サードライフ=インフィニット・ストラトス   作:神倉棐

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少女の『慟哭』

〈4〉

 

……転校してから5日、その日もまた彼は登校して教室に入るとあれから毎日繰り返している彼女への挨拶をした。

 

「おはよう、篠ノ之さん。昨日はしっかり寝ましたか?」

「…………」

「……寝てなさそうだね……、篠ノ之さん。いくら1日以上ぶっ続けで作業出来るからってしっかり寝ないと疲労は蓄積するし成長しないよ?」

「…………うるさい、3時間は寝た」

「いやいや、短いよ⁉︎せめて5時間は寝て⁉︎」

「……やっぱりうるさい。思考の邪魔……」

「……ごめん」

「……分かればいい。……おはよう」

 

と、まあギリギリ会話っぽいのが成り立つくらいにコミュケーションが取れるようになった。まだ酷くね?と思う方、甘く見ないでくれ。最初初日なんて、

 

「おはよう篠ノ之さん」

「………………」

「篠ノ之さん?」

「…………うるさい」

 

の無視からの僅か一言だったのが、延々と話し掛け続けて2日目から、

 

「おはよう篠ノ之さん」

「…………うるさい」

 

になって、3日目、

 

「おはよう篠ノ之さん」

「…………ん」

「目の下に隈ができてるよ。昨日はしっかり休んだ?」

「…………休んでない、休まなくてもいける。あとうるさい」

 

4日目、昨日、

 

「おはよう篠ノ之さん、また今日も目の下に隈があるよ」

「…………知ってる」

「休まなくても大丈夫なんだとしてもせめて睡眠時間は取ったほうがいいよ?」

「……ん、……でもうるさい」

 

んで、今日の上記()の会話。俺にとって日々成長を感じる朝の一幕であり、意外と楽しみに成りつつある。彼女の数式を解く邪魔をしているのはしっかり理解してはいるが、俺はできれば年相応に周りの人と関わりを持って笑ってくれたら良いなと思っているので毎回限界ギリギリを見切って彼女に話し掛けていた。

が、それは本人と若宮にしか分からない事で周りには『ただ一方的に篠ノ之束が若宮を無視している』様にしか見えていなかったのだ。それ故、その日はそれだけでは終わらなかった、いや終わることはなかったのだ。

 

「ねぇ、『天災』さん?若宮君が毎日話掛けてくれてるんだからもう少し返事しなさいよ」

 

前の方からクラスの女子達のまとめ役らしい女子生徒がそう言いながら若宮と篠ノ之のいる後ろの席まで歩いてくる。俺は今更自分のミスに気付いたがどうしようもなかった、あと自分にできることはそう言ってきた彼女と標的にされた篠ノ之の話の行く末を見守ること程度である。……まあ既に予想はできているが、

 

「…………」

「ねえ、聞いてるの。返事しなさいよ『天災』!」

「…………」

「なによ、偉そうに授業も受けないでノートパソコンばっかり触って!そうやって偉そうにしてるのが気に食わないのよ‼︎」

 

篠ノ之が無視する事に彼女は苛立つ。そこでようやく篠ノ之がNPCを叩くのを中断しさぞめんどぐさげに、

 

「……うるさい、私の邪魔をしないで。貴女みたいな凡人構っている暇は私には無い」

 

「っ……⁉︎」

 

その一言が、そのあまりにも他人に配慮しないその言葉により完全に彼女の我慢が吹っ切れる。彼女は開いた手を振り上げ篠ノ之の顔に……

 

がしっ

 

「⁉︎」

「……」

 

当たらなかった。若宮がその手を掴んだからだ。

 

「駄目だ。手をあげちゃ駄目なんだ」

 

教室の温度が『低下した』気がする。いや、実際に『下がった』のだ。若宮が無意識に氷魔法を使用した事によって。

 

「っ……」

「確かに篠ノ之さんは口が悪かったし言葉足らずで君を怒らせた。でも手を出したら駄目なんだよ。これは俺が篠ノ之さんに勝手にやっている事だしこれでも話し掛けていいギリギリを見極めて話掛けてるんだ。君達に迷惑を掛けるつもりはなかったんだけど俺のミスだ。だから俺は君に謝らなくちゃならない。ごめん、でもありがとう。気にしてくれてたんだよね?だからありがとう」

 

「うおっ⁉︎なんか寒っ⁉︎」

 

そこでタイミング良く担任の先生が入って来てこの件はうやむやになる。……いや、1人だけうやむやにならなかった人がいた。

 

「…………」

 

