サードライフ=インフィニット・ストラトス   作:神倉棐

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今回のメインはオリジナル主人公であって主人公じゃないです。(一部題名詐欺)



クラス対抗戦までの日常 -天羽時雨side-

〈38〉

 

 

ある日の放課後、クラス対抗戦まで残すところあと数日となったその日、対抗戦には直接関係の無い時雨は今整備室にて展開駐機された雪風を前にして居た。

 

「う〜ん、まだISSのアップデートは94%か……って事は雪風が目覚めるのは丁度クラス対抗戦くらいかな」

 

雪風を束から引き渡して貰った際にコンテナの中に付属されていた新品の小型タブレットと投影型ディスプレイのノートパソコンに表示されたインフィニット・ストラトス・コア・システムのアップデート進行状況を確認した時雨はいつも通り人気のない(本来なら上級生や整備士の人が1人や2人いる筈なのだが諸事情が絡みとある人物の独断で予め時雨が来る日にはほぼ人払いがされている)整備室でポツリとそんな独り言を零す。システムのアップデートを終えない事には雪風本来の能力は使用できないしその稼働率も低いままでまともな経験データを得られない、そしてそれ以上に【雪風】自身が目覚めないのだ。

 

「……全く、このお寝坊さんめ。早くしろとは言わないけれど大切な時に寝過ごしたら俺だって怒るからな?」

 

時雨は雪風の胸部装甲を撫でる、そしてそれは次の瞬間には光の粒子となりいつの間にか時雨の左耳にイヤリングとして(待機形態の姿で)装着されていた。

 

「あ……」

「ん?君は……」

 

イヤリングがひとりでに揺れる。それと同時に声が聞こえた方に振り返ると、そこに居たのは時雨がここ最近ずっと会えないものかと探していたあのIS学園のではない制服を着た水色の髪の少女だった。

 

「ッ⁉︎ごめんなさいっ……」

「え、あ……」

 

が、時雨がそう認識してすぐその少女は踵を返して逃げる様に………いや文字通り時雨から走って逃げてしまった。

 

「ええ……、なんで逃げられたんだ?それにまたお礼も言えなかったし名前も聞けなかった」

 

1人残されてしまった時雨は彼女の起こしたその行動とその理由が分からず唖然としてしまう、がすぐに我に返り兎に角話し掛けられなかったのは間違いないので気持ちを切り替えて次こそはお礼を言おう…………言えたらいいなぁと思う。

こればっかりは時雨の意思だけではどうにもならないので願望ではあるが若干諦めというか逃げが入っているのはさっき顔を見られて早々に逃げられてしまった為である。時雨のハートは硝子でできているのだ…………こらそこ、アクリル硝子とか言わない。確かに傷は付きやすいけども。

 

「あ、しぐしぐだ。こんな所で何してるの〜?」

 

そんなどうでも良い事をボンヤリ考えていると今度は反対側から時雨のあだ名を呼ぶ声がする。時雨にこんな一風変わったあだ名を付けたのも、そもそも時雨をあだ名で呼ぶのもその名付け親とも言えるそんな彼女のあだ名通りのほほんとした特徴的な声の女性は時雨の知る限りただ1人しかいない。

 

「ん、それはのほほんさんこそだよ。まあ俺はちょっと雪風のシステムアップデートの進行状態を詳しく知りに、もう終わったけどね」

「へ〜、アップデートね〜。……私はお姉ちゃんにちょっと頼まれてね〜、やる事ができたから来たんだよ」

 

時雨は振り返りつつ彼女にそう話し掛ける、新たにこの整備室にやって来た来訪者とは本音だった。ただ日頃の様子からして彼女がわざわざ整備室に訪れるような理由が思い浮かばなかった時雨は彼女が教えてくれたその理由に少しだけ驚く、ただ「そうだったのか」と驚きつつその彼女の姉について触れてしまったのが失敗だった。

 

