サードライフ=インフィニット・ストラトス   作:神倉棐

40 / 42
クラス対抗戦までの日常 -織斑一夏side-

〈39〉

 

 

一方その頃、一夏の方はと言うと今日の17時より1時間貸し切られた第3アリーナにて白式を身に纏い同じく打鉄改(一時的に時雨の専用機化していた為改造され並みの腕では制御しきれない為に他の生徒からの予約も外されていたので案外簡単に借りられた)を纏った箒と対となるようにその空で滞空していた。

 

「ふむ、久しぶりだな。こうやって一夏と一対一でしかも文字通りの真剣勝負の仕合をするのは」

 

その時ふと、箒はわざわざ一緒に量子化してあった金属製の鞘から引き抜いた葵の刃を確認しつつ何処か感慨深げに言う。

 

「ああ、前まではちょくちょく千冬姉が稽古をつけてくれてたからその時に一応刃引きの訓練刀で危なくなったらすぐ止める条件で仕合はやってたけど最近は千冬姉が『免許皆伝には程遠いが基礎は出来たようだからこれ以上は私は教えない、後は基礎を中心に自分にとって最良のカタチに合わせて調整すると良い』って言って本当に教えるの辞めちまったからな。アドバイスを聞きに言ったら教えてはくれるけどあれは師範代としてどうなんだ?」

「まあ間違ってはいないだろうさ。千冬さんも実際父さんから天桜御神楽流(ウチの剣術)の免許皆伝を受けてたけど今千冬さんがメインで使ってる剣術は御神楽流を下敷きに自己流にアレンジしたほぼ我流の剣術に派生してるし」

 

ただまあ切れないが鈍器としては一人前な刃の潰された(というか元から研いでいないだけ)訓練刀で実戦形式の仕合ができる時点で普通に世間一般の常識からかけ離れた逸般人の所業であるのだが、周りにそんな人間ばかりしか居なかった2人にそこをツッコませられるだけの常識がないのが悔やまれる。いや常識がない訳ではないのだが、変な所でズレているには変わりないので「ない」と言われても否定できなかったりするのが痛い所だろう。

 

 

つまり全部時雨達が悪い

 

 

『おーい、2人共!話をするのも良いけどそろそろやり始めないとアリーナの貸し切り時間が過ぎちゃうよー!』

『そうですわ、この後私とも模擬戦をするんですのよ?』

「あ、悪い」

「私もだ。済まない、ありがとう栞、セシリア」

 

そんな話ばかりをしていた2人はコア経由で送られて来た2つの苦言に少し気まずそうに謝り感謝する。3人とは違い栞は専用機持ちではないがセシリアにブルーティアーズのコアネットワーク通信の使用コードを借りる事でこの4人の会話に参加していた。

 

「では」

「ああ、やろうか」

 

話を切り上げ一夏は身体を半身にとり雪片弐型を脇に構え、箒は葵を鞘に戻して居合いの構えを取る。

居合いは本来奇襲・カウンターの為の術であるがその鞘走りにより一瞬で剣速を加速させるその術は手練れともなれば一閃にて鋼を両断するだけの威力を誇る。

それに対し脇構えは腰の位置に剣を置くことにより足場を問わず安定感が増し相手の動きを見てからの肩に背負う形からの斬り下げないし下段からの斬り上げの選択が可能である、また副次的に刀と握る手が身体に隠れ相手からは初期軌道や正確な間合いを読みにくくさせる効果もあり実戦においての実用性は高い。

 

両者共に自己の最も得意な構えを持ち出した訳だが、問題はどちらの構えも共に『後の先』を奪る事を主とした構えである事である。

 

 

Combat start(戦闘開始)‼︎』

 

 

「はッ!」

「シっ!」

 

セシリアの合図と共に2つの刃翼は奔り出す。2人にとってここはここが最初の勝負だろう、勝負とは初撃の優劣により勝敗が決まる事は少なくない。故に先を取るか後を取るかと言う事は勝負において無視出来ぬ要素であるが両者の間にまたがる距離は凡そ十数m、スラスタ最大で互いに翔け抜ければ接敵までにかかる時間は数瞬しかない。だがその数瞬の間にも2人は先を取るか後を取るかの熾烈な精神的攻防を繰り広げるのだ。

