サードライフ=インフィニット・ストラトス   作:神倉棐

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5年生の夏のある日

〈8〉

 

さて、織斑姉弟(きょうだい)が俺の家で夕飯だけでなく時には朝食や昼食も一緒に食べる様になって暫く、学校は長い様で短い夏休みに入っていた。

これはそのとある日の朝の出来事である。

 

 

◆◇◆

 

 

7月某日、早朝6時、篠ノ之神社道場にて

 

「せいっ‼︎」

「なんのっ‼︎」

 

ビシバシッ、ビシバシバシッ

 

道場におけるもはや日課というか日常となった織斑vs.若宮の実践式掛かり稽古が行われていた。

 

打つ、弾く、突く、逸らす、斬る、躱す……

 

2本の竹刀が目にも留まらぬ速さで空を斬り、対処される。見てる人から見れば本当に小学生なのか疑いたくなる程のレベルの剣の応酬がもう既に半時間(・・・)は経過していた。

 

「これで、倒れろ翼‼︎」

「まだ負けない‼︎」

 

どれだけ互いに打ち込んでも有効打に成り得ない一進一退の斬り合いはなお続く。

 

「ふゎあ……、凄いね。千冬姉(ちふゆねえ)翼兄(つーにい)

「う、うん。私達が素振りを始める前からずっとやってるからもう20分くらいしてるんじゃないかな?」

「正確には32分と14秒だよ〜、いっくんに箒ちゃん」

「束さん」「お姉ちゃん」

 

そして隣で基本稽古をしていた一夏と箒の元にいつの間にか束が現れる。服装は薄い蒼のワンピースで髪は黒いゴムでひとつに纏めてあった、所謂(いわゆる)ポニーテールって言うやつである。

 

「2人共5時半にはここに来て掃除、準備体操、ランニング、基本稽古を済ませて今この掛かり稽古だからね……。……本当、私が言うのもなんだけど2人共人間辞めてるよね〜」

「「あははははは……」」

 

そう言った束の言葉に一夏と箒は引き攣った苦笑いを溢す。まさに目の前の3人を言い表すにはぴったりの言葉だったからだ。但し、その過程は3人共違う。

 

まず束は元からの人外、人類史の数百年先はいくその天才的頭脳に肉体も細胞レベルで人を超越した天才を超えた『天災』。

千冬は肉体系においては束すら超える能力を持ち、全ての戦闘における特に近接戦においては世界最強足り得る戦闘センスを持つ努力相乗効果型の天才。

対して翼は特に天才と言える才能はほぼ無いものの、3桁を超える経験から導き出されるほぼ当たる『直感』と実践にて擦り合わされ実用化された技術、そしてそれを十分に活かし切るだけの頭の回転の速さとその応用力は積み重ねられた彼の人生そのものであり、2人の天才達に引けを取る事はない。

 

パシィッン

 

「お、決まった」

 

と丁度決着がついたらしい。結果は翼の竹刀が千冬の頭ギリギリで停止しており千冬の竹刀は翼の胴手前で止まっているので僅か零コンマ数秒の差で翼の勝ちである。試合所要時間37分27秒42の持久戦であった。

 

「ふう……また負けた……」

「でもかなり危なかったよ。特に27合前の2段突きからの切り上げは」

「だがお前は躱しただろう。しかもそこから小手を狙ってくるとは予想外だ」

「そうでもしなきゃ千冬さんに一泡吹かせないじゃないか。最後は結局シンプルな面か胴でしか有効打入らないんだし」

 

何故有効打として入りそうな突きがないかというと、以前千冬が翼相手に突きで有効打を決めようとした時防御した2人の竹刀が内部から吹き飛んだ事があるのだ。それ以来2人は破片とかが危険なので突きでの有効打は余り狙わない様にしている訳だが……束や一夏、箒からすれば十二分有効打狙ってるだろそれっていうレベルのものではある。

 