「そう、のほほんさんのお姉さんもこの学校に通ってたんだね」

「うん、お姉ちゃんはね〜生徒会で会計をやってるの〜。でね〜、お姉ちゃん酷いんだよ〜。私も私で色々と忙しいのに『暇そうだからちょっと整備室までお使い行って来て』だよ〜私だって色々とやる事があって忙しいのに!」

「へ……へぇー、そうなんだ……」

「うん、でねでね〜。お姉ちゃんは……」

 

中途半端に聞いてしまったのが運の尽き、本音の姉に対する愚痴や最近の楽しかったり大変だったりした事、よりによってクラス対抗戦の日に楽しみにしていた武道館ライブが被って観に行けなくなった事、そして今大切な親友が自分で自分を追い詰めて無理をしている事が心配で仕方ない事等の話をほぼ一方的に話され時雨はただそれっぽく「そうだね」とか「そうかもしれないね」と言ってただただ相槌を打ち続ける。

 

「……だったんだ〜」

「そうだったんだ……」

 

で結局本音の話はその後も20分程度は続く事となった。

 

「でねでね……ってあ、もう30分近く愚痴ってちゃった。ゴメンね〜、しぐしぐ」

「ん、まああんまり気にはしてないよ。俺も初耳だった事もあったし」

「ありがとしぐしぐ、でもしぐしぐってこう話しやすいって言うか相談しやすい人だよね〜?はっ!もしかしてしぐしぐの正体って超高校級の相談窓口なんじゃ……⁉︎」

「いやいや、ないない。俺は日向みたいに善良な人間ではないし希望にも憧れてなんかない、それに彼程他人に他人が望んでいるような答えを返せないから」

「え〜、そうかな〜?」

「そんなもんだよ、それによく『鈍い』とか『鈍感』とかよく言われるし」

「……あ〜、うん。よく分かったよ」

 

話の合間合間で聞いたり同意して欲しかったりしてそうな場所で適当に相槌を打っていただけなのだが、それでも聞いてくれて嬉しそうな顔をする本音の姿に時雨は悪い気はしない、寧ろ適当だった事に罪悪感を感じてしまう。ただ最後の言葉に微妙な顔で納得したかの様に頷く本音の姿に若干の違和感を感じたが時雨は特に気に留める事もなかった。

 

「じゃあ私もそろそろお姉ちゃんのお使いに戻ろうと思うけどしぐしぐはどうするの?イッチー達のいる第3アリーナ?」

「いや、今日はちょっと違う所に行こうと思って」

「何処行くの?」

 

話を終えそれぞれ別れて時雨が整備室を立ち去ろうと踵を返した時本音から投げ掛けられた問いに答える為に振り返る。

 

「ちょっと射的場に、前回の試合じゃ殆ど狙った通りに撃てなかったし生身で撃つの久しぶりだからちょっと勘を取り戻しに」

 

時雨はそう言って微笑んだ。

 

 

◆◇◆

 

 

1度寮の自室に戻り、そこで久しぶりに異空間(アイテムボックス)を開いてその中から1つのケースを引っ張り出した時雨は第1アリーナ受付の片隅にある第1射撃試験場の受付の前に立って居た。

 

「すみません。射撃場所を貸して貰えますか?」

「どうぞ、今は殆ど貸切状態なのでどこを使い下さっても結構ですよ。ご希望はありますか?」

 

そして時雨が撃てる場所を貸して欲しいと頼むと、その受付をしてくれて居た受付嬢の女性事務員は快くそれを受理し場所を提供してくれた。

 

「いいえ」

「では第3レーンを使って下さい、使用する火器はどうしますか?一応貸出可能な物もありますが」

「分かりました、手持ちにあるので大丈夫です」

「では1度安全検査に通しますのでカバーから出して渡して下さい。所持許可証及び銃火器保持保証証の提出も」

「はい」

 

