。

 二人の喘ぎ声や汗が縺れ合って染み込んでるベットの上、まだ興奮も冷め切らない。

 

 ほら見ろ。シチュが悪いのさ、シチュが。

 じゃあ、どこなら勝てるのかって、そりゃあもう……どこ?

 

 

 思えば、何年もあたしはおんぷちゃんに振り回されっぱなしだ。

 見習いの時にもそうだったけど、魔女になってからは……その、恋人だし……。

 

 いつから想われていたのかは分からないけど。

 いきなり告白されて、あれよあれよという間に流されて――成り行きで付き合うことに。

 

 最初の頃は悪い気持ちはしないな~って程度で本気にはしてなかった。

 あたしレズってわけじゃないし、女同士ってどうなの? って疑問があったわけよ。

 

 でも、おんぷちゃんはこっちの考えとか計算とか挟む余裕がないくらい熱烈に迫ってきて、ありったけの愛情をぶつけ続けてきた。

 

 もうそりゃあ、あたしが「ひえ~」って悲鳴を上げるくらい。

 世が世なら犯罪だよ、あんなの。

 

 いたいけな少女だったあたしを……。

 おんぷちゃんの意外な一面というか、4年間であたしが見聞きした部分ってのはほんの些細なことでしかなかったんだ。

 

 ずっごい素直というか、明け透けというか。

 クールなイメージだだ崩れよ。

 

 今まで恋する恋、全て叶わなかった理由が分かった気がする。

 おんぷちゃんに、あたしの恋愛運とかモテ期とか、全部ぜ~んぶ食われてたんだなぁ~と。

 

 それくらい情熱的で、おんぷちゃんはあたしにゾッコンだった。

 自分で言うのもなんだけどさ……。

 

 恋する男全員に袖にされてきた女が、世界中の男全員が振り向きそうな女に恋される。

 これはこれで世の中よく回るようにできてると言えるかもしれない。

 

 意図せず、あたしは自分の一生分の赤い糸を束ねたような恋愛に出会ってしまった。

 魔女の一生といったら相当なものだ。当然、苦労も大きかった。

 

 

 キスしたい。

 他の子には見向きもしないで。

 抱き締めたい。

 わたしだけを見て。

 わたしのことだけを考えて。

 ずっと隣にいてほしい。

 

 

 要求がとにかく多くて重い。

 真っ直ぐに、突き抜けるような純心を溢れんばかりに叩きつけてくる。

 

 これが非常にメンドクサいのです。

 

 何故かおんぷちゃんを振り払ったり遠ざけたりはしなかったけど。

 あまりにもしつこすぎて、こっちが折れるしかなかったのである。

 

 「仕方ないなぁ」「甘いなぁ~あたし」なんて思いながら頭をぽりぽり、困り顔。

 

 

 

 でも、それがあたしの最後の強がりで。

 

 

 

 目を逸らし、正面から受け止めるには恥ずかしすぎて、こそばゆいと思いながらも。

 全部完璧にってわけじゃないけど、あたしはおんぷちゃんの想いに少しずつ答えていった。

 

 同性だからとか、一緒にいる内にどうでもよくなってきちゃって。

 抵抗感や疑念が、自分の中で生まれた熱に溶かされていく。

 

 だんだんと、絆されていったってわけ。

 

 

 デートも、いっぱいした。

 箒に乗って日本中、魔女界からMAHO堂を通って世界中、色んなとこを見て回った。

 

 

 闇夜に光輝くモンサンミシェルを見た時は二人して黙っちゃうくらいの光景で。

 

 キラウエア火山を箒の上から眺めた時はお互い背筋が震えるほど見入って。

 

 桂浜を並んで歩いて、語尾に「ぜよ」ってつけてお喋りしてはゲラゲラ笑い合った。

 

 パンダ見るため四川省に行ったら、空飛んでるとこを戦闘機に見つかって追いかけられた。

 

 

 一緒に笑って、一緒に泣いて、たまにケンカをしたり。でも、明日なればまた隣同士。

 二人で過ごす時間は、楽しくて、幸せで、愛おしすぎて。

 

 いつしか、かけがえのない存在になっていた。

 

 

 でも、長く一緒にいると、おんぷちゃんの嫌いな部分もたくさん見えてくるんだけどね。

 魔法の使い方がルーズだったり、特に両親に禁呪を使ったことは許せそうにない。

 

 おんぷちゃんもそれは同じで、あたしに苛ついてることは一杯あると思う。

 魔女になってから気持ちが暗くなりがちで、いつも「辛気臭い!」とか「シャキッとしろ!」とか尻を蹴られまくってる。

 

 お互いの悪いとこは言い合えばキリがないけれど、それでもあたし達は離れようとは考えない。

 あたしとおんぷちゃんはプラスマイナスやメリットデメリットで片付く関係じゃないんだ。

 

 

 

 ――それが、本当の愛って言うんじゃないの?

