〈33〉
あの後、
そして試合を終えた私は1人更衣室に付いたシャワー室でシャワーを浴びていた。たった一戦、時間にしてたった十数分の試合でありいつも行っている訓練より遥かに短い時間であったと言うのに、今私が感じている疲労はいつもより遥かに濃く、それであってそこから得られた経験値や改善点はいつもよりも遥かに多い。それだけあの試合は私に取って良い経験であり、刺激であり、そして忘れていた大切なモノに気付く事のできた試合だった。
「……天羽…時雨……………」
ほんの、ほんの小さく呟いた筈のその人の名前は、シャワーから降り注ぐ水の音に掻き消される事も無くすんなりと私の耳に入っていく。
「本当に……貴方は……」
天羽 時雨、入学早々何者かに切られた
と言うよりそもそも機密事項が多過ぎる、名前を名乗っていると言うのに世間には『2人目の男性搭乗者が発見された』とまでしか公開されていない。所属、経歴、家族、血縁その他諸々全て含めてまるで薄いベールで覆われているかのようにある程度先まで
「でも……」
だがそんな事は今の私には如何でもいい事、今私にとって重要な事とはそんな彼の強さ……いやその生き様といったところだろう。
「強かった……力だけではなく、その目に宿った意思と剣に籠められたその思いは」
あの深紅の瞳に宿っていた
……今思えば私の両親は今の
それから『IS』と呼ばれる世紀の発明が世に現れ、広まり、いつも間にか『女尊男卑』という風潮が広まれば、母と父の関係はより顕著なものへとなっていった。故に幼かった私は母に憧れる一方で、父に対しては情けないとしか感じなくなっていた。将来、自分が結婚相手に選ぶならば男性にはある種の『強さ』を求めるようになる程に。
ですがそんな私達の暮らしもある日唐突に、それも呆気なく終わりを迎えてしまった。3年前に起きた越境鉄道のトンネル崩落からの横転事故、死傷者が百名を越える大きな事故に父と母も巻き込まれ、そして帰らぬ人と成ってしまった。余りに唐突で非現実的な現実にショックを受け、受け入れられぬその現実に泣き喚くしかなったその時の幼い私はそこで更に世界の非情さと醜さを知った、知ってしまった。両親が遺した莫大な遺産と財産を狙って同情と憐憫の仮面を被った金の亡者が両親を喪い孤独の身となった私の元に押し寄せて来たのだから。その時は満足に対応出来なかった私の代わりに使用人であり代々オルコット家に仕えてくれているチェルシーの両親達が代わりに矢面に立って私を、遺してくれたものを守ってくれた為に奪われずに済んだ。そんな私はせめて2人が遺してくれたものや私の為に尽くしてくれた家族とも言える人達を守りたくて、私は若くしてオルコット家の当主となり、あらゆる勉強を始めた。ただ我武者羅に、脇目も振らずただ何もかもを後回しにしても……そう、両親との別れを悲しむ時間さえ許さずに、そしてその忙しさで両親の死を強く意識させないように。
そんな逃げるように勉学に打ち込む私を見ていられなくなったチェルシーがメイドとしての本分を越えてまでして無理矢理私を休ませようとするくらい私は一生懸命に頑張った、それでも私にはまだまだ足りない。力も知識も栄誉も実績も何もかも、そう簡単に私が憧れたあの母のように強くはなれない。何か手はないか頭を悩ませていると国からIS操縦者の適性検査があるとの話が私の耳に届いた。そしてもしも万が一高い適性があり、国家代表候補生にもなれば国から援助が受けられる様になるとも。それを聞いた私はこの行き詰まった現状に風穴を開ける糸口になるかもしれないと考えこれを受ける事にした、結果幸いにも適性はAと同期の方々よりも遥かに高いもので、直ぐに国家代表候補生として
「全く、情けない……惨めでそしてこんなにも醜い」
人の醜い側面を直視し続けた私はそんな人の弱さに嫌悪感を越え、憎悪すら感じてしまっていた。幼少から育まれた弱さへの嫌悪は
「もっと強く、もっともっと強く……強くならなくては……」