射撃試験場での入退場の時や第3レーンを使用する為に必要な認証カードキーと安全メガネ、ヘッドフォンを手渡された時雨は代わりに自分が持って来ていた手持ちの銃を規則通り検査の為に言われた通り彼女に渡す。時雨が部屋から背負って来ていた黒い専用ケースに入っていたのは1丁の小銃(ライフル)、黒鉄の後装(ボルトアクション)式の銃身に銃剣を取り付ける為の機構が付けられた木製ストックは使い込まれて少し傷や色濃く変色しているものの綺麗にニスが塗られて防腐処理が施されていた物で、小まめに整備がされていたのか弾丸さえ込めればいつでも撃てる状態で保存された物である。

しかし……

 

「あと許可証と保証証ですが……済みません『渡した』事にしておいて下さい」

「……はい、分かりました。少々お待ち下さい」

 

しかしだ、当然の事ではあるがこの小銃は時雨の私物であり、しかもこの世界製の物ではないので保証証などは存在しない。その上それが故に時雨は警察にも所持を届け出ていない為に許可証すら所持していない。よって無いものは出せないので時雨は先に謝った上で無理矢理相手の思考を誘導し書き換えてしまう為にあまりやりたくはなかった『暗示』の魔法を使って事務員さんに『もう保証証と許可証は渡した』と思い込ませて一部の検査をすり抜ける事にしたのだ。

そして上手くその魔法にかかった事務員の女性は小銃だけを持って事務室の奥に1度引っ込んで行った。

 

「あれ?天羽君?」

「山田先生?」

 

事務員の女性が窓口から引っ込んですぐ、その直後に背後から名前を呼ばれるというつい先程あった様な気がする状況に再び巡り合う事となった時雨はその声の方向に視線を合わせる。そこに居たのは我らが1年1組の癒し兼マスコット(本人は認める以前に知りもしないが)の副担任、山田(やまだ) 真耶(まや)先生だった。

 

「見回りですか?山田先生?」

「いえ、そっちは今日は私が当番じゃありませんので違いますよ。今日はちょっと射撃場に用があって、天羽君は?」

「俺は此処に射撃練習に、今銃の検査をして貰っている最中なんです。って事は山田先生も銃を撃ちに来たんですか?」

「はい、昔の習慣から時々どうしても撃ちたくなってしまう時があって、そんな時はよく此処に撃ちに来ているんですよ」

 

山田先生はそう言って少し恥ずかしそうに笑う。普段教室でも廊下でも特に何も無い所で躓くわ、書類はぶち撒けるわ、眼鏡の置き場を忘れるわ、と何処か残念というかおっちょこちょいな場面が目立つ女性であった為に時雨はそんな今まで山田先生に抱いていたイメージとのギャップに驚く。というかどうやら今日は時雨が抱いていた色んな人へのイメージが変わる日らしい。

 

「お待たせしました、銃に問題はありませんのでお返しします」

「ありがとうございます」

「あ、済みません。私の銃もいつもの(・・・・)でお願いします」

「分かりました。少々お待ち下さい」

 

再び窓口に戻って来た女性事務員が時雨に銃を返す。そのついでとばかりに山田先生は慣れたようにいつものと銃の貸し出しを頼み、それに女性事務員もまた心得たとばかりに慣れたようにまた窓口の奥に引っ込み今度は銃架付きの台車を押して戻って来た。

 

「M24 SWSとバレットM82A1-IS、グロック19です。それにこちらが第1レーンの認証キーと安全メガネ、ヘッドフォンです」

 

スナイパーライフルに対物ライフルそして自動拳銃、確かに全部合わせれば台車が必要になる重量だ。それに使用弾の総重量も考えれば妥当である。……というかそれ全部撃ち尽す気ですか山田先生?