 

 

 

 思いがけず、自分の中から出てきた言葉に頬を染める。

 

「――どれみちゃん」

 

 いつの間にか、お互いの顔が近くなっていた。

 

 キスされる、と思った時にはもうキスしてるのがおんぷちゃんなんだ。

 何の躊躇いもなく、あたしの唇を奪う。

 

 柔らかく、優しいキス。

 最初は啄むように、回数を重ねて練り込むように舌を口の中へ。

 

 あたしもそれに答えるように唾液を舐め取って、舌と舌で抱き締め合う。

 おんぷちゃんのしなやかな指先が頬に触れ、鎖骨を撫で、あたしの胸の感触を確かめるみたいに手を押しつけて、ゆっくりと揉む。

 

 おんぷちゃんはそっと唇を離し、

 

「ム~。どれみちゃんってホントおっぱい大きくなったわね。うらやまし~! やっぱりバカは巨乳になるって真実なのかしら?」

 

「そんなこと言われても……そりゃあ、おんぷちゃんはやたらめったら揉んでくるからじゃない? ていうか、バカは余計だよ!」

 

 他人の胸をタプタプ弄びながら、そんなことを聞いてくる。

 

 子供の時は大して変わらない体型だったけど、二人とも大人なって出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込むと……。

 

 おんぷちゃんは予想通りというか、手足もスラリとして身長も高くて、お腹もお尻も引き締まって胸もぷるんと上向きで、卑怯すぎる成長具合。

 彫像でももうちょい謙遜して作ると思うんだよね~。独り占めしすぎ!

 

 対して……言っとくけど、おんぷちゃんが凄すぎるんであって、あたしが標準サイズ!

 比べられるこっちの身にもなれって話。

 

 身長は160越えなかったし、 体重も、うん、まぁ、適正なんじゃない?

 だから、普通なんだってば! フツー!!

 

 ただ1つ、自慢があるとすれば胸の大きさはおんぷちゃんに圧勝だった。

 両腕で抱いてパッと離したら、バルンバル~ンってたわむくらいには。

 ぽっぷにも身長は負けて、なんとかバストサイズのお陰で姉としての威厳は保たれていた。

 

 だけど、胸だけこんな成長されてもねぇ……ボインボインで肩が凝って仕方がない。

 巨乳って憧れてたけど持ったら持ったで大変なんだよ。おんぷちゃんにこれを言うと無言で胸を叩かれる。切実な悩みなのに~!

 

 何故かハナちゃんにはウケが良い。

 会うたびに「ばくにゅーだぁ!」って指差されて、胸にしこたま顔を埋められる。

 政務が大変そうだから、喜んでもらえるなら何でもいいんだけどね。

 

 そんなあたしの胸を、おんぷちゃんが桃の硬さを確かめるみたいに指でフニフニしながら、

 

「それだったらわたしも条件は一緒のはずなんだけどな~。さっきだってあなたに乳――」

 

「わぁ~! なに言おうとしてんのさ!」

 

 あたしは顔を赤くして言葉を遮る。

 いくら恋人でも恥ずかしいものは恥ずかしい。口から火を吹きそうだった。

 

 おんぷちゃんはアハハと笑いながら、甘い吐息を漏らす。

 目はしっとりと濡れ、艶かしい光を放つ。

 

 その視線にビクリとする。

 目の前には、傾国もかくやと言うほどの女性が、あたしに全てを晒していた。

 

 

 溜め息が出るほど、美しかった。

『素晴らしい』以外の言葉が出せないのは、きっとあたしがバカだからじゃない。

 

 

 この世全ての物は彼女を飾るためにあった。

 月の明かりも彼女の肌に触れた途端、砂金を降らすかのようにキラキラと舞う。

 

