〈7〉
初めは驚きと不信感からだ。突然ここ最近私の目から見ても明らかなぐらい孤立してしまっていた親友である『篠ノ之 束』が新しい『友達』ができたと言ってきたのだから当たり前だろう。
素直に言えは、私はとても驚いた。相手が例の新しく転校してきた少年であり、それ以上に、最近彼女が見せる事がなかったその優しい微笑みをその少年に向けていたのだから……。
◆◇◆
「じゃあ、紹介するね。この子が私の友達の織斑千冬ちゃん、私はちーちゃんって呼んでるよ。で逆にこっちが私に新しくできた友達で前から言ってた若宮翼クンだよ。あだ名は……まだ決めてない」
「……はじめまして」
「……」
その日、私は親友(腐れ縁)である篠ノ之 束に彼女にとって随分と久しぶりにできた彼女の新しい『友達』と顔合わせをしていた。
身長は私と同じ位、黒髪で色白、瞳の色は黒に近い深い紫色で身こなしや手の平にある剣だこからかなり鍛えたであろうが悲しかな肉が付きにくい体質らしく見た目はよく分からない。いわゆる隠れ細マッチョである。
「………………」
よくよく観察してみると彼もまた自分を観察していることに気が付いた、ただ私の様に身体付きとかの観察ではなく彼の場合は私の様子を見ている様ではあったが。
コイツ……
一瞬、身体に不思議な感覚が走りすぐに消える。だが直感で私は彼が私に何かをしたのだと分かった。
「ねえ……」
「あ、はい。何でしょうか織斑さん」
声を掛けてみると何故か敬語で返される。確かに私は顔は少しきついらしいし言動も威圧感を与えやすいようだが初対面でそんな反応をされるのはあまり慣れない。それに未だ何故コイツに束が心を開いたのかがイマイチ分からない。
「1つ良いか?」
「もちろん、構わないよ」
だがそれはすぐに分かった。何故なら私がそう質問した時、彼は真っ直ぐに私の目を見たのだ。その瞳に偽りのない、誰よりも澄んでいて誰よりも誰もが持つ光と闇を映して、そして彼は内包したソレを当たり前のようにしていたのだから。
ああ……成る程、だからコイツは
本当に『バケモノ』だと思う。……少なくとも小学生が辿り着いてはいけない境地、人の美しいところも、醜いところも、希望も、絶望も何もかも『見て』きた者だけが辿り着いく真理。世界を、人の行く先を見る道標、そんな物を彼は既に持っていたのだから。
だからこそ、私は彼に問いたい。
「……私と勝負しろ」
「え?」
「私と剣で勝負しろ。お前が束にとって『友達』として相応しいか確かめてやる。だから私に負けたら私はお前が束の友達とは認めない、代わりにお前が勝ったらお前が束の友達だと認めるし1つだけ言う事を聞いてやる。だから私と勝負しろ!異論は認めない」
自分勝手なのは理解している、それでも私は彼に聞きたかったのだ。その思いを、その願いを、その彼が見るその先の景色を『剣』で。
私は剣を振るくらいしか能はない、でもだからこそ私は剣を交えれば分かる事ができる。
私は未だかつてない程自分自身のその剣気が高まるのを感じた、彼は間違いなく強い。それを彼自身がかなり上手く隠蔽しひた隠しにしているが私の生来から持つ高い『直感』がそう告げていた。
ああ……、彼ならば私も『全力』で剣を振るえるかもしれない。
ここ数年、歳上である門下生でも道場主である師範でさえも相手にする時に何処か『ツマラナイ』と感じてしまっていた私はいつの間にか彼にそんな確信めいた事を考えていた。
私は彼と束の手を掴むと篠ノ之神社にある道場で場所と竹刀等を借りる為に
「ちょっ、どこに⁉︎」
「束の家、束の家は道場を開いてるからそこを借りる」
「マジで⁉︎」
いきなりの事に混乱しているであろう彼の質問に私はそう答える。
「そうだよ、私は興味がないから習ってないけど私の家は『篠ノ之流剣術』っていう流派を持つ武道一族なんだよ」
「へー」
そして私の言葉を束が補足し詳しく説明すると彼は何かに気付いたらしく、
「……って俺は今からそこに拉致連行されるの?」
と言い、
「そうだ」「うん」
と私と束は事実なので迷う事なく見事な
「……」
なんだかんだ束も止めようとはしないようで彼も観念して諦めたらしく大人しく付いて来る2人の腕を握り私は先頭を歩く。今更だが、もし彼が私に負けたらどうするつもりなのだろうか?確かに見た感じかなり強いだろうが私とやり合って勝てるかどうかは分からない、これは単純にそれだけ彼の事を『信頼』しているだけなのだろうかはたまたただの馬鹿なのだろうか…………多分私は両方だと思う。
ただ私は驚いた、何故なら『あの』束がそれだけ
そして、その時私が抱いていたのは若宮翼に対する『嫉妬』だ。今だからよく分かる、あの時私は彼に嫉妬していたのだ。束と長い間の『腐れ縁』であった私よりも、つい最近『友達』になってばかりの彼の方が束に信頼され更に彼女は彼の事ばかり見ていたからからだ。しかもその時それを自覚出来ていなかったのだからタチが悪い、私はいつの間にか当初の目的から大きく離れてただの私怨で彼と剣を交える気になっていたのだ。
……そしてその考え諸共私の剣が斬り裂かれるのはその試合の中である。
◆◇◆
試合を始めて、ようやく彼が
楽しい、私が全力を出しても打ち合えている事が。
嬉しい、私を受け止めてくれる
全力を出す為身体を稼動限界ギリギリまで稼動させ、1撃1撃が『必殺』足り得る刺突斬を連続かつ最高速度で放つ。2振りと1振りの
決め切れない……か
竹刀を振るう間に私はそう思う。どの1撃を取っても必殺とも言える剣戟の中を彼はその手に持つ2振りの竹刀を
これは私と彼の剣の舞い、一寸の、寸分もの狂いも許されね奇跡の美しき私と彼だけの『舞踏会』。
私はそれが永遠に続けばいいと思った、このまま心地良い彼との舞いで心を通わせていたかった。しかし私の身体はそれを許さない。身体の出来ていない、たった10歳の身体ではこれ以上の全力稼動は危険だったからだ。
これで……最後、ならばここで私の今までで最高の剣を見せねば彼に失礼だ。
「……いくぞ」
小さくそう呟き、まるで弓を引き絞るかのようにして力を溜める。
「はっ‼︎」
そしてそれを瞬時に解放し間合いを省略、縮地の果てにその速度を乗せた
それを彼は最小の動きで逸らす、だが逸らされるのは想定内、だからっ!