安置されていた銃の種類については兎も角銃架の隣、台車の一角に積まれた合計400発分は有りそうな弾薬箱の山に若干引いてしまった時雨であったが山田先生はそれに気付く事もなく、タイトスカートの裾に注意しつつかがみ台車に安置された警察用・軍用ライフルと自動拳銃の動作確認と弾薬箱の中身の確認を済ませた彼女は立ち上がり事務員から台車の取っ手を受け取った。

 

「はい……ありがとうございます。では天羽君も行きますか?」

「ええ、お伴させて頂きます」

 

こうして2人は第1射撃試験場へと向かった。

 

 

◆◇◆

 

 

第1射撃試験場の第3レーンに立った時雨はコンソールを操作し50m先に人型標的を設置、小銃を手に5連装7.7㎜実包をスライドした薬室を通じて弾倉(マガジン)に押し込む。

 

「ふう……」

 

一息、一息吐き精神統一。今この場で必要のない思考、雑念を取り払いそれから銃の発射準備に取り掛かる。

まずは黒鉄のボルト(コッキングレバー)を一往復させ薬室に実包(カートンリッジ)を装填する、次に立ったまま少し脚を開いて若干半身になりつつしっかりと銃床(ストック)を肩に当てて固定、右手の人差し指は引鉄(トリガー)に触れないようにその用心金(トリガーガード)に掛け左手は前床(フォアグリップ)を掴んで構える。

 

「ふう……」

 

再び一息、2度目の精神統一。意識を完全に切り替える。

標的まで距離50、標的動作無し、無風、弾道誤差は覚えてないから不明、発射された弾丸に掛かる重力影響も覚えてないから不明

 

「……これじゃ1発目は試射だな」

 

しかし50m程度ならスコープ無しの目測で充分当たる。照門に銃口の真上にある照星がピッタリと合わさり、そしてその先一直線上に目標中央(心臓)が重なる様調整、狙いを定めた。

 

「ファイヤ」

 

パァンッと爆けるような音、銃声が鳴る。弾薬に使用されているのは無煙火薬であるが精製技術が低く不純物等が混ざっている為薄い白煙が銃口から立ち昇っていた。

 

「う〜ん……ハズレだな」

 

着弾点は標的中心(心臓)より2㎝程度左にズレた場所、これでは百発百中には程遠い。ISには自動ロックオン・追尾システムが搭載されていた上にアサルトライフルと機銃でただばら撒けば良かったので前回の試合では何とか当たったが超長距離射撃や生身ではそうもいかない。それに長らく触っていなかったのもあるがこれは……

時雨は構えを解き徐に銃を隣との仕切り壁に押し付ける。その上で真横から銃身を観察してみると極僅かに、極僅かにであるが銃身の中央部から銃口先端に向けてほんの数㎜程度であるが左側に湾曲しているのが分かった。

 

「………(前世で)、銃剣突撃なんかの手荒い扱いばっかを実戦で繰り返していた所為か銃身自体がほんの少し歪んでるみたいだな……」

 

だがその数㎜程度の歪みさえも50m離れれば2㎝のズレを引き起こす。これが100〜200mともなれば2倍どころか2乗ものズレを引き起こすだろう、そう考えれば近〜長距離での射撃を行う事を前提とした小銃にとってこの誤差は致命的に近い。

しかしならばどうして原因が分かっているのに直さないのかと言うと……

 

「さて、どうしたものか……簡単な整備くらいは出来ても本格的な調整は専門外だ。それに修理に出そうにも出す場所が無い……というかあるかどうかも分からないしな」

 

とまぁしょうもない現実が理由である。つい最近までごく普通の逸般人(誤字にあらず)として生きてきたのだから仕方ない部分もあるがそれにしてもしょうもない理由ではあった。それに物が物で一応当時の異世界魔法技術の結晶でもあるから何も知らない人が弄ったら壊しそうだし逆に魔法を知ってる人……例えば束に頼んだら絶対入手経緯について根掘り葉掘り聞かれるし文字通り『魔』改造されるのは目に見えている。

 

「はぁ〜、どうしたものか……」

 