 

剣閃がアリーナ中央にて交差する。

 

結局先を取ったの箒であり後を取ったのは一夏であったが後の先は取れず互いに刀を斬り合った程度であった。

 

「ふむ、単一仕様(零落白夜)は使わないのか?」

 

が、だからこそ箒は一夏に対しわざわざ仕合中であるというのにそう問いかけた。単一仕様(零落白夜)を使えば()ち合う事なく私を葵ごと斬れただろう?と。

 

「単一仕様など甘え、剣一本で近接格闘戦が出来ずして自分を守る事も誰かを守る事も出来るものか」

「よく言った!」

 

それに一夏は答える、そしてその答えに箒は賞賛を送った。単一仕様を使わないのは驕りではない。確かに単一仕様は強力であり特に白式の単一仕様は文字通り“必殺技”足り得るものだ。だが必殺技なんてものはそう簡単にポンポン繰り出すものでも大安売りのバーゲンセールをするものでもない、そんなものにありがたみなんて感じないしそんなに目にする事が多ければあっさり攻略方法とかを見つけられかねない。だからそう簡単にソレを使ってやるのは駄目だ。しかしそれは出し渋りではない、そんな事をするのは愚人のする事だ。やるなら一回ポッキリ、出したからにはその1発で決めねばならない。乱発するものではない、そんな雑なものであってはならない。全身全霊、後先も考えず放つその一撃が最強でありそして最も自分がソレを信じる至高の一撃。当たれば相手が必ず死んで外れりゃ自分が死ぬ、だがそうだからこそソレは“必殺技”足り得るのだから。

 

「それに……自分にだけは、負けられない」

 

そして剣閃が疾るその一瞬、一夏が思い出すのはつい先日の事だった。

 

 

◆◇◆

 

 

「織斑先生」

「ん、織斑か。どうした」

 

クラス対抗戦まで残すところ凡そ1週間となったその日の昼休み。昼食を早めに切り上げた一夏は職員室に居た。

 

「時雨や箒、栞にセシリア達からもISの操縦についてはアドバイスを貰っているのですが織斑先生にもアドバイスを貰おうと思って、次のクラス対抗戦に勝ちたいですので」

 

そして彼がアドバイスを受けようと会いに行ったのは彼の姉であり自らの所属する1年1組の担任、織斑千冬の下であった。

 

「ふむ、ではそうだな。19時に私の部屋に来い、その時間なら私も時間が空いているしプライベートな時間だ。今私は『教師』と言う公の立場であるからお前1人に掛かり切りになる事は出来ない、だがその時なら『姉』として私的にお前に色々とアドバイスが出来るだろうからな」

「分かりました、ありがとうございます!」

「良い、では遅れるなよ」

 

『織斑千冬が織斑一夏に何かを教える』、実を言うとこの行為は現状中々にやり辛い事であった。織斑千冬は教師である、故に当たり前ではあるが彼女は教師として誰か一個人、特に身内等に対して私情を優先してはならない。それに彼女は世界初にして唯一(・・)の『ブリュンヒルデ』、世界最強でありその肩書き(ネームバリュー)は第一線から退き教師となった今でも……いや実の弟もが搭乗者となってしまった今こそが最も彼女を縛る鎖となる。先の一夏のIS適性発覚当時こそは上手く盾となった、だが次何かが起こった時にはこちらを傷付ける刃とならない可能性は無い。

故に彼女は公的な立場では尚更私情を挟む事が許されない立場に居る、だがそれでもそれ以前に彼女は姉でありただ1人の普通の女性である。私情を抱く事も家族を思う事もある、支えたい、助けたいと思ってしまう事など当然ある。そこで彼女は一夏達が入学する事の決まってすぐに学園長とある取り決めをした。

 

 