「さて、もう6時みたいだから朝食にウチに来る?千冬さんと一夏君は当たり前だけど束さんも箒ちゃんも」

「いいの⁉︎行く行く‼︎」

「お姉ちゃん……興奮し過ぎ、良いんですか?」

「構わないよ、栞も喜ぶし沢山人数がいた方がこういう時は美味しく感じれるから」

「じゃあ……お邪魔します翼さん」

「どうぞ、じゃあ戸締りしてから行こうか。千冬さんは窓の鍵確認して、2人は先に着替えておいで後は俺達がやっておくから」

「「分かった」」

 

2人は道着から着替える為に更衣室に走って行く。

 

「つー君♪」

「うわっ、なんですかいきなり?汗かいてるのでくっ付かないほうが良いですよ?」

「寧ろこのままがいい。クンクン、つー君の匂いだ〜」

「やめなさい、ばっちいでしょうが」

「やっ‼︎」

 

背中に抱きついて来た束が翼の背中にぐりぐりと顔を当てる。汗をかいていてあまり清潔とは言えないので引き剥がそうとするがなかなか外れない。しばらくそんな格闘を続けていると唐突にひょいっと背中の拘束が取られた。

 

「た、束‼︎お前翼に何をしている‼︎」

「もー、ちーちゃん邪魔しないでよ〜。今つー君の匂いを嗅いでたのに……」

「嗅いっ⁉︎お前それは協定違反だぞっ⁉︎」

「だってちーちゃんは剣の稽古としてつー君を独占してるじゃん。ちーちゃんばっかりズルい」

「うっ、それは……。じゃあお前も一緒にすれば良いじゃないか‼︎」

「やだ、つまらないもん」

「た〜ば〜ね〜!」

 

束の襟をまるで猫の首元を掴むかのように釣り上げた千冬は道場の端まで彼女を引き摺って行くと何やら2人で話し出す。身体強化の魔法で聴力を強化すれば何を話しているか聞こえなくもないが聞いてはいけないような直感がするのでやめておく。

 

「こほん……2人共、もう行くよ?俺も早く帰ってシャワー浴びたいし」

「すっ、済まない翼」

「ゴメンつー君」

「良いですけど次は気を付けてね?」

「「はーい」」

 

取り敢えず2人が言い合っている間に片付けを終わらせて2人に注意する、丁度着替えて来た一夏と箒が帰ってきたので丁度良かったのである。

 

「んじゃま、行こうか」

 

 

◆◇◆

 

 

朝7時、若宮宅にて

 

「ふぅ……スッキリした」

「出たか翼、次は私が入らせて貰うぞ」

「どうぞ千冬さん、朝食の用意はしとくよ」

「頼んだ」

 

シャワーを浴びてサッパリしてきた翼はジャージに着替え居間(リビング)に出てきて、立ち替わり今度は千冬がシャワーを浴びに部屋を出て行く。待っていた一夏や箒は起きて来ていた栞と遊んでおり、束はそれを居間のテーブルに肘をつきながらながめていた。

 

「あ、お兄ちゃんおはよう‼︎」

「栞おはよう、朝ご飯は何が良い?」

 

毎朝の朝食のメニューは『箒→栞→一夏→束→千冬→初めに戻る』の順でリクエストの元翼が作っているので今日は栞にリクエストを貰う日なのだ。因みに元々翼は束と千冬をこのサイクルに入れる事を考えていた訳ではないのだがちゃっかり2人は一夏達3人がジャンケンで決めようとしていた中に潜り込みサイクルに入る事に成功し今に至っている。(なお、流石に姉としての自覚があった為苦渋の決断ではあったが初めの順番は()達に譲った)

 

「んーとね、ゴハンが良い!」

「オカズは?」

「卵焼き!」

「分かった、今すぐ作るよ」

「「「「わーい」」」」

 

リクエストを聞いた翼は居間(リビング)に隣接するキッチンに入るとまず昨晩のうちから予約炊飯をしていた御飯を確認する。

うん、しっかり炊けていた。

次に御飯を蒸らしている間にIHクッキングヒーターの電源を入れフライパンを置き、ある程度熱する間に卵を幾つか割って出汁と共に掻き混ぜておく。

 

「んー、冷蔵庫に具になりそうなのは……あ、昨日切った(ネギ)があったわ。あれ入れよう」

 