 どこまでも白い肌だ。

 体の先の先まで、これ以上は色を失うことはないほど、真っ白で。

 細く長い首に華奢な肩。鎖骨を流れる清水のような髪。胸はほど良く実り、先端には桃色の蕾が膨らむ。臍からなだらかなラインを結び、潤んだ秘部へとあたしは釘付けになる。

 月は彼女の体をきめ細やかに照らして、それを誇るかのように輝きをさらに増した。

 

 その光が作る陰影も。

 ツンとした鼻筋やふっくらとした唇。翳ることで眉目秀麗な造形を際立たせ、床に落ちるシルエットですら吸い寄せられるほど華麗で。

 

 

 

 伝える言葉なんて、最初から必要ないんだ。

 

 この美しさだけが全てで、この美しさだけが答えだった。

 

 

 

 そして、この世でたった一人。

 あたしだけが、この『美』を好きにできる。

 

 触れれば確かに温かく、唇を重ねれば蜜が止めどなく溢れる。

 怖気が出るほどの幸福だった。考える間もなく、あたしは快楽の泉へと引きずり込まれる。

 

 おんぷちゃんがあたしの背中に手を回す。

 仄かに汗をかいた肌がぴったりとくっついて気持ちが良かった。

 

 脇腹や腰を優しく撫で、下腹部に滑り込ませ、それから――

 

「と、ところでおんぷちゃん! さっき大事な話があるって言ってなかった!?」

 

「うん? あぁ! いけないいけない。すっかり忘れてたわ」

 

 あたしは話題を振って行為を中断させる。

 あっぶな~。危うくもう一戦始まる予感がしたから慌てて止めちゃった。

 

 あたしも気持ちいいのは好きなんだけどね~。

 いかんせん、体力が……。

 

 始まったら最後。もう没頭しちゃって果てるどころか、途中から記憶がないなんてことも。

 ホント気をつけないといつか腹上死とか……干からびて死ぬんじゃないかなと思う。

 昨夜もアヘアヘで、もう今日は勘弁してもらいたかった。

 

 あたしが断ると、おんぷちゃんはいつもなら不服そうな顔をして不機嫌になるんだけど、何故か今日はあっさりと引き下がってベットに背中を預けた。

 

 あたしはその反応に、あれ? と思いつつも隣に寝そべる。

 そんなに大事な用なの? と内心で首を傾げた。

 

 おんぷちゃんが指をパチンと鳴らし、小さな巻物を取り出して無言で渡してくる。

 

「なにこれ? プレゼント?」

 

「まぁ、そうかもね。プレゼントは後で渡すから。その紙は……保険証とか取説みたいなものよ。まずはじっくり読んでみて」

 

「えぇ~、なになに? おんぷちゃんがプレゼントなんてめっずらし~」

 

 あたしは鼻歌混じりで紐を解いた。クルクルと巻物を広げる。

 

 中身はギッシリと魔法文字。

 小学生の時にはまったく読めなかったけど今やスラスラよ。

 

 古文や英語よりかは簡単で、割りとすぐに覚えることができた。

 こんなことなら、もっと早く覚えておけばと後悔したんだよね。

 今思えば魔女になった効果なんだと思うけど。

 

 書類に目を通す。

 フンフンと文字を目で追っていくと、次第に読むペースが落ちていった。

 

 鼻歌が止まり、ポカンと呆けてしまう。

 

 

 

 ――へ?

 

 

 

「わたしの名前は先に書いといたから」

 

 おんぷちゃんがポツリと呟く。

 

 だけど、あたしは未だに書いてあることの意味が分からなくて言葉を失ったまま固まる。

 え? なにこれ? ドッキリ? どういうこと? イタズラ? そんな、うそ。

 

 

 

 だって、これ――

 

 

 

 頭の中が戸惑いに包まれる。

 普通なら冗談を疑うんだけど。

 

 あたしが答えを求めて顔を上げた先には、真剣な眼差しのおんぷちゃんがいて。

 咄嗟に怯んでしまうくらい、その表情は裏表なく透き通っていた。

 

 

 

 あたしは黙って見つめ返すことしかできない。

 

 おんぷちゃんの瞳の奥で、光が燃える。

 

 

 

「婚姻届――わたし達の」

 

 

 

 おんぷちゃんの決意が、あたしの空いた心に強く吹き込んでいた。

 

           ☆


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