ひとつ、日頃教師として恥ずかしくない行いをしない事は勿論の事、織斑千冬関係の者が問題を起こした場合は学園長に判断を仰ぐ事(尚それ程大きくない問題に関しては彼女の判断で解決しても構わない)

 

ひとつ、信賞必罰は徹底する事

 

ひとつ、個人的な指導を行いたい場合は学校業務時間外に行う事

 

 

後に天羽時雨(若宮翼)が急遽入学する事になりその辺りの裏事情込みでの取り決めが更に追加される事にもなるが、この場合主に彼女が一夏達に物事を教える際に留意すべき点はこの3つである。

 

「さて……、ではアイツに教えるアドバイスの手順を考えておかねばな……一夏なら……アレだな」

 

千冬は自分の机から去った一夏の背中を見つつそう呟く。愛する弟の成長に感慨深くも嬉しげに微笑んだ彼女はそう考えつつ、業務机の上に置かれた今日のオススメ定食(龍田の竜田揚げ定食)(大)へと箸を延ばした。

 

 

◆◇◆

 

 

19時半過ぎ、織斑姉弟は千冬が管理部に無理を言って貸してもらった閉館後の第3アリーナにて互いにISを身に纏い剣を交えていた。

まるで宙を翔ける流星の如くスラスタから光の尾を伸ばし刃を交える2機の内その内の1機はいと美しき白銀色の専用機。そしてもう1機、高速で振るわれる斬撃を『予め其処にその斬撃が来るのだと予見している』かの如くその全てを最小限の動きでもって軽やかに避けては躱し、時にはその手にした刀でもって逸らす事で攻撃全てを無害化、まるで河の流れに揺れる柳の如く美しげに捌いているのはごく普通の鈍色の量産機であった。

 

「甘い!」

「くっ⁈」

 

白式を纏った一夏が雪片弐型を横一線に振るうが教導機(教員用打鉄)を纏う千冬はそれをあっさりと躱し、代わりに上段から振り下ろされた葵が一夏の背中を強かに叩きのめす。ただでさえ少ない白式のシールドエネルギーがまたガリガリと削られていくがアリーナの使用設定が『訓練』に設定されているので白式には直接アリーナからエネルギーが供給され減少していたエネルギーは回復した。

 

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」

 

が、幾らエネルギーが常時供給され回復しても消費した体力とスタミナが回復する訳ではないし実際に刀で殴られたダメージが消える訳でもないので一夏と白式の疲労や損耗は積み重なるばかりである。

 

「一夏、イメージしろ。現実ならば敵わぬ相手でも必ず勝てるモノを幻想(イメージ)しろ」

 

開始から凡そ半時間、最初の10分程度は準備運動を兼ねた軽い打ち込み稽古であったがそれも徐々にヒートアップし今や一対一の掛かり稽古へと変化して一夏は常に千冬へと有効打を求めて斬り掛かり続けていた。

千冬は斬り掛かって来た一夏を躱しつつ言う。

 

「そして常に思い浮かべるのは最強の自分だ、外敵など要らない。お前が本当の意味で鎬を削り命懸けで挑み戦っているのはその最強の自分(イメージ)に他ならない」

 

千冬は繰り返す、何処かの正義の味方が言っていたが常に想像すべきなのは誰かではなく自分自身だ。目標ではない、限界を決めてしまう己こそが最大の敵だ。

 

「故に」

 

残心の後、旋回した一夏が再び斬り掛かる為に刀を背負う様にして千冬に向け全力で吶喊する。

 

「自分にだけは負けるな。何度地に堕ち這い蹲っても、何度他の誰かに負け無様と嗤われようとも、その自分にだけは負けてはならない」

 

が、それすらも千冬はあっさりと受け流して今度は背後に強烈な左回し蹴りを叩き込む。

 

「がぁっ⁈」

「さあ、もっとだ!思い描け(イメージしろ)、そしてその幻想(自分と言う壁)を打ち破れ。全ては其処からだ」

 