悩む時雨であったがふと、山田先生がいる第1レーンを見てみると彼女は今丁度新たな人型標的と弾倉を用意しその手にグロック19を構えたところだった。日頃の姿から彼女が銃を構え、ましてそれを撃つ姿など想像だにできなかった時雨は一体彼女が銃を撃つ姿はどんな感じなのかと興味本位でその彼女を見る。

安全メガネの奥にある瞳はいつものような優しく朗らかな人のモノではなく歴戦の戦士(猛者)、もしくは一種の仕事人(プロ)の様で、そしてその引き締められた横顔は何処か鞘から抜かれた麗しき妖刀の如く鋭く冷ややかでありながらその特有の人を惹きつける妖艶さを感じさせる。

普段とは全く違う、その対照的な雰囲気に、そのギャップに時雨は思わず見惚れてしまった。

 

 

ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……ダァンっ……

 

 

15発、時雨が見惚れてしまっている間に山田先生は引き金を弾き教本通りの基本的構えから連続して装填されていた15発の弾丸が放たれる。弾倉が空になりスライドが後退した状態でロックされたグロック19の構えを解き、右手だけで持った彼女は残る左手でヘッドフォンを首まで下げ安全メガネをその下にあったメガネ毎頭に掛けて一息付きつつコンソールのタッチパネルを操作する。すると50m先にあった懸下式の的が此方側にスライドしその目の前で停止した。

 

「……えっ、1発だけ?」

 

正気に戻った時雨はよく見ようと山田先生の後ろに回りその目の前に吊るされた的を見る、あれだけ綺麗な射撃だったのだから全て当たっているだろうと思っていた時雨だったがしかし、そこにあったのは時雨の予想だにしていなかった状態であり思わず時雨がそう呟いてしまったのも無理はない。その的に残っていた弾痕はたったひとつしか残っていなかったのだ…………ただその標的の中央に穿たれた孔の直径は凡そ13(・・)㎜、1発の弾丸が貫通したのであれば少々大きい気がし、それに貫通した弾痕の形状が僅かに歪な円形になっていた。

 

「1発しか当たっていない?………いや、まさか⁉︎」

 

それに違和感を感じた時雨は思考を回転させる。1発しか当たっていない、それは残された弾痕の数から見てまず間違いはない…………なら1発しか的を傷付けなかったのだとしたら?

 

1()()()()()()()()()()()()()()()()()()!それも1()4()()()()!」

 

時雨は辿り着いたその事実に驚愕した。グロック19の口径は9㎜、つまりそれは弾丸直径もまた9㎜であるという事でありしかも的に空いた穴が13㎜、即ちこの弾丸と穴の直径誤差は僅か5㎜でありそこから導き出されるのは最初に穴を開けた1発を除く14発もの弾丸は誤差2.5㎜……いや着弾時の衝撃も考えればそれ以内で穴を通したと言う事である。

センスだけでは駄目、努力だけでも駄目、半端なセンスと努力が両方あろうとも不可。これを成すためには超抜級の類稀な射撃センス(才能)と一種の狂気とも言える血の滲むような積み上げられた努力(技術)が両立せねば至れない『撃つ』事の境地。最早これは技術では無い、一種の芸術と言っても過言では無い。

 

「……凄い!」

 

故に時雨は素直に賞賛した。これを賞賛せずになんとする。銃が撃てる者は星の数だけ居る、抜き撃ちの速い者は砂漠の砂と同じくらい居る、100先の的を正確に当てられる者など手で掬った砂と同じくらい居て、撃たれた弾丸を弾丸で撃ち落とす事が出来る人間は両手の指の数程しか居まい。だが1㎜の狂いもなく先に開けた穴に14回連続で弾を通す事の出来る者など1人居れば十分だ。

 

「凄い!凄いです山田先生‼︎」

「えへへ、生徒でも男の人にベタ褒めされるのは初めてですから照れますね……」

 