ヒュウッ
『三段突き』からの『三絃』の多重連撃、全身全霊を込めた彼に捧げる今自分が放てる最高の『技』。
「これでっ、いっけぇっ‼︎」
神速の剣劇、ほぼ同時に6度の攻撃が彼に襲い掛かる。
「……やるじゃないか、でも」
私は目を疑うような光景を目にした。6つの点と線の攻撃、防御?論外。回避?不可能。そんな『嵐』中を彼は前に踏み出したのだから。
刺突を捌く、前へ
下段からの切り上げをずらす、前へ
そして最後の上段からの切り下げを受け流し前へと、私に向かって突き進んできた。
カーンッ
私の握る竹刀が軽々と弾き飛ばされる、技を放った後の握力が緩まる一瞬を突かれたのだ。
バケモノか、そう言葉で説明するのは簡単だがそれを実行する為には神業とも言えるだけの技量とその裏打ちされた経験という名の直感、更に相手の剣の柔と剛を完璧に把握していなければ不可能な芸当である。勿論、私にはそんなことはできない。そもそもその神業ともいえる技量に裏打ちされた経験が無いのだから。
コートの外に落ちる竹刀の乾いた音が響き目の前には彼の竹刀の先端があった。
……ああ、認めよう。貴方は私なんかよりずっと
「……俺の勝ちだ。織斑」「私の負けだ……若宮」
『や、止めっ。勝者若宮 翼』
審判をかってでてくれた先生には悪いが私は彼、若宮翼には勝てなかった。それでも私は負けたというのに心は何処か晴々としていて、もう私には慢心も無ければ嫉妬も無い。そんなもの彼との舞いには必要無かったのだから。
「千冬ねぇ……」
「ふふっ、ごめんね一夏。お姉ちゃん負けちゃった」
一夏が少し寂しそうな顔をする。私は一夏を守る為にもう負けないと決めた、でも負けてしまった。それでも不思議と後悔はないがその一夏の顔だけは心を痛めさせた。
「そんな事どうでもいいもん、千冬ねぇ!」
「よしよし、ありがとうな」
だが一夏は強かった。慰める言葉を探していた私のほうが一夏に慰められてしまったのだから……。まったく姉としては減点ものだな……。
「若宮」
「ん?何織斑……さん」
「言いにくそうだな、『千冬』でいい」
「じゃ、千冬さんで」
「……苗字は呼び捨てなのにか?まあいい、約束だ。お前を束の『友達』だと認める。要望はなんだ?1つだけ聞いてやる……約束だからな」
決めたからには落とし前はつけねばならない、私は若宮にそう聞いた。すると何ともまあ驚くべきお願いをされる事になった。
「じゃあこれからは『1日1度は俺の家で食事を一緒に摂る事』で」
「え?」
私は思いもしていなかったお願いに目が点になる。逆に一夏の方は嬉しそうに笑った。
「翼にぃ、良いの⁉︎」
「うん、大丈夫だよ一夏君」
「ちょっ⁉︎なんの話をしている話についていけないんだが……」
「簡潔に話せばウチはさ、両親が共働きだから毎回晩御飯は俺が作るんだけど妹とだと毎回余るんだ。それに一夏君も千冬さんと2人っきりで晩御飯を食べてるみたいだからついでに4人で食べてしまおうっていう話。母さんも多分了解してくれるだろうから食べに来てよ、作り甲斐があるし」
「…………」
何ともまあ……あれだ、予想外すぎるな……
だがその時私は間違いなくそれに嬉しく思ったのだ。
「……良いの?本当に?」
「うん、妹も2人っきりじゃ寂しいって言ってたし千冬さんだって大変なんでしょ?利害の一致はしてるし『約束』は守ってもらうからね?」
「……うん、分かった。これからお邪魔させてもらう…………」
「なら帰ろっか、千冬さんと一夏君も一緒に」
「わーい!またね束ねぇ!箒!」
「バイバイ!翼にぃ!千冬ねぇ!一夏!」
一夏が私の手を引いて若宮のところまで連れて行く。そして彼は私にその手を差し出した。
「行こうか、千冬さん。ウチのこれからの夕食に招待するよ」
私はその手を取る。その構図は初めに私が彼と束を連れて来た時の構図とは逆で、何処か私に運命を感じさせた。
黄昏色に染まったその道中、
「若宮、……不束者だがこれからは宜しく頼む」
「こちらこそ、千冬さん」
そしてその日からの