しかし千冬に躱され更に回し蹴りを叩き込まれあらぬ方向へと突っ込んでしまった一夏だが完全には同じ轍は踏まぬと無理矢理体を捻って進路を転換、スラスタを吹かして慣性に抗って強引に進行方向を元来た方、千冬へと入れ替える。無理をした所為でISに搭載されたPICがあると言うのに強烈なGが一夏を圧迫するがそんなものは食いしばった奥歯で噛み砕き、吼える。

 

「うぉぉおおおぉぉおぉぉぉっ‼︎」

 

一閃、単一仕様を使わずにただ本人の技量と全力で雪片弐型を振り続け我武者羅に磨き上げた想いの強さを込めた本日最高の一撃、威力・速度共に申し分無く確実に捉えたと自信を持って言える刺突が放たれる。

 

「ふっ、良い突きだ」

 

が、千冬を捉えた筈のその一撃は割り込まれた彼女の葵に火花を散らして阻まれた。そして千冬は雪片弐型に刀身を絡め、鍔で天に向け打ち上げる。

 

「マジ………かよ……」

 

届いた筈、そう確信していた筈の切っ先がいつのまにか消えその柄が手の内からすっぽ抜け気付いたら地面に突き刺さっていたと言うなんとも理不尽な現実に一夏は疲労困憊の朦朧とした意識の中でそう呟く。フラフラとかろうじで飛んでいる……いや、もはや飛んでいると言うよりも浮いていると言った方が正しいような、一瞬でも気を抜けば墜落してしまいそうな状態であった一夏の腕を千冬は墜落しないように掴みゆっくりと着陸した。

 

「よし、それくらい出来るのならアレもちゃんと習得出来るだろう。寧ろ私の想定よりも早く出来そうだ、明日から本格的な特訓を始めるぞ」

「…………うぃっ……す」

 

しかしその結果に満足したのか千冬は一夏を支えつつそう言う。…………ただニヤリと少し嬉しそうにする千冬と反対に今日よりも遥かに大変な今後の特訓を前に若干目が死んでいた一夏だった。

 

 

◆◇◆

 

 

「はぁぁぁああぁぁあっ!」

「せぇぇええぇぇぇいっ!」

 

模擬戦も徐々にヒートアップし、20合も打ち合えば互いに熱が入って次第にその速度威力は加速度的に増加する。更に仕合は剣術だけでなく死角からの殴打や蹴り等の体術をも織り交ぜた実戦的なものへと変化しており、文字通り壮絶な格闘戦の様相を呈していた。

 

「くっ!やはり……」

「ちっ……決定打がないな」

 

開始より時間にして10分が経過し数えて92合目にもなろうとしたその時、相変わらず有効打を得られずにいた2人は互いに1度間合い外に下がる。いや、攻撃が全く当たらない訳ではない。互いにそれなりのダメージは与え合いシールドエネルギーは削っている。一夏は豊富な体力とスタミナ、白式の高機動・高出力を活かした攻撃を行っているが箒も時雨程ではないが自在に非固定武装である機銃と葵の搭載された盾を動かし一夏の動きを阻害、時にはカウンターを仕掛けており、2人が実感している通り互いに決定打を欠いた状態であった。

 

「仕方ねぇ……やるか、できればコレはもっと完成度を上げてからやりたかったんだけどな」

 

一夏は覚悟を決める。勿論やるのはわざわざ姉たる千冬に請いて教わったアノ技、未熟故にお披露目にはまだ早いとクギを刺されていたが熱に呑まれた彼にはそんな事は細事でしかない。

 

「行くぜっ!」

「来いっ!」

 

気合いの一声に一時的に低下していた警戒レベルを瞬時に引き上げた箒は葵を正眼の構える。

 

ゾクッ

 

「ッ⁉︎」

 

一瞬脳裏に走った既視感と直感、それに導かれるままに彼女は反射的に葵の位置を正眼から右胴へとズラす。直後、一夏の姿が箒の視界から消えそれと同時に右胴前に置かれていた葵に強烈な衝撃を受けた。

 

「なっ⁈これは瞬時加速(イグニション・ブースト)⁉︎いくら一夏が専用機乗りとはいえ乗って数週間の人間が出来るものではないぞ⁉︎」

 