そんな時雨の心からの賞賛を受けて時雨が側に来ていたのを知りながらも、自力でその答えに辿り着くのを静かに見守っていた山田先生は頬を染め恥ずかしそうに微笑む。普通ならそんな事に気付かずに勝手に失望した目をしてくる人ばかりだと言うのにまさかこんなあっさりと見抜かれ、しかも心からの賞賛を贈られるなどとは予想だにしていなかった彼女はそんな素直になれる目の前の教え子(少年)が眩しく見えた。

 

「……昔『トライガン』って言う漫画があったんです。その中で拳銃で百発百中の命中精度を叩き出し続ける赤いコートを着た主人公がいるんですが、そこである場面でそんな彼がずーっとこうやって的の中心を撃ち抜くトレーニングをしているシーンがあるんです」

 

だからだろうか?思わず口が開いてしまう、何故か聞いて欲しい思えてしまう。この行動(トレーニング)の理由を、それを為す原動力となる彼女の(理想)の始まりの話を。

 

「使う得物は6発式の回転式拳銃(リボルバー)、日差しも強く空調も無い炎天直下の屋外で風もある、精密射撃をするのに全く適さない最悪の状態でも彼は延々とそれを続けた。100発じゃきかない、200でも300発でも足りないくらいずっとずっと1人で気が遠くなりそうなくらい延々と撃ち続ける」

 

銃で撃てば、人は死ぬ。

それでも銃をとらなければ、銃には対抗できない。

銃をとって人を殺さない、その為にはなんでもしようと思った。

そして何でもした、できることの全てをした、そうやって生きてきた。

全ては自らの抱いた信念の為、ヒトの身に余る余りにも傲慢でそれでいて何よりも優しいその理想を貫き通す為に、何一つ見限らない為にどうしようもないくらい不器用な彼はそうやって生きてきたのだ。

 

「それを見て凄いって思って、あんな風になりたいって憧れちゃったんです」

 

 

Love(地に平和を) & Peace(そして慈しみを)

 

 

真紅のコートを纏ったツンツン尖った髪の男、『人間台風(ヒューマノイド・タイフーン)』と言うあだ名を付けられた人類初の局地災害指定を受けた伝説のガンマン。不殺(コロサズ)の信念と共にヴァッシュ・ザ・スタンピード(愛と平和を愛するスタコラサッサと逃げる男)が謳い続けた理想の体現。そしてソレをなすために積み上げられたその努力と研磨。浅からぬ数多もの傷口から血が滲み、泥と塵、汗に塗れて尚、輝きを失わない多くの人々を惹きつけるその信念に彼女は、山田(やまだ) 真耶(まや)というただ1人の存在は憧れたのだ。

 

「まだまだその背中は遠い……私にはあの理想は重過ぎる、今の私が背負えるのは自分ただ1人。でも……」

 

だからまず自分にあると分かっていた射撃の腕を鍛えた。徹底的に、死に物狂いで鍛え磨き遂には自らが気付かぬままに射撃の腕だけで国家代表の候補生次席に登りつめてしまっていた程に。だがそれでもまだ遠い、彼の様に例え自分を殺そうと銃を向けた相手を相手を殺さずに無力化し救う事など出来ない出来はしない。何故なら私は弱いから、彼の様に出会った全ての人の顔と名前を記憶し忘れない事も誰かの為に命を張る事も出来ない。銃の腕前すら届かない自分では彼の通った生き様をなぞる事は出来ない。でも……

 

「でもだからこそ、せめて私が担当した生徒達だけは、彼から、数多から見ればただ一握りの僅かであるのだとしても絶対に見捨てない、見限りなどしない。ちっぽけな理想だと笑われても絶対私は諦めない、引き返しはしない。だってその為に私は『教師』になったのだから」

 

その理想に憧れても、同じ理想は抱けない。だから彼女は彼女なりの理想を抱いた、子供が好きで、教える事が好きで、誰かと一緒に笑っている事が大好きな優しい彼女は『教師になり誰かを守り見届けたい』と言う夢を描いたのだ。

 