もちろん、篠ノ之だ。

 

 

放課後、若宮は篠ノ之に教室に呼び出されていた。

 

「…………」

「…………」

 

無言、呼び出した篠ノ之の方も呼び出された若宮の方も何も言わない。カタカタと彼女がキーを叩く音だけが教室を支配する。

ふと、彼女は数式を液晶の中に綴るのを中断すると彼を見ずに呟いた。

 

「……どうして私を庇った」

 

小さな、弱々しい言葉、そんな言葉は俺にはただ答えを求めているだけの言葉ではない様に思えた。

 

「別に」

「……別になんだ?」

「庇う事に大した理由はいるのか?」

「……え?」

「ああなった原因の一端は俺の配慮不足にあった、……それに暴力は駄目だし特にこれ以上君が孤立して1人になって欲しくなかったからからかな?」

「…………ぅ………ぃ」

 

彼女はそれを聞いて顔を歪める。

 

「……うるさい、うるさいうるさいうるさい!転校してきたばかりのお前に何が分かるっていうのよ⁉︎」

 

「優しくして私に媚でも売るつもり?そんな手になんか乗らない、私は1人だって気にしない!」

 

「そもそも、最初に私を1人ぼっちにしたのはお前達じゃないか‼︎異常だって、おかしいって、私は他の皆んなと違うって!私を最初に見捨てたのは、切り捨てたのは、1人にしたのはお前達じゃないか‼︎」

 

彼女は叫ぶ、心の内に押し固められていた思い全てを吐き出す様に。

悲しく、痛々しい。僅か11の少女が溜め込むにはあまりにも重過ぎる『絶望』、だが彼女はそれを溜め込む事が出来てしまった。『天災』と賞される程の頭脳とそれに伴い大人びてしまった精神によって。

 

「……もういい、もういいんだ」

 

……気付けば、俺は彼女を抱きしめていた。泣き叫ぶ子供を見たら抱きしめてしまうのは前世の癖だ、今こんなところで出ずともよいというのに……。でも俺はその癖に感謝した、そうでもなければ彼女に言葉を掛けることはできなかっただろうから……

 

「ごめんね……」

「…………」

 

「辛かったね……」

「…………」

 

「寂しかったね……」

「…………」

 

彼女は何も答えない。

 

「よく、頑張ったね。だから……

 

……泣いていいんだよ?」

 

「……ぅぅ、うわああぁぁっん、ああぁぁぁああーー」

 

涙が決壊する。前世で、嫌という程見てきた……『絶望』や『悲哀』、『悲しみ』をその身に内包し、誰にもそれを理解されず、ただ1人、1人ぼっちで折れてしまった人達を、壊れてしまった人達を。

そして俺はその全ては不可能だがその一端だけでもそれを理解できる様になった。

だから俺は『どうにかしたい』と思った。『助ける』とか『救う』とか贅沢な事じゃない、ただそんな彼等を『どうにかしたい』と思ったのだ。

だから俺は『彼女』を見て『どうにかしたい』と思った。

トントントンと心音に合わせリズム良く背中を叩く、愚図る子供を落ち着かせる時や小さい子を寝かしつける時によく使うテクニックだが、今の彼女に使っても許されるだろう。彼女だってまだ子供なのだから。

 

「……落ち着いた?」

「ぐすっ……うん」

「しっかり泣いた?」

「うん……」

「なら……いいよ」

 

落ち着いてきた彼女の頭を前世でよくやっていた通りに撫でる。

 

「……その、……ごめん」

「気にするな、俺がしたくてした事だ」

「ん……」

 

遅くなったがハンカチを取り出し涙や鼻水で汚れた彼女の顔を綺麗に拭き取る。汚れたままは嫌だろう。

 

「…………」

「さて、もう時間も遅いし帰ろうか?送ってくよ」

 

俺は机に掛けてある鞄を手に彼女にそう言う。ふと服の背中(シャツ)の裾が控気味に引っ張られた。

 

「ん?なんですか篠ノ之さん?篠ノ之さん?」

 

何気無く俺は振り返る。

 

「……ありがとう」

 

振り返るとすぐ近くに彼女は立っていて、若宮にそう言って微笑むと彼が固まっている内にNPCを手に教室から走り去って行く。

 

……その微笑みはまるで開いた桜のように綺麗で、黄昏に染まった教室でもとても印象に残る、そんな微笑みだった。

 

 

 




若宮 翼
保有スキル
・悪意の共感(小)
・子供のあやし方(大)
・少女のあやし方(中)
・『天災』のあやし方(小) new‼︎

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