が箒にはそのカラクリ(瞬時加速に人が認識しづらい斜めの動きを組み合わせた縮地の一種)が簡単に理解できた。以前見た事があったのだ、実際にではなくテレビ越しではあるがその技を、その動きを。ただ今はその既視感と直感に彼女は救われた、もしあの時彼女が直感で葵の構えをずらさねば確実に雪片弐型は彼女の胴を直撃していただろう。

 

「特訓したんだ!千冬姉に頼んで!」

「なっ⁉︎なんだって⁈ズルいぞ一夏!なんで私も誘わなかったそんな名前からして格好良さそうな技!千冬さんの得意技じゃないかそれ!」

「馬鹿っ、代わりに死ぬ程シゴかれたわ俺が!お前もそんなの受けたいのか?」

「えっ……それは……まあ嫌だな」

「デスヨネー、分かってるよコンチキショウ!俺はM(マゾ)じゃねぇ!って取り敢えず喰らえやオラァっ!」

 

尋常ではない速度で斬り掛かって来られた事に驚愕する箒に何故か真面目に答えを返す一夏だったがどうしてかこんな殺伐とした場であると言うのに最後は漫才と化してしまったが気にしない。

 

『瞬時加速』、別名『イグニッション・ブースト』

 

ISの後部スラスター翼からエネルギーを放出、翼内部に一度吸収・圧縮して放出する。その際に得られる慣性エネルギーをして爆発的に加速する技術の事であり、その速度は使用するエネルギーに比例する。尚吸収するエネルギーは外部のエネルギーを使用しても可。

 

元々千冬が得意としていた技術であり、これと彼女が生来から持ち鍛えてきた近接戦闘能力を組み合わせた事で彼女は相手の反応速度以上で接近、両断する事で2度続けてブリュンヒルデの座に君臨する事ができていたと言っても過言ではない。

ただ千冬曰く「『1度放出したエネルギーを再度ブースターに吸収させ圧縮、それを急激に放出する事で爆発的加速を得る』という理屈は百歩譲って分かるがそもそもなんでブースターがそんな事ができるかなんて全く理解も納得もできんのだが……と言うかそんな事できるなら普通に使用したエネルギーを再吸収して幾らでも飛べるようになるだろ普通」とか挙げ句の果てには「それにアレはなんでそんな事ができたのか込みで開発者たる束すら想定していなかった超謎現象だからな」と言う呆れてものも言えないぶっちゃけ話が付いてきたある意味曰く付きの技術でもあったりする。

が、それでも結果的に言えば一夏はパターン分けしたオート操作を一部マニュアル操作で場合により組み合わせる事でそれをある程度使いこなせるようにはなった。なったのだが………

 

「……まあ、加速途中で曲がれないんだよね、コレ」

 

そう、致命的……程ではないがこの技には欠陥が多々あってまずそもそも前提条件としてスラスタ及びブースター出力制御及び稼働制御をオート操作ではなくマニュアル操作でできなくてはならない。スラスタとブースターの役割はただエネルギーを噴き出す事だけではない、加速・減速の推進や速度調節の他に接地機動や飛行時の方向制御や姿勢制御をも行なっておりそれは人ではほぼ不可能な超高度なコンピュータによる緻密な計算とレイコンマ数nm単位での微調整が全て全自動(オート)で行われている。そんなその全てを改めて人が完璧に使い熟せるかと言われればそれは勿論極一部の例外を除いてノーである。ただ一夏のような似非マニュアル操作くらいは練習すれば感覚も掴めてなんとかそれなりに程度になら誰だって出来るかもしれない、だが考えてみて欲しい。この技術、実際使うのは実戦の真っ只中である。戦いに集中している最中にこんな馬鹿みたいに神経の使う繊細な作業ができるだろうか?まぁ大半の人間は無理である。これが最大の難関であり、それが故に世界でも戦闘中に真っ当な瞬時加速を実行できる人間が両の手の指の数程しかいない最大の理由だ。ただ教えたその本人は初代雪片を振る片手間に難なくマニュアルで操作していた点については最早頭を抱える事すら阿保らしくなってしまうのは悲しい現実だろう。