手段が目的に取って代わり、そんな強迫観念にも似た何かに突き動かされる様に国家代表候補生として訓練を重ねていけばいつの間にか国から専用機を持つ事を許された。自身の努力が実を結び評価された、実績を得た、また強くなれた、そんな喜びから訓練に更に熱が入るのは当たり前であり来るIS学園への入学に向けて更に研鑽を重ねていく。
────そしてその結果、私は天羽 時雨に負けた。
油断も慢心も、取り繕うような余裕すらも無かった。それ以上に最後は今まで私がISに乗った中で一番調子が良かった程だ。それでも私は負けた、あの
「強かった、私が追い求め思い焦がれていた筈のその強さを彼は持っていた……」
何の為に私が強さを求めるようになったのかを、忘れていた筈のそれを私はその強さから思い出す事ができた。私は守りたかったんだ、皆んな私を支えてくれた家族とも言える人達を。
「本当……バカですわ、ある意味本当に弱かったのは私の方……弱くなりたくないから強さを求めた私が弱かったなんてとんだ皮肉ですわ」
ああ、間違いなく皮肉であろう。なりたくないと思っていた人の醜さをいつの間にか自分もまたその醜さを纏っていたのだから。
「……会いに……行きたい」
いや、会わねばならない。私、セシリア・オルコットは成した事に、成してしまった事に対する責任と
「ここ……ですわね」
意を決して扉をノックするとすぐに天羽 時雨は扉を開けてくれた。
「はい、どなたですか……って何の用ですかオルコットさん?」
「あ、はい。その、時雨さんにお話がありまして……」
「良いけど……中に入る?大したおもてなしはできないと思うけど……」
扉を半開きにし顔を出してくれた天羽 時雨の顔に嫌悪感などは無い、どちらかと言うと思わぬ訪問者に驚いたと言った顔だった。それでも丁寧に訪問者である私を招き入れようとする彼の言葉を丁寧に断りつつ私は用件を伝えるべく口を開いた。
「誘っていただけるのありがたいですが時雨さんにお手間をかけさせる訳にはいきませんをので……それにお詫びをしたくて……入学してすぐ私は時雨さんに失礼な事を言ってしまいましたので……」
「気にしなくて良いよ、千冬さんが仲裁してくれたし過ぎた事だしね」
「それでも私が不快にさせるような言動をしまった事は事実ですし私の自己満足なのかも知れませんが謝罪させて下さい……これまでのご無礼の数々について謝罪します。申し訳ありませんでした」
「頭を上げて欲しい、さっき言った通り俺は別に気にしてないから。でも、謝るなら一夏の方にもね」
「分かりましたわ、この後参ります。……あと差し出しがましいかも致しませんができればこれからは『セシリア』と気軽に呼んで下さい、私も時雨さんと呼ばせて頂きますから……」
「良いよ、よろしく『セシリア』さん」
トクン……
「は、はい!よろしくお願い致しますわ時雨さん!」
名前を呼ばれたその瞬間心臓が高鳴った、血流が勢い良く全身を巡りそして特に顔が赤くなったのを感じる。羞恥ではない、怒りでもない、生まれて初めて感じたその感覚に私は驚きながらもすぐにその感覚の名を理解する事ができた。
「で、ではこれにて、し、失礼致しましたわっ!」
「おやすみ、セシリアさん」
慣れない感覚に戸惑い焦った私は思わずその会話を終わらせてしまった。閉じられた扉に背を預け珍しく誰もいない寮の廊下の真ん中で私はポツリと呟く。
多分この胸に生まれたもどかしくも暖かく優しい感情の名はきっと……
「
人の負の側面を見続けいつしか家族と言える人しか信用出来なくなっていた筈の私がいつの間にか他人を信用どころかそれよりももっと上の事を出来るようになっていたのです。そう、
私、セシリア・オルコットは初めて人に恋をしました
チョロインとか英国淑女(笑)とか暴力ヒロインとか散々な評価(作者調べ)を受ける彼女ですがそれもこれくらい辛い過去と運の悪さがあればそうなっても仕方ないのかもしれない。それにこんな過去がある時点て確実にIS学園に入ってすぐの恋は初恋の筈、つまり相手への想いの伝え方を丸っきり知らなかった可能性大。まあこの作品では立派な淑女として初々しく頑張って貰うつもりです(作者に描写し切れるとは言ってない)