「……あ、駄目ですね私。いくら天羽君が聞き上手だからって天羽君は生徒なのに教師が生徒にこんな話をするなんて」

 

そこまで語って山田先生はばつが悪そうに自嘲の笑みを浮かべる。教師生徒以前に歳上である自分が歳下である時雨にこんな話をここまでしてしまうのだからなんて自分は情けないのかと、教師として大人として失格ではないかと彼女は思ってしまう。

しかし時雨は少し可笑しそうにそれを笑った。

 

「ふふっ……つい先程別の人からも似たようなこと言われたばかりです。でも良いじゃないですか、山田先生の理想()は十分誰かに誇れるものです。本当に、貴女が俺達のクラスの副担任(教師)であって良かったと思いますよ」

 

時雨は言う、まだ出会って一月も経たぬ相手であると言うのに彼は山田 真耶が『自分達の教師で良かった』と一切迷う事なく言い切ったのだ。教師からすればその言葉は、生徒から贈られるその言葉こそがこの世にある凡ゆる賞にも勝る何よりの名誉であり証明だろう。その人生が、夢が間違いではない、なかった事の証左、認められたという事の肯定なのだから。

そんな時雨の言葉に山田先生は驚き少し目を丸くする、だがそれも一瞬で次の瞬間にはいつもとは少し違う、まるで野に咲き誇り風に揺られる雛罌粟の花のような微笑みを浮かべていた。

 

「じゃあ続けましょうか。少しでも……ほんの少しでもそんな彼の背中に近づく為に、貴女の夢を実現させる為に」

「……はい!」

 

そして2つの銃声は鳴り響く。理想は遠い、だがだからこそ追い甲斐あるというものだ。それに既にその彼女の理想は半ばまで叶っている、なら後はそのまま貫き通すのみ。

山田先生は再びグロック19を構え引き金を弾く。その弾道は彼女の理想を表すように真っ直ぐに的の中央を貫き続けたのだった。

 

 

 

 

 

尚、この後時雨が山田先生にその漫画を借りに行ったのは言うまでも無い。

 




やっぱり一気に書かないと違和感が凄いな……今後注意します。


補足メモ
▪︎試作型後装式小銃(ワンオフ改装型)
口径 7.7mm
ライフリング 4条右回り
装弾数 5+1発
作動方式 ボルトアクション方式
最大射程 2.980m

異世界製、焔と鋼の申し子と言われるドワーフと嵐と木の申し子と言われるエルフ達による合作であり本格的に量産される前に試作された異世界初の一丁であり戦場にて最も初めに銃声を轟かせた一丁。構えた状態で小銃に魔力を通せばその柄に刻まれた魔術式が発動し『光』と『風』の魔法を用いた大気により光を屈折させスコープの代わりとなる魔法陣を利き目の目前に展開する事ができ、同時に銃身等に『強化』を掛ければ弾頭に魔法式を刻んだ属性を帯びた通称『魔弾』を発射する事ができる


▪︎M24 SWSとグロック19
IS学園における訓練及び防衛用に日本国陸上自衛隊から供与された物でありIS学園に所属する教員及び事務員が使用しやすいように独自の改良が行われている


▪︎バレットM82A1-IS
IS学園が米バレット・ファイヤーアームズ社から購入しIS学園技術陣にて独自の改造が行われた大型対物狙撃銃。ISの着脱の有無を問わずIS学園にて極秘で開発された試作対IS専用弾の装填、発射が可能である


▪︎トライガン
内藤泰弘による漫画で『トライガン』の後に『トライガン・マキシム』に繋がる1つでも完結出来る物語であるが2つあってこそより深く楽しむことの出来るガンアクション・ファンタジー作品。
因みに私のお気に入りのキャラは『テロ牧師』こと『ニコラス・D・ウルフウッド』である。理由?あの質量兵器(パニッシャー)に浪漫を感じた。




千冬の心は(強化)硝子
時雨の心は(アクリル)硝子

なら束の心はどんな硝子でできているでしょうか?

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