また使用中は急加速に伴う空気抵抗や圧力の問題で軌道変更・修正ができず、直線的な動きになってしまったりその他にも身体に掛かるGや慣性等々運用上の問題点は多い。技術としてはハイリスク・ローリターン、確実にそれを使い熟せる者以外はなんの使い物にもならないやたら危ないだけのただの突撃となんら変わりない。

ただそれでも、

 

間合いを一気に詰めて(ただ何も考えずに)(必殺の領域)に潜り込むだけでも(突っ込むだけでも)十分だろっ?」

「はっ!違いない‼︎」

 

縮地に及ばず、神速に至らず……されどその歩みは旋風よりもいと疾き

 

2度目の瞬時加速、疾風と化した一夏の間合い詰めに対し箒はまるで慌てることもなく1度葵を鞘に納める。

 

「偽・秘剣、燕返し‼︎」

「なんの!純粋な剣技ならば新鋭専用機相手でとて旧式量産機であろうと喰らい付いてみせる‼︎」

 

神速抜刀、雪片弐型と葵が十字状に交差して打合ち合わされ火花と閃光が飛び散る。風を纏った三閃と煌めき宿した一閃が正面からぶつかり合い、その専用機と量産機を隔てる出力差がその担い手の技量の差により覆されその威力は完全に相殺される。が、その結果その代償として雪片弐型は弾き飛ばされ葵と打鉄のパワーアシスト・システム(腕部装甲)が大破してしまった。

 

「……しまった、やり過ぎてしまった」

「……済まん。熱くなり過ぎて『強化』どころか『風』と『光』まで使ってしまった」

「それは私もだが………この損傷どうしよう」

 

一夏は唯一の武装たる雪片弐型が手から弾き飛ばされ、箒は手放してはいないが葵だけでなく腕部装甲が破損してしまいこれでは武器を持てそうにない。勝負としては両者攻撃手段喪失による引き分けと言ったところだが、ついつい熱が入り過ぎてやり過ぎてしまった2人、特に箒の方はなんとか形は保っているもののヒビが入り所々刃の欠けた葵とプスプスと白煙と時折パチパチと紫電を放つ腕部装甲を眺め冷や汗を流す。まさかこうも簡単に故障するとはとも思う2人であるが、生身で岩をも砕ける『身体強化』に凶悪な威力を誇る各属性魔法を重ね掛けしているのだからいくら現代技術(何歩かさらにその先に行ってる気がしないでもないが)の粋を集めて造られた兵器に近いISとは言え『魔法』の『魔』の字もない只の鉄の塊に耐えられる筈もない。従って残念ながら当然(残当)な結果である。

 

 

そしてこの後、一夏と箒は折角苦労して短時間で修理した打鉄改をまた壊されて涙目になった技術部の人と管理部の人達に開幕土下座を喰らわせ事態を混沌化させ、遂には職員室で残業をしていた千冬までをも召喚する羽目になり結局2人は千冬からのOHANASI(お説教と言うより愚痴に近い)に2時間、反省文(20×20の400字詰)5枚の処分を受ける事となった。またとばっちりに近いがやり過ぎるまで止めなかった栞とセシリアについては監督責任して別に千冬からお説教と称したOHANASIを30分を受ける事となったのだった。

 





千冬の特訓はキツイです。最初に彼女は取り敢えずその人のだせる実力の限界ギリギリまで千冬は引き摺り出します。楽しようと手を抜いたらもっと内容がハードを通り越してハードデスやインフェルノと化します。その後彼女は相手の現在の実力とやる気の度合いの高さからある程度余裕をもった段階を踏んだ特訓内容を考え、それに沿った訓練を実施します。ただ千冬は無理な事はさせても無茶な事はさせません、相談に乗ってくれますし適度な休息や息抜きも挟んでくれます。なので大抵の人は時間はかかってもその目的・目標を達成できるようになるのです
因みにこの千冬の特訓の事をこの特訓を受けた事のある人々は『チッフーブートキャンプ』と言ったりしているとかなんとか

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。