ガサゴソある程度整頓された冷蔵庫の棚を動かしパックに入れてあった刻んだ葱を引っ張り出す。丁度フライパンが温まり終わったので卵焼きを焼き始めた。

 

「〜♪」

 

『Fly Me to the Moon』を鼻歌で歌いながら卵をひっくり返し、そこに新たな卵を注ぎ足して葱をまぶす。それを幾度か繰り返すとそれなりに太く長い卵焼きの完成である。あとは一口サイズにカットしてついでに味噌汁を添えれば、はい完成。若宮翼謹製『出汁巻き卵定食』の完成である。

 

「できたよ、栞、一夏、箒、手伝って」

「「「はーい」」」

「束さんも手伝う〜」

 

お子様3人とちょっと大きいお子様1人の手を借り居間(リビング)にある食卓に6人分の朝食を並べる。

 

「ふぅ……お、準備がもうできていたか……」

「丁度今できたところだよ、さ、早く座って」

「うん、分かった」

 

丁度シャワーを浴びて着替えてきた千冬が戻って来たので皆んな席に着き手を合わせる。

 

「じゃ、皆んな、いただきます」

「「「いただきますっ‼︎」」」

「いただきます」

「いただきます!」

 

出汁巻き卵を一口、うん、美味しい。他の5人も「美味しい」と言って食べてくれているので嬉しい限りである。

 

「う〜ん……良い匂い……」

 

「あ、母さん。おはよう」

「もぐもぐ……、ママおはよー!」

 

まだ眠そうに瞼を擦りながら居間に入って来た女性の名は『若宮 琴乃(わかみや ことの)』、研究者であり翼と栞2人を育てる二児の母だった。

 

「おはようございます、琴乃さん。お邪魔しています」

「おはようございます、私もお邪魔してます」

「おはよ〜、良いのよ千冬ちゃんに束ちゃん、それに一夏クンに箒ちゃんも遠慮しないでね〜」

「「おはようございますコトノさん‼︎」」

 

そう挨拶をしつつも白いパジャマを来た琴乃は眠いからか若干フラフラとしながら翼のいつも通り立ち上がっていた元に向かう。

 

「ふぁ〜ああ、翼ぁ〜コーヒ〜」

「はいはい、これ、甘くて熱いヤツだよ」

「ありがと〜」

 

毎回の事なので手慣れた翼がコーヒーを渡し、寝癖のアホ毛を黒い長髪のいたるところからピョンピョン跳ねさせながら琴乃は甘〜いコーヒーをズズズッと飲みつつソファーに腰を下ろす。

 

「ああ……おいちー、相変わらずグッドな味だね翼」

「なら良かったよ母さん。ところでいつ帰ってたの?気付かなかったんだけど……」

「3時位かな、シャワーだけ浴びて部屋で寝てたから」

「身体には気を付けてよ、俺と栞の母さんは1人しかいないんだから倒れたら嫌だよ?」

 

食べ終わった食器を片付けつつ席を立った翼はそう言う。

 

「ありがと翼、心配してくれて。オカーサン嬉しいよ」

「当たり前でしょ、家族なんだから」

「……これ素でやってるんだよね?だとしたらオカーサン怖いよ。千冬ちゃんや束ちゃんが落ちた訳だ……」

「?、なんの話?」

「「「何でもない(よ)(ぞ)‼︎」」」

「お、おう……」

 

理解してはいないものの琴乃の呟きを聞いていた翼が聞き返すと琴乃だけでなく何故か顔真っ赤にした千冬と束の2人にも何でもないと言われる羽目になり、

 

「お兄ちゃん鈍い」

「鈍いです」

「?」

 

それを見た小さい3人組(上から栞、箒、一夏)にも駄目出しを食らっていた。(同じく理解していない一夏を除く)

 

「なんでさ?」

 

「……教育間違えたかなぁ?」

 

そしてこの親子2人の心からの声もかなり切実なものだったのだった……。

 

 

 

 





第0章のキーパーソン、『研究者』の母登場。


……なお、父はまだまだ出てこない模様。


ソウジ「……マジで?」
コトノ「うん、マジ」



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